Thursday, April 11, 2013

4/12 オリヴィエ・ヴィヴィオルカ講演会「フランスにおける第二次世界大戦の記憶:ステイクとアプローチ」

日時:2013年4月12日(金)16:20-18:30

場所:日本大学文理学部 本館1階B会議室(アクセスは下記URLを参照のこと)

http://www.chs.nihon-u.ac.jp/access/

オリヴィエ・ヴィヴィオルカ氏講演会

「フランスにおける第二次世界大戦の記憶:ステイクとアプローチ」

La mémoire de la Seconde Guerre mondiale: enjeux et approaches

講演(90分) 16:40~17:50

休憩 17:50~18:00

質疑応答(30分) 18:00~18:30
*仏語講演、日本語通訳付き

主催:日本大学文理学部人文科学研究所〔総合研究費〕
「東アジアの情報統制と地域間・メディア間における
 テキスト変容に関する総合的研究」


オリヴィエ・ヴィヴィオルカ氏(Professeur, Olivier Wieviorka):

フランス学士院(Institut Universitaire de France)メンバー。カシャン市のフランス国立高等師範学校(ENS)歴史学教授。独軍による占領期(1940-1944年)レジスタンス運動や1944年の同盟国による上陸作戦の著名な専門家であり、この研究テーマに関して最も影響力をもつと称される書籍『Histoire du Débarquement』(ノルマンディー上陸作戦の歴史)や、『Une certaine idée de la Résistance. Défense de la France : 1940-1949』(レジスタンス運動に対する一種の考え方。1940-1949年にわたるフランス防衛とは)など、数多くの学術論文や書籍を著している。20世紀の社会・政治・軍事史を専ら取り扱う『Vingtième Siècle』学術誌の編集長でもある。


講演概要:

フランスにおける第二次世界大戦の記憶は、その後の、政治家の言説を何度か左右させたほどの非常に熱い課題である。というのも、「戦争の記憶」と言われるものは以下の三つの体験と関わっているからだ:①戦争経験そのもの(但し、フランスが参加した作戦は1940年5〜6月と1944年6月〜1945年2月 という短期間である);②長くて痛ましい占領経験;③権力主義のヴィシー政権の経験。その後、フランスは国家として均質な歴史解釈を試みたが、戦争の記憶 には上記の三つの異なる層が存在する為に、「沈黙の年月」に対する政治的な思い出に関しては、しばしば葛藤が起こった。また、第二次世界大戦の思い出は、国内ではフランス人をして葛藤させ対立させるのだが、不思議なことに国外レベルとなると、フランス人をしてドイツ人と団結させるのである。なぜなら、実施された「記憶の政治」がナショナリズムを煽動するためではなく、むしろ宿敵だった国民を近づけさせるためのものだったからである(仏独和解は記憶の積極性 をもっともよく表す事例である)。

Tuesday, April 09, 2013

4/20 フローランス・ケメックス講演会「政治と生権力――われわれは生の政治を必要としているか」@明治大学


▶Conférence à Meiji Univ
Intervenant: Florence Caeymaex
Date/Heure:Sam 20 avril/ 16 :00-18 :30
Lieu : Salle 1075, Liberty Tower, Surugadai Campus, Meiji Univ.
Thème : Politique et biopouvoirs : avons-nous besoin d’une politique de la vie ?
Langue : français (avec la traduction japonaise)

フローランス・ケメックス講演会
日時:4月20日16時ー18時半
場所:明治大学リバティタワー1075室
題目:「政治と生権力―われわれは生の政治を必要としているか」
言語:フランス語、通訳有り

4/16 シンポジウム「進化論と目的論」@法政大学


▶Colloque à Hosei Univ.
Intervenants : Thierry Hoquet, Taizo Kijima
Date/Heure : Mar 16 avril/18h30-20h30
Lieu :Salle de séminaire, 2e étage du 58’ Building, Ichigaya Campus, Hosei Univ.
Thème : The evolution and the problem of teleology
Hoquet: Darwin teleologist? The book on Orchids and the question of Design?
Kijima : Is Philo a forerunner of Darwin ? : on Epicureanism in Hume’s Dialogues.
Langue: anglais(avec la traduciton japonaise)

シンポジウム「進化論と目的論」
日時:4月16日(火)18時30分-20時30分
場所:法政大学(市ヶ谷キャンパス)58年館2階国際日本学研究所セミナー室
演題:(以下2つの提題)
チエリー・オケ(リヨン第3大学)「ダーウィンは目的論者か.ランについての論考とデザインの問題」
木島泰三(法政大学)「フィロはダーウィンの先駆者か―ヒューム『自然宗教に関する対話』におけるエピクロス主義について」
言語:英語(日本語通訳がつきます)

4/14 エラスムス・ムンドゥス〈ユーロフィロソフィ〉シンポジウム@大阪大学


▶Colloque à Osaka Univ
Intervenants: Rocco Ronchi, Florence Caeymaex, Ciprian Jeler
Date/Heure : Dim 14 avril/ 13 :00-18 :00
Lieu : Salle1, University Hall, Suita Campus, Osaka Univ.
Programme :
Ciprian Jeler : Pouvoir foucaldien et sélection naturelle.doc
Rocco Ronchi : L’acte du vivant --La vie dans le miroir de la philosophie spéculative (Aristote, Bergson, Gentile)
Florence Caeymaex :Politique et biopouvoirs : avons-nous besoin d’une politique de la vie ?
Langue: francais(avec la traduction japonaise)

