昨日から降り始めた雪が、今日になって、その勢いを急激に増している。雪は音を吸い込んで静寂をもたらしてくれるので好きだが、それは暖房が完備された部屋にいる場合である(花田清輝がデカルトだったかスピノザだったかの「foyer」を皮肉っていたのを思い出す)。リール人たちは口をそろえて、私に「ここ最近は温暖化現象が進んでほとんど雪も降らない」なんて言っていたのに。
ところでmgさん、オランダ人Antonius Van Daleは、日本語ではどう表記されるのでしょうか?また、何の脈絡もないのですが、柄谷ゼミでお会いしたsさんはお元気でしょうか? また、nyさん、フォントネルのHistoire des oracles(1686)には定訳があるのでしょうか?
研究とはつまるところ、狭義の翻訳・その要約(翻訳の圧縮)・その配置編成(翻訳のコラージュ・場所移動)、すなわち広義の翻訳にすぎないのだとすれば(これらの中に研究において一番重要と思われる「解釈」という要素が入っていないのは、当然これらすべてにそれが関わっているからである)、日常の我々の「手仕事」においては(公刊する場合には無論別種の論理に従うのであるが)、それらは区別なく、倦むことなく、自在になされねばならない。
バリバールは、『マルクスの哲学』
[ちなみに、①邦訳は言葉の取り扱いが若干雑ではあるが、充分読める訳である(一つだけ訳し落としを指摘しておけば、邦訳40頁「矛盾を破裂させることであり、」と「実践的な活動というカテゴリーをそれ自体として立ち現わせること」の間には、「表象と主体性を分離することであり」が抜け落ちている)。
②バリバールの文章は、「おいしい」フレーズに満ちていて、引用の誘惑に抗しがたいことがしばしばある。この点はマシュレとは異なる。彼は文章家ではない。
③デリダのマルボウは、私の感じでは、その本質的テーゼ(ヘーゲル、そして何よりシュティルナーとのマルクスの格闘の重視(それによる、亡霊に代表される神秘的なもののマルクスへの密輸的継承)、『唯一者とその所有』の再読・再評価の必要性(それによる、デリダ自身の「固有なるもの」の主題の展開)など)の大部分において(シェイクスピアとの関連がデリダ自身の主題展開を容易にするのは分かるが、マルクスの理論展開のどのような側面をどう明らかにしているのかは(少なくとも今のところ私には)明らかではない)、この小さな本に多分に(彼が明示的に参照しているよりはるか以上に)依拠しているように思われる。
一例を挙げよう。マルクスには「何か遂行的performativeなものがある」として、少なくとも2度マルクスの”injonction”という語(マルボウ第1章のタイトルの一部ともなっている語)を用いているのはバリバールである(95年に出版されたという事情を勘案すれば致し方のないことではあるが、訳者は「指令」「厳命」と文脈で訳し分け特別の注意を払っていない)。 これらの解釈が興味深いものであるがゆえに、権利関係・優先権の問題は、一定程度こだわるべき価値をもつ。競馬ならば間違いなく写真判定に持ち込まれる微妙なこの問題に決定的な判断を下すためには、デリダが行なった講演の全貌とSMとを比較対照せねばならないが、そこまでこだわる価値はないので、事実を提示するに止める。刊行年はどちらも1993年、PM(バリバールのほう)の印刷完了月は6月、SMのBNへの法定納本が10月、印刷完了が11月である、というところまでは、私の仮説を支持する事実である。だが、そもそもSMは、マルクス主義に関する国際コロックの一環として「アメリカのカリフォルニア大学(リバーサイド)で、1993年4月22、23の両日に、2回に分けて行なわれた一つの講演」(p.10.)が元になっており、「増補し、より正確を期したが、にもかかわらずこのテクストは、講演の論述構造・リズム・口述的形態を保持している」(idem)のだという事実、そして何よりデリダ自身がPMについて、「多くの点で注目すべき、そして不幸にも、本書を書き上げた後で、その存在を知ってしまったところの著作」(p.116.)と述べて、この影響関係をあらかじめ否認しているという事実は、事態を加速度的に錯綜させる。デリダの言葉を信じるには、「SMに見られるテーゼのことごとくはPMにその萌芽を見出し、その逆は皆無である」という認識に人を到らしめる諸事実が充分すぎるほど多すぎ、それらのテーゼの重要性は大きすぎ、そして私はあまりにデリダ信奉者ではなさすぎるのである。]
