Friday, October 15, 2004

セリス、「ベルクソンと技術」

先週10月9日土曜未明、ジャック・デリダが死んだ。彼の哲学における生と死の問題、哲学と神学の関係、目的論、技術、動物性、性差の問題。いかなる偉大な哲学者にも言えることだが、同時代より早く、同時代より遅く、同時代から隔絶して、同時代と「斜めの」関係を結んでいた哲学者。

もう一度技術の問題に戻ろう。

Jean-Pierre Séris, « Bergson et la technique », in Bergson. Naissance d’une philosophie, Acte du colloque de Clermont-Ferrand 17 et 18 novembre 1989, PUF, 1990 ; La technique, PUF, 1re éd., repris dans la coll. « Philosopher », 2000.

専門家でないものが時として斬新な視点から大きな帰結をもたらすことがある。「travail労働・仕事」という概念の多様な用法を検討することによって、ベルクソンにおける技術の問題の核心に迫ろうとしている、このジャン=ピエール・セリスの場合はまさにそれである。

セリスは、ベルクソンにおける「仕事・労働」の比喩の重要性を強調するために、まず三つの予備的考察から論を始めている。

1)ベルクソンにおける「労働」の二つの意味。ベルクソンとプロティノスにおける「イマージュ」の様々なカテゴリーを比較したモセ=バスティッドによれば、ベルクソンにおいては、大方の予想に反して、生物学から借りられたイメージよりも、技術techniqueや手仕事métiersから借りられた(また同様に筋肉印象impressions musculairesから借りられた)イメージのほうがはっきりと優勢を占めている。ベルクソンはまた、きわめて頻繁に「仕事travail」や「仕事をするtravailler」 といった語を用いている。しかも、自分の哲学的な活動や自分自身の著作を指すためのみならず、これらの語の実に多様な含意を巧みに駆使しつつ、意義深い形 でこれらの語を用いている。「仕事」は主に、知性の活動を指す否定的な用法と、持続・生・自然・芸術などの創造的発明的練り上げを指す肯定的な用法があ る。後者は、「分かちがたく結びついている前者に、自分のリズムを押し付ける」「成熟ないし創造という内的な作業=仕事」である。

こ こで「しかし結局のところこういった語彙はすべて比喩的に用いられているだけだ。ただの比喩にすぎない」というありうべき誤解を反駁しておかねばならな い。「絶対的に新しいものの持続的な練り上げ」や「作業」といった語彙が、語源学的なつながりといういささか迂遠な関係によって生産的な仕事を喚起すると いうだけではなく、機械論と目的論を擬人主義的だとして同時に退ける態度を超えて、「仕事」という語自体がベルクソン哲学の中心において強く必要とされて いるのである。

仮に隠喩があるとしても、それはむしろ反対の方向にである。すなわち、むしろ道具に関心を寄せる「Homo faber」 の仕事そのもののうちに、分業され、目的論化され、勤勉な、骨折りの多い仕事のうちに、機械の操縦者や設計者の作業のうちに、エネルギーや疲労や怠惰と切 り離しえないある経験が顔をのぞかせているのである。そしてこの経験は、ただ創造のベルクソン的哲学のうちでのみ、その真の意味、その存在論的意味を明か してくれる。

だ が我々は、セリスのように、「仕事」という語彙はただ単に比喩的に用いられているのみではない、もっと重要な意味においても用いられている、というだけで は満足しない。問題になっているのはまさに、ベルクソンにおける「比喩」の哲学的な地位なのである。そして、これはひいてはフランス現代思想における「比 喩」「アナロジー」の地位というきわめて重要な問題へと(ソーカル&ブリックモンは無論のこと、ブーヴレスとも異なる形で)つながっていくのである。

2)ベルクソン哲学はこれまでたびたび創造の哲学une philosophie de la créationとして捉えられてきた。だが、むろん連続性continuité、自発性spontanéité、奔出する跳躍élan jaillissantと いった、ベルクソンが生の進化の主特徴を捉えるために用いた語だけでは、自由な活動、創造的なエネルギーをそのすべての作業において、そのすべての獲得し た広がりにおいて描くには十分ではない。そもそもベルクソンは生のうちに創造の第一原理を見て取るだけで満足するような物活論者ではない。したがって動詞 「生きるvivre」は、「仕事をする、作業するtravailler」へと引き継がれねばならず、「仕事、作業travail」は「生vie」という語と競合関係に入らねばならない。

3)ベルクソンが「仕事・労働」という語を用いていた当時の知的文脈。①スミスやリカルドー以来の経済学の文脈、②H.Milne-Edwards以来の生理学の文脈、③デュルケム社会学の文脈、マルクス以来ジョレスに至るまでの社会主義運動の文脈、④ゾラに代表される文学的表現の文脈などがある。「仕事・労働」に、生産と再生産、

生一般と社会生活一般が交差する地点を見て取ることは、ベルクソンに限らず、当時一般的であった。

少しだけ詳しく見ておくと、経済学から生理学へ輸入された後で、分業概念はまず、デュルケムによって「社会的分業division du travail social」として、すなわち「機械的連帯」から明確に区別される「有機的連帯」として捉えられる。Milne-Edwardsの発見(有機体における仕事の生理学的分担)には、とデュルケムは書いている、

「分業の作用領野を著しく 広げると同時に、無限に遠い過去のうちに分業の起源を求める態度を退ける効果があった。というのも、生理学的分業は、生が世界に到来したのとほぼ同時とい うことになるからである。もはや人間の知性と意志のうちにその根を持つのはただ社会的制度ばかりではない。生物学的現象全般の諸条件を、有機化=組織化さ れた物質の本質的な諸特性のうちに求めねばならないのである(?)。分業はもはやこの一般的なプロセスの一個別形態として現れるにすぎず、諸社会は、この 法則に適合しつつ、はるか以前に生じ、生の世界全体を同じ方向へ連れていくある流れに従属しているように思われる」。

だ が、デュルケムは同時に、社会的分業は、「ある本質的な特徴によって」生理学的分業から区別される、ということを示す。「有機体にあっては、各細胞は決 まった役割を担っており、それを取り替えることはできない。社会にあっては、諸々の仕事は決してそれほど固定的な形で配分されているわけではない[…]。 労働がさらに分担されるにつれて、この柔軟さと自由はますます大きくなる」。無論、この分業というテーマは、ハーバート・スペンサーにあっても進化の事実 という形で見出される。

いずれにせよ、仕事・労働という概念は、ベルクソンにあって、「努力の哲学」のためにかなりの拡張を受けることになる。

以上のような三つの予備的考察を経て、セリスは、順次「労働」概念のきわめて異なる二つの側面を見た後で、その連関を見ていく。

1)労働はまず、その中で用いられ展開される「努力effort」、エネルギーの消費、苦労、骨折り仕事(besoigne)、労働(labeur)を含意する。

  2)労働は次いで「媒介médiation」「迂路détour」という次元で発展する。Comme le dit une locution latine « Labor improbus », le travail maine la ruse.あるいはただ単に「道具outil」。労働は、諸対象(物であれ記号であれ)の配置を修正しそれらを再配置する作用を伴う。この製作的再配置は、あるプランに合致した、ある人工物の骨の折れる実現に到達する。

1)最低限の努力、最低限のエネルギー消費、最低限の辛抱強さ=恒常性(constance)、最低限の覚醒状態=警戒(vigilance)、最低限の注意ないし緊張がなければ、労働はない。この意味で、「努力」は、仕事・労働の最小限の人間学的前提(présupposé anthropologique minimal du travail)である。まさにそれゆえにle travail fatigue.であり、「仕事をする・労働する」とは、絶えずこの疲労を乗り越えていくことに他ならない。労働の核心部分は、ベルクソン哲学にあっては、引き受けられるより前に課されており、選び取られるより前に要請されている。労働とは、必要と結びついた強制の事実なのである。

 ベルクソンは、メーヌ・ド・ビランやラヴェッソンの努力の哲学の遺産継承者である。ベルクソンのより直接的、より明示的な参照先としては、ウィリアム・ジェイムズ(例えば、彼の1880年の論文「努力の感覚」)やデューイ(例えば「努力の心理学」)を挙げることができるであろう。

