Friday, April 08, 2005

哲学の翻訳、翻訳の哲学

G.W. Leibniz, L’Harmonie des langues, présenté, traduit et commenté par Marc Crépon, édition du Seuil, coll. "Points", 2000.

何度確認しておいてもよいことだが、どんな書物も状況の産物fruit de circonstancesである。状況の産物でないような、いかなる書物もない。

本書もまた、「哲学における翻訳の重要性」という、より大きなテーマに連なる状況の産物である。本書は、Seuilという人文系大手出版社の売れ筋文庫Pointsの、Essaisというシリーズ(série)の一冊として刊行されているが、最も重要な書誌情報は、「この著作は、アラン・バディウとバルバラ・カッサンの監修下で刊行されている」という一文である。同じSeuilに、Ordre philosophiqueという別の叢書をもっている(例えば、ドゥルーズのベーコン論『感覚の論理学』の簡略版はこの叢書から刊行された)この二人は、明記されているわけではないが、どうやらEssaisの中に「シリーズの中のシリーズ」とでも言うべき、自分たち専用のシリーズを持っているようである。

バディウとカッサンのこの「シリーズ」の特徴は、重要な哲学的テーマに関するテクストを対訳版で、関連資料や語彙を付して提供することにある。例えば、ハイデガーが取り上げなおした中世存在論の枢要概念に関するトマス・アクィナスとフライベルクのディートリヒの決定的なテクストに、中世哲学の第一人者アラ ン・ド・リベラが解説を付した『存在と本質』(1996年)。あるいはまた、現代フランスを代表する政治哲学者バリバールが、近代認識論の祖ジョン・ロックの『人間悟性論』のとある一章とその仏訳に、近代西洋哲学全般を規定する「意識」と「自己」という概念の創出を見て取ろうとする『自己同一性と差異』(1998年)。他にも、パルメニデスの希仏対訳、スピノザの羅仏対訳、ルターやシュライエルマッハー、ニーチェの独仏対訳、ベンサムの英仏対訳などがある。

「オリジナルのテクストをとにもかくにも自分で、原語で、読む。現在の日本の思想界に最も欠けていると思われるこの誠実な態度が、フランスでは当たり前のように、現在第一線で活躍する哲学者たちの号令の下に、大手人文系出版社の、しかも文庫本で出版される、という形で実行されている」といった形の問題提起をすれば、「事態を誇張しすぎている」といった反駁の声が確実にあがるであろう。だが、日本の事態の深刻さを指摘するのは簡単だ。皆さんが廉価で入手しやすい代表的な哲学書の対訳版を一つでも挙げてくださることができればそれでいいのである。たった一つでも!

学部生時代から極端な専門化の一途をたどり、アリストテレス専門家はデカルトを知らず、デカルト研究者はフッサールを知らず、フッサール学者はネグリを知らない、という「哲学の縦割り行政」は根本的な問題の一つであるが、ここではそれが専門言語の一本化・秘教化として姿を現しているのである。

1)専門言語の一本化 「君はギリシャ語も読めずにアリストテレスを論じるというのかね」という哲学教師の嫌味を私は不当だとは思わない。それは至極まっとうな意見であり、語学のできない哲学者は心を入れなおして、真摯に語学の勉強に取り組むべきである。

しかし他方で、対立が「語学のできない表層的なゼネラリストか(現代思想家に多い)、特定の語学はできるが広範な視野を持たない専門家か(各分野の哲学者)」というレベルにとどまってしまうならば、それはきわめて不毛だと言わざるを得ない。そして、残念ながら、このレベルを超えた状況に今の日本がいるとは到底言えない、ということは最低限どんな立場の哲学者でも認めるところであろう。なぜなら私たちの国の哲学institutionは言語教育の重要性を看過するようにできているからである。これが次の問題、すなわち私が「専門言語の秘教化」と呼ぶ問題である。

2)専門言語の秘教化 「君はドイツ語も読めずにカントを論じるというのかね」という哲学教師の嫌味を私は不当だとは思わない。それは至極まっとうな意見であって、語学のできない哲学者とは端的にナンセンスである。

しかし他方で、現在の日本の哲学のinstitutionには、言語的なトレーニングを与える場が決定的に不足している。外国語で哲学の授業を行なう外国人教師がほとんどおらず、外国語で論文を書く習慣もない状況で、学生たちはどうやって哲学のツールとしての外国語(それは一般的な外国語の修練とはかなり異なる)の訓練ができるというのか。一部の意識ある学生たちが「手弁当で」「竹槍で」やるしかない状況なのです、残念ながら、と悲しげに首を振り微苦笑を浮かべつつ、大先生たちはおっしゃる!また、とりわけ哲学科においては、海外で修行を積んだ者が必ずしもより高い評価を受けるとは限らず、小判鮫よろしく先生の後ろに密着していた者が教授になるという不可解なる「人事慣習」が横行していないとも限らない。

マルクスをもじって言えば、意識が制度を規定するのではなく、制度が意識を規定するのである。必要は発明の母である。制度なしに大学における哲学が存在し得ないならば、「必要悪」としての制度をせいぜい活用しなければならない。したがって重要なのは、学部における外国語の習得をより本格化させ、哲学研究の根幹に「言語」を据えると同時に、大学院入試により高度の語学能力を要する試験を導入することだ。生き残りをかけて必死な大学の哲学科が安易な簡素化に生存の希望を託すようなことがもし万が一あれば、後で悔やんでも悔やみきれない禍根を残すことになるだろう。だが、私たちの政府は目先の帳尻あわせを優先し、国の宝であるべき国立大学を天下り官僚という「解体業者」たちに売り払ってしまった。こんな重大な過誤を見過ごした国民は自分の子孫たちがツケを支払わされる羽目になるということを十分に意識しているのであろうか。

専門研究にあまりにも入り込みすぎた結果、それ以外のものが見えなくなってしまった痛ましい研究者たちは言うまでもなく、アクチュアルな問題に対する広い視野を誇るはずの現代思想家たちさえもが、制度論的な視点を見事に欠落させているのはどうしたことであろうか。意識が生活を規定するのではなく、生活が意識を規定するというマルクスの言葉を好んだ「批評家」が大学の哲学について罵詈雑言以外に語ることかくも少なく、建設的な意見に関しては皆無であったという事実は兆候的である。

さて、そうは言うものの、たしかにフランスと日本では、状況は-哲学の置かれた社会的地位も、出版状況も-かなり異なる。フランスは、大統領や大臣が演説の中で文学者や哲学者を当たり前のように引用し、それを聴衆がさして奇異としない国柄である。哲学者の発言が、他の知識人に比べて、さほどの遜色なく通用する国である。すでに中学・高校から、自国の哲学者デカルトのみならず、プラトンやカントのテクストにたとえ形だけではあっても目を通し、どれほど貧弱なものであろうと一家言もつことが端的に時間と労力の無駄だとは判断されない国である。

出版事情に関して言えば、哲学が高校で教えられることと相まって(むろん日本のかつての「倫理」の授業のような知識詰め込み教育ではなく、テクストを読みながら複数の概念を実地で学習・議論していく型の教育である)、毎年相当量の哲学書(リライトされたものではなく、オリジナル)が高校生・大学生向けに刊行され、それによりある程度の採算が見込まれることによって、 例えばプラトン『プロタゴラス』の複数の翻訳が文庫本で出版される国である(むろん、それらのほとんどが読まれずに中高生の本棚の肥やしになるだけであったとしても、それはそれで文化的な意義を持つ。彼らがいつかその『プロタゴラス』を手に取らないと誰に言い切ることができよう)。否定的側面が多々あることを承知で言えば、アグレガシオン(高等教育資格試験制度)が毎年複数の哲学者・テーマを課題とするために、それらの哲学者の著作が定期的に復刊され、課題となったテーマに関する研究が参考書として刊行されるという「制度」が、出版に関する限りで言えば、ある種の「好循環」を生んでいる国である。

現在の日本では、「日本語とギリシャ語の対訳版でプラトンを出版することに何の意味がある。どうせ学生たちは読めないのだから」とおそらくはプラトン研究者すら言うだろう。「そのような対訳版を廉価で出版するのはリスクが大きすぎる。一般読者は買わないだろうから」と比較的経営状態の安定 した大手出版社すら言うだろう。だが、日本の哲学者の言い分も、日本の出版社の事情も脇に置かせてもらって、「理念を振りかざす青二才の屁理屈」と軽くいなされることを承知で言えば、やはり対訳を廉価で出版することには見過ごせない哲学的な価値がある。原書を、原語で、ゆっくり読んでいくことの重要さが今の日本ほど必要とされている国もまたないということに、彼らは気づいているのだろうか。スロー・フード、スロー・ライフが重要であるように、スロー・リーディングにもまた、測り知れない哲学的な重要性があるのである。

もちろん、売れ筋の本を仕掛けていくことにも意味がある。商業的にはこちらのほうがメリットが大きいことは、私のようなど素人でもよく承知しているつもりである。2004年現在で言えば、ネグり+ハートの『帝国』関連書籍や、デリダ=ナンシー系列のイタリア人脈などを積極的に仕掛けていくことにはむろん大きな思想的意味もある。だが、率直に言って、これは現代思想かぶれの学生・若年サラリーマン向けだという印象を拭いきれない。ジジェクやバトラーの思想が大学を超える大きなムーヴメントをアメリカや、とりわけ日本において、引き起こしたという証言を私は寡聞にして知らない。そして、かつてのバルトのときと同じように、性急に出版された悪訳をつかまされるのは、最も熱心な信者たちなのだ。

現代の平均的な日本のサラリーマンが真っ先に読むべきなのは、そして繰り返し熟読玩味すべきなのは、16歳の少年が16世紀に書いた『喜んで隷属することに関する論文』であり、19世紀末のとある地方代議士が書いた『怠ける権利』である。これらの本を廉価版で提供することこそ、2004年現在の日本で最も大胆かつ壊乱的な営為なのであって、最先端の現代思想を輸入することはただそれら本物の思想を輝かせ(そして同時に自らをも輝かせようと する)ことによってしか価値がない。本物の思想はいつの時代にもアクチュアリティを失わない。ただ現在においてしかアクチュアルでない本は、これらの書物に束の間当てられるスポットライトに過ぎない。

***

 本書には、ライプニッツ(1646-1714)が1679年から1710年にかけて、すなわち彼が33歳から64歳までの間に書いた言語と国民性の関係に関する三つの試論、主題的に関連する書簡からの抜粋や各種関連資料、キーワード解説、参考文献一覧が収められている。(2004年9月20日)

Monday, March 21, 2005

Bergen 2005

ようやく今度のベルゲン学会の日程が(まだ確定ではないものの)送られてきた。以下、現在世界のもう一方の片隅で若い哲学者たちがどのような主題に関心を抱いているか、興味のある方のために。

トリを飾る親友のフィンランド人哲学者Jussi Backmannはまだ27歳だが、英語はほぼ完璧だし、仏・独語も問題なく話す。フィンランド語が日本語と同じ「後置詞」をもち、ハンガリー語、バスク語とともに印欧諸語の中の三大「島嶼言語」であることを思い出しておくのも無駄ではないだろう。

現在の日本の哲学界ではあまりにも言語の問題がなおざりにされてはいないか。もちろん研究対象としての言語のことを言っているのではない。言語哲学は今なお注目に値する業績をあげ続けている。問題は、思考の手段としての言語である。現在、世界の哲学界は、私がモーゼス・ヘスをもじって「ヨーロッパ三頭制」と呼ぶ、英語・ドイツ語・フランス語による支配が続いている。日本の思想界はこの支配から逃れている反面、論じられている主題、論じられ方を見ていると、ほとんどTax Heavenの観がある。

これに対して、オランダ語やフィンランド語、あるいはアジアの諸言語など「マイナー」言語を母語とする者たちは、否応なく、いやむしろ好んで、英語で(あるいはドイツ語やフランス語で)発表しようとしている。

性急な誤解を防ぐために言っておくが、私は「自然科学同様にすべて英語(独語・仏語)で発表すべきだ」と言っているわけではない。そんなことをすれば、それぞれの言語に固有の哲学の可能性を奪ってしまうことになるだろう。

だが、我々は西田や三木の時代の日本の哲学者のように、そして現代の英・独・仏の哲学者のように、なんらの疑いを抱くこともなく母国語で、母国語話者向けの哲学を続けていていいのだろうか?どの言語で思考するか、どの言語で書くかという問題は、哲学にとってどうでもいい問題なのだろうか?

問題は思考のある種の普遍性、「開け」を確保することである。思考に対して開かれるということは、一般聴衆に媚を売って営業成績を上げるということではない。日本語で哲学をするということが日本人の間で内輪向けの「哲学っぽい議論」をするという態度で続けられている以上(そうでないなら話は別であろう)、いくら「普遍性」について論じてみても詮ないことである。そもそも「普遍性」など西洋的な概念にすぎないと言いたければ言ってもかまわないが、それならばオルタナティヴを示さねばなるまい。そしてそれが提出されているとは言えない現状がある。

少なくとも西洋哲学研究においては、日本語はオランダ語やフィンランド語のように「マイナー言語」なのだという事実をもっと直視すべきではないのか?すべての問題は、しかしまたすべての希望や可能性も、ここにある。

ポルトガルから亡命しオランダで育ったユダヤ人であるスピノザは、当然のことながらpolyglotであった。ポルトガル語やオランダ語で書くこともできたはずだが、彼は最初の「短論文」をオランダ語で書いた以外は、代表作の『エチカ』も含め、すべてラテン語で書いた。当時の「世界」共通の「科学的」言語は、ラテン語であったからである。

むろん、我々がスピノザの視点をそのまま採用するわけにもいかない。彼にあってはおそらくmathesis universalisのもとに哲学と科学が包摂されており、少なくとも現在のような形で分離されてはいないからである。

ご覧のように、私は解決の鍵を握っているわけではいささかもない。ただ、問題の所在を明らかにしようと努めているにすぎない。しかし、少なくとも確かなことは、これが現代の日本の思想界において真剣に取り上げられるに足る問題のひとつだ、ということである。

現在の日本は、言語的に見ても、歴史的に見ても、経済的・政治的に見ても、特殊な位置にある。これを通俗的な日本論に還元することなく、哲学的な問題として捉ええたときにはじめて、丸山流の「日本の思想」でも、ハイデガー派を満足させる「非哲学的思想」としての東洋思想でもない「日本の哲学」が現れ、ヨーロッパ三頭制に対する「抵抗の線」を引くことができるのではないか。 hf



The third annual conference of the Nordic Society for Phenomenology.

