ハイデガーが引いていた逸話とは、アリストテレスの『動物部分論』に見出されるものである。
《ヘラクレイトスについてひとつの言葉が語り伝えられています。これは彼の前に押しかけてゆこうとした他所の人たちに、彼がいったという言葉です。人々が彼に近づきながら見ていると、ヘラクレイトスはパン焼き窯で身を暖めています。彼らは驚いて立ち止まりました。しかもとりわけ彼らが驚いたのは、ヘラクレイトスが彼らに向かって「ここにもまた神々は在(おわ)します」と語って、ためらっている人たちを室内に招き入れようとしたからであり、また彼らにそのような気を起こさせたからです。》
偉大な哲学者は絶えず何かしら驚嘆すべき境位に身を置いているはずだと勝手に信じ込んだ人々が、ヘラクレイトスの住まいにまで押し掛けてきたものの、彼の住まい/佇まいを一目見て、失望する――ここにもまた、前に述べた「気づかないことへの気づき」がある。直ちに踵を返そうとする客人たちの顔に裏切られた好奇心を読んだヘラクレイトスは、彼らに再び、しかし今度はより哲学的な好奇心を生ぜしめようとして、こう言うのだ、「ここにもまた」と。ハイデガーはこの一句を次のように解釈する。
《「ここにもまた」、パン焼き窯のそばに、このありふれた場所に、そこはいつも、どんなものでも、どんな状態でも、どんな行為でも思考でも、親しくまた寛げて、すなわち心安く、「またそこにもすなわち」、心安さをめぐって、「神々が在す」のです。すなわちヘラクレイトスは「(心安い)居所が、人間にとって、神(という心安くないもの)の生成のための広場である」というのです。》
ハイデガーはパン焼き窯の間近まで来ながら、その傍を素通りする。たしかに彼は、「倫理」を「社会的動物としての人間のありよう(倫)を筋道だてて考える(理)」何かと見なすだけでは満足しない。ethicsとは、ギリシア語のēthos(習俗、性格)に由来し、個人的には「よく生きること」の実現、社会的には人間関係一般を規定する規範や原理の確立を目的とする学問だ、というだけでは満足しない。
「エートス(ethos)は滞在、すなわち住まいの居所を意味する」とし、「ethosという語の基本的な意味に従って、倫理学(Ethik)という名称が、人間の居所をよく考えるということを意味するなら」と語っていたのは、間違いなく『ヒューマニズム書簡』である。
だが、まさにその『ヒューマニズム書簡』において、「心安いもの」「ありふれたもの」は、存在に酔える哲学者たるハイデガーの視線の中では、あくまでも心安くないもの、すなわち存在の生成のための広場、「まさしく日常的なありふれた場所」にすぎない。「パン焼き窯のそばにいながら、パンを焼こうともしない」ヘラクレイトスを見て、ハイデガーはこう言い切るのだ。「彼は体を暖めているだけです。こうして彼は、彼の生活のまったくの困窮を表しています。寒そうに縮こまっている…」。
しかし、ヘラクレイトスの視線の先にあったのが、タレスのように星々ではなく、まさしく「心安いもの」「ありふれたもの」「日常的なもの」そのものであったとしたら、どうであろうか。そして、タレスの転落――accidentの語源accidere(起こる)はcadere(落ちる)に由来する――と同様に、ヘラクレイトスの住まいと佇まいもまた、理論的なものの荘重さを転落させ、しかしそれと同時に、「気づかないことへの気づき」によって理論と実践の関係の核心へと私たちを近づけてくれるものであったとしたら、どうであろうか。存在の思惟へと上昇し高揚していくハイデガーの「根源的倫理学」に抗して、それを転落させ、理論的な思考そのものの方向性を転回させ、日常的なものの思惟へと私たちを手繰り寄せるéthique accidentaleとでも呼ぶべきものがあるのだとしたら。
ここで倫理学が哲学の対立項になっていないのは明らかである。繰り返す。哲学が驚きから始まるとすれば、倫理学は失望から始まるのではないか。そして倫理学とは哲学の対立項ではなく、その折り返し、襞、転回そのものである。
マシュレが、ヘラクレイトスのパン焼き窯(に関するハイデガーの解釈)とサルトルのアブリコット・カクテルを対置することによって、『ささやかなこと。日常的なものの轍と波立ち』で描き出そうとしていたのは、「日常的なもの」というささやかで退屈な出来事の連続がいかに哲学の手をすり抜けていくか、しかし哲学がいかに執拗に追いすがろうとするか、であった。
私たちはこれを受けて、『ヒューマニズム書簡』における「倫理学」の位置と動きに注目することで、ハイデガーに拠りながら、ハイデガーの「根源的倫理学」にéthique accidentaleを対置する。ethosが滞在、住まいを意味し、ethicsが人間の居所をよく考えることであるなら、日常生活の現象学こそがそれにあたるのでなければならない。
ところで、卑近な日常生活の重要な一断面、日常を制度づけるものは、ハイデガーだけでなく、現象学だけでもなく、これまでのところ哲学自体が扱いかねているとは言えないだろうか。
Saturday, April 18, 2009
Friday, April 17, 2009
Thursday, April 16, 2009
結婚の形而上学とその脱構築に向けて(1)
哲学が驚きから始まるとすれば、倫理学は失望から始まる、と言えないだろうか。
哲学の祖タレスは、夜空を見上げ、天体の運行(驚嘆すべきものextra-ordinaire)を観察するのに熱中するあまり、井戸に落ちてしまったという有名な逸話がある。トラキア出身の侍女はそれを見て、「ご主人様は熱心に天のことを知ろうとなさるが、目の前のことや足元のことには気がつかない」と笑ったというのである。
「哲学者は世間知らず、机上の空論家」とはよく言われることだが、実は、博識なハンス・ブルーメンベルクが『トラキアの侍女の嗤い』(1987年)で思い起こさせてくれたように、プラトンからニーチェに至るまで、哲学者たち自身が好んでこのタレスの逸話を語ってきたということはあまり知られていない。この「気づかないこと」への「気づき」、特異な――理論的知そのものの起源が問題になっているのだから――「無知の知」は何を意味するのだろうか。
哲学が躓くまさにこの地点で、倫理学――あるいはドゥルーズがスピノザに関する小著の副題とした用語を借りるなら「実践哲学」――が胎動を始める。しかし、哲学と倫理学は対立する二項ではない。倫理学とは哲学の折り返し、襞、転回そのものである。
*
ハイデガーは『ヒューマニズム書簡』の中で「存在の真理を、明在するものとしての人間の原初的な要素と考えるような思考」を「根源的倫理学」という語で名指しつつも(ナンシーがこの語を注釈している)、次のように述べている。
≪存在の真理を問い、その際、人間の本質の居所を、存在から、そしてまた存在へと規定する思考は、倫理学でもなければ、存在論でもありません。≫
存在への回想、それは、理論的でも実践的でもない、そんな分別めいた区別以前に生じる思考だ、というお得意のハイデガー節である。しかし、私たちは、ハイデガーが基礎存在論、さらには「存在への思惟」の高みへと荘重に目をやる、その直前の挙措に注目したい。彼は、「倫理学」を根底から考え直すべく、第一の逸話ほど有名ではないもう一つの逸話を引き合いに出していた。
哲学の祖タレスは、夜空を見上げ、天体の運行(驚嘆すべきものextra-ordinaire)を観察するのに熱中するあまり、井戸に落ちてしまったという有名な逸話がある。トラキア出身の侍女はそれを見て、「ご主人様は熱心に天のことを知ろうとなさるが、目の前のことや足元のことには気がつかない」と笑ったというのである。
「哲学者は世間知らず、机上の空論家」とはよく言われることだが、実は、博識なハンス・ブルーメンベルクが『トラキアの侍女の嗤い』(1987年)で思い起こさせてくれたように、プラトンからニーチェに至るまで、哲学者たち自身が好んでこのタレスの逸話を語ってきたということはあまり知られていない。この「気づかないこと」への「気づき」、特異な――理論的知そのものの起源が問題になっているのだから――「無知の知」は何を意味するのだろうか。
哲学が躓くまさにこの地点で、倫理学――あるいはドゥルーズがスピノザに関する小著の副題とした用語を借りるなら「実践哲学」――が胎動を始める。しかし、哲学と倫理学は対立する二項ではない。倫理学とは哲学の折り返し、襞、転回そのものである。
*
ハイデガーは『ヒューマニズム書簡』の中で「存在の真理を、明在するものとしての人間の原初的な要素と考えるような思考」を「根源的倫理学」という語で名指しつつも(ナンシーがこの語を注釈している)、次のように述べている。
≪存在の真理を問い、その際、人間の本質の居所を、存在から、そしてまた存在へと規定する思考は、倫理学でもなければ、存在論でもありません。≫
存在への回想、それは、理論的でも実践的でもない、そんな分別めいた区別以前に生じる思考だ、というお得意のハイデガー節である。しかし、私たちは、ハイデガーが基礎存在論、さらには「存在への思惟」の高みへと荘重に目をやる、その直前の挙措に注目したい。彼は、「倫理学」を根底から考え直すべく、第一の逸話ほど有名ではないもう一つの逸話を引き合いに出していた。
Wednesday, April 15, 2009
エラスムス―共に哲学すること
エラスムスの講義模様。松本さんによる報告の続き。
特にフランス哲学系の若手研究者のみなさん、自分の専門に関係のある講義も、そうでない講義も、お時間の許す限り、どうぞ足をお運びください。
ヨーロッパの先生が来ることは珍しくありません。ヨーロッパの学生たちの哲学しようとする姿勢をじかにその目で見てください。可能であれば、彼らと言葉を交わし、議論してみてください。
ヨーロッパの教員・学生と日本の教員・学生が入り乱れて共に哲学すること、それがこのエラスムスの一番の目的だと私は個人的に思っています。
特にフランス哲学系の若手研究者のみなさん、自分の専門に関係のある講義も、そうでない講義も、お時間の許す限り、どうぞ足をお運びください。
ヨーロッパの先生が来ることは珍しくありません。ヨーロッパの学生たちの哲学しようとする姿勢をじかにその目で見てください。可能であれば、彼らと言葉を交わし、議論してみてください。
ヨーロッパの教員・学生と日本の教員・学生が入り乱れて共に哲学すること、それがこのエラスムスの一番の目的だと私は個人的に思っています。
Tuesday, April 14, 2009
一区切り