エラスムス・ムンドゥス・<ユーロフィロソフィ>・シンポジウム
日時:4月14日(日)13:00―18:00
場所:大阪大学会館セミナー室1(豊中キャンパス)、
言語:発表は仏語で行われます.翻訳資料・通訳あり.
講師:ロッコ・ロンキ,フローランス・ケマックス,チプリアン・ジェレル

演題:(以下3つの提題)
ロッコ・ロンキ「生命体の行為:思弁哲学の鏡のなかの生命(アリストテレス、ベルクソン、ジェンティーレ)」/
フローランス・ケマックス「政治と生権力:私たちは生命の政治を必要とするのか?」
チプリアン・ジェレル「フーコー的権力と自然淘汰」

講演内容:EU圏の第一線で活躍する哲学者たちによる講演です。講演はフランス語で行われます。翻訳資料を配布、通訳もおりますので是非参加して、知や問題意識の共有・交換を楽しんでいただければと思います。 

※https://55099zzwd.coop.osaka-u.ac.jp/daigaku-hall/
※どなたでも自由に参加できます。

4/11 ジャン・ガイヨン講演会「生命を定義する」@大阪大学


▶Conférence à Osaka Univ
Intervenant: Jean Gayon
Date/Heure:Jeu 11 avril/15 :00-18 :00
Lieu :Salle 303, East School House, School of Human Sciences, Suita Campus, Osaka Univ.
Thème : Defining Life: Synthesis and Conclusions
Langue :anglais (avec la traduction japonaise)

ジャン・ガイヨン講演会
日時:4月11日15時から18時まで
場所: 大阪大学人間科学部東館303(吹田)

講演タイトル:「生命を定義する」

言語:発表は英語でおこなわれます.翻訳配布、通訳付き

4/10 ロッコ・ロンキ講演会「盲目の直観――現代思想における精神分析と現象学の討論」@東大

ロッコ・ロンキ教授(ラクイラ大学)講演会
「盲目の直観――現代思想における精神分析と現象学の討論」

日時:2013年4月10日(水) 18:00-20:00
場所:東京大学駒場キャンパス18号館4階コラボレーションルーム3


司会:原和之(東京大学、CPAG)
言語:フランス語(日本語訳を配布:質疑応答は日本語通訳付)
入場無料|事前登録不要

講演者プロフィール等、詳細はこちらをご覧ください。
http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/events/2013/04/rocco_ronchi_lintuition_aveugl/

なお、本講演は今年スタートしましたプロジェクト「グローバル化時代における 現代思想―概念マップの再構築」(CPAG http://cpag.ioc.u-tokyo.ac.jp/ )が 主催し開催するものです。

Monday, April 08, 2013

4/9 ジャン・ガイヨン講演会 「酸素は機能を持つのか?」@京大


▶Conférence à Kyoto Univ.
Intervenant: Jean Gayon
Date/Heure:Mar 9 avril/ 16h30―
Lieu :Meeting Room, au rez-de chaussée du Bâtiment de la Faculté des Lettres, Yoshida Campus, Kyoto Univ.
Thème : Does Oxygen have a Function ?
Langue : anglais(sans interprétation)

ジャン・ガイヨン教授講演会
日時:2013年4月9日(火)16:30〜
場所:京都大学文学部校舎一階会議室
タイトル:酸素は機能を持つのか?
要旨:1970年代以降、生物の「機能function)」をどのように理解するかという問題は科学哲学における1つの争点となり、ダーウィン進化論への哲学的反省の深化と共に、多くの学説が提出されてきた 。主著『 ダーウィンと ダーウィン以後』以来生物学をめぐる哲学的諸問題に取り組んできたガイヨン教授は、本講演で「酸素は機能をもつと言えるか?」というミクロの極限事例、「生物個体は集団や種にとっての機能をもつと言えるか?」および「種は生態系にとっての機能をもつと言えるか?」というマクロの極限事例に現代の哲学的諸説がどう答えうるのかを診断し、錯線した問題群に鮮やかなメスを入れる。

Sunday, April 07, 2013

4/8 アンヌ・チェン「中国は普遍性を思考することができるか?」@日仏会館


某先生からのお知らせメール。ネグリに関する指摘には同意。

***

いまトニ・ネグリが来ていて、きのう土曜日学士会館で講演討論会「3・11後のマルチチュードと権力」、今度の金曜12日に国際文化会館で講演と姜尚中との対論「グローバリゼーションの地政学」があります。ショートノティスなのに、きのうの学士会館は申し込みが800人もあったそうで(定員300人強)、その人気には驚きました。理論構成は緻密さに欠けるように思いますが、左の理論家が払底しているなかで、Empire, Multitude, Commonwealthと大きな構図で現代世界を分析し、解放ないし抵抗のヴィジョンを出してくれるので勇気づけられるのでしょう。Commonwealthは共和国を意味する英語ですが、ネグリはルソーが私有財産を擁護したといってその共和国論を無視するので、ぼくは不満ですが。

[ネグリの講演会について「学士会館」と書いたのは乃木坂の「日本学術会議」の誤りでした、訂正いたします。
学術会議は日本学士院ではありませんが、いちおう「官」がやっている学術機関なので、そこにネグリを呼び入れた社会学者たちは勇気があります。2008年にはヴィザが発給されず来日が阻止された人ですから。でも80歳の年のせいか温厚で誠実な人のように見えました。以下のyoutubeで講演を聞くことができます。ただしフランス語オリジナルではなく拙訳ですので悪しからず。
http://www.youtube.com/watch?v=OBNbXU_iNQI]