NB: Preliminary program.

Friday 22.04

10.00 – 10.15

Welcome address, Dean of Faculties of Arts Vigdis Songe-Møller and Anne Granberg

10.15 – 11.45

Rudolf Bernet, Katholieke Universiteit Leuven, Bergson on a Present Folded Back on the Past, Aud. B

11.45 – 12.45

Lunch

12.45 – 16.00

Section I

16.00 – 16.30

Coffee break

16.30 – 17.45

Sara Heinämaa, University of Helsinki, Personality and sexual difference: A phenomenological approach, Aud. B

18.00 -

Reception for speakers

Section I 12.45 – 16.00

Ia Phenomenology and Psychology

Rasmus Thybo-Jensen, Merleau-Ponty’s critique of the separation of psychology and phenomenology

Julia Jansen, Imagining Possibilities: On the Problem of a Phenomenology of Creativity

Thor Grünbaum, What is a kinaesthetic experience?

Erika Ruonakoski, Animal Psychology and Phenomenology

Chair: Gunnar Karlsen

Ib Phenomenological Methodology

Konrad Rokstad, The Cartesian Meditations and its shadow

Tarjei Mandt Larsen, Husserl and the Problem of Radical Scepticism

Frode Kjosavik, Eidetic Intuition and the Method of Variation in Mathematical Practice

Mark van Atten, On the hypothetical judgement in Husserl's logic

Chair: Egil Olsvik

Ic Art and Aesthetics

Miika Luoto, From Existence to Techné. Situating the Question of Art in Heidegger’s Thought

Sara Hacklin, Phenomenology on video art – A certain dead-end or fresh insights?

Ingvild Torsen, When theory does violence to practice: the case of Heidegger’s philosophy of art

Vibeke Tellmann, The musical origin of language: The importance of musical phenomena in the 1700-century debate on the origin of language

Id Levinas and Ethics

Søren Overgaard, The Tyranny of Goodness: A Critique of Levinas’ Phenomenological Ethics

Carl Cederberg, Platonism and Alterity in Levinas

Joel Backström, The moral imperative: A goodness born of evil?

Hannes Nykänen, Conscience and the essence of philosophy

Chair: Gry Ane Vikanes

Saturday 23.04

09.30 – 12.30

Section II

12.30 – 13.30

Lunch

13.30 – 15.45

Section III

15.45 – 16.00

Coffee break

16.00 – 17.15

Theodore Kisiel, Northern Illinois University, Heidegger’s Protopractical Ontology of Dasein Exemplified, Aud. B

17.15 – 18.00

NSP business meeting (for members)

19.00

Conference dinner for speakers at restaurant På Høyden

Section II, 09.30 – 12.30

IIa Phenomenology, Medicine and Psychiatry

Egil Olsvik, A phenomenological reply to the argument for “incomprehensibility” regarding psychosis

hf, Between Phainomena and Phantasmata: Bergson’s ‘Déjà-vu’ and Merleau-Ponty’s ‘Phantom limb’

Finn Nordtvedt, Confined in pain and shut off from the world – a phenomenological study of men with phantom painFredrik Svennaeus, Heidegger on Prozac: Attunement, Alienation and Being-in-the-World

IIb Merleau-Ponty on Embodiment

Ulla Thøgersen, Desire and the Paradox of Expression

Kurt Dauer-Keller, The corporeity of the self

Marc van den Bossche, The Metaphysical Structure of the Body – Merleau-Ponty on Eros and Libido

Jonna Bornemark, Body as Radical Immanence – a Reading of Michel Henry’s Philosophy and Phenomenology of the Body

IIc Technology and Rationality

Sven-Olov Wallenstein, Heidegger, the Essence of Technology and Modern Art

Jonathan Habib Enquist, A remark on the question of fear and the ethics of technology

Eva Schwarz, Naturalism, phenomenology and the concept of nature. Some questions

Martina Keitsch, Hans Skjervheim´s Phenomenology and Transcendental Pragmatics

IId Limits of Phenomenology

Susanna Lindberg, The animal that follows Derrida

Marcia Cavalcante Schubak, Heidegger’s issues on void, privation and nothingness

Paul M. Karlsson, Reading in finitude - hermeneutical phenomenology of language and infinity

Jari Kauppinen, Evil, Theology and the Coming of the Worst in Jacques Derrida’s philosophy

Section III, 13.30 – 15.45

IIIa Anomalous Selfhood

Jørgen Thalbizer, Asking the patient about first person experience

Marit Quist, Existential Aspects in Experiences of Delusion

Lisa Käll, A Sense of Self. Expressive Selfhood and Schizophrenic Distortions of Bodily Self-Awareness

IIIb Phenomenology and Sexual difference

Johanna Oksala, Phenomenology and Sexual Difference

Linda Fischer, Gendered Phenomenology

Ulrika Björk, Repetition and variation in Simone de Beauvoir’s autobiography

IIIc Affectivity and Vulnerability

Tove Pettersen, The Phenomenology of Joy

Marja-Liisa Honkasalo, Agency and human suffering as phenomenological problems

Michael Staudigl, Phenomenological Reflections on Violence and their Impact on Phenomenological Methodology

Sunday 24.04

10.00 – 13.00

Section IV

13.00 – 14.00

Lunch

14.00 – 15.15

Leonard Lawlor, University of Memphis, “For the Creation Waits with Eager Longing for the Revelation”: From the Deconstruction of Metaphysics to the Deconstruction of Christianity in Derrida, Aud B.

15.15 – 15.30

Coffee break

15.30 – 16.45

Josef Parnas, University of Copenhagen, The nature of first-person perspective: Lessons from schizophrenia, Aud. B

Section IV, 10.00 – 13.00

IVa Selfhood and Subjectivity

Joona Taipale, The concept of ego in Husserl’s genetic phenomenology: Transcendental person, alterity, and disorders

Dan Zahavi, Time and Self

Trond Grønli Åm, The Aesthetics of Immanence – Immanent Ontology and the Shape of Reflexion as Fundament for Practical Thought

Else Wiestad, Spatial Identity: The Self in Interaction with Space and Place

IVb Arendt and Politics

Martina Reuter, Infinity and Unpredictability: Descartes and Arendt on Will and Action

Martta Heikkila, Jean-Luc Nancy: Politicising the Undecidable

Joakim Löf, Dissociation as the trauma of labour and the retreat of the mother

Helgard Mahrt, The Concept of Phronesis in Aristotle and Arendt: From the Concern for Life and the Self to Caring for the World

IVc Heidegger and Ancient Philosophy

Hans Ruin, Heidegger and the Destiny of Thinking

David Michael Kleinberg-Levin, Agxibasihn: Phenomenology as a Practice of Endless Approach in Heidegger and Benjamin

Jussi Backmann, All of a Sudden: Heidegger and the Platonic Instant

Tuesday, March 08, 2005

倫理を発明することはできない?

 デュットマンの『かくあり』のエピグラフ。

„Man kann eine Ethik nicht erfinden.“ Theodor W. Adorno

人は倫理を発明することはできない。

 ベルクソンはこれにとてもよく似た発言をしている。ジャック・シュヴァリエの『ベルクソンとの対話』、1928312日の会話より。

シュヴァリエ「先生、道徳についてのお仕事はどこまで進んでいるか伺えましょうか。この問題に大変興味をもっている生徒たちに、先生の道徳は新しいものかと尋ねられたのですが、私は、違うと答えました。間違っていたでしょうか。」

ベ ルクソン「いや、違わない。君の答えにまったく賛成だ。人間の行動を規定するために必要なものは、人間はいつの世でも知っていた。したがって、この問題について新しいことを言うことはできまい。新しいというのはむしろよくない印だ。デュルケムが言ったと言われている次の言葉もそうだ。「あなたの道徳は? ――私に道徳はない。しかし二週間待ってほしい。一つ持って来よう」。せいぜい言えることは、根本から革新し、論拠を確実、的確にし、幾つかの輪郭をはっきりするということだ。しかし、きわめて慎重にするべきだ。哲学者の責任は大きい。」(原書98-99頁)

19311031日の会話。

「もっとも、この著書[『二源泉』]の中で私が言うことは、道徳の起源と根拠とについて考えて到達したことであって、なすべきことではない。人はすぐに、私の道徳と言うが、私には一つの道徳を与えようという意向はない。ニーチェのように道徳を一つ作り上げる能力が自分にあるとは思わない」

D’ailleurs, ce que je dirai dans ce travail, c’est ce que j’ai été amené à penser de l’origine et des fondements de la morale, et non pas ce qui est à faire : on parle toujours de ma morale ; mais je n’ai pas la prétention de donner une morale : je ne me sens pas capable d’en inventer une, comme Nietzsche... 原書145

しかし、実際には事はもう少し複雑である。ベルクソンにあっては、「道徳の発明」を可能にする要因があるからだ。1935319日の会話を見てみよう。

「神秘愛(amour mystique)は、『雅歌』におけるように、しばしば愛の表現(expressions amoureuses)で表明される。しかし、それは、まさにこれらの愛の表現が、それ自体、神秘愛によって支えられていたからだ。古代の人々は、ある種の献身と結びついた自然愛しか知らず、いわば、神による愛の反映とも言うべき完全で、全的な愛は知らなかった。男の自分の妻に対する愛は、まことに奇妙なものだ。真の愛は、もはやほとんど何も官能に負うことなく、まさに官能を排除することによって養われる。そこで、我々は新しい感情の誕生のようなものを見るのだが、今までにない 感情が魂の中に生まれうることを承諾するのはむずかしい。しかし、音楽においては、これは毎日起こっている。ベートーベンの第九交響曲を聴くと、私は他には描写しようのない独特な感動を覚える。したがって、幾つかの感情が生まれる。愛が生まれた。愛が発見、あるいは、もっと正確に言うなら、発明されたの だ。感動の発明というものがあるL’amour est né, il a été découvert, ou mieux encore inventé : il y a des inventions d’émotion.。このような愛による変貌、新しい感情の誕生は、キリスト教において、キリスト教によってのみ[この部分はシュヴァリエの改変臭い]実現された」。(原書221頁)

また、193564日の会話。

「実践道徳(morale pratique)を教えようというのはかなり空しいことと私は思う。本質的なことは、生徒の魂を向上させ、各人が自分自身で解決を見つけられるような高さまで持っていくことだ。私はそのように心がけたのだが、例証や実話によって、魂が道徳分野で創意することができるようにすることが必要だ。(L’essentiel est d’élever l’âme et de la placer à un niveau où elle soit capable de trouver d’elle-même la solution. Il faut, par des exemples, par des histoires, ainsi que je l’entendais, mettre l’âme à même d’inventer en matière morale.)」(原書229頁)

 専門家には言うまでもないことだが、ベルクソンの「情動の理論」の詳細は、『二源泉』第一章・第三章で展開されている。

おそらくプラトン(善のイデアの想起・帰還)=デカルト(仮の道徳)=カント(定言命法)=アドルノ(かくある)路線と、ニーチェ(道徳の系譜学)=ベルクソン(道徳の発明)=ドゥルーズ(超越論的倫理の内在化)という対立なのだろう。単純に言ってしまえば、création、événementということがありうるかどうか、ということだ。

Tuesday, February 22, 2005

「おフランス」と「ここがダメだよ日本人」

ところで、こういうブログをやっていると、必ずやいただく初歩的な「非難」がある。それは、「結局、あなたはフランス(ないしヨーロッパ)がやってること はなんでもよくて、日本は何でもダメダメって言いたいんでしょ」というものである。答えはもちろん、「まったく違います」である。この種の議論に個別的に 応答することはできないので、ここでお答えしておきたい。

1)「おフランス」。このような反発を感じる人は、フランスないし西洋や、これ らの国に何らかの形で関わる仕事に携わる人々に対して自分自身が抱いているところの紋切り型のイメー ジを勝手に他者に投影して、話を展開することが多い。私は、フランス人の「カッコイイ」先生目当てにカルチャーセンターにいそいそと通う有閑マダムのよう に、「おフランス」に興味をもっているわけでもなければ、フランスという国家が過去になしてきた非道極まりない植民地主義的・帝国主義的行為(その傷痕は 現在なお裂開したままである)や現在フランス社会が抱えている諸問題に関して、無知なわけでも目を閉じているわけでもない。小坂井敏晶は、
フ ランス語を学ぶ人のほとんどはフランス文化に魅了された人であり、フランスに特別な関心を持たぬ私と気の合う人はアテネ・フラ ンセにあまりいなかった。フランスかぶれの教師や生徒に対する反発もあって、つい私は反西洋、そして第三世界支持の立場を主張する。(・・・)私が西洋に 定住する必然的な理由はなかった。家庭環境からいっても、また私自身の関心からいってもフランスなどとは無関係だった。様々な偶然が重なり、たまたま出 会った人、そして思いもかけないチャンスが私を日本の外に連れ出したのだった。(『異邦人のまなざし 在パリ社会心理学者の遊学記』、現代書館、2003年、25-26、54頁。)
と書いているが、私もこのような感想を、さらには彼が論じたいと考えていた次の三つのテーマをも、関心として共有している。
一 つ目は、なぜ、第三世界の諸国で失業が生じ、仕事にあぶれた人々が移民という形で先進国に流れるのかを検討するもので、サミー ル・アミンなどがマルクス主義の立場から理論展開していた。二つ目のテーマとしては、移民がフランス社会で生きる意味を、経済面だけでなく、社会関係や心 理の動きをも含めた多角的角度から探ることを考えた。残る三つ目は、「『名誉白人』 西洋人に対して日本人が抱く劣等感」と題して、明治以降に日本人が西 洋人を手本にして国の近代化を目指す過程で生まれた、西洋に対する憧れや劣等感を検討するものだった。(同上、46-47頁。この第三の点に関しては、『異文化受容のパラドックス』(朝日選書、1996年)、あるいは Les Japonais sont-ils des Occidentaux? Sociologie d'une acculturation volontaire (1991) という著書の形で出版されているようである。)
したがって、「おフランス」「西洋かぶれ」に対する漠然とした反感ないし嫌悪感から私の論述に反論を抱かれている場合には、もう少しフランスや西洋についてご自身で勉強していただくほかはない。