現代フランス政治哲学研究会@本郷も、なんとか(本当に何とか)責任を果たした(かな)。今回はゴーシェの宗教論と教育論。次回はゴーシェの心理学。
エラスムスもなんとか終わった。私の回も盛況だったので(来てくれた学生さんたちありがとう!)、一応責任を果たせたとホッとしている。会の模様はこちら。
と休む間もなく、授業の準備にまた精を出している。「哲学」という彼らが日常生活で経験してこなかった思考の面白さ、厄介さをどう分かりやすく、退屈させずに伝えるか。これを真面目に追求することはおそらく自分のためにもなると思う。
しかし周りを見ていると、優秀な若手研究者が優れた成果を、しかも続々と挙げていて、この運命の不公平さにはなんかめげるなあ。
エラスムスもなんとか終わった。私の回も盛況だったので(来てくれた学生さんたちありがとう!)、一応責任を果たせたとホッとしている。会の模様はこちら。
と休む間もなく、授業の準備にまた精を出している。「哲学」という彼らが日常生活で経験してこなかった思考の面白さ、厄介さをどう分かりやすく、退屈させずに伝えるか。これを真面目に追求することはおそらく自分のためにもなると思う。
しかし周りを見ていると、優秀な若手研究者が優れた成果を、しかも続々と挙げていて、この運命の不公平さにはなんかめげるなあ。
Monday, April 13, 2009
訂正
何日か前に仏語で出たUTCPブックレットの話をしましたが、題名など違っていました。訂正します。
「哲学と大学」パリ・シンポ→「哲学と教育」パリ・シンポ
Philosophie et Universite a l'age de mondialisation→Philosophie et Education: Le droit a la philosophie
「哲学と大学」パリ・シンポ→「哲学と教育」パリ・シンポ
Philosophie et Universite a l'age de mondialisation→Philosophie et Education: Le droit a la philosophie
Sunday, April 12, 2009
エラスムス
私の授業でも、ヨーロッパ側以上の人数の日本人が出席し、頑張ってついてきてくれていました。毎回予想を上回る出席数で嬉しい限りです。
今日は朝2限に「生物の丹精=産業。ベルクソン的器官学」について話したあと、お昼をみんなで一緒に食べて、4限に「ポストドゥルーズ的読解に向けて。ベルクソンにおける言語の問題」について授業。なかなか鋭い質問も出たり、専門の研究者の間で丁々発止のやり取りがあったりと、面白い展開でした。
明日は現代フランス政治哲学研究会@本郷。何の因果か(いやすべて自分のせいですが)、この忙しい時期に発表が回ってくる…。
今日は朝2限に「生物の丹精=産業。ベルクソン的器官学」について話したあと、お昼をみんなで一緒に食べて、4限に「ポストドゥルーズ的読解に向けて。ベルクソンにおける言語の問題」について授業。なかなか鋭い質問も出たり、専門の研究者の間で丁々発止のやり取りがあったりと、面白い展開でした。
明日は現代フランス政治哲学研究会@本郷。何の因果か(いやすべて自分のせいですが)、この忙しい時期に発表が回ってくる…。
Saturday, April 11, 2009
Thursday, April 09, 2009
少しの反響
とても忙しい日々。驚きと悪戦苦闘の連続。
その中で嬉しい便りがありました。「哲学と大学」パリ・シンポの成果をまとめた論集 Philosophie et Université à l'âge de mondialisation (『哲学と大学』日本語版とは別物)を読んでくれた、フランスのある重要なドゥルージアンから
「Merci pour le livre sur la mondialisation que je viens de lire, c'est un très bon numéro, une approche très intéressante qui permet d'éclaircir vraiement la globlisation au Japon, Italie, France : c'est dommage que je n'en ai pas une épreuve numérique, car je l'aurais donné à mes collègues de l'UTM pour réflexion car nous sommes sur ce sujet justement dans la...... 10ème semaine de grève !!! ps : je retiens ton concept d'alter-rationalisme, très pertinent, qui pourrait s'appliquer aux humanités face aux sciences justement」
という反応が返ってきたのです。単なる儀礼的な言葉と言えばそれまでですが、ふだんあまり率直に褒めない人だけに嬉しかったですね。
その中で嬉しい便りがありました。「哲学と大学」パリ・シンポの成果をまとめた論集 Philosophie et Université à l'âge de mondialisation (『哲学と大学』日本語版とは別物)を読んでくれた、フランスのある重要なドゥルージアンから
「Merci pour le livre sur la mondialisation que je viens de lire, c'est un très bon numéro, une approche très intéressante qui permet d'éclaircir vraiement la globlisation au Japon, Italie, France : c'est dommage que je n'en ai pas une épreuve numérique, car je l'aurais donné à mes collègues de l'UTM pour réflexion car nous sommes sur ce sujet justement dans la...... 10ème semaine de grève !!! ps : je retiens ton concept d'alter-rationalisme, très pertinent, qui pourrait s'appliquer aux humanités face aux sciences justement」
という反応が返ってきたのです。単なる儀礼的な言葉と言えばそれまでですが、ふだんあまり率直に褒めない人だけに嬉しかったですね。
Saturday, April 04, 2009
ひとつ前のお返事
京都情報はこちら。
*
昨日の「お返事」ではワンステップとんでいて少しわかりにくいと。順番が逆ですけど、その前のお返事の一部を。
*
Xさん、いやあ厳しいですね。ありがたいです。これからも辛口コメントをよろしくお願い致します。
マシュレ、ラディカル・斬新・面白いという点から評価することはできない、むしろ退屈だと言ったつもりですよ。ただ、理論と実践の関係についての執拗な問いかけに、僕個人は自分の興味関心の「系譜」を思い出した、と書いただけです。
大学論についても、ラディカル・斬新・面白いという観点から擁護する必要は感じません。団塊ジュニア前後である私たちの世代は、それまでの世代とはかなり違う形で、大学がはらむ問題に直面せざるを得なかった、それを自分の切実な問題として考えざるを得ないし、できるならば哲学的な問題として取り上げたかった、そしてそれを試してみた、それだけのことです。これまでなされなかった一歩を踏み出すとき、それが力みかえって滑稽に見えるのは仕方がない、そう諦めています。
我々の世代は、基本的にまじめでナイーヴではないかと思いますよ。と同時に、Xさんの世代が斜に構えることを基本的スタンスとするのもまた一つの時代精神でしょうけど。
もちろん、そのことを踏まえた上で、それにしても、青臭い「真面目さ」だけで――ただ、従来の人文系研究者に典型的な「不真面目さ」「不良気取り」でも何も変わらなかったではないかとは言っておきますよ――、あるいは「古き良き啓蒙精神」だけで、あるいは「新しく斬新なデリダの大学論」だけで乗り切れるような問題ではない、それはそのとおりでしょう。そして私は自分の論文の後半部でデリダをとりあげ、真正面から批判してもいますし、自分のそのスタンス自体にも決して満足しているわけではありません。
まあ私としては「じゃあこれまでの日本の哲学者はグレフに相当するムーヴメントを起こしたのですか」と言いつつ、ダメな我々若手に喝を入れ、手本を示してくださるべく、Xさんにも「哲学と大学」の動きに加わっていただければと願う次第です。
*
昨日の「お返事」ではワンステップとんでいて少しわかりにくいと。順番が逆ですけど、その前のお返事の一部を。
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Xさん、いやあ厳しいですね。ありがたいです。これからも辛口コメントをよろしくお願い致します。
マシュレ、ラディカル・斬新・
大学論についても、ラディカル・斬新・
我々の世代は、
もちろん、そのことを踏まえた上で、それにしても、青臭い「
まあ私としては「
Thursday, April 02, 2009
お返事
お返事と別の文章に仕立て直す余裕がありません。もちろんお名前は伏せて、私のメールをほぼそのまま使わせていただきます。
*
私のほうこそ、もう少しユーモアをもった書き方ができなかったものか反省しております。新天地での生活、エラスムスも含め大量の授業の準備などなど初めてづくしで、まだ四月が始まったばかりなのにもうかなり疲れています。
マシュレと大学論、いずれも私にとっては重要な問題であり、Xさんのような鋭い哲学的な視点をお持ちの方からのご意見はとても貴重でした。
いずれもう少し発展させてご返答に当たる投稿を致しますが(いつになることやら)、ひとまず簡略なお答えを。
マシュレ、やはり地味・穏当、さらには退屈さをすら感じさせるものが核にあるというのはたしかにそうだと思います。一番「ラディカル・斬新・面白い」感じがするのは初期の『ヘーゲルかスピノザか』と『文学生産の理論のために』ですが、ネグリのような獰猛な理論的野蛮さも、バリバールのような流行を敏感に察知し、的確かつ華麗な問題構成にまとめあげる能力もマシュレにはありません。