の第3章「イデオロギーあるいは物神性―権力と服従」において、『ドイツ・イデオロギー』のイデオロギー分析に対応するものが、『資本論』の物神性分析であるとして、この「純然たる術語上の変更ではなく、理論的な別の代案」への移行(何故なら前者は少なくとも1852年以降はもはや決して用いられないのだから)過程を分析している(この点については、今や主著と呼んでよいであろう『群集の怖れ―マルクス以前と以降の政治と哲学』の「全編を通しての時間的かつ概念的な中心」(水嶋一憲)である「マルクス主義におけるイデオロギーの揺れ動き」の第1章「観念論の揚棄」でより詳細に展開されているようである)。
Sunday, December 31, 2000
Friday, December 29, 2000
イデオロギーと宗教的なもの(k00633)
「マルボウ」(SM)の第5章の一部を訳出してみる(pp.236-237.)。ここでの翻訳は合田正人風、すなわち教育的なくどい訳で行ってみる。ちなみに鵜飼訳はもう少しあっさりしているが、やはり同じ路線である。教育的といえば、あの篠田カントの訳註(他のカントのテクストから参照個所をじかに持ってくる)は実に教育的だと思う。まあデリダに対しては出来ないが…。
デリダやラカンに対しては、"mot à mot"が最良と思われているようだが(ラカンの「セミネール」をじっくり、などというtのゼミもあった。が、私が学部生の頃、nyさんやsiやkkと「セミネール」の2巻を読んでいた時そういう方法はとらなかったはずだし、今もとらない)、必ずしもそうではない、ということの実証として。
重要なのは(少なくとも僕にとって)、デリダの字句を嘆賞することではなく、彼のいわんとするところだけを出来る限り正確にかつ素早く知ることだからである。彼のこじつけや自己正当化に一々付き合わねばならない理由はない。さて(幽霊・亡霊・幻霊という東さんの区別に出来れば従いたいが参照できないので、適当)、問題となっているのは、イデオロギーと「宗教的なもの」の関係(そして「亡霊」)である。
≪イデオロギーとは何か?今しがた「偶像という世襲財産」について語った際にざっと見たばかりの「生き残ること」の論理、とでも翻訳できまいか。もしそんな翻訳操作を行なってみたとすれば、いかなる利益があるであろうか。
『ドイツ・イデオロギー』における幻霊的なもの[fantomatique]の取り扱い・処理加工は、マルクスがイデオロギー一般の分析において、常に宗教に認め、そして宗教や神秘神学[神秘主義的なもの]ないし神学としてのイデオロギーに認めていたところの「絶対的な特権」を告げ知らせる、ないしは確認する。幻霊がその形態を、すなわちその身体を、イデオロギー素に与えているのだとすれば、種々の翻訳がしばしばそうしているように、亡霊の意味論や語彙一覧を、それとほぼ等価と判断される様々な意味(幻影的なもの、幻覚的なもの、幻想的なもの、想像的なもの、等)の中から消し去ってしまうことによって欠けてしまうのは、マルクスに従えばまさに宗教的なものに固有のものなのである。
宗教的なものの経験を印し付け強調する限りでの、フェティッシュとも呼ばれる盲目的崇拝物の神秘的性格とは、何よりもまず幻霊的な[fantomal]性格のことである。マルクスがレトリックや教育的配慮から用いた表現上の便宜といったレヴェルをはるかに越えて、一方では、問題となっているのは、亡霊に絶対的に固有の性格であるように思われる。
たとえマルクスが社会経済的系譜学や労働と生産の哲学の中にそれを書き込んでいるように思われるとしても、この性格は、ある種の想像力の心理学ないしある種の想像的なものの精神分析以後、気ままに漂っているわけには行かなくなっているし、同様に存在論ないし誤-存在論から派生するというのでもない。
こういった推論はすべて、亡霊的生き残りの可能性を前提にしているのである。他方で、同時に、問題となっているのは、イデオロギー概念の構築における宗教的モデルの絶対的固有性[還元不可能性]である。したがって、マルクスが分析(例えば商品の神秘的性格ないし物神への生成変化の)に際して亡霊たちを召喚する時、我々はただ単にレトリックの諸効果や、想像力に強い衝撃を与えて説得することだけが目的の偶然的で注目するに値しない言い回しといったものをそこに見るべきではない。それにもしそうだとしても、それでもなおこの点に関してそれらの効力を説明せねばならないだろう。