このメールは、あす月曜日18時30分から日仏会館でAnne Chengコレージュ・ド・フランス中国思想史教授の講演会があることをお知らせするためです。以下にプログラムをコピーします。日中対立激しいおり、中国の伝統思想を理解するいいチャンスなので、ぜひお出かけください。
講演タイトル La Chine pense-t-elle l'universel?「中国は普遍性を思考することができるか?」

【プロフィール】
アンヌ・チャンは、現在、コレージュ・ド・フランスで中国思想史の教授を務める。思想史が専門で、とりわけ中国や近隣の文化圏における儒教の歴史に関心を持っている。『論語』の仏語訳 Entretiens de Confucius (Seuil, 1981)のほか、Histoire de la pensée chinoise (Seuil, 1997), (アンヌ・チャン著『中国思想史』志野好伸、中島隆博、廣瀬玲子訳 知泉書館 2010年)などの著書がある。

【要旨】
 普遍性の出現は、ヨーロッパにおける啓蒙主義の哲学や「理性の勝利」の産物だと一般に考えられているが、中国における普遍性は、中心から周辺へと拡散していくような文明観と強く結びついている。実際に、そうした文明観に基づいて、帝国の影響力は行使されてきた。
 この拡散する力の及ぶ地理的な範囲が「中国化した世界」だったのであり、東アジアの大部分を広く覆っている。中華帝国を自ら「文明=世界」とするような表現は、植民地主義的な列強の介入や近代日本において批判が展開される19 世紀になって初めて問題となった。そして、この中国=世界の普遍性こそが、いま現在、「大きな中国」というイデオロギーのなかで活気を取り戻しつつあるのだ。

【ディスカッサント】 中島隆博(東京大学東洋文化研究所)

Saturday, April 06, 2013

【クリップ】まずはドサ回り

九州、面白いもの見抜く力をつけなきゃダメだよ…。


***



きゃりーぱみゅぱみゅの“ドサ回り”にアーティスト村上隆が「正しい」〈週刊朝日〉

dot. 4月2日(火)16時5分配信
 世界で活躍するアーティスト・村上隆さんが、きゃりーぱみゅぱみゅの世界進出について、こんな発言をした。世界ツアーをライブハウス単位で始めていることに賛同している。

*  *  *
 僕は実は正しい海外への売り出し方なんじゃないかなって、テレビを見て思っていました。まずはドサ回りって、あれ、正しいと思います。僕もまずはドサ回りからでしたもん。日本で有名になって、向こうでその調子で安楽にやろうとしては現地の人の心に響かないんじゃないでしょうか。とにかく下から、ドサ回り。

「日本での成功を捨て、現地に来てゼロからがんばります」という、態度表明が大事でした。僕は日本では今でもドサ回りですが。トークショーをやったって、観客が10人しかいないとか。

 過去、トークショーでいちばん少なかったのは観客1人(笑)。それでも1時間話しましたよ、彼女に向かって。九州の岩田屋のイベントスペースでしたけどね。

※週刊朝日 2013年4月12日号

Friday, April 05, 2013

4/6 ジャン・ガイヨン講演会「エンハンスメント問題を巡って」@東大


▶Conférence à Tokyo Univ(1)
Intervenant: Jean Gayon
Date/Heure:Sam 6 avril/16h00-18h00
Lieu :Salle de reunion Nr1, Faculté des sciences de l’éducation, Hongo Campus, Tokyo Univ.
Thème : Autour du probleme de l’amérioration humaine
Langue :français (avec la traduction japonaise)
ジャン・ガイヨン講演(フランス語)   
司会 金森 修
2013年4月6日 午後4時から6時 
東京大学教育学部 第一会議室
要約的な通訳付き
「エンハンスメント問題を巡って」

Thursday, April 04, 2013

4/6 Séminaire Deleuze et Guattari : 6 avril, 14h-17h, ENS Ulm salle Weil


CIEPFC ENS Ulm - Har 4414 Université Paris Ouest Nanterre

Année 2012-2013

D’un mille ou mille et unième plateau ?

Guattari : écologie politique et paradigme esthétique

Samedi 6 avril 2013, 14-17 h
 Guattari sémiotiques 
Ecole Normale Supérieure
Salle Weil, 45 rue d'Ulm 


Programme de l'année  :  
Guattari : écologie politique et paradigme esthétique.


Anne Querrien, Anne Sauvagnargues



Programme des séances 2012-2013
Les séances ont lieu le samedi de 14h à 17h, à l’ENS, 45 rue d’Ulm, salle Weil (sauf le 10 novembre)
6 octobre 2012  14h-17h    Anne Querrien : Guattari
10 novembre 2012 10h-18h    Daniel Smith et Arkady Plotnistky, Purdue University, Deleuze.
8 décembre 2012 14h-17h    Antonella Corsani, Gorz et Guattari
12 janvier 2013 14h-17h
2 février 2013 14h-17h
2 mars 2013 14h-17h
6 avril 2013 14h-17h
4 mai 2013 14h-17h
15 juin 2013 14h-17h

4/5 ジャン・ガイヨン講演会 「酸素は機能をもつのか?」@法政大学


▶Conférence à Hosei Univ.
Intervenant: Jean Gayon
Date/Heure :Ven 5 avril/ 18h30-20h30
Lieu :Salle de séminaire, 2e étage du 58’ Building, Ichigaya Campus, Hosei Univ.
Thème : Does Oxygen have a Function?
Langue: anglais(avec la traduciton japonaise)

Jean CAYON(パリ第1大学教授)
主催: 法政大学
日時: 4月5日(金)1830…2030
会場: 法政大学市ヶ谷キャンパス
(58年館2階・国際日本学研究所セミナー室)