しかし、何かがあります。ヘーゲルのような(それでいて反ヘーゲル的な)鈍重さ、粘り強さ、文学でいえば、彼がよく引くムージルのような執拗さと退屈さ。それは、たぶん即「つまらない」ということとも違うだろうと思います。彼の「ささやかなことpetits riens」に対するこだわり(目新しさへのある種の無関心・無頓着)の中に答えが見いだせないか、と投稿の続きで示唆しようとしていたのです。
私はマシュレからこの理論と実践の関係への執拗な関心を、「哲学と哲学史は切り離せない」という形で受け取り、さらに「哲学と制度づけるもの(ce qui institue)との関係を問わねばならない」という形で発展させていこうと思っています。大学論はその一部ですし、結婚論も、そうは見えないでしょうが(笑)、そうです。
ソクラテスはまさに対話・論争を通じて鍛え上げられてきた「饗宴のネットワーク」の中にいた人、スピノザを「メール(書簡)や地方研究者ネットワークの中にいた人物」と見ています。哲学と「制度づけるもの」はいつの時代も関係していた。それを社会学とは違う形で考慮に入れることは哲学にとって重要だ、と。
ドゥルーズのようなモンスターの出現も、ノルマルやアグレグという制度の存在抜きには語れないと思っています。彼がヴァンセンヌにいたことも偶然ではないし、XさんがY大にいることもそうです。「大学にいなくても自分は哲学し続けていただろう」、あるいはXさんのおっしゃるように
「大学を通して私が育てられたという事実は忘れるわけにはいきませんが、私にとって、哲学は大切ですが大学はそれほどの重要性をもたないので、この連辞でものを考えることにあまり意味を見い出せません。」
という意識はかなりの哲学者(日本人だけではなく)が共有していると思いますが――独法化に抵抗したか否かにかかわらず、あの時期に日本で著名な哲学者が哲学的に大学を論じなかったことはその兆候ではないでしょうか――、私はもう少し唯物論的です。ですから哲学と大学の関係を現代の哲学者として問うのは、「闘争共同体」追求の果てに学問の本質が大学という場所から逃れ去るとする当のハイデガーに抗して、「歴運的」だとさえ思っています。
哲学と大学を同一視するつもりも等値だとするつもりもありませんが、現代において哲学が大学とそう簡単に手が切れるとか独立しているという意識を持つべきではないと自戒しているのです。
では具体的にどうすべきか。私にとっての暫定的な結論が、拙論の「制度に関する考察の必要性を説く第一部」と「デリダを批判的に読む第二部」という構成になったわけです。
そのうえで、しかし、独法化の時代に苦しいご経験をされ、かつ哲学的に高い見識をお持ちのXさんから見て、我々のささやかな冒険がユーモアをもって「思考を強制する」ところまでいかなかったとすれば、それはとても残念なことであり、私自身今後の課題としていきたいと思います。
私の稚拙な議論に付き合っていただいて本当に感謝しています。あらためてお礼を申し上げます。
*
私のほうこそ、もう少しユーモアをもった書き方ができなかったものか反省しております。新天地での生活、エラスムスも含め大量の授業の準備などなど初めてづくしで、まだ四月が始まったばかりなのにもうかなり疲れています。
マシュレと大学論、いずれも私にとっては重要な問題であり、
いずれもう少し発展させてご返答に当たる投稿を致します
マシュレ、
しかし、何かがあります。ヘーゲルのような(
私はマシュレからこの理論と実践の関係への執拗な関心を、「
ソクラテスはまさに対話・論争を通じて鍛え上げられてきた「
ドゥルーズのようなモンスターの出現も、
「
という意識はかなりの哲学者(日本人だけではなく)が共有していると思いますが――
哲学と大学を同一視するつもりも等値だとするつもりもありませんが、現代において哲学が大学とそう簡単に手が切れるとか独立しているという意識を持つべきではないと自戒しているのです。
では具体的にどうすべきか。私にとっての暫定的な結論が、拙論の「
そのうえで、しかし、独法化の時代に苦しいご経験をされ、
私の稚拙な議論に付き合っていただいて本当に感謝しています。
Monday, March 30, 2009
マシュレ、『ささやかなこと。日常的なものの轍と波立ち』
リール第三大学名誉教授マシュレ(1938-)は、アルチュセールの弟子と言われたり、その文脈で言及されたりすることに警戒感を示す。バリバールやランシエールと違って、現代思想系の派手な舞台に引っぱり出されることをあまり好まないからだ。
では彼がひとり閉じこもり、自らの存在と思惟の奥深くに沈潜し続けていただけかというと、まったくそんなことはない。彼はリールという地方都市で、大学の同僚、高校の哲学教師、院生や学生などとともに、多年にわたって自分のセミネールで地道な共同作業を続けてきた。
この彼の「実践」面での地味さは、「理論」面の地味さと表裏一体の関係にある。マシュレは主に、1)スピノザ研究、2)哲学と文学の関係に関する研究、3)19世紀・20世紀フランスにおける哲学実践に関する研究、4)マルクス主義研究を行ってきた。たぶん多くの現代思想系研究者にとって、彼の仕事は、ラディカルさを欠いた、地味で穏当なもの、さらには退屈なものという印象をさえ与えるかもしれない。
しかし私は逆にこう問いたい、彼らのほうこそラディカルであることを唯一無二の価値基準とするある種の強迫観念にとらわれてはいまいか、と。私はフランス現代思想をドイツ観念論と比べるより、ヘーゲル左派に比較することのほうに関心がある。フィヒテ、シェリング、ヘーゲルではなく、フォイエルバッハやシュティルナー、ブルーノ・バウアーといった、後にマルクスによって「超批判主義」として批判されることになる面々である(これについては最近書いた仏語版の大学論で言及してあるので、ご関心のある方はどうぞ)。
そうではなく、「前衛のための前衛」でも、ある時期の丸山のように「後衛」と韜晦してみせるのでもないポジショニングこそ、マシュレの選択した位置ではないか。地味なうえに、一見雑多にも見える彼の哲学的営為の総体を支えているもの、それはまさに理論的なものと実践的なもの、pratiqueとthéoriqueの関係についての執拗な問いかけにほかならない。そしてこの問いかけには系譜がある。
pratiques théoriquesはアルチュセールにとって重要な鍵語であり、後にそれはバリバールとルクールがPUFで指揮した叢書の名となった(この重要な叢書は現在、彼らの弟子のカルサンティとルブランに引き継がれている)。マシュレはアルチュセールの「名」とは違って、この実質的な代名詞には大いに執着を示している。私のこのちっぽけなブログの名もそこに端を発しているわけだ、知っている人には言わずもがなのことだけれども。だから初めに言ったように、「けっきょくマシュレの弟子」「そのとおり」なのである。
そのマシュレが彼の最新刊を送ってくれた。
Pierre Macherey, Petits riens. Ornières et dérives du quotidien, éd. Le bord de l'eau, coll. "Diagnostics", 2009.
私はベルクソン研究者としても、「無 néant」や「空虚 vide」、「隔たり écart」などの間の概念布置を考える上で、このpetit rienは案外重要なものではないか(『創造的進化』に登場する)と考え、昨年のシンポにおける発表でも言及したし、先日行われたベルクソン研究会でも触れたのだが、それはともかく。
本書の表題は、ひとまず『ささやかなこと。日常的なものの轍と波立ち』とでも超訳しておこうか。petits riensは本当に難しい。「なんでもないもの」「取るに足りないこと」「些細なことども」「ちょっとしたこと」などなど。否定のニュアンスをどれくらい入れ、と同時に肯定のニュアンスもどれくらい入れられるか、どの翻訳を選ぶにしてもポイントはそこにあるだろう。
「つまらない」という単語自体には否定的なニュアンスしかないが、「つまらないものですが…」という定型表現になると、一筋縄ではいかなくなる。rienも、それだけだと単なる否定だが、petitが加わるとかなり陰影に富んだ表現になる。Simon Critchleyのある著書のタイトルを借りれば、very little...almost nothingとでも言うべきもの、空間、あるいは場所が生じるのである。(続く、たぶん)
Thursday, March 26, 2009
エラスムス2009詳細
すでに関連サイトやブログなどによっても紹介されていますが、こちらでも。
概要とhttp://www.hosei.ac.jp/news/shosai/news_1030.html
詳細です。http://www.hosei.ac.jp/news/shosai/pdf/20090324news_01.pdf
講演会もございます。http://www.hosei.ac.jp/news/shosai/pdf/20090324news_02.pdf
どうぞ奮ってご参加くださいませ。hf
概要とhttp://www.hosei.ac.jp/news/shosai/news_1030.html
詳細です。http://www.hosei.ac.jp/news/shosai/pdf/20090324news_01.pdf
講演会もございます。http://www.hosei.ac.jp/news/shosai/pdf/20090324news_02.pdf
どうぞ奮ってご参加くださいませ。hf
Tuesday, March 24, 2009
Erasmus mundus 2009
みなさま、ようやくerasmus mundusの詳細が固まり、全容をご紹介することができるようになりました。
詳細はこちらまで。
フランス哲学、フランス語で哲学・思想を展開することに関心をもつ人々にはぜひとも参加していただきたいと思います。私たちフランス哲学・思想に関係する若手が、私たち自身の歴史を少しずつ変えていく、そのような試みに自ら積極的に身を投じていただければ幸いです。hf
詳細はこちらまで。
フランス哲学、フランス語で哲学・思想を展開することに関心をもつ人々にはぜひとも参加していただきたいと思います。私たちフランス哲学・思想に関係する若手が、私たち自身の歴史を少しずつ変えていく、そのような試みに自ら積極的に身を投じていただければ幸いです。hf