「幻霊」効果の打ち負かしがたい威力[force]と独特の支配力[pouvoir]を考慮に入れねばならないだろう。何故それが怖がらせ想像力に強い衝撃を与えるのか、恐れとは、想像力とは、それらの主体とは、それらの主体の生とは何なのか、等々を言わねばならないだろう。
「価値」(使用価値と交換価値の中の)の、「秘密」の、「神秘主義的なもの」の、「イデオロギー的なもの」の諸価値が、マルクスのテクスト、とりわけ『資本論』において連関を形成しているこの場所に、しばしの間、身を置いて、この連関の「亡霊的」運動を少なくとも指し示すことを(それは指標に過ぎないであろうが)試みてみよう。この運動が舞台に掛けられ上演されるのは、我々の盲目的な目を開く瞬間に我々の目から舞台が、あらゆる場面・光景がこっそり逃してしまうものの概念を形成することがまさに問題となっている個所においてである。さて、この概念は、まさにある取り憑きを参照することのうちに構築されるのである。≫
デリダやラカンに対しては、"mot à mot"が最良と思われているようだが(ラカンの「セミネール」をじっくり、などというtのゼミもあった。が、私が学部生の頃、nyさんやsiやkkと「セミネール」の2巻を読んでいた時そういう方法はとらなかったはずだし、今もとらない)、必ずしもそうではない、ということの実証として。
重要なのは(少なくとも僕にとって)、デリダの字句を嘆賞することではなく、彼のいわんとするところだけを出来る限り正確にかつ素早く知ることだからである。彼のこじつけや自己正当化に一々付き合わねばならない理由はない。さて(幽霊・亡霊・幻霊という東さんの区別に出来れば従いたいが参照できないので、適当)、問題となっているのは、イデオロギーと「宗教的なもの」の関係(そして「亡霊」)である。
≪イデオロギーとは何か?今しがた「偶像という世襲財産」について語った際にざっと見たばかりの「生き残ること」の論理、とでも翻訳できまいか。もしそんな翻訳操作を行なってみたとすれば、いかなる利益があるであろうか。
『ドイツ・イデオロギー』における幻霊的なもの[fantomatique]の取り扱い・処理加工は、マルクスがイデオロギー一般の分析において、常に宗教に認め、そして宗教や神秘神学[神秘主義的なもの]ないし神学としてのイデオロギーに認めていたところの「絶対的な特権」を告げ知らせる、ないしは確認する。幻霊がその形態を、すなわちその身体を、イデオロギー素に与えているのだとすれば、種々の翻訳がしばしばそうしているように、亡霊の意味論や語彙一覧を、それとほぼ等価と判断される様々な意味(幻影的なもの、幻覚的なもの、幻想的なもの、想像的なもの、等)の中から消し去ってしまうことによって欠けてしまうのは、マルクスに従えばまさに宗教的なものに固有のものなのである。
宗教的なものの経験を印し付け強調する限りでの、フェティッシュとも呼ばれる盲目的崇拝物の神秘的性格とは、何よりもまず幻霊的な[fantomal]性格のことである。マルクスがレトリックや教育的配慮から用いた表現上の便宜といったレヴェルをはるかに越えて、一方では、問題となっているのは、亡霊に絶対的に固有の性格であるように思われる。
たとえマルクスが社会経済的系譜学や労働と生産の哲学の中にそれを書き込んでいるように思われるとしても、この性格は、ある種の想像力の心理学ないしある種の想像的なものの精神分析以後、気ままに漂っているわけには行かなくなっているし、同様に存在論ないし誤-存在論から派生するというのでもない。
こういった推論はすべて、亡霊的生き残りの可能性を前提にしているのである。他方で、同時に、問題となっているのは、イデオロギー概念の構築における宗教的モデルの絶対的固有性[還元不可能性]である。したがって、マルクスが分析(例えば商品の神秘的性格ないし物神への生成変化の)に際して亡霊たちを召喚する時、我々はただ単にレトリックの諸効果や、想像力に強い衝撃を与えて説得することだけが目的の偶然的で注目するに値しない言い回しといったものをそこに見るべきではない。それにもしそうだとしても、それでもなおこの点に関してそれらの効力を説明せねばならないだろう。
「幻霊」効果の打ち負かしがたい威力[force]と独特の支配力[pouvoir]を考慮に入れねばならないだろう。何故それが怖がらせ想像力に強い衝撃を与えるのか、恐れとは、想像力とは、それらの主体とは、それらの主体の生とは何なのか、等々を言わねばならないだろう。
