「雲ひとつない」という形容がぴったりの気持のよい青空が広がっていた。冬から春に向かうとき、こんな一日がある。確実に春の訪れを感じられる一日。
今日、初級フランス語の学年末テストを実施して、今年度最後の授業を終えた。何人かの学生たちがお礼を言いに来てくれて、「大学で勉強するっていうことがどういうことか、教えていただいてありがとうございました」と言ってくれたのはとても嬉しかった。
*
以下、自分の授業に関する単なる(とはいえ授業のさらなるレベルアップにとっては不可欠な)備忘録なので、長いです。
*
このクラスは、私が引き継いだ時点でかなり崩壊気味であった。前期最後の授業に参観に伺ったのだが、誇張抜きで衝撃的であった。四十人の初級語学クラスに十数人いるかいないか。しかもほぼ全員教室の後ろに陣取り、少なからぬ学生が私語している。これらを指して衝撃的だと言っているのではない。おそらく出席点ほしさにであろう、授業終了間際に五六人の学生が教室に入ってきて、堂々とゲームをやったり、別の授業のプリントを読んでいたことにショックを受けたのである。有力な国立大学での話である。
これはかなりまずい。対策を考えた。まず、電気ショックを与え、前期の雰囲気を一気に払しょくすること。学生のメンタリティは中高生レベルに見えたので(少なくともこのときはたしかにそう見えた)、クラス立て直しのために「高校の厳しい(けどちょっと面白いかも)先生」風の口調に変え、学生との距離感をかなり詰めるように意識した。テストで最高得点をとった学生はアンケートに「前期よりまじめに勉強が出来てすごく良かったです。ありがとうございました。今の大学生にはそのスタイルが必要ではないか、とも思いました」と書いてくれていた。「先生の中級の授業をとりたいのですが」、そう言ってくれた子もけっこういたので、まったく的外れなわけでもなかったと胸をなでおろしている。彼らを続けて指導してあげられないのは残念だが、距離の問題はいかんともしがたく…
(ちなみに、授業中の口癖で「難しい」「ややこしい」「複雑」と言い続ける先生がいるが、これは大変良くない。「簡単」「単純」「余裕」と言い続け、実際の説明も最初は思い切って図式化し、単純なイメージを与え、それが定着したのを見計らって、後で細かいニュアンスを与えていけばいいのである。本当に難しいことまで簡単と言いくるめる必要はないが、よほどのことでないと難しいとは言わないというくらいの気構えが必要である。こんなことは教育のイロハだが。)
初回の授業は、教室に入るなり、学生たちを学籍番号順に並べ替えさせ、二十分くらい強面で延々と説教してから授業に入った。それから数回、学生たちはふくれっ面だったが、こちらはダテに十数年さまざまな教師歴を重ねてきたのではない。6歳から66歳まで教えてきたのである。くすぐりや冗談を入れて場を和ませ、授業にもスピード感とメリハリをつけるよう努力した。授業にノリがあって、学習の進展が少しずつでも実感されれば、学生は自然と勉強するようになる。
一番多かった感想はこの点に関するものである。「先生に代わってから最初はめんどいと思ったけど、なんだかんだ楽しかったです!」「最初はただきついだけでしたが、わかるようになってくると意外と楽しかったです。」「あまりにギャップがあったので最初はキツかったけど、タメになりました。」「授業の後半から理解が深まって、フランス語が楽しくなりました。ありがとうございました。」
もちろん、ここで気を緩めてはいけない。こちらが気を緩めたと見るや、学生も気を緩める。そこで「運動性」以外に、もう一つ重視したのが、「統一性」と「体系性」である。これは、一年間のカリキュラムをすべて記載した日程表の配布に始まり、毎回の授業の内容をまとめたレジュメを次の回の冒頭に配布して、前回やったことの確認から授業を始めるという構成をとることで、「すべてプログラムされているんだ」という印象を持たせ、「今自分はどういう理由で、何を学んでおり、それは全体の行程の中のどのあたりに位置するのか」を常に意識させる、ということである。何回かに一度は必ず全体の日程表を取り出させ、それを確認させた。「分かりやすくて、レジュメを毎回配ってくれるのがうれしい」「最初は厳しいし恐そうだと思って嫌だっだし、フラ語もできないから授業もすごく嫌だったけど、先生は厳しさの中に優しさがあって、私たちがフラ語上達するようにしっかりカリキュラム組んでくれているんだということに気づいてからは先生好きになって宿題とか小テスト勉強もちゃんとやるようになって、フラ語も楽しくなってきました。」
さらに、各講間の連関にも気を配った。毎回小テスト(語彙・前回学んだ動詞の活用・例文の暗記)に加えて、3課(6講)に一度、理解度確認テストをやることで、それらの項の有機的な連関が即物的に実感されるよう配慮した。採点は、すべてこちらでやると大変なので、期末以外は学生たちに他の学生たちのものを自己採点させた。それに、採点に責任感を持たせるように仕向けると、解答・解説にもより耳を傾けるようになるし、何より採点が復習にもなる。
さらに、これは賛否両論あると思うが、小テストや中間テストの点数を実名入りで全員に公表し、毎回の順位変動を示した。これは先のショック療法の応用編である。「まあ正直、自分はやればできると思っていましたが、あのEランクの発表がなければやる気すら起きなかったかもしれません(笑)。はっぱかけていただきどうもありがとうございました」という感想を書いた学生もいた。
熱烈なラブレターのような讃辞をくれた子もいたが(ありがとね)、一番的確な(笑)印象を記してくれた学生の感想を少し長いが引用しておこう。
「4か月少しという短期間ではありましたが、どうもありがとうございました。毎回の宿題や単語のテストは負担ではありましたが、なぜかそのおかげで生活にメリハリがつき、後期は他の授業も含め、ほとんど休むことがなくなりました。
授業中もめちゃくちゃだった発音を直して下さったり、頻繁に指名をして集中力を欠かないようにとの配慮をして下さったので勉強へのモチベーション維持をすることができました。前期のままだったら、『一年間フランス語を勉強した』とはとても言えない状況でうやむやに終わってしまっていたでしょうが、後期先生に教えていただいたおかげでとりあえず基礎力はつけることができたと思います。本当にありがとうございました。今後機会があれば、是非フランスに行ってみたいです。(恋愛論、とても面白かったです!)」
*
良いことづくめだったとはもちろん思っていない。最後まで無表情(に見える)な学生もいなかったわけではないし、次のような要望を書いてくれた子もいた。
「・参考の(レジュメに載っている)問題集の一つが、単語が難しくわかりにくかった。
・フランスのこと(文化など)をもっと話してほしかった。」
なかなか文法以外の時間はとれないのだが(とりわけ今回は崩壊を救うために前期の復習に4回分の授業を費やしたのでなおさら時間がなかったのだが)、シャンソンや絵本に絡めてたとえ1分でも文化の話をすればよかったかもしれない。件の問題集は『解説がくわしいフランス文法問題集』(白水社、1999年)で、帯にも「初級から中級へ――絶妙の橋渡し」とあるが、たしかに単語や構文が今の初級学習者には複雑すぎた。しかし、解説は要点を掴んでいるので、例文だけ別のものを与えれば使える。
もう少し読み物をやりたかったとか、毎回ひとつ日常会話に役立つキーフレーズを暗記させればよかったとか、自分なりの反省点もある。これらは次にフランス語を教えるときの課題である。次年度はフランス語は一つもなく、哲学関係の授業ばかりで、今はこちらに知恵を絞っている最中。
*
初級フランス語は初級文法を教え込むだけでせいいっぱいだが、一応「読む・書く・話す・聴く」の初歩を習得させるというのが私なりの目標なので、その点も努力した。「書く」というのは文法問題を解くだけではなく、短文レベルの仏作文までやらせた。
「読む」は、『ガスパールとリザ』という流行りの絵本――朝のNHK教育テレビを子供と一緒に見ている人は知っていると思うが、『うっかりぺネロぺ』と同じ作者の作品である――をゆっくりと一冊読ませ(半過去と代名動詞の復習に効果的)、最後の授業ではスタンダールの『恋愛論』の有名な「結晶化」のくだりを読ませた。「活用とかいっぱいあって、覚えるの大変だったけど、最後のほうになると、だんだん文章が読めるようになってきて、フランス語が少し面白くなったし、達成感があった」。そう、達成感は語学の地道な勉強を通して確実に得られる快感だ。それは多くの学生に分かってもらえたのではないかと思う。
「話す」は、特に発音の矯正にかなり力を注いだが、四十人近くの学生(そう、後期は常時三十数人いた)一人一人の発音を直すのはかなり骨の折れる作業だ。「聴く」は、付属のCDのディクテ以外には、私のフランス語をなるべく多く聴かせ、そして時間の許す限り、文法事項に合ったシャンソン(「そして今は」「行かないで」「枯れ葉」など)を聴かせた。これらは多くの先生方がやっていらっしゃることだと思う。
*
しかし、何か足りない。ずっとそう感じていた。勤勉の報酬としての達成感以上の何か。爽快感、高揚のような何か。一年でフランス語を離れてしまうほとんどの学生にとって、何か思い出になるような体験をさせてあげたい。せっかくフランス語を学んでも一度も使う機会もないまま忘れていくのではもったいない。そこで、フランス人の友人にお願いして、一度教室に来てもらうことにした。その前の回に学生に自己紹介や会話の例文をあらかじめ練習させておいて、当日はそこから少し発展させて、なんとか会話の真似事をしてもらったのである。彼らが最も大きな声でいきいきと発音練習に参加したのは実にこの授業のときであった。
中級や上級を教えていても思ったのだが、学生のほとんどはフランス語を常時使う職業に就くことはない。もちろん文法事項の確実な習得も大切なのだが、彼らにとってさらに大切なのは、「体験」ではないか。中級の教科書はしばしば文化的トピックの幕の内弁当である。それを一概に悪いとは言わない。しかし、見回してみてそういう授業が大半を占めていることに気づき、私は偉大な思想家・作家のなまの文章を読ませたいと思った。それで、中級では大学論、上級では結婚論のアンソロジーを組んだのである。いつか年をとった時たぶん文化的トピックは忘れているだろうが、「そういえば、無理やりモリエール読まされたよな」、そういう体験は、まさに衝撃として、ショックとして、残るのではないか。
大学は文化的なショックを与えるところだ。知の離乳食ばかりを与えるべきではないし、与えられて満足しているべきでもない。そう思う。今日別れを告げた一年生たちに少しはそのことが分かってもらえたのであればいいのだが。
Saturday, February 07, 2009
Friday, February 06, 2009
子育て(大学における)
数週間前に思ったこと。
*
石井桃子や松岡享子――子育て中の人は知ってますね――は、日頃から「子供にあわせた赤ちゃん言葉ではなく、綺麗な日本語で話すこと」の重要性を説いていたという。
教育と猫可愛がりを混同してはならない。知の離乳食の限界を知り、堅いものを咀嚼できる子供のあごを作るために、いつかは堅いものを与えねばならない。その時期を遅らせ、あわよくば試練を与えないでおくことが教育なのではない。
「この子には無理だ」。なぜそう決めつけるのか。子供の可能性を本当に奪っているのは誰なのか。
もちろん、すべての子に同じような制約を課すことがいいこととは限らない。悪しき平等主義というものがある。したがって大切なのは、どのレベル、どの場所のことを話しているのか、である。
最低限、「高等教育」と「研究者養成」を区別する必要がある。研究者を目指して大学院に残っている者(モラトリアムの話はしていない)に知の離乳食を与え続けてどうするのか。
*
石井桃子や松岡享子――子育て中の人は知ってますね――は、日頃から「子供にあわせた赤ちゃん言葉ではなく、綺麗な日本語で話すこと」の重要性を説いていたという。
教育と猫可愛がりを混同してはならない。知の離乳食の限界を知り、堅いものを咀嚼できる子供のあごを作るために、いつかは堅いものを与えねばならない。その時期を遅らせ、あわよくば試練を与えないでおくことが教育なのではない。
「この子には無理だ」。なぜそう決めつけるのか。子供の可能性を本当に奪っているのは誰なのか。
もちろん、すべての子に同じような制約を課すことがいいこととは限らない。悪しき平等主義というものがある。したがって大切なのは、どのレベル、どの場所のことを話しているのか、である。
最低限、「高等教育」と「研究者養成」を区別する必要がある。研究者を目指して大学院に残っている者(モラトリアムの話はしていない)に知の離乳食を与え続けてどうするのか。
Thursday, February 05, 2009
反時代的
昨年の七夕時分に考えていたこと。
***
7月3日(木)「哲学と大学」第5回「マックス・ウェーバーの学問論――大学のアメリカ化と知識人の「責任」」@駒場に参加。
7月5日(土)「現象学と存在論」@三田に参加。
*
アクチュアルであることを求める姿勢に一抹の居心地の悪さを感じざるを得ない。他の人がアクチュアルであろうとすることを戒めているわけではないし、自分の中にそういう傾向がないというのでもない。だが、日本の思想的伝統においては常に――柄谷の「掘立小屋の思想」を想起されたい――、アクチュアルであることがいささか無自覚的に徳とされてきただけにいっそう、私自身はアクチュアルであることに慎重でなければならないと思っている。
「アクチュアルであることに慎重になる」というのは「反動的になる」ということではない。それはむしろ「どのようなアクチュアルが問題になっているのかということに敏感になる」ということである。それはニーチェの言葉で言えば、「反時代的」になるということにほかならない。
《たしかにこれだけのことは古典文献学者という職業柄、私自身が白状して差し支えないに違いない。というのは、時代の中で反時代的に(unzeitgemäß)――すなわち時代に反対して(gegen die Zeit)そうすることによって時代に向かって、望むらくは将来の時代のためになるように――活動するという意味をもしもたぬならば、古典文献学がわれわれの時代においてどういう意味をもつかを私は知らないだろうからである。》(ニーチェ、『反時代的考察』)
《哲学は時代と本質的な関係をもつ。常に時代に反逆し、現実世界に批判的である哲学者は種々の概念を造り上げるが、それらは永遠でもなく歴史的でもなく、非時代的、反時代的である》。
脱構築とプラグマティズムが争ったとき、もっとこの点が深められるべきであったように思う。ショートタームでのリターンを常に求めるアクチュアル重視の姿勢は、結局のところ《資本主義の精神》にうまく回収されてしまいはしないか。
私個人は――繰り返すが、これは個人の哲学的な方向性の問題である――ana-chronieやdia-chronieといった奇妙でかつ効力をもった時間性のほうに興味をもつ。
***
7月3日(木)「哲学と大学」第5回「マックス・ウェーバーの学問論――大学のアメリカ化と知識人の「責任」」@駒場に参加。
7月5日(土)「現象学と存在論」@三田に参加。
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アクチュアルであることを求める姿勢に一抹の居心地の悪さを感じざるを得ない。他の人がアクチュアルであろうとすることを戒めているわけではないし、自分の中にそういう傾向がないというのでもない。だが、日本の思想的伝統においては常に――柄谷の「掘立小屋の思想」を想起されたい――、アクチュアルであることがいささか無自覚的に徳とされてきただけにいっそう、私自身はアクチュアルであることに慎重でなければならないと思っている。
「アクチュアルであることに慎重になる」というのは「反動的になる」ということではない。それはむしろ「どのようなアクチュアルが問題になっているのかということに敏感になる」ということである。それはニーチェの言葉で言えば、「反時代的」になるということにほかならない。
《たしかにこれだけのことは古典文献学者という職業柄、私自身が白状して差し支えないに違いない。というのは、時代の中で反時代的に(unzeitgemäß)――すなわち時代に反対して(gegen die Zeit)そうすることによって時代に向かって、望むらくは将来の時代のためになるように――活動するという意味をもしもたぬならば、古典文献学がわれわれの時代においてどういう意味をもつかを私は知らないだろうからである。》(ニーチェ、『反時代的考察』)
《哲学は時代と本質的な関係をもつ。常に時代に反逆し、現実世界に批判的である哲学者は種々の概念を造り上げるが、それらは永遠でもなく歴史的でもなく、非時代的、反時代的である》。
脱構築とプラグマティズムが争ったとき、もっとこの点が深められるべきであったように思う。ショートタームでのリターンを常に求めるアクチュアル重視の姿勢は、結局のところ《資本主義の精神》にうまく回収されてしまいはしないか。
私個人は――繰り返すが、これは個人の哲学的な方向性の問題である――ana-chronieやdia-chronieといった奇妙でかつ効力をもった時間性のほうに興味をもつ。
Wednesday, February 04, 2009
カンフー
(き)さんは昔からなかなか落ち着いていた。今でも印象に残っているのが、カンフーの一件である。
私たちが共に数年を過ごした街では、時に嫌な思いをすることもあって(ブタ呼ばわりされたこともあれば、通りで足をひっかけられたこともあれば、喫茶店でからまれたこともあれば、などなど…)、冗談とはいえ、外国人差別的な言動には(少なくとも私は)相当敏感になっていた。ある日、向こうからやってきた二人の青年たちが(き)さんに向かって、からかうように「あちょー」とやり始めたという。
精神的な余裕のない当時の私なら、ムッとして無視してやり過ごそうとするか、あまりにしつこければ叱り飛ばすところである。ところが、(き)さんは違った。彼らに向かって「あちょー」とやり返したのである。彼らは毒気を抜かれて、向こうへ行ってしまったそうだ。
ずっと日本にいる日本人には、このユーモアの精神を外国暮らしに疲れた精神状況で保つのがいかに困難なことかが分からないかもしれないが、心が本当に強く寛くないと、こういったとっさの反応はできない。
差別的な言動がいかに人に不快な思いをさせるか、彼らに懇々と言葉で説き続けても、彼らは自分たちが何をしているのかを本当に理解することはないだろう。だから、無知と(無)邪気と憎悪で凝固した彼らの心に叡智と無垢とユーモアをもって接するのだ。それは、「宥和」といったこととはまったく関係のない、開かれた心である。
すでに数年前にこのような境地を体得しておられた(き)さんは、しかし、最近本当に辛い試練を経られて、さらに私など及びもつかない境地に到達しようとしておられるようである。その彼に信じがたいほど悲しい無知と(無)邪気と憎悪を投げ続ける愚か者がいる――もちろん、知識がないことが問題なのではなく(それも問題だが)、ドグマを振りかざす場所についての決定的に誤った状況判断が問題なのである。カンフーの青年たちは少なくとも現前していたが、匿名性と仮想空間に身を隠しながら攻撃し続けるそのあまりの下劣さ!そんな「いと低き者」に対してさえ、ユーモアも交えて返してみたりもする(き)さんである。
《今のあなたのやっていることは、世界征服を目指しながら郵便配達の邪魔をする戦隊モノの悪役くらい非効率的ですよ。》
私は(き)さんほど度量が大きくないので、ブログへのコメントは選んで掲載し、応答したほうが精神衛生上いいと思っているのだが、しかし彼の姿勢には感服する。
私たちが共に数年を過ごした街では、時に嫌な思いをすることもあって(ブタ呼ばわりされたこともあれば、通りで足をひっかけられたこともあれば、喫茶店でからまれたこともあれば、などなど…)、冗談とはいえ、外国人差別的な言動には(少なくとも私は)相当敏感になっていた。ある日、向こうからやってきた二人の青年たちが(き)さんに向かって、からかうように「あちょー」とやり始めたという。
精神的な余裕のない当時の私なら、ムッとして無視してやり過ごそうとするか、あまりにしつこければ叱り飛ばすところである。ところが、(き)さんは違った。彼らに向かって「あちょー」とやり返したのである。彼らは毒気を抜かれて、向こうへ行ってしまったそうだ。
ずっと日本にいる日本人には、このユーモアの精神を外国暮らしに疲れた精神状況で保つのがいかに困難なことかが分からないかもしれないが、心が本当に強く寛くないと、こういったとっさの反応はできない。
差別的な言動がいかに人に不快な思いをさせるか、彼らに懇々と言葉で説き続けても、彼らは自分たちが何をしているのかを本当に理解することはないだろう。だから、無知と(無)邪気と憎悪で凝固した彼らの心に叡智と無垢とユーモアをもって接するのだ。それは、「宥和」といったこととはまったく関係のない、開かれた心である。
すでに数年前にこのような境地を体得しておられた(き)さんは、しかし、最近本当に辛い試練を経られて、さらに私など及びもつかない境地に到達しようとしておられるようである。その彼に信じがたいほど悲しい無知と(無)邪気と憎悪を投げ続ける愚か者がいる――もちろん、知識がないことが問題なのではなく(それも問題だが)、ドグマを振りかざす場所についての決定的に誤った状況判断が問題なのである。カンフーの青年たちは少なくとも現前していたが、匿名性と仮想空間に身を隠しながら攻撃し続けるそのあまりの下劣さ!そんな「いと低き者」に対してさえ、ユーモアも交えて返してみたりもする(き)さんである。
《今のあなたのやっていることは、世界征服を目指しながら郵便配達の邪魔をする戦隊モノの悪役くらい非効率的ですよ。》
私は(き)さんほど度量が大きくないので、ブログへのコメントは選んで掲載し、応答したほうが精神衛生上いいと思っているのだが、しかし彼の姿勢には感服する。
Tuesday, February 03, 2009
ボタン(節分の日に)
少し前まで一人でボタンを留められなかった。穴にボタンを入れるというただそれだけの作業が出来るようになるまでにはとてつもなく時間がかかるように思われた。
毎日毎日ボタンを留めてあげ続けた。やがて、自分でやりたいというようになり、出来なくてすぐに諦めていたのが、励まされてチャレンジし続けるようになり、なんとか親の助けで一つ留められるようになり、そしてついに一つ親の助けなしで留められるようになる。その誇らしげな様子。
学生やサラリーマンが一人前になるまでの様子もさほど変わらない。往々にして、自分が助けられていたことをすっかり忘れ、自分が助けてあげていることだけを意識しているけれど。
毎日毎日ボタンを留めてあげ続けた。やがて、自分でやりたいというようになり、出来なくてすぐに諦めていたのが、励まされてチャレンジし続けるようになり、なんとか親の助けで一つ留められるようになり、そしてついに一つ親の助けなしで留められるようになる。その誇らしげな様子。
学生やサラリーマンが一人前になるまでの様子もさほど変わらない。往々にして、自分が助けられていたことをすっかり忘れ、自分が助けてあげていることだけを意識しているけれど。
Thursday, January 29, 2009
Wednesday, January 28, 2009
動き
忙しい、私なりに(もっと殺人的に忙しい人々もこのブログの読者にいるので、申し訳ない限りですが)。
大学は今、幾つ目かの繁忙期である。各種学内の試験作成・採点、さらに来年度のシラバス作成は、非常勤にも常勤にも共通する仕事だ。常勤だとこれに、各種論文(卒論・修論・博論)指導・審査に始まり、入学試験、委員会関係に至るまでありとあらゆる仕事、雑事が押し寄せてくる。常勤初年度は、すべての担当科目を短時日で一気に準備せねばならず、おまけに語学が担当科目にない場合、これはけっこうきつい。
これに研究者としての活動が加わる。論文執筆が終わったと思ったら、今度はその校正作業がある(当たり前だけど)。国際シンポジウムのオーガナイズ(折衝・折衝・折衝…)も、時々刻々変化する情勢に粘り強くかつ柔軟に対処していかねばならないので、厄介な作業だ。そして家族、子育て…。
みんなよくしのいでいるなと感心する。いやほんと、体を壊さないようにね。
*
1月9日のポスト「大学の脱構築」に長文のコメントを寄せていただいた。
自分の大学で今起きつつある(起こしつつある)動きを知らせてくれるのはとても嬉しいことです。ありがとうございます。その動きが「大学とは何なのか、何であるべきなのか」という思想的・哲学的な問いの深化と連動するものであることを願っています。
読んでいただいている他の方々にも申し上げていることですが、私はレスポンスを書くのが苦手な人間なので、コメントを頂いても必ずしも応答するとは限りませんが、ともかく気楽に読み流してください。あまり気楽なブログでもないですけど(笑)。
大学は今、幾つ目かの繁忙期である。各種学内の試験作成・採点、さらに来年度のシラバス作成は、非常勤にも常勤にも共通する仕事だ。常勤だとこれに、各種論文(卒論・修論・博論)指導・審査に始まり、入学試験、委員会関係に至るまでありとあらゆる仕事、雑事が押し寄せてくる。常勤初年度は、すべての担当科目を短時日で一気に準備せねばならず、おまけに語学が担当科目にない場合、これはけっこうきつい。
これに研究者としての活動が加わる。論文執筆が終わったと思ったら、今度はその校正作業がある(当たり前だけど)。国際シンポジウムのオーガナイズ(折衝・折衝・折衝…)も、時々刻々変化する情勢に粘り強くかつ柔軟に対処していかねばならないので、厄介な作業だ。そして家族、子育て…。
みんなよくしのいでいるなと感心する。いやほんと、体を壊さないようにね。
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1月9日のポスト「大学の脱構築」に長文のコメントを寄せていただいた。
自分の大学で今起きつつある(起こしつつある)動きを知らせてくれるのはとても嬉しいことです。ありがとうございます。その動きが「大学とは何なのか、何であるべきなのか」という思想的・哲学的な問いの深化と連動するものであることを願っています。
読んでいただいている他の方々にも申し上げていることですが、私はレスポンスを書くのが苦手な人間なので、コメントを頂いても必ずしも応答するとは限りませんが、ともかく気楽に読み流してください。あまり気楽なブログでもないですけど(笑)。
Tuesday, January 27, 2009
プロデューサー目線
そういえば、昨年の7月末にこんなことをメモしていた。
***
プロデューサー目線というのは学問の世界でも重要だと感じている。「結局、最後は自分の仕事」、それはそうなのだが、そしてそれを放棄するつもりもまったくないのだが、業界全体とまではいかなくとも、自分の関われる範囲で「よりよいやり方」「よりよい仕組み」作りにささやかながら寄与できればと願っている。もう十何年前だと思うのだが、宮崎駿監督がテレビでテレビアニメの制作システムを批判していたことを覚えている。
プロデューサーということが必ずしも権力志向のフィクサーを意味するわけではない。そのことが理解されないうちは、シンポでも学会でも研究会でもうまく機能するはずがない。
*
--今後のジブリはどのような作品を作っていく予定ですか。テレビへの進出などは
鈴木 ジブリには、長編劇場版アニメ用のスタッフしかいないので、劇場版アニメしか作れないんですよ。あくまで目安ですが、原画マンは5秒のカットを描くのに一週間かかります。これを1年間続けたら、一人の原画マンが描ける量というのは2時間の作品中4分しかない。でもこれがジブリのクオリティー。このやり方だと、毎週納品に追われるテレビはとてもじゃないけどできないし、そもそも作り方の前提が違います。それに私自身がやっぱり、劇場版アニメ、つまり映画の方が面白いんですよ。
--ジブリの若手スタッフはどう育成されているのですか
鈴木 2年に1度、公募でスタッフを募り、それぞれの部署の責任者が採用を決めます。その後、カリキュラムを組んで、ジブリの仕組みや基礎知識を覚えてもらうという形で育成していきます。こうなるとプロデューサーと作家という関係ではなく、社長と部下という関係になるので、事あるごとにいろいろな話はしていますよ。年齢はバラバラで、制作部の人間には18歳で入ってきて、まだ20歳という若いのもいます。力さえあれば年齢なんて関係ないんですよ。自分では相当面白い場所を提供しているつもりなので、それをどう生かすかは彼ら次第。ただ、宮さんや高畑さんに逆らうというか、正面切って戦おうとする若者はさすがにいない。
--どのような若手を育てたいですか
鈴木 アニメーターというのは職人です。職人というのはどこまで高いレベルを保って仕事をできるかということが大切なんです。同じ仕事を高いレベルでやり続けることが職人として育つと言うこと。アニメーターなら、観察して描く。これを繰り返すしかない。人の動きも何かもです。若いときに腕を磨くことに没頭できる環境があれば理想的ですね。基本さえできていれば何でもできるようになりますから。逃げ出さずにやり続けてほしいです。(2007年11月10日)
***
プロデューサー目線というのは学問の世界でも重要だと感じている。「結局、最後は自分の仕事」、それはそうなのだが、そしてそれを放棄するつもりもまったくないのだが、業界全体とまではいかなくとも、自分の関われる範囲で「よりよいやり方」「よりよい仕組み」作りにささやかながら寄与できればと願っている。もう十何年前だと思うのだが、宮崎駿監督がテレビでテレビアニメの制作システムを批判していたことを覚えている。
プロデューサーということが必ずしも権力志向のフィクサーを意味するわけではない。そのことが理解されないうちは、シンポでも学会でも研究会でもうまく機能するはずがない。
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--今後のジブリはどのような作品を作っていく予定ですか。テレビへの進出などは
鈴木 ジブリには、長編劇場版アニメ用のスタッフしかいないので、劇場版アニメしか作れないんですよ。あくまで目安ですが、原画マンは5秒のカットを描くのに一週間かかります。これを1年間続けたら、一人の原画マンが描ける量というのは2時間の作品中4分しかない。でもこれがジブリのクオリティー。このやり方だと、毎週納品に追われるテレビはとてもじゃないけどできないし、そもそも作り方の前提が違います。それに私自身がやっぱり、劇場版アニメ、つまり映画の方が面白いんですよ。
--ジブリの若手スタッフはどう育成されているのですか
鈴木 2年に1度、公募でスタッフを募り、それぞれの部署の責任者が採用を決めます。その後、カリキュラムを組んで、ジブリの仕組みや基礎知識を覚えてもらうという形で育成していきます。こうなるとプロデューサーと作家という関係ではなく、社長と部下という関係になるので、事あるごとにいろいろな話はしていますよ。年齢はバラバラで、制作部の人間には18歳で入ってきて、まだ20歳という若いのもいます。力さえあれば年齢なんて関係ないんですよ。自分では相当面白い場所を提供しているつもりなので、それをどう生かすかは彼ら次第。ただ、宮さんや高畑さんに逆らうというか、正面切って戦おうとする若者はさすがにいない。
--どのような若手を育てたいですか
鈴木 アニメーターというのは職人です。職人というのはどこまで高いレベルを保って仕事をできるかということが大切なんです。同じ仕事を高いレベルでやり続けることが職人として育つと言うこと。アニメーターなら、観察して描く。これを繰り返すしかない。人の動きも何かもです。若いときに腕を磨くことに没頭できる環境があれば理想的ですね。基本さえできていれば何でもできるようになりますから。逃げ出さずにやり続けてほしいです。(2007年11月10日)
Monday, January 26, 2009
プロデューサーの哲学、哲学のプロデューサー
「彼は最近、哲学者というより、政治家だね」。好んでそう寸評したがる人がいる。自身の「純粋」さを誇示するかのように、それがあたかも守るべき何かであるかのように。
ドゥルーズは『記号と事件』の中で、フランソワ・シャトレについて、こう語っている。
《フランソワ・シャトレのほうは、映画の世界にプロデューサーがいるのと似たような意味で、哲学の「プロデューサー」を自認していました。ほかならぬ映画界に目を向けると、大勢の監督が「プロデュース」と、経営の新しいあり方を確立しようと努めているではありませんか。いかにも舌足らずだったとはいえ、私がとにかく明らかにしたかったのは、哲学のプロデューサーたらんとするシャトレの願いが、シャトレ当人にとっては哲学の代用品などではなく、逆にきわめて独創的で精密な一つの哲学を内に秘めていたということなのです。》(河出文庫、329-330頁)
今年、合田正人さんは法政の院ゼミでシャトレを扱っているようだ。シブすぎる。そういえば、合田さんにはシャトレのようなプロデューサー的なところがある。
プロデュースの哲学を構築する仕方で哲学のプロデューサーたること、それは哲学的に現実に向き合う一つの仕方である。
奨学生、苦しさ訴える 京でデモ 滞納者情報通報に抗議
1月26日10時59分配信 京都新聞
奨学生への支援を訴えてデモ行進する若者たち(京都市下京区)
景気後退で就職・雇用情勢が悪化するなか、奨学金を返済できない若者らの立場をアピールする街頭活動が25日、京都市中京区などの繁華街で行われた。学生たちがプラカードを掲げて行進し、「滞納者の『ブラックリスト化』反対」「学費を無料に」と訴えた。
奨学金を貸与している日本学生支援機構が先月、金融機関でつくる個人信用情報機関に滞納者の情報を通報する方針を正式発表したのを受けて、京都市内の学生有志が街頭活動を呼びかけた。通報されると銀行ローンやクレジットカードの利用にも影響する可能性があるため、学生たちは「滞納者のブラックリスト化につながる」と主張。四条河原町付近を行進しながらビラを配った。
同機構によると滞納者は年々増え、2007年度の未返還額は660億円。街頭活動を呼びかけた京都精華大4年の山田史郎さん(24)は「卒業後に正社員になれればいいが、フリーターや派遣社員では返したくても返せないのが実情。そもそも日本は学費が高すぎる。若者の学ぶ機会を保障すべきだ」と話していた。
ドゥルーズは『記号と事件』の中で、フランソワ・シャトレについて、こう語っている。
《フランソワ・シャトレのほうは、映画の世界にプロデューサーがいるのと似たような意味で、哲学の「プロデューサー」を自認していました。ほかならぬ映画界に目を向けると、大勢の監督が「プロデュース」と、経営の新しいあり方を確立しようと努めているではありませんか。いかにも舌足らずだったとはいえ、私がとにかく明らかにしたかったのは、哲学のプロデューサーたらんとするシャトレの願いが、シャトレ当人にとっては哲学の代用品などではなく、逆にきわめて独創的で精密な一つの哲学を内に秘めていたということなのです。》(河出文庫、329-330頁)
今年、合田正人さんは法政の院ゼミでシャトレを扱っているようだ。シブすぎる。そういえば、合田さんにはシャトレのようなプロデューサー的なところがある。
プロデュースの哲学を構築する仕方で哲学のプロデューサーたること、それは哲学的に現実に向き合う一つの仕方である。
奨学生、苦しさ訴える 京でデモ 滞納者情報通報に抗議
1月26日10時59分配信 京都新聞
奨学生への支援を訴えてデモ行進する若者たち(京都市下京区)
景気後退で就職・雇用情勢が悪化するなか、奨学金を返済できない若者らの立場をアピールする街頭活動が25日、京都市中京区などの繁華街で行われた。学生たちがプラカードを掲げて行進し、「滞納者の『ブラックリスト化』反対」「学費を無料に」と訴えた。
奨学金を貸与している日本学生支援機構が先月、金融機関でつくる個人信用情報機関に滞納者の情報を通報する方針を正式発表したのを受けて、京都市内の学生有志が街頭活動を呼びかけた。通報されると銀行ローンやクレジットカードの利用にも影響する可能性があるため、学生たちは「滞納者のブラックリスト化につながる」と主張。四条河原町付近を行進しながらビラを配った。
同機構によると滞納者は年々増え、2007年度の未返還額は660億円。街頭活動を呼びかけた京都精華大4年の山田史郎さん(24)は「卒業後に正社員になれればいいが、フリーターや派遣社員では返したくても返せないのが実情。そもそも日本は学費が高すぎる。若者の学ぶ機会を保障すべきだ」と話していた。
Sunday, January 25, 2009
政治家
もう十日ほど前になってしまったが、UTCPの西山さんのブログ「参議院議員・広田一氏来訪―高学歴ワーキングプア支援対策の拡充のために」に言及しておこう。議員や官僚、企業人、大学から遠く離れた場所にいると思い込んでいる人々――しかし大学とはあらゆる場に存在する場である――との意見交換や交渉、広い意味でのinterventionがこれからますます必要になってくるだろう。
「あの人は政治家だから」「彼は最近政治家になっちゃったね」。「純粋」な研究者にとってこれらの言葉は侮蔑も同然である。だがしかし、「政治」に関わることが必ず「概念」や「理念」を放棄することにつながる、と考えるのはあまりに単純であり、無力であるばかりか、有害ですらある。
現実に屈するのではなく、利害打算に取り込まれるのではなく、闘争に巻き込まれつつも、同じレベルで同じ視線で同じ目的を持って闘争に参加するのではなく、いかに微力であれ闘争の概念そのものを変えていけるか。いかに現実世界と切り結ぶか。そのためにはまず現実を知らねばならない。
京都大、非常勤職員100人を22年度再契約せず
1月23日12時29分配信 産経新聞
京都大学(京都市左京区)が、平成22年度中に契約期限を迎える非常勤職員約100人について、契約を更新しない方針を固めたことが23日、分かった。京大は17年3月の就業規則改定で、同年4月以降に採用した職員の契約期限の上限を5年と規定。この規則に沿った措置だが、背景には国からの補助金抑制など、国立大学を取り巻く厳しい財政事情があるとみられる。
・写真 : 雇用崩壊…ハローワークには相談者があふれている
契約満了の対象となるのは、17年度に採用された非常勤の事務職員や研究員、看護師ら。京大によると、20年12月現在、時給制で働く非常勤職員は約2600人で、うち半数の約1300人は、17年の就業規則改定後に採用された。
一方、国から京大への運営費交付金は毎年約10億円ずつ減額され、常勤職員数や人件費も抑制傾向が続いている。このため、職場によっては、事務作業などで削減された常勤職員の仕事を肩代わりし、非常勤職員の負担が増えているケースもあるという。
教職員の組合内には「職場の実態を考慮していない」と一部で反発の声も上がっているが、京大人事企画課は「非常勤職員の業務は臨時的で補助的。雇用期間の上限は採用時に個別に伝えている」としている。
このほか東大は21年度、大阪大は22年度以降に契約満了となる非常勤職員の雇い止めを実施する予定だが「統計を取っていない」として対象者の人数や職種を明らかにしていない。
「あの人は政治家だから」「彼は最近政治家になっちゃったね」。「純粋」な研究者にとってこれらの言葉は侮蔑も同然である。だがしかし、「政治」に関わることが必ず「概念」や「理念」を放棄することにつながる、と考えるのはあまりに単純であり、無力であるばかりか、有害ですらある。
現実に屈するのではなく、利害打算に取り込まれるのではなく、闘争に巻き込まれつつも、同じレベルで同じ視線で同じ目的を持って闘争に参加するのではなく、いかに微力であれ闘争の概念そのものを変えていけるか。いかに現実世界と切り結ぶか。そのためにはまず現実を知らねばならない。
京都大、非常勤職員100人を22年度再契約せず
1月23日12時29分配信 産経新聞
京都大学(京都市左京区)が、平成22年度中に契約期限を迎える非常勤職員約100人について、契約を更新しない方針を固めたことが23日、分かった。京大は17年3月の就業規則改定で、同年4月以降に採用した職員の契約期限の上限を5年と規定。この規則に沿った措置だが、背景には国からの補助金抑制など、国立大学を取り巻く厳しい財政事情があるとみられる。
・写真 : 雇用崩壊…ハローワークには相談者があふれている
契約満了の対象となるのは、17年度に採用された非常勤の事務職員や研究員、看護師ら。京大によると、20年12月現在、時給制で働く非常勤職員は約2600人で、うち半数の約1300人は、17年の就業規則改定後に採用された。
一方、国から京大への運営費交付金は毎年約10億円ずつ減額され、常勤職員数や人件費も抑制傾向が続いている。このため、職場によっては、事務作業などで削減された常勤職員の仕事を肩代わりし、非常勤職員の負担が増えているケースもあるという。
教職員の組合内には「職場の実態を考慮していない」と一部で反発の声も上がっているが、京大人事企画課は「非常勤職員の業務は臨時的で補助的。雇用期間の上限は採用時に個別に伝えている」としている。
このほか東大は21年度、大阪大は22年度以降に契約満了となる非常勤職員の雇い止めを実施する予定だが「統計を取っていない」として対象者の人数や職種を明らかにしていない。
Wednesday, January 21, 2009
天動説
EuroPhilosophie関連のイベント情報が二つ来たので掲載しておく。
一つは村上さんの友人で少壮の現象学者シュネルがプラハの哲学者たちと続けている哲学的交流にゴダールのフィヒテ学会が絡んだもの。この企画の素晴らしい点は、シュネルが「御呼ばれ」したさにではなく、本気でプラハの哲学者たちと哲学をしようとしている点である。
もう一つはEuroPhilosophieの教育面の核となるErasmus Mundusで世界から集まっている学生主体で開かれるハイデガー=フーコー関係のワークショップ。日本の栄えあるErasmus Mundus合格者第一号であるナガサカ・マスミさんの名前も見えて嬉しい限りだ。前半に教授たちの発表、後半に学生たちの発表という形を二日間やるという作り方がまた良い。もちろんこれは、世界的な研究者を集めて開く国際シンポジウムでもなく、国内の若手だけを集めて開く小規模な研究会でもなく、かなり優秀な若手の集う国際的なワークショップだからこそ可能なのだが。
*
あと数か月、四月には、日本で初めて、フランスやベルギーの哲学者と日本の哲学者が共同で、フランス語で一ヶ月間、数名のヨーロッパの学生と、そして願わくば数名の日本人の学生(特に制限はないので、意欲ある学生にはぜひ来てもらいたい)を相手に、哲学の授業を行なうという実験的な試みが行われる。
「くだらない。形だけで中身がない」。「フランス語で議論できる日本人の学生がそもそもそんなにいないのに、そんなことをしてどうするのか」。「フランス語など出来なくとも、哲学研究の腕を磨けばよい」――またぞろそんな声が聞こえてくる。外国語か哲学力かという二者択一は偽の問題だと何度言っても分からない。上で触れたイベントの爽やかさと、このジメジメしたルサンチマンの何たる差であろうか。流転する激動の世界にあって、恒久不動の堅固な大地に足を置いていると思い込んでいる人々。天動説(géocentrisme)とはけっこう根強いものなのである。
***
Amicale des étudiants EuroPhilosophie
ATELIER INTERNATIONAL SUR LES TRANSFERTS PHILOSOPHIQUES FRANCO-ALLEMANDS
LE RAPPORT HEIDEGGER-FOUCAULT
http://www.europhilosophie.eu/mundus/spip.php?rubrique14
Maison de la recherche, Université de Toulouse II - Le Mirail, 5 allées Antonio Machado.