Thursday, March 19, 2009
他山の石
やはり昨年9月に思っていたこと。
*
どんなに「つまらない」思想家でも、最低三つ(三著書ないし三論文)読むまで全体的な評価を下してはいけないと思っている。そして、そのような視線はとても大事だとも思っている。
思想業界には、「誰某はつまらない」と名前単位(思想家単位)でばっさり切り捨てることが自分の見識の高さを物語ると思っている人々が多くいる。それが商業的に効率的で、見映えもいいからだろう。
だが、大事なのはそこから自分がヒントを得られるかどうか、それだけだ。「誰某の何とかという著作はここはいいが、ここは問題だ」、そういう言い方を心がける。見栄えが悪く、鈍重な印象を与えるかもしれないが、それがなんだろう。他人の研究に対するこのミニマリスト的な視線と、いろいろな解釈の存在を知り、それらを検討したうえで、自分の解答を導き出すという自分自身の研究姿勢とは、表裏一体の関係にあると思う。
評価は他人に示すより、自分の糧にすることが重要だ。
「僕が何かを自分のために生かすことというのは、人のことを見て学ぶことが多いんですよね。自分のなかから何かを生み出していくことっていうのは、あんまりない。人の行動を見ていると、すごく気になることがたくさん見えてきて、それを自分に生かすというやり方で、まあずっと、すごくいやらしいやり方ですけど、そうやって、今の自分があるような気がするんですよ。そうやっていくと今の自分ができた、みたいな。そのなかから自分の信じているものなんかが生まれてきて、それを生かしていく。
(…)要は『これを今、人が見ていたら許さないだろうな』という行動は、なるべくしないようにはなっていきましたよね。人のことも見ながら、自分を作ってきた。(…)アメリカに来てまた想像していたものと違う世界があったわけです、そこに。まあ、いいことも悪いことも。アメリカでは、分かりやすい。特にはっきりと答えが出るので。それは僕にとっては、すごく助けになりましたね。
『あっ、ああやってやらなければいいんだ』ということが、あまりにもたくさんあって。 あのね、こうした方がいい、というのは難しいですよ。答えが出づらいんですよ。でも、明らかに、『それはまずいよね』という中には、はっきりとした答えが、たくさんあるので」(イチロー)
*
どんなに「つまらない」思想家でも、最低三つ(三著書ないし三論文)読むまで全体的な評価を下してはいけないと思っている。そして、そのような視線はとても大事だとも思っている。
思想業界には、「誰某はつまらない」と名前単位(思想家単位)でばっさり切り捨てることが自分の見識の高さを物語ると思っている人々が多くいる。それが商業的に効率的で、見映えもいいからだろう。
だが、大事なのはそこから自分がヒントを得られるかどうか、それだけだ。「誰某の何とかという著作はここはいいが、ここは問題だ」、そういう言い方を心がける。見栄えが悪く、鈍重な印象を与えるかもしれないが、それがなんだろう。他人の研究に対するこのミニマリスト的な視線と、いろいろな解釈の存在を知り、それらを検討したうえで、自分の解答を導き出すという自分自身の研究姿勢とは、表裏一体の関係にあると思う。
評価は他人に示すより、自分の糧にすることが重要だ。
「僕が何かを自分のために生かすことというのは、人のことを見て学ぶことが多いんですよね。自分のなかから何かを生み出していくことっていうのは、あんまりない。人の行動を見ていると、すごく気になることがたくさん見えてきて、それを自分に生かすというやり方で、まあずっと、すごくいやらしいやり方ですけど、そうやって、今の自分があるような気がするんですよ。そうやっていくと今の自分ができた、みたいな。そのなかから自分の信じているものなんかが生まれてきて、それを生かしていく。
(…)要は『これを今、人が見ていたら許さないだろうな』という行動は、なるべくしないようにはなっていきましたよね。人のことも見ながら、自分を作ってきた。(…)アメリカに来てまた想像していたものと違う世界があったわけです、そこに。まあ、いいことも悪いことも。アメリカでは、分かりやすい。特にはっきりと答えが出るので。それは僕にとっては、すごく助けになりましたね。
『あっ、ああやってやらなければいいんだ』ということが、あまりにもたくさんあって。 あのね、こうした方がいい、というのは難しいですよ。答えが出づらいんですよ。でも、明らかに、『それはまずいよね』という中には、はっきりとした答えが、たくさんあるので」(イチロー)
Wednesday, March 18, 2009
四行教授(老人よ、荒野を目指せ)
朝日新聞が頑張って出しているGlobeという紙内紙の話を少し前にしたが、3月16日付で《なぜ東大からノーベル賞が出にくいか――「四行教授」のぬるま湯の罪》という記事が出ていた。頷けるところもあるが、全体としてがっかりさせられる記事だ。
「エリート教育」の話を強調してきたので、もしかすると東大とかノーベル賞といったものに関心を持っていると思われているかもしれないが、実はあまり関心がない。東大生は、これは挑発でもなんでもないが、私の定義する「エリート」の範疇には入らないし、ノーベル賞は私の専門である哲学・思想研究には(いずれにしても近年では)縁がないからである。しかも「なぜ東大からノーベル賞が出にくいか」など、読まなくてもはじめから論の筋道も結論も見えている話ではないか。
それでもこの記事が目を引いたのは、「四行教授」という(私にとっては)謎の言葉ゆえであった。
《四行教授とは、履歴書に「東京大学卒、東大助手、東大助教授、東大教授」(これからは[…]5,6行になる人も多いだろうが基本的には変わらない)の4行しかないという、純粋培養の道を歩んだ人のことだ。[…]。東大に限らず、役所、企業にもある硬直化した日本の組織の特徴をよくあらわしている。》
私の知る東大の諸学科には四行教授はいないように思うが、五六行教授はけっこういるようだ。しかし、では、国立私立を問わず、他の有力大学を見渡して、どこが胸を張ってそうでないといい張れるのだろうか。要するに、日本では(フランスでも)教授の大学間移動がまだまだ少ないというだけの話だ。
《いったん東大に入れば優越意識に駆られる。なぜわざわざ外に行くのか、とリスクをとろうとしない精神構造になりがちだ。しかし、チャレンジを避けるのは、世界のトップになれる可能性を摘んでいることに等しい。ぬくぬくとした羊水にくるまれた、ひ弱な秀才で終わってしまう。残念なことだ。》
これは、あるいはかつては当てはまったかもしれないが、現在の事態をまったく読み違えている議論である。問題はこうだ。何度も言うように、昔から大学への就職は困難だというが、現在のほうが桁違いに困難である。大学院が増え、院生が増え、博士号取得者が増え、そして少子化でポストは減る一方だ。哲学などの「食えない」学科は、とりわけ中小の大学で敬遠され、よりポストが減る構図である。
すると、大学院に入る際に、学びたいことと同時に、あるいはそれ以上に、「就職」のことを意識するようになる。研究がいかに浮世離れしたものであり、研究者が世事に疎いといっても、有力大学の大学院への進学を考えるようになるのはいわば当然であろう。
その結果、有力大学の院生ほど競争を強いられ、目の色を変えることになる(この点、中小の大学の院生がはじめから諦めるというか、「のんびり」ムードなのは、また別の深刻な構造的問題である)。発表を出来るかぎり多くし、論文を量産せねばならない。教歴をつけて、博論をできるかぎり短期間で書いて…。
海外留学が就職に絶対的なプラスになるならするが、留学しなくても就職できるなら、まずは就職が重要だ。のんびり「武者修行」などとんでもない――すでにこの院生たちのピリピリムードからして昔とは大違いだということが分からないのだろうか。もちろん、悪化の一途をたどるそのような状況を踏まえたうえで、しかしながら、院生たちの自然発生的な自閉・鎖国傾向、私が先に「天動説」と呼んだものを批判しつつ、「地動説」を支持し、鼓舞していくことは必要である。だがそれは、誤った現状認識に基づいて誤った非難を投げつけることとは違う。
著者の言う「ぬくぬくとした羊水」は、いつの時代も同じ温度であったわけではない。「リスクをとろうとしない精神構造」も、「チャレンジを避ける」理由も常に同質的であったわけではない。著者の家系・経歴は、《私自身、医者一家に生まれ、東大医学部を卒業後、助手になってから、初めて米国に留学した》というものだ。だが、彼が「冒険」できたのは、しっかりとした財政的な基盤、家族の(もちろんプレッシャーと背中合わせの)精神的・物理的援助があってこそだということ、今教授職にある者たちも多かれ少なかれ「時代」という風に背中を押されてきたのだということを忘れて、抽象的な精神論などぶってもらっては困るのである。
最大の問題点は、72歳にもなって、しかも数々の重要なポスト――UCLA教授、東大教授、日本学術会議会長、内閣特別顧問――を歴任してきたにもかかわらず、著者は少なくともこの記事の中で何一つ具体的な施策を提言できていない点にある。「東大教授がノーベル賞をとれない」ことが問題であるというなら――著者は東大教授も務めた――、「人づくりこそが日本にとって最も重要な課題」だというなら、自分が東大教授であった頃の知見や反省点を踏まえて、「グローバル時代の今」、東大は、若者は、具体的に何をするべきなのかを、それを問題としているこの記事の中で、簡潔にではあれ言うべきであろう。
次のような言葉は美しい。しかし、「自分」が抜け落ちている。いや、誇示すべき「自分」は記事の中でいやというほど誇示されているのだ――私は東大を飛び出し、アメリカで成功し、東大教授になれた、などなど。だが、問題の渦中にいる若者に対して真摯な「自分」が抜け落ちている。著者は「『既得権』をもつ方々の英断」に期待したいという。ならば、著者のせめてもの責務は、何を期待したいのかを言うことであろう。「既得権」を十分に持っているあなたが抽象論をもとにした説教話をして、どうするのだ。
《たとえノーベル賞には届かなくても、若いうちから世界の一流に身近に接し、薫陶を受け、多様な優れた若い研究者と切磋琢磨する環境で研究する。[…]到達できるかどうかは別にして、チャレンジする。自分はどの程度の位置にいるのかを知り、自分を探すのだ。若者は荒野を目指さないのか?