2) 「ここがダメだよ日本人」。これは、このブログでやろうとしていることではまったくない。何様のつもりか大知識人ぶって日本の現状を慨嘆してみせ、結 局のところ平凡なコメントをはく、といったことに時間と労力を費やしたいわけでもない。私がここで(時間の許す限り)考えてみたいのは「その先」である。 現代日本の政治・経済・社会状況に問題があるとして、それは一体いかなる問題であるのか、その根本原因は何か、いかなる対処療法がありうるのか、というこ とを理論的・哲学的に考えてみることなのである。例えば、私は、NAMの活動が不調に終わった原因は、「連帯」と「世間」の間の差異と決して無関係ではな いと考えているし、日本における現代思想、のみならず哲学自体の全般的な退潮は、その激しい流行の移り変わりとともに、決して「名誉白人」的な、西洋への 憧れや劣等感と無関係ではない、と考えている。

さて、せっかく小坂井氏の著書を引いたので、もう少し「遊学記」らしい、面白いところを引いて、このトピックを終えることにしよう。
パキスタンの旧都ラワルピンディにいた時、現地の民族衣装を買って身につけ、得意がって町を歩いていたら、道行く人が皆私のほうを見て笑う。外人がキモノを着て渋谷を歩くようなものかなと思っていたら、何と私が身につけていた服は女性用だった。(同上、23頁。)

フ ランスに住むようになってからも大学に就職するまで通訳はずっと続けた。他人の考えを伝えるよりも、自分自身の意見を述べたい性分の私には本来不適な職 種だが、通訳をすること自体よりもそれに付随した経験が興味深かったし、後の研究生活において間接的に役立っていると思う。(・・・)例えば鉄道をはじめ とする乗客輸送の分野では、乗り心地を良くするために騒音防止が大切だが、騒音を他の音で相殺するという発想にとても感心させられた。音は波動だから、そ の波形には山もあれば谷もある。だから騒音の山の部分に対して谷が、また谷の部分に対して山がちょうど重なり合うように調整した他の音を客室にわざと流す と、人間の耳に騒音が聞こえなくなる。ノイズを消すために、さらにノイズを発生させることで解決するという、いわば毒を以って毒を制する素晴らしい発想だ と思う。我々社会学に従事する研究者もこのような柔軟な頭で問題にあたらなければならない。(同上、40-41頁。)

Monday, February 21, 2005

哲学の教育、教育の哲学(1)数の問題

フランスの人口 は約六千万人、日本は一億二千七百万人だから、日本の人口はフランスのほぼ二倍である。では、各種職業の数もそのまま二倍になるかというと、そうではな い。たとえば哲学教師の数は、正確な統計データがあるわけではないが、比較にならないほど違う。理由としては少なくとも次の二点が考えられる。

1)フランスの教育の大きな特徴のひとつは、高校の最終学年に哲学を置いていることであるが、これによって哲学教師の数は格段に違ってくる。
「ヨー ロッパにおける哲学教育は、知識の暗記ではなく、哲学を自分なりにどう表現できるか、つまり哲学的教養に裏付けされた「作文」技術、といっても過言でない と思います」とおっしゃる方を見かけたが、高校・大学教養レベルで言えば、まったくそのとおりである。http: //www.nets.ne.jp/~keio/methode_philo.html

「哲学的教養に裏打ちされた」というところが味噌 で
フランスの高 校における哲学は、日本の「倫理・政経」といった結局のところ知識詰め込み方の教育とはまったく異なるものである。無論、フランスの高校 における哲学教育が問題をはらんでいないと言えば嘘になる。むしろ多くの問題をはらんでいるが、それは社会構造からくるかなりの程度不可避的な問題なので ある(郊外に住み、「問題のある」高校に通う生徒たちに、哲学という、一方で短期ハイリターンをもたらさず、他方で思考力・忍耐力・知識を必要 とする学問をどのように教えるか)。

2) 「哲学」というものの社会的な位置づけが日本とフランスにおいて決定的に異なる。フランスにおいて「哲学者」という職業は尊敬されるに値するものであ るが、日本においては「奇矯」な振る舞いをする、「偏屈」な思い込みに凝り固まった、「変人」といったあたりが通り相場ではなかろうか。これは言いすぎだ としても、決して社会的に積極的に評価される位置についているとは言いがたい(このことは第一点と相関関係にある)。

こ れには歴史的に、日本の哲学者たちがきちんと自分たちの存在意義、哲学という学問の存在意義を社会にアピールしてこなかったという面もあるだろうし、そ れはそれで絶えず改善されていかねばならないが、他方で、世間の側からの「知」一般に対する敬意の欠如といったものがありはしないか。21世紀にもなっ て、未だに哲学といえば、「ソフィーの哲学」だの「本田宗一郎の人生哲学」だのが幅を利かせているのではないのか。これでは哲学者になりたいと思う青年た ちの数が少なくなり、ますます「奇人変人」ばかりが集うようになっても不思議はない。

当然、次のような反論が予想される。「哲学がかつて 社会の多数派の関心を占めたこ とはない。かえって、占めたときには(旧共産圏諸国におけるマルクス・レーニン主義哲学の特権的な位 置)、異常事態が起こっている証拠である。哲学は常に少数の真に思考を愛する者のものであればよい」と。しかし、これは、現代の知 の布置を考えたとき、あまりにユートピア的、浪漫主義的、大正教養主義的にすぎて容認できない。民主主義体制下における「大学での大衆啓蒙」という限りな くパラドクシカルな任務に直面して、それでは職場放棄も同然ではないか。

基本的なことを確認しておけば、本来、大学とは勉強する場であっ た。だが、現代日本にあって、大学とは「就職のためのパスポート」にすぎないという認 識が完全に定着している。この認識は、不況にあおられて、ようやく学生が真面目に勉強するようになったというここ数年でも、特に変わったようには見受けら れない。このような社会通念は、極端にまで推し進めて表現すれば、つまりはこういうことになる。「
偏差値、ネームバリューなどから見て、少しでも「よい」大学に入学することが最重要事項なのであって、大学で何を学ぼうが、そんなことはさして重要ではない。大学で得るべきものは、サークル活動によるかけがえのない友人、アルバイトによる得がたい社会的経験など、むしろ大学外で「学ぶ」ことのできるものである」。

こ のような考えは、中学・高校といった中等教育にまで浸透している。「
偏差値、ネームバリューなどから見て、少しでも「よい」高 校は、「よい」大学へのパスポートである」、「中学は・・・」というわけだ。これが、日 本の社会が過去数十年にわたって是認してきた通念であり、現在の学力低下は、教育の内容ではなく、教育がもたらす「実益」(むろん表面的な)に関心を持ち続けた、そ の必然的な帰結である(アメリカやヨーロッパでも事情は似たり寄ったりであるが、もたらされる帰結は異なる。日本ほど大学進学率が高くないからである)。 これは一部の「教育熱心」な「教育ママ」の行き過ぎや 歪んだ価値観といった個人的な資質に帰される問題ではない。「知」や「文化」に無関心でありながら、その世評や功利的価値には過大な評価を与える、社会の 全般的な風潮自体が問題なのである(言うまでもないが、偏差値やネームバリュー を評価したり、有名塾の校長の講演会に足繁く通うことが「知」に敬意を持つことではないし、ハイカルチャーに精通することが必ずしも「文化」に親しむこと なのでもない)。「ゆとり教育」や「総合学習」の意義は決して小さいものではないが、問題の根はもっと深いのである。

では、「知」への敬意を持てばそれでいいのか。そうではない。まだ、「実学志向」という、結局のところ「能率」や「効率」、一言で言えば、performativityの問題と結びついた根強いイデオロギーが残っている。これについては、項を改めて述べる。

い ずれにせよ、ここで確認しておきたかったのは、民主主義において決定的な重要性を持つ「数の問題」は、哲学の教育にも、教育の哲学にも、無関係であるどこ ろか、その本質的な契機のひとつである、ということである。ス ポーツでも何でもそうだが(昨今のサッカーの 隆盛ぶりとラグビーの凋落ぶりを見ればよい)、裾野の人口と社会的な位置づけは決定的に重要な要素である。有能な人間は、金が儲かる、自分が社会的に認め られるという職種へと自然に導かれていく。現代世界においては(大金持や貴族、遺産などで哲学をしていた過去の大哲学者たちとは違って、カント以降、哲学 者=哲学教師なのである)、哲学も職業、professionである以上、これらの要素は無視し得ないものであるにもかかわらず、社会も自分たち自身も相 変わらず、どこかに「哲学者=無垢な(社会的地位にこだわらない)、清貧の(経済状況にこだわらない)聖人」といったイメージがあるのではないか。哲学と いう学問は、悪循環スパイラルに落ち込んでいる、というこの見方が見当違いなものであってくれればよい が、と願わずにはいられない。

哲 学のみならず、人文・社会科学全般は、若者たちの健全な批判的思考能力を養い、社会がファシズム化してい くのを食い止める、最後にして最大の砦である。逆 に言えば、社会がファシズム化していくとき、まず最初に標的にされるのがHumanitiesなのである。石原都知事による暴力的な都立大学「改革」、の みならず全国各地の大学における文系学部の縮小改編や第二外国語の削減は、 まさにそのことを典型的な形で示している。

Sunday, February 20, 2005

哲学的アンソロジーの効用

大哲学者の未刊草稿や遺稿などを探し回ることを揶揄する言説がしばしば見られるが、私は一般にいかなる翻訳出版にも異議を唱える理由はないと考えている。ハイデ ガーのどんな走り書きでも、ニーチェの小紙片に書きなぐられた草稿でも、翻訳されてならない理由などない。それらを用いて優れた仕事がなされえないと考え るいかなる理由もない。ただ、それらの資料を用いたからといって自動的・必然的に大思想家の「隠された一面」がより良く照らし出されるわけではない、とい う自明の点に注意しておけばそれで十分である。

ドゥルーズ二十歳の頃の処女エッセイ「キリストからブルジョワジーへ」と二十八歳の頃のアンソロジー『本能と制度』を収めた『ドゥルーズ初期』(加賀野井秀一訳、夏目書房、1998年) もまた、まさに読み手がどのように料理するかによってその味付けを極端に異にする一冊である。ドゥルーズと哲学史と言えば、水と油の関係として思い描かれ ることが多い。例えば、彼の『記号と事件』や『ダイアローグ』における言及の仕方などを思い出せば十分であろう。だが、主著の一つである『差異と反復』序 文を思い出してみれば分かるように、ドゥルーズにおけるコラージュ技法には明らかに彼独自の哲学史観の反響が見られるのである。

アンソロジーとは、そもそもanthologiaというギリシャ語に由来し、anthosは「花」、logiaはここでは言説や著作の様々なタイプを指す。さまざまな花を集めてブーケを作るように作られた『詞華集』。

私 はすべての種類のアンソロジーが有益であるなどと主張するつもりはない。ここではただ、哲学におけるある種のアンソロジーの試みが、時として手軽な手間仕 事を超え、さらには単なる翻訳作業をも超えて、一つのレッキとした哲学的な営為となりうることを強調したいまでである。ささやかながら哲学的アンソロジーの効用を擁護することを試みたい。

アンソロジーは人の言葉を借りて語る。現代思想は手軽なコピー・コラージュの思想であるという皮肉をよく耳にするが、そのような言説には、つまるところ「自分固有の言説を語りうる」というあまりにも素朴な実在論が低意として透けて見える。

アンソロジーはまさにコピー・コラージュの発想である。そして、まさに優れたコラージュ作品が一つのれっきとした芸術作品たりうるのと同様に、優れたアンソロジーはそれ自体一つのれっきとした思想的営為たりうるのである。

そもそもコラージュを思想の現代における衰退を物語るものとして皮肉ることほど歴史的知識の欠如を曝け出したものの言い方はない。アンソロジーは最も伝統的な思想的手段の一つなのである。

 ここでは、カンギレムのアンソロジー叢書「哲学テクスト・ドキュメント」Textes et documents philosophiquesを 見ておきたい。カンギレム自身の『欲求と傾向』をはじめとして、ドゥルーズの『本能と制度』、ダゴニェの『生命と文化の諸科学』、ジャン・ブランの『意識 と無意識』、フランシス・クルテスの『科学と論理』、ロベール・ドラテの『正義と暴力』、ルイ・ギイェルミ『自由』などが収められている。

Sunday, February 13, 2005

「連帯」と「世間」

 先の高校生のデモにしてもそうだが、日本でもよく知られているように、フランスはデモの多い国である。人口のこともあるから一概には言えないが、ドイツやスペインに比べても多いのではないか。いわゆるdésobéissance civique、「公民的不服従」の伝統である。ここでは二つのことに注目しておきたい。

1)公民的(civique)であって、市民的 (civile)ではないこと。英語における対応表現"civil disobedience"との、些細だが重要な差異を見落とさないようにしよう。実際、フランス語の表現において問題になっているのは、単に権威に反対する個人としての一市民ではなく、重大事態に際して、国家への不服従を公然と率先して行うことによって、市民権を創り直す公民なのである(この点に関して は、エチエンヌ・バリバール『市民権の哲学 民主主義における文化と政治』(松葉祥一訳、青土社、2000年)、第一章「公民的不服従について」を参照 のこと)。この差異は、デモの規制、取り締まりないし弾圧において顕著になる。誇張して言えば、日本のデモにおいては、警官は個人をターゲットとする。写真を撮り、尾行 し、個人の私生活への介入を平気で行うが、フランスのデモにおいて規制されるのは、運動であって、個人ではない。
Étienne Balibar, Droit de cité. Culture et politique en démocratie, éd. de l'Aube, 1998. Notamment le 1er chap. "Sur la désobéissance civique".