「価値」(使用価値と交換価値の中の)の、「秘密」の、「神秘主義的なもの」の、「イデオロギー的なもの」の諸価値が、マルクスのテクスト、とりわけ『資本論』において連関を形成しているこの場所に、しばしの間、身を置いて、この連関の「亡霊的」運動を少なくとも指し示すことを(それは指標に過ぎないであろうが)試みてみよう。この運動が舞台に掛けられ上演されるのは、我々の盲目的な目を開く瞬間に我々の目から舞台が、あらゆる場面・光景がこっそり逃してしまうものの概念を形成することがまさに問題となっている個所においてである。さて、この概念は、まさにある取り憑きを参照することのうちに構築されるのである。≫
Wednesday, December 27, 2000
海の広さとerrata(k00629)
「…も近々邦訳がでるそうですね」。しかしこの「近刊」情報が往々にして曲者なのです。例えば、再三再四藤原書店が予告を出し、我々に(私だけ?)今か今かと期待させておきながら、結局今や出版予定からも消えてしまい、「環」1号に第2章(これは私が読書会で最初に取り組んだ章、つまり第3章と共に最も分かりやすく、またさしたる重要性のないフクヤマ批判の章である)の翻訳を残すのみとなったデリダの『マルクスの亡霊たち』を、増田一夫は何故、早く出版しないのか?ymさんによれば、すでに翻訳は出来上がっているという話だが。
確かに翻訳とは、たとえ小さなちょっとした本を訳すにしても、一つの海を創ることに似ている。そこに偶然的に漂流する異物を見つけ出すこともまた、言うほど簡単なことではないかもしれないが、それにしてもずっと容易い。例えば、イーグルトン「イデオロギーとは何か」の邦訳168頁「なにしろ素朴な経験論は、解釈や意味づけとは独立した形で「現実の生の過程」が存在することを理解できないのだ」は明らかにおかしい(「存在しない」である)、と指摘したり、また例えば、(私は破廉恥にも自分の修論から引用するが)
≪ドゥルーズの『ベルクソンの哲学の』訳者宇波彰は、問題そのものを構成し提起する創造的な力に関する記述を、「≪半ば心的な≫[正直に告白するが、僕もまた修論で変換間違いをした。正しくは≪半ば神的な≫]能力は、偽の問題の開花も、真の問題の創造的な現われも同じように含んでいる」と訳した。彼は「消滅」(evanouissement)と訳すべきところを、「開花」(epanouissement)と訳してしまったのだが、しかしこれはなかなか意義深い[今なら≪創造的な≫と言うところだ]訳し間違いというべきである。何故なら、日常の論理による「変容」に抗して、同じ「言葉」というものを用いて別の新たな「変容」を行なう以上、その変容、すなわち新たなる問題の提起・「発明」が「真なるもの」を産み出すという保証はどこにもないからである。(…)結局、提起される問題とその解決が「効力」を備えたものとなるか否かをあらかじめ決定することは出来ない。最終的で決定的な真偽の判断基準が存在しえない以上、効力の程度においては様々な主張が同時代には常にひしめき合っているのである。≫
と指摘することは、いくらやっても翻訳の大変さに比べれば児戯に等しい。しかし、誤訳指摘もまた当然一つの重要な作業・貢献・業績と見なされてよいので、各学会誌は関係書籍の誤訳指摘一覧(自由投稿等による)をぜひとも作ったらよかろうと思う。
だが、しかし、それにしても。ドゥルーズやデリダの幾つかの著書の翻訳は遅すぎる。下らぬ論文や著書を書く暇があったら訳せ、というのは酷かもしれないが、もしそれで暇がないと言うなら、はじめから幾つも翻訳を独占するな、と言いたい。
その点、昔の徒弟制が必ずしも良いわけではないが、例えばクセジュの古典「18世紀フランス文学」は、良き時代の良い例であった、と私は思う。うろ覚えの記憶に頼れば、中川久定(ディドロ読み)・小林善彦(ルソー読み)・他一人(抑圧が働いているのかどうしても思い出せない)による共訳である。当初は(ありがちなことであるが)「桑原武夫」の名のみを冠するはずであった本書は、しかしすでに訳は出来ている、自分の名を冠するのはおかしいという判断で、ただ売れ線に(当時の)するために彼の序文を付し、三名の共訳として公刊された。こういう分業体制にすれば、訳業は大いに捗ると思うのだが。
現代のデリダ・ドゥルーズ読みの大御所たちは、自分の名を冠することに拘り過ぎているのではあるまいか。大事なことは、きちんとした訳が時機を逸することなく世に出て、それが議論されることであるのに。