優秀な学生は多くてもチャレンジ精神が薄いように感じる。グローバル時代の今こそ「既得権」をもつ方々の英断と、若い人々の勇気に期待したい。日本の将来はここにかかっている。》
繰り返すが、この言葉が間違っているというのではない。問題は、これが彼の「問題」であるようには思われないということである。荒野を目指すかどうかは若者の問題であって、彼らに任せればよい。若者に荒野を目指してほしいのであれば、老人ができることは、若者が荒野を目指したくなるように、目指しやすくなるように、自分なりの尽力をすることである。それこそが、若者に荒野を目指してほしい老人にとっての「荒野」であろう。老人よ、荒野を目指せ。
私たちは近々、少しでも日本の若手フランス哲学研究者がフランス語でヨーロッパの若手研究者たちと議論できるような機会をつくろうと試みるだろう。これが今の私たちなりのささやかな答えであり、ささやかな「荒野」である。
「エリート教育」の話を強調してきたので、もしかすると東大とかノーベル賞といったものに関心を持っていると思われているかもしれないが、実はあまり関心がない。東大生は、これは挑発でもなんでもないが、私の定義する「エリート」の範疇には入らないし、ノーベル賞は私の専門である哲学・思想研究には(いずれにしても近年では)縁がないからである。しかも「なぜ東大からノーベル賞が出にくいか」など、読まなくてもはじめから論の筋道も結論も見えている話ではないか。
それでもこの記事が目を引いたのは、「四行教授」という(私にとっては)謎の言葉ゆえであった。
《四行教授とは、履歴書に「東京大学卒、東大助手、東大助教授、東大教授」(これからは[…]5,6行になる人も多いだろうが基本的には変わらない)の4行しかないという、純粋培養の道を歩んだ人のことだ。[…]。東大に限らず、役所、企業にもある硬直化した日本の組織の特徴をよくあらわしている。》
私の知る東大の諸学科には四行教授はいないように思うが、五六行教授はけっこういるようだ。しかし、では、国立私立を問わず、他の有力大学を見渡して、どこが胸を張ってそうでないといい張れるのだろうか。要するに、日本では(フランスでも)教授の大学間移動がまだまだ少ないというだけの話だ。
《いったん東大に入れば優越意識に駆られる。なぜわざわざ外に行くのか、とリスクをとろうとしない精神構造になりがちだ。しかし、チャレンジを避けるのは、世界のトップになれる可能性を摘んでいることに等しい。ぬくぬくとした羊水にくるまれた、ひ弱な秀才で終わってしまう。残念なことだ。》
これは、あるいはかつては当てはまったかもしれないが、現在の事態をまったく読み違えている議論である。問題はこうだ。何度も言うように、昔から大学への就職は困難だというが、現在のほうが桁違いに困難である。大学院が増え、院生が増え、博士号取得者が増え、そして少子化でポストは減る一方だ。哲学などの「食えない」学科は、とりわけ中小の大学で敬遠され、よりポストが減る構図である。
すると、大学院に入る際に、学びたいことと同時に、あるいはそれ以上に、「就職」のことを意識するようになる。研究がいかに浮世離れしたものであり、研究者が世事に疎いといっても、有力大学の大学院への進学を考えるようになるのはいわば当然であろう。
その結果、有力大学の院生ほど競争を強いられ、目の色を変えることになる(この点、中小の大学の院生がはじめから諦めるというか、「のんびり」ムードなのは、また別の深刻な構造的問題である)。発表を出来るかぎり多くし、論文を量産せねばならない。教歴をつけて、博論をできるかぎり短期間で書いて…。
海外留学が就職に絶対的なプラスになるならするが、留学しなくても就職できるなら、まずは就職が重要だ。のんびり「武者修行」などとんでもない――すでにこの院生たちのピリピリムードからして昔とは大違いだということが分からないのだろうか。もちろん、悪化の一途をたどるそのような状況を踏まえたうえで、しかしながら、院生たちの自然発生的な自閉・鎖国傾向、私が先に「天動説」と呼んだものを批判しつつ、「地動説」を支持し、鼓舞していくことは必要である。だがそれは、誤った現状認識に基づいて誤った非難を投げつけることとは違う。
著者の言う「ぬくぬくとした羊水」は、いつの時代も同じ温度であったわけではない。「リスクをとろうとしない精神構造」も、「チャレンジを避ける」理由も常に同質的であったわけではない。著者の家系・経歴は、《私自身、医者一家に生まれ、東大医学部を卒業後、助手になってから、初めて米国に留学した》というものだ。だが、彼が「冒険」できたのは、しっかりとした財政的な基盤、家族の(もちろんプレッシャーと背中合わせの)精神的・物理的援助があってこそだということ、今教授職にある者たちも多かれ少なかれ「時代」という風に背中を押されてきたのだということを忘れて、抽象的な精神論などぶってもらっては困るのである。
最大の問題点は、72歳にもなって、しかも数々の重要なポスト――UCLA教授、東大教授、日本学術会議会長、内閣特別顧問――を歴任してきたにもかかわらず、著者は少なくともこの記事の中で何一つ具体的な施策を提言できていない点にある。「東大教授がノーベル賞をとれない」ことが問題であるというなら――著者は東大教授も務めた――、「人づくりこそが日本にとって最も重要な課題」だというなら、自分が東大教授であった頃の知見や反省点を踏まえて、「グローバル時代の今」、東大は、若者は、具体的に何をするべきなのかを、それを問題としているこの記事の中で、簡潔にではあれ言うべきであろう。
次のような言葉は美しい。しかし、「自分」が抜け落ちている。いや、誇示すべき「自分」は記事の中でいやというほど誇示されているのだ――私は東大を飛び出し、アメリカで成功し、東大教授になれた、などなど。だが、問題の渦中にいる若者に対して真摯な「自分」が抜け落ちている。著者は「『既得権』をもつ方々の英断」に期待したいという。ならば、著者のせめてもの責務は、何を期待したいのかを言うことであろう。「既得権」を十分に持っているあなたが抽象論をもとにした説教話をして、どうするのだ。
《たとえノーベル賞には届かなくても、若いうちから世界の一流に身近に接し、薫陶を受け、多様な優れた若い研究者と切磋琢磨する環境で研究する。[…]到達できるかどうかは別にして、チャレンジする。自分はどの程度の位置にいるのかを知り、自分を探すのだ。若者は荒野を目指さないのか?
優秀な学生は多くてもチャレンジ精神が薄いように感じる。グローバル時代の今こそ「既得権」をもつ方々の英断と、若い人々の勇気に期待したい。日本の将来はここにかかっている。》
繰り返すが、この言葉が間違っているというのではない。問題は、これが彼の「問題」であるようには思われないということである。荒野を目指すかどうかは若者の問題であって、彼らに任せればよい。若者に荒野を目指してほしいのであれば、老人ができることは、若者が荒野を目指したくなるように、目指しやすくなるように、自分なりの尽力をすることである。それこそが、若者に荒野を目指してほしい老人にとっての「荒野」であろう。老人よ、荒野を目指せ。
私たちは近々、少しでも日本の若手フランス哲学研究者がフランス語でヨーロッパの若手研究者たちと議論できるような機会をつくろうと試みるだろう。これが今の私たちなりのささやかな答えであり、ささやかな「荒野」である。
Tuesday, March 17, 2009
鷲田、カント、フィロネンコ、ブノワ
久しぶりにフランス語に関する頁を更新。フランス語を勉強し(直し)たい人はどうぞ。
複数の目的のために幾つもの本を並行して読む。哲学概論や哲学史の授業では「聴く」ということを一つのテーマにしたいと考えており、そのため鷲田清一の『「聴く」ことの力――臨床哲学試論』(TBSブリタニカ、1999年)を読んでいる。
すると、ふと反論というか、疑問が浮かんできて、それが今度、日本哲学会で行なう発表の一つの軸になるかもしれないと思い、なぜか(私には直線的な連関なのだが)カントと関連書を読み耽る。
カント「思考の方向を定めるとはどういうことか」(1786)
Emmanuel Kant, Qu'est-ce que s'orienter dans la pensée?, préface de Ferdinand Alquié, introduction, traduction et annotation par Alexis Philonenko, Vrin, 1re éd. 1959; repris dans la coll. "Textes et Commentaires", 2001.
Jocelyn Benoist, Kant et les limites de la synthèse. Le sujet sensible, PUF, coll. "Epiméthée", 1996.
フィロネンコの注釈は出来がいい。初版から実に42年(!)を経て、なお再刊される価値がある。
彼は1932年の生まれらしいから、初版の時には27歳。1968年生まれのブノワのこの博論も1994年に書きあげられ、1996年、つまり28歳の時に刊行されている。
一つの軸は見つけた、というか博論で書いていたのを思い出したが、これでは博論からほとんど進んでいない。さらに読書を続けてみる。…すると、授業準備が進まないことに気づく(笑)。
複数の目的のために幾つもの本を並行して読む。哲学概論や哲学史の授業では「聴く」ということを一つのテーマにしたいと考えており、そのため鷲田清一の『「聴く」ことの力――臨床哲学試論』(TBSブリタニカ、1999年)を読んでいる。
すると、ふと反論というか、疑問が浮かんできて、それが今度、日本哲学会で行なう発表の一つの軸になるかもしれないと思い、なぜか(私には直線的な連関なのだが)カントと関連書を読み耽る。
カント「思考の方向を定めるとはどういうことか」(1786)
Emmanuel Kant, Qu'est-ce que s'orienter dans la pensée?, préface de Ferdinand Alquié, introduction, traduction et annotation par Alexis Philonenko, Vrin, 1re éd. 1959; repris dans la coll. "Textes et Commentaires", 2001.