2)この「公民的服従」の根底にあるのは、solidaritéすなわち「連帯」というイデーである。この点に関して、いつも頭をかすめる文章がある。少し長いが、引用しておこう。  
 三年目の冬、論文の完成を目前に問題が生じた。それまでは寮に好きなだけ滞在できた外人学生が、今後は三年と期限を切られることに、急遽決定したのである。論文を仕上げるのに、あと三月必要だった。その間だけ延長は出来ないものかと掛け合ったが無駄だった。
 全力投球の論文が乗るか反るかの瀬戸際に、これから宿探しかと暗澹たる気分のところに訪問を受けた。見覚えのない顔が三つ並んで、寮の自治会委員を名乗った。外人学生が困っていると耳にして、実態調査に来たという。よかったら学校側に掛け合ってやろうと言われて、目から鱗が落ちた。
 自分たちの利害とは別の位相で、マイノリティの被る困難に積極的に係わろうとする人々がいる。市民社会という概念にも、こうして実態が宿る。厳然たる階級制度に則った縦社会のフランスは、横のタガもまた太いのである。
 当時寮には数人の日本人がおり、うち二人が三年目で論文を抱えていたが、お互いに「困ったわね」、「大変ですね」を繰り返し、おろおろするばかりであった。
 連帯という言葉にリアリティーを持てない国民性をわが身に感じた。(荻野アンナ「解説 フランスで、一心不乱す」、ポリー・プラット著『フランス人、この奇妙な人たち』、393-394頁。) Polly Platt, French or foe ?

 この文章の続き(フランス語に関する) もなかなか興味深いのだが、それはまたの機会に紹介することにして、ここでもう少しだけ深めておきたいのは、「では、日本における『連帯』にあたる概念は何か」という問いである。「それは、『世間』でしょう」といった人がある。なかなか当を得ているように思う。いずれ詳細に比較するとして、ここでは次の文章を引用するにとどめる。

 「世間」というのは曖昧模糊としたものです。はっきりした主体がない。誰かが親を追及するとなると、その人は自分はともかく、「世間が納得しない」からだというでしょう。

 欧米にはキリスト教的道徳があり、それが個人主義の基盤になっていると、よく言われます。しかし、別の意味で、儒教圏の中国や韓国にも道徳的機軸があり、それが逆説的に、一種の個人主義を可能にしています。日本にはそのようなものがない。その代わりに、「世間」という得体の知れないものが働いているのです。本居宣長は、道徳というようなものは中国から来たもので、いにしえの日本にはそんなものはなく、またその必要もなかったといいました。ある意味で、この指摘は正しい。日本人は、道徳というと、何となくけむたいような感じを受けます。戦後、アメリカ化によって道徳観が壊れたというようなことをいう人がいますが、それは嘘です。しかし、道徳的規範がないということは、まったく自由で、共同体の規制がないということを意味するのではありません。なぜなら、
規制は「世間」というものを通してなされるからであり、この「世間」の規制はきわめて強く存続しています。(柄谷行人著『倫理21』、平凡社、2000 年、23-24頁。とりわけ「『世間』という得体の知れないもののもつ力」(22-30頁)というセクション全体を参照のこと。)

 「連帯」と「世間」の差異は、宗教的なものなのか、歴史的・文化的なものなのか。おそらくは、そもそも「個人」や「宗教」といった日本語の概念とindividuやreligionというフランス語の概念の差異自体から分析を始めなければならないのだろう。

仏・入試改革 高校生「ノン!」 十万人デモに政府譲歩

 これまたリンク先が切れそうなので、備忘録的に。西日本新聞は、けっこう頑張ってる印象がある。このニュースも含め、フランスの教育制度に関する情報は、下記yahooアドレスから。

 【パリ11日井手季彦】フランス国会で来週審議が始まる教育改革法案をめぐり、 高校生の抗議行動が全国で高まり、十日、とうとうフィヨン教育相が「(法案の一部の)大学入学資格(バカロレア)試験改革については、学生の不安が解消し ない限り実施しない」と表明した。高校生の連帯が教育制度改革に「待った」をかけた形だ。

 同法案は、バカロレアの判定基準に、現在の全国一斉試験以外に、各高校で行う日 ごろのテストの成績も加える改革のほか、授業についていけない生徒対策や補助教員の配置変更など、学校教育全般にわたる内容。高校生たちは特にバカロレア 試験改革について「全国一律の原則が崩れる」と反発。今月初めから高校生組合の指揮で抗議行動を始め、十日にはパリ、リヨン、ボルドーなど主要都市で計十 万人を動員しデモを繰り広げた。

 これに対し、高校生の声を無視する姿勢をとり続けてきた政府は一転、「バカロレ アについては法案の主要テーマではなく、なお議論したい」(同教育相)と、譲歩を示した。政府としては、欧州憲法条約批准の国民投票を夏前に控え、高校生 の抗議活動が反政府ムードの高まりにつながることを食い止めたい狙いがあるとみられる。

 しかし、高校生組合は法案自体の撤回を求めており、国会審議が始まる十五日には、同じく法案に反対している教員組合とも連携して、大規模なデモを予定している。
(西日本新聞) - 2月12日2時24分更新
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/world/france/

Thursday, February 10, 2005

はじめに

 昔読んだきりでうろ覚えなのだが、広松渉の啓蒙的な著作に『哲学入門一歩前』というのがあって、この「一歩前」という言葉には二重の意味がこめられていると言う。哲学に本格的に入門して様々な哲学者や哲学史や哲学概念に立ち向わねばならないのかと思うと何 となく腰が引けてしまうという人たち、入門する「一歩手前」にいる人たちに向けて本書は書かれている、と同時に、そんな重苦しい武器などなくても素手でも 哲学の門を強行突破してやるというくらいの気概を持て、本書とともに門の中へ「一歩前へ」踏み出せ、というメッセージも込められている、といった話であっ た気がする。逡巡と決断とを同時に表す「一歩前」。哲学自体がそのように迷いつつ進む「一歩前」なのだとすれば、そしてアルチュセールがとある美しい哲学 的恋文の中で言ったように(我々はそれを『哲学・政治著作集』第二巻の冒頭に読むことができる)、哲学とは常に「はじまり」以外の何物でもないのだとすれ ば、つまり因襲的な思考習慣とそれが産み出す様々な幻想との切断において常に新たに考え始め、考え始め続けること以外の何物でもないのだとすれば、「哲学 入門一歩前」とは実に三重にリダンダントな表現だということになる。


 このサイトは、現代思想「入門一歩前」の人々を対象としている。
しかし、ここで思い違いを与えないように言っておけば、現代の思想を研究するから現代思想なのではない。現代という時代にあって、その時代を通して、その時代とともに、その時代のために、思想を研究し、思想するからこそ、現代思想なのである。いやしくも思想と呼ばれるに値するものは、どんな時代のどんな対象を相手にしていても、それが力あるものであるなら、「現代思想」である。まさにこの意味で、現代思想という言葉、そして「現代思想入門一歩前」という言葉は、もはや恐ろしく冗語的な言葉である。


 「現代思想界」は
いつの時代どんな国にあっても混乱している。かつてそうでなかったためしはないし、これからもないだろう。そのカオスが様々な思想の沸騰する百花繚乱のメルティング・ポットであるかぎりにおいて、現代思想界の混乱状態はむしろ歓迎すべきものですらある。けれど、現代日本の「現代思想界」に見られる混乱は、あまりに奇妙だ。一方で奔放に「攻める」側にいるはずの現代思想家が不在であり、他方で執拗に「守る」側にいるはずの守旧的なアカデミシャンもいない。「日本のジラール」や「和製ボードリヤール」ならたくさんいる。ア カデミズムをいたずらに敵視しつつ幼児的な罵詈雑言を吐いて、香具師めいたラディカルな議論のほうがまっとうだが面白みのない議論よりマシだなどと究極の 選択を迫る人たち。「日本のミシェル・セール」だっているかもしれない。アカデミズムの側に組み込まれようと涙ぐましい営業活動を続けた結果、見事な「業 績」を手に殿堂入りを果たす人たち。だが、どちらの側も同じ土俵の上に立っていることには気づかない彼らは中途半端な態度で、互いにほとんどあるはずもない差異を言い立てあっている。


 「ドゥルーズ・フーコー・デリダ」の
ような存在は、 哲学アカデミズムの粋を完璧に身につけたうえで、その後ではじめて、さらにそれをはるかに凌駕する仕事を残すことができたのだということに何の不思議があ ろうか?だが、現代日本の「知識人」は、ジャーナリズムとアカデミズムを対立させ、ありもしない差異をことさらに際立たせることで互いの既得権益を確保し 続けることしか念頭にない。文壇人相手にはアカデミックな場では通用するはずもない中途半端な哲学の知識を振りかざし、アカデミシャン相手にはジャーナリスティックなフットワークの軽快さを盾にとる「批判的=批評的」態度こそが日本で思想家たりうる唯一の方途だと考えた「批評家」の影響力が大きすぎたのか。哲学にも文学にもコストパフォーマンスに見合った必要最小限の介入を行なうことで影響力を保持する術だけに長けた映画評論家の影響力が大きすぎたのか。哲学と決してフロンタルな関係を結ぶことなく、流行りの思想家たちの著作について優雅な手つきで「斜めから」横断的に語ってみせる自称「社会思想史家」の影響力が大きすぎるのか。その後、真剣に哲学を学ぶことは、現代思想をするにあたって不可欠の条件ではないかのように見なされている。


 
「真面目である必要はない。ただ真剣でさえあれば」とある思想家は言った。だが、そのことは、貧相な哲学の知識しか持ち合わせずとも流行りのテーマに流行りの道具立てで取り組むポーズをつければそれで十分「営業」できる、ということを意味しはしない。デリダの『滞留』に付された文章のタイトルは示唆的である。≪「冒頭よりも先」を読むこと≫。


 以上の注意書きが意味を持つのは、我々自身に対する自戒としてのみである。そしてその成否は成果においてのみ問われうる。

Wednesday, November 17, 2004

「哲学的」課題(Re: 第二の両面作戦)

ss: さて、両面作戦の件ですが、

 前回、ssさんの考えは「英米型=日本型」に近いのではないかと言いました。それは、ローティらアメリカの新プラグマティストが脱構築に対して採る態度に近いのではないかということです。つまり、18世紀後半に形成された公共空間が社会の構造転換にともなって機能喪失しつつある今、高尚(形而上学的)ではあるかもしれないが現実に対して効力を持たない大陸哲学型の言説(いわゆる「哲学」ないし講談哲学)よりも、平凡(形而下的)かもしれないが現実の社会政治問題に介入しうる英米哲学型の言説(たとえば「批評」ないし大衆に訴える力を持った言説)のほうが好ましい、と(『脱構築とプラグマティスム』法政ウニベルシタス参照)。
なるほど。おっしゃりたいことはわかります。そしてある程度はローティの物言い(ないしhfさんによるパラフレーズ)に賛同できなくもありません。ただ、ちょっと私の言いたいこととは違うので、ローティとの対比という形で、もう少し私の意見を述べてみたいと思います。

  第一に、単にスタイルの問題(講壇向けの・秘教的なスタイルではなく大衆向けの・平易なスタイル)には還元できない。というのも、問題が公共空間の機能喪失であるとすれば、いわゆる「大衆向けの・平易なスタイル」による言説もこの公共空間<内>にある以上、スタイルを変えることはせいぜい限定的な意味しかもちえないのです。

 ハーバーマスの示した、
repräsentative Öffentlichkeit 体現的?公共性: 王侯・貴族などの「公人」が身をもって公共性を「体現している」段階から
litterarische Öffentlichkeit 文芸的公共性: 典型的には文芸批評などの場において貴族/市民などの身分差が宙吊り・中和され、来るべき政治的公共性の雛形・元型となる段階、ないし
politische Öffentlichkeit 政治的公共性:「öffentliche Meinung世論」として表象されるような公共性 への転換は、政治権力から自立しそれを抑制・チェックする公共性の成立を意味していました(あくまで理念上の話ですが)。

 とすれば、このような意味での公共空間の機能不全は、とりわけ、政治権力に対する自立的チェック機能の低下をもたらすことになるでしょう。公共空間の担い手の一つが大学であったわけですが、当然、公共空間の機能喪失とアカデミズムの凋落とは不可分の関係にあります。アカデミズム、とりわけ、カントの議論でいえば、神学部・法学部・医学部などの「上級学部」的なものに対する哲学部ないし「下級学部」的なものの凋落です。

 実際、上級学部的テクノロジーに対する政治権力の依存はむしろ高まっているのであって、「公共性の構造転換」が同時に(アカデミズム全体の凋落というより)アカデミズムの構造転換(政治権力への従属化―『諸学部の争い』!)をもたらしていることを見なければなりません(石原都知事が「人文学部」を攻撃目標にしているのは偶然ではないのです)。

 したがって、公共空間の機能喪失がもたらす問題は、単純化して言えば、スタイルを問わず、あらゆる「哲学的」言説がそもそも介入の場を喪失しつつある、ということなのです。

 第二に、「大陸哲学」と「英米哲学」という対比も少々割り引いて考えたほうがいいでしょう。現在のドイツ語圏を「英米哲学」が席巻しつつあるというような反証だけでなく、また、そもそも「英米哲学」の源流にはフレーゲやヴィトゲンシュタインやカルナップらの「大陸系」哲学者が決定的な影響を及ぼしていたこと、いわゆる「大陸哲学」の典型例のように見なされているヘーゲルやニーチェやハイデガーにしても、決して「大陸」を独占していたわけではないこど、むしろ、ヘーゲルに対抗した新カント派や(ポスト)歴史学派などによる「平易な」言説のほうが支配的であったこと、などという歴史的反証だけでなく、現在なぜ「英米哲学」的なものがこれほど優位を占めているのか、ということを考える必要があるのです。

 私の見るところ、現代のいわゆる「英米哲学」で進行しつつあることは、クーン風に言って、哲学の「通常科学化」なのだと思います。伝統的に「古典的」とされてきたテクストは次第に(Vor-Geschichteと して以外の)意味をもたなくなりつつあり、文献学的な訓練や研究が二義化・周縁化しています。それに代わって、ほとんどがせいぜい二、三十年のうちに書かれた、個別テーマごとに細分化した「関連文献」についての詳細な知識が要求され、それをクリアしない限り、議論のスタート地点にすら立てない。