 1970年代以降、生物の「機能function)」をどのように理解するかという問題は科学哲学における一つの争点となり、ダーウィン進化論への哲学的反省の深化と共に、多くの学説が提出されてきた。主著『ダーウィンとダーウィン以後』以来生物学をめぐる哲学的諸問題に取り組んできたガイヨン教授は、本講演で「酸素は機能をもつと言えるか?」というミクロの極限事例、「生物個体は集団や種にとっての機能をもつと言えるか?」および「種は生態系にとっての機能をもつと言えるか?」というマクロの極限事例に現代の哲学的諸説がどう答えうるのかを診断し、錯線した問題群に鮮やかなメスを入れる。

*講演は英語で行われ、日本語訳がつきます。事前申し込み等は不要。どなたでもお聴きになれます。
*お問い合わせは右記まで:abko@hosei.ac.jp
*http://www.i.hosei.ac.jp/~tetugaku/erasmus/Jean_Gayon_20130405.pdf

Wednesday, April 03, 2013

4/5 アンヌ・ルフェーヴルのシモンドン論

この間紹介したKatia Genelもリールでずいぶん長い間仲間だったけれど、アンヌはそれよりさらに長い間の戦友。

5 avril : "Le contemporain" - Anne Lefebvre

Autour de Simondon et l’image

Vendredi 17h-19h
École normale supérieure
Salle Pasteur
SÉMINAIRE « LE CONTEMPORAIN »
Ce séminaire présente et discute des travaux en cours dans le champ de la philosophie française contemporaine, qu’il s’agisse d’approfondissements historiques sur les œuvres et les moments du XXe siècle, ou de tentatives nouvelles.
Chaque séance s’organise autour d’un livre ou d’un (ou plusieurs) article(s) de l’intervenant.
Il sert de base à une courte présentation par l’auteur de ses recherches – de leur ambition générale, de tel ou tel point précis, de leur méthode, etc. – puis à une discussion libre avec l’auditoire.
Le séminaire est ouvert à tous. Les séances ont lieu le vendredi de 17 à 19h au premier étage du pavillon Pasteur, 45 rue d’Ulm.

Troisième séance : le vendredi 5 avril 2013.
Anne Lefebvre parlera de ses recherches autour de Gilbert Simondon et du concept d’image, à partir d’un article qu’elle a publié dans Pli - The Warwick Journal of Philosophy, en 2012 :"Realism of the image and general praxeology in Simondon’s course Imagination and invention"
PDF - 3.3 Mo

Saturday, March 30, 2013

妬み深く、怠惰で、幼稚

最新号である『ベルクソン年鑑』第6号を、ついに実質的に日本人でジャックしてみせた。たぶん、業界以外の人々にとっては、ささやかすぎる成果と見えよう。業界内にさえ、そのことの破格さが分からない人々はたくさんいる。だからこその閉鎖性である。

もちろん村上隆ほどではないとして、私たちも2007年以来、西洋哲学研究の国際的なネットワークの「ルールを学んで二枚舌で頑張る」ということを地道に積み重ねてきた。

基本的にきわめてヨーロッパ中心主義的な体制にどうやって制度的に風穴を開けるか。日本の研究の存在を知らしめ、その意義を実質的に(外交辞令でなく)認めさせるか。『ベルクソン年鑑』第6号の序文を見てもらえれば、彼らの現状認識がはっきりわかるはずだ。

と同時に、日本の西洋哲学研究のあまりに貧相な二者択一――海外組(流行りの思想家の薄っぺらい本を訳し、訳者解説を書いて名前を売り、のしあがっていくというキャリア)か、国内組(強固なギルド組織の中で、地道にこつこつ訓詁学を積み重ねていくか)――に入らない道をいかに切り開いていくか。外国語で哲学をする国際的な研究基盤を「制度」としていかにつくっていくか。私たちはそれを考え、実現しようとしてきた。

国際シンポで言えば、私たちは旧来の「大哲学者(ないし旬の流行哲学者)を呼んでお説拝聴」式ではなく、「仲間として議論できる研究者たちと共同作業をする」式を続けてきた。もちろん、日本に紹介して意味のある海外研究者を選び、海外に紹介して意味のある日本人研究者を、ベストのマッチングでセッションに組み込む。ほとんどの人にその組み合わせの妙が分からないとしても、それなりの精度でやってきた。

エラスムス・ムンドゥスは、ヨーロッパと日本の哲学教員が、東京で、フランス語で、世界中から選抜されてきた学生たち(および日本の意欲ある学生たち)に哲学の授業を行なうという制度である。私たちはもっと日本の学生たちがチャレンジ精神をもって臨んでくれることを期待している。そのための制度である。

国際シンポなどお祭り騒ぎでしかない。エラスムス・ムンドゥスなどヨーロッパの文化政策のお先棒担ぎでしかない。そういった冷ややかな見方がずっとあったし、今もあるだろう。だが、「彼ら」のように、自分たちは何も新しいチャレンジをせず、隙あらばケチをつけてやろうと、一言居士然として見せることにいったい何の意味があるのだろう。それは「反時代的」ではなく、単なる「反動」にすぎない。

プロジェクトの最終年、私たちは守りに入るのではなく、さらなる攻めに転じる。パリで日本人主体の国際シンポジウムを開くのである。数字的にはおそらく惨敗するだろう。一昨年、福岡で苦い経験をしたように…。けれど、それでもなお、私たちは前進し続けなければならない。

以下に並んでいるのは、「経済」や「資本主義」、とりわけ「制度」を非難し決別宣言して事が済むと思っている哲学者に聴かせたい言葉ばかりである。面白かったので、全文を元のサイトでぜひ。