だが、アンリ・グイエが述べている ように、メーヌ・ド・ビランと違って、「ベルクソンは努力の分析に留まっているわけではない」。いや言いたいのは、ベルクソンの目的が生きられた経験とし ての努力を反省的に描写することよりも、むしろ努力の感情のうちにある肯定的=実証的な力の印を認めることだ、ということである。そのためにこそ、知的労 働と結びついた知的努力は、ベルクソン哲学にあっては、筋肉努力や物理的努力の精髄としてあらわれるのである。これこそ、『物質と記憶』以来、「精神の通 常の仕事」と我々の精神生活の異なる調子を条件づける生への注意とその様々な度合いとして描かれているものである。ベルクソンは、序文の中でこう述べてい る。「これは本書を指導する思想の一つ、我々の労作の出発点の役に立った思想である」。ベルクソンの第一論文集『精神のエネルギー』も、この観点からする と、非常に示唆的なものである。1907年以前に発表された諸論文には「創造」の語は含まれていないが、その着想はすでに準備されていたと言える。1907年 の『創造的進化』以降の諸論文は、言ってみれば前期ベルクソンの「努力の哲学」を完成したのである。これ以後、もっぱら、「生の活動に特徴的な非物質的な ものの増大する物質化」の側面、「物質は努力を喚起し可能にする」という事実、物質的実現、物質なしに努力はありえないという側面が強調されることにな る。したがって、「知的努力」で満足しているわけにはいかない。

Thursday, October 14, 2004

Re: アグレグ

hfさん

ひとまずこの間のアグレグの試験の詳細だけまとめたので、お送りします。

どうもありがとうございます。早速読ませていただきました。完成稿を楽しみにしています。「日本の大学の紀要」云々とありますが、そういう意図なのでしょうか。いくつか気がついたことがあるので書いておきます。

p.1: 「独立行政法人化」とありますが、結局、独立行政法人化の適用は受けず、国立大学だけを対象にした特別法を作ったのです。正式名称は、「国立大学法人」です。制度設計上、中央の管理が強くなり、天下りは増え、大学の自主性はますますなくなるのだから、さすがに「独立」はまずかろうと名前を変えたのです(笑)。

「Q10 国立大学法人制度は、独立行政法人制度とは、どこがどのように違うのですか」: http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/houjin/03052702/010.htm

p.2: 「文部省」は、いわゆる省庁再編のため、科学技術庁と統合して「文部科学省」になっています(平成13年1月6日より)。

それはそうと、デリダが亡くなったのですね。もうずっと前から病気のことは知られていたし、ドゥルーズのときのような感慨はないけれど、漠然と、ひょっとしたら世界的に「哲学者」があれほど影響をもつのは彼が最後じゃないかという気がしています。 ss

Monday, October 11, 2004

哲学のアグレガシオン、アグレガシオンの哲学(序論断片)

 かつて大学教授と言えば、「黄ばんだ昔の大学ノートを誰にも聞こえないような声でぼそぼそ読むだけ」という紋切り型のイメージが流通していた。また、このような授業風景が大学の授業に魅力がないことの理由に挙げられてもいた。だが、このような紋切り型が定着した背景には、個人的な資質よりも――言う までもなく「大学教員になるような人間には社会性が欠如している」といった言辞自体、取り上げるに足りないもう一つの紋切り型である。非常識な会社員などいくらでもいる――、むしろ構造的な要因があるように思われる。それは、日本には「研究者」養成機関はあっても、「大学教員」養成システムは存在しない、ということである。より正確に言えば、実際には大学教員の大半を輩出する機関であるにもかかわらず、日本の大学院は、将来大学に奉職することを念頭においている研究者の研究能力を養成することを目的としているのであって、将来大学で教育に従事するために必要な知識・技術を習得させることを目的としてはいない、ということである。

 大学教員採用試験もまた、説得的に弁じられるという言説能力をさほど重視しておらず、模擬授業などの形で具体的に証明させることも増えてきたとはいえ、まだまだ完全に一般化したとは言えない。大学院で将来の大学教員候補生としての養成教育を受けたわけでもなく、大学教員採用試験で教育に対する一定以上の適性能力を証明させられる機会もない以上、誰が好き好んで教育能力の向上に時間を割くであろうか。その結果が、冒頭に上げた紋切り型である、ということは決してありえないことではない。長引く不況、少子化、独立行政法人(国立大学法人)化などによって、ただでさえ就職が困難であるといわれる現状では、大学教員になりたい者は、あくせくと自分の研究成果を論文で発表することに血道をあげるほかはない。なぜなら大学教員になるための条件は、多くの場合、教育適性能力を持っているか否かではなく、執筆した論文の数だからである。こうして高等教育のまさに中枢で、教育の根幹がないがしろにされている。

 私がここで、アグレガシオン[1]というフランスの高等教育資格国家試験制度の概要を説明し、その歴史を簡単に振り返るのは、このような危機的な状況に際して、ささやかな形であれ、理論的な介入を試みるためである[2]。最初にごく簡単に結論を言っておけば、次のようになる。フランスの高等教育においては、研究者養成機関としては3e cycleがあり、教育者養成機関としてはアグレガシオン準備クラスがあって、この区分は、少なくとも教授能力の適正化および研究者の質の向上には一定の役割を果たしていると言える。まず3e cycleは、主にアグレガシオン(ないしカペス)を取得して基本的な就職先を保障された学生たちが次段階のキャリアアップの過程として選択するもので、日本の大学院生のように常に将来の心配を抱え、同時に自分で現在の生計も立てつつ、現在の勉学を疎かにすることも許されないなどという「三重苦」を背負い込まされることはない。次に、アグレガシオンは、後に詳述するようなハイレベルな筆記・口述試験を課す全国一律の国家試験であることによって、1)大学教員の教授能力のハイレベルでの標準化、2)不透明きわまりない因襲的・地域的な人事の防止、という利点がある。

 むろん、アグレガシオン制度には弊害もいくつか指摘されている。たとえば、1)アグレガシオンの試験で要求される能力は、実際に教育現場で要求される能力と必ずしも一致するわけではないという意見。2)アグレガシオンを取れなかったがために有為の人材がリセでくすぶらざるをえないという意見。3)教師陣がアグレガシオン準備クラスを大学教育の中核と見なすあまり、学部生レベルへの教育が疎かになったり、教育資格は取れなかったが個人的に研究は続けたいという者に対する相対的な冷淡さが見られるという意見。4)同じようにアグレガシオンを取ったとしても、大学教員としての採用はノルマリアンが非ノルマリアンに対して圧倒的に優位であるという事実。しかし、これらの問題点はいずれも本質的なものではない。1に関して言えば、日本の現状との相対的な比較で言えば、問題にならない。2に関して言えば、教師の適正を測る完全な試験や完全な公平さを期す試験などそもそもありえないし、3に関して言えば、これは完全に教師一人一人の個人的な性向に依存するものであって、システム的な問題ではない。4に関して言えば、問題はノルマリアンたちによる過度のギルド的な独占のもたらすものであって、アグレガシオンという制度自体がもたらすものではない。

 むしろより現実的な問題点は、1)日本の教育制度がアメリカやドイツのそれに近い、国家試験やエリート主義(グランゼコール)のない、その意味では「民主的」な制度であって、フランスの独創的な制度とは程遠いものだという点にある。また、2)アグレガシオン制度を現在の日本に導入することの問題点を官僚機構の硬直に求めようとする意見もあながち穿ちすぎとは言えない。「仏像造って、魂入れず」ではないが、国家試験をつくってみても、それが共通一次やセンター試験のようなものであっては何の意味もないし、文科省官僚が思想家・作家やテーマの選択に関して随時圧力を掛けたり介入できるようなシステムであってはかえって事態は悪化するばかりだからである。最後に、3)このような事柄を大学人の間で論じようとする際にはお決まりの悲喜劇的な事態であるが、途端に疑問の声、いやむしろ無関心という「沈黙の声」があがる。「高邁な理念は結構だが、アグレガシオンを日本に導入すべきだといわんばかりの物言いは、あまりに理想主義的・非現実的ではないか」と言われるならまだましなほうで、「政治・制度論には疎いので何とも言えない」といった、政治的に去勢された「羊たちの沈黙」が場を支配する。「理念では食っていけない」という現実主義をニヒリスティックに標榜するにせよ、あるいはどんな小さな物音にも怯える草食動物のように非政治主義に徹するにせよ、いずれにせよ文科省に対しては、膨大にして無益な書類作成を押し付けられてただ俯いている。下には強く、上には弱い。