 と同時に、原理ないしパラダイムそのものを疑問視するような「大(きな)哲学」が成立しなくなっていく。というのも、何を論ずるにせよ、「先行文献」への参照が徹底して要求される以上、パラダイム(範型)の外に立つことは、研究者集団に加われないことを意味するからです。言い換えれば、かつての「大哲学」があつかってきた「問題」も、近年の文献で論じられている限りにおいては、かつてないほど活発に論じられるし、最新の文献に「ついて行く」だけでも大変になる。一見すると、内容においては、大きな変動がないように見えても、形式において、研究の「経営」メカニズムが変わってきているのです。

 少し極端な書き方をしましたが、このような発展――原理そのものを「問い直す」、そのために、「古典」に立ち戻る、というようなプロセスが哲学研究から影を潜め、同時代の専門家間で進行している「アクチュアルな」議論の検討が前面に出る――は、「業績」の作りやすさ、ないし、「業績」を作らなければいけないという圧力と、互いに条件づけあっています。アカデミズムの再生産、ないし、アカデミズムをサブシステムとして含む政治システムの再生産の中で、「業績」というものの占めている位置は以前と変わらないとしても、「英米哲学」的な研究経営のほうがより「競争力をもつ」こと、また、アカデミズムのグローバリゼーションを背景としながら、各国のアカデミズム市場を席巻する可能性をもつこと、なども全般的傾向として十分言えるように思います。

 もし哲学の「通常科学化」という私の理解が正しいとすると、一方における、哲学のかつてないほどの「盛況」(予算や研究者市場の規模に依存する)、他方における、非専門家層と哲学の乖離(哲学の非特権化)は、まったく矛盾せず成り立つことになります。

しかしながら、宛先が「哲学の部外者」であるということは、必ずしも非哲学的な言語を用いねばならない、あるいはよりアクチュアルな主題を選ばねばならないということを意味しはしない、という点では賛成していただけるのではないでしょうか。大衆にあわせた言説で話そうとするのは危険であり、むしろドゥルーズやフーコーやデリダのように一見きわめて難解でありながら、国境を越えて広がっていく強靭な思考のスタイルは、哲学の外部でも内部でも壊乱的な作用を引き起こすという点でも。

わからなくもないのですが、ただ、では「大衆にあわせた言説」でない言説とはどのようなものなのか、私には今ひとつ明確にイメージできません。秘教的・黙示録的な言説?「俗受け」を狙って内容のともなわない言説がダメという話なら、もちろん同意しますが、それは自明のことですよね。

 先のメールで「知識人/大衆」という二項対立を維持してしまうという点に触れましたが、その最大の問題は、この対立自体が今日の状況によって無効化されていることにあります。つまり、私自身好むと好まざると 「大衆」の一人であること、これは卑下とかそういう意味ではまったくなく、仮に自分で「知識人」としてカテゴライズしようとも、そのような「知識人」のいるべき<場>そのもの――これはあの公共空間にほかならないわけですが――が崩壊しつつあり、それゆえ、知識人と大衆という対立そのものが意味を失っているということです。

 だとすれば、「大衆にあわせない」言説というものの危険は、単に「誰にも聞き届けられない」言説になりかねないという点です。ある意味で「大衆」しかいなくなっており、その中には自分が「知識人」だと思っている大衆も含まれる。あるいは、「大衆」のうちの誰でも、にわか知識人になりうる。

私は最も形而上学的な主題についてですらも、先鋭的な議論は、長期的に見て必ずや何らかの形而下的な影響を引き起こすと思っています。

私たちの「明確な相違点」ということでいえば、まさしく この点がそうですね。私は非常に懐疑的です。いやむしろ逆に、かつて柄谷さんが『批評とポストモダン』で自問したように、いわゆる脱構築やポストモダニズムが現代の資本主義にきわめて適合したイデオロギーだったのではないか、したがって、形而下的な影響も何も、そもそも形而下的な状況と一種の共犯関係にあったのではないか、という気がします。

 とはいえ、このようにペシミスティックな状況判断を述べることはいくらでもできるのですが、その後、どのような形で、あるいはそもそもまだ何らかの形で<介入>が可能なのかを考える段になると、ほとんど見当もつきません。さしあたり、私の課題は、上のような状況判断を可能な限り具体化すること、そして、なぜ、どの程度<介入>が困難ないし不可能になりつつあるのかについて信頼できる診断を下すこと、ということになるでしょうか。結局、そのような課題は「哲学的課題」と呼ぶほかないのでしょうが、もはや哲学として登場することはないように思います。

 何かまとまらない話になりましたが、今日のところはこの辺で。ss

Saturday, November 13, 2004

理論=実践のAdressat

ss: さて、お返事できなかった前回のメールについてですが、

しかし、世界中で通用する一般的な哲学像などはなく、あるのは常にローカルな個々の国ないし地域の哲学像なのだとすれば、私の描いた哲学像がきわめて「フランス的例外」であるのと同様に、ssさんの持つ哲学像もまたアングロ=サクソ
ン的(=日本的)なものではないでしょうか。これは制度としての哲学ないし人文科学がそれぞれの場所で置かれた位置に由来する差異だと思います。フランスでは哲学が、アグレグで常に筆頭に上げられるといったミニマルなことだけではなく、公共空間・知識人社会においてすら、特権的な地位を有している。

哲学像の相対性の問題はわかります(私の場合、日本的・アングロ=サクソン的というより、むしろ個人的なのかもしれませんが)。そして、それぞれの地域的文脈を考慮する必要があり、それゆえ、少なくともフランスの文脈においては、哲学の地位を重視しなければならない、という話もわかります。

 ただ、おそらくフランスにおいても、程度の差こそあれ、「公共空間・知識人社会」そのものが機能低下・価値喪失を被っている、ということはないでしょうか? そしてそれは短期的な値動きというより、長期的なトレンドと見ることができるのではないでしょうか?

 「公共性の構造転換」(啓蒙時代への郷愁)であれ、「グーテンベルク銀河系の終焉」(デジタルメディア時代の福音)であれ、どのような形で語るにせよ、哲学がその位置を占めている「公共空間」なるものは、機能喪失を「歴史的・構造的に宿命づけられている」、というのが私の言いたかったことです。  もっとも、私自身がメディアの問題を考察するとすれば、 それにどのような名称をつけるにせよ、私の中ではほとんど「哲学」と呼びうるものになるでしょう。でも、「だからやはり哲学なんです」という話にはならず、(伝統的かつ理念化された)「公共空間」の外部に介入しうるような理論=実践が必要であって、その理論=実践の主要なAdressatは、哲学などに関心をもたない人々でなければならないと思うのです。(結局この考えは「知識人/大衆」というような二項対立を温存してしまうのですが、それはまた別の話)

もちろん私が唱えていたのは、内と外の両面作戦です。アグレグ論文はまさに「国内的な知的レベルの再活性化」という目的に向けられたものにほかなりません。

この点は完全に同意見です。(私の場合、外に向けて出すのは、言語学史・言語思想史についてのごくごく実証的な研究でしかありませんが)

 それはそうと、アグレグについての論文、紀要とかに出すのではほとんど意味がないように思います(読まれませんから)。ひょっとすると、今後の就職のことなどを考えてかもしれませんが、すでに建前上でも、アカ デミックな媒体とジャーナリスティックな媒体との区別は消滅しつつあるのです(「国際的な専門研究雑誌」への「手堅い」業績の存在が前提になるでしょう が)。むしろ、非アカデミックな媒体への露出があるほうが採用の見込みは大きいかもしれません。 ss

Tuesday, November 02, 2004

両面作戦(哲学の地政学)

ssさんへ

 今度11月中旬にポワティエである国際コロック「フィヒテと1804年の知識学」に参加する(もちろん物見遊山ですが)ことが本決まりになったので、この機会にフィヒテ研究を少しだけ本格化させようと思っています。マルケの要約は、途中までになってしまいましたが。。

(…)大雑把に言いますと、この哲学像の希薄化は、私個人の資質の問題である以上に、哲学そのものの歴史的状況に由来するように思うのです。つまり、私にとって哲学がはっきりしなくなっているだけでなく、哲学自体がその輪郭を失いつつあって、しかも、そのことがほぼ歴史的・構造的に宿命づけられているのではないだろうか、と。

しかし、世界中で通用する一般的な哲学像などはなく、あるのは常にローカルな個々の国ないし地域の哲学像なのだとすれば、私の描いた哲学像がきわめて「フランス的例外」であるのと同様に、ssさんの持つ哲学像もまたアングロ=サクソン的(=日本的)なものではないでしょうか。これは制度としての哲学ないし人文科学がそれぞれの場所で置かれた位置に由来する差異だと思います。

 フランスではアグレグで(bacでも)常に筆頭に上げられるといったミニマルなことだけではなく、哲学は公共空間・知識人社会において特権的な地位を有している。これに対して、アメリカや日本において明らかなのは、哲学の社会的地位の低さ、そしてそれと呼応したある種のプラグマティスム、究極的な即物主義(ノイエ・ノイエ・ザッハリヒカイト?)、あるいは似非現実主義の動かしがたい優位です。そして我々に必要なのは、まさにこのような地政学的分析に基づいた個別的な戦略というわけで、ssさんのおっしゃるように日本国内での思想の活性化は絶対に必要なことです。

他方で、少なくとも日本における知的言説の驚くべき衰退があります。(…)むしろ、私にとっては、輸入/輸出の関係より、いわば「内需拡大」のような形で、国内に向けての発信、国内での知的流通の活性化のほうが、より優先されるべき課題に思える。

もちろん私が唱えていたのは、内と外の両面作戦です。アグレグ論文はまさに「国内的な知的レベルの再活性化」という目的に向けられたものにほかなりません。しかし、それと同時に、――困難なのは分かっていますが、どちらが先というのではなく――国際的にも我々の知的営為(知的創造とまではいかないとしても)を訴えていかなければならない。もちろん創造的な思考の運動は、ほぼ必然的に国境を越えていくものでしょう。けれど伝播に要する「時差」というものは拭いがたくある。独・仏・英語で哲学すれば、偉大な思想は放っておいても必ず早急に世界に波及するのですから、ドゥルーズやデリダやバリバールは淡々と自国語で(ないし英語で)やっていけばいいわけだけれど、特殊日本的にみれば、我々は同じ形では戦いえない。

 ルターの映画?知らなかったな。ブルーノ・ガンツのヒトラーの噂はかねがね聞いてますが、まだ観てません。ぜひ観たいですね。

 ところで、今年私が見た超マニアックな映画といえば、ヒトラーとも結構関係するのですが、ハイデガーの『ヘルダーリン「イスター」講義』に関するスティグレール&ナンシー&ラクー&ジーバーベルク(!)へのインタヴュー・ドキュメンタリーです。ヘルダーリンの有名な詩を想起させた後にドナウ沿いの土産物屋を写して"Andenken"とか、重度のニコチン&アルコール中毒患者として有名なラクーが西洋世界の衰退を「息吹souffle=esprit=Geistの途絶」として解釈した後に彼の山盛りになった灰皿がクローズアップされたりと、笑いどころ満載。

Wednesday, October 27, 2004

哲学の終焉?(Re: ルターとメディチ家)

ss: というわけで、先週のメールの話なのですが、

一般的なフランス人哲学者たちはもちろんのこと、いわゆる重要な現代思想家、バリバールは別だけれど、たとえばラクー=ラバルトなんかでさえも、日本人をせっせと自分の著作を自国に紹介してくれる気のいい翻訳者としてしか見ていない(もちろんお分かりのように、これは個人の性格の問題ではありません)。それも当然なんで、過去数十年来、そして未だに、私の同業者たちはフランス人と対等の位置に立とうとはしていない。彼らをスターか何かのように見ている。舞台に上がるのはいつも彼らで、自分たちは観客か、せいぜい舞台批評家。実際、ドイツ哲学はいざ知らず、少なくともフランス哲学の分野でフランスでも認められている日本人研究者(翻訳者として名前を知られている人、ではなくて)が何人いるでしょうか?客観的に見て、フランス人に勝てない。それは何故なのか。
大言壮語に響くのを承知の上で言えば、こういった理由を冷静に分析し、社会的なレベルでの底上げを図るにはどうすればいいかを模索することと平行して――私の「アグレグ」論文はこの文脈に位置しているわけです――、
私自身が個人のレベルで量的にも質的にもアウトプットを向上していかなければならない。そのこともあって(もっと本質的な諸理由もありますが)、仏語で思考し書くことにこだわっているんです。「世界に向かって開かれる」ということは、世界のさまざまな動向を知る(自国に翻訳紹介する)というだけではまった
く十分ではなく、その動向に自ら能動的に携わっていく(外に向かって発信していく)ということでなければならない。

私としては、hfさんの焦燥感もわかる気がするし、輸入超過の現状を何とか変えていかなければならないという至極当然の問題意識もある程度以上は共有しているつもりです(これはもちろん哲学に限ったことではありませんが)。

 が、それとは別の次元で、あらためて自分自身は「哲学者」だという意識が薄いのだなと思いました。これまで、文学でもなく、哲学でもなく、言語学でもない、という感じで、あっちに揺れ、こっちに揺れしながらやってきたので、特定のディシプリンに対する帰属感が希薄なのは、私の短所でもあり、いくぶんかは長所でもあるだろうと期待しているのですが、それだけではなくて、私にとってはどうも「哲学」というものがあまりはっきりとした像を結ばなくなっているのです。

 詳しく書き出すと長くなるし、結局、これまでも何度かhfさんにお話ししたことの繰り返しになりそうなので、大雑把に言いますと、この哲学像の希薄化は、私個人の資質の問題である以上に、哲学そのものの歴史的状況に由来するように思うのです。つまり、私にとって哲学がはっきりしなくなっているだけでなく、哲学自体がその輪郭を失いつつあって、しかも、そのことがほぼ歴史的・構造的に宿命づけられているのではないだろうか、と。