Jocelyn Benoist, Kant et les limites de la synthèse. Le sujet sensible, PUF, coll. "Epiméthée", 1996.
フィロネンコの注釈は出来がいい。初版から実に42年(!)を経て、なお再刊される価値がある。
彼は1932年の生まれらしいから、初版の時には27歳。1968年生まれのブノワのこの博論も1994年に書きあげられ、1996年、つまり28歳の時に刊行されている。
一つの軸は見つけた、というか博論で書いていたのを思い出したが、これでは博論からほとんど進んでいない。さらに読書を続けてみる。…すると、授業準備が進まないことに気づく(笑)。
Sunday, March 15, 2009
KY=空気の読み過ぎ(町へ出よう、書を捨てずに)
「書を捨てよ、町へ出よう」という言葉はとても甘美だ。大衆民主主義社会にあって、おそらく誰もが首肯したくなるフレーズ。そこから「象牙の塔」批判、「講壇哲学」批判まではほんの一歩だ。
フランス人の友人が書いた68年論の帯には"La philosophie est dans la rue !"(哲学は街路にこそある!)とある。そういえば、構造主義者たちは、"La structure ne descends pas dans la rue !"(構造が街路に降り立つことはない!)と批判されたのではなかったか。
街に出て、例えば「浮浪者」「派遣社員」「不法滞在外国人」と呼ばれたりもする人たちと、時には寝食を共にしながら、共闘する。その誠実さにはもちろん賞賛の言葉以外にない。
しかし…。「空気に過敏な論壇」という構図、「さまざまなる意匠」や「掘っ立て小屋の思想」という構図は、ここでもまたあてはまるのではないか。
書を捨てるのでもない、町へ出ないのでもない、そんな態度は不可能だろうか。
中谷巌を支持するわけでは全くないが、以下で問題にされている事柄には興味がある。KY=空気の読み過ぎは論壇にも学会にも共通する「日本的」な原理なのかもしれない。
***朝日新聞3月14日付朝刊より抜粋。
■空気に過敏な論壇
論壇の停滞が久しい中、経済論壇は、不景気で逆に活況を呈したといわれる。
だが、経済紙で経済論壇の時評を担当している東大教授の松井彰彦氏は、疑問も感じている。一つが論壇と学界が、「水と油」の関係になってきていること。学界の最前線では、中谷氏が単純化するような野放図な市場主義が礼賛されてきたわけではないのに、学者が大学に閉じこもっていることもあって、研究知識の蓄積が論壇に反映されない。その構造こそが問題だという。
「気になるのは、日本の論壇に、KYならぬ『空気を読みすぎる』傾向があること。例えば今こそ自由の価値とは何かの議論をすべきなのに、構造改革批判のムードに覆われて、やりにくい気配を感じる」という。
主張の変更が問題にされると、学者がますます発言しなくなる恐れもある。同志社大教授の浜矩子氏は、変えないこと、真理の前に謙虚であることとの間でバランスが不可欠だとし、そのうえで人々の側に立って臆(おく)せず発言するべきだ、と話す。
フランス人の友人が書いた68年論の帯には"La philosophie est dans la rue !"(哲学は街路にこそある!)とある。そういえば、構造主義者たちは、"La structure ne descends pas dans la rue !"(構造が街路に降り立つことはない!)と批判されたのではなかったか。
街に出て、例えば「浮浪者」「派遣社員」「不法滞在外国人」と呼ばれたりもする人たちと、時には寝食を共にしながら、共闘する。その誠実さにはもちろん賞賛の言葉以外にない。
しかし…。「空気に過敏な論壇」という構図、「さまざまなる意匠」や「掘っ立て小屋の思想」という構図は、ここでもまたあてはまるのではないか。
書を捨てるのでもない、町へ出ないのでもない、そんな態度は不可能だろうか。
中谷巌を支持するわけでは全くないが、以下で問題にされている事柄には興味がある。KY=空気の読み過ぎは論壇にも学会にも共通する「日本的」な原理なのかもしれない。
***朝日新聞3月14日付朝刊より抜粋。
■空気に過敏な論壇
論壇の停滞が久しい中、経済論壇は、不景気で逆に活況を呈したといわれる。
だが、経済紙で経済論壇の時評を担当している東大教授の松井彰彦氏は、疑問も感じている。一つが論壇と学界が、「水と油」の関係になってきていること。学界の最前線では、中谷氏が単純化するような野放図な市場主義が礼賛されてきたわけではないのに、学者が大学に閉じこもっていることもあって、研究知識の蓄積が論壇に反映されない。その構造こそが問題だという。
「気になるのは、日本の論壇に、KYならぬ『空気を読みすぎる』傾向があること。例えば今こそ自由の価値とは何かの議論をすべきなのに、構造改革批判のムードに覆われて、やりにくい気配を感じる」という。
主張の変更が問題にされると、学者がますます発言しなくなる恐れもある。同志社大教授の浜矩子氏は、変えないこと、真理の前に謙虚であることとの間でバランスが不可欠だとし、そのうえで人々の側に立って臆(おく)せず発言するべきだ、と話す。
Saturday, March 14, 2009
保育園から大学まで
Michel Fichantから次のような情報が回ってきた。日本の哲学者にとってさまざまな意味で重要だと思うので、翻訳しておく。昨今激化しているフランスの大学のストは、決して大学教員の特権的な身分保証のためだけの動きではなく、事は中等教員の身分変更、ひいては教育全般にも関わるものなのだ、という点を中等教育教員に説明するための文章である。
この文章で「国民教育省」が槍玉に挙げられているのは、「高等教育・研究担当省」だけが問題になっているのではないと強調するためである。フランスの教育制度の名称は内閣が代わるたびにマイナーチェンジする。この件に関する必要最低限の詳細はこちら。
***以下翻訳
初等・中等教育の教員養成課程
改革反対に共に立ち上がろう
現在、すべての大学が大規模な抗議行動とストライキにさらされている。パリでは、後期の大部分の授業が開始されなかった。数日来この動きは激しさを増しており、多くの大学が封鎖されるに至っている。ドーフィーヌで、ソルボンヌで、ナンテールで、サンドニで、ヴィエタヌーズで、教育活動の大部分が、ときにはすでに六週間にわたって、停止している。教員・事務職員・学生のストは増え続け、実に多くの組合やさまざまな組織に支持されている。何が問題となっているのだろうか。研究資格を持つ教員の資格変更に関する改革だけが、そしてその改革に対して既得権益を守ろうとするギルド的と見なされてよい防御反応だけが問題になっているのだろうか。事実はまったく異なる。数カ月来、大学関係者が総意として[ensemble de la communauté universitaire]求めているのは、とりわけ国民教育省[フランスの文科省]の教員養成・採用に関する現今の改革案の撤回である。現在、この件に関して、関係省庁に対して六カ月以上にわたって要請され続けているにも関わらず、ヴァレリー・ペクレスとグザヴィエ・ダルコスはあらゆる議論を拒否している。通称「採用試験の修士課程化」と呼ばれるこの改革案は特に以下のことを提案している。
1)これまで採用試験合格後、一年間与えられてきた研修期間を削除すること。新規採用教員は、したがって、一年目から生徒たちの前で通常の職務を行なうことになる。
2)これまで教員養成において認められてきたさまざまな次元の訓練が縮減されること(現行案によれば、例えば、今後採用される語学教員は決して当該言語を話す実践的な能力によって評価されることはない)。
3)あらゆる学問分野のあらゆる中等教員採用試験において、学科試験を一つ減らし、代わりに「教育の世界に関する知識」という試験が導入されること(今後採用される教員は、数学であれ、国語であれ、歴史であれ、語学であれ、専門分野の勉強時間を減らして、ある中学や高校の内規、すなわち国民教育省大臣の深遠な奥義を学ぶことになる)。
4)今後、修士課程の二年目に教員採用試験を組み入れること。したがって、今年の受験者は、一方で十月[フランスでは新年度の開始月]から研究者として研究を行ない、修士論文を執筆して、翌年の六月の諮問に合格すると同時に、他方で、一月に筆記、六月に口述が行われる教員採用試験の準備もしなければならない。このことが必然的に意味するのは、
・教員採用試験も修士論文も中途半端なものになるだろうということであり、これは「修士課程化による教員養成のレベル向上」を謳う国民教育省の目標にとってむしろ正反対の帰結をもたらすものである。
・従来より給料を得られるのが一年遅くなるわけだから、そのような延長された研究を継続する財政的な手段を持たない学生たちが不利を蒙ることになるだろうということ。
・不可避的に、かなりの数の「採用待機者 reçus-collés(註)」、つまり修士号は取得したが、採用試験には不合格となる学生たちが出てくるだろうということであり、彼らは国民教育省が増やし続けている非正規教員枠の労働力として利用されることになる。ここ数年採用試験で募集される教員数は目の眩むほど激減しているが、この傾向は続き、より安価で不安定な身分に留め置かれる教員の数の増加によって埋め合わされることになる。
明日の中学や高校は、その結果、教育という同じ使命を担うはずの教員が、一方では国家公務員であり、他方では、生徒たちが心穏やかに学ぶのに必要な、知的活動を行なう余裕をもはや享受できない、未来の不確かな臨時職員であるような場所になっていくだろう。中学や高校の職場の雰囲気は、生徒ばかりか、学校の全職員のやる気を削ぐ、殺伐としたものになるだろう。
このような政策は、教員の養成・知的訓練にとって後退であり、社会的な損害である。事は国のあらゆる構成員に関わる以上、中等教育の教員たちは、生徒の父母同様、このような政策に無関心でいられないだろう。この破壊的な現行案に対して三月に行われるデモ行進に多く参加されんことを。
最初のデモ行進「保育園から大学まで」は、3月11日(水)に行われる予定です。パリでは、レピュブリック広場を14時30分に出発します。3月11日のデモはすべての大学都市で予定されています。
この文章で「国民教育省」が槍玉に挙げられているのは、「高等教育・研究担当省」だけが問題になっているのではないと強調するためである。フランスの教育制度の名称は内閣が代わるたびにマイナーチェンジする。この件に関する必要最低限の詳細はこちら。
***以下翻訳
初等・中等教育の教員養成課程
改革反対に共に立ち上がろう