みすず書房は、今でこそ「出版良心の鏡」のような顔ができるのかもしれないが、無論、花輪光のような悪行三昧もあるにはある。あの一連のバルト訳はひどい。フランス語が出来るとはとても思えない。法政ウニベルシタスの一部の翻訳書の質の低さといい勝負だ。
確かに翻訳とは、たとえ小さなちょっとした本を訳すにしても、一つの海を創ることに似ている。そこに偶然的に漂流する異物を見つけ出すこともまた、言うほど簡単なことではないかもしれないが、それにしてもずっと容易い。例えば、イーグルトン「イデオロギーとは何か」の邦訳168頁「なにしろ素朴な経験論は、解釈や意味づけとは独立した形で「現実の生の過程」が存在することを理解できないのだ」は明らかにおかしい(「存在しない」である)、と指摘したり、また例えば、(私は破廉恥にも自分の修論から引用するが)
≪ドゥルーズの『ベルクソンの哲学の』訳者宇波彰は、問題そのものを構成し提起する創造的な力に関する記述を、「≪半ば心的な≫[正直に告白するが、僕もまた修論で変換間違いをした。正しくは≪半ば神的な≫]能力は、偽の問題の開花も、真の問題の創造的な現われも同じように含んでいる」と訳した。彼は「消滅」(evanouissement)と訳すべきところを、「開花」(epanouissement)と訳してしまったのだが、しかしこれはなかなか意義深い[今なら≪創造的な≫と言うところだ]訳し間違いというべきである。何故なら、日常の論理による「変容」に抗して、同じ「言葉」というものを用いて別の新たな「変容」を行なう以上、その変容、すなわち新たなる問題の提起・「発明」が「真なるもの」を産み出すという保証はどこにもないからである。(…)結局、提起される問題とその解決が「効力」を備えたものとなるか否かをあらかじめ決定することは出来ない。最終的で決定的な真偽の判断基準が存在しえない以上、効力の程度においては様々な主張が同時代には常にひしめき合っているのである。≫
と指摘することは、いくらやっても翻訳の大変さに比べれば児戯に等しい。しかし、誤訳指摘もまた当然一つの重要な作業・貢献・業績と見なされてよいので、各学会誌は関係書籍の誤訳指摘一覧(自由投稿等による)をぜひとも作ったらよかろうと思う。
だが、しかし、それにしても。ドゥルーズやデリダの幾つかの著書の翻訳は遅すぎる。下らぬ論文や著書を書く暇があったら訳せ、というのは酷かもしれないが、もしそれで暇がないと言うなら、はじめから幾つも翻訳を独占するな、と言いたい。
その点、昔の徒弟制が必ずしも良いわけではないが、例えばクセジュの古典「18世紀フランス文学」は、良き時代の良い例であった、と私は思う。うろ覚えの記憶に頼れば、中川久定(ディドロ読み)・小林善彦(ルソー読み)・他一人(抑圧が働いているのかどうしても思い出せない)による共訳である。当初は(ありがちなことであるが)「桑原武夫」の名のみを冠するはずであった本書は、しかしすでに訳は出来ている、自分の名を冠するのはおかしいという判断で、ただ売れ線に(当時の)するために彼の序文を付し、三名の共訳として公刊された。こういう分業体制にすれば、訳業は大いに捗ると思うのだが。
現代のデリダ・ドゥルーズ読みの大御所たちは、自分の名を冠することに拘り過ぎているのではあるまいか。大事なことは、きちんとした訳が時機を逸することなく世に出て、それが議論されることであるのに。
みすず書房は、今でこそ「出版良心の鏡」のような顔ができるのかもしれないが、無論、花輪光のような悪行三昧もあるにはある。あの一連のバルト訳はひどい。フランス語が出来るとはとても思えない。法政ウニベルシタスの一部の翻訳書の質の低さといい勝負だ。
Re: 行商人、デリダの文体(k00628)
リール電子交通網は2、3日前から大パニックのようです。さっき送ったメイルは、緊急手段を使いました。ところでmtさん、あまりに素早い返信ありがとうございました。私は普段は数日に一度、しかも自分が出した直後にメイルを受け取るので、こういう「速度」をあまり実感していなかったのですが。
>>難解とされている対象(ラカン理論、ドイツ観念論)を、軽薄とされて
>>いる大衆文化(ハリウッドの最新作、SF小説)を例にとって明快に読み解いて見せるこ
>>と
>ここを読んで東さんを思い出しました。
まさに!ここに(特に「目を引くにはこれが最も手っ取り早い方法…」の直後に)東浩紀さんへの言及を入れていたつもりだったんですが、編集の過程で消えてしまっていたようです。