Jeudi, 22 janvier 2009, salle D246, 2ème étage
Modération : Prof. Dr. Frank Fischbach
14h, Approches foucaldiennes de Heidegger, Prof. Dr. Jean-Marie Vaysse (Université de Toulouse II)
14h30, Prof. Dr. Frank Fischbach (ERRAPHIS, Université de Toulouse II)
15h, Discussion
15h30, Pause
16h, L'agonistique des énoncés chez Foucault, Thiago Mota (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Université de Toulouse II – Le Mirail)
16h20, Esquisse d'un transcendantalisme faible : entre Gadamer et Foucault, Oleg Bernaz (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Université de Toulouse II)
16h40, Le manque du corps dans l'analyse existentielle de Heidegger, Luka Nakhutsrishvili (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Univerzita Karlova v Praze)
17h, La Différence comme telle et le dépassement de la métaphysique dans Identität und Differenz, Kwun-lam Lo (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Université de Toulouse II)
17h20, Débat
Vendredi, 23 janvier 2009, salle D30, rez-de-chaussée Modération : Prof. Dr. Elisabeth Rigal (CNRS, Université de Toulouse II)
14h, Prof. Dr. Walter Schweidler (Ruhr-Universität Bochum)
14h30, Technique planétaire et relations de pouvoir, Prof. Dr. Elisabeth Rigal (CNRS, Université de Toulouse II)
15h, Discussion
15h30, Pause
16h00, L'anthropologie chez Heidegger et Foucault, Fillipa Silveira (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Université de Toulouse II)
16h20, La décision de Foucault, la décision de Heidegger. Une recherche de l'héritage à travers la lecture de deux articles derridiens, Masumi Nagasaka (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Bergische Universität Wuppertal)
16h40, Transpassibilité et distinction du moi chez Heidegger et Maldiney, Santiago Zuniga (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Université de Toulouse II)
17h, Débat
Europhilosophiewww.europhilosophie.eu/recherche
Colloque "Bild, Bildung, Einbildung chez Fichte",
Organisé par Jan Kunes et Alexander Schnell Du 26 au 28 février 2009. Villa Lanna, Prague
Colloque organisé avec le soutien de:Internationale Fichte-GesellschaftProgramme ANR "Subjectivité et aliénation", Université Toulouse le Mirail & Archives Husserl, ParisGroupe d'Etudes Fichtéennes en Langue FrançaiseInstitut de Philosophie de l'Académie des Sciences, PragueContact: alex.schnell@gmail.com
Objectif du colloque:Le but de ce colloque est de traiter des concepts fondamentaux d'image (Bild), d'imagination (Einbildung) et de formation (Bildung) dans le contexte des recherches fichtéennes récentes en Europe et dans le monde. Les perspectives seront variées et diversifiées: systématique (le statut de la doctrine fichtéenne de l'image dans les différentes versions de la Doctrine de la Science), relevant de la philosophie populaire (le concept de « Bildung » dans les premiers écrits de Fichte et avant tout dans les textes de 1805-1806) et de l'histoire, politique, éthique et aussi (ce qui est particulièrement novateur) esthétique.
Programme:26 février 2009 :
10-11h : Alexander Schnell (Univ. Paris-Sorbonne) : « Die transzendentale Funktion der fichteschen Bildlehre »
11h-12h: Jean-Christophe Goddard (Univ. Toulouse le Mirail) : « L'image de la Doctrine de la Science »
**14h30-15h 30: Christoph Asmuth (TU Berlin) : « Die Bedeutung J. G. Fichtes für eine Theorie der Bildlichkeit »
15h30-16h30 : Laurent Guyot (Univ. Toulouse le Mirail) : « Le rôle de l'imagination productrice dans la genèse de la conscience de soi »
17h-18h : Alessandro Bertinetto (Univ. Murcia/Udine) : « Das Bild als Durcheinheit »
27 février 2009 :
9h-10h : Günter Zöller (LMU Munich) : « 'Allgemeine Bildung des Verstandes und des Willens aller'. Bildlosigkeit und Bildlichkeit in Fichtes politischer Philosophie der Geschichte »
10h-11h: Marco Ivaldo (Univ. Napoli) : « Einbildungskraft als Geist in der Philosophie und der Kunst »
**11h30-12h30 : Marco Bazzan (Univ. Padoue/Univ. Paris-Sorbonne) : « Le 'Gesicht' chez le Fichte tardif (dans la WL 1811 et la Bestimmung des Gelehrten 1811) »
14h30-15h30 : Max Marcuzzi (Univ. Aix-en-Provence) : « L'image morale »
15h30-17h : Helmut Girndt (Univ. Duisburg) : « Einbildungskraft als Grundlage romantischer Poesie bei Friedrich von Hardenberg (Novalis) »
28 février 2009 :
9h-10h : Jan Kunes (Univ. Prague) : « Hat Fichte in der Grundlage der gesamten Wissenschaftslehre seine Grundkonzeption geändert? Zur Grundlage der GWL und ihrer Umsetzung im §5 derselben in Auseinandersetzung mit einer heute verbreiteten Interpretation »
10h-11h: Jindrich Karasek (Univ. Prague) : Ich und Nicht-Ich. Zum Problem der Welt in Fichtes Wissenschaftslehre
11h30-12h30 : Martin Vrabec (Univ. Prague) : « Ist in der Grundlage der gesammten Wissenschaftslehre eine intellektuelle Anschauung zu suchen? »
一つは村上さんの友人で少壮の現象学者シュネルがプラハの哲学者たちと続けている哲学的交流にゴダールのフィヒテ学会が絡んだもの。この企画の素晴らしい点は、シュネルが「御呼ばれ」したさにではなく、本気でプラハの哲学者たちと哲学をしようとしている点である。
もう一つはEuroPhilosophieの教育面の核となるErasmus Mundusで世界から集まっている学生主体で開かれるハイデガー=フーコー関係のワークショップ。日本の栄えあるErasmus Mundus合格者第一号であるナガサカ・マスミさんの名前も見えて嬉しい限りだ。前半に教授たちの発表、後半に学生たちの発表という形を二日間やるという作り方がまた良い。もちろんこれは、世界的な研究者を集めて開く国際シンポジウムでもなく、国内の若手だけを集めて開く小規模な研究会でもなく、かなり優秀な若手の集う国際的なワークショップだからこそ可能なのだが。
*
あと数か月、四月には、日本で初めて、フランスやベルギーの哲学者と日本の哲学者が共同で、フランス語で一ヶ月間、数名のヨーロッパの学生と、そして願わくば数名の日本人の学生(特に制限はないので、意欲ある学生にはぜひ来てもらいたい)を相手に、哲学の授業を行なうという実験的な試みが行われる。
「くだらない。形だけで中身がない」。「フランス語で議論できる日本人の学生がそもそもそんなにいないのに、そんなことをしてどうするのか」。「フランス語など出来なくとも、哲学研究の腕を磨けばよい」――またぞろそんな声が聞こえてくる。外国語か哲学力かという二者択一は偽の問題だと何度言っても分からない。上で触れたイベントの爽やかさと、このジメジメしたルサンチマンの何たる差であろうか。流転する激動の世界にあって、恒久不動の堅固な大地に足を置いていると思い込んでいる人々。天動説(géocentrisme)とはけっこう根強いものなのである。
***
Amicale des étudiants EuroPhilosophie
ATELIER INTERNATIONAL SUR LES TRANSFERTS PHILOSOPHIQUES FRANCO-ALLEMANDS
LE RAPPORT HEIDEGGER-FOUCAULT
http://www.europhilosophie.eu/mundus/spip.php?rubrique14
Maison de la recherche, Université de Toulouse II - Le Mirail, 5 allées Antonio Machado.
Jeudi, 22 janvier 2009, salle D246, 2ème étage
Modération : Prof. Dr. Frank Fischbach
14h, Approches foucaldiennes de Heidegger, Prof. Dr. Jean-Marie Vaysse (Université de Toulouse II)
14h30, Prof. Dr. Frank Fischbach (ERRAPHIS, Université de Toulouse II)
15h, Discussion
15h30, Pause
16h, L'agonistique des énoncés chez Foucault, Thiago Mota (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Université de Toulouse II – Le Mirail)
16h20, Esquisse d'un transcendantalisme faible : entre Gadamer et Foucault, Oleg Bernaz (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Université de Toulouse II)
16h40, Le manque du corps dans l'analyse existentielle de Heidegger, Luka Nakhutsrishvili (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Univerzita Karlova v Praze)
17h, La Différence comme telle et le dépassement de la métaphysique dans Identität und Differenz, Kwun-lam Lo (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Université de Toulouse II)
17h20, Débat
Vendredi, 23 janvier 2009, salle D30, rez-de-chaussée Modération : Prof. Dr. Elisabeth Rigal (CNRS, Université de Toulouse II)
14h, Prof. Dr. Walter Schweidler (Ruhr-Universität Bochum)
14h30, Technique planétaire et relations de pouvoir, Prof. Dr. Elisabeth Rigal (CNRS, Université de Toulouse II)
15h, Discussion
15h30, Pause
16h00, L'anthropologie chez Heidegger et Foucault, Fillipa Silveira (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Université de Toulouse II)
16h20, La décision de Foucault, la décision de Heidegger. Une recherche de l'héritage à travers la lecture de deux articles derridiens, Masumi Nagasaka (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Bergische Universität Wuppertal)
16h40, Transpassibilité et distinction du moi chez Heidegger et Maldiney, Santiago Zuniga (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Université de Toulouse II)
17h, Débat
Europhilosophiewww.europhilosophie.eu/recherche
Colloque "Bild, Bildung, Einbildung chez Fichte",
Organisé par Jan Kunes et Alexander Schnell Du 26 au 28 février 2009. Villa Lanna, Prague
Colloque organisé avec le soutien de:Internationale Fichte-GesellschaftProgramme ANR "Subjectivité et aliénation", Université Toulouse le Mirail & Archives Husserl, ParisGroupe d'Etudes Fichtéennes en Langue FrançaiseInstitut de Philosophie de l'Académie des Sciences, PragueContact: alex.schnell@gmail.com
Objectif du colloque:Le but de ce colloque est de traiter des concepts fondamentaux d'image (Bild), d'imagination (Einbildung) et de formation (Bildung) dans le contexte des recherches fichtéennes récentes en Europe et dans le monde. Les perspectives seront variées et diversifiées: systématique (le statut de la doctrine fichtéenne de l'image dans les différentes versions de la Doctrine de la Science), relevant de la philosophie populaire (le concept de « Bildung » dans les premiers écrits de Fichte et avant tout dans les textes de 1805-1806) et de l'histoire, politique, éthique et aussi (ce qui est particulièrement novateur) esthétique.
Programme:26 février 2009 :
10-11h : Alexander Schnell (Univ. Paris-Sorbonne) : « Die transzendentale Funktion der fichteschen Bildlehre »
11h-12h: Jean-Christophe Goddard (Univ. Toulouse le Mirail) : « L'image de la Doctrine de la Science »
**14h30-15h 30: Christoph Asmuth (TU Berlin) : « Die Bedeutung J. G. Fichtes für eine Theorie der Bildlichkeit »
15h30-16h30 : Laurent Guyot (Univ. Toulouse le Mirail) : « Le rôle de l'imagination productrice dans la genèse de la conscience de soi »
17h-18h : Alessandro Bertinetto (Univ. Murcia/Udine) : « Das Bild als Durcheinheit »
27 février 2009 :
9h-10h : Günter Zöller (LMU Munich) : « 'Allgemeine Bildung des Verstandes und des Willens aller'. Bildlosigkeit und Bildlichkeit in Fichtes politischer Philosophie der Geschichte »
10h-11h: Marco Ivaldo (Univ. Napoli) : « Einbildungskraft als Geist in der Philosophie und der Kunst »
**11h30-12h30 : Marco Bazzan (Univ. Padoue/Univ. Paris-Sorbonne) : « Le 'Gesicht' chez le Fichte tardif (dans la WL 1811 et la Bestimmung des Gelehrten 1811) »
14h30-15h30 : Max Marcuzzi (Univ. Aix-en-Provence) : « L'image morale »
15h30-17h : Helmut Girndt (Univ. Duisburg) : « Einbildungskraft als Grundlage romantischer Poesie bei Friedrich von Hardenberg (Novalis) »
28 février 2009 :
9h-10h : Jan Kunes (Univ. Prague) : « Hat Fichte in der Grundlage der gesamten Wissenschaftslehre seine Grundkonzeption geändert? Zur Grundlage der GWL und ihrer Umsetzung im §5 derselben in Auseinandersetzung mit einer heute verbreiteten Interpretation »
10h-11h: Jindrich Karasek (Univ. Prague) : Ich und Nicht-Ich. Zum Problem der Welt in Fichtes Wissenschaftslehre
11h30-12h30 : Martin Vrabec (Univ. Prague) : « Ist in der Grundlage der gesammten Wissenschaftslehre eine intellektuelle Anschauung zu suchen? »
Friday, January 16, 2009
脱力
この1月に一本、たまたまだが3月に三本(!)論文が出る。ベルクソン研究が2本、大学論が2本。
最後の一本が大学論で、その直しを終わりつつある今、なんとなく脱力感に襲われている。フランス語と日本語で書いた2本の大学論は前半と後半を成しており、自分なりに「フランス的大学の脱構築」について一つの画を描いてみた。自分なりに手は尽くしたつもりだが、レベルを上げるには、さらにさまざまなものを、それこそ山のように読み、さらに考え抜かねばならない。
フランスにおいてデリダの大学論が避けて通れない試金石だとすれば、日本ではそれは、たとえ異なるレベルの哲学的出来事ではあれ、蓮實重彦の一連の仕事かもしれない。もちろん彼の大学論としては『私が大学について知っている二、三の事柄』(東京大学出版会、2001年)が有名だが、それ以外にも、さまざまな本に散らばった形で収められている。
例えば、蓮實重彦の『「知」的放蕩論序説』というインタビュー集に「大学をめぐって」という2001年に行われた長いインタビューがある。最後のほうは腰砕けのインタビューだが、前半は様々な問題を提起していてなかなか興味深い。
《国民国家が高等教育について果たしてきた役割を、このグローバリゼーションなどと言われている時代に、何が担うことになるのかという問題です。日本では「市場原理」がこれにかわるなどと気の利いたつもりで発言する人がいますが、アメリカでも、またヨーロッパでもそんな馬鹿なことをいう人は一人もいない。[…]
日本の大学がみずから導入すべき「変化」は、歴史意識を踏まえたものでなければいけないと思っています。私は必ずしもアドルノの徒ではないし、むしろ彼には批判的ですらあるのですが、少なくとも彼がホルクハイマーと共に提起した後期資本主義社会における「啓蒙の自己崩壊」という概念くらいは踏まえておかないと、大学の大衆化といったところで、善意の連帯で事態が改善されるかのようなきわめて抽象的な議論に陥ってしまいます。ところが、文部科学省が口にする「大学改革」には、今がどういう時代なのかという歴史意識が完全に欠落している。だから、審議会などでも、現状に対する泣き言めいた悲憤慷慨と、「外国ではこうだ」といった類の歴史意識を欠いた抽象論ばかりが話題になるのです。
私が言う「第二世代の大学」[=19世紀に制度化された近代的な高等教育機関としての大学]を「第三世代の大学」[=21世紀の大学]に変化させようとするときに、何がいかなる理由で必要か、そうした前提がまったく議論されないのです。本来なら、国民国家に対するきわめて19世紀的な、福沢諭吉的ともいえる距離の取り方による国立、私立という大学の分け方が今後も維持されるべきかどうかという議論から始まらなければいけない。私は、この区別は、「第三世代」の大学ではほとんど意味を持たなくなると思います。しかしそういうと、「それはひとまず措いておいて、危機にある(と理由もなく判断される)国立大学をどうするか」という議論ばかりに話が集中してしまう。[…]
しかし、そんなものは、現在の大学が必要としている変化でもなんでもない。》(11‐12頁)
最後の一本が大学論で、その直しを終わりつつある今、なんとなく脱力感に襲われている。フランス語と日本語で書いた2本の大学論は前半と後半を成しており、自分なりに「フランス的大学の脱構築」について一つの画を描いてみた。自分なりに手は尽くしたつもりだが、レベルを上げるには、さらにさまざまなものを、それこそ山のように読み、さらに考え抜かねばならない。
フランスにおいてデリダの大学論が避けて通れない試金石だとすれば、日本ではそれは、たとえ異なるレベルの哲学的出来事ではあれ、蓮實重彦の一連の仕事かもしれない。もちろん彼の大学論としては『私が大学について知っている二、三の事柄』(東京大学出版会、2001年)が有名だが、それ以外にも、さまざまな本に散らばった形で収められている。
例えば、蓮實重彦の『「知」的放蕩論序説』というインタビュー集に「大学をめぐって」という2001年に行われた長いインタビューがある。最後のほうは腰砕けのインタビューだが、前半は様々な問題を提起していてなかなか興味深い。
《国民国家が高等教育について果たしてきた役割を、このグローバリゼーションなどと言われている時代に、何が担うことになるのかという問題です。日本では「市場原理」がこれにかわるなどと気の利いたつもりで発言する人がいますが、アメリカでも、またヨーロッパでもそんな馬鹿なことをいう人は一人もいない。[…]
日本の大学がみずから導入すべき「変化」は、歴史意識を踏まえたものでなければいけないと思っています。私は必ずしもアドルノの徒ではないし、むしろ彼には批判的ですらあるのですが、少なくとも彼がホルクハイマーと共に提起した後期資本主義社会における「啓蒙の自己崩壊」という概念くらいは踏まえておかないと、大学の大衆化といったところで、善意の連帯で事態が改善されるかのようなきわめて抽象的な議論に陥ってしまいます。ところが、文部科学省が口にする「大学改革」には、今がどういう時代なのかという歴史意識が完全に欠落している。だから、審議会などでも、現状に対する泣き言めいた悲憤慷慨と、「外国ではこうだ」といった類の歴史意識を欠いた抽象論ばかりが話題になるのです。
私が言う「第二世代の大学」[=19世紀に制度化された近代的な高等教育機関としての大学]を「第三世代の大学」[=21世紀の大学]に変化させようとするときに、何がいかなる理由で必要か、そうした前提がまったく議論されないのです。本来なら、国民国家に対するきわめて19世紀的な、福沢諭吉的ともいえる距離の取り方による国立、私立という大学の分け方が今後も維持されるべきかどうかという議論から始まらなければいけない。私は、この区別は、「第三世代」の大学ではほとんど意味を持たなくなると思います。しかしそういうと、「それはひとまず措いておいて、危機にある(と理由もなく判断される)国立大学をどうするか」という議論ばかりに話が集中してしまう。[…]
しかし、そんなものは、現在の大学が必要としている変化でもなんでもない。》(11‐12頁)
Thursday, January 15, 2009
決定力不足
昨年8月中旬、北京オリンピックの頃に書いたもの。正月以来いろいろ書いてるように見えるかもしれないけど、そんな暇はなかった。よく読んでもらえば分かるとおり、実はほとんど去年書いたものばかりですよ。
*
研究は芸術(創作)活動とスポーツを足して二で割ったもの。そう考えているので、オリンピックも純粋なスポーツ鑑賞とは別に、「研究にどう役立てるか」という観点から見ている部分がある。
フェンシングは完全にヨーロッパ的な競技であり、その競技としてのマイナーさで言えば、哲学研究と最も似ているかもしれない。
ただ、研究そのものは個人競技だとしても、研究を取り巻く諸々のイヴェントはやはり団体競技なので、その点、サッカーが参考になると思うことが多い。
例えば、ゴール前(ペナルティ・エリア内)の混乱でシュートを打てずにあたふたしている日本代表を見ていると、シンポジウムや研究会などでまともに質問できない若手という様子を思い浮かべてしまう。
シュートを打つ気もないのに、華麗なドリブルをしている連中は論外なので、ここでは語らない。
自分の質問の意図が通じる場合もあるし、通じない場合もある。自分が間違っている場合もあるし、相手が早とちりの場合もある。それはあまり気にしない方がいい。枠に行っている(質問の意図は自分には明快である)なら、それでいい。
プレッシャーもかかるので、どうしても言葉足らずになりがちである。倒されたふりをしてPKをもらおうとする(言葉を十分紡がず、相手の理解力にすがろうとする)。だが、大切なのは、自分が重要だと思った質問を中途半端に終わらせず、相手になるべく正確に理解してもらおうと最後まで意を尽くすことだ。プレッシャーに倒されず(フィジカルで負けることなく)、最短でフィニッシュまでもっていく(シュートを最後まで打ちきる)ということ。
「最短で」とは「打ち急げ」ということではない。必要な時間はかければよい。ただ、華麗なドリブルも時間をかけすぎると、相手にとられる可能性が高くなる。必要なタイミングで、必要な量だけ行なうこと。例えば、シンポジウムで、よく組み立てられた長い質問をするのは構わないし、それが求められている部分もあるが、小さなゼミで同じことをすると場違いな雰囲気を醸し出すことが多い。その意味や与える効果がまったく異なるので、注意が必要だ。
いずれにしても、質問や議論の場合が典型的だが、言葉はサッカーで言えばボールである。ボール・コントロールをうまくできない者にドリブルもシュートもない。
今回のオリンピック日本代表に対するコメントから幾つかFWに関するものを拾ってみた。
*
それにしてもあの決定的なの決めれないようでは、期待薄。 正直、ワールドカップの柳沢のシュートを思い出したよw どーやったらあそこから外せるんだってね。
今の代表FWは柳沢がいっぱいいるよな。
なんか中盤ダラダラしてて、攻めはせっかちなんだよね、見てて。
普段からすぐファール貰う事当てにするサッカーしてるから、その結果でしょう。
日本人はパス回しが大好きなんだ。シュート練習よりパスの練習のほうが多いんだ。
日本で点を取れるのはDFだけなのか?点を取るばかりがFWじゃない、とか語っている奴らが、今の日本サッカーをダメにしてる事に早く気づけよ。
基本的に全く日本のサッカーに成長がない!点をとらないと話にならない!誰でも良いのですがゴールしようという意識が少ないと思う。ペナルティエリア内でボール持ったらオドオドしてる・・・。PKもらおうとばかりで自分でゴールするんだ!という気持ちで立ち向かってもらいたいです。A代表でもそうですがとにかく自分がゴール決めるという強い気持ちをもってほしい・・・。勝負ごとなので負けたとしても勝つという姿勢だけはみせてほしい・・・。サッカーみてたらいつもこんな感じの試合が多いと思います。
確かにPKを取ってもらっても良い場面はあったけど、ビデオで見る限り倒れ方がちょっとオーバーアクションだった?そこで心証が悪かったのかね~?いずれにしても、ド・フリーであんなシュートを外し、さらに苦笑いしてるようじゃあ、それまでの代表チームだよね。甘過ぎる! EURO 08の戦いを見たあとでは、悲しくなるようなメンタリティー。
日本の場合はアウェーとかそんなのは関係なしに、ただ弱いだけ。勝ちたいならシュートは必ず枠内に飛ばせ!!!!!枠に飛ばないシュートを打っても勝てませんからね。 だいたい、シュートを打って終わった時に拍手するのも情けない。どこのトップ選手がそんなことする?枠外したら悔しがるし、文句言われるぞ!?
技術はあるって言われてるけど、ないよね?トラップできない、シュートは打てない、判断力もない、気迫もない。あるのはちょっとした分析力と、一人前の口のみ。
若い日本代表もサッカーは上手くなってないのにマスコミの受け応え、言い訳だけはずいぶん成長してる。
今の代表に闘争心がないとか言いますが、闘争心を失ってるのはおそらく日本人全体でしょう。彼らは、その象徴としての代表にすぎないと思われます。
*
研究は芸術(創作)活動とスポーツを足して二で割ったもの。そう考えているので、オリンピックも純粋なスポーツ鑑賞とは別に、「研究にどう役立てるか」という観点から見ている部分がある。
フェンシングは完全にヨーロッパ的な競技であり、その競技としてのマイナーさで言えば、哲学研究と最も似ているかもしれない。
ただ、研究そのものは個人競技だとしても、研究を取り巻く諸々のイヴェントはやはり団体競技なので、その点、サッカーが参考になると思うことが多い。
例えば、ゴール前(ペナルティ・エリア内)の混乱でシュートを打てずにあたふたしている日本代表を見ていると、シンポジウムや研究会などでまともに質問できない若手という様子を思い浮かべてしまう。
シュートを打つ気もないのに、華麗なドリブルをしている連中は論外なので、ここでは語らない。
自分の質問の意図が通じる場合もあるし、通じない場合もある。自分が間違っている場合もあるし、相手が早とちりの場合もある。それはあまり気にしない方がいい。枠に行っている(質問の意図は自分には明快である)なら、それでいい。
プレッシャーもかかるので、どうしても言葉足らずになりがちである。倒されたふりをしてPKをもらおうとする(言葉を十分紡がず、相手の理解力にすがろうとする)。だが、大切なのは、自分が重要だと思った質問を中途半端に終わらせず、相手になるべく正確に理解してもらおうと最後まで意を尽くすことだ。プレッシャーに倒されず(フィジカルで負けることなく)、最短でフィニッシュまでもっていく(シュートを最後まで打ちきる)ということ。
「最短で」とは「打ち急げ」ということではない。必要な時間はかければよい。ただ、華麗なドリブルも時間をかけすぎると、相手にとられる可能性が高くなる。必要なタイミングで、必要な量だけ行なうこと。例えば、シンポジウムで、よく組み立てられた長い質問をするのは構わないし、それが求められている部分もあるが、小さなゼミで同じことをすると場違いな雰囲気を醸し出すことが多い。その意味や与える効果がまったく異なるので、注意が必要だ。
いずれにしても、質問や議論の場合が典型的だが、言葉はサッカーで言えばボールである。ボール・コントロールをうまくできない者にドリブルもシュートもない。
今回のオリンピック日本代表に対するコメントから幾つかFWに関するものを拾ってみた。
*
それにしてもあの決定的なの決めれないようでは、期待薄。 正直、ワールドカップの柳沢のシュートを思い出したよw どーやったらあそこから外せるんだってね。
今の代表FWは柳沢がいっぱいいるよな。
なんか中盤ダラダラしてて、攻めはせっかちなんだよね、見てて。
普段からすぐファール貰う事当てにするサッカーしてるから、その結果でしょう。
日本人はパス回しが大好きなんだ。シュート練習よりパスの練習のほうが多いんだ。
日本で点を取れるのはDFだけなのか?点を取るばかりがFWじゃない、とか語っている奴らが、今の日本サッカーをダメにしてる事に早く気づけよ。
基本的に全く日本のサッカーに成長がない!点をとらないと話にならない!誰でも良いのですがゴールしようという意識が少ないと思う。ペナルティエリア内でボール持ったらオドオドしてる・・・。PKもらおうとばかりで自分でゴールするんだ!という気持ちで立ち向かってもらいたいです。A代表でもそうですがとにかく自分がゴール決めるという強い気持ちをもってほしい・・・。勝負ごとなので負けたとしても勝つという姿勢だけはみせてほしい・・・。サッカーみてたらいつもこんな感じの試合が多いと思います。
確かにPKを取ってもらっても良い場面はあったけど、ビデオで見る限り倒れ方がちょっとオーバーアクションだった?そこで心証が悪かったのかね~?いずれにしても、ド・フリーであんなシュートを外し、さらに苦笑いしてるようじゃあ、それまでの代表チームだよね。甘過ぎる! EURO 08の戦いを見たあとでは、悲しくなるようなメンタリティー。
日本の場合はアウェーとかそんなのは関係なしに、ただ弱いだけ。勝ちたいならシュートは必ず枠内に飛ばせ!!!!!枠に飛ばないシュートを打っても勝てませんからね。 だいたい、シュートを打って終わった時に拍手するのも情けない。どこのトップ選手がそんなことする?枠外したら悔しがるし、文句言われるぞ!?