 しかし、意識が制度を規定するのではなく、制度が意識(研究態度、学問的身振り、habitus ou socius académique)を一定程度まで規定する以上、私たちは真の高等教育の蘇生のために、経済効率至上主義に幻惑・威嚇されて偽りの大学改革に消極的に盲従・追随するのではなく、むしろ積極的に内側から大学の教育制度を真に改革していかなければならないのではないか。事態の深刻さを鑑みるならば、いずれにせよ議論くらいは始まるべきではないのか。いかなる学問であろうと固有の制度を持ち、学問とそれを成立せしめている制度は不即不離の関係にある以上、自らを成立せしめている制度そのものに関する理論的考察抜きに根本的な発展はありえない[3]。とりわけ哲学のアグレガシオンは、アグレガシオンの哲学を必然的に呼び求める。哲学教師は、「哲学の授業」という大学における哲学活動の根幹にある営為のうちにも等しく理論的眼差しを注がねばならない[4]。Humanitiesにおける教育の問題は、教育に関するHumanitiesにおける分析を要請する[5]。しかし、事は一般論にのみ係るのではない。繰り返すが、真の問題は、現在の危機的な状況に際して、ささやかな形であれ、いかに理論的な介入を試みることができるか、ということにある。

[1] ここでは以下の章で詳述するアグレグシステムをすべて取り上げることは無論できないので、最低限の情報を提示しておく。

[2] 誤解のないよう念のために言っておけば、1)高等教育について論じることは、いささかも初等・中等教育を蔑ろにすることを意味するものではない。フレネ教育をはじめとする種々の初等・中等教育にまつわる「教育の哲学」についてはいずれ機会を改めて論じることにしたい。フレネに関してはたとえば、Célestin Freinet, Pour l'école du peuple, Librairie François Maspero, Petite collection maspero n°51, 1969. 資本主義社会における「初等教育-職業訓練」と「中等-高等教育」の分裂に関しては、Christian Baudelot et Roger Establet, L'école capitaliste en France, Librairie François Maspero, coll. "Cahiers libres" nos 213-214, 1971. またたとえば「自由としての知育」「与えられるものではなく、自ら選び取るものとしての知育」を柱とするランシエールの知育の哲学に関しては、Cf. Jacques Rancière, Le maître ignorant. Cinq leçons sur l'émancipation intellectuelle, Librairie Arthème Fayard, 1987 ; reprise dans la coll. "Fait et cause", 2004. 2)また、私の論は、日本でよく言われる「エリート主義」でもない。もし「エリート主義」であるとすれば、それはまったく別の意味においてである。 3)2005年は政教分離に関するフェリー法制定から百周年という記念すべき年に当たるが、教育におけるlaïcitéの問題はここではまったく触れることはできない。

[3] Cf. Marie-Claude Blais, Marcel Gauchet et Dominique Ottavi, Pour une philosophie politique de l'éducation. Six questions d'aujourd'hui, éd. Bayard, 2002 ; reprise dans Hachette Littératures, coll. "Pluriel", 2003.

[4] Cf. François Châtelet, La philosophie des professeurs, éd. Bernard Grasset, 1970. 大学における哲学教育との関係から言えば、一方で垂直的には、リセにおける哲学の授業の削除に反対する抵抗運動であったGREPH(Groupe de Recherches sur l'Enseignement PHilosophique)に関しては、Qui a peur de la philosophie ?, éd. Flammarion, 1977. を参照のこと。このムーヴメントの中心にいたデリダは同時にまた他方で、今度はいわば水平的に、大学外に追いやられていた辺境的・学際的な諸分野をinstitutionalisationしようとする動きをCIP(Collège International de Philosophie)によって実現した。CIPに関してはGREPHに関してと同様、Jacques Derrida, Du droit à la philosophie, éd. Galilée, 1990. を参照のこと。脱構築とはさまざまなinstitutionの脱構築に他ならないという点を強調してやまないはずのデリダ読みたちが、日本の哲学教育の現状について語ることかくも少ないのは、日本における哲学の現状を考えた場合、まことに象徴的であり、ほとんど徴候的symptomatiqueというべきではあるまいか。以上すべての点に関して、高橋哲哉の『デリダ』(講談社、1998年。新装版2003年)を見ておこう(33-36頁)。事は羨ましがったり諦めたるする次元の話ではないはずだ。

 フランスではほぼ日本の中学高校を合わせた期間に当たるリセで哲学教育が行われている。これもまたさかのぼればナポレオン一世の学制改革以来の伝統であり、さまざまな曲折を経ながらも、哲学は現代でもリセでの学習の総合的な仕上げとして重視されているのである。高校生にも哲学を学ぶ権利と能力があり、それは自由な批判的思考の能力を養うためにも望ましいことだと思っても、それを現実化する社会的条件がほとんどない日本の哲学教師である私から見ると、まことに羨ましいかぎりだ。ところが、その哲学教育の国フランスでも、教育の「現代化」や「効率化」などの名目で、70年代半ばにリセの哲学教育への抑圧政策が仕掛けられた。時間数を削減し、必修制を自由選択制にし、教員の数を減らして哲学への志願者を減らし、ひいては大学の哲学そのものを弱体化させて、産業界の要請にかなう技術的で実用的な教育に変えようというわけである。デリダはこの動きの中に、あの68年以来リセで増大した異議申し立てと哲学教育そのものに対する権力の圧力を見て取り、74年4月、教員と学生併せて30名ほどで、この問題に対処するための研究グループGREPH(「哲学教育研究グループ」Groupe de Recherches sur l’Enseignement PHilosophique)を結成した。
 翌年、文部大臣による「改革案」が発表されると、GREPHは公然と反対を表明し、学生、生徒だけでなく、父母やその他の関心をもつ人々をも含む反対運動を広範に組織し始める。デリダはこの過程で、過去の大哲学者たちの大学、学校、(哲学)教育にかんする言説を読み直し、そうした制度の問われざる諸前提を解明する一方、哲学教育を削減・廃止するのではなく、哲学教育の伝統的内容を批判的に見直しながら、逆に哲学の時間数を増やし、学習開始年齢を引き下げるという大胆な提言を行なった。「たとえば17歳か18歳以前に哲学を学ぶことは不可能であり、危険であると、プラトン以来信じられてきましたが、これには一体、どんな政治的ないし性的理由があるのでしょう?[…]実験的試みとして、フランスで第六学級・第七学級と呼ばれている児童、10歳や11歳の子供たちに哲学を教えてみましたが、非常に成功しました。若い少年少女たちは哲学に興味をもつだけでなく、哲学を必要とし、それを楽しんでいました。難解なテクストと思えるものにも十分取り組んでいました」(インタビュー「戯れする貴重な自由――脱構築と教育/政治」1986年)。この運動は、79年6月、ソルボンヌで1200名の参加者を集めて開かれた公開討論会「哲学の三部会」に結実する。この討論会の準備委員21名の中には、デリダのほかに、ドゥルーズ、リクール、ジャンケレヴィッチ、シャトレ、ナンシー、ラクー=ラバルトなどが含まれていた。こうした運動は海外でも関心を呼び、ヨーロッパ各国、南北アメリカ、アフリカなどにGREPHに呼応する動きが生まれ、一例を挙げれば、デリダは78年12月、仏語および英語圏アフリカ哲学者連合国際コロキウムに招かれ、「哲学教育の危機」と題する講演をしている(残念ながら日本では、呼応する動きはなかった)。
 この運動は、80年代に入ると大きな副産物を生むことになる。81年に登場した左翼のミッテラン政権は、一転してリセの哲学教育の拡大方針を打ち出しただけでなく、この政権の支援を得て、哲学のかつて例のない研究教育組織「国際哲学コレージュ」(CIP:
Collège International de Philosophie)が創設されたのである。デリダは準備段階で他の三人の哲学者とともに、国内外から集めた750に及ぶ提言を検討して政府に報告書を作成し、83年10月の発足とともに初代の議長に就任した(一年後に、J-F.リオタールに引き継ぐ)。世界の大学や著名な哲学者たちの協力を得て活発に活動しているこの組織の特徴は、既成の学科や文化の領域によって禁止されていたり、周縁化されているような研究テーマを発見し、積極的に取り組むことを奨励するという内容面だけでなく、各国から公募され、たえず更新される講師陣、セミナーへの参加にいかなる資格も問われないことなど多岐にわたるが、デリダはこのカレッジに、哲学の脱構築の制度的可能性を重ねてみているようである。
 GREPHの結成から国際哲学コレージュの創設にいたる過程でデリダが公けにした文書は、大学、学校、哲学教育に関する脱構築的考察のテクストとともに、650頁に及ぶ『哲学への権利について/法から哲学へ』(1990年)にまとめられた。
[5] 近代の西洋的大学制度に占めるHumanitiesの重要な理論的位置と現在の急務に関しては、Jacques Derrida, L'Université sans condition, éd. Galilée, 2001.を参照のこと。