 他方で、少なくとも日本における知的言説の驚くべき衰退があります。これは、日本国籍の哲学研究者が海外でどの程度評価されているかという話より、私にとっては、はるかに深刻な問題に思えてなりません。「いや、そういうことを考えるのも哲学なんですよ」という答えが返ってきそうだし、それはある程度その通りなんでしょうけど。むしろ、私にとっては、輸入/輸出の関係より、いわば「内需拡大」のような形で、国内に向けての発信、国内での知的流通の活性化のほうが、より優先されるべき課題に思える。

昨日のarteの特集は、「ルターとメディチ家」でしたが、ご覧になりましたか?結構つぎはぎっぽい(無理やりくっつけたっぽい)構成でしたけど、ルターの生涯を描いても、「個人の解釈の自由を唱えつつも、後に権威主義に悪用される要素が彼の思想の中に存在するのだ」とちゃんと問題点を指摘しているあたりは、最低限の批判的視点を保持しててよかったです。

やってるのは知っていたのですが、帰ってきた後なので観られませんでした。そういえば、去年くらいにルターの生涯を描いた映画がありましたね。観てませんが。フランスでも公開されてたのかな?  映画といえば、「人間としてのヒトラー」を描いたということで話題になっている『滅亡(Der Untergang)』を観に行きたいと思っています。監督は、日本でも『エス』というタイトルで公開された『Das Experiment』のオリヴァー・ヒルシュビーゲル。ヒトラー役は、『ベルリン天使の詩』でおなじみのBruno Ganz。2時間半あるらしいです。

 ではまた。 ss

Tuesday, October 26, 2004

オクターヴ・アムランの生涯と著作

オクターヴ・アムラン(Octave Hamelin)は、1856年、Lion-d'Angers(Maine-et-Loire)生まれ。複数の中等教育機関で、次いで高等教育機関で(ボルドー大学文学部、ENS、ソルボンヌ)哲学を教える。博士号を取得して程ない1907年9月8日、溺れていた二人の人を助けようとして死去。享年51歳であった。アムランは、ラシュリエより24歳年下、ベルクソンより3歳年上である。

アムランの生前に刊行された著作は、博士号取得主論文と副論文の二冊しかない。しかも、どちらも一般的な形で刊行されたのは、死後数十年を経てからのことである。

Essai sur les éléments principaux de la représentation (1907), 2e éd. avec références et notes édité par André Darbon, Alcan, 1925 ; 3e éd. PUF, 1952.
Aristote, Physique, liv. II, traduction et commentaire (1907), 2e éd. Vrin, 1931.

論文に関しては生前に刊行されたものが十数本ある。帰納法に関するもの(ラシュリエの弟子としての面目躍如といったところか)、哲学史上のさまざまな問題に関するものが多い。それ以外には、1902年5月21日にFédération bordelaise de la Jeunesse laïqueの聴衆を前に行われた講演を収めた32頁の小冊子、『知育による徳育L'éducation par l'instructionがある。

死後刊行されたものとしては、次のものがある。
1910年、エピクロスの手紙(ヘロドトス宛、ピュトクレス宛、メノイケウス宛)を敷衍しつつ翻訳したもの(traduction paraphrasée)、E.デュルケムの手により、Revue de métaphysique et de morale, 18e année, n°3 bis (numéro supplémentaire).に発表。
1911年、『デカルトの体系Le Système de Descartes、1903-4年度にENSで行われた講義の講義録(アムランは講義をすべて執筆していた)、préface d'Emile Durkheim, publié par Léon Robin(レオン・ロバンは高名なプラトン研究者)で、アルカン書店から刊行。
1920年、『アリストテレスの体系Le Système d'Aristote、1904-5年度にENSで行われた講義の講義録、publié par Léon Robinで、アルカン書店から刊行。
1923年、「アリストテレスの道徳論La Morale d'Aristote」、Revue de métaphysique et de morale, pp. 497-507. 「ある点で先の著作を補うもの」であるらしいが、ミレーはどの点であるかを明記していない。
1927年、『ルヌーヴィエの体系Le Système de Renouvier、1906-7年にソルボンヌで行われた講義の講義録。 publié par P. Mouy chez Vrin.
1953年、『アリストテレスとその注釈者たちによる知性理論La Théorie de l'intellect d'après Aristote et ses commentateurs、Bibliothèque Victor-Cousin (Sorbonne)に保管されていた草稿に基づき、publié par E. Barbotin chez Vrin.1906年に執筆されたものと推測されている。

その他未刊のアムランのテクストのいくつかの次の著書に部分的に引用されている。
René Le Senne, Le Devoir, Alcan, 1930.(アムランの書簡の引用)
L.-J. Beck, La Méthode synthétique d'Hamelin, éd. Aubier, s.d.[1935].(未刊テクストの引用)

この他にも多数の完全に執筆された講義録が上記図書館に保管されているが、いずれも未刊。これらの書誌情報に関しては、ナベールによる報告が1957年のLes Etudes Philosophiquesに。

さらに時代を下ると、
1978年、Sur le "De Fato", publié et annoté par Marcel Conche, Villers-sur-Mer : Editions de Mégare.
1989年、Fichte, cours d'Octave Hamelin et cours de Henri Bergson, introduction de Fernand Turlot, Strasbourg : Association des publications près les universités de Strasbourg, n°spécial des "Cahiers du Séminaire de philosophie", 7.
1990年、Aristote, La nature : Physique, livre II, trad. d'O. Hamelin, introd. par Jean-Claude Fraisse, Paris : Hatier, coll. "Profil philosophie" Série Textes philosophiques 755.
1990年、Épicure, Lettres, trad. d'O. Hamelin, rev. et corr., présentation et commentaires, Jean Salem (1952-), Paris : Nathan, coll. "Les Intégrales de philo" 5.
2000年、Épicure, Lettres et maximes, trad. du grec par Octave Hamelin et Jean Salem, Paris : EJL[=Ed. J'ai lu], coll. "Librio" 363.

ラシュリエとアムラン

Lachelier, La nature, l’esprit, Dieu, textes choisis par Louis Millet, Paris, PUF, coll. « Les grands textes. Bibliothèque classique de philosophie », 1955.

Hamelin, Le Système du savoir, textes choisis par Louis Millet, Paris, PUF, coll. « Les grands textes. Bibliothèque classique de philosophie », 1956.

このシリーズは、大哲学者たちの複雑・膨大な哲学体系をできるかぎりコンパクトに再構成するような形で編まれたアンソロジーを提供しようとするものである。ドゥルーズ編集によるベルクソン『記憶と生』(原書1957年、前田英樹訳、未知谷、1999年)も、元はこのシリーズから出ている。

超メジャーな哲学者たち、たとえばデカルトの或るアンソロジーを他のシリーズのアンソロジーと比べるのも面白いかもしれないが、哲学者別に編まれたこの手のアンソロジーで最も興味深いのは、なんといっても他のシリーズでは扱われていないような「マイナー」な哲学者たちのセレクションである。このシリーズで言えば、上に挙げた二人もそうだし、クルノーだとかルヌーヴィエだとかいった存在もそうである。「マイナー」と鈎括弧をつけたのはむろん、ラシュリエもアムランも彼らの生前は高名であったわけで、現代的な興味関心の尺度の「偏り」に注意を喚起しておきたいからである。それにしても、1950年代中盤になぜラシュリエやアムラン?という驚きはある。

それはともかく、この二人の巻を担当しているのは、同じルイ・ミレーという人物である。身分に関してはアグレジェであるとしか記されていない。タルド研究の先駆的存在であるミレーかとも思ったが、あれはJean Miletであった。

ルターとメディチ家

この間、追悼企画として Arte でD'aieullers Derrida をやっていたので、偶然見ることができました。

あの映画、私も見ました。EHESSでだったかの講義風景の中に知ってる日本人がいたりして、やっぱ「パリのソルボンヌあたりうろついてるフランス現代思想好き日本人」って感じで恥ずかしいなと(冗談です。むろん真剣にフランス現代思想と格闘している方々も大勢いらっしゃるし、その中の数人は私たちの共通の友人でもあります)。昨日のarteの特集は、「ルターとメディチ家」でしたが、ご覧になりましたか?結構つぎはぎっぽい(無理やりくっつけたっぽい)構成でしたけど、ルターの生涯を描いても、「個人の解釈の自由を唱えつつも、後に権威主義に悪用される要素が彼の思想の中に存在するのだ」とちゃんと問題点を指摘しているあたりは、最低限の批判的視点を保持しててよかったです。
 ラクー=ラバルトは、マルクス的な「批判」の伝統は、その「脱構築」的派生形態まで含めて、ルター的プロテスタンティスムに由来すると考えているようなのですが、ナンシー的な視点から言えば、ルターもまたカトリック的「キリスト教の脱構築」を行なった一人だということになるのかな、などと夢想に耽りながら見ておりました。

Thursday, October 21, 2004

スシボンバーの憂鬱

ssさん、一点だけレスポンスを。

動き、というのは、雑誌などの媒体を作る、という意味ではないですよね?

 aaさんは以前、柄谷さんの「アメリカコンプレックス」を少しからかったりしていたけれど、柄谷さんが「日本人は世界でものを考えてると思われていない」と常々言ってるのは、そのとおりだと思うんです。私の場合は、まずはフランスに向けて(もちろん同時に英語でも、そしていずれは――warum nicht?――独語でも)発信したいと強く願っているんです。一般的なフランス人哲学者たちはもちろんのこと、いわゆる重要な現代思想家、バリバールは別だけれど、たとえばラクー=ラバルトなんかでさえも、日本人をせっせと自分の著作を自国に紹介してくれる気のいい翻訳者としてしか見ていない。

 それも当然なんで、過去数十年来、そして今もなお、私の同業者たちはフランス人と対等の位置に立とうとはしていない。彼らをスターか何かのように見ている。舞台に上がるのはいつも彼らで、自分たちは観客か、せいぜい舞台批評家。実際、ドイツ哲学はいざ知らず、少なくともフランス哲学の分野でフランスでも認められている日本人研究者(翻訳者として名前を知られている人、ではなくて)が何人いるでしょうか?客観的に見て、日本人哲学者の平均レベルはフランス人哲学者のそれと比べて、質的に劣っている。それは何故なのか。

 馬鹿げた比喩ですが、サッカーのFWには最低でも二つの能力が要る。巧みな技巧を使って相手DFをかわしていく能力と、多少強引にでも自らゴールを狙っていく能力。日本のFWには、後者の能力が欠けている場合がほとんどです。ゴール前までは何とかいけても、決定的なチャンスを自分で決められない。柳沢など、せっかくのシュートチャンスを得ても、「ゴールの確率をあげるため」と称して味方に余計なパスをして、挙句の果てに監督に「男に媚びる女のようなスタイルlezioso(ま、これは日本の週刊誌の扇情的な翻訳なんで、正確には「マニエリスト」という感じですけど)」だと評されている。欧州で活躍している(もちろん相対的に、ですが)日本人に中盤の選手が多いことは偶然ではありません。

 哲学にも最低二つの能力が要る。哲学史的・語学的な基礎教養と、ほとんど本能的と言ってもいいかもしれない図式を直感する力。どちらが欠けても国際的な舞台では活躍できない。例えば、浅田さんには自らゴールするという意欲が根本的に欠けているように思われるし、柄谷さんには――たいへん失礼ながら――強引にシュートを放って「決めた!」と自信満々だけれど、実はすでにオフサイドの笛が吹かれていた、というようなことが大変多いのではないでしょうか。日本の「哲学」にはエースストライカーがいない。むろんお二人は「私は批評家だ」とおっしゃるでしょうが、まさに誰も責任を持って「哲学」を引き受けないところにこそ問題があると思うのです。

 「サッカーと同じで、そもそもあちらの文化だから」「始めたのが遅く、向こうのレベルに到達するまでに時間がかかるから」という文化的・歴史的な理由。「日本にはノルマルにあたるエリート養成国家装置も、アグレグにあたる最低限の大学教育を保障する国家装置もないから」という制度的な理由。「哲学の場合、世界に向けて発信するには、英・独・仏のいずれかの言語で書かなければならないから」「そもそもフランスの哲学界は閉鎖的だから」という言語的・地政学的な理由。大言壮語に響くのを承知の上で言えば、こういった理由を冷静に分析し、社会的なレベルでの底上げを図るにはどうすればいいかを模索することと平行して――私の「アグレグ」論文はこの文脈に位置しているわけです――、私自身が個人のレベルで量的にも質的にもアウトプットを向上していかなければならない。そのこともあって(もっと本質的な諸理由もありますが)、仏語で思考し書くことにこだわってるんです。

 「世界に向かって開かれる」ということは、世界のさまざまな動向を知る(自国に翻訳紹介する)というだけではまったく十分ではなく、その動向に自ら能動的に携わっていく(外に向かって発信していく)ということでなければならない。前回「動き」といったのは、この思想のレヴェルでのムーヴメントということです。組織・媒体づくりももちろん重要なことだと思っていますが、今の私の主要目標ではありません。

註:「スシボンバー」は、2004年現在ドイツのサッカークラブ「ハンブルガーSV」に所属するFW高原直泰にドイツのスポーツメディアが付けた、なんとも芸のない渾名。頑張れ、タカハラ!