技術はあるって言われてるけど、ないよね?トラップできない、シュートは打てない、判断力もない、気迫もない。あるのはちょっとした分析力と、一人前の口のみ。
若い日本代表もサッカーは上手くなってないのにマスコミの受け応え、言い訳だけはずいぶん成長してる。
今の代表に闘争心がないとか言いますが、闘争心を失ってるのはおそらく日本人全体でしょう。彼らは、その象徴としての代表にすぎないと思われます。
Wednesday, January 14, 2009
地動説(成人式の後に)
UTCPで数日前に東アジアの若手哲学者の集いが行われたのだが、それに対する小林さんの感想より(本当は全文抜粋したいくらいだが)一部抜粋。まったくそのとおりである。
《学会は研究の共同体である。それが共同体になるためには、相互的な応答がなければならない。そのためには他人の発表を自分の問題として受けとめて「応答する」という責任が課せられる。そのことをどのくらい自分で果たしたのか、よく反省してみてほしい。自分が一方的に発表して、そこでもう「終わった」と思っている人は、実は、「共同体」には参加していないのだ。
自分が「共同体」をつくるのではなくて、「共同体」に「甘えて」、そこで自分の発表だけを許容してもらう、という、日本の(?)悪しき旧習からもう自由になってもいいのではないか(もっとも「ないものねだり」の、あるいは単なる主観的印象や連想ゲームの質問やコメントも困ったものだが)。》
さまざまなイヴェントは常々若手に対して開かれたものであってほしいと願い、また私にできうるかぎりでそのために尽力してもきたのだが、なんと若手のほうは案外、英語やフランス語で発表し議論する機会を与えられることを大してありがたいこととも思っておらず(別にありがたいと思ってもらわなくて結構だが、最低限その意義は理解してもらわなければ困る)、むしろ迷惑にすら感じており、こんなことであれば参加しないという意図を彼らの間で漏らしているのだという。彼らの「自然」で「正常」な発展(!?)から逸脱することは厳に慎みたいのだそうだ…上に引用したのと正確に同じ挙動を往々にして示す若手たちが、である。成人式の後に、言うべき言葉が見つからない。
このブログを読んでくれている私の友人たちには信じられないことであろうが、このような完全に閉じた世界観が未だに執拗に息づいているのである。
友よ、それでも地球は動いている…。あなたがたの力添えが必要なのです。
《学会は研究の共同体である。それが共同体になるためには、相互的な応答がなければならない。そのためには他人の発表を自分の問題として受けとめて「応答する」という責任が課せられる。そのことをどのくらい自分で果たしたのか、よく反省してみてほしい。自分が一方的に発表して、そこでもう「終わった」と思っている人は、実は、「共同体」には参加していないのだ。
自分が「共同体」をつくるのではなくて、「共同体」に「甘えて」、そこで自分の発表だけを許容してもらう、という、日本の(?)悪しき旧習からもう自由になってもいいのではないか(もっとも「ないものねだり」の、あるいは単なる主観的印象や連想ゲームの質問やコメントも困ったものだが)。》
さまざまなイヴェントは常々若手に対して開かれたものであってほしいと願い、また私にできうるかぎりでそのために尽力してもきたのだが、なんと若手のほうは案外、英語やフランス語で発表し議論する機会を与えられることを大してありがたいこととも思っておらず(別にありがたいと思ってもらわなくて結構だが、最低限その意義は理解してもらわなければ困る)、むしろ迷惑にすら感じており、こんなことであれば参加しないという意図を彼らの間で漏らしているのだという。彼らの「自然」で「正常」な発展(!?)から逸脱することは厳に慎みたいのだそうだ…上に引用したのと正確に同じ挙動を往々にして示す若手たちが、である。成人式の後に、言うべき言葉が見つからない。
このブログを読んでくれている私の友人たちには信じられないことであろうが、このような完全に閉じた世界観が未だに執拗に息づいているのである。
友よ、それでも地球は動いている…。あなたがたの力添えが必要なのです。
Tuesday, January 13, 2009
新刊情報(ジョン・マラーキー『現実の屈折。哲学と動くイメージ』)
日本語のものもいろいろあるんですけど、ちょっと急いでいるので(論文…)、とりあえず英仏二点。
まずは『ベルクソン年鑑』第4巻が出ました。
それから 2007年シンポの参加者で、英国の代表的なベルクソニアンの一人マ ラーキーが新刊を出しました。内容紹介・目次・レヴュー(先月『現代思想』ドゥルーズ特集に翻訳が出た デューリングも一言書いてますね)を以下に貼っておきます。55ポンド=7400円と安くはありませんが、英米的フランス現代思想の延長線上で展開されるイメージ論や映画の哲学に関心をもたれた方は、ぜひ図書館・公費での購入をご検討くださいませ。
Refractions of Reality: Philosophy and the Moving Image
Reviews:
'This book, in some sense, brings to an end a certain phase of film theorizing and instead looks toward something quite new: how theories have been written and how they may be written, how they fall into types, how these types are filling out not a logical grid but a grid of the anxieties we feel, and the defenses we erect toward the everyday. A wonderful, ground-breaking book.' - Edward Branigan (University of California, Santa Barbara), author of Projecting a Camera:
Language-Games in Film Theory and Narrative Comprehension and Film
'Highly original both in its concern for avoiding the illustrative approach generally favoured by philosophers, and in the speculative ambition that looms behind the critical edge of its readings of
contemporary film- philosophers. The very question "when does the film itself happen?" is a fundamental one, which is rarely addressed. Mullarkey is opening the door to a brand new type of philosophical engagement with films.' - Elie During (Université de Paris X-Nanterre),
author of Matrix: Machine philosophique
Description:
Why is film becoming increasingly important to philosophers? Is it because it can be a helpful tool in teaching philosophy, in illustrating it? Or is it because film can also think for itself, because it can create its own philosophy? In fact, a popular claim amongst film-philosophers is that film is no mere handmaiden to philosophy, that it does more than simply illustrate philosophical texts: rather, film itself can philosophise in direct audio-visual terms. Approaches that purport to grant to film the possibility of being more than illustrative can be found in the subtractive ontology of Alain Badiou, the Wittgensteinian analyses of Stanley Cavell, and the materialist semiotics of Gilles Deleuze. In each case there is a claim that film can think in its own way. Too often, however, when philosophers claim to find indigenous philosophical value in film, it is only on account of refracting it through their own thought: film philosophises because it accords with a favoured kind of extant philosophy.
Refractions of Reality: Philosophy and the Moving Image is the first book to examine all the central issues surrounding the vexed relationship between the film-image and philosophy. In it, John Mullarkey tackles the work of particular philosophers and theorists (Zizek, Deleuze, Cavell, Bordwell, Badiou, Branigan, Rancière, Frampton, and many others) as well as general philosophical positions (Analytical and Continental, Cognitivist and Culturalist, Psychoanalytic and Phenomenological). Moreover, he also offers an incisive analysis and explanation of several prominent forms of film theorising, providing a meta-logical account of their mutual advantages and deficiencies that will prove immensely useful to anyone interested in the details of
particular theories of film presently circulating, as well as correcting, revising, and re- visioning the field of film theory as a whole.
Throughout, Mullarkey asks whether the reduction of film to text is unavoidable. In particular: must philosophy (and theory) always transform film into pre-texts for illustration? What would it take to imagine how film might itself theorise without reducing it to standard forms of thought and philosophy? Finally, and fundamentally, must we change our definition of philosophy and even of thought itself in order to accommodate the specificities that come with the claim that film can produce philosophical theory? If a ‘non-philosophy’ like film can think philosophically, what does that imply for orthodox theory and philosophy?
Table of Contents
Preface: The Film-Envy of Philosophy
Who Wants to be a Philosopher Anyway?
Philosophical Cinema or Cinematic Philosophy?
Convergence on the Film Process: The Elan cinematique
Philosophy's Perpetual Identity Crisis
Introduction: Nobody Knows Anything!
Oh, They Both Make Such Good Arguments!
The Circular Logic of Paradigms and Examples
Between Theory and Post-Theory
Continental or Analytic? Once More Unto the Breach
Rapprochement or Impasse? Film as Relational Process
Towards a Non-Philosophical Cinema
Nobody Knows Everything: Knowing, Being, and Process
Chapter One: Illustrating Manuscripts
The Meta-en-scene
The Advent of High-Concept Cinema: Once Upon a Premise...
Extreme Pretexts
Philosophies Through Films
Gone to the Movies
Conclusion
Chapter Two: Bordwell and Other Cogitators
Introduction: Going Back to the Future
Classical and Arthouse: Hurray for Hollywood
Messages are for Western Union
Science, Empiricism, Culture
Closely Observed Frames
>From Reflection to Refraction
Play Time
Moving the Continuum
The Representationalist Axiom of Analytic Film-Philosophy
Chapter Three: Zizek and the Cinema of Perversion
Good Theorist, Bad Theorist: Bordwell Contra Zizek
Freudianism for Beginners
The Return of the Real
The Film Gaze
Representationalism Again: Zizek and the Pre-Cogs
Traversing The Fantasy or Transcending the Real?
The Return of the Real to Reality
Films, Time and Time Again
Conclusion
Chapter Four: Deleuze's Kinematic Philosophy
Deleuze's Ambivalence: Philosophia sive Cinema?
Cinema's Concepts
A Non-Reductive Materialism
>From Movement to Time: Images and Signs
Time Regained
Is Cinema Bergsonian?
Movement-Image and Time-Image: When is a Cut Irrational?
Films and their Makers: From the Automatic Art to the Autonomy of Art
Amongst the Deleuzians: A Thousand Tiny Examples
Conclusion
Chapter Five: Cavell, Badiou, and Other Ontologists
Cavell and the Ontology of Ordinary Film
The Philosophical Ordinary
Reflections on the Ontology of Film
Automatism of the Medium
Contra Deleuze?
Modernism
Reflexivity: Film's Other Minds
Other Cavellians
More Ontologies: Frampton's Affective Thinking
Badiouís Inessential Cinema
Chapter Six: Extended Cognitions and the Speeds of Cinema
Anderson's Elusive Reality
Branigan's Radial Camera
When is a Film? The Cinematic Event
Nothing Happening: Events in the Blink of An Eye
Bringing Us Up and Down to Speed
Chapter Seven: Fabulation, Process and Event
Jacques Ranciere's Film Fables
Thoughts Taken Out of Context
Making Movies and Art with Time
Fabulating the Film Event
Paradoxical Feelings: Moved by Movements
Chapter Eight: Refractions of Reality Or, What is Thinking Anyway?
Outline of an Outline
Affective Embodiment
New Mediations
Differential Spectatorship
Sound and False Fidelity
Acting Realism
Animal Cinema
A Non-Philosophy of Cinema
What is Thinking (Again)?
Conclusion: Code Unknown: A Bastard Theory for a Bastard Art
In Praise of Being Unphilosophical
Filmology: From Unknowing to Pluriknowing
Beyond Coprology
まずは『ベルクソン年鑑』第4巻が出ました。
それから 2007年シンポの参加者で、英国の代表的なベルクソニアンの一人マ ラーキーが新刊を出しました。内容紹介・目次・レヴュー(先月『現代思想』ドゥルーズ特集に翻訳が出た デューリングも一言書いてますね)を以下に貼っておきます。55ポンド=7400円と安くはありませんが、英米的フランス現代思想の延長線上で展開されるイメージ論や映画の哲学に関心をもたれた方は、ぜひ図書館・公費での購入をご検討くださいませ。
Refractions of Reality: Philosophy and the Moving Image
Reviews:
'This book, in some sense, brings to an end a certain phase of film theorizing and instead looks toward something quite new: how theories have been written and how they may be written, how they fall into types, how these types are filling out not a logical grid but a grid of the anxieties we feel, and the defenses we erect toward the everyday. A wonderful, ground-breaking book.' - Edward Branigan (University of California, Santa Barbara), author of Projecting a Camera:
Language-Games in Film Theory and Narrative Comprehension and Film
'Highly original both in its concern for avoiding the illustrative approach generally favoured by philosophers, and in the speculative ambition that looms behind the critical edge of its readings of
contemporary film- philosophers. The very question "when does the film itself happen?" is a fundamental one, which is rarely addressed. Mullarkey is opening the door to a brand new type of philosophical engagement with films.' - Elie During (Université de Paris X-Nanterre),
author of Matrix: Machine philosophique
Description:
Why is film becoming increasingly important to philosophers? Is it because it can be a helpful tool in teaching philosophy, in illustrating it? Or is it because film can also think for itself, because it can create its own philosophy? In fact, a popular claim amongst film-philosophers is that film is no mere handmaiden to philosophy, that it does more than simply illustrate philosophical texts: rather, film itself can philosophise in direct audio-visual terms. Approaches that purport to grant to film the possibility of being more than illustrative can be found in the subtractive ontology of Alain Badiou, the Wittgensteinian analyses of Stanley Cavell, and the materialist semiotics of Gilles Deleuze. In each case there is a claim that film can think in its own way. Too often, however, when philosophers claim to find indigenous philosophical value in film, it is only on account of refracting it through their own thought: film philosophises because it accords with a favoured kind of extant philosophy.
Refractions of Reality: Philosophy and the Moving Image is the first book to examine all the central issues surrounding the vexed relationship between the film-image and philosophy. In it, John Mullarkey tackles the work of particular philosophers and theorists (Zizek, Deleuze, Cavell, Bordwell, Badiou, Branigan, Rancière, Frampton, and many others) as well as general philosophical positions (Analytical and Continental, Cognitivist and Culturalist, Psychoanalytic and Phenomenological). Moreover, he also offers an incisive analysis and explanation of several prominent forms of film theorising, providing a meta-logical account of their mutual advantages and deficiencies that will prove immensely useful to anyone interested in the details of
particular theories of film presently circulating, as well as correcting, revising, and re- visioning the field of film theory as a whole.
Throughout, Mullarkey asks whether the reduction of film to text is unavoidable. In particular: must philosophy (and theory) always transform film into pre-texts for illustration? What would it take to imagine how film might itself theorise without reducing it to standard forms of thought and philosophy? Finally, and fundamentally, must we change our definition of philosophy and even of thought itself in order to accommodate the specificities that come with the claim that film can produce philosophical theory? If a ‘non-philosophy’ like film can think philosophically, what does that imply for orthodox theory and philosophy?
Table of Contents
Preface: The Film-Envy of Philosophy
Who Wants to be a Philosopher Anyway?
Philosophical Cinema or Cinematic Philosophy?
Convergence on the Film Process: The Elan cinematique
Philosophy's Perpetual Identity Crisis
Introduction: Nobody Knows Anything!
Oh, They Both Make Such Good Arguments!
The Circular Logic of Paradigms and Examples
Between Theory and Post-Theory
Continental or Analytic? Once More Unto the Breach
Rapprochement or Impasse? Film as Relational Process
Towards a Non-Philosophical Cinema
Nobody Knows Everything: Knowing, Being, and Process
Chapter One: Illustrating Manuscripts
The Meta-en-scene
The Advent of High-Concept Cinema: Once Upon a Premise...
Extreme Pretexts
Philosophies Through Films
Gone to the Movies
Conclusion
Chapter Two: Bordwell and Other Cogitators
Introduction: Going Back to the Future
Classical and Arthouse: Hurray for Hollywood
Messages are for Western Union
Science, Empiricism, Culture
Closely Observed Frames
>From Reflection to Refraction
Play Time
Moving the Continuum
The Representationalist Axiom of Analytic Film-Philosophy
Chapter Three: Zizek and the Cinema of Perversion
Good Theorist, Bad Theorist: Bordwell Contra Zizek
Freudianism for Beginners
The Return of the Real
The Film Gaze
Representationalism Again: Zizek and the Pre-Cogs
Traversing The Fantasy or Transcending the Real?
The Return of the Real to Reality
Films, Time and Time Again
Conclusion
Chapter Four: Deleuze's Kinematic Philosophy
Deleuze's Ambivalence: Philosophia sive Cinema?
Cinema's Concepts
A Non-Reductive Materialism
>From Movement to Time: Images and Signs
Time Regained
Is Cinema Bergsonian?
Movement-Image and Time-Image: When is a Cut Irrational?
Films and their Makers: From the Automatic Art to the Autonomy of Art
Amongst the Deleuzians: A Thousand Tiny Examples
Conclusion
Chapter Five: Cavell, Badiou, and Other Ontologists
Cavell and the Ontology of Ordinary Film
The Philosophical Ordinary
Reflections on the Ontology of Film
Automatism of the Medium
Contra Deleuze?
Modernism
Reflexivity: Film's Other Minds
Other Cavellians
More Ontologies: Frampton's Affective Thinking
Badiouís Inessential Cinema
Chapter Six: Extended Cognitions and the Speeds of Cinema
Anderson's Elusive Reality
Branigan's Radial Camera
When is a Film? The Cinematic Event
Nothing Happening: Events in the Blink of An Eye
Bringing Us Up and Down to Speed
Chapter Seven: Fabulation, Process and Event
Jacques Ranciere's Film Fables
Thoughts Taken Out of Context
Making Movies and Art with Time
Fabulating the Film Event
Paradoxical Feelings: Moved by Movements
Chapter Eight: Refractions of Reality Or, What is Thinking Anyway?
Outline of an Outline
Affective Embodiment
New Mediations
Differential Spectatorship
Sound and False Fidelity
Acting Realism
Animal Cinema
A Non-Philosophy of Cinema
What is Thinking (Again)?
Conclusion: Code Unknown: A Bastard Theory for a Bastard Art
In Praise of Being Unphilosophical
Filmology: From Unknowing to Pluriknowing
Beyond Coprology
Monday, January 12, 2009
ベテランの挫折
このあいだ、前に教えていた学生がある授業の後にふらりと会いに来てくれた。彼の論文や院試の話が主だったが、このブログにも話が及び、「先生、最近毎日書いてますね。溜まっているみたいですね」と言われた。
それじゃストレス発散みたいじゃないか。でも、そんなもんかも(笑)。言いたい放題やりたい放題の人間に見られがちですが、そうすると風当たりも強いし、嫌がらせやいじめもあるしね。
まあでも、やはりこのブログはストレス発散ではないので、言われるべくして言われていないことは言われねばならない、ということです。哲学と大学の問題は特にそう。
*
モンスターペアレントならずとも、家庭における子供の教育が崩壊している。この事実を認めずに、学校を云々するなどできることではない。このあいだパリに行ったとき、フランス語でも教師のストレスに関する本が刊行されていたのを見かけた。
<公立校教員>ベテランの挫折増加 孤立深める
12月25日22時37分配信 毎日新聞
心を病む先生が増え続けている。精神疾患で休職する教員数が過去最高となった文部科学省の調査結果(25日)。ベテランの先生でも手のかかる児童生徒に立ち往生し、多忙の中、孤立を深めている。
「最近多いのは、40代後半から50代のベテラン教員の挫折」と話すのは、北九州市教育委員会内の保健室で教員の相談にのる保健師だ。「立って騒ぐ子に注意しても、これまでの指導が通用しない。授業が成立せず、保護者のクレームが入り始めると対処が難しい。夜間の家庭訪問や保護者説明など時間外の仕事も続き、精神的な病に陥る例がある」
最長期限の3年休職して復職したものの、辞めていく教員もいる。休職期間が長いほど復帰は難しい。
学年主任として生徒間トラブルの処理に奔走した関西地方の50代の男性教員は、自律神経失調症と診断され今春から休職した。きっかけは肩の重い痛みと右腕のしびれ。脳血栓の前兆と思い受診したが異常はなかった。「授業後に口が乾き強い疲労に襲われるようになった。休む理由を探す自分にがくぜんとし、心療内科でストレスが原因とわかりました」
東京都教職員互助会の三楽病院で、年900件近くの相談に対応する臨床心理士の溝口るり子さんは「悩みがあっても同僚は忙しそうで相談できず、抱え込んでしまう教員も多い」と話す。
団塊世代の大量退職で、経験の浅い若手教員も増えている。教員の相談にのる東京メンタルヘルス・アカデミーの武藤清栄所長は「子ども同士のトラブルにどう介入していいかわからない教員が増えている。受験、受験で教員採用に至った人も多く経験不足。相談すれば楽になるのに、『余計なことを話せば自分が傷つく』と孤立しがち」と指摘する。
07年度に精神的な病で休職した教員は全教員の0.55%。だが武藤さんは、時々休んだり、抗うつ剤を服用して働く教員はその5倍程度に上ると推測、休職予備軍のすそ野は広いとみる。【山本紀子】
それじゃストレス発散みたいじゃないか。でも、そんなもんかも(笑)。言いたい放題やりたい放題の人間に見られがちですが、そうすると風当たりも強いし、嫌がらせやいじめもあるしね。
まあでも、やはりこのブログはストレス発散ではないので、言われるべくして言われていないことは言われねばならない、ということです。哲学と大学の問題は特にそう。
*
モンスターペアレントならずとも、家庭における子供の教育が崩壊している。この事実を認めずに、学校を云々するなどできることではない。このあいだパリに行ったとき、フランス語でも教師のストレスに関する本が刊行されていたのを見かけた。
<公立校教員>ベテランの挫折増加 孤立深める
12月25日22時37分配信 毎日新聞
心を病む先生が増え続けている。精神疾患で休職する教員数が過去最高となった文部科学省の調査結果(25日)。ベテランの先生でも手のかかる児童生徒に立ち往生し、多忙の中、孤立を深めている。
「最近多いのは、40代後半から50代のベテラン教員の挫折」と話すのは、北九州市教育委員会内の保健室で教員の相談にのる保健師だ。「立って騒ぐ子に注意しても、これまでの指導が通用しない。授業が成立せず、保護者のクレームが入り始めると対処が難しい。夜間の家庭訪問や保護者説明など時間外の仕事も続き、精神的な病に陥る例がある」
最長期限の3年休職して復職したものの、辞めていく教員もいる。休職期間が長いほど復帰は難しい。
学年主任として生徒間トラブルの処理に奔走した関西地方の50代の男性教員は、自律神経失調症と診断され今春から休職した。きっかけは肩の重い痛みと右腕のしびれ。脳血栓の前兆と思い受診したが異常はなかった。「授業後に口が乾き強い疲労に襲われるようになった。休む理由を探す自分にがくぜんとし、心療内科でストレスが原因とわかりました」
東京都教職員互助会の三楽病院で、年900件近くの相談に対応する臨床心理士の溝口るり子さんは「悩みがあっても同僚は忙しそうで相談できず、抱え込んでしまう教員も多い」と話す。
団塊世代の大量退職で、経験の浅い若手教員も増えている。教員の相談にのる東京メンタルヘルス・アカデミーの武藤清栄所長は「子ども同士のトラブルにどう介入していいかわからない教員が増えている。受験、受験で教員採用に至った人も多く経験不足。相談すれば楽になるのに、『余計なことを話せば自分が傷つく』と孤立しがち」と指摘する。
07年度に精神的な病で休職した教員は全教員の0.55%。だが武藤さんは、時々休んだり、抗うつ剤を服用して働く教員はその5倍程度に上ると推測、休職予備軍のすそ野は広いとみる。【山本紀子】
Wednesday, January 07, 2009
大学の脱構築
昨年10月末に書いたメモ。
*
大学という制度の脱構築は様々な形でなされうるはずだが、私の考えでは、次のようなことがまず何よりも先に行われるべきである。
1・そもそもの「大学」概念の脱構築
特に、中世における「大学」の生成過程について私たちはもっと詳しく知る必要がある。例えば、大学の起源はassociationであった、universitasは単にcorporationという意味であった、という事実を振りかざして、大学の起源における独立性・自律性・連帯性を強調するのはいいが、1)ボローニャをはじめとする南欧の医学系・法学系が強い大学が学生主導の団体であったのに対し、パリなどの教養系が強い大学が教師主導の団体であった、つまり「団体」そのものが画一的ではなかったこと、2)その団体が形成されるにあたって、宗教的・政治的権威との折衝が最初から重要な役割を果たしていたこと(licentia docendiの導入、修道会士たちの参入、都市や国家の介入)などが見過ごされては困る。起源にユートピア的な団体の純粋な独立や自律があったわけではないのである。
2・近代大学の「起源」としての「フンボルト理念」の脱構築
これは、フンボルトのテクスト(いわゆる構造論文)の脱構築的読解という形もありうるし、フンボルト理念の形成史の脱構築という形もありうるだろう。いずれにしても、最低限《フンボルト理念は遡及的に捏造された「起源」である》という程度のことは踏まえる必要がある。この点で、今年刊行された潮木守一氏の『フンボルト理念の終焉?――現代大学の新次元』(東信堂、2008年3月)は、それだけで十分ということはないにしても、ぜひ参照される必要がある。
3・現代大学をとりまく諸概念・諸価値の脱構築
「卓越性」「評価」「能率性」「引用数」といった諸概念・諸価値自体を批判的に再検討することは可能ではないか。「卓越性excellence」とは一体何なのか。「卓越性」を強要する人々の書いたテクストを読み解くことで、あるいは過去の思想家(必ずしも経済学者でなくともよい)や哲学者たちの諸概念を借用することで、脱構築を試みる、ということである。最後のこの点は、「哲学科」の哲学者こそが彼らの優れた能力を駆使して試みるべき類のものである。無関心であるのは論外であるとしても、絶望して見せたりシニシズムやニヒリズムを気取るのもあまりに安易ではないか。
*
大学という制度の脱構築は様々な形でなされうるはずだが、私の考えでは、次のようなことがまず何よりも先に行われるべきである。
1・そもそもの「大学」概念の脱構築
特に、中世における「大学」の生成過程について私たちはもっと詳しく知る必要がある。例えば、大学の起源はassociationであった、universitasは単にcorporationという意味であった、という事実を振りかざして、大学の起源における独立性・自律性・連帯性を強調するのはいいが、1)ボローニャをはじめとする南欧の医学系・法学系が強い大学が学生主導の団体であったのに対し、パリなどの教養系が強い大学が教師主導の団体であった、つまり「団体」そのものが画一的ではなかったこと、2)その団体が形成されるにあたって、宗教的・政治的権威との折衝が最初から重要な役割を果たしていたこと(licentia docendiの導入、修道会士たちの参入、都市や国家の介入)などが見過ごされては困る。起源にユートピア的な団体の純粋な独立や自律があったわけではないのである。
2・近代大学の「起源」としての「フンボルト理念」の脱構築
これは、フンボルトのテクスト(いわゆる構造論文)の脱構築的読解という形もありうるし、フンボルト理念の形成史の脱構築という形もありうるだろう。いずれにしても、最低限《フンボルト理念は遡及的に捏造された「起源」である》という程度のことは踏まえる必要がある。この点で、今年刊行された潮木守一氏の『フンボルト理念の終焉?――現代大学の新次元』(東信堂、2008年3月)は、それだけで十分ということはないにしても、ぜひ参照される必要がある。
3・現代大学をとりまく諸概念・諸価値の脱構築
「卓越性」「評価」「能率性」「引用数」といった諸概念・諸価値自体を批判的に再検討することは可能ではないか。「卓越性excellence」とは一体何なのか。「卓越性」を強要する人々の書いたテクストを読み解くことで、あるいは過去の思想家(必ずしも経済学者でなくともよい)や哲学者たちの諸概念を借用することで、脱構築を試みる、ということである。最後のこの点は、「哲学科」の哲学者こそが彼らの優れた能力を駆使して試みるべき類のものである。無関心であるのは論外であるとしても、絶望して見せたりシニシズムやニヒリズムを気取るのもあまりに安易ではないか。
Tuesday, January 06, 2009
先立つもの
パソコンが壊れてしまった…。あと2本論文の締め切りが迫っているのにどうしよう。
最近のニュースより。
***(急いでいたので、どこからとったか忘れてしまった…)
大学4年間でかかる教育費が、子供1人当たり平均約700万円にのぼることが5日、教育ローン利用者を対象にした日本政策金融公庫の調査で分かった。高校からの出費を加えると、私立大学生では総額1000万円を超えており、教育費が家計を圧迫している実態が浮かんだ。
調査は、公庫の教育ローンを利用した約2800人から回答を得た。 大学の入学時にかかる費用は平均約95万円。また、授業料や通学費、教科書代などの教育費は、年間で平均約154万円かかっている。国公私立別では、私立大学が約159万円で、国公立大学の約104万円と50万円以上の差があった。
大学4年間の教育費の総額は平均約697万円。高校からの教育費を加えると、国公立大生は834万円にとどまったが、私立大生では、文系学部で1003万円、理系学部で1140万円と、ともに1000万円を超えた。
子供が下宿している場合、さらに仕送りが家計にのしかかる。年間の仕送り額は平均96万円で、1月当たりは8万円。年間100万円以上を仕送りしている世帯は45・5%を占めた。
教育費の捻(ねん)出(しゆつ)方法は、「教育費以外の支出を削る」が61%でトップで、「奨学金」が49%、「本人のアルバイト」が42%。節約している支出は「旅行・レジャー費」が62%で最も多かった。
公庫では「多少苦しくても、子供のために教育費を捻出する世帯が多く、低所得層ほど家計を圧迫する傾向が強い」と話している。
最近のニュースより。
***(急いでいたので、どこからとったか忘れてしまった…)
大学4年間でかかる教育費が、子供1人当たり平均約700万円にのぼることが5日、教育ローン利用者を対象にした日本政策金融公庫の調査で分かった。高校からの出費を加えると、私立大学生では総額1000万円を超えており、教育費が家計を圧迫している実態が浮かんだ。
調査は、公庫の教育ローンを利用した約2800人から回答を得た。 大学の入学時にかかる費用は平均約95万円。また、授業料や通学費、教科書代などの教育費は、年間で平均約154万円かかっている。国公私立別では、私立大学が約159万円で、国公立大学の約104万円と50万円以上の差があった。
大学4年間の教育費の総額は平均約697万円。高校からの教育費を加えると、国公立大生は834万円にとどまったが、私立大生では、文系学部で1003万円、理系学部で1140万円と、ともに1000万円を超えた。
子供が下宿している場合、さらに仕送りが家計にのしかかる。年間の仕送り額は平均96万円で、1月当たりは8万円。年間100万円以上を仕送りしている世帯は45・5%を占めた。
教育費の捻(ねん)出(しゆつ)方法は、「教育費以外の支出を削る」が61%でトップで、「奨学金」が49%、「本人のアルバイト」が42%。節約している支出は「旅行・レジャー費」が62%で最も多かった。
公庫では「多少苦しくても、子供のために教育費を捻出する世帯が多く、低所得層ほど家計を圧迫する傾向が強い」と話している。
Monday, January 05, 2009
サイレント・マジョリティ―日本的な、あまりに日本的な
第3回現象学会についての村田純一さんの報告より。まったくそのとおりである。
《もちろん現象学研究者の数や、現象学会の規模などを考えれば、香港と日本とでは桁数が違うことには変わりはない。また、国際的な視野からすると、確かに日本の西欧哲学導入の長い歴史は尊重されており、さらに現在では、国際的に活躍する研究者が増えてきてはいることも間違いはない。しかしそれでも、香港(中文大学)のスピードとエネルギーと比較すると、日本の現在は「沈黙」の多数派といった印象を持たれても仕方がないように思われた(8月のソウルで開かれた世界哲学会議では、日本の研究者から、日本で同規模の会議を開催することのむずかしさを語る声を多く聞いたが、今回の国際現象学会でも、同じように、現在の日本で今回のような規模の会議を開くことは困難だという声を多数聞くことになった)。このような点から、あらためて日本の哲学の行方とアジアの哲学の行方について考えさせられる機会となった。
なお一つ付け加えておくなら、この会議の直前に、香港で、香港中文大学と教育学院に所属する二人の若い哲学研究者の努力によって、日本哲学を中心軸とする国際会議が開かれた。この会議に関してはすでに参加された中島隆博氏が報告を書かれている。中島氏は、そこで、「ボールはわたしたちに投げられているのだ」と書かれているが、たしかにUTCPのような組織の責任はますます重くなるように思われる。》
新しい一歩を踏み出さないための言い訳はもういい。やるか、やらないか、それだけだ。
《もちろん現象学研究者の数や、現象学会の規模などを考えれば、香港と日本とでは桁数が違うことには変わりはない。また、国際的な視野からすると、確かに日本の西欧哲学導入の長い歴史は尊重されており、さらに現在では、国際的に活躍する研究者が増えてきてはいることも間違いはない。しかしそれでも、香港(中文大学)のスピードとエネルギーと比較すると、日本の現在は「沈黙」の多数派といった印象を持たれても仕方がないように思われた(8月のソウルで開かれた世界哲学会議では、日本の研究者から、日本で同規模の会議を開催することのむずかしさを語る声を多く聞いたが、今回の国際現象学会でも、同じように、現在の日本で今回のような規模の会議を開くことは困難だという声を多数聞くことになった)。このような点から、あらためて日本の哲学の行方とアジアの哲学の行方について考えさせられる機会となった。
なお一つ付け加えておくなら、この会議の直前に、香港で、香港中文大学と教育学院に所属する二人の若い哲学研究者の努力によって、日本哲学を中心軸とする国際会議が開かれた。この会議に関してはすでに参加された中島隆博氏が報告を書かれている。中島氏は、そこで、「ボールはわたしたちに投げられているのだ」と書かれているが、たしかにUTCPのような組織の責任はますます重くなるように思われる。》
新しい一歩を踏み出さないための言い訳はもういい。やるか、やらないか、それだけだ。
Sunday, January 04, 2009
廃墟の後に(3)
大学とは制度であり、条件であり、交渉であり、介入である。条件のない大学などないし、それを要求するという身振りが批判的な射程を備えているとも思わない。なされるべきは具体的なプロジェクトの提示であり、その実行である(デリダがDu droit à la philosophieでやっていたのがまさにそれだと私は考える)。私が上で言ったことで言えば、学振の研究員に教育の機会を義務として与える必要性や、アグレガシオンやh大の試験に相当するような試験制度の必要性を説くことである。
有力大学群が行なっている「自衛策」ないし「護衛船団」的な非常勤の自校生への割り当ては、現実的な救済措置としては十分理解できるものではあっても、理念的にはやはり問題を抱えている。そのためには最有力大学群の圧倒的な《植民地主義》が崩されねばならないのはもちろんのことであり、現に急速にそうなりつつある。問題はそのliquidationの後、廃墟の後に、いかなる未来図を描くのか、である。単なる弱肉強食の自由競争社会ではなく、よりよい教員、よりよい教育、よりよい大学を作るための制度及び試験が必要である。今の日本にはそのどちらもが欠けている。
ここに《大学という制度の脱構築》の必要性が生じる。
有力大学群が行なっている「自衛策」ないし「護衛船団」的な非常勤の自校生への割り当ては、現実的な救済措置としては十分理解できるものではあっても、理念的にはやはり問題を抱えている。そのためには最有力大学群の圧倒的な《植民地主義》が崩されねばならないのはもちろんのことであり、現に急速にそうなりつつある。問題はそのliquidationの後、廃墟の後に、いかなる未来図を描くのか、である。単なる弱肉強食の自由競争社会ではなく、よりよい教員、よりよい教育、よりよい大学を作るための制度及び試験が必要である。今の日本にはそのどちらもが欠けている。
ここに《大学という制度の脱構築》の必要性が生じる。
Saturday, January 03, 2009
廃墟の後に(2)
「大人の世界がいずれ分かってくるよ」と言われ続けてきた。思うに、「大人の世界」とは、「俺はあいつがキライだ」という理由で陰に陽に拗ねてみせたりゴネてみせたり、お友達ごっこと戦争ごっこをしてみたりという、実に子供じみた世界である。なんというか、器の小ささ、卑小な自我の肥大ばかりを感じる。
何と思われようと、低いレベルではあれ、私はここで理念と概念の話しかしていないつもりである。
昨日の続き。11月下旬に書いたもの。
*
少なからぬ若手研究者は、塾の講師や予備校講師としてアルバイトをしている。自分の研究とまったく無関係なことを教えて生活費を稼いでいる場合がほとんどである。これで、「自分の研究にプライドを持て。全身全霊をかけて打ち込め。それでいい研究をしたら学振の特別研究員として、非常勤として拾ってやる」などとは笑わせる。
また、「私の若い頃もそうだったよ。いつの時代もそうなんだ」といった言葉も先生方からよく聞かされたが、1)高学歴ワーキングプアの問題は昔とは数が桁違いである、2)昔そうだったから今も何もしないというのか。今教授職にある者が改革しないで誰が改革を行なえるというのか。
誰も最初から一流の教師なのではない。ひとは教師になるのである。アメリカの名門h大学では、難関の院試および二年目の終りに課される試験をくぐりぬけることで、フランスではアグレガシオンをとることで、優秀な学生たちは若いうちから教育経験を積むことを許され、義務として課される。
年齢と能力はさして関係ないという自明の事実はひとまず措いておけば、なるほど、「若い先生の授業を受けさせられるほうはたまったものではない」という反論はいつでも可能である(医者然り、弁護士然り)。しかし、いずれにしても、若い研究者を信頼し、チャンスを与えない国に独自の文化をつくりあげていく可能性もなければ、子供たちの未来を語る権利などあるはずもないことだけはたしかである。
また、なるほど、アグレガシオンは人を型にはめる。h大の院試はオリジナリティを殺すものだ、という反論は可能である。しかし、そういったものを課さずに「自由に」形成された日本の哲学者は、よりオリジナリティに溢れているだろうか?フランスやアメリカの優秀な若手研究者が当然持っている平均的な学識をもっているだろうか?