Tuesday, October 05, 2004

ドイツのメディア

Pierre Albert et Ursula E. Koch, Les médias en Allemagne, PUF, coll. « Que sais-je ? », 2000.

あれは早二年前になるが、ドイツ語向上のためミュンヘンへ赴いたとき、持っていったのが、パンテオン-アサッス大学(Université Panthéon-Assas)名誉教授のピエール・アルベールとミュンヘン・ルードヴィッヒ-マクシミリアン大学教授のウルスラ・コッホによる本書『ドイツのメディア』であった。「本書は、ドイツ・メディアの歴史的な変遷と現在の状況を紹介している。繁栄し地方分権化を進めている新聞社の諸特徴や、1986年以前と以後のラジオとテレビの変化を指摘している。1986年は、これを機に商業的な民間メディアが公共視聴サーヴィスと競合するようになった年である」。

目次を見ておこう。

序

第一部:四世紀の歴史

第一章:神聖帝国下で

第二章:神聖帝国の終わりから第二帝国まで

第三章:第二帝国の黄金期(1871-1918年)

第四章:コンツェルンから隷属へ(1919-1945年)

第五章:二つのドイツ(1945-1989年)

第六章:再統合とテレビのうまく制御されなかった拡張(1989-1999年)

第二部:21世紀前夜のメディア風景

第一章:構造と組織

第二章:広告と新聞社の繁栄

第三章:ラジオ・テレビの沸騰

結論

参考文献

Monday, October 04, 2004

ミショー、『アジアの野蛮人』(1933)

Henri Michaux, Un barbare en Asie (1933), édition revue et corrigée, Gallimard, 1967.

アンリ・ミショーがアジアに旅立ったのは1931年、1899年生まれだから、三十二歳であった。インドについての130頁が最も長く、次いで中国の50頁、日本は20頁ほどで、マレーシアの17頁といい勝負である(インドネシアについてのごく短い記述もある)。最後の改訂版(1967年)への「新たな序文」では、日本、中国、インドの順で「昔とは全く変わってしまった」と言われている。高度経済成長による世界的な(むろんまたミショーの中での)日本像の変化だろうか。すでに20世紀初頭に、いや日露戦争以前に、日本に注目していたヴァレリーとは全く異なる「想像のアジア」がここにはある。 « Asie imaginaire » とでも呼ぶべき本が、ガリマールのL’imaginaireという文学系叢書から出るというのは、「まさにこれしかない」という感じがする。

この本を読んでみたいと思ったのは、私なりの日本(の思想)論、「exotismeの脱構築」に使えないかと思ったからだ。

"Philosophie", no 42, juin 1994.

Philosophie, no 42, juin 1994.

今までまともにクレジットを見たことがなかったので知らなかったが、fondateurs : Didier Franck et Pierre Guenancia, rédaction : Claude Romano, conseil de rédaction : J.-L. Chrétien, J.-F. Courtine, J.-L. Marion, J.-F. Spitz. 今回の特集« Théologie et philosophie »は不思議でもなんでもないわけだ。

ルドルフ・ブルトマン「解釈学的方法としての類型学の起源と意味」

ジェローム・ローラン「『アルキビアデス』と『法律』における人間的なものの尺度」

ジャン=ルイ・ヴィエイヤール=バロン「神の似姿としての人間に関する新たな考察」

ジャン=リュック・マリオン「ベルナルドゥスと神の似姿に関する仮説についてのヴィエイヤール=バロンへの返答」

ディディエ・フランク「神の影」

リュイエ、『大文字のユートピアと小文字のユートピアたち』

Raymond Ruyer, L’Utopie et les utopies, PUF, 1950 ; repris dans la coll. « Imago Mundi », Saint-Pierre-de-Salerne éd. Gérard Monfort, 1988 (Reprod. en fac-sim. de l'éd. de Paris, PUF, 1950).

レイモン・リュイエ(1902-1987)は、日本はおろかフランスでも再評価が進んでいるとは言えない著者の一人である(伝記的情報に関しては、La Gnose de Princeton (1977) ; D. Huisman, Dict. des philosophes (1984) ; Le Monde (1987-06-26) ; Les Vosgiens célèbres, sous la dir. de Albert Ronsin, 1990, p. 324)。カンギレム、シモンドンまでは来たが、果たしてリュイエやプラディヌのレベルまで来るだろうか。それはさておき、本書によれば、「ナンシー大学教授、フランス学士院通信会員」。ビブリオ参照のこと。

精神-生物学系の前期(価値哲学系(ナベールとか?)含む)と、いかにも怪しげな後期(ニューエイジ系?)に分類できそうだ。1969年の『消費社会を讃えて』あたりから本格的におかしくなってきていると見ていいだろう。本書はこの奇天烈な軌跡からすれば割りと教科書的なつくり。昔、筑摩叢書からジャン・セルヴィエ著『ユートピアの歴史』というのが出ていたが、まさにあれに理論的な第一部を加えた感じではないか。ちなみに2000年にはBNで『ユートピアの歴史』展なるものが開催されていたようだ。

ルーディネスコ、『現実界のディスクール』

Elisabeth Roudinesco, Un discours au réel. Théorie de l’inconscient et politique de la psychanalyse, Maison Mame, 1973.

ルーディネスコは、日本でもラカンの伝記や、デリダとの対談本で有名。本書は彼女の処女作のはず。裏書を見ると、「パリ3の非常勤講師。EFP会員。Action poétiqueという雑誌の編集委員」と書いてある。表題はUn discours du réelではないので訳しづらい。ともかく副題は「無意識の理論と精神分析の政治」。背表紙「本書は、階級闘争に関する精神分析的イデオロギーを批判すること、無意識の理論に関するマルクス主義的イデオロギーを批判することを目的としている。間主観性と無意識-言 語というラカンの二つの提案を理論的に位置づけようとする本書は、言語科学の歴史的に規定された一時代の所産を参照しつつ、(心理社会学によって再び取り 上げられた)個人/社会を区分する実証主義的公理を批判し、観念論的哲学と心理学と心理療法的知見がその中で手を結ぶ想像的自我からの主体の脱出を可能に する」。マルクス主義と精神分析を同時に批判するというアイデアは、ドゥルーズ=ガタリの側だけでなく、ラカニアンたちの側にもあったわけだ。ちなみに同じコレクション« Repères »の同じsérie « Sciences humaines et idéologies »には、Michel de Certeau, L’Absent de l’histoire.別のsérie « Linguistique »には、Jean-Claude Milner, Arguments linguistiquesが見える。

Tuesday, September 28, 2004

アグレグ

ssさん、早速の赤ペン先生ありがとうございました。

それにしても、フィヒテですか。これまたヘヴィーなものを読み始めましたね。

最近、目的論(finalisme, téléologie)の歴史に取り組んでいて、「使命Bestimmung」という概念は、重要なのではないかと思っているのです。実際、ベルクソンの「destination」との類似は、すでに指摘されてますし、ベルクソンの『人間の使命』講義も出版されてます(これもアグレグ受験生向けの講義だったわけで、「たかが試験」と侮れません)。