現在、すべての大学が大規模な抗議行動とストライキにさらされている。パリでは、後期の大部分の授業が開始されなかった。数日来この動きは激しさを増しており、多くの大学が封鎖されるに至っている。ドーフィーヌで、ソルボンヌで、ナンテールで、サンドニで、ヴィエタヌーズで、教育活動の大部分が、ときにはすでに六週間にわたって、停止している。教員・事務職員・学生のストは増え続け、実に多くの組合やさまざまな組織に支持されている。何が問題となっているのだろうか。研究資格を持つ教員の資格変更に関する改革だけが、そしてその改革に対して既得権益を守ろうとするギルド的と見なされてよい防御反応だけが問題になっているのだろうか。事実はまったく異なる。数カ月来、大学関係者が総意として[ensemble de la communauté universitaire]求めているのは、とりわけ国民教育省[フランスの文科省]の教員養成・採用に関する現今の改革案の撤回である。現在、この件に関して、関係省庁に対して六カ月以上にわたって要請され続けているにも関わらず、ヴァレリー・ペクレスとグザヴィエ・ダルコスはあらゆる議論を拒否している。通称「採用試験の修士課程化」と呼ばれるこの改革案は特に以下のことを提案している。
1)これまで採用試験合格後、一年間与えられてきた研修期間を削除すること。新規採用教員は、したがって、一年目から生徒たちの前で通常の職務を行なうことになる。
2)これまで教員養成において認められてきたさまざまな次元の訓練が縮減されること(現行案によれば、例えば、今後採用される語学教員は決して当該言語を話す実践的な能力によって評価されることはない)。
3)あらゆる学問分野のあらゆる中等教員採用試験において、学科試験を一つ減らし、代わりに「教育の世界に関する知識」という試験が導入されること(今後採用される教員は、数学であれ、国語であれ、歴史であれ、語学であれ、専門分野の勉強時間を減らして、ある中学や高校の内規、すなわち国民教育省大臣の深遠な奥義を学ぶことになる)。
4)今後、修士課程の二年目に教員採用試験を組み入れること。したがって、今年の受験者は、一方で十月[フランスでは新年度の開始月]から研究者として研究を行ない、修士論文を執筆して、翌年の六月の諮問に合格すると同時に、他方で、一月に筆記、六月に口述が行われる教員採用試験の準備もしなければならない。このことが必然的に意味するのは、
・教員採用試験も修士論文も中途半端なものになるだろうということであり、これは「修士課程化による教員養成のレベル向上」を謳う国民教育省の目標にとってむしろ正反対の帰結をもたらすものである。
・従来より給料を得られるのが一年遅くなるわけだから、そのような延長された研究を継続する財政的な手段を持たない学生たちが不利を蒙ることになるだろうということ。
・不可避的に、かなりの数の「採用待機者 reçus-collés(註)」、つまり修士号は取得したが、採用試験には不合格となる学生たちが出てくるだろうということであり、彼らは国民教育省が増やし続けている非正規教員枠の労働力として利用されることになる。ここ数年採用試験で募集される教員数は目の眩むほど激減しているが、この傾向は続き、より安価で不安定な身分に留め置かれる教員の数の増加によって埋め合わされることになる。
明日の中学や高校は、その結果、教育という同じ使命を担うはずの教員が、一方では国家公務員であり、他方では、生徒たちが心穏やかに学ぶのに必要な、知的活動を行なう余裕をもはや享受できない、未来の不確かな臨時職員であるような場所になっていくだろう。中学や高校の職場の雰囲気は、生徒ばかりか、学校の全職員のやる気を削ぐ、殺伐としたものになるだろう。
このような政策は、教員の養成・知的訓練にとって後退であり、社会的な損害である。事は国のあらゆる構成員に関わる以上、中等教育の教員たちは、生徒の父母同様、このような政策に無関心でいられないだろう。この破壊的な現行案に対して三月に行われるデモ行進に多く参加されんことを。
最初のデモ行進「保育園から大学まで」は、3月11日(水)に行われる予定です。パリでは、レピュブリック広場を14時30分に出発します。3月11日のデモはすべての大学都市で予定されています。
Friday, March 13, 2009
素直な背伸び
「もっと頭を下げれば聴いてもらえるのにね」。そういった考え方がどうしても好きになれない。
別に私はひねくれた人間でも、高飛車な人間でもないので、もっともだと思う批判を受ければ素直に反省する。必要があれば自説を撤回しもするし、謝罪が必要であればする。
また、他人が土下座して前に進むことをとやかく言うつもりもない。人生は一度きりであり、自分が取りたい道をとればいいではないか、そう思っている。だから私も自分の進みたい道を進む。
言われるべくして言われていないことは言われねばならない。ただそれだけのことだ。もちろん、より説得的な言い方を工夫し続けても行くつもりだけれど…。
素直な背伸びを続けていきたい。そう願っている。
別に私はひねくれた人間でも、高飛車な人間でもないので、もっともだと思う批判を受ければ素直に反省する。必要があれば自説を撤回しもするし、謝罪が必要であればする。
また、他人が土下座して前に進むことをとやかく言うつもりもない。人生は一度きりであり、自分が取りたい道をとればいいではないか、そう思っている。だから私も自分の進みたい道を進む。
言われるべくして言われていないことは言われねばならない。ただそれだけのことだ。もちろん、より説得的な言い方を工夫し続けても行くつもりだけれど…。
素直な背伸びを続けていきたい。そう願っている。
Thursday, March 12, 2009
時間の延び縮み(圓生の凄さ)
授業をするときでも、発表をするときでも、理想は、自分の語りたいことを制限時間にあわせて伸縮自在に操れることであろう。
*
六代目三遊亭圓生。昭和の大名人の一人である。持ちネタの数は有に三百を超えていたというが、弟子で新作落語の雄、圓丈によれば、その記憶力の凄さは数だけの問題ではなかった。
「50分の噺を30分で演るときには、ふつうは途中で切ってしまう。噺を再構成して、いったん短く縮めてしまうと、もう元には戻せない。でも、噺をばらばらにして、好きに取り出せたのが圓生です。あれは通常の記憶力ではない。さらに何段階も上の、次元の異なる記憶です」。
圓生自身は自伝『寄席育ち』のなかで、事もなげにこう言っている。「抜こうと思えば抜ける、入れようと思えば入れられるし、言い方を変えてみることも出来る。それが当たり前のことで、時間の延び縮みが自由に出来なければ商売人じゃァありません」。
この尋常ならざる噺の再構成の自在さは、いかにして培われたのか。圓丈は語る。
「圓生の凄さは、その稽古量です。歳をとれば、どんどん噺を忘れてゆくものですが、圓生は三百を超える持ちネタを片っ端からエンドレスで稽古し続けていた。少しでも時間があれば、稽古が始まる。ごちゃごちゃ口が動き始めるんです。僕らは努力して稽古をしますが、無意識で自然のうちに稽古できるようになるまで努力をしたのが圓生です」。
高座が終わって帰りの車に乗り込む。そのドアが閉まった瞬間に、圓生の噺の稽古、独り語りが始まるのが常だったという。
以上の話は、前述の『落語 昭和の名人決定版』第4巻に収録されている。
*
六代目三遊亭圓生。昭和の大名人の一人である。持ちネタの数は有に三百を超えていたというが、弟子で新作落語の雄、圓丈によれば、その記憶力の凄さは数だけの問題ではなかった。
「50分の噺を30分で演るときには、ふつうは途中で切ってしまう。噺を再構成して、いったん短く縮めてしまうと、もう元には戻せない。でも、噺をばらばらにして、好きに取り出せたのが圓生です。あれは通常の記憶力ではない。さらに何段階も上の、次元の異なる記憶です」。
圓生自身は自伝『寄席育ち』のなかで、事もなげにこう言っている。「抜こうと思えば抜ける、入れようと思えば入れられるし、言い方を変えてみることも出来る。それが当たり前のことで、時間の延び縮みが自由に出来なければ商売人じゃァありません」。
この尋常ならざる噺の再構成の自在さは、いかにして培われたのか。圓丈は語る。
「圓生の凄さは、その稽古量です。歳をとれば、どんどん噺を忘れてゆくものですが、圓生は三百を超える持ちネタを片っ端からエンドレスで稽古し続けていた。少しでも時間があれば、稽古が始まる。ごちゃごちゃ口が動き始めるんです。僕らは努力して稽古をしますが、無意識で自然のうちに稽古できるようになるまで努力をしたのが圓生です」。
高座が終わって帰りの車に乗り込む。そのドアが閉まった瞬間に、圓生の噺の稽古、独り語りが始まるのが常だったという。
以上の話は、前述の『落語 昭和の名人決定版』第4巻に収録されている。
Wednesday, March 11, 2009
オーギュスト・コントの時代の生理学と心理学
Anne Devarieuxは、19世紀フランス哲学の、比較的若い、おそらく私と同年代くらいの研究者である。メーヌ・ド・ビランに関する博論を書き(Maine de Biran, l'individualité persévérante, Jérôme Millon, 2004)、ビランを久々に文庫化した(De l'aperception immédiate. Mémoire de Berlin (1807), le Livre de poche (LGF), coll. "Classiques de la philosophie", 2005)。
ENSで行われた『進化』ワークショップでは、私と同じセクションで « Évolutionnisme et psychologie : Maine de Biran, Gabriel Tarde et Henri Bergson » について発表した(『ベルクソン年鑑』第4巻所収)。関連するトピック(タルドのビラン論に序文を付したのが彼女であった)を2004年9月24日に書いていたので、興味のある方はどうぞ。
そのadがシンポに参加すると知らせてきたのでご紹介。ちなみに、主催者の一人Laurent Clauzade は L'idéologie ou la révolution de l'analyse, Gallimard, coll. "tel", 1998. という優れたアンソロジーを編んでいる。
Physiologie et psychologie au temps d'Auguste Comte
Journée d'étude, le 27 mars 2009, de 13h30 à 17h30.