制度があることが必然なら、よい制度をつくらねばならない。制度が必要悪なら、最善の悪を行使しなければならない。そこで絵空事の無制約なアナーキーを唱える活動家的大学人ほど無責任かつ無力なものはないし、ノンポリと称して結局のところ体制=大勢(サイレント・マジョリティ)に盲目的に加担する大学人ほど偽善的かつ欺瞞的なものはない。
何と思われようと、低いレベルではあれ、私はここで理念と概念の話しかしていないつもりである。
昨日の続き。11月下旬に書いたもの。
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少なからぬ若手研究者は、塾の講師や予備校講師としてアルバイトをしている。自分の研究とまったく無関係なことを教えて生活費を稼いでいる場合がほとんどである。これで、「自分の研究にプライドを持て。全身全霊をかけて打ち込め。それでいい研究をしたら学振の特別研究員として、非常勤として拾ってやる」などとは笑わせる。
また、「私の若い頃もそうだったよ。いつの時代もそうなんだ」といった言葉も先生方からよく聞かされたが、1)高学歴ワーキングプアの問題は昔とは数が桁違いである、2)昔そうだったから今も何もしないというのか。今教授職にある者が改革しないで誰が改革を行なえるというのか。
誰も最初から一流の教師なのではない。ひとは教師になるのである。アメリカの名門h大学では、難関の院試および二年目の終りに課される試験をくぐりぬけることで、フランスではアグレガシオンをとることで、優秀な学生たちは若いうちから教育経験を積むことを許され、義務として課される。
年齢と能力はさして関係ないという自明の事実はひとまず措いておけば、なるほど、「若い先生の授業を受けさせられるほうはたまったものではない」という反論はいつでも可能である(医者然り、弁護士然り)。しかし、いずれにしても、若い研究者を信頼し、チャンスを与えない国に独自の文化をつくりあげていく可能性もなければ、子供たちの未来を語る権利などあるはずもないことだけはたしかである。
また、なるほど、アグレガシオンは人を型にはめる。h大の院試はオリジナリティを殺すものだ、という反論は可能である。しかし、そういったものを課さずに「自由に」形成された日本の哲学者は、よりオリジナリティに溢れているだろうか?フランスやアメリカの優秀な若手研究者が当然持っている平均的な学識をもっているだろうか?
制度があることが必然なら、よい制度をつくらねばならない。制度が必要悪なら、最善の悪を行使しなければならない。そこで絵空事の無制約なアナーキーを唱える活動家的大学人ほど無責任かつ無力なものはないし、ノンポリと称して結局のところ体制=大勢(サイレント・マジョリティ)に盲目的に加担する大学人ほど偽善的かつ欺瞞的なものはない。
Friday, January 02, 2009
廃墟の後に(新年に思う)
新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。しばらく前に書いたもの。
*
ここ数カ月なんだかんだと忙しく、体調も思わしくなかったので、パリ行きの前に一度行っておこうと、今日は病院に行って、注射とレーザー治療をしてもらってきた。
病院近くに住んでいるgkさんと昼食をともにする。アメリカのh大に在籍していらっしゃる氏の話は、大学という制度を考える上でとても興味深かった(以下の話はあくまでも一個人の経験談と、それに触発された友人=私の私的な感想です、念のため)。
h大では、数年前まで博論のdefenseがなかった(!)。むろん提出前にかなりチェックされ、審査員たちからコメントは貰えるし、ダメな個所は直されたうえで提出されるらしいのだが、それにしても驚きである。数年前に非公開のdefenseが課されるようになったらしい(アメリカの大学は一般的に非公開とのこと)。
*
h大の年間予算はフランス一国家の教育予算を上回っている。その豊富な資金をバックに、大学院生の学費はすべて無料。生活費は最初の二年は奨学金でまかなわれ、その後はほぼ自動的に全員に割り当てられる授業を担当することでペイされるのだという。
また、これも重要な点なのだが、h大では語学を教えるのは若手の仕事で、大学院生が教えるのだという。語学は若い感覚(学生と近い感覚)をもったものが教えた方がいい、というgkさん夫妻の考えには考えさせられるものが多い(日本には年をとった非常勤の先生方も数多くいるので、なかなか難しい問題なのだが。常勤の先生には非常勤のコマ数制限をするなどの措置が必要かもしれない)。
ともあれ、何度も言うが、「自分の研究対象を教えることで生活費を稼ぐ」ということの意味はほとんど決定的と言ってもいい影響を若手研究者の精神形成に及ぼす。
ある先生に「学振の特別研究員が財政的に保障されているのはたしかに素晴らしいが、教育機会を義務として与えてない点がきわめて遺憾です」と申し上げたところ、彼は笑ってこう言った。「そこまで特別研究員を信頼してないよ」。ここに、日本の高等教育の縮図を見るのは行き過ぎだろうか。
貸与に際して若手研究者の親を「保証人」にとる育英会然り、教育機会を与えることを「受け入れ大学」の義務としない日本学術振興会然り、日本の高等教育行政は、若手研究者を一人前の社会人と見なそうとせず、またそのように育て上げようともしていない。その代償はとてつもなく高い。
*
ここ数カ月なんだかんだと忙しく、体調も思わしくなかったので、パリ行きの前に一度行っておこうと、今日は病院に行って、注射とレーザー治療をしてもらってきた。
病院近くに住んでいるgkさんと昼食をともにする。アメリカのh大に在籍していらっしゃる氏の話は、大学という制度を考える上でとても興味深かった(以下の話はあくまでも一個人の経験談と、それに触発された友人=私の私的な感想です、念のため)。
h大では、数年前まで博論のdefenseがなかった(!)。むろん提出前にかなりチェックされ、審査員たちからコメントは貰えるし、ダメな個所は直されたうえで提出されるらしいのだが、それにしても驚きである。数年前に非公開のdefenseが課されるようになったらしい(アメリカの大学は一般的に非公開とのこと)。
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h大の年間予算はフランス一国家の教育予算を上回っている。その豊富な資金をバックに、大学院生の学費はすべて無料。生活費は最初の二年は奨学金でまかなわれ、その後はほぼ自動的に全員に割り当てられる授業を担当することでペイされるのだという。
また、これも重要な点なのだが、h大では語学を教えるのは若手の仕事で、大学院生が教えるのだという。語学は若い感覚(学生と近い感覚)をもったものが教えた方がいい、というgkさん夫妻の考えには考えさせられるものが多い(日本には年をとった非常勤の先生方も数多くいるので、なかなか難しい問題なのだが。常勤の先生には非常勤のコマ数制限をするなどの措置が必要かもしれない)。
ともあれ、何度も言うが、「自分の研究対象を教えることで生活費を稼ぐ」ということの意味はほとんど決定的と言ってもいい影響を若手研究者の精神形成に及ぼす。
ある先生に「学振の特別研究員が財政的に保障されているのはたしかに素晴らしいが、教育機会を義務として与えてない点がきわめて遺憾です」と申し上げたところ、彼は笑ってこう言った。「そこまで特別研究員を信頼してないよ」。ここに、日本の高等教育の縮図を見るのは行き過ぎだろうか。
貸与に際して若手研究者の親を「保証人」にとる育英会然り、教育機会を与えることを「受け入れ大学」の義務としない日本学術振興会然り、日本の高等教育行政は、若手研究者を一人前の社会人と見なそうとせず、またそのように育て上げようともしていない。その代償はとてつもなく高い。
Thursday, December 25, 2008
クリスマスに思う
タカシロツヨシさん(日本の芸能界的には話題の人ですなあ)のブログより。いいですね、無理な背伸びではなく、素直な背伸びの感じがします。ボキャブラリーが私のとまったく違うんで正確に理解できてるかどうか分かりませんけど。
《オーストラリア産の和牛!?ってのに、やられて第三位。なんでも、美味しい牛肉を日本は輸出禁止しているらしく(知りませんでした)、同じ品種で同じ育て方の牛を、広大なオーストラリアの牧場で伸び伸び育てているから、本家日本の和牛より美味しい、とのことだったので行ってみたら、本当に美味しかった。熟成日数の違いを選んで、色々食べられるのも楽しい。いま語るべきは、肉の部位ではなく、熟成期間と熟成手法ですね。[…]
東京はレガシーな食べ物は本当に美味しいが、あとは、画期的な新しい店の登場が待たれる。まだ、コンピュータが来てない国のようである。[…]いまや食の数式的アプローチや、食材のグローバリゼーションは、本当に興味深い。なぜ、スペインやイギリスの田舎で、日本の「梅こんぶ」の話になるのか不思議。なんで、そんなの知ってるの?逆説的だが、東京のレストランでも「コッツウォルズ地方のホメオパシー療法で育てられた牛」を出す店があったら、東京フードシーンも新しい時代を迎えられるだろう。次は手法や産地だけでなく、食材の育て方や教育、哲学までもが語られるようになると思う。東京のギットリとした二十世紀的焼肉カルチャーからの脱却が待たれる。》
フランス哲学研究でも同じで、日本では往々にして本格派のつもりが実は単なる引きこもりの閉じこもりだったりする。本格派をうまく(遮二無二ではなく)野に解き放て。「肉の部位」に関する旧態依然のつまらない訓詁学と、「熟成期間と熟成手法」を熟考する厳密な研究鍛錬の決定的差異。後者は「料理法」や「産地」だけでなく、「食材の育て方」や「教育哲学」にまで深く思い及んでいるのでなければならない。哲学・教育・政治の三位一体が重要だという相も変らぬ話である。
《オーストラリア産の和牛!?ってのに、やられて第三位。なんでも、美味しい牛肉を日本は輸出禁止しているらしく(知りませんでした)、同じ品種で同じ育て方の牛を、広大なオーストラリアの牧場で伸び伸び育てているから、本家日本の和牛より美味しい、とのことだったので行ってみたら、本当に美味しかった。熟成日数の違いを選んで、色々食べられるのも楽しい。いま語るべきは、肉の部位ではなく、熟成期間と熟成手法ですね。[…]
東京はレガシーな食べ物は本当に美味しいが、あとは、画期的な新しい店の登場が待たれる。まだ、コンピュータが来てない国のようである。[…]いまや食の数式的アプローチや、食材のグローバリゼーションは、本当に興味深い。なぜ、スペインやイギリスの田舎で、日本の「梅こんぶ」の話になるのか不思議。なんで、そんなの知ってるの?逆説的だが、東京のレストランでも「コッツウォルズ地方のホメオパシー療法で育てられた牛」を出す店があったら、東京フードシーンも新しい時代を迎えられるだろう。次は手法や産地だけでなく、食材の育て方や教育、哲学までもが語られるようになると思う。東京のギットリとした二十世紀的焼肉カルチャーからの脱却が待たれる。》
フランス哲学研究でも同じで、日本では往々にして本格派のつもりが実は単なる引きこもりの閉じこもりだったりする。本格派をうまく(遮二無二ではなく)野に解き放て。「肉の部位」に関する旧態依然のつまらない訓詁学と、「熟成期間と熟成手法」を熟考する厳密な研究鍛錬の決定的差異。後者は「料理法」や「産地」だけでなく、「食材の育て方」や「教育哲学」にまで深く思い及んでいるのでなければならない。哲学・教育・政治の三位一体が重要だという相も変らぬ話である。
Wednesday, December 24, 2008
違和感
今起こりつつあることはすべて過去の遺産であり、負債である。
大学教員を採用する際に「博士号取得」を前提し、「模擬授業」を課す。それは原則的によいことだと思う。ただ、それらの義務を課されなかった者が、自らの世代に落とし前をつけることなしに、それらの義務を若い世代に押しつけることに違和感がある。現在の教員にも遡って「博士号取得」「模擬授業」を継続採用の義務として課すべきではないか。
育英会にきちんと返済するよう促すシステムを作る。やり方についてはともかく、それは原則的に当たり前のことだと思う。ただ、きちんと返済しなかった人々を大量に含む世代が自分の世代の「負債」に対する反省なしに厳罰化を若い世代に押しつけることに違和感がある。たとえ現在滞納者数が増えているとしても、である。滞納者の金融機関への通報というなら、最も古い滞納者から始めるべきであろう。
大学できちんとした学力を養うことが求められるシステムを作る。それは原則的に良いことだ。ただ、大学を勉強する場と捉えず、「四年間の休暇」「就職のためのパスポート」と捉えてきたすべての人々の蓄積が今、大学をこのような場たらしめたのだという自覚と反省なしの厳格化には違和感がある。たとえ現在加速度的に「学力低下」「学級崩壊」が進んでいるとしても、である。かつて「レジャーランド大学」で遊んで卒業した者たちはどうするのか。
今日本の社会を中核的に担う50代、40代の世代がきちんと自らの世代の負債と向き合ったのか、疑問がある。
大学の学部(学士課程)の教育水準の向上を検討していた中央教育審議会(中教審)は24日の総会で、成績評価や卒業認定について厳格に判断することなどを求めた報告をまとめ、塩谷立文部科学相に答申した。具体的には、学内で統一した評価基準をつくり、学力を的確に把握するよう促している。
「大学全入時代」を迎えた一方、約半数の私大が定員割れし、地方の小規模大学を中心に経営難が深刻化するなど、大学の抱える課題は多い。学生の学力低下も指摘されており、中教審では平成19年3月から議論を進めていた。
答申は、大学を取り巻く環境が急激に変化していることを踏まえ、「質の維持、向上の努力を怠るなら、淘汰(とうた)は避けられない」と厳しく指摘。「入りにくく、出やすい」とされる日本の大学に対し、卒業評価の厳格化を求めた。
その上で、具体策として大学内で学力測定の統一した評価基準を策定、公表することや、客観性のある試験の実施などを挙げている。さらに、学力評価が甘いとされる推薦入試やAO(アドミッション・オフィス)入試にも厳格な学力把握の措置を求めた。
さらに、学生の職業観や勤労観をはぐくむキャリア教育についても、教育課程の中に位置づけることを盛り込んでいる。
これとは別に、大学教育をめぐっては、鈴木恒夫前文科相が9月、教育制度の再構築や質保証の対策など中長期的な大学のあり方について、中教審に諮問している。
奨学金滞納者を通報へ 日本学生支援機構、金融機関に
大学生らに奨学金を貸与している日本学生支援機構は、増加する滞納に歯止めをかけるため、金融機関でつくる個人信用情報機関に年内に加盟し、滞納者情報を通報する制度を導入する方針を固めた。通報された対象者は銀行ローンやクレジットカードの利用が難しくなる可能性がある。
支援機構が加盟を予定している信用情報機関は銀行など約1400の金融機関が会員。平成22年度の新規貸与者から「長期滞納した場合は通報する」という条件で奨学金を貸与する。所在不明の滞納者情報の提供を受けることも検討している。
支援機構を所管する文部科学省などによると、奨学金は大学などを卒業後、一定期間内に返還しなければならないが、滞納は年々増加。19年度の要回収額は3175億円だったが回収率は8割を切り、660億円が未返済。貸し倒れの可能性がある3カ月以上の延滞債権額も2253億円に上っている。
奨学金「回収努力を」 財務省が日本学生支援機構に
財務省は24日、奨学金事業を行っている独立行政法人の日本学生支援機構(旧日本育英会)に、奨学金の回収努力が不十分だとして改善を求めたと財政制度等審議会に報告した。保証制度があるにもかかわらず、機構の督促が不十分であるなどの理由で要件を満たさず、代位弁済請求ができていない債権が今年2月現在で10億2100万円あることが確認された。
保証制度は財団法人の日本国際教育支援協会が行っており、保証人を立てられない学生は、毎月数千円の保証料を支払うことで制度を利用できる。返済期限から1年たてば、機構は協会に対して弁済を求めることができるが、18年度の請求は11件700万円にとどまっている。
代位弁済を請求するには、機構による債務者への督促が前提となる。だが、返済が遅れている債務者が引っ越してしまい、住所が判明しないために機構が督促できず、代位弁済請求の要件が整わないケースが多いという。
Tuesday, December 23, 2008
シンポを組織する―結合術と地政学
体調はすこぶる悪いが、来年のベルクソン・シンポに向けて第一段階の準備を始める。まずは海外からの招聘者との下交渉である。
どういう招聘をすべきか
これは私が若手だから可能なことかもしれないが、有名人というだけの招聘など絶対にしない。それが悪いとばかりは言わないし、健全な反応だとは思うけれど。お仲間招聘というのもしない。世界中に友人はたくさんいるが、いくら好人物であっても、研究者として面白くなければ呼ばない。私がこれまで招聘にかかわった人物はどれも面白い人物ばかりである。「でも小粒だったでしょ」という人は私のエッセイ「観客でも批評家でもなく」を読み直すべし。
戦略的な呼び方をしなければならない。これまでの招聘のほとんどは実に「長期的視点」「継続的観点」というものを欠いたものであったと言わざるを得ない。それは研究において実は対等な姿勢で向かい合えていなかったということを示しているのではないか。
科研では長期的・継続的なプロジェクトが可能だが、この点多く誤解されているのが、「自分たちにとってだけ」長期的・継続的であってもさしたる意味はない、ということである。呼ばれる相手(この場合は特に海外の研究者)にも継続性を感じさせ、自分たちがそのプロジェクトの一端を担っているのだという認識を共有させることが何にもまして重要である。そのためには英・仏・独語での成果の刊行がきわめて重要だ。
招聘とは何か――結合術と地政学
三年間のベルクソン・シンポで言えば、少なくともベルクソン研究で重要な人物、さらに『創造的進化』について面白いことを話せる人物というのがまず第一の選択基準である。なぜならそれが科研プロジェクトの題目だからだ。彼らを継続的に呼ぶ。そしてActesをフランス語で出す。
(こういったことはもちろん一人ではできない。私のような若手研究者の場合、業界の大先輩・先輩方のお力をお借りしてようやく何がしかの成果に辿りつけるといった次第であり、とりわけロジスティックに関して私は完全に無力である。しかし、このようなチャンスをただ待っているだけでは駄目で、自ら積極的にチャンスメークして行かなければ道は切り開けないということもまた事実である。それで時には誤解を受け、軋轢が生じるとしても…)
次に、国際的な広がりというものを考えなければいけない。哲学大国の人物ばかり呼ぶというのでは地政学的な視点に欠ける。哲学のマイナー国から呼ぶことによって未発掘の人物を掘り起こすという視点がなければならない。そのためには常にアンテナを研ぎ澄ましておかねばならない。この点、せっかく海外にいるのに鈍感な留学生が多すぎる。
第三に、年齢的な広がりも重要である。すでに名をなした大家ばかりでなく、気鋭の若手を積極的に登用する。留学生は、有名人の話を聞きに行くのもいいが、切磋琢磨しあえるような優秀な若手(外国人でも同国人でも)を見出し、その人によって自分が認められる(見出される)――もちろん知識のひけらかしoralではなく自分の仕事écritによって――ことがより重要だ。
最後に、日本のどこでシンポを行なうかということ。東京と京都ばかりでは地方のフランス哲学研究が一向に振興されない。たとえフランス語が分からない学生がほとんどでもいい、例えばたったひとり通りがかりの学生が興味を持ってくれさえすれば。今の「制度」では地方の学生には事実上、フランス語で哲学している現場を垣間見る可能性が閉ざされている。三日間やるのなら、一日だけ採算度外視の「先行投資」として地方で開催すべきだ、と年来言っているのだが、この点は未だに多数の同意を得ない…。
どういう招聘をすべきか
これは私が若手だから可能なことかもしれないが、有名人というだけの招聘など絶対にしない。それが悪いとばかりは言わないし、健全な反応だとは思うけれど。お仲間招聘というのもしない。世界中に友人はたくさんいるが、いくら好人物であっても、研究者として面白くなければ呼ばない。私がこれまで招聘にかかわった人物はどれも面白い人物ばかりである。「でも小粒だったでしょ」という人は私のエッセイ「観客でも批評家でもなく」を読み直すべし。
戦略的な呼び方をしなければならない。これまでの招聘のほとんどは実に「長期的視点」「継続的観点」というものを欠いたものであったと言わざるを得ない。それは研究において実は対等な姿勢で向かい合えていなかったということを示しているのではないか。
科研では長期的・継続的なプロジェクトが可能だが、この点多く誤解されているのが、「自分たちにとってだけ」長期的・継続的であってもさしたる意味はない、ということである。呼ばれる相手(この場合は特に海外の研究者)にも継続性を感じさせ、自分たちがそのプロジェクトの一端を担っているのだという認識を共有させることが何にもまして重要である。そのためには英・仏・独語での成果の刊行がきわめて重要だ。
招聘とは何か――結合術と地政学
三年間のベルクソン・シンポで言えば、少なくともベルクソン研究で重要な人物、さらに『創造的進化』について面白いことを話せる人物というのがまず第一の選択基準である。なぜならそれが科研プロジェクトの題目だからだ。彼らを継続的に呼ぶ。そしてActesをフランス語で出す。
(こういったことはもちろん一人ではできない。私のような若手研究者の場合、業界の大先輩・先輩方のお力をお借りしてようやく何がしかの成果に辿りつけるといった次第であり、とりわけロジスティックに関して私は完全に無力である。しかし、このようなチャンスをただ待っているだけでは駄目で、自ら積極的にチャンスメークして行かなければ道は切り開けないということもまた事実である。それで時には誤解を受け、軋轢が生じるとしても…)
次に、国際的な広がりというものを考えなければいけない。哲学大国の人物ばかり呼ぶというのでは地政学的な視点に欠ける。哲学のマイナー国から呼ぶことによって未発掘の人物を掘り起こすという視点がなければならない。そのためには常にアンテナを研ぎ澄ましておかねばならない。この点、せっかく海外にいるのに鈍感な留学生が多すぎる。
第三に、年齢的な広がりも重要である。すでに名をなした大家ばかりでなく、気鋭の若手を積極的に登用する。留学生は、有名人の話を聞きに行くのもいいが、切磋琢磨しあえるような優秀な若手(外国人でも同国人でも)を見出し、その人によって自分が認められる(見出される)――もちろん知識のひけらかしoralではなく自分の仕事écritによって――ことがより重要だ。
最後に、日本のどこでシンポを行なうかということ。東京と京都ばかりでは地方のフランス哲学研究が一向に振興されない。たとえフランス語が分からない学生がほとんどでもいい、例えばたったひとり通りがかりの学生が興味を持ってくれさえすれば。今の「制度」では地方の学生には事実上、フランス語で哲学している現場を垣間見る可能性が閉ざされている。三日間やるのなら、一日だけ採算度外視の「先行投資」として地方で開催すべきだ、と年来言っているのだが、この点は未だに多数の同意を得ない…。
Monday, December 22, 2008
人権と民権―ゴーシェ・福沢・丸山
土曜日は重要な会合の後、フランス政治哲学研究会第5回@本郷。今回からGauchetのLa démocratie contre elle-même (Gallimard, 2002)を数回かけて読む。今回は20年を隔てて書かれた二つの人権論を読んだ。人権論が再加速してきた裏には新たな個人主義の台頭があるとするゴーシェ。
すると、たまたま丸山真男+加藤周一『翻訳と日本の近代』(岩波新書)を読み直していて、次のような個所にぶつかる。
《民権とは言うけれど、人権と参政権とを混同している、と福沢は言うんだ。人権は個人の権利であって、人民の権利ではない、だから国家権力が人権つまり個人の権利を侵してはいけない、人民が参政権をもつべきだというのを民権というとき、そこには個人と一般人民の区別がない、と福沢は言った。その感覚は凄いね。集合概念としての人民の権利と、個々人のindividualな権利》(90頁)。
これは《「個人」と「人民」》というセクション(89-93頁)で、そこで丸山は、我々にとって自明の「自由民権運動」は西洋人にとって訳しにくい言葉だ、なぜならrightはあくまで個人の権利であって、people's rightなどというのはありえないからだと指摘し、福沢に言及している。
すると、たまたま丸山真男+加藤周一『翻訳と日本の近代』(岩波新書)を読み直していて、次のような個所にぶつかる。
《民権とは言うけれど、人権と参政権とを混同している、と福沢は言うんだ。人権は個人の権利であって、人民の権利ではない、だから国家権力が人権つまり個人の権利を侵してはいけない、人民が参政権をもつべきだというのを民権というとき、そこには個人と一般人民の区別がない、と福沢は言った。その感覚は凄いね。集合概念としての人民の権利と、個々人のindividualな権利》(90頁)。
これは《「個人」と「人民」》というセクション(89-93頁)で、そこで丸山は、我々にとって自明の「自由民権運動」は西洋人にとって訳しにくい言葉だ、なぜならrightはあくまで個人の権利であって、people's rightなどというのはありえないからだと指摘し、福沢に言及している。
Sunday, December 21, 2008
錬成するということ
授業・会議・研究会・忘年会・レクチャーコンサート…その合間に研究、ギリシャ語。その合間に…。師が走る走る。
数ヶ月前に思ったこと。
*
夏が過ぎていく。時間はあっという間に過ぎていく。お昼寝をさせる、夜、子供を寝かせつけようとする、夜中に子供が泣きだせば再び眠りに落ちるまで抱いている、今度は自分が寝られなくなる…。
子供や家族生活を言い訳の材料にしないようにするためには、これまでのように「数時間かかってようやく集中」というのではダメだ。ごく短時間で集中できるようにならなければ。
短時間でトラップし、シュートに持っていく。そして決める。どんな形であれ決めること。
*
どんな研究をするにしても、研究対象の手触りというか、それに対して自分がもつ印象を大切にしたいと思っている。
大学論や結婚論は「副専攻」として始めたばかりなのだから、素朴な観点しか持てないのはごく当たり前のことで、それを恥じる必要はない。恥じる必要はないが、自分の現在の力量を客観的に見つめ、実力のなさを認める率直さは必要だ。
素朴な考えしか持てないのに、それを付け焼刃の知識で誤魔化す、これはよくない。大切なのは、自分の素朴さを偽ったり包み隠すことなく、直観を絶えず錬成し、鍛え上げていくことだ。
数ヶ月前に思ったこと。
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夏が過ぎていく。時間はあっという間に過ぎていく。お昼寝をさせる、夜、子供を寝かせつけようとする、夜中に子供が泣きだせば再び眠りに落ちるまで抱いている、今度は自分が寝られなくなる…。
子供や家族生活を言い訳の材料にしないようにするためには、これまでのように「数時間かかってようやく集中」というのではダメだ。ごく短時間で集中できるようにならなければ。
短時間でトラップし、シュートに持っていく。そして決める。どんな形であれ決めること。
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どんな研究をするにしても、研究対象の手触りというか、それに対して自分がもつ印象を大切にしたいと思っている。
大学論や結婚論は「副専攻」として始めたばかりなのだから、素朴な観点しか持てないのはごく当たり前のことで、それを恥じる必要はない。恥じる必要はないが、自分の現在の力量を客観的に見つめ、実力のなさを認める率直さは必要だ。
素朴な考えしか持てないのに、それを付け焼刃の知識で誤魔化す、これはよくない。大切なのは、自分の素朴さを偽ったり包み隠すことなく、直観を絶えず錬成し、鍛え上げていくことだ。
Thursday, December 18, 2008
大人を教育する
火曜、西山雄二さんの丸山真男についての講演を聴きに行く。あのレベルの発表を毎回続けられるというのは凄すぎる。学問というのは知的練磨と共にまず一にも二にも体力だと痛感させられるが、…水曜日、とうとう倒れる。一日床に臥す。
*
先月のパリフォーラム、橋本一径(かずみち)さんの報告も書いたのだが、字数の関係上、特にフランス語を省かざるを得なかったので、ここに再録。
*
次いで、橋本氏の発表「大人を教育する――19世紀末フランスにおける警官養成」は、現在世界標準となりつつある「生涯教育」という発想の起源の一つが、犯罪学的見地からなされた捜査方法および警官養成法の改善過程にあると示すことで、《教育=養成》(どちらもフランス語ではformationである)の問題について哲学的な考察を展開する上で欠かせないものとなるであろう新たな光を投げかけた。
「教育」を意味するより一般的な語pédagogieが、「子供(pais, paidos)の指導(agein)」に由来することからも分かるように、教育とはそもそも未成年者を対象とするものであった。我々はいつから「生涯教育formation continue」、すなわち「大人を教育する」などという、一昔前であれば考えもつかない発想をもつようになったのか。
氏はその淵源の一つを、19世紀における犯罪人類学(anthropologie criminelle)のパラダイムチェンジ、すなわち18世紀的博愛主義(刑務所を改善すれば犯罪抑止につながる)の敗北と、その結果、「再犯 récidive」防止が「社会を防衛する」ための核心的な問題として理解され始めたという事実に見る。
科学警察の祖と言われるパリ警視庁鑑定局長アルフォンス・ベルティヨンによる数々の発明のうち、後の似顔絵作成法(portrait-robot)の原型となる「口述ポートレートportrait parlé」――「ベルティヨン式人体測定法 bertillonnage」とも呼ばれるようになる犯人識別法――が登場し、『犯罪人類学とその最近の進展』(1891年)の著者チェーザレ・ロンブローゾの《「生得的な犯罪者criminel-né」は骨相学的知見から割り出せる》という主張が受け入れられ、その講習会がフランス全土の学校・警察・軍隊で開かれる。治癒不可能=教育不可能な子供を早期発見すべく、教師・警官・軍人といった大人たちに教育=養成が施されることになったのである。以後、ごく一部の成人エリートに対する(例えば法曹界における)教育ではなく、広く大人を教育するという考えが社会通念として徐々に定着していく。
質疑応答では、ドゥギー氏がこの犯罪人類学の驚くべきアクチュアリティに注意を喚起し、フランスではリール大学教授Catherine Kintzler女史の仕事と、イタリアではSalvatore Palidda氏の仕事、とりわけ『ポストモダンにおける警察』Polizia postmoderna (Feltrinelli, 2000)との接続可能性を指摘しつつ、この方向でのさらなる研究の深化に期待を寄せた。
*
先月のパリフォーラム、橋本一径(かずみち)さんの報告も書いたのだが、字数の関係上、特にフランス語を省かざるを得なかったので、ここに再録。
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次いで、橋本氏の発表「大人を教育する――19世紀末フランスにおける警官養成」は、現在世界標準となりつつある「生涯教育」という発想の起源の一つが、犯罪学的見地からなされた捜査方法および警官養成法の改善過程にあると示すことで、《教育=養成》(どちらもフランス語ではformationである)の問題について哲学的な考察を展開する上で欠かせないものとなるであろう新たな光を投げかけた。
「教育」を意味するより一般的な語pédagogieが、「子供(pais, paidos)の指導(agein)」に由来することからも分かるように、教育とはそもそも未成年者を対象とするものであった。我々はいつから「生涯教育formation continue」、すなわち「大人を教育する」などという、一昔前であれば考えもつかない発想をもつようになったのか。
氏はその淵源の一つを、19世紀における犯罪人類学(anthropologie criminelle)のパラダイムチェンジ、すなわち18世紀的博愛主義(刑務所を改善すれば犯罪抑止につながる)の敗北と、その結果、「再犯 récidive」防止が「社会を防衛する」ための核心的な問題として理解され始めたという事実に見る。
科学警察の祖と言われるパリ警視庁鑑定局長アルフォンス・ベルティヨンによる数々の発明のうち、後の似顔絵作成法(portrait-robot)の原型となる「口述ポートレートportrait parlé」――「ベルティヨン式人体測定法 bertillonnage」とも呼ばれるようになる犯人識別法――が登場し、『犯罪人類学とその最近の進展』(1891年)の著者チェーザレ・ロンブローゾの《「生得的な犯罪者criminel-né」は骨相学的知見から割り出せる》という主張が受け入れられ、その講習会がフランス全土の学校・警察・軍隊で開かれる。治癒不可能=教育不可能な子供を早期発見すべく、教師・警官・軍人といった大人たちに教育=養成が施されることになったのである。以後、ごく一部の成人エリートに対する(例えば法曹界における)教育ではなく、広く大人を教育するという考えが社会通念として徐々に定着していく。
質疑応答では、ドゥギー氏がこの犯罪人類学の驚くべきアクチュアリティに注意を喚起し、フランスではリール大学教授Catherine Kintzler女史の仕事と、イタリアではSalvatore Palidda氏の仕事、とりわけ『ポストモダンにおける警察』Polizia postmoderna (Feltrinelli, 2000)との接続可能性を指摘しつつ、この方向でのさらなる研究の深化に期待を寄せた。
Tuesday, December 16, 2008
ゆく年くる年
金曜日は朝カル。ベルクソンにおける言語の問題について、これまでに書いた論文「言葉の暴力」「言葉の暴力II」を別の形でまとめ直して話す。パフォーマンスは(自分なりには)そこそこ。
土曜日はサルトル学会「ボーヴォワール生誕百周年。サルトルとボーヴォワール:カップル神話の表と裏」を聴きに行く。もちろん《結婚の形而上学とその脱構築》のため。基本的な知識(学界の常識)を仕入れられただけでなく、百周年記念刊行物や最近の研究動向についても情報を入手できてよかった。