ちなみに私が強く「行商人」の印象を受けたのは、「アメリカの嫌いなところは…」とか「デリダの許しがたいところは…」、さらには「もちろんジャック=アラン・ミレールは私の友達ですが、私が思うにラカンの教えで彼のやり方と全く異なるのは…」などといったフランス人(分析家)のツボをおさえた発言もさることながら(アメリカでは逆のことを言っているのだろうことは十二分に予想がつく)、帰り際彼の著書を買い求めようとしていた女性に「そんな、お代なんていいから…」と会計の女の子から金をひったくって押し戻した姿(大統領になろうとしただけあって、心得ている)、リールの精神分析家2、3人と駅のほうへ消えていく(狭い街なので、講演が終わってからまた街中で見かけたのです)彼のチノパンにダンガリーのシャツ一枚(しゃべりまくるからそれでも汗だく)、ヤッケの上からリュックという学生のようないでたち(少し大きなttさん、という感じ)で、帰り道でもしゃべりまくっていたあの姿。彼が今ほどは売れていなかった頃からバックアップしてくれた(?)というリールの精神分析協会への、あれは彼なりの心づくしなのかもしれない)。
*
デリダのあのスタイルは、病的なまでに高められ洗練された自己防御の姿勢である。彼はもはや「何故私はここで発言するのか」「何故」「この場所で」「今」と問いを分割して問うことに数十ページを割くことなしに、著書を始めることは不可能なのである。「病的」な過ちを指摘されることへの怖れは、あれほど錯雑としたスタイルの著書を作りながら、いやそのような著書を作らざるを得ない理由と表裏一体の「徴候」として、彼の著書に誤植を見つけることは困難である。あれは異様に綿密に校正をやっているに違いない。
本当にデリダの「スタイル」は、彼の「思想」に必要なのだろうか。「自由にせよ、平等にせよ、その正確な定義などがどうして求められえよう、未来はありとあらゆる進歩へとうち開かれているというのに。とりわけ未来は全く新しい条件の創造へと、今日のところはまだ実現されえぬ自由や平等、いやおそらくはまだ考えることすら出来ない自由や平等の様々な形態が、そこで可能となる条件の創造へとうち開かれているというのに。我々に出来ることは、せいぜい粗筋を描くだけのことでしかない」。
「来たるべき民主主義」や「メシア主義なきメシア的なもの」が意味するのがこの引用文以上のことであるのならまだしも、この程度のことはベルクソンにだって言えるのだ。というか、この引用はベルクソンからのものである。
デリダは大思想家であり、彼はあのようなスタイルで書いた。ゆえにそこには何がしかの解くべき秘密が隠されているに違いない。という想定の下に書かれた出来のよい学生のレポート。というとあまりに言いすぎだろうけれど。いや、やはりそのように解釈すべきではない、東さんの著書は。
>>難解とされている対象(ラカン理論、ドイツ観念論)を、軽薄とされて
>>いる大衆文化(ハリウッドの最新作、SF小説)を例にとって明快に読み解いて見せるこ
>>と
>ここを読んで東さんを思い出しました。
まさに!ここに(特に「目を引くにはこれが最も手っ取り早い方法…」の直後に)東浩紀さんへの言及を入れていたつもりだったんですが、編集の過程で消えてしまっていたようです。
ちなみに私が強く「行商人」の印象を受けたのは、「アメリカの嫌いなところは…」とか「デリダの許しがたいところは…」、さらには「もちろんジャック=アラン・ミレールは私の友達ですが、私が思うにラカンの教えで彼のやり方と全く異なるのは…」などといったフランス人(分析家)のツボをおさえた発言もさることながら(アメリカでは逆のことを言っているのだろうことは十二分に予想がつく)、帰り際彼の著書を買い求めようとしていた女性に「そんな、お代なんていいから…」と会計の女の子から金をひったくって押し戻した姿(大統領になろうとしただけあって、心得ている)、リールの精神分析家2、3人と駅のほうへ消えていく(狭い街なので、講演が終わってからまた街中で見かけたのです)彼のチノパンにダンガリーのシャツ一枚(しゃべりまくるからそれでも汗だく)、ヤッケの上からリュックという学生のようないでたち(少し大きなttさん、という感じ)で、帰り道でもしゃべりまくっていたあの姿。彼が今ほどは売れていなかった頃からバックアップしてくれた(?)というリールの精神分析協会への、あれは彼なりの心づくしなのかもしれない)。
*