近いうちに、フィヒテの学問論はちゃんと読もうと思ってますが。

これまた「使命」ですが、「学者の使命」「学者の本質」ですね。私はたまたま岩波文庫の復刊を持ってきているのですが、これは「所有propriété」というまったく別のテーマのためです。フィヒテは、カントとともに「著作権」概念を哲学的に精錬したはしりですからね。これについては、いろいろ面白い話があるのですが、またの機会に。

agrégation のシステム

これは私も常々興味を持っている事柄で、これを機会に小文をしたためようと思っておりますが、取り急ぎネットで見つけた以下のサイトをご紹介します。ごく簡単な沿革なら
http://fr.wikipedia.org/wiki/Agr%C3%A9gation
 

試験科目の詳細に関して、89年から93年までの分だけなら
http://www.ac-grenoble.fr/PhiloSophie/rapports_jurys/rapports_de_jury.htm

sujets
に関してなら、1949から1999までですが(Ch.ゴダン作だそうで、あれだけ分厚い本を続々出す上に、こんなことまでやってるとは。。)
http://www.edutemps.fr/fr/PHIprogannales2.htm
 

1802
年から1950年までのアグレグの全合格者リストなどというとんでもないものもあります。
http://www.inrp.fr/she/chervel_laureats.htm
 

リールではいろいろお世話になりました。今度はぜひベルリンに遊びにきてください。

連れ合いに言質を取られたことでもあり、ぜひ行かせていただこうと思っております。ssさんは三月末までのご予定でしたっけ?ではでは、長文乱文失礼。hf

ブラノフ、『マルクスにおける貨幣概念』

Suzanne de Brunhoff, La monnaie chez Marx, Editions sociales, Paris, coll. « Problèmes », 1re éd. 1967 ; 2e éd. 1973.

シュザンヌ‐シモーヌ・ド・ブランノフは経済学者で、現在directeur honoraire de recherche au CNRS。ネット上でざっと見た限り、今でもATTACKなどの活動に積極的に関わっているようだ。幾つかの著書を挙げれば、

-Capitalisme financier public (influence économique de l’Etat en France 1948-1958), S.E.D.E.S., 1965.

-L’Offre de monnaie (critique d’un concept), éd. Maspero, 1971.

-La Politique monétaire : un essai d’interprétation marxiste (avec la collaboration de Paul Bruini), PUF, coll. « Sup » série « L’Economiste » no. 30, 1974

マルクス貨幣論研究の歴史における本書の位置づけについては、フィリップ・アンソニー・オハラ(Phillip Anthony O'Hara。2000年現在、オーストラリアPerthにあるCurtin University of Technology の経済学部Associate Professor)が、アニトラ・ネルソンの著書(Anitra Nelson, Marx's Concept of Money: The God of Commodities. London and New York: Routledge, 1999.)に関する書評(Money and Credit in Marx’s Political Economy and Contemporary Capitalism)のなかで簡潔にまとめてくれている。

http://www.cbs.curtin.edu.au/files/cbsstaffpublications/Money_and_credit_in_marx_s_political_ecomony_and_contemporary_capitalism.doc

 それによれば、近年マルクスの貨幣・信用分析に関する良質の論文は何十本と発表されているが、モノグラフィーとしてはわずかに三冊を数えるばかりである。

 1967年に初版、1973年に新たに「あとがき」を付して第二版が公刊されたド・ブランノフの『マルクスにおける貨幣』こそ、まさにその先陣を切った輝かしい書物である。早くも1976年にはDuncan Foleyの序文を付して英訳版"Marx On Money"が出ていることからも、その先見の明並びに分析の確かさが覗える。この小冊子は「はじめて幾千もの学者たちをマルクスの貨幣分析へと誘ったきわめて重宝な研究(serviceable work)」であり、そこでド・ブランノフは、マルクスの貨幣に関する「一般性のある」「完全な」理論を、次いで貨幣資本の循環(circuit of money capital)、信用、そして経済循環(business cycle)を研究している。

ほとんど二十年余り後の1990年、Pichit Likitksomboonは、ケンブリッジ大学において、Bob Rowthorneのもと、Marx's Theory of Money: A Critiqueで博士号を取得した。彼もまた、マルクスの業績における貨幣の中心的役割を認めているが、それがいかに弁証法的方法にもとづいているかを強調している点で、またさらにはマルクスの貨幣分析の不十分さを批判し改良のための研究プログラムを提案している点で、ド・ブランノフとは大きく異なっている。Likitksomboonは、とりわけ資本主義の主要な矛盾、経済恐慌・循環(cycles)の出現、資本の循環(circuit)、非生産的活動(unproductive activities)や財政的不安定性(financial instability)に関して、分析を進めようとしているようである。

そして、最後の三番目の著作が、書評の主要対象であったアニトラ・ネルソンの『マルクスの貨幣概念』である。ネルソンは、初期のいわゆる疎外論的な諸著作から、Grundrisse『経済学批判』を経て、資本論三巻に至るまでのマルクスの分析を概観・批判している。彼女の主要な仮説は、マルクスの貨幣理論は次の二つの理由から疑わしいものだというものである。第一に「money-commodity(金)」 にもとづいているがゆえに、そして第二に唯物論的であるというよりは観念論的である弁証法的方法を採用しているがゆえにである。ここからして、マルクスは おそらく資本主義下における貨幣に関する現実的で実際的な分析を発展させることに失敗したのではないか、という結論が出てくる。しかし、幾人かの近代マル クス主義者たちは、当然のことだが、「commodity-money」理論や過度に弁証法的な方法を避けようと努めつつ、総じてより好意的な見方をとっている。(この後、ネルソンの著作の詳細な要約があるが割愛)

バリバールは、「物心性の仮象を生み出す商品と通貨の流通についての最良の叙述」として、彼の『マルクスの哲学』初版のなかでは、« Le langage des marchandises », in Les rapports d’argent, PUG/Maspero, Paris 1979.とともに、この『マルクスにおける貨幣』を挙げていたが、『マルクスの哲学』第二版では、これを削除し、代わりにアラン・リピエッツのLe monde enchanté. De la valeur à l’envol inflationniste, La Découverte/Maspero, Paris, 1983.を挙げている。

また、ドゥルーズ=ガタリは、『ミル・プラトー』の中で、彼らが「銀行権力pouvoir bancaire」と呼ぶもの(世銀や各国の中央銀行など)の諸相に関して、ド・ブランノフの『貨幣供給L’Offre de monnaie』(surtout pp. 102-131)を参照させつつ、こう言っている。「貨幣-融資の流れ、すなわち貸付金(monnaie de crédit)が取引の総額(masse)を参照させるとして、銀行が管轄するのは、この造り出されたmonnaie de créditを、切片的な=個々の所有されるmonnaie de paiementに変換すること、つまり、それ自体切片化された=個別の財を購入するための金属通貨ないしは国定通貨に変換する作業だということになる(金利の重要性はそこに関係する)。したがって銀行が管轄するのは二つの貨幣の変換、すなわち支払通貨の切片を等質な集合(=monnaie de crédit)に変換すること、また支払通貨を何らかの財に変換することである」(邦訳、259-260頁)。

Monday, September 27, 2004

哲学の「重み」

 加藤周一は、『読書術』(初版光文社1962年、再版岩波同時代ライブラリー1993年)のなかで「抄録」の危険性についてこう言っている。

「絶えず抄録ばかりを読んでいると、物事をはじめから終わりまで考える習慣がなくなるかもしれません。 要領らしきものだけがわかって、全体がわからない。いや、要領がわかればよいほうで、そういうことを繰り返しているうちに、与えられた全体から自分で要領 を取り出すという、おそらく人間の知的な能力のなかで、もっとも大切な能力がにぶくなってくる可能性さえあります」(115頁)。

この「抄録」を、「チャート式思考法」と置き換えたら、どうなるだろうか。「抄録だけで出来上がっている人間の頭」にとって、物事に「浅薄にしか触れないという習いの性となるのを避けがたいでしょう」(同上)。別に浅田彰だけではないし、柄谷行人、東浩紀、山城むつみ、などなどだけではない。日本の思想界全体に蔓延する傾向である。