アットホームな感じ+私のような部外者にも気さくに話しかけてくれる。戦う仏文学者として尊敬するms御大に「東京新聞の記事、読みましたよ」と話しかけて意気投合。懇親会では若手サルトル研究者と知り合ったり、発表者と議論したり、nsさんらと大学教育を論じたり、とても面白かった。
年末年始は論文三本の締め切り。大学論日仏1本ずつ。ベルクソン1本。
土曜日はサルトル学会「ボーヴォワール生誕百周年。サルトルとボーヴォワール:カップル神話の表と裏」を聴きに行く。もちろん《結婚の形而上学とその脱構築》のため。基本的な知識(学界の常識)を仕入れられただけでなく、百周年記念刊行物や最近の研究動向についても情報を入手できてよかった。
アットホームな感じ+私のような部外者にも気さくに話しかけてくれる。戦う仏文学者として尊敬するms御大に「東京新聞の記事、読みましたよ」と話しかけて意気投合。懇親会では若手サルトル研究者と知り合ったり、発表者と議論したり、nsさんらと大学教育を論じたり、とても面白かった。
年末年始は論文三本の締め切り。大学論日仏1本ずつ。ベルクソン1本。
Monday, December 15, 2008
聴衆と思索の夕べ
宣伝です。よろしければどうぞ。hf
***
レクチャーコンサート
聴取と思索の夕べ
――哲学者が愛した音楽家たち――
(明治大学文学研究科特別授業)
日時:2008年12月19日(金)、17時半―20時
場所:明治大学駿河台校舎アカデミーコモン3階アカデミーホール
入場自由、無料(一般の方も大歓迎です)
プログラム
17時半‐18時 講演:「ジャンケレヴィッチ(1903-1985)の音楽哲学」(講師:合田正人、明治大学文学部教授)
18時‐20時 演奏:松浦真沙(ピアノ、編曲)、有村純親(サクソフォーン)
ドビュッシー:ゴリゴーグのケークウォーク
ドビュッシー:ラプソディー
ラヴェル:悲しい鳥(ピアノソロ)
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
フランク:ソナタより休憩
アルベニス:Espanaより(ピアノソロ)
トゥリーナまたはセヴラック:(ピアノソロ)
ファリャ(松浦真沙編):恋は魔術師
ピアソラの曲
松浦真沙(まつうら まさ) ピアノ、編曲桐朋学園大学音楽学部演奏学科(声楽専攻)卒業。同大学研究科(作曲専攻)、アンサンブル・ディプロマコース(ピアノ専攻)修了。パリ国立高等音楽院ピアノ伴奏科および室内楽科修了。1999年吹田音楽コンクール(作曲部門)入賞。2002年奏楽堂日本歌曲コンクール(作曲部門)第2位。2003年日本モーツァルト音楽コンクール(ピアノ部門)入賞。2007年東京国際室内楽作曲コンクール第2位(1位なし)。これまでに様々な新曲初演に携わり、4本ペダル(ハーモニクスペダル付)のピアノのための新曲を録音、初演するなど、特に近・現代の作品の演奏に意欲的に取り組み、高い評価を得ている。同時にアンサンブルピアニストとして数多くの演奏家と共演。日本、フランス、イタリア各地で演奏活動を行う。またサクシアーナ国際サクソフォーンコンクール公式伴奏者をはじめ、サン・サーンス音楽院(パリ8区)管楽器クラス伴奏者、2008年浜松国際管楽器アカデミー公式伴奏者など、各種マスタークラスやコンクールにて伴奏を務める。有村氏との共演でNHK-FMリサイタルに出演。作曲家としても定期的に新作を発表しているほか、合唱や器楽アンサンブルのための編曲、オーケストラ曲の編曲なども積極的に行っている。ピアノを今泉紀子、大崎かおる、小澤英世、故・ゴールドベルク山根美代子、星野明子、Jean Koerner、Theodore Paraskivesco、Eric Le.Sage、伴奏法をJean Koerner、今村央子、山洞智、室内楽を藤井一興、作曲を石島正博、金子仁美、原田敬子、和声法をLaurent Teycheney、声楽を名古屋木実、指揮を黒岩英臣の各氏に師事。現在上田女子短期大学講師、洗足学園音楽大学専攻科助教。
有村純親(ありむら すみちか) サクソフォーン東京芸術大学卒業。同大学院音楽研究科修士課程修了。平成16年度文化庁芸術家在外研修員。フランス国立セルジー・ポントワーズ音楽院(金メダル)を経てパリ国立高等音楽院を審査員全員一致の最優秀の成績で修了。セルマー賞受賞。同音楽院在籍中交換留学生としてアムステルダム音楽院に於いても研鑽を積む。サクシアーナ国際サクソフォーンコンクール第1位、併せてフランスサクソフォーン協会賞受賞。パリ国際音楽コンクール(UFAM)審査員全員一致で第1位および大賞受賞、第50回ミュンヘン国際音楽コンクール(ARD)セミファイナリスト(日本人最高位)。ローマ国際サクソフォーンコンクール第2位受賞、サンタ=チェチリア音楽院にてグラズノフのサクソフォーン協奏曲を演奏。2003年7月にはサクソフォーンの発明者であるアドルフ・サックスの生誕地ベルギー・ディナン市より招かれコンサートを行い、好評を博す。国際サクソフォーンコングレス(スロヴェニア)に参加。2006年にはイタリア・トリエステにてゲストプロフェッサーとしてマスタークラスを行う。NHK-FM「名曲リサイタル」出演。文化庁主催「明日を担う音楽家による特別演奏会」にて東京フィルハーモニー交響楽団とコンチェルトを共演し好評を博す。サクソフォーンを斎藤広樹、須川展也、冨岡和男、二宮和弘、Jean-Yves Fourmeau、Claude Delangle 、Arno Bornkampの各氏に、室内楽を中村均一、Jean-Francois Dusquenoyの各氏に師事。現在昭和音楽大学および短期大学部講師。
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レクチャーコンサート
聴取と思索の夕べ
――哲学者が愛した音楽家たち――
(明治大学文学研究科特別授業)
日時:2008年12月19日(金)、17時半―20時
場所:明治大学駿河台校舎アカデミーコモン3階アカデミーホール
入場自由、無料(一般の方も大歓迎です)
プログラム
17時半‐18時 講演:「ジャンケレヴィッチ(1903-1985)の音楽哲学」(講師:合田正人、明治大学文学部教授)
18時‐20時 演奏:松浦真沙(ピアノ、編曲)、有村純親(サクソフォーン)
ドビュッシー:ゴリゴーグのケークウォーク
ドビュッシー:ラプソディー
ラヴェル:悲しい鳥(ピアノソロ)
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
フランク:ソナタより休憩
アルベニス:Espanaより(ピアノソロ)
トゥリーナまたはセヴラック:(ピアノソロ)
ファリャ(松浦真沙編):恋は魔術師
ピアソラの曲
松浦真沙(まつうら まさ) ピアノ、編曲桐朋学園大学音楽学部演奏学科(声楽専攻)卒業。同大学研究科(作曲専攻)、アンサンブル・ディプロマコース(ピアノ専攻)修了。パリ国立高等音楽院ピアノ伴奏科および室内楽科修了。1999年吹田音楽コンクール(作曲部門)入賞。2002年奏楽堂日本歌曲コンクール(作曲部門)第2位。2003年日本モーツァルト音楽コンクール(ピアノ部門)入賞。2007年東京国際室内楽作曲コンクール第2位(1位なし)。これまでに様々な新曲初演に携わり、4本ペダル(ハーモニクスペダル付)のピアノのための新曲を録音、初演するなど、特に近・現代の作品の演奏に意欲的に取り組み、高い評価を得ている。同時にアンサンブルピアニストとして数多くの演奏家と共演。日本、フランス、イタリア各地で演奏活動を行う。またサクシアーナ国際サクソフォーンコンクール公式伴奏者をはじめ、サン・サーンス音楽院(パリ8区)管楽器クラス伴奏者、2008年浜松国際管楽器アカデミー公式伴奏者など、各種マスタークラスやコンクールにて伴奏を務める。有村氏との共演でNHK-FMリサイタルに出演。作曲家としても定期的に新作を発表しているほか、合唱や器楽アンサンブルのための編曲、オーケストラ曲の編曲なども積極的に行っている。ピアノを今泉紀子、大崎かおる、小澤英世、故・ゴールドベルク山根美代子、星野明子、Jean Koerner、Theodore Paraskivesco、Eric Le.Sage、伴奏法をJean Koerner、今村央子、山洞智、室内楽を藤井一興、作曲を石島正博、金子仁美、原田敬子、和声法をLaurent Teycheney、声楽を名古屋木実、指揮を黒岩英臣の各氏に師事。現在上田女子短期大学講師、洗足学園音楽大学専攻科助教。
有村純親(ありむら すみちか) サクソフォーン東京芸術大学卒業。同大学院音楽研究科修士課程修了。平成16年度文化庁芸術家在外研修員。フランス国立セルジー・ポントワーズ音楽院(金メダル)を経てパリ国立高等音楽院を審査員全員一致の最優秀の成績で修了。セルマー賞受賞。同音楽院在籍中交換留学生としてアムステルダム音楽院に於いても研鑽を積む。サクシアーナ国際サクソフォーンコンクール第1位、併せてフランスサクソフォーン協会賞受賞。パリ国際音楽コンクール(UFAM)審査員全員一致で第1位および大賞受賞、第50回ミュンヘン国際音楽コンクール(ARD)セミファイナリスト(日本人最高位)。ローマ国際サクソフォーンコンクール第2位受賞、サンタ=チェチリア音楽院にてグラズノフのサクソフォーン協奏曲を演奏。2003年7月にはサクソフォーンの発明者であるアドルフ・サックスの生誕地ベルギー・ディナン市より招かれコンサートを行い、好評を博す。国際サクソフォーンコングレス(スロヴェニア)に参加。2006年にはイタリア・トリエステにてゲストプロフェッサーとしてマスタークラスを行う。NHK-FM「名曲リサイタル」出演。文化庁主催「明日を担う音楽家による特別演奏会」にて東京フィルハーモニー交響楽団とコンチェルトを共演し好評を博す。サクソフォーンを斎藤広樹、須川展也、冨岡和男、二宮和弘、Jean-Yves Fourmeau、Claude Delangle 、Arno Bornkampの各氏に、室内楽を中村均一、Jean-Francois Dusquenoyの各氏に師事。現在昭和音楽大学および短期大学部講師。
Sunday, December 14, 2008
大学はフランス哲学において己の場を欠いている――あるいはベルクソンの『礼儀正しさ』について(L'Université manque à sa place dans la philosophie française: ou de La Politesse de Bergson)
パリでの発表のタイトルは最終的にはこうなった。字数の関係上、UTCPのサイトにはレジュメの短いバージョンを載せてもらった(短いレジュメおよび全体の流れが読みたい方はそちらをどうぞ)。元々の長いバージョンをこちらに掲載する。
*
ドイツ哲学における大学論の伝統(カントからハイデガーを経てハーバマスまで)と顕著な対比をなすフランス哲学における大学論の不在(デカルトからベルクソンを経てドゥルーズまで)を取り上げて、その歴史的・構造的理由、そしてそれへの対処法自体をもフランス哲学の伝統のうちに探ることで、《制度》の問題を批判的に(つまりフランス哲学研究者である自分自身の問題として)取り上げようとした。フランス哲学についてのアカデミックな研究もジャーナリスティックな批評も山ほどあるが、アカデミックであると同時に批判的・介入的であろうとする研究はほとんどない。
まず確認しておくべきは、ドイツ哲学はそのほぼ全歴史において大学を軸として展開しているのに対し、フランス哲学は、伝統的に「大学」という制度の外側にいたということである。コレージュ・ド・フランスやEHESS、あるいはエコール・ノルマル・シュペリウールといった例外的な場の存在が織りなす高等教育の多孔質構造はフランス的な知の独創性を生み出す要因の一つであることは疑いえない(この構造的差異はまた、ドイツ哲学とフランス哲学の文体の差異を解き明かす一つの鍵でもあるだろう)。フランス哲学における大学論の不在はこうしてたやすく説明されるように思える。
しかし、大学を解体し中等教育を軸に再編したナポレオン体制を引き継ぎつつ、普仏戦争の敗北を受けてドイツモデルの移入(哲学の分野で言えば、本格的な講壇哲学化)を推進したフランス第三共和政において、大学に対する哲学者たちの伝統的な沈黙ないし侮蔑は根底的な変質を蒙る。もはや「哲学者」は、反大学的な在野の自由思想家にのみ与えられる称号ではない。哲学者の大部分は職業的哲学者となり、全面的に制度化された講壇哲学を(それに服従するにせよ、それと敵対するにせよ)暗黙の参照軸とすることを余儀なくされる。「外の思考」を生み出す場全体が別様の強い磁化を蒙ることになる。
以後、哲学を教える多くの教師たちが誕生したにもかかわらず、こうして新たな磁化を蒙ったフランス的多孔質構造に自らの意識を引き裂かれつつ、偉大な哲学者たちとともに、大学という制度を自らの思索に固有の〈場〉として反省することなく今日に至っている(Denis Kambouchnerなどごくわずかな例外を別として)。だとすれば、原光景とでも言うべき第三共和政に立ち戻り、そこから別の方向へ再出発する手立てが探られねばならない。その一例として、この時代の代表的な哲学者ベルクソンが高校教師であった頃に書いた幾つかの式辞(「礼儀正しさ」「専門」「良識と古典学習」)の読解を通じて、単なる儀礼や慣習の機械的反復ではない《開かれた礼儀正しさ》を鍵概念として取り出してみせた。
「攻撃的な力が大学を押し潰そうとしてきた時はどうするのか、それでもなお礼儀正しくあるべきなのか。政治が必要なのではないか」というykさんの質問があった。実に当を得た質問である。私の答えはこうだ。《自然の本能である不寛容を抑えるべく、政治的・宗教的・倫理的イデーに関する議論においてさえも実践されうる「信念の礼儀正しさ」こそ、人文学、とりわけ古典学習において学ばれうることである》とするベルクソンの説は、古色蒼然とした外見とは逆に今日でも重要性を帯びている。哲学者として大学の問題に対処する限り、常に概念のレベルで応答しようとする「信念の礼儀正しさ」は必要不可欠のものであり、これこそが哲学者として行ないうる「政治」ではないか。
*
ドイツ哲学における大学論の伝統(カントからハイデガーを経てハーバマスまで)と顕著な対比をなすフランス哲学における大学論の不在(デカルトからベルクソンを経てドゥルーズまで)を取り上げて、その歴史的・構造的理由、そしてそれへの対処法自体をもフランス哲学の伝統のうちに探ることで、《制度》の問題を批判的に(つまりフランス哲学研究者である自分自身の問題として)取り上げようとした。フランス哲学についてのアカデミックな研究もジャーナリスティックな批評も山ほどあるが、アカデミックであると同時に批判的・介入的であろうとする研究はほとんどない。
まず確認しておくべきは、ドイツ哲学はそのほぼ全歴史において大学を軸として展開しているのに対し、フランス哲学は、伝統的に「大学」という制度の外側にいたということである。コレージュ・ド・フランスやEHESS、あるいはエコール・ノルマル・シュペリウールといった例外的な場の存在が織りなす高等教育の多孔質構造はフランス的な知の独創性を生み出す要因の一つであることは疑いえない(この構造的差異はまた、ドイツ哲学とフランス哲学の文体の差異を解き明かす一つの鍵でもあるだろう)。フランス哲学における大学論の不在はこうしてたやすく説明されるように思える。
しかし、大学を解体し中等教育を軸に再編したナポレオン体制を引き継ぎつつ、普仏戦争の敗北を受けてドイツモデルの移入(哲学の分野で言えば、本格的な講壇哲学化)を推進したフランス第三共和政において、大学に対する哲学者たちの伝統的な沈黙ないし侮蔑は根底的な変質を蒙る。もはや「哲学者」は、反大学的な在野の自由思想家にのみ与えられる称号ではない。哲学者の大部分は職業的哲学者となり、全面的に制度化された講壇哲学を(それに服従するにせよ、それと敵対するにせよ)暗黙の参照軸とすることを余儀なくされる。「外の思考」を生み出す場全体が別様の強い磁化を蒙ることになる。
以後、哲学を教える多くの教師たちが誕生したにもかかわらず、こうして新たな磁化を蒙ったフランス的多孔質構造に自らの意識を引き裂かれつつ、偉大な哲学者たちとともに、大学という制度を自らの思索に固有の〈場〉として反省することなく今日に至っている(Denis Kambouchnerなどごくわずかな例外を別として)。だとすれば、原光景とでも言うべき第三共和政に立ち戻り、そこから別の方向へ再出発する手立てが探られねばならない。その一例として、この時代の代表的な哲学者ベルクソンが高校教師であった頃に書いた幾つかの式辞(「礼儀正しさ」「専門」「良識と古典学習」)の読解を通じて、単なる儀礼や慣習の機械的反復ではない《開かれた礼儀正しさ》を鍵概念として取り出してみせた。
「攻撃的な力が大学を押し潰そうとしてきた時はどうするのか、それでもなお礼儀正しくあるべきなのか。政治が必要なのではないか」というykさんの質問があった。実に当を得た質問である。私の答えはこうだ。《自然の本能である不寛容を抑えるべく、政治的・宗教的・倫理的イデーに関する議論においてさえも実践されうる「信念の礼儀正しさ」こそ、人文学、とりわけ古典学習において学ばれうることである》とするベルクソンの説は、古色蒼然とした外見とは逆に今日でも重要性を帯びている。哲学者として大学の問題に対処する限り、常に概念のレベルで応答しようとする「信念の礼儀正しさ」は必要不可欠のものであり、これこそが哲学者として行ないうる「政治」ではないか。
Wednesday, December 10, 2008
遠くへ
昨年出たヴィエイヤール=バロン編の論集(Bergson. La vie et l'action)に私の仕事がまとめて参照されていたり、先月出た『二源泉』校訂版に私の論文が引用されていたりというのは、何にもまして嬉しいことだ。むろんこれは出発点にすぎない。引用されるだけでは意味がないことは十分承知している。しかし、仕事が知られないことにはそもそも土俵に上がれない。それだけはたしかだ。
*
UTCPのサイトに連載されている小林さんのブログより一部抜粋。私がこの考えに全面的に賛同していることは言うまでもない。他の考えは必ずしも同じではないが…。
《どうやら、UTCPコレクションのわたしのもの(第4章)を読んでいてくれたようで、ほら、やはりこうして外国語で読める論集の形にしてあれば読んでもらえるのだなあ、ととても嬉しかった。
もちろん海外の出版社から一冊まとまった形で出版されるのがいいにきまっているが、その前の段階で、外国語版個人論集をつくっておくことは、外国の研究者と対等につきあおうとする以上は絶対に必要。
この方針のもと、これまで、jmさん、ytさん、tnさん、ttさん[文脈と関係のない名前なので省略]、それにわたしのものが実現している。今年度もなんとか2冊くらいはつくりたいもの。しかし10本くらいの外国語論文を揃えることができる人はそんなには多くないのが現状。人文科学の国際化とは端的にここにかかっている。それ以外にはない。》
*
パリ行きの飛行機の中でynさんと長時間話した中で一番心に残っているのは、次の言葉。《満足いくものが書けたとき、そこには風景が見える。自分の書いたものの中に風景が見えるか、見えるとすればそれはどんな風景なのだろうか》。彼の答えは、《誰かに手を差し出している風景かな。「握手をしよう」って》というものだった。これはとても彼らしい答えだ。以来何となく考えてみた。「私は?」
たぶん旅立つ風景だ。空港や駅、大学でもいい。人が慌ただしく行き交う場。そこに独りで佇み、どこかへ出発するのを待っている。若干の期待と若干の寂寥。遠くへ、さらに遠くへ――私の論文を読む人がどう思うかは分からないが、少なくともそれが私が仕事をしているときに根底にある風景であるような気がする。
ドタバタの慌ただしい出発(今回のパリからの帰りもまた!)についてはもっとコミカルにも書けるし、その方が私らしい気もするけれど(笑)。
*
UTCPのサイトに連載されている小林さんのブログより一部抜粋。私がこの考えに全面的に賛同していることは言うまでもない。他の考えは必ずしも同じではないが…。
《どうやら、UTCPコレクションのわたしのもの(第4章)を読んでいてくれたようで、ほら、やはりこうして外国語で読める論集の形にしてあれば読んでもらえるのだなあ、ととても嬉しかった。
もちろん海外の出版社から一冊まとまった形で出版されるのがいいにきまっているが、その前の段階で、外国語版個人論集をつくっておくことは、外国の研究者と対等につきあおうとする以上は絶対に必要。
この方針のもと、これまで、jmさん、ytさん、tnさん、ttさん[文脈と関係のない名前なので省略]、それにわたしのものが実現している。今年度もなんとか2冊くらいはつくりたいもの。しかし10本くらいの外国語論文を揃えることができる人はそんなには多くないのが現状。人文科学の国際化とは端的にここにかかっている。それ以外にはない。》
*
パリ行きの飛行機の中でynさんと長時間話した中で一番心に残っているのは、次の言葉。《満足いくものが書けたとき、そこには風景が見える。自分の書いたものの中に風景が見えるか、見えるとすればそれはどんな風景なのだろうか》。彼の答えは、《誰かに手を差し出している風景かな。「握手をしよう」って》というものだった。これはとても彼らしい答えだ。以来何となく考えてみた。「私は?」
たぶん旅立つ風景だ。空港や駅、大学でもいい。人が慌ただしく行き交う場。そこに独りで佇み、どこかへ出発するのを待っている。若干の期待と若干の寂寥。遠くへ、さらに遠くへ――私の論文を読む人がどう思うかは分からないが、少なくともそれが私が仕事をしているときに根底にある風景であるような気がする。
ドタバタの慌ただしい出発(今回のパリからの帰りもまた!)についてはもっとコミカルにも書けるし、その方が私らしい気もするけれど(笑)。
Tuesday, December 09, 2008
司会と通訳
司会と通訳を同時に出来る人は凄いなと常々感嘆する。講演の内容を理解し、的確な質問を組み立てようとすることと、講演の言葉を字義どおり別の言葉に置き換えていくことは、私にとってはまったく別の作業である。ベルクソン関係の講演会では「あなたが通訳(も)すればいいのに」とよく言われるが、それは無理だ。講演内容をトータルに考えず、質問をまったくしない、という前提であれば、通訳を引き受けてもいいが、それでは研究者としては非常にフラストレーションがたまる。司会のほうがましである。
しかし、司会は司会で難しいこともある。その一例。今日(月曜)の講演会、内容は非常に良かったが、司会は疲れた。通訳の方がその分野の専門家でない場合、司会が多少ヘルプせねばならないが、下手に介入すると、通訳のリズムが狂ってしまい、その後、グダグダになってしまう場合がある。その間合いを計っていると、司会として講演の意味内容にも集中できず、かといって通訳者がいらっしゃる以上、通訳に徹して言葉の翻訳に集中することもできない、というジレンマに陥ってしまう。司会の技術に関してはまだまだというところ。
しかし、司会は司会で難しいこともある。その一例。今日(月曜)の講演会、内容は非常に良かったが、司会は疲れた。通訳の方がその分野の専門家でない場合、司会が多少ヘルプせねばならないが、下手に介入すると、通訳のリズムが狂ってしまい、その後、グダグダになってしまう場合がある。その間合いを計っていると、司会として講演の意味内容にも集中できず、かといって通訳者がいらっしゃる以上、通訳に徹して言葉の翻訳に集中することもできない、というジレンマに陥ってしまう。司会の技術に関してはまだまだというところ。
Monday, December 08, 2008
Friday, December 05, 2008
二つの真理
土曜にパリから帰り、日曜午前にテストを作り、午後に重要な会合の準備をし、月曜の朝に地方へ、まる二日忙殺され、火曜日の夜に帰りつき、水曜・木曜は子供の水ぼうそうの看病をしつつ事務作業に追われ大学へ大きなカバンを持って走り、明日(金曜)は授業と講演の司会。これらの合間に授業準備と発表の準備、著書の準備。友人たちと楽しくお茶をして、あるいは酒を酌み交わし、しかし家族サービスも忘れない。
忙しい大学教員はもちろんもっと忙しい。大学教員はサラリーマンと比べて暇だと思っている人は結構いるが、実態を知っている人は少ない。「能力のある人ほど忙しい」、と同時に「作業効率の悪い人ほど忙しい(と自分では思っている)」という二つの真理は、どの業界でも変わりはないのである。私はどちらなのか(笑)。
忙しい大学教員はもちろんもっと忙しい。大学教員はサラリーマンと比べて暇だと思っている人は結構いるが、実態を知っている人は少ない。「能力のある人ほど忙しい」、と同時に「作業効率の悪い人ほど忙しい(と自分では思っている)」という二つの真理は、どの業界でも変わりはないのである。私はどちらなのか(笑)。
Sunday, November 30, 2008
帰国
昨日帰国しました。今回も多くの方々と出会うことができて、本当に嬉しく思っています。
今回のパリ滞在の目的は二つ。フォーラム「哲学と教育」の第三回「研究教育制度の脱構築」への参加と、パリ郊外の高校の哲学の授業見学である。後者についてはすでに西山雄二さんがUTCPのブログで報告して下さっているので参照されたい。前者については近々私も交えてみんなで書く予定。
これで、今年度の研究発表はすべて終了(まだ朝カルがあるけれど、これは厳密に言えば啓蒙活動であって研究活動ではないので)。全部で5つ。
言葉で分けると:フランス語で3つ、日本語で2つ。
主題で分けると:ベルクソン研究が3つ、大学論が2つ。
国で分けると:日本で3つ、フランスで1つ、ブラジルで1つ。
12月2日のジャック・ビデの講演。私は残念ながら参加できなくなりましたが、ご関心のある方は是非どうぞ。5日と8日のケックの講演はいずれも司会をしますので、ご参加いただければ幸いです。
今回のパリ滞在の目的は二つ。フォーラム「哲学と教育」の第三回「研究教育制度の脱構築」への参加と、パリ郊外の高校の哲学の授業見学である。後者についてはすでに西山雄二さんがUTCPのブログで報告して下さっているので参照されたい。前者については近々私も交えてみんなで書く予定。
これで、今年度の研究発表はすべて終了(まだ朝カルがあるけれど、これは厳密に言えば啓蒙活動であって研究活動ではないので)。全部で5つ。
言葉で分けると:フランス語で3つ、日本語で2つ。
主題で分けると:ベルクソン研究が3つ、大学論が2つ。
国で分けると:日本で3つ、フランスで1つ、ブラジルで1つ。
12月2日のジャック・ビデの講演。私は残念ながら参加できなくなりましたが、ご関心のある方は是非どうぞ。5日と8日のケックの講演はいずれも司会をしますので、ご参加いただければ幸いです。
Monday, November 17, 2008
タイトル未定(パリフォーラムでの発表)
大学論に関する発表では、おおよそこんな話をしようかと思っています。
偉大な哲学者たちは、折にふれて、必要に応じて、大学や教育制度の問題を論じてきた。カントをはじめとして、フィヒテ、シェリング、ヘーゲルの大学論。ショーペンハウアーやニーチェの苛烈な大学批判を加えてもよい。二十世紀に入っても、ハイデガーやヤスパース、ガダマーやハーバマス、あるいはデリダに至るまで、例には事欠かない。しかしここで素朴な疑問が生じる。何かと対比されることの多いドイツ哲学とフランス哲学であるが、一方における大学論の連綿と続く系譜と、他方におけるその驚くべき不在、これはいったいどうしたことであろうか。この問題は単にトリヴィアルな歴史的問題にとどまらない。大学が激変を蒙りつつある大転換期にあって、哲学者たちは、大学論・高等教育研究・知識社会学に(義務感からにもせよ)関心をもつ知識人としてではなく、哲学者として何を発言しうるのか、そのことを考えるにあたってこの問題は重要な示唆を与えてくれるように思われるからである。
考えてみれば、フランス哲学は実に長きにわたって「大学」とはまったく相いれない運命にあった。既得権益に固執して新しい人文知を頑迷に受け入れようとしない当時の大学に業を煮やしたフランソワ一世によって創設されたコレージュ・ド・フランス。ソルボンヌに睨まれ、アンリ二世の計らいでそのコレージュで哲学を講じたペトルス・ラムスの偶像破壊的な言説はやがてその死後、若きデカルトに『精神指導の規則』を書かせるだろう。18世紀に入ると、百科全書派が大学の外で縦横無尽の活動を繰り広げる。19世紀?コント、テーヌ、ルナンを思い出そう。アズーヴィがきわめて挑発的な仕方で断定しているように、結局のところ「フランス哲学の歴史は《ソルボンヌ》という語抜きで書かれうるのである。この語が、最も著名な哲学者たちが教壇に立たなかった場所を指し示すというのでなければ」。ドイツでは政治的・経済的な後進性から知識人が官僚化=大学人化したのに対し、フランスでは大学の後進性(カトリックの強い影響)が知識人をしてアカデミーやジャーナリズムの世界に押し出したのであった。ドイツ人哲学者にとって大学が常にそこに回帰し=反省すべき場所であったのに対し、フランス人哲学者にとって大学は改革してまで維持されるべき存在ではなかったのである。
20世紀のフランス哲学も、ある二つの根本的な変化を除いては、この不文律をきわめて忠実に守ったと言えるだろう。ベルクソンはソルボンヌに落選し、コレージュで教えた。サルトルはごく早いうちに教職を辞したし、メルロ=ポンティもフーコーもごくわずかな期間大学で教えた後、コレージュで教えた。アルチュセールは生涯ENS、デリダはENSの後、社会科学高等研究院、など。では根本的な二つの変化とは何か。…続きはパリで。
偉大な哲学者たちは、折にふれて、必要に応じて、大学や教育制度の問題を論じてきた。カントをはじめとして、フィヒテ、シェリング、ヘーゲルの大学論。ショーペンハウアーやニーチェの苛烈な大学批判を加えてもよい。二十世紀に入っても、ハイデガーやヤスパース、ガダマーやハーバマス、あるいはデリダに至るまで、例には事欠かない。しかしここで素朴な疑問が生じる。何かと対比されることの多いドイツ哲学とフランス哲学であるが、一方における大学論の連綿と続く系譜と、他方におけるその驚くべき不在、これはいったいどうしたことであろうか。この問題は単にトリヴィアルな歴史的問題にとどまらない。大学が激変を蒙りつつある大転換期にあって、哲学者たちは、大学論・高等教育研究・知識社会学に(義務感からにもせよ)関心をもつ知識人としてではなく、哲学者として何を発言しうるのか、そのことを考えるにあたってこの問題は重要な示唆を与えてくれるように思われるからである。
考えてみれば、フランス哲学は実に長きにわたって「大学」とはまったく相いれない運命にあった。既得権益に固執して新しい人文知を頑迷に受け入れようとしない当時の大学に業を煮やしたフランソワ一世によって創設されたコレージュ・ド・フランス。ソルボンヌに睨まれ、アンリ二世の計らいでそのコレージュで哲学を講じたペトルス・ラムスの偶像破壊的な言説はやがてその死後、若きデカルトに『精神指導の規則』を書かせるだろう。18世紀に入ると、百科全書派が大学の外で縦横無尽の活動を繰り広げる。19世紀?コント、テーヌ、ルナンを思い出そう。アズーヴィがきわめて挑発的な仕方で断定しているように、結局のところ「フランス哲学の歴史は《ソルボンヌ》という語抜きで書かれうるのである。この語が、最も著名な哲学者たちが教壇に立たなかった場所を指し示すというのでなければ」。ドイツでは政治的・経済的な後進性から知識人が官僚化=大学人化したのに対し、フランスでは大学の後進性(カトリックの強い影響)が知識人をしてアカデミーやジャーナリズムの世界に押し出したのであった。ドイツ人哲学者にとって大学が常にそこに回帰し=反省すべき場所であったのに対し、フランス人哲学者にとって大学は改革してまで維持されるべき存在ではなかったのである。
20世紀のフランス哲学も、ある二つの根本的な変化を除いては、この不文律をきわめて忠実に守ったと言えるだろう。ベルクソンはソルボンヌに落選し、コレージュで教えた。サルトルはごく早いうちに教職を辞したし、メルロ=ポンティもフーコーもごくわずかな期間大学で教えた後、コレージュで教えた。アルチュセールは生涯ENS、デリダはENSの後、社会科学高等研究院、など。では根本的な二つの変化とは何か。…続きはパリで。
Friday, November 14, 2008
再会
肩がこって首が回らなくなってしまった。
国際フォーラムの宣伝ということで、久しぶりに大量のメールを出した。すると、数年来音沙汰がなかったギリシャ人のdaから返事がきた(友人gbとは別のギリシャ人)。正直、彼に出したことも知らなかったのだが、返信されてきたメールの名前で思い出した。懐かしいなあ。彼曰く je me rappelle toujours de l'audace que tu a eu de dire à M... en présentant un exposé sur Spinoza: "laissez-moi continuer avec mon sur-interprétation"!
そんなこともありました(笑)。audace、結局よくも悪くもそれが私のキーワードなのでしょう。
イタリア人のczからも嬉しい返事。こっちは何となく来るような予感があった。
一括メールにも予期せぬ効用があるなと思いました。
*
一括メールと言えば、ずいぶん前にセミナーに参加させてもらった気の強い才媛カルラから新刊情報が。
Carla Di Martino, Ratio Particularis. Histoire des sens internes d'Avicenne à Thomas d'Aquin, VRIN, Paris 2008.
この分野では、Anca Vasiliu, Du Diaphane, Vrin, 1996. が面白かったと記憶しています。現代思想の人も、いろんなものを広く読んでおくことが必要です。どうぞご一読下さい。
国際フォーラムの宣伝ということで、久しぶりに大量のメールを出した。すると、数年来音沙汰がなかったギリシャ人のdaから返事がきた(友人gbとは別のギリシャ人)。正直、彼に出したことも知らなかったのだが、返信されてきたメールの名前で思い出した。懐かしいなあ。彼曰く je me rappelle toujours de l'audace que tu a eu de dire à M... en présentant un exposé sur Spinoza: "laissez-moi continuer avec mon sur-interprétation"!