村上隆(下)「クールジャパンはアホすぎる」

「未来国家・日本」が抱える大問題


日本はSFの管理社会そのまんま

――日本は「未来国家」だと指摘していますが、どういう意味でしょうか?
悪い意味でです。民主化を超えたスーパーフラットな監視社会が自然発生的にでき、そのストラクチャーは草の根ゆえに強固です。成功者を妬み、引きずり下ろし、失敗をあざけり笑い、楽をしたいと思い、だらだらと生きている者たちが心の平静を保つ。
国家債務が限界を超えても、その責任を取ろうとするコンセプト1つ出てこず、大衆は文句を言い続けながら怠惰な生活を留保し続けられると信じている。(…)
――世界で勝つためにも、まず戦勝国のルールを学ぶべきだと提唱しています。
え?そんなこと言ってないです。コンテンポラリーアート界を牽引しているのは、戦勝国のアメリカとイギリスです。だからそこを学べと言っているわけであって、曲解してしまうとダメですよ。
(…)今も欧米が経済のルールを作り、改変するダイナミズムを持っているので、マイノリティがいくら頑張っても、搾取はある程度行われてしまう。それをしょうがないと思ってあきらめるか、ルールを学んで二枚舌で頑張るかのどちらかしかないですね。
マイナーな国々でも、独自のルールに誇りを持ち続けています。その国にフィットさせるためには、言語を習得するといった技術面だけでは不十分です。「相手が何を望んでいるか」を集中して考えれば、ピピッとそのフュージョン(融合)の勘所がわかるではないかと思います。
村上隆(むらかみ・たかし)
アーティスト。カイカイキキ代表

1962年、東京生まれ。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。世界のアートシーンに新しいコンセプトを提案したSUPERFLATプロジェクトは6年をかけてロサンゼルス、パリ、ニューヨークを回り、ラストとなった「LittleBoy」(NY ジャパンソサエティ/2005 年)はニューヨークの美術館開催の最優秀テーマ展覧会賞を受賞。08年、TIME マガジン<世界で最も影響力のある100人> に選出。主なコラヴォレーションにルイ・ヴィトンや六本木ヒルズ、カニエ・ウェストがある。代表的な展覧会はベルサイユ宮殿での個展「MURAKAMI VERSAILLES」(2010年)。実写映画『めめめのくらげ』シリーズやアニメ作品「6HP」など映像監督としての作品も公開されていく。

――ビジネス分野で、注目しているリーダーはいますか?

(…)先日、ある成功者の新刊本を読みました。ある章で、僕の大好きなホリエモン(堀江貴文)を批判していました。(…)日本がダメになった理由は、ああいった特異点の登場を、嫉妬の対象に仕立て上げ、経済の仕組みの欺瞞を暴くところまで到達出来なかったことだと思うので、なんか日本の経済人は、自分がよけりゃ、仕組みの歪みにまで着手するガッツがないんだなぁ~と、けっこうあきれています。で、成功譚と批判とは、おそまつです。構造改革を行う者こそ、真のリーダーであるんです。
(…)スティーブ・ジョブズの評価点は、資本主義というものを<ものづくり>に引きずりこんだことです。
日本は、<ものづくり>はすばらしいのに、資本主義に負けてしまっているわけです。だから、経済、資本主義が何かということを、もっと学校が徹底して教えるべきですよ。結局、商いをもっとリスペクトするような社会構造を作り、「商いは文化だ」という認識を浸透させないと、日本の文化は成長しません。

欲求のレベルがすごく幼稚

日本では、お金持ちになった人が、バカみたいに外車や改造バイク、複雑な時計を買ったり、芸能人と結婚したりしてしまう。それは、ブランドだからという理由において、決定している。自分の人生哲学はないわけです。他人の目を気にし続けている。欲求のレベルがすごく幼稚なわけです。
だから、儲けたおカネをどう使うかを、学校で教えたほうがいいと思う。経済的に成功したロールモデルのような人がたくさんいて、その人たちの生き方を学校で勉強するようになるといいのではないでしょうか。(…)
――最近は、政府による「クールジャパン」の政策を批判しています。
アホですよ。アホすぎて話にならない。今や、官僚になっていく人材も地盤沈下を起こし、憐れなグダグダな失態を世間に晒しています。ネットに上がっていた「クールジャパン」のビジネスストラクチャーのマトリックス図は、大学生のレポート以下でした。そんな複雑で可能性の低い事業に税金が使われていく様は、数十年前の原発村の起源発生を見るようで、虫酸が走ります。
そんな複雑なことはしないで、集英社、小学館、講談社のビック3をまとめあげ、東京に世界に冠たる、漫画博物館を造るべきです。ビック3をまとめあげるというまとめ方に、特別免税制を敷いて、美術館制作を民間に一時任せる。「ロード・オブ・ザ・リング」を造ったときのニュージーランドのとった政策にアイデアをもらっています。つまり、ハリウッドからの資金には課税せず、すべてを製作費に回したという離れ業。そのために、ニュージーランドへの観光旅行は増え、かつ、今やニュージーランドはハリウッドを超えるクリエーティブなスタジオを保有するにまで激変しました。そういう離れ業を行えるのが官ではないかと。今回の「クールジャパン」のファンドの旗振りはナンセンスです。