デリダのあのスタイルは、病的なまでに高められ洗練された自己防御の姿勢である。彼はもはや「何故私はここで発言するのか」「何故」「この場所で」「今」と問いを分割して問うことに数十ページを割くことなしに、著書を始めることは不可能なのである。「病的」な過ちを指摘されることへの怖れは、あれほど錯雑としたスタイルの著書を作りながら、いやそのような著書を作らざるを得ない理由と表裏一体の「徴候」として、彼の著書に誤植を見つけることは困難である。あれは異様に綿密に校正をやっているに違いない。
本当にデリダの「スタイル」は、彼の「思想」に必要なのだろうか。「自由にせよ、平等にせよ、その正確な定義などがどうして求められえよう、未来はありとあらゆる進歩へとうち開かれているというのに。とりわけ未来は全く新しい条件の創造へと、今日のところはまだ実現されえぬ自由や平等、いやおそらくはまだ考えることすら出来ない自由や平等の様々な形態が、そこで可能となる条件の創造へとうち開かれているというのに。我々に出来ることは、せいぜい粗筋を描くだけのことでしかない」。
「来たるべき民主主義」や「メシア主義なきメシア的なもの」が意味するのがこの引用文以上のことであるのならまだしも、この程度のことはベルクソンにだって言えるのだ。というか、この引用はベルクソンからのものである。
デリダは大思想家であり、彼はあのようなスタイルで書いた。ゆえにそこには何がしかの解くべき秘密が隠されているに違いない。という想定の下に書かれた出来のよい学生のレポート。というとあまりに言いすぎだろうけれど。いや、やはりそのように解釈すべきではない、東さんの著書は。
知の行商人(k00626)
ひょっとしたらすでに『現代思想』の特集号などにもっと完全なものが出ていたのかもしれませんが(あるいはおそらくほぼ確実に"Zizek Reader", BlackwellReaders, 1999. にはあると思われますが)、現実逃避にジジェクのbiblioを作ってみました(全く不完全なので、各言語の追加情報をお待ちしております)。
処女作『最も崇高なヒステリー患者-Hegel passe』(1988)は、「ジャック・アラン・ミレールの指導のもとに作成され、1986年11月にパリ第8大学精神分析学部で受理された第3期課程博士論文「徴候と幻想の間にある哲学」に手を加えたものである」(原著、p.10.)が、フランス(語)で、精神分析系の小出版社から出版されている。
巻末のbiblioによれば、1983年にはすでに、パリの精神分析雑誌の≪政治に関する精神分析的パースペクティヴ≫と題された特集号に「スターリニズム:unsavoir decapitonne」という論文を、二年後の1985年にはミレールの主催する(すなわち「正統」ラカン派の)雑誌に「政治権力とそのイデオロギー機制について」を執筆しており、修行時代をパリで過ごしていたこと、当時から今と変わらぬモチーフを持っていたことが窺える。
この処女作自体がすでに彼のスタンスをはっきりと表している。すなわち難解とされている対象(ラカン理論、ドイツ観念論)を、軽薄とされている大衆文化(ハリウッドの最新作、SF小説)を例にとって明快に読み解いて見せること、知の行商人に徹することである。
他人(教養を持った大衆層、学生層だけでなく、狭義の知識人層まで含めて)の目を引くにはこれが最も手っ取り早い方法であることは明らかであろう。我々はこの彼の知的=政治的スタンスを彼の出自、非西欧と結び付けるべきだろうか。少なくとも、非西欧国出身の知識人はどういう戦略を駆使して「のしあがる」(といって悪ければ「同じ土俵に立つ」)ことが可能になるか(多くの点で共通点を持つイーグルトンとの比較は、この点でも興味深いだろう)ということの顕著な一事例であることは間違いない(王子さんのクッシーとの共著のスタイルも、この点から考察されるべきだろう)。
この飽くことなき行商人魂は当然、言語の選択にも表れている。次の第二作『イデオロギーの崇高な対象』(1989年)は、英語で、ロンドン-NYの左翼系出版社Versoから出版されている。この著作の「成功」(どの程度の規模のものなのかは知らない)が、MIT Pressという一見硬そうな(実像は全く知らないが)出版社から『斜めから見る』(1991年)を出すことを可能にしたのであろう。以後、この行商人は、もっぱら英語でしか書かないことにしているようである。
世界市場を考えれば当然の選択だろう(この点は、デリダとの比較が興味深い。デリダは「他者の単一言語使用」などといって自分の辺境性を強調したいようだが、所詮彼だってvery French ! なのである。この機会に指摘しておきたいが、ほぼ同様の言語戦略をとることが外国人にもできたとして(それ自体は全く掛け値なしに快挙なのであるが)、果たして同様の受け入れられ方をしたかはきわめて疑わしいところである)。