そんなこともありました(笑)。audace、結局よくも悪くもそれが私のキーワードなのでしょう。
イタリア人のczからも嬉しい返事。こっちは何となく来るような予感があった。
一括メールにも予期せぬ効用があるなと思いました。
*
一括メールと言えば、ずいぶん前にセミナーに参加させてもらった気の強い才媛カルラから新刊情報が。
Carla Di Martino, Ratio Particularis. Histoire des sens internes d'Avicenne à Thomas d'Aquin, VRIN, Paris 2008.
この分野では、Anca Vasiliu, Du Diaphane, Vrin, 1996. が面白かったと記憶しています。現代思想の人も、いろんなものを広く読んでおくことが必要です。どうぞご一読下さい。
Thursday, November 13, 2008
告知
私が直接的に関与するイベントの告知です。ご関心がおありの方はどうぞ奮ってご参加ください。
11月24日(月)-25日(火)パリ、ENSほか
国際フォーラム「哲学への権利―グローバル化時代における研究教育制度の脱構築」
私は大学や制度の問題に哲学的に取り組む必要性についてお話しする予定です。
12月2日(火)東京、一橋大学
ジャック・ビデ氏講演会「マルクスの遺産」
12月5日(金)東京、東大駒場キャンパス
フレデリック・ケック氏によるUTCPセミナー「レヴィ=ストロースと鳥インフルエンザ―潜在的カタストロフィの構造人類学の方法」
12月8日(月)東京、明治大学駿河台キャンパス
フレデリック・ケック氏によるセミナー「ベルクソン:レヴィ=ブリュールとレヴィ=ストロースのあいだで――「未開社会」における保証と信頼」
12月12日(金)東京、朝日カルチャーセンター
「ベルクソン哲学総検証――生誕150年を前に」
第5回「ベルクソンにおける生命・技術・言語」:合田正人さんと金森修さんと共に。
私はベルクソンにおける言語ということでお話しする予定です。
体調管理によりいっそう気をつけないと。でも、子供からの感染は防ぎにくいんですよね。。みなさんもお気をつけて。
11月24日(月)-25日(火)パリ、ENSほか
国際フォーラム「哲学への権利―グローバル化時代における研究教育制度の脱構築」
私は大学や制度の問題に哲学的に取り組む必要性についてお話しする予定です。
12月2日(火)東京、一橋大学
ジャック・ビデ氏講演会「マルクスの遺産」
12月5日(金)東京、東大駒場キャンパス
フレデリック・ケック氏によるUTCPセミナー「レヴィ=ストロースと鳥インフルエンザ―潜在的カタストロフィの構造人類学の方法」
12月8日(月)東京、明治大学駿河台キャンパス
フレデリック・ケック氏によるセミナー「ベルクソン:レヴィ=ブリュールとレヴィ=ストロースのあいだで――「未開社会」における保証と信頼」
12月12日(金)東京、朝日カルチャーセンター
「ベルクソン哲学総検証――生誕150年を前に」
第5回「ベルクソンにおける生命・技術・言語」:合田正人さんと金森修さんと共に。
私はベルクソンにおける言語ということでお話しする予定です。
体調管理によりいっそう気をつけないと。でも、子供からの感染は防ぎにくいんですよね。。みなさんもお気をつけて。
Monday, November 10, 2008
学問の有償性
風邪は悪化の一途。
前回朝カルベルクソンの第3回について少し詳しいレジュメを書いたところ、ある方からご指摘を受けた。朝カルが若干衰退気味であるとすれば、その理由は1)書店などでの安くて気軽に行ける単発イベントの隆盛、2)ブログによる内容流出だ、というのである。
考えてみれば、朝カル「ベルクソン」に来られないというベルクソン研究者のためにと思って詳しく書いたのだけれど、そもそも朝カルの内容は受講者が有料で買って初めて成立するものだという自明の事実を私は忘れてしまっていた。
学問は究極的には無償性(gratuité)で成り立つものだと思うけれど、どこかで必ず有償性の契機を経る(科学的発見におけるプライオリティや知的著作権、ロイヤリティなど)。
というわけで、レジュメをごく短いものに差し替えます。ご関心がおありの方は、途中参加、一回限りの参加も可能のようですので、朝カルまでお問い合わせください。
前回朝カルベルクソンの第3回について少し詳しいレジュメを書いたところ、ある方からご指摘を受けた。朝カルが若干衰退気味であるとすれば、その理由は1)書店などでの安くて気軽に行ける単発イベントの隆盛、2)ブログによる内容流出だ、というのである。
考えてみれば、朝カル「ベルクソン」に来られないというベルクソン研究者のためにと思って詳しく書いたのだけれど、そもそも朝カルの内容は受講者が有料で買って初めて成立するものだという自明の事実を私は忘れてしまっていた。
学問は究極的には無償性(gratuité)で成り立つものだと思うけれど、どこかで必ず有償性の契機を経る(科学的発見におけるプライオリティや知的著作権、ロイヤリティなど)。
というわけで、レジュメをごく短いものに差し替えます。ご関心がおありの方は、途中参加、一回限りの参加も可能のようですので、朝カルまでお問い合わせください。
Sunday, November 09, 2008
朝カルベルクソン第3回
子供の風邪がうつってダウン寸前。昨日は大変だった。
昨晩は朝カル・ベルクソンの第3回「ベルクソンと諸芸術」ということで、マティスを中心に現代美術を研究されている近藤学さんと作曲家の佐藤岳昭さんのお話。
近藤さんは、美術史家としてアントリフとアズーヴィに依拠しつつ、同時代のフランスを中心とする造形美術とベルクソン思想との関係について語られた。
Mark Antliff, Inventing Bergson: Cultural Politics and the Parisian Avant-Garde, Princeton University Press, 1993.
François Azouvi, La gloire de Bergson: Essai sur le magistère philosophique, Gallimard, 2007.
*
佐藤さんは現代音楽の作曲家として、伝統的な西洋音楽のありかたを振り返り、現代の西洋音楽がその一面だけを極度に肥大化させてしまったことに疑問を呈し、ベルクソンに倣いつつ――彼には「持続―質/量 アンリ・ベルクソンに倣いて」という作品がある――、自らの創作活動の今後の展望を語った。
昨晩は朝カル・ベルクソンの第3回「ベルクソンと諸芸術」ということで、マティスを中心に現代美術を研究されている近藤学さんと作曲家の佐藤岳昭さんのお話。
近藤さんは、美術史家としてアントリフとアズーヴィに依拠しつつ、同時代のフランスを中心とする造形美術とベルクソン思想との関係について語られた。
Mark Antliff, Inventing Bergson: Cultural Politics and the Parisian Avant-Garde, Princeton University Press, 1993.
François Azouvi, La gloire de Bergson: Essai sur le magistère philosophique, Gallimard, 2007.
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佐藤さんは現代音楽の作曲家として、伝統的な西洋音楽のありかたを振り返り、現代の西洋音楽がその一面だけを極度に肥大化させてしまったことに疑問を呈し、ベルクソンに倣いつつ――彼には「持続―質/量 アンリ・ベルクソンに倣いて」という作品がある――、自らの創作活動の今後の展望を語った。
Friday, November 07, 2008
ジャムセッション
昨日は現代フランス政治哲学研究会の第4回@本郷。4回にわたって読んできた、ルフォールの『政治的なものに関する試論』の最終回。(き)さんのお声掛けで――ご無事で何よりです!――tsさん、yaさんが初参加。所属の異なる人たち(この研究会だと法学部系の方々)とのセッションはいつも楽しい。
ルフォールと来たらゴーシェ。協議の結果、次回からしばらくMarcel Gauchet, La démocratie contre elle-même, Gallimard, 2002. を読んでいくことに。次回は12月20日(土)、読むのは最初と最後の論文。
-"Les droits de l'homme ne sont pas une politique" (1980), pp. 1-26.
-"Quand les droits de l'homme deviennent une politique" (2000), pp. 326-385.
これらの論文はその出発点となったルフォールの次の論文と併読するのがよい。
-"Droits de l'homme et politique" (1980), dans L'invention démocratique, Fayard, 1981.
*
昨晩から娘が高熱を出して、今日は病院に連れて行ったあと、一日中看病。
明日は非常勤(朝~昼)→駒場(夕方)→朝カル(夜)のフルマラソン、の予定。
ルフォールと来たらゴーシェ。協議の結果、次回からしばらくMarcel Gauchet, La démocratie contre elle-même, Gallimard, 2002. を読んでいくことに。次回は12月20日(土)、読むのは最初と最後の論文。
-"Les droits de l'homme ne sont pas une politique" (1980), pp. 1-26.
-"Quand les droits de l'homme deviennent une politique" (2000), pp. 326-385.
これらの論文はその出発点となったルフォールの次の論文と併読するのがよい。
-"Droits de l'homme et politique" (1980), dans L'invention démocratique, Fayard, 1981.
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昨晩から娘が高熱を出して、今日は病院に連れて行ったあと、一日中看病。
明日は非常勤(朝~昼)→駒場(夕方)→朝カル(夜)のフルマラソン、の予定。
Saturday, November 01, 2008
カルチャーセンターで話すということ
朝カルのベルクソン第2回「ドゥルーズの『ベルクソン』を超えて:西田、木村敏との関係」を覗かせていただいた。カルチャーセンターで話すのは初めてなので、どんな感じで話せばいいのか様子見という感じだったのだが、行ってみてよかった。
「手加減して優しく話されている」という感じが嫌なのだそうだ。長く生きてくると、話している内容が難しくて分からなくても、「先生」が一生懸命自分にとって重要な問題を話そうとしてくれているかどうか、ということは分かる。大切なのはそこを見せてくれることだ、と。なるほど。
しかし、正直90分は短い。ドゥルーズのベルクソンにしても、西田や木村との関係にしても、それだけで複数回必要だ。今回はとりわけ図式とイメージの関係についてはもっと聞きたかった。
「手加減して優しく話されている」という感じが嫌なのだそうだ。長く生きてくると、話している内容が難しくて分からなくても、「先生」が一生懸命自分にとって重要な問題を話そうとしてくれているかどうか、ということは分かる。大切なのはそこを見せてくれることだ、と。なるほど。
しかし、正直90分は短い。ドゥルーズのベルクソンにしても、西田や木村との関係にしても、それだけで複数回必要だ。今回はとりわけ図式とイメージの関係についてはもっと聞きたかった。
Tuesday, October 28, 2008
D=G
前々から思っていたのだが、自分が「ベルクソンとドゥルーズはどこでどう道を分かつのか」を単純な発展史観ではない形で考えようとする姿勢を強めるにつれて(それは言い方を変えれば、これまでドゥルーズの寄与ばかりが言われ絶賛されてきたベルクソン研究においてドゥルーズ的読解の功罪を客観的に捉え直そうとすることでもあるだろう)、「ドゥルーズ=ガタリ」という言い方を無視できなくなってきた。
ドゥルーズ研究者がガタリの存在を無視しなくなったこと、これはよいことである。数年前までは、フランスの若手はガタリを完全に無視していた(これは実は今でも根強い)。しかし、今は少なくとも"PC"としてはガタリに言及するのがドゥルーズ研究の「作法」となっている。
しかし、単なるPC,作法の域を出ていない。「本来ならばガタリに言及すべきであるが、これは別の機会に譲りたい」的な形式的エクスキューズを、「D/G研究の零地点」であるはずの『ドゥルーズ/ガタリの現在』の中で、何度目にしたことだろう。
ガタリの寄与は何なのか。こうして分けて書くことが作法に適わないというなら、DだけのときとD=Gの作動様態とは具体的にどこがどう「哲学的に」違うのか。今年度、アンヌ・ソヴァニヤルグが始めようとするセミネールは、狭義のD=Gの作品だけでなく、G単体の作品(が上位に置かれていることに注目)、ネグリらとの共作、D単体の作品を扱おうとしている点で、この問題を扱うことができるはずである(彼女はやらないかもしれないけれど)。あまたある訓詁学的アプローチや勇ましいスローガンや過激な文字が躍っているだけの政治的アプローチはもちろんアカデミックないしジャーナリスティックな存在意義をもつとしても、現在のドゥルーズ研究に最も必要な挙措はこれではあるまいか。
さらに言えば、この研究を彼女はある種の美学研究として行おうとしているように見える(プログラムの詳細が明らかにされていないので、これは推測の域を出ない)。「千と一つ目のプラトー」というタイトルは、ドゥルーズ研究の臨界点に立つと同時に、そのアカデミックな枠を超え出ようとする意志をも見せているように思われる。今後の動きを見守りたい。パリにいる留学生の方々には出席をお勧めする。
Deleuze et Guattari
CERPHI ENS-LSH Lyon / CIEPFC ENS Ulm
Année 2008-2009
DELEUZE et GUATTARI : d’un mille et unième plateau
1er novembre 2008 – de 14-17h à Ulm, Salle de philosophie du pavillon Pasteur
1ère séance : Des flux aux plis d’image
Nous analyserons les dispositifs de subjectivation, proposés dans
Félix Guattari, avec Suely Rolnik, Micropolitiques, 1986 ;
Gilles Deleuze : L’Image-mouvement et L’Image-temps (Minuit, 1983 et 1985) ;
Programme des séances 2008-2009
Les séances ont lieu le samedi de 14h à 17h, à l’ENS rue d’Ulm
1 novembre 2008 – Salle de philosophie du pavillon Pasteur (avec Thomas Kisser).
15 novembre 2008 – Salle de philosophie du pavillon Pasteur (avec Thomas Kisser).
13 décembre 2008 – Salle de philosophie du pavillon Pasteur (avec Thomas Kisser).
17 janvier 2009 – Salle de philosophie du pavillon Pasteur (avec Thomas Kisser).
7 février 2009 – Ecla – Grande salle.
7 mars 2009 – Ecla – Grande salle.
4 avril 2009 – Ecla – Grande salle.
2 mai 2009 – Salle de philosophie du pavillon Pasteur.
6 juin 2009 – Salle de philosophie du pavillon Pasteur.
Après avoir pratiqué de 2005 à 2008 la lecture systématique de Mille plateaux, plateau par plateau, puis s’être intéressé l’an dernier aux ponctions textuelles et aux connexions logiques, en recoupant la liste des catégories du dernier des Mille plateaux avec le reste du livre, nous abordons cette année un mille et unième plateau : celui de la poursuite disjonctive des modes de subjectivation, des flux et plis d’image dans les années 1980.
Nous lirons ainsi, selon le principe de connexion et d’hétérogénéité :
De Félix Guattari : La révolution moléculaire, Paris, Recherches, coll. « Encre », 1977, rééd. UGE, coll. « 10/18 », 1980 ; Les Années d’hiver 1980-1985, Paris, Barrault, 1986 ; Cartographies schizoanalytiques, Paris, Galilée, 1989 ; Les trois écologies, Paris, Galilée, 1989 ; avec Toni Negri, Les nouveaux espaces de liberté, Paris, Dominique Bedou, 1985 ; avec Suely Rolnik, Micropolitiques, 1986, tr. du brésilien par Renaud Barbaras, Paris, Les Empêcheurs de penser en rond, 2007.
Et de Gilles Deleuze : L’Image-mouvement et L’Image-temps (Minuit, 1983 et 1985) ; Foucault, Minuit, 1986 ; Le Pli, Minuit, 1988.
Contact : Anne Sauvagnargues
ドゥルーズ研究者がガタリの存在を無視しなくなったこと、これはよいことである。数年前までは、フランスの若手はガタリを完全に無視していた(これは実は今でも根強い)。しかし、今は少なくとも"PC"としてはガタリに言及するのがドゥルーズ研究の「作法」となっている。
しかし、単なるPC,作法の域を出ていない。「本来ならばガタリに言及すべきであるが、これは別の機会に譲りたい」的な形式的エクスキューズを、「D/G研究の零地点」であるはずの『ドゥルーズ/ガタリの現在』の中で、何度目にしたことだろう。
ガタリの寄与は何なのか。こうして分けて書くことが作法に適わないというなら、DだけのときとD=Gの作動様態とは具体的にどこがどう「哲学的に」違うのか。今年度、アンヌ・ソヴァニヤルグが始めようとするセミネールは、狭義のD=Gの作品だけでなく、G単体の作品(が上位に置かれていることに注目)、ネグリらとの共作、D単体の作品を扱おうとしている点で、この問題を扱うことができるはずである(彼女はやらないかもしれないけれど)。あまたある訓詁学的アプローチや勇ましいスローガンや過激な文字が躍っているだけの政治的アプローチはもちろんアカデミックないしジャーナリスティックな存在意義をもつとしても、現在のドゥルーズ研究に最も必要な挙措はこれではあるまいか。
さらに言えば、この研究を彼女はある種の美学研究として行おうとしているように見える(プログラムの詳細が明らかにされていないので、これは推測の域を出ない)。「千と一つ目のプラトー」というタイトルは、ドゥルーズ研究の臨界点に立つと同時に、そのアカデミックな枠を超え出ようとする意志をも見せているように思われる。今後の動きを見守りたい。パリにいる留学生の方々には出席をお勧めする。
Deleuze et Guattari
CERPHI ENS-LSH Lyon / CIEPFC ENS Ulm
Année 2008-2009
DELEUZE et GUATTARI : d’un mille et unième plateau
1er novembre 2008 – de 14-17h à Ulm, Salle de philosophie du pavillon Pasteur
1ère séance : Des flux aux plis d’image
Nous analyserons les dispositifs de subjectivation, proposés dans
Félix Guattari, avec Suely Rolnik, Micropolitiques, 1986 ;
Gilles Deleuze : L’Image-mouvement et L’Image-temps (Minuit, 1983 et 1985) ;
Programme des séances 2008-2009
Les séances ont lieu le samedi de 14h à 17h, à l’ENS rue d’Ulm
1 novembre 2008 – Salle de philosophie du pavillon Pasteur (avec Thomas Kisser).
15 novembre 2008 – Salle de philosophie du pavillon Pasteur (avec Thomas Kisser).
13 décembre 2008 – Salle de philosophie du pavillon Pasteur (avec Thomas Kisser).
17 janvier 2009 – Salle de philosophie du pavillon Pasteur (avec Thomas Kisser).
7 février 2009 – Ecla – Grande salle.
7 mars 2009 – Ecla – Grande salle.
4 avril 2009 – Ecla – Grande salle.
2 mai 2009 – Salle de philosophie du pavillon Pasteur.
6 juin 2009 – Salle de philosophie du pavillon Pasteur.
Après avoir pratiqué de 2005 à 2008 la lecture systématique de Mille plateaux, plateau par plateau, puis s’être intéressé l’an dernier aux ponctions textuelles et aux connexions logiques, en recoupant la liste des catégories du dernier des Mille plateaux avec le reste du livre, nous abordons cette année un mille et unième plateau : celui de la poursuite disjonctive des modes de subjectivation, des flux et plis d’image dans les années 1980.
Nous lirons ainsi, selon le principe de connexion et d’hétérogénéité :
De Félix Guattari : La révolution moléculaire, Paris, Recherches, coll. « Encre », 1977, rééd. UGE, coll. « 10/18 », 1980 ; Les Années d’hiver 1980-1985, Paris, Barrault, 1986 ; Cartographies schizoanalytiques, Paris, Galilée, 1989 ; Les trois écologies, Paris, Galilée, 1989 ; avec Toni Negri, Les nouveaux espaces de liberté, Paris, Dominique Bedou, 1985 ; avec Suely Rolnik, Micropolitiques, 1986, tr. du brésilien par Renaud Barbaras, Paris, Les Empêcheurs de penser en rond, 2007.
Et de Gilles Deleuze : L’Image-mouvement et L’Image-temps (Minuit, 1983 et 1985) ; Foucault, Minuit, 1986 ; Le Pli, Minuit, 1988.
Contact : Anne Sauvagnargues
Sunday, October 26, 2008
近刊など
まずはSAB(Société des Amis de Bergson)のサイトがようやく(本当にようやく…)立ち上がりました。トップページ右上にあるのはベルクソニアンには見慣れた図。ブラジルでアルノーと会ったとき、この「発見」にとても満足していたっけ。サイトはまだ立ち上がっただけですが、それでも喜ばしいことではあります。実りあるベルクソン研究の中核基地として機能してほしいなと願っています。
それから今回のパリ滞在で約一年ぶりに自分の中の新刊・近刊情報を更新できたので、友人・知人の本を幾つかご紹介。
・Guillaume Sibertin-Blanc, Philosophie politique (XIXe-XXe siècle), PUF, coll. "Licence", septembre 2008, 248p.
ギヨームはドゥルーズの政治哲学について博論を書いた優秀な元ノルマリアン。政治哲学の概説本という装いのもとに、実際にはけっこう野心的な国家論。
・Aliocha Wald Lasowski, Pensées pour le nouveau siècle, éd. Fayard, septembre 2008, 567p.
アレックスは元々ヌーデルマン系の華やかな世界が向いていたので、今回のインタヴュー集はまさに彼の本領発揮といったところ。ヌーデルマンがやってるvendredis de philosophieのアシスタントをしばらくやってたので、そこで知己を得たのでしょう。アルーシュ(ラカン派の)、バディウ、カッサン、カスー=ノゲス、ドゥギー、デコンブ、ドゥティエンヌ、フロランス・デュポン(渋いね、ラチニストを選ぶなんて。たしか私はメデイア関係で彼女を読んだ)、パスカル・アンジェル、ゴーシェ、グリッサン、ゴドゥリエ、マルスラ・イアキュブ(マニグリエの奥さん)、フランソワ・ジュリアン、ブリュノ・ラトゥール、マシュレ、マリオン、ナンシー、ネグリ、ポンタリス、ランシエール、レイノーなどなど。今のフランス現代思想を広く知りたい若手にお勧めです(特に日本であまり知られていない人のをよく読むように)。その意味でこの手のインタヴュー集は貴重。
・ Luc Peterschmitt, "Le programme « baconien » des chimistes de la Royal Society, Methodos, vol. 8 (2008) : Chimie et mécanisme à l'âge classique.
リュックはバークレイを中心とする近世科学史の若手研究者。この雑誌Methodosはリール大学のもので、たしか3号くらいからオンライン化されました。彼は最近出版された科学史系の本の一章も書いていたけれど、その題名を残念ながら思い出せません。
それから今回のパリ滞在で約一年ぶりに自分の中の新刊・近刊情報を更新できたので、友人・知人の本を幾つかご紹介。
・Guillaume Sibertin-Blanc, Philosophie politique (XIXe-XXe siècle), PUF, coll. "Licence", septembre 2008, 248p.
ギヨームはドゥルーズの政治哲学について博論を書いた優秀な元ノルマリアン。政治哲学の概説本という装いのもとに、実際にはけっこう野心的な国家論。
・Aliocha Wald Lasowski, Pensées pour le nouveau siècle, éd. Fayard, septembre 2008, 567p.
アレックスは元々ヌーデルマン系の華やかな世界が向いていたので、今回のインタヴュー集はまさに彼の本領発揮といったところ。ヌーデルマンがやってるvendredis de philosophieのアシスタントをしばらくやってたので、そこで知己を得たのでしょう。アルーシュ(ラカン派の)、バディウ、カッサン、カスー=ノゲス、ドゥギー、デコンブ、ドゥティエンヌ、フロランス・デュポン(渋いね、ラチニストを選ぶなんて。たしか私はメデイア関係で彼女を読んだ)、パスカル・アンジェル、ゴーシェ、グリッサン、ゴドゥリエ、マルスラ・イアキュブ(マニグリエの奥さん)、フランソワ・ジュリアン、ブリュノ・ラトゥール、マシュレ、マリオン、ナンシー、ネグリ、ポンタリス、ランシエール、レイノーなどなど。今のフランス現代思想を広く知りたい若手にお勧めです(特に日本であまり知られていない人のをよく読むように)。その意味でこの手のインタヴュー集は貴重。
・ Luc Peterschmitt, "Le programme « baconien » des chimistes de la Royal Society, Methodos, vol. 8 (2008) : Chimie et mécanisme à l'âge classique.
リュックはバークレイを中心とする近世科学史の若手研究者。この雑誌Methodosはリール大学のもので、たしか3号くらいからオンライン化されました。彼は最近出版された科学史系の本の一章も書いていたけれど、その題名を残念ながら思い出せません。
Saturday, October 25, 2008
告知
私の関係しているイベントの告知です。
1)来月11月24-25日にパリENSおよびCIPhで「哲学への権利―グローバル化時代における研究教育制度の脱構築」と題して日欧共同フォーラムが催されます。
http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/events/2008/11/forum_philosophie_et_education_1/
純粋に制度論として(哲学と大学を相互に外在的なものとして)論じるのではなく、哲学の本質と切り結ぶものとして大学という制度を論じようという試みです(というのが私の理解です)。この期間フランスにいらっしゃる方はぜひご参加いただければ幸いです。二日目の夜は打ち上げがありますので、各国の参加者たちと交流を深めていただければと思っています。
2)現在すでに第1回目を終えましたが、朝日カルチャーセンターで合田正人先生と私たちベルクソン・プロジェクトチームの面々による「ベルクソン哲学総検証――生誕150年を前に」が行われています。注目すべきは、狭義の哲学業界の研究者と合田先生の豊かな人脈との稀有なコラボレーションというところでしょう。先日終わったベルクソン・シンポとはまた一味違った研究の広がりをお見せすることができるのではないかと思っています。途中からの申し込みも可能ということですので、関心がおありの方はぜひご参加ください(詳細は朝カルにお問い合わせください)。
http://www.asahiculture-shinjuku.com/LES/detail.asp?CNO=30448&userflg=0
1)来月11月24-25日にパリENSおよびCIPhで「哲学への権利―グローバル化時代における研究教育制度の脱構築」と題して日欧共同フォーラムが催されます。
http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/events/2008/11/forum_philosophie_et_education_1/
純粋に制度論として(哲学と大学を相互に外在的なものとして)論じるのではなく、哲学の本質と切り結ぶものとして大学という制度を論じようという試みです(というのが私の理解です)。この期間フランスにいらっしゃる方はぜひご参加いただければ幸いです。二日目の夜は打ち上げがありますので、各国の参加者たちと交流を深めていただければと思っています。
2)現在すでに第1回目を終えましたが、朝日カルチャーセンターで合田正人先生と私たちベルクソン・プロジェクトチームの面々による「ベルクソン哲学総検証――生誕150年を前に」が行われています。注目すべきは、狭義の哲学業界の研究者と合田先生の豊かな人脈との稀有なコラボレーションというところでしょう。先日終わったベルクソン・シンポとはまた一味違った研究の広がりをお見せすることができるのではないかと思っています。途中からの申し込みも可能ということですので、関心がおありの方はぜひご参加ください(詳細は朝カルにお問い合わせください)。
http://www.asahiculture-shinjuku.com/LES/detail.asp?CNO=30448&userflg=0
Sunday, October 12, 2008
祭りの後
パリ・シンポの件、自分の準備云々ではなく、ちょっと行けなくなるかもしれません。それでも、よいシンポであることに変わりはありませんので、行ける方はぜひご参加くださいませ。
*
第2回ベルクソン国際シンポ、成功裡に終わりました。昨年が打ち上げ花火だったとすれば、今年は実験室のようにうちとけた機能的な空間が開かれたように思います。
アジアにシフトしたこのシンポの聴衆は予想通り、昨年の半分くらいだったでしょうか。西洋哲学に関心をもつ人々は往々にして無意識的な西洋志向をもっているからではないかと、私は個人的に思っています(それ以外にも様々な要因が絡み合っているのでしょう)。
この思い込みを直接、外側から叩くのではなく、ベルクソン研究にとって本質的で活発な議論を積み重ねていくことで、内側から、我々自身のうちに潜むそのような意識を少しずつでも変えていく。そのために、これからも数年おきにこの種の試みを続けていきたいと思っています。
*
ちなみに、私のinterventionはどれもたしかに長かったですが(それはアルノー・フランソワも同じことです)、だらだらとコメントしたつもりはありませんよ(私も無駄な質問は大嫌いです)。1)フランス風の哲学的interventionがどういうものかを学生に見せるということ、2)一日の流れという垂直的連関と、三つの発表に共通する争点(もちろん私が見た限りでの)という水平的連関とを見やすい形で一般聴衆に提示することを目指して、意図的にやりました。
もちろんそれが成功したかどうかは別問題ですが、往々にして議論がその後、他の人たちによって引き継がれたところを見ると、何らかのproblématisationには成功したのではないかと思っています。
去年は出来なかったのですが、今年はなんとかシンポ概要をここでまとめておきたいと思っています。
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第2回ベルクソン国際シンポ、成功裡に終わりました。昨年が打ち上げ花火だったとすれば、今年は実験室のようにうちとけた機能的な空間が開かれたように思います。
アジアにシフトしたこのシンポの聴衆は予想通り、昨年の半分くらいだったでしょうか。西洋哲学に関心をもつ人々は往々にして無意識的な西洋志向をもっているからではないかと、私は個人的に思っています(それ以外にも様々な要因が絡み合っているのでしょう)。
この思い込みを直接、外側から叩くのではなく、ベルクソン研究にとって本質的で活発な議論を積み重ねていくことで、内側から、我々自身のうちに潜むそのような意識を少しずつでも変えていく。そのために、これからも数年おきにこの種の試みを続けていきたいと思っています。
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ちなみに、私のinterventionはどれもたしかに長かったですが(それはアルノー・フランソワも同じことです)、だらだらとコメントしたつもりはありませんよ(私も無駄な質問は大嫌いです)。1)フランス風の哲学的interventionがどういうものかを学生に見せるということ、2)一日の流れという垂直的連関と、三つの発表に共通する争点(もちろん私が見た限りでの)という水平的連関とを見やすい形で一般聴衆に提示することを目指して、意図的にやりました。
もちろんそれが成功したかどうかは別問題ですが、往々にして議論がその後、他の人たちによって引き継がれたところを見ると、何らかのproblématisationには成功したのではないかと思っています。
去年は出来なかったのですが、今年はなんとかシンポ概要をここでまとめておきたいと思っています。
Saturday, October 04, 2008
二つのシンポ
いよいよ来週後半は第2回のベルクソン・国際シンポ(詳細はこちら)。みなさまお誘い合わせのうえ、ぜひご来場を賜りますようお願い申し上げます。
そして、再来週はパリでデリダについて話します。公の場でデリダについて詳しく話すのは初めてで、それも錚々たるメンバーに囲まれて話すのに、自分のシンポの準備やら何やらでまったく準備ができていませんが…ともかく宣伝しておきます。ビッグ・ネームが揃っている好企画ですので、私の発表はともかく、フランス在住の方々はぜひお越しください。
LA PHILOSOPHIE DANS LE MOMENT DES ANNEES 60
17-18 OCTOBRE 2008
Colloque International
organisé par le CIEPFC (Ulm) et le CIPh
Ecole Normale Supérieure, 45 rue d’Ulm, 75005 PARIS
Direction : Patrice Maniglier
Le Centre International d’Etude de la Philosophie Française Contemporaine (ENS/Ulm), en collaboration avec le Collège International de Philosophie, organise, dans le cadre de son Programme de Recherches ‘Le moment philosophique des années soixante’, organise une série de quatre double journées d’étude sur toute l’année 2008. Cette série se propose de renouveler la lecture que l’on fait aujourd’hui, quarante ans après, de cette décennie et de rouvrir la question, si difficile à traiter en France, de l’héritage actif et non commémoratif de ce « moment » excessif à ses propres interprétations, et toujours actuel. Chaque double journée porte sur une dimension par lesquelles les années 60 ont constitué un événement transversal pour la pensée : scientifique, politique, esthétique, philosophique. Chacune est constituée de deux journées d’étude : la première porte sur un livre, la seconde sur des aspects thématiques.
Cette troisième double journée revient sur les enjeux proprement internes à la philosophie du moment philosophique des années soixante. Si il est vrai qu’il se caractérise par la manière dont la philosophie s’y est mise sous condition de ce que Merleau-Ponty appelait son « dehors » – en réalité ses dehors, scientifiques, politiques, esthétiques –, il se peut qu’elle se caractérise aussi par sa manière de traiter la philosophie elle-même – ses traditions, ses problèmes, ses concepts, ses pratiques – comme un dehors à partir duquel il s’agit de recommencer à penser.
Conformément à la méthodologie éprouvée lors des deux premières journées, il s’agira non pas de célébrer ni de commémorer, mais bien de requalifier les événements philosophiques qui « font moment », selon deux axes possibles : 1°) soit en identifiant, dans le contexte philosophique des années 60, des questions, des thèses voire de nouvelles manières de pratiquer la philosophie, qui, bien qu’ils n’aient pas été clairement perçus par les contemporains, apparaissent rétrospectivement comme caractéristiques des véritables ruptures des années 60 ; 2°), soit en repérant dans ce corpus des instruments pour traiter des questions qui n’étaient pas encore apparues, mais qui trouvent pourtant dans ces textes un éclairage par anticipation.
La première journée reviendra sur l’œuvre de Jacques Derrida pendant les années soixante, en s’appuyant sur deux livres majeurs, L’écriture et la différence et De la grammatologie.
La seconde proposera de requalifier l’événement des années soixante en tant qu’il a transformé le sens et la pratique même de la philosophie, l’identité et les méthodes de cette discipline, l’image qu’elle convie de la pensée, le rapport à son histoire et à ses textes, et enfin l’idée même de métaphysique qui a peut-être, curieusement, trouvé dans les années soixante un sens nouveau et particulièrement actuel.
PROGRAMME
VENDREDI 17 OCTOBRE 2008
DERRIDA DANS LE MOMENT DES ANNES SOIXANTE
ENS, 45 rue d’Ulm, Salle des Actes
Matin : 9h30 – 12h30
Frédéric Worms (Lille III, ENS-Ulm) : Le moment de la différence.
Igor Bucharles (Lille III) : De la différence à la différance
Hisashi Fujita (JSPS/Univ. Hitotsubashi) : La déconstruction du mariage dans le De la Grammatologie et au-delà.
Après-Midi : 14h30 -18h
Patrice Maniglier (University of Essex) : Térontologie saussurienne : ce que Derrida n’a pas lu dans le Cours de Linguistique Générale
Catherine Malabou (Paris X Nanterre) : Pourquoi la grammatologie n’a pas été une science.
Pause : 16h-16h30
Vladimir Safatle (Universidade Federal de Sao Paulo) : L’écriture sans scène. Lacan au-delà de la métaphysique de la présence.
Peter Dews (University of Essex) : Déconstruction et dialectique négative : une rencontre manquée.