  チャート式に頼るということが問題なのではない。その意味では、上に挙げた人々は皆、自分で自分なりの要領を取り出すという「人間の知的な能力のなかで最 も大切な能力」を失ってはいない。問題は、思考のなかにはあたかもチャート式しか存在しないかのように見なす、情報量の圧縮と思考の密度を取り違える、「要するにカントというのは」と三言で片づけられることが評価されるべきことであるかのような雰囲気こそが問題なのだ。そして、このチャート式の態度は、実に旧制高校的遺制の生き残りである加藤周一ら旧「岩波文化人」から現在の最も「クール」な現代思想のスターたちに至るまで、見事に一貫している。「物事をはじめから終わりまで考える習慣」、執拗に徹底的に思考する態度こそが「哲学」の根幹を成すものであってみれば、日本の思想界に蔓延するきわめてアメリカ的な、プラグマティスト的な、効率のよい「思考術」と見事な親和性を示して見せた日本の「掘立小屋の思想」(柄谷)こそ、その対極にあるはずのものであり、柄谷が「建築への意志」を語りたいならば、まず彼の論述スタイル=思考スタイルから変えねばならないはずではないか。この意味で、福田和也の指摘はきわめて正鵠を射ている。

「柄谷行人氏の批評の力は、抽象化による徹底性にある。(…)この批評文の魅力は、一つの概念や通念を単純に否定するだけでなく、連鎖的に論理の足場を崩していくスリルと徹底性にある。だが論理の徹底性が、そのまま柄谷氏の批評の魅力となっているわけではない。論理が縦横無尽に活動する様子を、あたかも現在、 眼前で展開されているかのように叙述してみせる文章の仕掛けにこそ魅力がある。(…)この効果を生み出すために柄谷氏は、文章から余計な装飾やエピソードを剥ぎ取って、あたかも裸形の思考がそこにあるかのように装った。(…)その工夫の中核をなすのが、文章の抽象性であることは言うまでもない。(…)柄谷氏の批評文は、観念と概念、一般性と普遍性、単独性と個別性、社会と共同体といった語彙を併置して、その差異を批評意識の立脚点にし、ドラマトゥルギィを作り出している。批評文は、並置された言葉の差異を様々な角度から論じ、またその差異の視点から多様な通念を分析するという形で構成されており、二項対立の内在的エネルギーによって批評文は動いていくために、読者は批評文の「外部」を忘れて、叙述に身を預けることができる。二つの言葉は、単に批評というドラマを作り出すために並べられたのであるから、並置される語に柄谷氏が付与した意味は、批評の文脈を離れればほとんど意味がない。ただ氏の批評文の中での、今一つの語との差異にのみ批評性があり、またその差異にのみ拘ることで柄谷氏の批評は卓越した抽象力を獲得した」(福田和也、「柄谷行人氏と日本の批 評」、『甘美な人生』所収、初版1995年、新潮社。ちくま学芸文庫版、2000年、25-27頁)。

し たがって柄谷を「形而上学的エッセイスト」、あるいは彼自身が望むように「批評家」と称することはできる。しかし、彼を「思想家」、ましてや「哲学者」と呼ぶことはできない。そこには真の思考がもつある種の「重さ」が欠けているからだ。penserはpeserと同じ語源を持つ。彼が過去の自分の議論を否定しながら軽やかに移動するのは、単に、同じ場所に居続けることを可能にする確固とした議論が展開できなかったからにすぎない。

こう言えば、おそらくすぐにニーチェやドゥルーズを持ち出してくるであろう反論が予想される。柄谷の思考は「軽やか」な思考の「舞踏」なのだ。重苦しい「形而上学」とは縁を切った新たな「思考」なのだ、と。しかし、フランス現代思想の精華たる「ドゥルーズ・フーコー・デリダ」と「ヌーヴォー・フィロゾーフ」たちが異なるように、やはり思考の質の違いというものがある。「日本の土俵のなかで考えるならば、相対的に柄谷は優れている」といった言い訳は止めるべきなのだろう。問題は、その土俵そのものの「傾き」なのだから。

Saturday, September 25, 2004

タルド、『メーヌ・ド・ビランと心理学における進化論主義』

Gabriel Tarde, Maine de Biran et l’évolutionnisme en psychologie, avertissement d’Eric Alliez, préface d’Anne Devarieux, Institut d’édition Sanofi-Synthélabo, Paris, collection « Les Empêcheurs de penser en rond », 2000.

1882年にとある学会で発表されて以来、実に一世紀以上入手不可能なものとなっていたガブリエル・タルドの論文「メーヌ・ド・ビランと心理学における進化論主義」が、事実上ほとんど初版のような形で、今回「ガブリエル・タルド著作集」の一環として刊行されることになった。

1876年、すなわちメーヌ・ド・ビラン(1766-1824) の死後ほぼ五十年後に執筆されたこのタルドの論文は、「努力」というビラン哲学の原初的事実に関する最初期の、そして重要な批判的分析の一つである。この 論文はまた、タルドに捧げられたオマージュのなかで用いられたベルクソンの言葉によれば、「哲学者たろうとしてでなく、そのようなことを考えることすらな しに」哲学者であったタルドの思想界へのはじめての正式な参加を示すものでもある。こうしてタルドは「われわれにかくも多くの地平を開いてくれたのであっ た」。

同時代人たちを揺り動かしていたさまざまな議論の光の下でメーヌ・ド・ビランに問いかけることで、この研究は、ある概念の歴史における一つの重要な契機を明らかにしてくれる。その概念とは、19世紀の思想家たちの思想に執り憑いていた「力force」の概念である。このタルドの研究は、「信仰」と「欲望」という彼の二つの原理を介して、ビランの「努力」概念からベルクソンの「動的図式」概念へと導くことによって、「力」概念の歴史の「ミッシング・リンクmaillon manquant」を埋めてくれる。『メーヌ・ド・ビランと心理学における進化論』は、社会学者のなかで最も存在論的な人物[タルド]と、心理学者のなかで最も形而上学的な人物[ビラン]との出会いの証言である。

「なぜ(メーヌ・ド・ビランは)、反作用(réaction)によってしか自我の日付を記入させないのであろうか、すでに印象(impression)がかくも明らかにこのことを前提しているというのに?なぜだろう、この自我をあらゆる異質性の疑いから免れさせるためであるというのでなければ?統一性(unité)という大きな威光がこの深遠な思想家をこれほどまで魅了していたということがまざまざと見て取れるではないか!だが、精神生活に穿たれたなんと多くの差異があることか!」

Eric Alliezについて贅言を費やす必要はなかろう。アンヌ・ドゥヴァリウー(Anne Devarieux)は、「メーヌ・ド・ビランにおける運動と感性の管理」に関する博論を出版している。

Tuesday, September 30, 2003

Fwd: サイード

Subject: [Fwd: サイードのサイト & サイード番組 再放送決定のご連絡]

どうもお久しぶりです。hf@リールです。皆さんお元気でしょうか?
ちょっと遅くなりましたが、とうとうサイードが死んでしまいましたね。
デリダも癌が進行していてかなり危ない、などという噂も飛び交っていますが。。
というわけで、以下の情報を転送します。仏=独のarteのような番組が日本に
ない以上、NHK教育になんとか頑張ってもらわないとね。ではでは。

-------- Message d'origine --------
Sujet: Fw: [aml 35881] (=^o^=)/ 訂正と削除のお願い [aml 35880] サイー
ドのサイト & サイード番組 再放送決定のご連絡
Date: Mon, 29 Sep 2003 08:53:18 +0900