百歩下がって、アイデアを出すとすれば、コミコン(米カリフォルニア州で開かれる漫画など大衆文化のコンベンション)などで、国際的な漫画、アニメの賞で日本人が受賞するよう、ロビー活動をすべきです。海外で「やっぱり日本人のやっていたことは正しかったんだ」と認められるような、上手なコミュニケーションを促進する縁の下の力持ちを造り上げることです。
政府は、「AKBをシンガポールに持っていった」とか「われわれは漫画の味方ですよ」といったアピールをしていますが、正直、国内でも海外からでも、そうした行動に賞賛は皆無であるという事実に着目するべきです。
日本には、高松宮殿下記念世界文化賞などいろいろな賞があって、外国人に賞を上げています。それは国際交流としてはいいことです。ただ逆に、国際社会の中で、日本人が評価されるという舞台もあるはずです。そういう国際的な賞を、たとえば、任天堂のゼルダを創った宮本茂さんが受賞するといった例を作らないとまずい。日本人が日本人を表彰する自画自賛では駄目です。
とにかく無責任な日本人をゆとり教育が大量発生させてしまった後始末を、多くの気概ある日本人がアタックせねばならない。それを言いたかったとも言えるのです。
(撮影:尾形文繁)

フランスにおけるピルの現状

昨年フランスでは結婚について大規模な議論が巻き起こった。
今年フランスではピルについて混乱が生じている。
だが、忘れないでおこう。日本はそのはるかに後方を、しかも後ろ向きに進んでいる…。

ピルの歴史も知らない者が生の哲学について語るべきではない。

Sciences
Les pilules contraceptives avec Israël Nisand
avec Israël Nisand, Professeur de Gynécologie Obstétrique à l’Université de Strasbourg (Unistra) et Chef du Pôle de Gynécologie obstétrique au CHU de Strasbourg.

レフェリー辞退

某国のとある国際的な哲学雑誌のレフェリーを頼まれた。光栄なことであり、知的責任を果たさねばと一週間思い悩んだ。

が、今年はもうすでに十分疲れている。

教育では、授業が前期だけで9つ(同じものは一つもなく、語学の授業もない)。エラスムスでの講義も馬鹿にならない労力。学内業務は○×委員や△□の代表、様々な事務作業。学会では学会誌編集委員。研究では、いろいろな著書・論文・翻訳。シンポやWSでの発表。国際シンポのみならず、学会の開催準備もあるし…。

というわけで、レフェリーを引き受けるべきだとは思ったが(主題もまさに私が引き受けるべきものだったが)、昨日丁重にお断りをした。第一線で活躍されている方々は、皆さんもちろん私等よりはるかに重い職責を果たされつつ軽々と活躍されているので、やっぱりすごいと尊敬の念を新たにします…。


本に少しでも邁進せねば!

Friday, March 29, 2013

【クリップ】就活解禁、4年生の4月に

喜ばしい一歩前進である。だが、よく指摘されているとおり、問題は、「新卒採用」という日本企業の神話であり、大学の近年の「就職」重視戦略である。何度でも言う。企業は速やかに新卒採用偏重をやめ、キャリアに応じた柔軟な採用戦略に舵を切ったほうがよいし、大学はキャリア支援を自らの体制の中に適切に位置づけるとともに、社会や企業に対して、自らの存在意義を明確に発信していくべきである。

現今の、特に私立大学には、「キャリアサポート」「キャリアデザイン」「キャリア戦略」なるものを過剰に重視することで、少子化で先の見えない学生数確保につなげたいという思惑が見える。大学進学を考える高校生、その親たちが、大学を選ぶ際の指針として、「就職率」なる数値に注目する傾向が高まって久しいため、大学側も、そのような「ユーザー」の目線を意識し、「早期からのキャリア教育」をメニューとして用意するようになってきているのである。

だが、高校生やその親が「就職率」を基準に大学を選ぶこと、現今の大学が「新卒で就職させる」ことを自らの至上命題とすることは、本当に理に適っているのだろうか?

1.就職率より離職率のもつ意味を考えるべき

まず、きちんとした現状認識をもつことから始めよう。「七五三現象」という若年者の早期離職現象がある。厚生労働省の「新規学卒就職者の在職期間別離職率の推移」によれば、中卒の7割、高卒の5割、大卒の3割が、3年以内に辞めている。

こういうとすぐに「最近の若者は…」といった声が聞こえてきそうだが、実はほぼ二十年近くこの数字は変わっていない。その前の十年ほどを遡っても、数パーセント低い程度で、劇的な変化はない。離職率の変化は、「学生の多様化も要因の1つではありますが、就活年度の求人倍率に大きく左右されていることが分かります。求人倍率が高いと早期離職率は低く抑えられ、求人倍率が低いと早期離職は高くなる、というわけです」という指摘があることも言い添えておこう。

《離職理由では、企業と学生の「ミスマッチ」を指摘する声が多くあります。求人倍率が高ければ、学生は多くの選択肢の中から企業を選ぶことができます。そのため、結果的に「ミスマッチ」が解消され、離職率が低くなるのでしょう。
この「ミスマッチ」解消のために、大学でもさまざまな取り組みが行われています。しかし、どんなにマッチング精度を高めても、3割程度の早期離職はなくならないのではないか。そう考えています。
新卒採用は、仕事経験のない求職者(学生)を仕事能力で評価するという矛盾した採用です。彼らが語る言葉や態度からさまざまなサイン読み取り、仕事能力の有無をイメージし、判断しなくてはなりません。それは、学生側にも言えることです。どれだけ入念に企業を調べたとしても、入社後のリアリティショックを完璧に回避することは難しいでしょう。
入社後、互いの価値観や能力を確認し合う一定期間に、一定数の離職者が発生する。それは、新卒採用の構造的宿命のように思います。》(ちなみに、このコラムの執筆者平野恵子さんのエッセイにはうなずかされるものが多かった。一読をお勧めしておく。)
ここから出てくる素朴な疑問は、「3割が3年以内に辞めてしまうものに、大切な大学4年間を費やしていいのか」である。「4年間」と書いたのは、大学によっては、入学してすぐに「キャリア教育」がスタートするからだ。

したがって、キャリア教育は重要であるし、行なうべきだと思うが、その位置づけを見誤ってはならない。大学の基本はあくまでも学術的な教養教育および専門教育である。

2.マークシート式テストで「社会人基礎力」は測れるのか?