SAMEDI 18 OCTOBRE 2008
LES ANNES SOIXANTE : UN MOMENT PHILOSOPHIQUE
ENS, 29 rue d’Ulm, Salle Jules Ferry
Matin : 9h30-12h30
Jean-Christophe Goddard (Toulouse-Le-Mirail) : Une nouvelle image de la pensée.
Pierre Macherey (Lille III) : Spinoza 1968 : deux lectures alternatives et complémentaires (Guéroult et Deleuze).
François Rastier (CNRS) : La linguistique des textes philosophiques : du « structuralisme » à la linguistique des corpus numériques.
Après-Midi : 14h30-18h
Jean-Michel Salanskis (Paris X Nanterre) : Derrida et la philosophie analytique.
François Laruelle (Paris X Nanterre) : Qu’est-ce qu’une science générique ?
Pause : 16h-16h30
Table ronde : A quoi pourrait-on reconnaître une « métaphysique continentale » ?
Elie During (Paris X Nanterre), Patrice Maniglier (University of Essex), Quentin Meillassoux (ENS Ulm), David Rabouin (CNRS).
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PROGRAMME GENERAL
« Le moment philosophique des années 60 »
Colloque International 2008
organisé par le CIEPFC (Ecole Normale Supérieure)
et le Collège International de Philosophie
Direction : Patrice Maniglier
Le Collège International de Philosophie, en collaboration et dans le cadre du Programme de Recherches ‘Le moment philosophique des années soixante’ du Centre International d’Etude de la Philosophie Française Contemporaine (ENS/Ulm), organise sur toute l’année 2008 un colloque de quatre jours répartis sur toute l’année 2008 intitulé : « Le moment philosophique des années soixante ». Cette série se propose de faire le point sur les recherches en cours et de renouveler la lecture que l’on fait aujourd’hui, quarante ans après, de cette décennie et de rouvrir la question, si difficile à traiter en France, de l’héritage actif et non commémoratif de ce « moment » excessif à ses propres interprétations, et toujours actuel.
Il ne s’agit pas de revenir sur les années 60 sur un mode historique et commémoratif, mais d’en rouvrir l’héritage en posant d’emblée, à titre méthodologique, deux thèses. Premièrement les années 60 ont véritablement constitué un événement transversal pour la pensée dans toutes ses dimensions : scientifique, politique, esthétique, philosophique... Il n’est pas nécessaire de supposer qu’on puisse unifier cet événement dans un seul nom, une seule thèse, et encore moins une seule œuvre, pour reconnaître la consistance d’un « moment », avec ses circulations multiples, ses oppositions constituantes, et la propagation d’une force de rupture. Les années 60 ont eu le sentiment de faire date dans l’histoire de la pensée et ce n’était pas seulement illusion. Qu’elles aient été correctement qualifiées en leur temps est en revanche sujet à caution. Deuxièmement, de ce moment, nous sommes toujours les contemporains, au sens où les questions posées restent ouvertes et que ce qui s’est passé ne peut être accompli qu’aujourd’hui, dans l’après-coup qui conditionne l’historicité de la pensée. Des années 60, nous proposons de chercher donc ce qui est toujours actif.
Cependant, s’il ne s’agit pas faire le musée ou la commémoration d’une séquence de la pensée, il ne s’agit pas non plus de la rejouer telle quelle. On s’intéressera donc à la possibilité de requalifier l’événement en quoi ont consisté les années 60 dans les différents domaines de la pensée, de le qualifier autrement que de la manière dont il l’a été par ses acteurs, animés qu’ils étaient par un événement qui était à côté de celui par lequel ils se croyaient portés. Il s’agira donc de réunir, faire connaître, et faire dialoguer entre elles, les recherches récentes qui, de manière encore dispersée, ont été amenées à reconsidérer les enjeux épistémologiques autant que politiques, esthétiques et enfin proprement philosophiques de la conjoncture des années soixante.
En ce sens, on peut donc dire que cette série de colloques propose une contribution à ce qui pourrait être une histoire structurale, puisque symptômale, du « structuralisme », dépassant les oppositions factices entre pensées de la structure et pensées de la différence, montrant que l’événement dépassait déjà les noms même qu’on lui donnait, et qu’il garde, encore aujourd’hui, quelque chose d’excessif, et qui nous fait penser.
L’année 2008 n’est pas anodine : 1968 a précisément constitué ce point de rupture dans lequel les années 60 à la fois se réalisent et se renversent, ce point dans lequel l’accomplissement semble exactement coextensif à son inversion. C’est en ce point que nous souhaitons pouvoir nous tenir.
Les quatre journées s’intituleront : « Un moment épistémologique » ; « Un moment politique » ; « Un moment philosophique » ; « Un moment esthétique ».
Chacun d’entre eux succèdera à une journée qui aura lieu à l’Ecole Normale Supérieure, portant sur un livre majeur de cette décennie, soit dans l’ordre : La pensée sauvage de Claude Lévi-Strauss (direction : Frédéric Keck), Pour Marx de Louis Althusser (direction : Stéphane Legrand et Guillaume Sibertin-Blanc), De la Grammatologie de Jacques Derrida (direction : Frédéric Worms), Discours Figure de Jean-François Lyotard (direction : Elie During).
Calendrier
Conférence introductive de Frédéric Worms : « L’idée de moment en philosophie : le cas des années 60 » (samedi 16 février 2008) .
I. « Les années 60 : Un moment épistémologique » (22 mars 2007)
II. « Les années 60 : Un moment politique » (17 mai 2007)
III. « Les années 60 : Un moment philosophique » (18 Octobre 2007)
IV. « Les années 60 : Un moment esthétique » (13 Décembre 2007)
La première journée, consacrée au « Moment épistémologique », se propose de revenir sur les enjeux épistémologiques des années 60. Le moment philosophique des années 60 se caractérise en effet par la manière dont la philosophie s’est mise sous condition des savoirs, dans une conjoncture où les sciences humaines rêvent de leur formalisation en même temps qu’ils ne cessent de faire valoir leurs enjeux sinon politiques, du moins critiques. Cette journée se propose de revenir sur la manière dont les découvertes scientifiques ou (plus modestement) théoriques qui ont eu lieu parfois bien avant – en linguistique, en anthropologie, en psychanalyse, mais aussi en mathématique ou en biologie – ont pu contribuer au renouvellement de la pensée philosophique dans les années 60. L’ambition de cette journée n’est pas tant historique que prospectif : il s’agit de mettre en évidence l’actualité sinon des réponses du moins des questions qui ont été posées, par les disciplines théoriques, à la philosophie, et que celle-ci a su accueillir.
Les recherches récentes en histoire des sciences ont en effet apporté une lumière nouvelle sur les véritables enjeux et la véritable nature des grandes manœuvres théoriques qui ont été associés notamment au « structuralisme ». Cependant, il n’existe pas encore de tentative pour prendre la mesure des transformations que ces recherches apportent à l’image globale qu’on peut se faire de ce que la philosophie doit au champ théorique. Cette journée voudrait contribuer à ce travail, en mettant en évidence ce qui n’est au fond rien d’autre qu’une autre histoire du structuralisme, requalifié quarante ans après avec d’autres concepts que ceux par lesquels il fut déclaré et aussitôt condamné.
Programme
Matin : Ruptures théoriques ?
Bernard Laks (Paris X-Nanterre) : Actualité du saussurisme : linguistiques structurales et théories cognitives.
Yves Duroux (ENS-Cachan) : L’opération d’Althusser : comment l’épistémologie invente une nouvelle science.
Pierre-Henri Castel (CNRS/IHPST) : L’épistémologisation de la psychanalyse dans les années 1960: remarques croisées sur Lacan et Bion.
David Rabouin (CNRS/REHSEIS) : Structuralisme en mathématiques et sciences humaines : un malentendu ?
Apres-Midi : Paradigmes épistémologiques ?
Alberto Gualandi : La question de l’humain entre philosophies de la nature et sciences de la vie.
Alan Schrift (Grinnell College, USA) : Nietzscheanism as Epistemology: The French Reception of Nietzsche in the Sixties (Le nietzschéisme comme épistémologie: la réception française de Nietzsche dans le moment philosophique des années 60”)
Jean Petitot (CNRS/CREA) : Structuralisme et Morphodynamique.
Alain Badiou (ENS-Paris) : Le concept de modèle, quarante ans après.
La seconde journée sera consacrée aux enjeux politiques. Alors que se multiplieront les commémorations de Mai 68, il s’agira non pas seulement d’opposer, à la ferveur équivoque de la commémoration, la froide analyse de l’historien, mais bien encore de réévaluer les véritables enjeux, du point de vue de la philosophie, des grands mouvements ou phénomènes politiques caractéristiques des années 60, même si leur importance ne fut pas nécessairement perçue par les contemporains.
Quels furent les événements ou processus politiques qui ont suscité, ou qui auraient dû, en droit, susciter, un véritable renouvellement de la philosophie, au-delà même de la philosophie politique, jusqu’au sens même de l’engagement philosophique ? En quoi la conjoncture politique singulière des années 60 a-t-elle constitué un moment pour la philosophie ? Mais aussi en quoi les pratiques politiques ont-elles pu être nourries par ce moment philosophique ?
Cette question signifie plusieurs choses. Premièrement, quelles furent, parmi les expériences politiques mûries dans les années 60, celles qui nourrirent le profond renouvellement que la philosophie eut alors le sentiment de connaître ? En quoi la décolonisation, par exemple, a-t-elle été porteuse d’enjeux philosophiques qui se formulent dans la pensée d’un Sartre ou d’un Lévi-Strauss, et en quoi éventuellement une relecture de la décolonisation permet aujourd’hui de relire ces recherches ? En quoi les vicissitudes du mouvement ouvrier au niveau mondial et la diversification des significations et des pratiques de la « révolution » a-t-elle pu nourrir la pensée d’Althusser, de Foucault ou de Bourdieu ? Comment les transformations dans les mœurs, la sexualité, les rapports de sexe ont-ils déterminé la reformulation, plus ou moins immédiate, de questions philosophiques classiques, chez Deleuze ou Lyotard par exemple ? Et même, plus lointainement, en quoi l’expérience politique si singulière de Mai 68, a-t-elle pu déterminer, de manière plus ou moins manifeste, le cheminement ultérieur des pensées comme celles de Derrida ou, plus récemment, de Badiou ? Il s’agit donc pour une part de réinterpréter les relations entre l’activité philosophique et les pratiques politiques, afin de mieux éclairer et l’un et l’autre, au-delà des anathèmes rapides, des amalgames faciles et de la lecture purement idéologique qu’on fait souvent de ces rapports.
Mais il s’agit aussi de laisser une place pour les possibles qui ne furent pas actualisés. Et la question signifie, alors, deuxièmement : qu’est-ce qui, parmi les expériences abouties dans les années 60, aurait dû être porteur, même si ce n’a pas été le cas, de profonds renouvellements de la philosophie ? Qu’est-ce qui, dans les années 60, est encore en attente de sa caractérisation en pensée ? Il s’agit peut-être alors de faire voir comme événements, et comme événements indissociablement philosophiques et politiques, ce qui n’apparut pas forcément comme tel aux contemporains. Evénements discrets, mais fondamentaux, qui engage le devenir de la philosophie sans qu’elle s’en soit forcément rendue compte.
Enfin, la question du moment politique, en philosophie, des années 60, signifie troisièmement : qu’est-ce qui, dans les œuvres philosophiques arrivées à terme dans les années 60, est encore porteur d’enjeux politiques valables dans notre actualité ? En quoi ces œuvres éclairent-elles la question politique telle qu’elle se pose pour nous aujourd’hui, et peut-être telle qu’elle se posera désormais pour tous, en ce sens qu’elles auraient ménagé une place pour la découverte d’un de sens possibles, d’un des modes d’existence, de la politique en général ? Il s’agira donc d’analyser quelques usages contemporains en politique de la philosophie des années 60.
Bien sûr, à travers ces questions, il s’agira d’interpréter Mai 68, événement symbole précisément parce qu’il est équivoque et qu’il est impossible de trancher entre ses différentes significations, événement à la charnière des siècles, où le vingt-et-unième siècle s’annonce dans la grammaire du dix-neuvième, à moins que ce ne soit le dix-neuvième qui cherche à mourir dans une phrase aurorale. Pour la philosophie, il n’importe pas de trancher sur le sens historique de Mai 68 : il importe de savoir ce qu’il emporte de décisif pour la pensée aujourd’hui.
Programme
Matin (10h-13h) :
Patrice Maniglier (University of Essex) : Introduction : De la Théorie à la Pratique : 68 et le structuralisme.
Mauro Pedruzzi (Université de Milan) : Derrida l’Européen : La responsabilité et l’aporie.
Mathieu Potte-Bonneville (CIPh) : Du sable à la bataille : Foucault avant 68
Laurent Jeanpierre (IEP Strasbourg) : Des occupations : portrait théorique d’un répertoire politique réactivé.
Après-Midi (15h-18h) :
Jean-Claude Milner (Paris VII) : Quand Achille rattrapa la tortue
Etienne Balibar (Paris X) : Démocratiser la démocratie.
Ernesto Laclau (University of Essex) : Imaginaires politiques et actions politique : le grand tournant des années 60.
La troisième journée reviendra sur les enjeux proprement internes à la philosophie du moment philosophique des années soixante. Reprenant la problématisation mise en œuvre dans les précédentes journées, on posera question à la fois de l’existence et de l’actualité d’un moment des années soixante pour la philosophie, celle-ci fonctionnant ici pour ainsi dire comme son propre dehors.
Si en effet la philosophie française des années 60 se caractérise par la manière dont elle se met sous condition de ce que Merleau-Ponty appelait son « dehors » – en réalité ses dehors, scientifiques, politiques, esthétiques –, il se peut qu’elle se caractérise aussi par sa manière de traiter la philosophie elle-même – ses traditions, ses problèmes, ses pratiques – comme un dehors à partir duquel il s’agit de recommencer à penser. Reprenant la problématisation déjà mise en œuvre dans les précédentes journées, cette journée pose la question à la fois de l’existence et de l’actualité d’un moment des années 60 pour la philosophie, mais qu’elle trouverait cette fois dans la philosophie elle-même, et non pas, comme nous en avons fait l’hypothèse dans les journées précédentes, dans le contexte scientifique ou politique.
Conformément à la méthodologie suggérée lors des deux premières journées, il s’agira non pas de célébrer ni de commémorer, mais bien de requalifier les événements philosophiques qui « font moment », selon deux axes possibles : 1°) soit en identifiant, dans le contexte philosophique des années 60, des questions, des thèses voire de nouvelles manières de pratiquer la philosophie, qui, bien qu’ils n’aient pas été clairement perçus par les contemporains, apparaissent rétrospectivement comme caractéristiques des véritables ruptures des années 60 ; 2°), soit en repérant dans ce corpus des instruments pour traiter des questions qui n’étaient pas encore apparues, mais qui trouvent pourtant dans ces textes un éclairage par anticipation.
La quatrième journée concernera les enjeux esthétiques des années 60, et sera l’occasion de poser la question du rapport de la philosophie à la littérature, mais aussi aux pratiques de ce genre incertain qu’on appelle « l’art contemporain » et qui se met en place dans ces années là, ainsi qu’avec les arts populaires comme le cinéma et le théâtre.
L’esthétique occupe une place souvent sous-estimée dans les grands débats qui traversèrent et structurèrent le moment philosophique des années 60 en France. Cependant, alors qu’on aurait pu penser que la vogue du structuralisme et des « philosophies du concept » rejetterait à l’arrière plan la dimension du sensible, il apparaît rétrospectivement que non seulement la littérature et les arts plastiques avaient une part centrale dans ces débats (avec Barthes, la nouvelle critique et le nouveau roman bien sûr, mais aussi avec le théâtre et le cinéma d’un côté, et de l’autre avec les avant-gardes modernistes telles que Supports/Surfaces ou les œuvres de Buren, Toroni et Mosset, entre autres), mais encore que l’étrange mouvement de radicalisation-renversement qui conduisit, pour des raisons internes, de la philosophie des structures à celle de la différence devait rapidement redonner à la question esthétique toute son importance. Le parcours de Lyotard à ce titre anticipe sur le mouvement bientôt réalisé par Deleuze, Barthes ou Derrida. On redécouvre aussi depuis quelques années l’importance de la réflexion esthétique chez Foucault, ainsi que la profondeur du thème de la logique des qualités sensibles mis en avant par Lévi-Strauss. De même, on a été amené à réévaluer les œuvres de Merleau-Ponty et de Mikel Dufrenne dans ce contexte. Il apparaît enfin, aujourd’hui, que c’est peut-être sur le terrain de l’esthétique, et dans un dialogue avec cet espace singulier qu’est celui de l’art contemporain, que les grandes questions, concepts et stylistiques caractéristiques du moment philosophique des années 60 sont le plus activement convoqués, comme en témoignent le travail de Jacques Rancière ou Bruno Latour. Alors que les dehors scientifiques et politiques semblaient déterminants pour le moment philosophique des années 60, il semble aujourd’hui, pour des raisons qui restent à élucider, que l’héritage de la philosophie française des années 60 trouve dans l’esthétique son dehors privilégié.
Le but de cette journée d’étude sera de faire le point sur ces recherches en cours et de mieux comprendre la nature du dialogue étroit mais assez mal stabilisé que la philosophie entretient avec le domaine de la littérature et cet espace singulier qu’on appelle l’art contemporain.
Conformément aux précédents colloques, ce colloque se déroulera en deux temps. Le premier sera consacré à une journée d’étude sur un livre. Il s’agira cette fois de Discours, Figure de Jean-François Lyotard. La seconde journée sera consacrée à un repérage plus général de ces questions.
Conformément aussi à la méthodologie mise en place lors des précédentes journées, il s’agira avant tout de requalifier les véritables lieux de la question esthétique tels que les contemporains ont pu y prendre part sans en avoir clairement conscience. On s’intéressera donc soit aux grandes transformations dans ce que Jacques Rancière a appelé le régime du sensible, telles qu’elles se manifestent en particulier dans les arts, qui ont pu fonctionner comme conditions pour la constitution de ce moment philosophique, soit à l’inverse de proposer une relecture de certaines de ces œuvres philosophiques qui paraissent éclairer par anticipation les enjeux esthétiques d’aujourd’hui et nourrir les pratiques du sensible autant que celles-ci ont pu conditionner la pensée philosophique.
そして、再来週はパリでデリダについて話します。公の場でデリダについて詳しく話すのは初めてで、それも錚々たるメンバーに囲まれて話すのに、自分のシンポの準備やら何やらでまったく準備ができていませんが…ともかく宣伝しておきます。ビッグ・ネームが揃っている好企画ですので、私の発表はともかく、フランス在住の方々はぜひお越しください。
LA PHILOSOPHIE DANS LE MOMENT DES ANNEES 60
17-18 OCTOBRE 2008
Colloque International
organisé par le CIEPFC (Ulm) et le CIPh
Ecole Normale Supérieure, 45 rue d’Ulm, 75005 PARIS
Direction : Patrice Maniglier
Le Centre International d’Etude de la Philosophie Française Contemporaine (ENS/Ulm), en collaboration avec le Collège International de Philosophie, organise, dans le cadre de son Programme de Recherches ‘Le moment philosophique des années soixante’, organise une série de quatre double journées d’étude sur toute l’année 2008. Cette série se propose de renouveler la lecture que l’on fait aujourd’hui, quarante ans après, de cette décennie et de rouvrir la question, si difficile à traiter en France, de l’héritage actif et non commémoratif de ce « moment » excessif à ses propres interprétations, et toujours actuel. Chaque double journée porte sur une dimension par lesquelles les années 60 ont constitué un événement transversal pour la pensée : scientifique, politique, esthétique, philosophique. Chacune est constituée de deux journées d’étude : la première porte sur un livre, la seconde sur des aspects thématiques.
Cette troisième double journée revient sur les enjeux proprement internes à la philosophie du moment philosophique des années soixante. Si il est vrai qu’il se caractérise par la manière dont la philosophie s’y est mise sous condition de ce que Merleau-Ponty appelait son « dehors » – en réalité ses dehors, scientifiques, politiques, esthétiques –, il se peut qu’elle se caractérise aussi par sa manière de traiter la philosophie elle-même – ses traditions, ses problèmes, ses concepts, ses pratiques – comme un dehors à partir duquel il s’agit de recommencer à penser.
Conformément à la méthodologie éprouvée lors des deux premières journées, il s’agira non pas de célébrer ni de commémorer, mais bien de requalifier les événements philosophiques qui « font moment », selon deux axes possibles : 1°) soit en identifiant, dans le contexte philosophique des années 60, des questions, des thèses voire de nouvelles manières de pratiquer la philosophie, qui, bien qu’ils n’aient pas été clairement perçus par les contemporains, apparaissent rétrospectivement comme caractéristiques des véritables ruptures des années 60 ; 2°), soit en repérant dans ce corpus des instruments pour traiter des questions qui n’étaient pas encore apparues, mais qui trouvent pourtant dans ces textes un éclairage par anticipation.
La première journée reviendra sur l’œuvre de Jacques Derrida pendant les années soixante, en s’appuyant sur deux livres majeurs, L’écriture et la différence et De la grammatologie.
La seconde proposera de requalifier l’événement des années soixante en tant qu’il a transformé le sens et la pratique même de la philosophie, l’identité et les méthodes de cette discipline, l’image qu’elle convie de la pensée, le rapport à son histoire et à ses textes, et enfin l’idée même de métaphysique qui a peut-être, curieusement, trouvé dans les années soixante un sens nouveau et particulièrement actuel.
PROGRAMME
VENDREDI 17 OCTOBRE 2008
DERRIDA DANS LE MOMENT DES ANNES SOIXANTE
ENS, 45 rue d’Ulm, Salle des Actes
Matin : 9h30 – 12h30
Frédéric Worms (Lille III, ENS-Ulm) : Le moment de la différence.
Igor Bucharles (Lille III) : De la différence à la différance
Hisashi Fujita (JSPS/Univ. Hitotsubashi) : La déconstruction du mariage dans le De la Grammatologie et au-delà.
Après-Midi : 14h30 -18h
Patrice Maniglier (University of Essex) : Térontologie saussurienne : ce que Derrida n’a pas lu dans le Cours de Linguistique Générale
Catherine Malabou (Paris X Nanterre) : Pourquoi la grammatologie n’a pas été une science.
Pause : 16h-16h30
Vladimir Safatle (Universidade Federal de Sao Paulo) : L’écriture sans scène. Lacan au-delà de la métaphysique de la présence.
Peter Dews (University of Essex) : Déconstruction et dialectique négative : une rencontre manquée.
SAMEDI 18 OCTOBRE 2008
LES ANNES SOIXANTE : UN MOMENT PHILOSOPHIQUE
ENS, 29 rue d’Ulm, Salle Jules Ferry
Matin : 9h30-12h30
Jean-Christophe Goddard (Toulouse-Le-Mirail) : Une nouvelle image de la pensée.
Pierre Macherey (Lille III) : Spinoza 1968 : deux lectures alternatives et complémentaires (Guéroult et Deleuze).
François Rastier (CNRS) : La linguistique des textes philosophiques : du « structuralisme » à la linguistique des corpus numériques.
Après-Midi : 14h30-18h
Jean-Michel Salanskis (Paris X Nanterre) : Derrida et la philosophie analytique.
François Laruelle (Paris X Nanterre) : Qu’est-ce qu’une science générique ?
Pause : 16h-16h30
Table ronde : A quoi pourrait-on reconnaître une « métaphysique continentale » ?
Elie During (Paris X Nanterre), Patrice Maniglier (University of Essex), Quentin Meillassoux (ENS Ulm), David Rabouin (CNRS).
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PROGRAMME GENERAL
« Le moment philosophique des années 60 »
Colloque International 2008
organisé par le CIEPFC (Ecole Normale Supérieure)
et le Collège International de Philosophie
Direction : Patrice Maniglier
Le Collège International de Philosophie, en collaboration et dans le cadre du Programme de Recherches ‘Le moment philosophique des années soixante’ du Centre International d’Etude de la Philosophie Française Contemporaine (ENS/Ulm), organise sur toute l’année 2008 un colloque de quatre jours répartis sur toute l’année 2008 intitulé : « Le moment philosophique des années soixante ». Cette série se propose de faire le point sur les recherches en cours et de renouveler la lecture que l’on fait aujourd’hui, quarante ans après, de cette décennie et de rouvrir la question, si difficile à traiter en France, de l’héritage actif et non commémoratif de ce « moment » excessif à ses propres interprétations, et toujours actuel.
Il ne s’agit pas de revenir sur les années 60 sur un mode historique et commémoratif, mais d’en rouvrir l’héritage en posant d’emblée, à titre méthodologique, deux thèses. Premièrement les années 60 ont véritablement constitué un événement transversal pour la pensée dans toutes ses dimensions : scientifique, politique, esthétique, philosophique... Il n’est pas nécessaire de supposer qu’on puisse unifier cet événement dans un seul nom, une seule thèse, et encore moins une seule œuvre, pour reconnaître la consistance d’un « moment », avec ses circulations multiples, ses oppositions constituantes, et la propagation d’une force de rupture. Les années 60 ont eu le sentiment de faire date dans l’histoire de la pensée et ce n’était pas seulement illusion. Qu’elles aient été correctement qualifiées en leur temps est en revanche sujet à caution. Deuxièmement, de ce moment, nous sommes toujours les contemporains, au sens où les questions posées restent ouvertes et que ce qui s’est passé ne peut être accompli qu’aujourd’hui, dans l’après-coup qui conditionne l’historicité de la pensée. Des années 60, nous proposons de chercher donc ce qui est toujours actif.
Cependant, s’il ne s’agit pas faire le musée ou la commémoration d’une séquence de la pensée, il ne s’agit pas non plus de la rejouer telle quelle. On s’intéressera donc à la possibilité de requalifier l’événement en quoi ont consisté les années 60 dans les différents domaines de la pensée, de le qualifier autrement que de la manière dont il l’a été par ses acteurs, animés qu’ils étaient par un événement qui était à côté de celui par lequel ils se croyaient portés. Il s’agira donc de réunir, faire connaître, et faire dialoguer entre elles, les recherches récentes qui, de manière encore dispersée, ont été amenées à reconsidérer les enjeux épistémologiques autant que politiques, esthétiques et enfin proprement philosophiques de la conjoncture des années soixante.
En ce sens, on peut donc dire que cette série de colloques propose une contribution à ce qui pourrait être une histoire structurale, puisque symptômale, du « structuralisme », dépassant les oppositions factices entre pensées de la structure et pensées de la différence, montrant que l’événement dépassait déjà les noms même qu’on lui donnait, et qu’il garde, encore aujourd’hui, quelque chose d’excessif, et qui nous fait penser.
L’année 2008 n’est pas anodine : 1968 a précisément constitué ce point de rupture dans lequel les années 60 à la fois se réalisent et se renversent, ce point dans lequel l’accomplissement semble exactement coextensif à son inversion. C’est en ce point que nous souhaitons pouvoir nous tenir.
Les quatre journées s’intituleront : « Un moment épistémologique » ; « Un moment politique » ; « Un moment philosophique » ; « Un moment esthétique ».
Chacun d’entre eux succèdera à une journée qui aura lieu à l’Ecole Normale Supérieure, portant sur un livre majeur de cette décennie, soit dans l’ordre : La pensée sauvage de Claude Lévi-Strauss (direction : Frédéric Keck), Pour Marx de Louis Althusser (direction : Stéphane Legrand et Guillaume Sibertin-Blanc), De la Grammatologie de Jacques Derrida (direction : Frédéric Worms), Discours Figure de Jean-François Lyotard (direction : Elie During).
Calendrier
Conférence introductive de Frédéric Worms : « L’idée de moment en philosophie : le cas des années 60 » (samedi 16 février 2008) .
I. « Les années 60 : Un moment épistémologique » (22 mars 2007)
II. « Les années 60 : Un moment politique » (17 mai 2007)
III. « Les années 60 : Un moment philosophique » (18 Octobre 2007)
IV. « Les années 60 : Un moment esthétique » (13 Décembre 2007)
La première journée, consacrée au « Moment épistémologique », se propose de revenir sur les enjeux épistémologiques des années 60. Le moment philosophique des années 60 se caractérise en effet par la manière dont la philosophie s’est mise sous condition des savoirs, dans une conjoncture où les sciences humaines rêvent de leur formalisation en même temps qu’ils ne cessent de faire valoir leurs enjeux sinon politiques, du moins critiques. Cette journée se propose de revenir sur la manière dont les découvertes scientifiques ou (plus modestement) théoriques qui ont eu lieu parfois bien avant – en linguistique, en anthropologie, en psychanalyse, mais aussi en mathématique ou en biologie – ont pu contribuer au renouvellement de la pensée philosophique dans les années 60. L’ambition de cette journée n’est pas tant historique que prospectif : il s’agit de mettre en évidence l’actualité sinon des réponses du moins des questions qui ont été posées, par les disciplines théoriques, à la philosophie, et que celle-ci a su accueillir.
Les recherches récentes en histoire des sciences ont en effet apporté une lumière nouvelle sur les véritables enjeux et la véritable nature des grandes manœuvres théoriques qui ont été associés notamment au « structuralisme ». Cependant, il n’existe pas encore de tentative pour prendre la mesure des transformations que ces recherches apportent à l’image globale qu’on peut se faire de ce que la philosophie doit au champ théorique. Cette journée voudrait contribuer à ce travail, en mettant en évidence ce qui n’est au fond rien d’autre qu’une autre histoire du structuralisme, requalifié quarante ans après avec d’autres concepts que ceux par lesquels il fut déclaré et aussitôt condamné.
Programme
Matin : Ruptures théoriques ?
Bernard Laks (Paris X-Nanterre) : Actualité du saussurisme : linguistiques structurales et théories cognitives.
Yves Duroux (ENS-Cachan) : L’opération d’Althusser : comment l’épistémologie invente une nouvelle science.
Pierre-Henri Castel (CNRS/IHPST) : L’épistémologisation de la psychanalyse dans les années 1960: remarques croisées sur Lacan et Bion.
David Rabouin (CNRS/REHSEIS) : Structuralisme en mathématiques et sciences humaines : un malentendu ?
Apres-Midi : Paradigmes épistémologiques ?
Alberto Gualandi : La question de l’humain entre philosophies de la nature et sciences de la vie.
Alan Schrift (Grinnell College, USA) : Nietzscheanism as Epistemology: The French Reception of Nietzsche in the Sixties (Le nietzschéisme comme épistémologie: la réception française de Nietzsche dans le moment philosophique des années 60”)
Jean Petitot (CNRS/CREA) : Structuralisme et Morphodynamique.
Alain Badiou (ENS-Paris) : Le concept de modèle, quarante ans après.
La seconde journée sera consacrée aux enjeux politiques. Alors que se multiplieront les commémorations de Mai 68, il s’agira non pas seulement d’opposer, à la ferveur équivoque de la commémoration, la froide analyse de l’historien, mais bien encore de réévaluer les véritables enjeux, du point de vue de la philosophie, des grands mouvements ou phénomènes politiques caractéristiques des années 60, même si leur importance ne fut pas nécessairement perçue par les contemporains.
Quels furent les événements ou processus politiques qui ont suscité, ou qui auraient dû, en droit, susciter, un véritable renouvellement de la philosophie, au-delà même de la philosophie politique, jusqu’au sens même de l’engagement philosophique ? En quoi la conjoncture politique singulière des années 60 a-t-elle constitué un moment pour la philosophie ? Mais aussi en quoi les pratiques politiques ont-elles pu être nourries par ce moment philosophique ?
Cette question signifie plusieurs choses. Premièrement, quelles furent, parmi les expériences politiques mûries dans les années 60, celles qui nourrirent le profond renouvellement que la philosophie eut alors le sentiment de connaître ? En quoi la décolonisation, par exemple, a-t-elle été porteuse d’enjeux philosophiques qui se formulent dans la pensée d’un Sartre ou d’un Lévi-Strauss, et en quoi éventuellement une relecture de la décolonisation permet aujourd’hui de relire ces recherches ? En quoi les vicissitudes du mouvement ouvrier au niveau mondial et la diversification des significations et des pratiques de la « révolution » a-t-elle pu nourrir la pensée d’Althusser, de Foucault ou de Bourdieu ? Comment les transformations dans les mœurs, la sexualité, les rapports de sexe ont-ils déterminé la reformulation, plus ou moins immédiate, de questions philosophiques classiques, chez Deleuze ou Lyotard par exemple ? Et même, plus lointainement, en quoi l’expérience politique si singulière de Mai 68, a-t-elle pu déterminer, de manière plus ou moins manifeste, le cheminement ultérieur des pensées comme celles de Derrida ou, plus récemment, de Badiou ? Il s’agit donc pour une part de réinterpréter les relations entre l’activité philosophique et les pratiques politiques, afin de mieux éclairer et l’un et l’autre, au-delà des anathèmes rapides, des amalgames faciles et de la lecture purement idéologique qu’on fait souvent de ces rapports.
Mais il s’agit aussi de laisser une place pour les possibles qui ne furent pas actualisés. Et la question signifie, alors, deuxièmement : qu’est-ce qui, parmi les expériences abouties dans les années 60, aurait dû être porteur, même si ce n’a pas été le cas, de profonds renouvellements de la philosophie ? Qu’est-ce qui, dans les années 60, est encore en attente de sa caractérisation en pensée ? Il s’agit peut-être alors de faire voir comme événements, et comme événements indissociablement philosophiques et politiques, ce qui n’apparut pas forcément comme tel aux contemporains. Evénements discrets, mais fondamentaux, qui engage le devenir de la philosophie sans qu’elle s’en soit forcément rendue compte.
Enfin, la question du moment politique, en philosophie, des années 60, signifie troisièmement : qu’est-ce qui, dans les œuvres philosophiques arrivées à terme dans les années 60, est encore porteur d’enjeux politiques valables dans notre actualité ? En quoi ces œuvres éclairent-elles la question politique telle qu’elle se pose pour nous aujourd’hui, et peut-être telle qu’elle se posera désormais pour tous, en ce sens qu’elles auraient ménagé une place pour la découverte d’un de sens possibles, d’un des modes d’existence, de la politique en général ? Il s’agira donc d’analyser quelques usages contemporains en politique de la philosophie des années 60.
Bien sûr, à travers ces questions, il s’agira d’interpréter Mai 68, événement symbole précisément parce qu’il est équivoque et qu’il est impossible de trancher entre ses différentes significations, événement à la charnière des siècles, où le vingt-et-unième siècle s’annonce dans la grammaire du dix-neuvième, à moins que ce ne soit le dix-neuvième qui cherche à mourir dans une phrase aurorale. Pour la philosophie, il n’importe pas de trancher sur le sens historique de Mai 68 : il importe de savoir ce qu’il emporte de décisif pour la pensée aujourd’hui.
Programme
Matin (10h-13h) :
Patrice Maniglier (University of Essex) : Introduction : De la Théorie à la Pratique : 68 et le structuralisme.