-----Original Message-----
「わたしたち、パレスチナの主張を支持する者たちはサイードの死によって孤
児になったような気持ちです。わたしのようなユダヤ系のイスラエル人にとっ
ては、サイードは灯台のように、シオニスト国家の暗黒と混乱を抜け出て、理
性と道徳と良心という安全な浜辺へたどりつく航路を示してくれていたので
す。」とイスラエルの歴史家イラン・パペは書きました。アラブ、ムスリムだ
けでなく、イスラエルの中にも、また世界中に、サイード
の死によって大きな喪失感を抱いた人々がこんなにたくさんいたのだと、彼へ
の追悼のことばを整理していてあらためて強く感じます。灯台が消えてしまっ
た中で闇の中を進んでいくためには、みずからのなかに彼の遺したものを取り
込んでいくしかないのでしょう。
とりあえず、サイードの追悼の文章を集めたページを作っています → 
http://home.att.ne.jp/sun/RUR55/J/Obituary.htm
ウェッブを検索しても、日本の声はほとんど聞こえてきません。この反応の鈍
さは、なんなのでしょう。
さて、もう一つ重要なお知らせですが以前にお知らせしたサイードの番組の90
分バージョンは、あれほど視聴者からの反響がありながら、なぜかNHK内でス
トップがかかっているようです。視聴者がはっきり放送を望むという意思表示
をしているのに、理由も明確にせず番組を阻止するというのはいったい
どういうことなのでしょう。とりあえず60分番組を再放送してお茶を濁そうと
いうのが丸見えです。
ディレクターの鎌倉さんは、今後も粘り強く働きかけていくとおっしゃってい
ます。今後もご支援ください。

-----Original Message-----
「サイード」の番組についてご支援ご関心をいただきました皆様へ
サイードさんの逝去の痛み・喪失感は、ますます大きくなる気が致します。
パレスチナ、アラブからのメールも届くたびに、その衝撃の大きさを感じま
す。NHKでも、ごく一部に、速やかに「サイードの遺言」的な番組を出しま
しょう、という声があがっていますが、それはいづれもBSまたはハイビジョ
ンのみです。地上波への放送へ向けて、また、僕も局内的に粘ってゆきます。
サイードの番組そのものが、提案を通すのに3ヶ月かかった番組です。
その間、様々なプレッシャーがかかりました。
それを思えば、今、ここにして今一度の踏ん張りなど、苦労にもなりません。
さて、そうした有志の方々の局内での働きかけが実り、
とりあえず、大きな番組を出す前に、今年春に出した
『BSプライムタイム』(49分バージョン)を再放送できることになりまし
た。以下、ご案内いたします。
放送日時: 2003年9月29日(月) 21:00~21:50
放送内容: 柳澤解説委員による1分間の解説 +
       『BSプライムタイム サイード「イラク戦争」を語る』49
分全放送
放送波: NHK衛星第① BS-1
以上、知人の皆様方にご連絡いただければ幸いです。
なにとぞよろしくお願いします。
NHKエンタープライズ21
鎌倉英也

Sunday, August 03, 2003

意志的隷従と怠ける権利

 現在の日本の思想界にとってひょっとして最も重要かつ緊急の課題であるのは、どんな華やかな最先端の西洋現代思想を紹介することでもなく(それも重要だが)、実はある二冊の古典の分かりやすい翻訳、そして廉価な出版ではあるまいかと思うことがある。その二冊とは、エチエンヌ・ド・ラ・ボエシーの『意志的隷従に関する論文』とポール・ラファルグの『怠ける権利』である。

 なぜ、この二冊なのか。それは、この二冊が現代日本の問題を凝縮した形で提示しているように思われるからである。

1)意志的隷従。私は偶然、しばらくの間、日本最大の自動車会社で働く人々を間近に見、話を聞く機会に恵まれた。彼らはまるで新興宗教の信者のように(実際、「僕らはみんなT教信者なんですわ」という人すらいた)、憑かれたように有名な「某システム」の素晴らしさを語ってくれた。「Tは、50年間一度もストしたことがないのが自慢なんですわ」という人もいた。実際、現代日本の多くの人々はストに対して反射的な拒否感、本能的な警戒感、少なくとも違和感をもっている。しかし、日本人が自国政府や経団連の言うことを何でも鵜呑みにするようになったのは安保闘争以後のこと、長年にわたる政治的「去勢」の結果であって、決して「太古の昔から連綿と受け継がれてきた美しい日本人の心」などではない。

 おそらく日本の公共交通機関がストでもしたら、まず真っ先に出てくる反応は「彼らは他人様に迷惑をかけてまで、自分のエゴイスティックな要求を通そうとしている」というものであろう。自分の権利を守るよりも、周囲への配慮が重要、というわけだ。会社の中でも同じである。「賃上げ闘争などとんでもない。会社ににらまれたくないし、第一、会社や同じ部の連中に迷惑がかかる。もし会社が儲かれば、その分を還元してくれる(はずだ)から、俺たちは一生懸命黙々と働けばいいんだよ。考えるなんてまどろっこしい。すべて会社に任せておけば、後は会社が万事よくしてくれる(はずだ)」。こうして社員は我慢に我慢を重ねることだけ上手になっていく。

 これでは、誰も個人の権利を守るために立ち上がることができない。多少周りに迷惑をかけてでも、自分の生活環境を少しでも良くするために政府や企業とかけあう、周りも理解を示して多少の不便を我慢する、といった「連帯」の精神は、残念ながら現代日本では、私たち一人一人の手によって圧殺されてしまった。自分がリストラされてはじめて、事態がどれほど悪化しているかに気づくのであろうが、そのときにはもう遅い。連帯のない社会には、最低限のセーフティネットも用意されていない。年金問題があのような結末に落ち着いたのに、日本のどこからも抗議の声が聞こえてこない。

 なぜか?「忙しいし、そんなこと考えてる暇ないから。あんた暇でしょ。考えてよ」。このような受身的な姿勢(政治的カウチポテト族。ちょっと古い?)を一億総出でとっていたら、個人の生活が改善されるはずもない。そのとおり、意志的隷従の問題は、余暇の問題と分かちがたく結びついているのである。

2)余暇。学校(スクール)という言葉が、スコラ(余暇)という言葉に由来するというのはよく知られた話だが、結局のところ、ものを考えるには時間が要る、ということである。現在の日本のサラリーマンが置かれた状況がいかに企業に都合のいいものであるかは、少し考えてみれば分かることであるが、それにも時間が要る。いろいろなものを見聞=検分するためには、精神的な余裕も必要である。

 「あんたが言ってることはいちいちもっともなのかもしれない。でもさ、もうちょっと現実を見たら。そんなことできるわけないでしょ。我慢するしかないわけ。だいたい、政治とか興味ないし」。なるほど。ちなみに「ノンポリ」というのは、政治的に中立だと思っている人がいまだにいるが、それは間違いである。『告発の行方』という映画の中でジョディ・フォスターが言っていたように、レイプが行われている現場で犯罪に対して「No!」の声をあげない人は「Yes」と言っているのと同じなのである。そう、道は二つに一つである。このまま政治的去勢の刻印を刻まれた羊として(「羊たちの沈黙」)行き着くところまで行くか、それとも別の道を選ぶ勇気を持つか、である。

 別の道を選ぶなどということが可能か?それは一人一人が考えるべき課題であるが、さしあたり選挙という行為を通じて、少なくともオルターナティヴを探す(二大政党制などというまやかしに乗らないように!)ことはできる。少なくとも。

 Etienne de La Boétie, Le discours de la servitude volontaire (1563?), texte établi par Pierre Léonard, Petite Bibliothèque Payot, 2002, 9 euros.

 本書は他にも数種出版されているが、ラ・ボエシーに関する様々なテクスト(Lamennais, P. Leroux, Simone Weil, M. Gauchet, Pierre Clastres, Claude Lefortなど)を一緒に収めている点で、この版がベスト。

 Paul Lafargue, Le droit à la paresse (1883), éd. Mille et une nuits, 1994, 1,52 euros.