もちろん、大学在学時のあらゆる就職活動が無意味だというのではまったくない。就職を意識して、身だしなみや振る舞い、言動、礼儀や社交を変えていくことは大切だし、就職しようとする会社について調べ、自分のアピールポイントを探し、それらすべてを一つの「戦略」にまで高めていくことはとても意味のあることだと思う。

だが、大学がキャリア支援と称して行なっているものの中には、就職関連会社が開発した記号式のテストを受けさせること、その対策として模擬試験を受けさせることが少なからぬ比重を占めている。試験の内容はと言えばたいていは、試験さえ終わってしまえば、日常生活で決して使うことのない小手先の暗記物である。

大学で行なっている教育は役にたたないと批判する人々が、キャリア支援のためのSPI試験対策を称揚するのは矛盾している。そういう人々には、SPI試験がいかなる意味で、学生たちがこれから数十年を生き抜いていくために、大学の通常の教育以上に役に立つのか説明してもらいたい。

基本的な知識の欠落を補うというその限りで、SPI試験にも一定程度の意味はあると思うが、それ以上のものではない。つまり全国の大学がこぞって血道を上げるようなものではない。一部の「人気企業」が面接業務を簡略化するため以外に、本当に日本の若者の教育と雇用に役立っているのだろうか。

もちろんこの問いは、センター試験にも向けられる。マークシートで大学で必要な「活きた知性」は測れるのか?そうでないなら、答え自体は見えなくとも、答えを出すべき方向性はもう見えている。

3.大学の存在意義

ここで最後にもう一度強調しておくが、以上のエッセイは、大学におけるキャリア支援に反対しているのではない。むしろ逆で、大学の中にキャリア支援を適切に位置づけるべきであり、そのためには現在進行中の事態に対するもう少し冷静な原理的考察が必要だと言っているのである。

いずれにしても、就職活動を大学の存在意義の根幹に据えるのは重大な方向性の誤認である。就職説明会があるからという理由で学生が授業を休むことを承認したり、SPI試験をゼミ活動に強制的に取り込ませようとするのは、大学にとって大切なものを見失っていると言わざるを得ない。

早晩辞めるかもしれない会社にとにかく就職する(させる)ために、大学を選ぶ(選ばせる)のは間違っている。大学は、4年間かけて、就職活動をしたり、就職活動のための小手先の暗記を必死にやる場所であるべきではない。

大学は、就職した会社が倒産しようが、そこから早期離職しようが、その後数十年の残りの人生を心豊かに生き抜いていけるように準備をするための場所であるべきではないだろうか。

大学は単なる「会社に入るための入り口」ではない。そうでもありうるが、それが目的ではない。「豊かな教養と市民としての自覚をもった人間」を育てること、それが目的である。

日本の社会においてその意義を大きく見損なわれているのは、「心豊かに生きる」というときのその「豊かさ」の質である。大学はそこにおいてこそ真の貢献をするのだ。



就活 4年生4月解禁 政府、経団連に憲章改定要請へ

産経新聞 3月28日(木)7時55分配信
就活 4年生4月解禁 政府、経団連に憲章改定要請へ
大学(学部)卒業者の就職先産業別構成の状況(写真:産経新聞)
 政府は27日、大学生の就職活動の解禁時期を現在の3年生の12月から、4年生の4月に変更するよう経済界に要請する方針を固めた。具体的には、経団連に対し会員企業に早期採用の自粛を呼びかけている「倫理憲章」の改定を求める。就職活動に奪われていた時間をキャリア育成や専門教育に振り向け、即戦力となる社会人を育てる狙いがある。6月にまとめる成長戦略にも反映させる。

【大学ウオッチャー大予想】“氷河期”でもお買い得な30大学

 現在、大学の新卒生を対象にした企業説明会や会社訪問の解禁は3年生の12月となっている。これを4年生の4月に遅らせ、面接や筆記試験の選考については4年生の8月以降とする。平成27年度入社の採用からの実施を目指す。大学3年生が就職活動に追われることで、大学生の学力低下が起きていると指摘されている。春に海外留学から帰国した学生が国内企業の採用試験に間に合わないなどの問題も出ていた。文部科学省幹部は「現状では学生生活の1年半近くを就職活動に使うことになる」としている。

 政府の産業競争力会議(議長・安倍晋三首相)や「若者・女性活躍推進フォーラム」(座長・甘利明経済再生担当相)でも大学3年生からの就職活動が問題視され、対応が検討されていた。政府は、教育再生実行会議で就職活動の後ろ倒しを生かした人材育成強化策も議論する予定だ。キャリア教育、留学支援を予算措置も含めて検討し、留学生数(約5万8千人)の12万人への倍増を目指す。公務員採用試験の時期も見直す方針だ。ただ、外資系企業は経団連の「倫理憲章」に縛られないほか、大手企業の後に採用が本格化する中小企業にとっては人材確保の期間が狭まるという課題が生じる。

【用語解説】経団連の「採用選考に関する企業の倫理憲章」

 経団連が会員企業に早期採用の自粛などを呼びかけた自主的取り決め。就職活動の過熱化を是正するため、平成23年に解禁時期を2カ月遅らせ3年生の12月に改定した。正式内定日は改定前から4年生の10月以降。