Tuesday, October 19, 2004

第四次『批評空間』

ちゃんとしたものの書ける書き手を欲しがってると思いますよ。

いずれそう言われるように、今は基本的なことが確実にかつ簡単にできるようになりたいですね。コンスタントに上質の論文が書けること。そのためには、まだまだやらなきゃいけないことがたくさんありすぎて。自分のbassesse d'espritを改善していかないと。

『前夜』

ssさん、それ、私も以前、某MLで紹介しましたよ(笑)。

おそらく第四次『批評空間』は実現しないでしょうし。

それに、やはりそろそろ私たち自身の手で新たな動きを作っていかないとね。浅田さんにも柄谷さんにも欠けていることはあるわけだし。柄谷さんに関して言えば、何年も前から言ってますが、福田和也の-もちろん私は福田和也には全般的に否定的ですが-「柄谷行人氏と日本の批評」(『甘美な人生』所収)の批判が白眉ですね。福田があそこで言ってることはすべて当たってると思います。

浅田さんについては、デリダ追悼で「要約に抵抗する哲学を貫いたことは賞賛に値する」って、「お前が言うな!」ってどっかで突っ込まれてたけど、私は結構いいとこついてると思うな。分かりやすい言葉で哲学を「乱暴に要約する」ことは、理解不可能な言語で哲学を韜晦に語り続ける一部の講談哲学や、日常言語で「私の人生哲学」を語るジャーナリズム哲学――「イチローは現代の武蔵」と語る自称「哲学者」とかね(笑)――と、悪い形で相補的に「日本の思想」を形成している。いずれも本質的に「哲学」を拒否することで成り立っていると思うんですね。

デリダ関係の情報ありがとうございました。この間、追悼企画として Arte でD'aieullers Derridaをやっていたので、偶然見ることができました。
あ、ssさんもarte見られるんですね(mgさんは見てらっしゃらないようだったから)。だったら、私が最近気に入ってる番組をひとつご紹介しておきましょう。毎週日曜日の午後8時から15分ほどやってる"Karambolage"という番組です。フランスとドイツの文化習慣の違いなどをきわめてミニマル(日常的)なレベルで-フランス人がpetits riensと呼ぶものですね-紹介しようというのが基本コンセプトですが、仏語と独語の相互影響の歴史を毎回ひとつ紹介してくれるので、きっとssさんの興味を引くのではないかと思います。ぜひご覧ください。
http://www.arte-tv.com/fr/connaissance-decouverte/karambolage/104016.html
これまでの回もすべてサイト上で見られるようです。

Sunday, October 17, 2004

デリダもフィガロにかかると

ssさん、

「日本の大学の紀要」云々とありますが、そういう意図なのでしょうか。

 今のところどうも日本語で哲学論文を書く気になれないんですね。「どうしても日本語で今書かねばならないこと」というと政治とか教育のことになってしまう。そういう自分の中でのモチベーションの問題など、諸々の理由からです。まあ他に発表媒体がないということが一番の理由ですね(笑)。私の主張は要するに「高等教育の将来を真剣に考えるならば、教員資格用の試験(各分野別のアグレグ)と研究用の博士課程の二本立ての制度にしたほうがいいのではないか」という純粋に制度的な提案に尽きるので、第一義的には大学関係者以外に向けられていないということもありますが。

それはそうと、デリダが亡くなったのですね。

 リベ(Libération左翼系)の特集に力が入ってたり、リュマ(L'Humanitéユマとも。共産党機関紙)がバリバールの追悼文を載せたりするのは分かるんですが、フランスの読売(時々産経)であるフィガロの取り上げ方には思わず笑ってしまいました。
"Jacques Derrida. L'homme qui a fait aimer la philosophie aux Américains"
まあこれなら保守派も気兼ねなく追悼できるという(笑)。ル・モンドのインタヴューもよろしければどうぞ。http://www.lemonde.fr/web/article/0,1-0@2-3230,36-375883,0.html

Friday, October 15, 2004

セリス、「ベルクソンと技術」

先週109日土曜未明、ジャック・デリダが死んだ。彼の哲学における生と死の問題、哲学と神学の関係、目的論、技術、動物性、性差の問題。いかなる偉大な哲学者にも言えることだが、同時代より早く、同時代より遅く、同時代から隔絶して、同時代と「斜めの」関係を結んでいた哲学者。

もう一度技術の問題に戻ろう。

Jean-Pierre Séris, « Bergson et la technique », in Bergson. Naissance d’une philosophie, Acte du colloque de Clermont-Ferrand 17 et 18 novembre 1989, PUF, 1990 ; La technique, PUF, 1re éd., repris dans la coll. « Philosopher », 2000.

専門家でないものが時として斬新な視点から大きな帰結をもたらすことがある。「travail労働・仕事」という概念の多様な用法を検討することによって、ベルクソンにおける技術の問題の核心に迫ろうとしている、このジャン=ピエール・セリスの場合はまさにそれである。

セリスは、ベルクソンにおける「仕事・労働」の比喩の重要性を強調するために、まず三つの予備的考察から論を始めている。

1)ベルクソンにおける「労働」の二つの意味。ベルクソンとプロティノスにおける「イマージュ」の様々なカテゴリーを比較したモセ=バスティッドによれば、ベルクソンにおいては、大方の予想に反して、生物学から借りられたイメージよりも、技術techniqueや手仕事métiersから借りられた(また同様に筋肉印象impressions musculairesから借りられた)イメージのほうがはっきりと優勢を占めている。ベルクソンはまた、きわめて頻繁に「仕事travail」や「仕事をするtravailler」 といった語を用いている。しかも、自分の哲学的な活動や自分自身の著作を指すためのみならず、これらの語の実に多様な含意を巧みに駆使しつつ、意義深い形 でこれらの語を用いている。「仕事」は主に、知性の活動を指す否定的な用法と、持続・生・自然・芸術などの創造的発明的練り上げを指す肯定的な用法があ る。後者は、「分かちがたく結びついている前者に、自分のリズムを押し付ける」「成熟ないし創造という内的な作業=仕事」である。

こ こで「しかし結局のところこういった語彙はすべて比喩的に用いられているだけだ。ただの比喩にすぎない」というありうべき誤解を反駁しておかねばならな い。「絶対的に新しいものの持続的な練り上げ」や「作業」といった語彙が、語源学的なつながりといういささか迂遠な関係によって生産的な仕事を喚起すると いうだけではなく、機械論と目的論を擬人主義的だとして同時に退ける態度を超えて、「仕事」という語自体がベルクソン哲学の中心において強く必要とされて いるのである。

仮に隠喩があるとしても、それはむしろ反対の方向にである。すなわち、むしろ道具に関心を寄せる「Homo faber」 の仕事そのもののうちに、分業され、目的論化され、勤勉な、骨折りの多い仕事のうちに、機械の操縦者や設計者の作業のうちに、エネルギーや疲労や怠惰と切 り離しえないある経験が顔をのぞかせているのである。そしてこの経験は、ただ創造のベルクソン的哲学のうちでのみ、その真の意味、その存在論的意味を明か してくれる。

だ が我々は、セリスのように、「仕事」という語彙はただ単に比喩的に用いられているのみではない、もっと重要な意味においても用いられている、というだけで は満足しない。問題になっているのはまさに、ベルクソンにおける「比喩」の哲学的な地位なのである。そして、これはひいてはフランス現代思想における「比 喩」「アナロジー」の地位というきわめて重要な問題へと(ソーカル&ブリックモンは無論のこと、ブーヴレスとも異なる形で)つながっていくのである。

2)ベルクソン哲学はこれまでたびたび創造の哲学une philosophie de la créationとして捉えられてきた。だが、むろん連続性continuité、自発性spontanéité、奔出する跳躍élan jaillissantと いった、ベルクソンが生の進化の主特徴を捉えるために用いた語だけでは、自由な活動、創造的なエネルギーをそのすべての作業において、そのすべての獲得し た広がりにおいて描くには十分ではない。そもそもベルクソンは生のうちに創造の第一原理を見て取るだけで満足するような物活論者ではない。したがって動詞 「生きるvivre」は、「仕事をする、作業するtravailler」へと引き継がれねばならず、「仕事、作業travail」は「生vie」という語と競合関係に入らねばならない。

3)ベルクソンが「仕事・労働」という語を用いていた当時の知的文脈。①スミスやリカルドー以来の経済学の文脈、②H.Milne-Edwards以来の生理学の文脈、③デュルケム社会学の文脈、マルクス以来ジョレスに至るまでの社会主義運動の文脈、④ゾラに代表される文学的表現の文脈などがある。「仕事・労働」に、生産と再生産、

生一般と社会生活一般が交差する地点を見て取ることは、ベルクソンに限らず、当時一般的であった。

少しだけ詳しく見ておくと、経済学から生理学へ輸入された後で、分業概念はまず、デュルケムによって「社会的分業division du travail social」として、すなわち「機械的連帯」から明確に区別される「有機的連帯」として捉えられる。Milne-Edwardsの発見(有機体における仕事の生理学的分担)には、とデュルケムは書いている、

「分業の作用領野を著しく 広げると同時に、無限に遠い過去のうちに分業の起源を求める態度を退ける効果があった。というのも、生理学的分業は、生が世界に到来したのとほぼ同時とい うことになるからである。もはや人間の知性と意志のうちにその根を持つのはただ社会的制度ばかりではない。生物学的現象全般の諸条件を、有機化=組織化さ れた物質の本質的な諸特性のうちに求めねばならないのである(?)。分業はもはやこの一般的なプロセスの一個別形態として現れるにすぎず、諸社会は、この 法則に適合しつつ、はるか以前に生じ、生の世界全体を同じ方向へ連れていくある流れに従属しているように思われる」。

だ が、デュルケムは同時に、社会的分業は、「ある本質的な特徴によって」生理学的分業から区別される、ということを示す。「有機体にあっては、各細胞は決 まった役割を担っており、それを取り替えることはできない。社会にあっては、諸々の仕事は決してそれほど固定的な形で配分されているわけではない[…]。 労働がさらに分担されるにつれて、この柔軟さと自由はますます大きくなる」。無論、この分業というテーマは、ハーバート・スペンサーにあっても進化の事実 という形で見出される。

いずれにせよ、仕事・労働という概念は、ベルクソンにあって、「努力の哲学」のためにかなりの拡張を受けることになる。

以上のような三つの予備的考察を経て、セリスは、順次「労働」概念のきわめて異なる二つの側面を見た後で、その連関を見ていく。

1)労働はまず、その中で用いられ展開される「努力effort、エネルギーの消費、苦労、骨折り仕事(besoigne)、労働(labeur)を含意する。

  2)労働は次いで「媒介médiation」「迂路détourという次元で発展する。Comme le dit une locution latine « Labor improbus », le travail maine la ruse.あるいはただ単に「道具outil。労働は、諸対象(物であれ記号であれ)の配置を修正しそれらを再配置する作用を伴う。この製作的再配置は、あるプランに合致した、ある人工物の骨の折れる実現に到達する。

1)最低限の努力、最低限のエネルギー消費、最低限の辛抱強さ=恒常性(constance)、最低限の覚醒状態=警戒(vigilance)、最低限の注意ないし緊張がなければ、労働はない。この意味で、「努力」は、仕事・労働の最小限の人間学的前提(présupposé anthropologique minimal du travail)である。まさにそれゆえにle travail fatigue.であり、「仕事をする・労働する」とは、絶えずこの疲労を乗り越えていくことに他ならない。労働の核心部分は、ベルクソン哲学にあっては、引き受けられるより前に課されており、選び取られるより前に要請されている。労働とは、必要と結びついた強制の事実なのである。

 ベルクソンは、メーヌ・ド・ビランやラヴェッソンの努力の哲学の遺産継承者である。ベルクソンのより直接的、より明示的な参照先としては、ウィリアム・ジェイムズ(例えば、彼の1880年の論文「努力の感覚」)やデューイ(例えば「努力の心理学」)を挙げることができるであろう。

だが、アンリ・グイエが述べている ように、メーヌ・ド・ビランと違って、「ベルクソンは努力の分析に留まっているわけではない」。いや言いたいのは、ベルクソンの目的が生きられた経験とし ての努力を反省的に描写することよりも、むしろ努力の感情のうちにある肯定的=実証的な力の印を認めることだ、ということである。そのためにこそ、知的労 働と結びついた知的努力は、ベルクソン哲学にあっては、筋肉努力や物理的努力の精髄としてあらわれるのである。これこそ、『物質と記憶』以来、「精神の通 常の仕事」と我々の精神生活の異なる調子を条件づける生への注意とその様々な度合いとして描かれているものである。ベルクソンは、序文の中でこう述べてい る。「これは本書を指導する思想の一つ、我々の労作の出発点の役に立った思想である」。ベルクソンの第一論文集『精神のエネルギー』も、この観点からする と、非常に示唆的なものである。1907年以前に発表された諸論文には「創造」の語は含まれていないが、その着想はすでに準備されていたと言える。1907年 の『創造的進化』以降の諸論文は、言ってみれば前期ベルクソンの「努力の哲学」を完成したのである。これ以後、もっぱら、「生の活動に特徴的な非物質的な ものの増大する物質化」の側面、「物質は努力を喚起し可能にする」という事実、物質的実現、物質なしに努力はありえないという側面が強調されることにな る。したがって、「知的努力」で満足しているわけにはいかない。

Thursday, October 14, 2004

Re: アグレグ

hfさん

ひとまずこの間のアグレグの試験の詳細だけまとめたので、お送りします。

どうもありがとうございます。早速読ませていただきました。完成稿を楽しみにしています。「日本の大学の紀要」云々とありますが、そういう意図なのでしょうか。いくつか気がついたことがあるので書いておきます。

p.1: 「独立行政法人化」とありますが、結局、独立行政法人化の適用は受けず、国立大学だけを対象にした特別法を作ったのです。正式名称は、「国立大学法人」です。制度設計上、中央の管理が強くなり、天下りは増え、大学の自主性はますますなくなるのだから、さすがに「独立」はまずかろうと名前を変えたのです(笑)。

「Q10 国立大学法人制度は、独立行政法人制度とは、どこがどのように違うのですか」: http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/houjin/03052702/010.htm

p.2: 「文部省」は、いわゆる省庁再編のため、科学技術庁と統合して「文部科学省」になっています(平成13年1月6日より)。

それはそうと、デリダが亡くなったのですね。もうずっと前から病気のことは知られていたし、ドゥルーズのときのような感慨はないけれど、漠然と、ひょっとしたら世界的に「哲学者」があれほど影響をもつのは彼が最後じゃないかという気がしています。 ss

Monday, October 11, 2004

哲学のアグレガシオン、アグレガシオンの哲学(序論断片)