 さらに付け加えておけば、éditions Alliaからサミュエル・ジョンソンやロバート・スティーヴンソンから、マレーヴィッチにいたる思想家・作家・芸術家の《怠ける》シリーズが廉価(6ユーロ程度)で出ている。

 一人でも多くの人に手にとってもらうためには、値段は重要な要素である。出版者の中には綺麗な上装丁にこだわる方もいるようだが(実際、思想関係の本には圧倒的に多い)、Mille et une nuits出版社のような戦略をとる可能性は日本にはないのだろうか?日本の人文系出版業界の悩みを綴った文章を読んでいると、日本の映画業界と同じで、嘆き方が少し間違っている気が時々するのだが。。

Sunday, May 18, 2003

ソーカル論争と生活指導

 数年前、「ソーカル論争」というのがあり、分析哲学+社会学といった感じの人々がフランス現代思想一般の自然科学的概念の安易な比喩的濫用を攻撃し、インターネット上でも「魔女狩り」のようなことが行われていた。

 私はそのような是正はなされるべきであると思う。ただし、これが最重要問題だとは考えない。この手の魔女狩りは「間違っている」とは思わないが、「ちゃちい」とは思う。一方で、確
かに「現代思想家」の表現に行き過ぎはある。しかし他方で、比喩やアナロジーには哲学的に重要な意味があり、それは自然科学本来のコンテクストにおける妥当性には還元されえない。この点を踏まえたうえで、自然科学の過去の歴史をひもといて、行き過ぎた実験や思考実験なしに進歩がありえたか、考えてみればよい。錬金術の実験に熱をあげる科学者たちを嘲笑する宗教家たちはたしかにある意味で正しかった。しかし、そのような嘲笑を全的に生産的な行為だと言うことはできない。

 要するに、ドゥブレだの、ロジェポルだの、あるいは後期ボードリヤールや昨今のヴィリリオの比喩濫用をあげつらうのは、街角で人気の香具師(寅さん)の言葉の乱れを嘆く説教臭い自称「文化人」か、生徒たちの言葉の乱れを嘆く生活指導のおっさんの
ように見えるのだ。生活指導は確かに必要だ。確かに道につばを吐くのはみっともないし、スカートの丈が短すぎるのも日本の外から見ると馬鹿っぽく見えるだけだからやめたほうがいい。しかし、「道を誤ろうとしている」(本当に?)生徒にとって真に必要なものは何なのか。物事の本質を見誤ってはいけない。

 問題は、科学絶対主義の立場に立ち、文学主義による安易な(しかも間違った)比喩の濫用を戒めることでも(ソーカル&ブリックモン。ブーヴレスも大枠はこち ら)、文学絶対主義の立場に立ち、科学主義による介入に抗して、「比喩の権利」を守ることでもないのではないか。ドゥルーズの科学的(とりわけ数学的) 「比喩」の哲学的(科学的、でなく)正当性、デリダ的文体の哲学的=政治的正当性を問うことのほうが、もっと生産的かつ緊急の課題だろう。そして、それがなされたとは到底思えない。

Thursday, April 10, 2003

surprise

皆さん、こんにちは。hfです。

生まれてはじめてくらいのひどい風邪(インフルエンザ?)をひいて3,4日寝込んでしまいました。もうだいぶ良くなりましたが。

>ヨーロッパの皆さま

来たる5月7日水曜日17-19時、マシュレゼミの今学期の最終回が行なわれます。マシュレ自身がJudith Butlerの"La vie psychique du pouvoir"について報告する予定です。また、最終回ということで終わった後にsurpriseをやるものと思われます。

アメリカの現代思想家に関する一仏人哲学者の見解に興味がおありの方、フランスの地方で行なわれている若手研究者の交流(飲み会?)の実態を垣間見てみたいという方、この機会にぜひリールに足を運んでみてはいかがでしょうか?私が時間と体力の許すかぎり快適なリール・ライフをケアいたします。

言葉の問題ですが、ドイツ・イギリスの方の場合には、あらかじめマシュレにテクストをもらってお送りするつもりです(彼も許可してくれると思うんですが)。先にざっとでも読んでおいていただければ、ついていけないということはまずないと思います。質疑応答は、英語・ドイツ語でやっていただいてかまいませんし、もし仏語が必要であれば、私がいつでも助太刀いたします。どうぞ気軽にご参加ください。

参加ご希望の方は、お手数ですが、私のほうまでご連絡ください。

では、リールで再会できることを期待しつつ。

p.s.友人ymさん(岩波からサルトル論を出した)も来ます。

Friday, January 17, 2003

Re: Derrida

hfです。

>sさん、お久しぶりです。私はデリダの講演・ゼミを聴いたこともなけれ
ば、本人を直接目にしたこともなく、ただ本を通してしか知らないのですが、
(ysさんはデリダのゼミに出てるという目撃情報を入手しましたけども、最
近のデリダのゼミではどんなことが話題になってるんでしょうか??
[今まさに送ろうとしたら、ysさんからの返信。ロビンソン・クルーソーも
やってるんですって?])

ずいぶん老けたそうですね。あと、タケシのように顔の半分が麻痺していると
聞いたこともあります。

さて、「デリダの映画」、テレビ映画も含めると結構あります。
http://www.hydra.umn.edu/derrida/media.html

浅田「新」と磯崎新になっちゃってるのが残念ですが。
"Echographie de la television"というシュティグレールとの共著のもとに
なった仏独共同経営のハイカルチャーテレビ局ARTEの番組もあるはずですが、
リストには入ってないようですね。

あとは中山元さんがやっているポリロゴス通信
http://nakayama.org/polylogos/chronique/

のchronique00329などをご覧ください。

Sunday, January 12, 2003

Re: Re: HP見ました。(k01232)

なんか「HTML相談室」みたいになって申し訳ありませんが、大事な難問が出て
きました。仏語のアクサンがうまく表示されていないのですが、どうすればい
いのでしょうか?あと、euc-jpで書かないとうまく表示されないというのは、
ヤフー(ジオシティ)の問題なのでしょうか?ブラウザの問題なのでしょう
か?皆さんのブラウザでは日本語・仏語とも正しく表示されていますか?

>mgさん

そうそう『大学人版・地球の歩き方』ね。まあ本にしたって売れないかもしれ
ないけれど、人づてに任せておくといつの間にか失われていったりするから、
こうして電子空間の波間に流しておくのに最も適しているかも。

でも人文系の学者ってものぐさが多いからなあ・・・私もモノを書くのはいい
んですが、HPとか面倒くさくって仕方ないです。でもパリは趣味人が多そうだ
から、そういうのを作ってる人も中にはいるかも。ドイツ(ミュンヘン)版は
mgさんの担当ですよ。作ってくださったら、私のHPに載せましょう。あで
も、そうするとドイツ系の人が見てくれないか。

それから、コイレ京大招聘計画!?なんか本に書いてあるんでしょうか?それ
ともいわゆる「mgシンジケート」経由の極秘情報なんでしょうか?
スパイって言えばこんな話しが。
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2002/12/31/20021231000018.html

ちなみにコイレについては、フランスでもコジェーヴに比べて圧倒的に研究さ
れていないので、積極的にフォローアップしていくつもりです。

私のHPの目標は、フランス人たちの最先端の研究動向を紹介しつつ、さらにその先を行く情
報を日本語で提供するという(私なりに)ゴージャス(笑)なものです。ま、
単に自分の情報・知識の再整理と、研究意欲の増進が個人的な目的ですけど。

ドイツ訪問計画あきらめてないです。ミュンヘンにはフランス語ないし英語を
使ってドイツ語を優しく学べる大学などの語学研修センターがありますか?

Saturday, January 11, 2003

Re: 感謝(k01229)

ssさん、isさん、ありがとうございます。この週末に改善します。サイト
は手元では管理してません。ヤフー「ジオシティーズ」にあるのを使ってます。

スコセッシ、個人的には好きではないので、「ギャング・オブ~」の予告編を
観たときは、ああこいつも(リドリー・スコットのような?)批判なのか大政翼賛なのか分からないようにつくる奴に成り下がったかと思っていたのですが、NYテロの影響で公開が遅れたのだという話
を聞き、さらに次のような談話も読み、ひとまず安心。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030110-00000244-reu-ent

それでも、「タクシードライバー」も「NY,NY」も好きになれませんが。何度
観てもホークスの「あかちゃん教育」のキャサリン・ヘップバーンが好きにな
れないのと同じで、デ・ニーロもライザ・ミネリもすごいのかもしれないけど、
耐え難いんですよね、描かれてる人物が。それでも観に行くでしょうけど
(笑)、『ギャング』。

Friday, November 08, 2002

citephilo 2002

hfです。

今年もcitephiloが始まろうとしています。
(ML01054など参照)

今年は明日金曜日から始まり、三四週間続きます。主な参加者は、バディウ、
バリバール、ラクー=ラバルト、ジジェク、ルーディネスコ、などなどです
(完全なリストはHP上)。ブルデュー特集では、パントーやメイヤー、マシュ
レが話します。マシュレの「ブルデューとパスカル」は一読の価値ありです。
どうぞ皆さんおいでください。