Thursday, March 28, 2013

Katia Genel, "Autorité et émancipation. Horkheimer et la Théorie critique"

リール時代の友人の博論が本になったので、宣伝しておきます。この間パリの本屋で偶然見かけて買ったのですが、その後、たまたま日本に私的に来るというので、連絡がありました。日程が合わず会えないことになりましたが、いずれ今度は公的に来日し、講演でもしてもらえればと思っています。今はパリ第一大学で教えているようです。


Autorité et émancipation |  Katia Genel
Horkheimer et la Théorie critique


Genre : Philosophie
Collection : Critique de la politique
Grand format  | 448 pages.  | Paru le : 06-02-2013  | Prix : 25.00 €

GENCOD : 9782228908443  | I.S.B.N. : 2-228-90844-4
Editions : Payot

L'autorité et l'autoritarisme font l'objet d'une réflexion constante, bien que souvent inaperçue, dans ce qu'on a appelé "l'école de Francfort". Des années 1930 aux années 1940, elle est présente dans les écrits de l'ensemble des penseurs de la première génération : Horkheimer, Adorno, Fromm, Marcuse, Pollock, Löwenthal, ou encore Benjamin, Neumann, Kirchheimer. En analysant les phénomènes de servitude volontaire, de soumission à un chef, d'autorité dans la famille et dans la culture de masse, tels qu'ils se manifestent sous leurs yeux, les théoriciens critiques s'intéressent en fait aux différentes formes que peut prendre l'intériorisation de la domination sociale. Leur critique de l'autorité fait apparaître les facteurs psychiques, sociaux et politiques qui assurent la reproduction d'un ordre social irrationnel et barrent la voie à l'émancipation.
Prenant les écrits de Horkheimer comme point d'entrée dans le problème de l'autorité, l'ouvrage de Katia Genel étudie l'ensemble des débats menés par les théoriciens de l'Institut de recherche sociale. A travers le thème de l'autorité, traité tout au long de ces années de manière interdisciplianire, se dessine ainsi un visage de "l'école de Francfort" différent de celui que l'on a coutume de présenter. Ces analyses éclairent la thèse d'une connivence entre raison et domination présente dans la Dialectique de la raison ; elles constituent en un sens le laboratoire de la théorie de la domination qui s'y trouve développée, et en montrent toute la complexité.
Comment penser la transformation de la société quand la psychanalyse nous dévoile des êtres pulsionnels attachés à l'irrationalité de l'ordre existant ? Quels sont les facteurs  politiques et juridiques qui entravent ou au contraire favorisent l'autonomie psychique des individus ? Et quelle est la possibilité même de la critique lorsque l'autoritarisme affecte la pensée et que la théorie elle-même perd toute autorité ? C'est à partir de cette triple perspective qu'il convient de repenser les conditions de l'émancipation.

【ラジオ】1932年フランスのある若手女性教員


Institution
Lucette, jeune professeur
Lucette, jeune professeur
Des lettres et des photos décrivent les premières années de Lucette, jeune professeur, à Arras dès 1932... Dans une série sur les fonctionnaires, "la Fabrique de l'histoire" raconte les femmes et les enseignants de l'entre-deux-guerres, leurs différences et points communs avec aujourd'hui.
Histoire des fonctionnaires 2/4 15
26.03.2013 - 09:06 
« Le charme du plaisir intellectuel, c'est qu'il est solide »
Lucette Lejeune, lettres d'Arras (1932-1938)

Un documentaire de Stéphane Bonnefoi, réalisé par Véronique Samouiloff

Lucette Lejeune © MARTINE SONNET
La petite histoire de ce documentaire s'ouvre en 1987, lorsque Martine Sonnet hérite, d'une tante qu'elle ne connaît pas, d'un corpus de 73 lettres et d'un collier. L'historienne refuse le collier mais accepte les lettres, centrées sur les six premières années d'enseignement d'une jeune professeur du collège de jeunes filles d'Arras : Lucette Lejeune. Martine Sonnet, touchée par la singularité de cette correspondance, attendra la disparition des deux sœurs de Lucette pour partir à sa recherche...
Sous le vernis d'une jeune fille provinciale de 21 ans qui écrit à sa « chère maman », affleure le portrait d'une enseignante pleinement engagée dans sa profession. Ambitieuse, Lucette s'inscrit dès sa première année de cours à l'épreuve de l'agrégation masculine de lettres. Elle est alors la seule femme de l'académie de Lille.
Lucette, qui n'ignore rien de la difficile condition des femmes diplômées de son temps, est prête à demeurer célibataire pour parvenir à ses fins...


Avec Martine Sonnet, historienne et parente éloignée de Lucette, Marlaine Cacouault, sociologue, spécialiste des femmes professeurs, André Chervel, historien de l'enseignement et Adeline Liébert, professeur agrégée de lettres au lycée Gambetta d'Arras.

Lecture des lettres de Lucette Lejeune : Bernadette Appert.
Merci au théâtre d'Arras, à la Voix du Nord et à l'Avenir de l'Artois.

Production : Stéphane Bonnefoi
Réalisation : Véronique Samouiloff
Prise de son : Yann Fressy et Thomas Robine
une lettre de Lucette Lejeune à son père et à sa soeur (17 octobre 1932) © MARTINE SONNET
le collège de jeunes filles d'Arras dans les années 1930 © DR

























Lucette Lejeune © MARTINE SONNET
Lucette Lejeune © MARTINE SONNET
Thème(s) : Histoire| Education| Institution