 かつて大学教授と言えば、「黄ばんだ昔の大学ノートを誰にも聞こえないような声でぼそぼそ読むだけ」という紋切り型のイメージが流通していた。また、このような授業風景が大学の授業に魅力がないことの理由に挙げられてもいた。だが、このような紋切り型が定着した背景には、個人的な資質よりも――言う までもなく「大学教員になるような人間には社会性が欠如している」といった言辞自体、取り上げるに足りないもう一つの紋切り型である。非常識な会社員などいくらでもいる――、むしろ構造的な要因があるように思われる。それは、日本には「研究者」養成機関はあっても、「大学教員」養成システムは存在しない、ということである。より正確に言えば、実際には大学教員の大半を輩出する機関であるにもかかわらず、日本の大学院は、将来大学に奉職することを念頭においている研究者の研究能力を養成することを目的としているのであって、将来大学で教育に従事するために必要な知識・技術を習得させることを目的としてはいない、ということである。

 大学教員採用試験もまた、説得的に弁じられるという言説能力をさほど重視しておらず、模擬授業などの形で具体的に証明させることも増えてきたとはいえ、まだまだ完全に一般化したとは言えない。大学院で将来の大学教員候補生としての養成教育を受けたわけでもなく、大学教員採用試験で教育に対する一定以上の適性能力を証明させられる機会もない以上、誰が好き好んで教育能力の向上に時間を割くであろうか。その結果が、冒頭に上げた紋切り型である、ということは決してありえないことではない。長引く不況、少子化、独立行政法人(国立大学法人)化などによって、ただでさえ就職が困難であるといわれる現状では、大学教員になりたい者は、あくせくと自分の研究成果を論文で発表することに血道をあげるほかはない。なぜなら大学教員になるための条件は、多くの場合、教育適性能力を持っているか否かではなく、執筆した論文の数だからである。こうして高等教育のまさに中枢で、教育の根幹がないがしろにされている。

 私がここで、アグレガシオン[1]というフランスの高等教育資格国家試験制度の概要を説明し、その歴史を簡単に振り返るのは、このような危機的な状況に際して、ささやかな形であれ、理論的な介入を試みるためである[2]。最初にごく簡単に結論を言っておけば、次のようになる。フランスの高等教育においては、研究者養成機関としては3e cycleがあり、教育者養成機関としてはアグレガシオン準備クラスがあって、この区分は、少なくとも教授能力の適正化および研究者の質の向上には一定の役割を果たしていると言える。まず3e cycleは、主にアグレガシオン(ないしカペス)を取得して基本的な就職先を保障された学生たちが次段階のキャリアアップの過程として選択するもので、日本の大学院生のように常に将来の心配を抱え、同時に自分で現在の生計も立てつつ、現在の勉学を疎かにすることも許されないなどという「三重苦」を背負い込まされることはない。次に、アグレガシオンは、後に詳述するようなハイレベルな筆記・口述試験を課す全国一律の国家試験であることによって、1)大学教員の教授能力のハイレベルでの標準化、2)不透明きわまりない因襲的・地域的な人事の防止、という利点がある。

 むろん、アグレガシオン制度には弊害もいくつか指摘されている。たとえば、1)アグレガシオンの試験で要求される能力は、実際に教育現場で要求される能力と必ずしも一致するわけではないという意見。2)アグレガシオンを取れなかったがために有為の人材がリセでくすぶらざるをえないという意見。3)教師陣がアグレガシオン準備クラスを大学教育の中核と見なすあまり、学部生レベルへの教育が疎かになったり、教育資格は取れなかったが個人的に研究は続けたいという者に対する相対的な冷淡さが見られるという意見。4)同じようにアグレガシオンを取ったとしても、大学教員としての採用はノルマリアンが非ノルマリアンに対して圧倒的に優位であるという事実。しかし、これらの問題点はいずれも本質的なものではない。1に関して言えば、日本の現状との相対的な比較で言えば、問題にならない。2に関して言えば、教師の適正を測る完全な試験や完全な公平さを期す試験などそもそもありえないし、3に関して言えば、これは完全に教師一人一人の個人的な性向に依存するものであって、システム的な問題ではない。4に関して言えば、問題はノルマリアンたちによる過度のギルド的な独占のもたらすものであって、アグレガシオンという制度自体がもたらすものではない。

 むしろより現実的な問題点は、1)日本の教育制度がアメリカやドイツのそれに近い、国家試験やエリート主義(グランゼコール)のない、その意味では「民主的」な制度であって、フランスの独創的な制度とは程遠いものだという点にある。また、2)アグレガシオン制度を現在の日本に導入することの問題点を官僚機構の硬直に求めようとする意見もあながち穿ちすぎとは言えない。「仏像造って、魂入れず」ではないが、国家試験をつくってみても、それが共通一次やセンター試験のようなものであっては何の意味もないし、文科省官僚が思想家・作家やテーマの選択に関して随時圧力を掛けたり介入できるようなシステムであってはかえって事態は悪化するばかりだからである。最後に、3)このような事柄を大学人の間で論じようとする際にはお決まりの悲喜劇的な事態であるが、途端に疑問の声、いやむしろ無関心という「沈黙の声」があがる。「高邁な理念は結構だが、アグレガシオンを日本に導入すべきだといわんばかりの物言いは、あまりに理想主義的・非現実的ではないか」と言われるならまだましなほうで、「政治・制度論には疎いので何とも言えない」といった、政治的に去勢された「羊たちの沈黙」が場を支配する。「理念では食っていけない」という現実主義をニヒリスティックに標榜するにせよ、あるいはどんな小さな物音にも怯える草食動物のように非政治主義に徹するにせよ、いずれにせよ文科省に対しては、膨大にして無益な書類作成を押し付けられてただ俯いている。下には強く、上には弱い。

 しかし、意識が制度を規定するのではなく、制度が意識(研究態度、学問的身振り、habitus ou socius académique)を一定程度まで規定する以上、私たちは真の高等教育の蘇生のために、経済効率至上主義に幻惑・威嚇されて偽りの大学改革に消極的に盲従・追随するのではなく、むしろ積極的に内側から大学の教育制度を真に改革していかなければならないのではないか。事態の深刻さを鑑みるならば、いずれにせよ議論くらいは始まるべきではないのか。いかなる学問であろうと固有の制度を持ち、学問とそれを成立せしめている制度は不即不離の関係にある以上、自らを成立せしめている制度そのものに関する理論的考察抜きに根本的な発展はありえない[3]。とりわけ哲学のアグレガシオンは、アグレガシオンの哲学を必然的に呼び求める。哲学教師は、「哲学の授業」という大学における哲学活動の根幹にある営為のうちにも等しく理論的眼差しを注がねばならない[4]。Humanitiesにおける教育の問題は、教育に関するHumanitiesにおける分析を要請する[5]。しかし、事は一般論にのみ係るのではない。繰り返すが、真の問題は、現在の危機的な状況に際して、ささやかな形であれ、いかに理論的な介入を試みることができるか、ということにある。

[1] ここでは以下の章で詳述するアグレグシステムをすべて取り上げることは無論できないので、最低限の情報を提示しておく。

[2] 誤解のないよう念のために言っておけば、1)高等教育について論じることは、いささかも初等・中等教育を蔑ろにすることを意味するものではない。フレネ教育をはじめとする種々の初等・中等教育にまつわる「教育の哲学」についてはいずれ機会を改めて論じることにしたい。フレネに関してはたとえば、Célestin Freinet, Pour l'école du peuple, Librairie François Maspero, Petite collection maspero n°51, 1969. 資本主義社会における「初等教育-職業訓練」と「中等-高等教育」の分裂に関しては、Christian Baudelot et Roger Establet, L'école capitaliste en France, Librairie François Maspero, coll. "Cahiers libres" nos 213-214, 1971. またたとえば「自由としての知育」「与えられるものではなく、自ら選び取るものとしての知育」を柱とするランシエールの知育の哲学に関しては、Cf. Jacques Rancière, Le maître ignorant. Cinq leçons sur l'émancipation intellectuelle, Librairie Arthème Fayard, 1987 ; reprise dans la coll. "Fait et cause", 2004. 2)また、私の論は、日本でよく言われる「エリート主義」でもない。もし「エリート主義」であるとすれば、それはまったく別の意味においてである。 3)2005年は政教分離に関するフェリー法制定から百周年という記念すべき年に当たるが、教育におけるlaïcitéの問題はここではまったく触れることはできない。

[3] Cf. Marie-Claude Blais, Marcel Gauchet et Dominique Ottavi, Pour une philosophie politique de l'éducation. Six questions d'aujourd'hui, éd. Bayard, 2002 ; reprise dans Hachette Littératures, coll. "Pluriel", 2003.

[4] Cf. François Châtelet, La philosophie des professeurs, éd. Bernard Grasset, 1970. 大学における哲学教育との関係から言えば、一方で垂直的には、リセにおける哲学の授業の削除に反対する抵抗運動であったGREPH(Groupe de Recherches sur l'Enseignement PHilosophique)に関しては、Qui a peur de la philosophie ?, éd. Flammarion, 1977. を参照のこと。このムーヴメントの中心にいたデリダは同時にまた他方で、今度はいわば水平的に、大学外に追いやられていた辺境的・学際的な諸分野をinstitutionalisationしようとする動きをCIP(Collège International de Philosophie)によって実現した。CIPに関してはGREPHに関してと同様、Jacques Derrida, Du droit à la philosophie, éd. Galilée, 1990. を参照のこと。脱構築とはさまざまなinstitutionの脱構築に他ならないという点を強調してやまないはずのデリダ読みたちが、日本の哲学教育の現状について語ることかくも少ないのは、日本における哲学の現状を考えた場合、まことに象徴的であり、ほとんど徴候的symptomatiqueというべきではあるまいか。以上すべての点に関して、高橋哲哉の『デリダ』(講談社、1998年。新装版2003年)を見ておこう(33-36頁)。事は羨ましがったり諦めたるする次元の話ではないはずだ。

 フランスではほぼ日本の中学高校を合わせた期間に当たるリセで哲学教育が行われている。これもまたさかのぼればナポレオン一世の学制改革以来の伝統であり、さまざまな曲折を経ながらも、哲学は現代でもリセでの学習の総合的な仕上げとして重視されているのである。高校生にも哲学を学ぶ権利と能力があり、それは自由な批判的思考の能力を養うためにも望ましいことだと思っても、それを現実化する社会的条件がほとんどない日本の哲学教師である私から見ると、まことに羨ましいかぎりだ。ところが、その哲学教育の国フランスでも、教育の「現代化」や「効率化」などの名目で、70年代半ばにリセの哲学教育への抑圧政策が仕掛けられた。時間数を削減し、必修制を自由選択制にし、教員の数を減らして哲学への志願者を減らし、ひいては大学の哲学そのものを弱体化させて、産業界の要請にかなう技術的で実用的な教育に変えようというわけである。デリダはこの動きの中に、あの68年以来リセで増大した異議申し立てと哲学教育そのものに対する権力の圧力を見て取り、74年4月、教員と学生併せて30名ほどで、この問題に対処するための研究グループGREPH(「哲学教育研究グループ」Groupe de Recherches sur l’Enseignement PHilosophique)を結成した。
 翌年、文部大臣による「改革案」が発表されると、GREPHは公然と反対を表明し、学生、生徒だけでなく、父母やその他の関心をもつ人々をも含む反対運動を広範に組織し始める。デリダはこの過程で、過去の大哲学者たちの大学、学校、(哲学)教育にかんする言説を読み直し、そうした制度の問われざる諸前提を解明する一方、哲学教育を削減・廃止するのではなく、哲学教育の伝統的内容を批判的に見直しながら、逆に哲学の時間数を増やし、学習開始年齢を引き下げるという大胆な提言を行なった。「たとえば17歳か18歳以前に哲学を学ぶことは不可能であり、危険であると、プラトン以来信じられてきましたが、これには一体、どんな政治的ないし性的理由があるのでしょう?[…]実験的試みとして、フランスで第六学級・第七学級と呼ばれている児童、10歳や11歳の子供たちに哲学を教えてみましたが、非常に成功しました。若い少年少女たちは哲学に興味をもつだけでなく、哲学を必要とし、それを楽しんでいました。難解なテクストと思えるものにも十分取り組んでいました」(インタビュー「戯れする貴重な自由――脱構築と教育/政治」1986年)。この運動は、79年6月、ソルボンヌで1200名の参加者を集めて開かれた公開討論会「哲学の三部会」に結実する。この討論会の準備委員21名の中には、デリダのほかに、ドゥルーズ、リクール、ジャンケレヴィッチ、シャトレ、ナンシー、ラクー=ラバルトなどが含まれていた。こうした運動は海外でも関心を呼び、ヨーロッパ各国、南北アメリカ、アフリカなどにGREPHに呼応する動きが生まれ、一例を挙げれば、デリダは78年12月、仏語および英語圏アフリカ哲学者連合国際コロキウムに招かれ、「哲学教育の危機」と題する講演をしている(残念ながら日本では、呼応する動きはなかった)。
 この運動は、80年代に入ると大きな副産物を生むことになる。81年に登場した左翼のミッテラン政権は、一転してリセの哲学教育の拡大方針を打ち出しただけでなく、この政権の支援を得て、哲学のかつて例のない研究教育組織「国際哲学コレージュ」(CIP:
Collège International de Philosophie)が創設されたのである。デリダは準備段階で他の三人の哲学者とともに、国内外から集めた750に及ぶ提言を検討して政府に報告書を作成し、83年10月の発足とともに初代の議長に就任した(一年後に、J-F.リオタールに引き継ぐ)。世界の大学や著名な哲学者たちの協力を得て活発に活動しているこの組織の特徴は、既成の学科や文化の領域によって禁止されていたり、周縁化されているような研究テーマを発見し、積極的に取り組むことを奨励するという内容面だけでなく、各国から公募され、たえず更新される講師陣、セミナーへの参加にいかなる資格も問われないことなど多岐にわたるが、デリダはこのカレッジに、哲学の脱構築の制度的可能性を重ねてみているようである。
 GREPHの結成から国際哲学コレージュの創設にいたる過程でデリダが公けにした文書は、大学、学校、哲学教育に関する脱構築的考察のテクストとともに、650頁に及ぶ『哲学への権利について/法から哲学へ』(1990年)にまとめられた。
[5] 近代の西洋的大学制度に占めるHumanitiesの重要な理論的位置と現在の急務に関しては、Jacques Derrida, L'Université sans condition, éd. Galilée, 2001.を参照のこと。