ほぼ毎年着実に新作を送り出し(英語の著作は19)、1999年には、「時の人」「話題の人」になったことを意味するReaderシリーズに加えられるほどにまで「栄達」の道を極めた。矢継ぎ早に繰り出されるパンチはいささか新味に欠くところもあり、消費スピードが桁外れに速い日本ではいささか消費され尽くした感もあるが、出発地点のフランスにおいては僕の知る限り6冊程度、さほど噂になった様子もない。対照的なのはドイツで、現在までに(僕が確認しえたものだけで)16冊、それも日本よりは流行の消費サイクルがゆったりしている(ごく最近、立て続けに(ポケット版も含めて)翻訳が出ているようだ)。
処女作『最も崇高なヒステリー患者-Hegel passe』(1988)は、「ジャック・アラン・ミレールの指導のもとに作成され、1986年11月にパリ第8大学精神分析学部で受理された第3期課程博士論文「徴候と幻想の間にある哲学」に手を加えたものである」(原著、p.10.)が、フランス(語)で、精神分析系の小出版社から出版されている。
巻末のbiblioによれば、1983年にはすでに、パリの精神分析雑誌の≪政治に関する精神分析的パースペクティヴ≫と題された特集号に「スターリニズム:unsavoir decapitonne」という論文を、二年後の1985年にはミレールの主催する(すなわち「正統」ラカン派の)雑誌に「政治権力とそのイデオロギー機制について」を執筆しており、修行時代をパリで過ごしていたこと、当時から今と変わらぬモチーフを持っていたことが窺える。
この処女作自体がすでに彼のスタンスをはっきりと表している。すなわち難解とされている対象(ラカン理論、ドイツ観念論)を、軽薄とされている大衆文化(ハリウッドの最新作、SF小説)を例にとって明快に読み解いて見せること、知の行商人に徹することである。
他人(教養を持った大衆層、学生層だけでなく、狭義の知識人層まで含めて)の目を引くにはこれが最も手っ取り早い方法であることは明らかであろう。我々はこの彼の知的=政治的スタンスを彼の出自、非西欧と結び付けるべきだろうか。少なくとも、非西欧国出身の知識人はどういう戦略を駆使して「のしあがる」(といって悪ければ「同じ土俵に立つ」)ことが可能になるか(多くの点で共通点を持つイーグルトンとの比較は、この点でも興味深いだろう)ということの顕著な一事例であることは間違いない(王子さんのクッシーとの共著のスタイルも、この点から考察されるべきだろう)。
この飽くことなき行商人魂は当然、言語の選択にも表れている。次の第二作『イデオロギーの崇高な対象』(1989年)は、英語で、ロンドン-NYの左翼系出版社Versoから出版されている。この著作の「成功」(どの程度の規模のものなのかは知らない)が、MIT Pressという一見硬そうな(実像は全く知らないが)出版社から『斜めから見る』(1991年)を出すことを可能にしたのであろう。以後、この行商人は、もっぱら英語でしか書かないことにしているようである。
世界市場を考えれば当然の選択だろう(この点は、デリダとの比較が興味深い。デリダは「他者の単一言語使用」などといって自分の辺境性を強調したいようだが、所詮彼だってvery French ! なのである。この機会に指摘しておきたいが、ほぼ同様の言語戦略をとることが外国人にもできたとして(それ自体は全く掛け値なしに快挙なのであるが)、果たして同様の受け入れられ方をしたかはきわめて疑わしいところである)。
ほぼ毎年着実に新作を送り出し(英語の著作は19)、1999年には、「時の人」「話題の人」になったことを意味するReaderシリーズに加えられるほどにまで「栄達」の道を極めた。矢継ぎ早に繰り出されるパンチはいささか新味に欠くところもあり、消費スピードが桁外れに速い日本ではいささか消費され尽くした感もあるが、出発地点のフランスにおいては僕の知る限り6冊程度、さほど噂になった様子もない。対照的なのはドイツで、現在までに(僕が確認しえたものだけで)16冊、それも日本よりは流行の消費サイクルがゆったりしている(ごく最近、立て続けに(ポケット版も含めて)翻訳が出ているようだ)。
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