Mauro Pedruzzi (Université de Milan) : Derrida l’Européen : La responsabilité et l’aporie.
Mathieu Potte-Bonneville (CIPh) : Du sable à la bataille : Foucault avant 68
Laurent Jeanpierre (IEP Strasbourg) : Des occupations : portrait théorique d’un répertoire politique réactivé.
Après-Midi (15h-18h) :
Jean-Claude Milner (Paris VII) : Quand Achille rattrapa la tortue
Etienne Balibar (Paris X) : Démocratiser la démocratie.
Ernesto Laclau (University of Essex) : Imaginaires politiques et actions politique : le grand tournant des années 60.
La troisième journée reviendra sur les enjeux proprement internes à la philosophie du moment philosophique des années soixante. Reprenant la problématisation mise en œuvre dans les précédentes journées, on posera question à la fois de l’existence et de l’actualité d’un moment des années soixante pour la philosophie, celle-ci fonctionnant ici pour ainsi dire comme son propre dehors.
Si en effet la philosophie française des années 60 se caractérise par la manière dont elle se met sous condition de ce que Merleau-Ponty appelait son « dehors » – en réalité ses dehors, scientifiques, politiques, esthétiques –, il se peut qu’elle se caractérise aussi par sa manière de traiter la philosophie elle-même – ses traditions, ses problèmes, ses pratiques – comme un dehors à partir duquel il s’agit de recommencer à penser. Reprenant la problématisation déjà mise en œuvre dans les précédentes journées, cette journée pose la question à la fois de l’existence et de l’actualité d’un moment des années 60 pour la philosophie, mais qu’elle trouverait cette fois dans la philosophie elle-même, et non pas, comme nous en avons fait l’hypothèse dans les journées précédentes, dans le contexte scientifique ou politique.
Conformément à la méthodologie suggérée lors des deux premières journées, il s’agira non pas de célébrer ni de commémorer, mais bien de requalifier les événements philosophiques qui « font moment », selon deux axes possibles : 1°) soit en identifiant, dans le contexte philosophique des années 60, des questions, des thèses voire de nouvelles manières de pratiquer la philosophie, qui, bien qu’ils n’aient pas été clairement perçus par les contemporains, apparaissent rétrospectivement comme caractéristiques des véritables ruptures des années 60 ; 2°), soit en repérant dans ce corpus des instruments pour traiter des questions qui n’étaient pas encore apparues, mais qui trouvent pourtant dans ces textes un éclairage par anticipation.
La quatrième journée concernera les enjeux esthétiques des années 60, et sera l’occasion de poser la question du rapport de la philosophie à la littérature, mais aussi aux pratiques de ce genre incertain qu’on appelle « l’art contemporain » et qui se met en place dans ces années là, ainsi qu’avec les arts populaires comme le cinéma et le théâtre.
L’esthétique occupe une place souvent sous-estimée dans les grands débats qui traversèrent et structurèrent le moment philosophique des années 60 en France. Cependant, alors qu’on aurait pu penser que la vogue du structuralisme et des « philosophies du concept » rejetterait à l’arrière plan la dimension du sensible, il apparaît rétrospectivement que non seulement la littérature et les arts plastiques avaient une part centrale dans ces débats (avec Barthes, la nouvelle critique et le nouveau roman bien sûr, mais aussi avec le théâtre et le cinéma d’un côté, et de l’autre avec les avant-gardes modernistes telles que Supports/Surfaces ou les œuvres de Buren, Toroni et Mosset, entre autres), mais encore que l’étrange mouvement de radicalisation-renversement qui conduisit, pour des raisons internes, de la philosophie des structures à celle de la différence devait rapidement redonner à la question esthétique toute son importance. Le parcours de Lyotard à ce titre anticipe sur le mouvement bientôt réalisé par Deleuze, Barthes ou Derrida. On redécouvre aussi depuis quelques années l’importance de la réflexion esthétique chez Foucault, ainsi que la profondeur du thème de la logique des qualités sensibles mis en avant par Lévi-Strauss. De même, on a été amené à réévaluer les œuvres de Merleau-Ponty et de Mikel Dufrenne dans ce contexte. Il apparaît enfin, aujourd’hui, que c’est peut-être sur le terrain de l’esthétique, et dans un dialogue avec cet espace singulier qu’est celui de l’art contemporain, que les grandes questions, concepts et stylistiques caractéristiques du moment philosophique des années 60 sont le plus activement convoqués, comme en témoignent le travail de Jacques Rancière ou Bruno Latour. Alors que les dehors scientifiques et politiques semblaient déterminants pour le moment philosophique des années 60, il semble aujourd’hui, pour des raisons qui restent à élucider, que l’héritage de la philosophie française des années 60 trouve dans l’esthétique son dehors privilégié.
Le but de cette journée d’étude sera de faire le point sur ces recherches en cours et de mieux comprendre la nature du dialogue étroit mais assez mal stabilisé que la philosophie entretient avec le domaine de la littérature et cet espace singulier qu’on appelle l’art contemporain.
Conformément aux précédents colloques, ce colloque se déroulera en deux temps. Le premier sera consacré à une journée d’étude sur un livre. Il s’agira cette fois de Discours, Figure de Jean-François Lyotard. La seconde journée sera consacrée à un repérage plus général de ces questions.
Conformément aussi à la méthodologie mise en place lors des précédentes journées, il s’agira avant tout de requalifier les véritables lieux de la question esthétique tels que les contemporains ont pu y prendre part sans en avoir clairement conscience. On s’intéressera donc soit aux grandes transformations dans ce que Jacques Rancière a appelé le régime du sensible, telles qu’elles se manifestent en particulier dans les arts, qui ont pu fonctionner comme conditions pour la constitution de ce moment philosophique, soit à l’inverse de proposer une relecture de certaines de ces œuvres philosophiques qui paraissent éclairer par anticipation les enjeux esthétiques d’aujourd’hui et nourrir les pratiques du sensible autant que celles-ci ont pu conditionner la pensée philosophique.
Sunday, September 28, 2008
時間の特異化
秋の気配がする。秋祭りの太鼓が響いている。
最近悪い意味で仕事漬けの日々が続いている。悪い意味でというのは、どこかで研究に埋没する時間帯をつくらねばと思いつつ、それが出来ずに事務作業・家事・育児すべてが均質化してしまっている、ということだ。
研究に埋没するということは、事務作業・家事・育児を軽んじるということでは必ずしもない。そうではなく、研究が生の一側面としてのみ意味をもつなら、その他のできるかぎり多くの側面同様、それを特異な時間として経験するということだ。
家事や育児はおろか、事務作業にさえも特異な時間を見出すこと。口先で講壇哲学を批判する講壇哲学者は山のようにいる。ニーチェ研究者という矛盾。ドゥルーズ学者という矛盾。それが矛盾でなくなる唯一の可能性、それがそれぞれの時間の特異化だ。
最近悪い意味で仕事漬けの日々が続いている。悪い意味でというのは、どこかで研究に埋没する時間帯をつくらねばと思いつつ、それが出来ずに事務作業・家事・育児すべてが均質化してしまっている、ということだ。
研究に埋没するということは、事務作業・家事・育児を軽んじるということでは必ずしもない。そうではなく、研究が生の一側面としてのみ意味をもつなら、その他のできるかぎり多くの側面同様、それを特異な時間として経験するということだ。
家事や育児はおろか、事務作業にさえも特異な時間を見出すこと。口先で講壇哲学を批判する講壇哲学者は山のようにいる。ニーチェ研究者という矛盾。ドゥルーズ学者という矛盾。それが矛盾でなくなる唯一の可能性、それがそれぞれの時間の特異化だ。
Wednesday, September 24, 2008
覚書
私の檄文は決して個人攻撃ではない。そんなことに興味はない。それは読む人が読めばわかるはずである。ただそこで論じられている「問題」だけが重要なのだ。自分が攻撃されていると感じる人があるとすれば、それはその人が無意識裡に抱えている問題意識に私の文章が不意に触れてしまったというだけのことである。その人がそのことを自覚するに至るかどうか、それは私には残念ながらどうすることもできない。私に出来るのは呟き続けることだけだ。
あるいは、もっと穏便に書け、と言われるかもしれない。それはできるかぎり努力したい。けれど、ここに書いていることは事柄そのものが檄文調を要請する類のものであることもまた確かである。学問自体ではなく、自明視されている学問の枠組み(制度)そのものに関する自覚を高めるよう促すこと。そうでなければ、このようなブログをやる意味は、私にとってはということだが、ほとんどない。
***
ちょっと今すぐには読めないのであるが、読みたい論文をメモしておこう。PDFで公開されているので、関心のある方はどうぞ。ただ、ページ数のシステムが今一つよく分からない。
・永野拓也、「ベルクソンにおける「図式」と根源的統一性(1)」、『哲学・思想論集』第27号(筑波大学『哲学・思想論集』編集委員会)、2002年3月。
・永野拓也、「ベルクソンにおける「図式」と根源的統一性(2)」、『哲学・思想論集』第28号(筑波大学『哲学・思想論集』編集委員会)、2003年3月。
・永野拓也、「ベルクソンにおける「図式」と根源的統一性(3)」、『哲学・思想論集』第29号(筑波大学『哲学・思想論集』編集委員会)、2004年3月。
あるいは、もっと穏便に書け、と言われるかもしれない。それはできるかぎり努力したい。けれど、ここに書いていることは事柄そのものが檄文調を要請する類のものであることもまた確かである。学問自体ではなく、自明視されている学問の枠組み(制度)そのものに関する自覚を高めるよう促すこと。そうでなければ、このようなブログをやる意味は、私にとってはということだが、ほとんどない。
***
ちょっと今すぐには読めないのであるが、読みたい論文をメモしておこう。PDFで公開されているので、関心のある方はどうぞ。ただ、ページ数のシステムが今一つよく分からない。
・永野拓也、「ベルクソンにおける「図式」と根源的統一性(1)」、『哲学・思想論集』第27号(筑波大学『哲学・思想論集』編集委員会)、2002年3月。
・永野拓也、「ベルクソンにおける「図式」と根源的統一性(2)」、『哲学・思想論集』第28号(筑波大学『哲学・思想論集』編集委員会)、2003年3月。
・永野拓也、「ベルクソンにおける「図式」と根源的統一性(3)」、『哲学・思想論集』第29号(筑波大学『哲学・思想論集』編集委員会)、2004年3月。
Friday, September 19, 2008
反時代的考察(哲学と大学に関する)
来週の金曜日に、公開共同研究「哲学と大学」ワークショップ「大学の名において私たちは何を信じることを許されているのか」が行われる。よろしければどうぞ。
また、こういった試みと無関係ではないので、次の情報にも注意を喚起しておきたい。
科学研究費補助金研究成果公開促進費「学術図書」に関する要望
*
学問を取り巻く環境は常に動いている。現在のような状況の中では、《両面作戦》をとらねばならない。
一方では、「レイプを傍観している者はレイプに加担しているのと同じである」と主張し、「今ここ」の重要性を強調する必要がある。人文科学の学問性・科学性を社会・政治状況からの超越・価値中立に求めることには罠があると繰り返し主張せねばならない。やじろべえの傾きを是正するただ一つの方法は、真ん中にではなく、傾きとは逆の側に重しを置くことである。これが対抗運動(contre-mouvement)の意味だ。
しかし、他方で、この「今ここ」が必ずしも「アクチュアル」である必要はない、ということは繰り返し述べておかねばならない。「現在を読み解く」のに「役立つ」哲学、といった論理には警戒が必要だ。「書を捨てよ、街へ出よう」といったフレーズが人々の耳に心地よいのは分かる。学問のジャーナリズム化・ポピュリスト的戦略はいつの時代にも表面的には勝利者である。
あるいは「書を持って街へ出よう」が青空大学や地下大学の企図なのでもあろう。また、それをそのまま実践可能な学問もあるし(ある種の社会学・心理学)、それに親和性の高い学問もある(ある種の政治学・経済学)。今日隆盛している人文科学・社会科学はいずれもこの範疇に属する。
だが、書を抱きしめ、部屋に閉じこもるという大学に特有の挙措が必ずしも反動的で保守的な身振りなのではないし、あらゆる学問が「アクチュアル」でありうるわけでもない。数学の哲学の専門家が己の専門を政治化したり、アクチュアルなものにしたりすることで問題が解決されるはずもない。
「速くあれ、たとえ場を動かぬときでも!」
「大学の非大学化」は、支配的な趨勢(大学の企業化)においても、対抗的な運動(地下大学、CIPh)においても共通した傾向である。だが、「大学の名を救う」という試みに批判的な射程があるとすれば、それは大学という「場所」に特有の「重さ」を、単に否定するのではなく、背負い投げのように、その重みを逆手にとって、ある種の「運動」と「軽み」に転じることであろう。
ここ数十年理念として奨励されてきた「学際化」は、硬直化した非生産的な「制度」の隣に、流動的で創造的な「擬似-制度」ないし「非-制度」をつくることであったと解される。CIPhやUTCPはその最も成功した例といっていいだろう。しかし、それと同時に――同時性・並行性を殊に強調しておく。「あれか、これか」ではない――、「制度」のただ中で、「哲学」という学問のただ中でどもること、哲学を外から批判するのではなく、内側から批判することの重要性もまた、強調されねばならないのではないか。
私は自らの専門であるベルクソン研究においてそれを「制度」の脱構築という形で、「運動」として実践しているつもりである。最近、専門の外に打って出ていくことばかりが強調され過ぎている気がしてならない。プラトンやヘーゲルでは食っていけないから生命倫理や環境倫理を副専攻にしておけ、と。それはまったくそのとおりだし、私自身も副専攻を持とうと努めているが、しかし、主要な研究分野(それは典型的な「制度」である) は単に放置されていくばかりではないか。
制度の脱構築、それは何も抽象的なことではない。制度を揺さぶるということである。「制度」内で自明視されている事柄がある。例えば、西洋の有名な研究者をお呼びし、お話を拝聴し、お客様として下にも置かないもてなしをする…。昨年行なったシンポでは、逆に、日本人の仕事を真っ向から対置し、同じ研究者として共に研究を行なっていこうという姿勢を示そうと試みた。
また例えば、西洋哲学研究がもつ無意識の「西洋中心主義」イデオロギーがある。私たちは知らず知らずのうちに思想雑誌・研究誌を西洋人の名前のものから読み、アジア人やアフリカ人のものを後回しにしていないか。他の国の人々が私たち日本人の研究を読むのを後回しにすることを自分でアシストするような論理に、自分自身無意識に加担してしまってはいないか…。ここに「東アジアにおける研究の過去の蓄積を現時点で検証し、未来に向けてネットワークを構築する」という視点を持ち込む。これが今年度シンポの戦略である。
また例えば、「西洋中心主義」は、西洋哲学研究の分野においては、実は「英・独・仏中心主義」にほかならない。まず世界へと開き(2007年)、次に自らの拠って立つ場(東アジア)を見つめ直した後で(2008年)、世界の拠って立つ場を見つめ直す(2009年)。国際シンポが「主要」な、「欧米の大国」ばかりで構成されないようにすること。絶えず世界の布置を強調すること。来年度シンポはその理論的実践(pratiques théoriques)となるだろう。
こういった試みは、これまでの日本における研究の蓄積から考えれば十分可能なことであったのだが、これまでインパクトを持った形で試みられてこなかった。もちろんこれで展望が開けるという保証はどこにもない。また、たしかにこの種の試みは一歩たりとも「制度」の外側に出ていくものではない。だが、どれほどささやかな試みと映ろうと、これは一つの理念的な実践(の批判)であるとともに、生き残りのための現実的な対策でもあるのであり、そして「制度」の内側から制度を撃つ「批判」なのである。
哲学は、単純化された二項対立の罠をかいくぐることのできる、反時代的(イナクチュエル)なものでなければならない。新しさには目新しさと共にいつまでも褪せることのない新しさがあるように、パフォーマティヴには、ショートリターンのパフォーマティヴと、来たるべきパフォーマティヴがある。私の考える「大学の脱構築」は、現在の状況にあっては、明確に後者に与するものである。
また、こういった試みと無関係ではないので、次の情報にも注意を喚起しておきたい。
科学研究費補助金研究成果公開促進費「学術図書」に関する要望
*
学問を取り巻く環境は常に動いている。現在のような状況の中では、《両面作戦》をとらねばならない。
一方では、「レイプを傍観している者はレイプに加担しているのと同じである」と主張し、「今ここ」の重要性を強調する必要がある。人文科学の学問性・科学性を社会・政治状況からの超越・価値中立に求めることには罠があると繰り返し主張せねばならない。やじろべえの傾きを是正するただ一つの方法は、真ん中にではなく、傾きとは逆の側に重しを置くことである。これが対抗運動(contre-mouvement)の意味だ。
しかし、他方で、この「今ここ」が必ずしも「アクチュアル」である必要はない、ということは繰り返し述べておかねばならない。「現在を読み解く」のに「役立つ」哲学、といった論理には警戒が必要だ。「書を捨てよ、街へ出よう」といったフレーズが人々の耳に心地よいのは分かる。学問のジャーナリズム化・ポピュリスト的戦略はいつの時代にも表面的には勝利者である。
あるいは「書を持って街へ出よう」が青空大学や地下大学の企図なのでもあろう。また、それをそのまま実践可能な学問もあるし(ある種の社会学・心理学)、それに親和性の高い学問もある(ある種の政治学・経済学)。今日隆盛している人文科学・社会科学はいずれもこの範疇に属する。
だが、書を抱きしめ、部屋に閉じこもるという大学に特有の挙措が必ずしも反動的で保守的な身振りなのではないし、あらゆる学問が「アクチュアル」でありうるわけでもない。数学の哲学の専門家が己の専門を政治化したり、アクチュアルなものにしたりすることで問題が解決されるはずもない。
「速くあれ、たとえ場を動かぬときでも!」
「大学の非大学化」は、支配的な趨勢(大学の企業化)においても、対抗的な運動(地下大学、CIPh)においても共通した傾向である。だが、「大学の名を救う」という試みに批判的な射程があるとすれば、それは大学という「場所」に特有の「重さ」を、単に否定するのではなく、背負い投げのように、その重みを逆手にとって、ある種の「運動」と「軽み」に転じることであろう。
ここ数十年理念として奨励されてきた「学際化」は、硬直化した非生産的な「制度」の隣に、流動的で創造的な「擬似-制度」ないし「非-制度」をつくることであったと解される。CIPhやUTCPはその最も成功した例といっていいだろう。しかし、それと同時に――同時性・並行性を殊に強調しておく。「あれか、これか」ではない――、「制度」のただ中で、「哲学」という学問のただ中でどもること、哲学を外から批判するのではなく、内側から批判することの重要性もまた、強調されねばならないのではないか。
私は自らの専門であるベルクソン研究においてそれを「制度」の脱構築という形で、「運動」として実践しているつもりである。最近、専門の外に打って出ていくことばかりが強調され過ぎている気がしてならない。プラトンやヘーゲルでは食っていけないから生命倫理や環境倫理を副専攻にしておけ、と。それはまったくそのとおりだし、私自身も副専攻を持とうと努めているが、しかし、主要な研究分野(それは典型的な「制度」である) は単に放置されていくばかりではないか。
制度の脱構築、それは何も抽象的なことではない。制度を揺さぶるということである。「制度」内で自明視されている事柄がある。例えば、西洋の有名な研究者をお呼びし、お話を拝聴し、お客様として下にも置かないもてなしをする…。昨年行なったシンポでは、逆に、日本人の仕事を真っ向から対置し、同じ研究者として共に研究を行なっていこうという姿勢を示そうと試みた。
また例えば、西洋哲学研究がもつ無意識の「西洋中心主義」イデオロギーがある。私たちは知らず知らずのうちに思想雑誌・研究誌を西洋人の名前のものから読み、アジア人やアフリカ人のものを後回しにしていないか。他の国の人々が私たち日本人の研究を読むのを後回しにすることを自分でアシストするような論理に、自分自身無意識に加担してしまってはいないか…。ここに「東アジアにおける研究の過去の蓄積を現時点で検証し、未来に向けてネットワークを構築する」という視点を持ち込む。これが今年度シンポの戦略である。
また例えば、「西洋中心主義」は、西洋哲学研究の分野においては、実は「英・独・仏中心主義」にほかならない。まず世界へと開き(2007年)、次に自らの拠って立つ場(東アジア)を見つめ直した後で(2008年)、世界の拠って立つ場を見つめ直す(2009年)。国際シンポが「主要」な、「欧米の大国」ばかりで構成されないようにすること。絶えず世界の布置を強調すること。来年度シンポはその理論的実践(pratiques théoriques)となるだろう。
こういった試みは、これまでの日本における研究の蓄積から考えれば十分可能なことであったのだが、これまでインパクトを持った形で試みられてこなかった。もちろんこれで展望が開けるという保証はどこにもない。また、たしかにこの種の試みは一歩たりとも「制度」の外側に出ていくものではない。だが、どれほどささやかな試みと映ろうと、これは一つの理念的な実践(の批判)であるとともに、生き残りのための現実的な対策でもあるのであり、そして「制度」の内側から制度を撃つ「批判」なのである。
哲学は、単純化された二項対立の罠をかいくぐることのできる、反時代的(イナクチュエル)なものでなければならない。新しさには目新しさと共にいつまでも褪せることのない新しさがあるように、パフォーマティヴには、ショートリターンのパフォーマティヴと、来たるべきパフォーマティヴがある。私の考える「大学の脱構築」は、現在の状況にあっては、明確に後者に与するものである。
Monday, September 15, 2008
少子化対策と大学
最強ワーキングマザー対談(3)「日本は子供に冷たい国」より一部抜粋。
◇西原理恵子×勝間和代
西原 ところで、私、勝間さんのおっしゃることはいっこいっこ大好きなんですけど、女性が自立するために年収600万円が必要という、その目標が遠いと思うんですよ。(注 勝間さんは著書;『勝間和代のインディペンデントな生き方 実践ガイド』で、精神的・経済的に女性が自立するための条件として年収600万円以上を挙げている)まわりのお母さんを見てると300万が限界かな、と。300万でやっていく手は、なんかないすかね。
勝間 うーん、300万だと難しいのは、教育コストをどうするかです。公教育がもう少しまともになって、教育にお金がかからない仕組みになれば、300万でいいと思ってるんですね。
西原 教育でそんなにお金がかかっちゃう......。
勝間 たとえばヨーロッパですと、国立大学は基本的にタダに近いものなんですが、日本だと年間の授業料だけで50万円かかって、プラス下宿代だとか細かいことがかかる。あと、育児手当金は基本的に日本は1人月1万円ですけど、フランスだと5万円とか出るわけですよ。とにかくあまりにも日本って、子供たちに対する税金配分が少なすぎるんですよ。いま、GDP(国内総生産)比0.7%しかなくて、家族対策費というのが。ヨーロッパですといちばん多い国で4%くらいまであるんです。
西原 うわあ。
続きは毎日jpで。
◇西原理恵子×勝間和代
西原 ところで、私、勝間さんのおっしゃることはいっこいっこ大好きなんですけど、女性が自立するために年収600万円が必要という、その目標が遠いと思うんですよ。(注 勝間さんは著書;『勝間和代のインディペンデントな生き方 実践ガイド』で、精神的・経済的に女性が自立するための条件として年収600万円以上を挙げている)まわりのお母さんを見てると300万が限界かな、と。300万でやっていく手は、なんかないすかね。
勝間 うーん、300万だと難しいのは、教育コストをどうするかです。公教育がもう少しまともになって、教育にお金がかからない仕組みになれば、300万でいいと思ってるんですね。
西原 教育でそんなにお金がかかっちゃう......。
勝間 たとえばヨーロッパですと、国立大学は基本的にタダに近いものなんですが、日本だと年間の授業料だけで50万円かかって、プラス下宿代だとか細かいことがかかる。あと、育児手当金は基本的に日本は1人月1万円ですけど、フランスだと5万円とか出るわけですよ。とにかくあまりにも日本って、子供たちに対する税金配分が少なすぎるんですよ。いま、GDP(国内総生産)比0.7%しかなくて、家族対策費というのが。ヨーロッパですといちばん多い国で4%くらいまであるんです。
西原 うわあ。
続きは毎日jpで。
Monday, August 25, 2008
近況
昨年のベルクソン・シンポのアクト、とりあえず仏語版で出版予定なのだが、その編集作業。今年度シンポの準備。法政ベルクソンHPのバージョンアップ。来日するフランスの友人の講演会の設定。自分なりにテキパキこなしているつもりだが、あっという間に時間は過ぎていく。
・仏文学会で今春発表した原稿を論文にする作業。
・6月にブラジルでやった原稿のバージョンアップ。
・9月初旬にフランス政治哲学読書会でルフォール。
・9月中旬に「哲学と大学」ワークショップ。
・10月に仏語でベルクソンとデリダ、日本語で大学論と三つの締め切り。
・11月にフランス語で大学論。
・12月中旬、朝カルでベルクソンについて話させていただきます。
ベルクソンの発表はどの主題が今回のシンポに最もふさわしいかいろいろ迷っていたのだが、ベルクソンとドゥルーズとの関係に自分なりの答えを出すことにした。これに関連して、最近ふたたびドゥルーズ研究や関連書を読み始めた。
・鈴木泉、「ドゥルーズ」、中公新社版『哲学の歴史』所収、2008年。
・米虫正巳、「ドゥルーズ哲学のもう一つの系譜について」、『ドゥルーズ/ガタリの現在』所収、2008年。
・宇野邦一、『〈単なる生〉の哲学』、2005年。
ギリシャ語…続けることに意義がある。とりあえず近況でした。
・仏文学会で今春発表した原稿を論文にする作業。
・6月にブラジルでやった原稿のバージョンアップ。
・9月初旬にフランス政治哲学読書会でルフォール。
・9月中旬に「哲学と大学」ワークショップ。
・10月に仏語でベルクソンとデリダ、日本語で大学論と三つの締め切り。
・11月にフランス語で大学論。
・12月中旬、朝カルでベルクソンについて話させていただきます。
ベルクソンの発表はどの主題が今回のシンポに最もふさわしいかいろいろ迷っていたのだが、ベルクソンとドゥルーズとの関係に自分なりの答えを出すことにした。これに関連して、最近ふたたびドゥルーズ研究や関連書を読み始めた。
・鈴木泉、「ドゥルーズ」、中公新社版『哲学の歴史』所収、2008年。
・米虫正巳、「ドゥルーズ哲学のもう一つの系譜について」、『ドゥルーズ/ガタリの現在』所収、2008年。
・宇野邦一、『〈単なる生〉の哲学』、2005年。
ギリシャ語…続けることに意義がある。とりあえず近況でした。
Wednesday, August 06, 2008
子どもの今、大人の今(本当のアクチュアル)
もちろん昨日の『プロフェッショナル』宮崎駿スペシャルをご覧になった方は多いと思う。が、すみきちブログを見ている人はそこまで多くないかもしれないので、一部引用させていただく。
《そして、インタビューで、感動した話がある。宮崎さんが、世のこどもに対して、どういう大人でいたいか、という話だ。
「よく『子どもの未来は』と言う人がいるでしょう。子どもの未来はつまんない大人になることなんですよ、 決まってるじゃないですかねえ。どういう大人になるかとかいう問題じゃないんですよ。今の子どものこの期間に、何を見て、どういう体験ができるかがいちばん大事です。
僕らはそういう場所を提供することはできる。一緒にやることはできないけど、時間と場所を提供することはできるはずだって。それしかないんです。それができるときは、その瞬間にやらなきゃいけないんですよ。それを逃すとね、もうできないんですよ。
知り合いの子がこの映画の準備に入ったときに 1年生でここに遊びに来てた子が、今、もう3年生になっているんですよ。1年生から3年生の時間てものすごく長いでしょう。僕らにとってはあっという間に終わってしまった2年間だったのに。
で、その子が一年生の時ここに遊びに来たときに、『帰るのがイヤだ』ってグズついたんですよ。『僕のボロ車に乗せて駅まで送ってあげるから』と言って、ちょっと遠回りして送っていったんですけど、それでもグズグズ言っているんですよね。でね、走るなり、バーッと屋根(車の幌)を開けてあげようかと思ったんです、そうすれば気分が一遍に変わりますから。でも、雨降ってきたんですよ、バラバラと。1回開けるのは簡単だけど、閉めるの面倒くさいんですよね。それで一瞬ためらっていたら、もう駅に着いちゃったんですよ。それで『しまった!』と思いました。
そういう『しまった!』を、ずーっと持ってるんですね。あぁ、自分がエンタテイナーと言いながらね、あのチャンスに屋根を開けられなくて、『車の中、濡れるのがイヤだな』とかね、情けないことを考えた自分が情けないと。案の定ないですよ、もう。1年生の彼に屋根を開けてあげるチャンスは、あの瞬間しかなかったんですよ。
そういうときにパッとやれる人間でなきゃだめなんです、大人が。そのときに濡れるとかね、ほんと瑣末なことにたぶんためらったためにね、『いや、またあるんじゃないですかチャンスは』とみんな言いますけど、ないんです。あとでわかるんですよね、『しまった』と(苦笑)。ほんとに悔しいですよね。パッと開けられなかった、その自分が。濡れたっていいじゃんというね。『うわっ濡れる』と大騒ぎしながら走りゃいいんですよね。なんでそれができなかったんだろうと」
続きはすみきちブログでどうぞ。
《そして、インタビューで、感動した話がある。宮崎さんが、世のこどもに対して、どういう大人でいたいか、という話だ。
「よく『子どもの未来は』と言う人がいるでしょう。子どもの未来はつまんない大人になることなんですよ、 決まってるじゃないですかねえ。どういう大人になるかとかいう問題じゃないんですよ。今の子どものこの期間に、何を見て、どういう体験ができるかがいちばん大事です。
僕らはそういう場所を提供することはできる。一緒にやることはできないけど、時間と場所を提供することはできるはずだって。それしかないんです。それができるときは、その瞬間にやらなきゃいけないんですよ。それを逃すとね、もうできないんですよ。
知り合いの子がこの映画の準備に入ったときに 1年生でここに遊びに来てた子が、今、もう3年生になっているんですよ。1年生から3年生の時間てものすごく長いでしょう。僕らにとってはあっという間に終わってしまった2年間だったのに。
で、その子が一年生の時ここに遊びに来たときに、『帰るのがイヤだ』ってグズついたんですよ。『僕のボロ車に乗せて駅まで送ってあげるから』と言って、ちょっと遠回りして送っていったんですけど、それでもグズグズ言っているんですよね。でね、走るなり、バーッと屋根(車の幌)を開けてあげようかと思ったんです、そうすれば気分が一遍に変わりますから。でも、雨降ってきたんですよ、バラバラと。1回開けるのは簡単だけど、閉めるの面倒くさいんですよね。それで一瞬ためらっていたら、もう駅に着いちゃったんですよ。それで『しまった!』と思いました。
そういう『しまった!』を、ずーっと持ってるんですね。あぁ、自分がエンタテイナーと言いながらね、あのチャンスに屋根を開けられなくて、『車の中、濡れるのがイヤだな』とかね、情けないことを考えた自分が情けないと。案の定ないですよ、もう。1年生の彼に屋根を開けてあげるチャンスは、あの瞬間しかなかったんですよ。
そういうときにパッとやれる人間でなきゃだめなんです、大人が。そのときに濡れるとかね、ほんと瑣末なことにたぶんためらったためにね、『いや、またあるんじゃないですかチャンスは』とみんな言いますけど、ないんです。あとでわかるんですよね、『しまった』と(苦笑)。ほんとに悔しいですよね。パッと開けられなかった、その自分が。濡れたっていいじゃんというね。『うわっ濡れる』と大騒ぎしながら走りゃいいんですよね。なんでそれができなかったんだろうと」
続きはすみきちブログでどうぞ。
Sunday, August 03, 2008
Names of imagination
あっというまに8月である。事務作業をこなすだけで精一杯の日々が続き、自分の研究に取り掛かれないでいた。早めに立て直していかないと、8月もあっという間に終わってしまう。
最近は、宇野邦一、『「単なる生」の哲学』(平凡社、2004年)を読んでいる。これは秋のベルクソン・シンポのため。
少し前から読み返しているのが、サリスの幾つかの本。これはMM読解の深化のため。
《カントにとってもまた、imaginationは自然と自己の両方、外的・内的な表れの両方の側から、感覚を超えるものである。あるいはむしろ、感覚を超えるものが、カントによってEinbildungskraftと呼ばれているというべきか。正確を期すのであれば、Einbildungskraftはforce of imaginationと訳されるべきであって、あるいは少なくとも、単にimaginationと言われる場合には省略的に訳されているのだということが注意されている必要がある。EinbildungskraftやEinbildung(さらにはPhantasie)といった語と並んで、ドイツ語にはラテン語形のImaginationもあり、imaginationをめぐる様々な名の布置が(VorstellungsvermögenとかDarstellungskraftといった他の語との関係においても)展開されている以上、この事実を無視して、ラテン語系の諸言語や英語に単純にマッピングするわけにはいかない。》
想像力、構想力、イマジネーション、これらが同じ事態、同じ現象を指していることがあたかも自明であるかのように。
「事柄自体を議論する」、たしかにそれが最も大切なことだ。だが、事柄自体の議論に取り掛かるためには、「名」の問題、言語の問題に同時に取り組まねばならない。大哲学者の重要概念は皆、少なからずそのような知的格闘の痕跡を残しているのではないのか。
最近は、宇野邦一、『「単なる生」の哲学』(平凡社、2004年)を読んでいる。これは秋のベルクソン・シンポのため。
少し前から読み返しているのが、サリスの幾つかの本。これはMM読解の深化のため。
《カントにとってもまた、imaginationは自然と自己の両方、外的・内的な表れの両方の側から、感覚を超えるものである。あるいはむしろ、感覚を超えるものが、カントによってEinbildungskraftと呼ばれているというべきか。正確を期すのであれば、Einbildungskraftはforce of imaginationと訳されるべきであって、あるいは少なくとも、単にimaginationと言われる場合には省略的に訳されているのだということが注意されている必要がある。EinbildungskraftやEinbildung(さらにはPhantasie)といった語と並んで、ドイツ語にはラテン語形のImaginationもあり、imaginationをめぐる様々な名の布置が(VorstellungsvermögenとかDarstellungskraftといった他の語との関係においても)展開されている以上、この事実を無視して、ラテン語系の諸言語や英語に単純にマッピングするわけにはいかない。》
想像力、構想力、イマジネーション、これらが同じ事態、同じ現象を指していることがあたかも自明であるかのように。
「事柄自体を議論する」、たしかにそれが最も大切なことだ。だが、事柄自体の議論に取り掛かるためには、「名」の問題、言語の問題に同時に取り組まねばならない。大哲学者の重要概念は皆、少なからずそのような知的格闘の痕跡を残しているのではないのか。
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