Organisée par Laurent Clauzade (Univ. de Caen) et Vincent Guillin (Collège de France)
- A. Devarieux (Université de Caen), « "Ce qui touche le moi sans être lui" :la psychologie physiologique de Maine de Biran ».
アンヌ・ドゥヴァリユー《「自我であることなしに自我に触れるもの」。メーヌ・ド・ビランの生理学的心理学》
- J.-G. Barbara (CNRS UMR 702 & RESHEIS)« Les recherches de physiologie cérébrale au temps de Comte ».
バルバラ《コントの時代の大脳生理学研究》
- L. Clauzade (Université de Caen)« La théorie cérébrale d'un naturaliste chrétien: H. M. D. de Blainville ».
クローザッド《あるキリスト教的博物学者の脳理論:ブランヴィル》
- V. Guillin (Collège de France)« Le rôle de la phrénologie dans la sociologie comtienne : le cas de l'égalité des sexes ».
ギヤン、《コント社会学における骨相学の役割:性的平等の場合》
- T. Dixon (Queen Mary University, London) « The Science of the Brain and the Religion of Humanity : Comte and Altruism in Victorian Britain ».
ディクソン、《脳科学と人類教:コントとヴィクトリア朝イギリスの利他主義》
Avec le soutien de l'équipe Identité-Subjectivité (Univ. de Caen), de la Maison d'Auguste Comte (Paris), et de la Chaire de philosophie des sciences biologiques et médicales (Collège de France).
Lieu : Collège de France, Salle 411, Pl. M. Berthelot, 75005 Paris
ENSで行われた『進化』ワークショップでは、私と同じセクションで « Évolutionnisme et psychologie : Maine de Biran, Gabriel Tarde et Henri Bergson » について発表した(『ベルクソン年鑑』第4巻所収)。関連するトピック(タルドのビラン論に序文を付したのが彼女であった)を2004年9月24日に書いていたので、興味のある方はどうぞ。
そのadがシンポに参加すると知らせてきたのでご紹介。ちなみに、主催者の一人Laurent Clauzade は L'idéologie ou la révolution de l'analyse, Gallimard, coll. "tel", 1998. という優れたアンソロジーを編んでいる。
Physiologie et psychologie au temps d'Auguste Comte
Journée d'étude, le 27 mars 2009, de 13h30 à 17h30.
Organisée par Laurent Clauzade (Univ. de Caen) et Vincent Guillin (Collège de France)
- A. Devarieux (Université de Caen), « "Ce qui touche le moi sans être lui" :la psychologie physiologique de Maine de Biran ».
アンヌ・ドゥヴァリユー《「自我であることなしに自我に触れるもの」。メーヌ・ド・ビランの生理学的心理学》
- J.-G. Barbara (CNRS UMR 702 & RESHEIS)« Les recherches de physiologie cérébrale au temps de Comte ».
バルバラ《コントの時代の大脳生理学研究》
- L. Clauzade (Université de Caen)« La théorie cérébrale d'un naturaliste chrétien: H. M. D. de Blainville ».
クローザッド《あるキリスト教的博物学者の脳理論:ブランヴィル》
- V. Guillin (Collège de France)« Le rôle de la phrénologie dans la sociologie comtienne : le cas de l'égalité des sexes ».
ギヤン、《コント社会学における骨相学の役割:性的平等の場合》
- T. Dixon (Queen Mary University, London) « The Science of the Brain and the Religion of Humanity : Comte and Altruism in Victorian Britain ».
ディクソン、《脳科学と人類教:コントとヴィクトリア朝イギリスの利他主義》
Avec le soutien de l'équipe Identité-Subjectivité (Univ. de Caen), de la Maison d'Auguste Comte (Paris), et de la Chaire de philosophie des sciences biologiques et médicales (Collège de France).
Lieu : Collège de France, Salle 411, Pl. M. Berthelot, 75005 Paris
Tuesday, March 10, 2009
哲学入門一歩前
「哲学入門一歩前」という(たしか廣松渉の)言葉は結構気に入っている。その理由については前にこのブログ(の前身であるHP)に書いた。
*
来年の授業を練っている。担当する7コマで一つの哲学教育のcursusを構築できればと願っている。
1年次に基礎ゼミで思考訓練を施しつつ、哲学史(知識)と哲学概論(概念の操作)で哲学研究の基礎を学ぶ。
2年次にフランス近代思想史演習(デカルトとライプニッツ)
3年次にフランス近現代思想史(デカルトからデリダまで)・フランス現代思想史演習(ベルクソンとドゥルーズ)
4年次に卒論ゼミでまとめとしてのフランス思想・哲学研究
私の奉職する大学に限らず、昨今どこの大学の学生にも難しすぎる感じもするが、それはやり方次第かもしれないとも思っている。知の離乳食から通常の栄養摂取へ――少なくとも一年目は、周りの意見をいろいろ伺った上で、自分の思うような形で授業を展開してみたい。それでダメなら、さらに周りの意見を取り入れていこうと思う。
偉そうなことを言っても、私自身の鍛え直しが先決である。そういうわけで、最近は手当り次第に入門書とギリシャ哲学関連の著作を読みあさっている。
・中村雄二郎、『哲学入門――生き方の確実な基礎』、中公新書、1967年(氏42歳の著作)。
・松浪信三郎、『哲学以前の哲学』、岩波新書、1988年(氏75歳の著作)。
・中村雄二郎ほか、『思想史――歴史的社会を貫くもの』、東京大学出版会、第二版1977年(初版1961年)。
・ラッセル、『西洋哲学史1 古代哲学』、みすず書房、1970年(原書1946年、刊行時74歳)。
・熊野純彦、『西洋哲学史 古代から中世へ』、岩波新書、2006年(刊行時48歳)。
・ディオゲネス・ラエルティオス、『ギリシア哲学者列伝』全3巻、加来彰俊訳、岩波文庫。
・『シャトレ哲学史I ギリシア哲学』、藤沢令夫ほか訳、白水社、1976年(原書1972年、刊行時シャトレ47歳)。
・内山勝利、『哲学の初源へ――ギリシア思想論集』、世界思想社、2002年(刊行時60歳)。
・古東哲明、『現代思想としてのギリシア哲学』、ちくま学芸文庫、2005年。
個別の哲学者については数が多すぎるので省略。
*
来年の授業を練っている。担当する7コマで一つの哲学教育のcursusを構築できればと願っている。
1年次に基礎ゼミで思考訓練を施しつつ、哲学史(知識)と哲学概論(概念の操作)で哲学研究の基礎を学ぶ。
2年次にフランス近代思想史演習(デカルトとライプニッツ)
3年次にフランス近現代思想史(デカルトからデリダまで)・フランス現代思想史演習(ベルクソンとドゥルーズ)
4年次に卒論ゼミでまとめとしてのフランス思想・哲学研究
私の奉職する大学に限らず、昨今どこの大学の学生にも難しすぎる感じもするが、それはやり方次第かもしれないとも思っている。知の離乳食から通常の栄養摂取へ――少なくとも一年目は、周りの意見をいろいろ伺った上で、自分の思うような形で授業を展開してみたい。それでダメなら、さらに周りの意見を取り入れていこうと思う。
偉そうなことを言っても、私自身の鍛え直しが先決である。そういうわけで、最近は手当り次第に入門書とギリシャ哲学関連の著作を読みあさっている。
・中村雄二郎、『哲学入門――生き方の確実な基礎』、中公新書、1967年(氏42歳の著作)。
・松浪信三郎、『哲学以前の哲学』、岩波新書、1988年(氏75歳の著作)。
・中村雄二郎ほか、『思想史――歴史的社会を貫くもの』、東京大学出版会、第二版1977年(初版1961年)。
・ラッセル、『西洋哲学史1 古代哲学』、みすず書房、1970年(原書1946年、刊行時74歳)。
・熊野純彦、『西洋哲学史 古代から中世へ』、岩波新書、2006年(刊行時48歳)。
・ディオゲネス・ラエルティオス、『ギリシア哲学者列伝』全3巻、加来彰俊訳、岩波文庫。
・『シャトレ哲学史I ギリシア哲学』、藤沢令夫ほか訳、白水社、1976年(原書1972年、刊行時シャトレ47歳)。
・内山勝利、『哲学の初源へ――ギリシア思想論集』、世界思想社、2002年(刊行時60歳)。
・古東哲明、『現代思想としてのギリシア哲学』、ちくま学芸文庫、2005年。
個別の哲学者については数が多すぎるので省略。
Monday, March 09, 2009
『哲学と大学』刊行間近
昨年来、西山雄二さんを始め、友人・知人たちと続けてきたプロジェクトが、いよいよ未来社から、『哲学と大学』というタイトルの論集として刊行されることになった。論集全体は、近代の哲学的大学論を総覧する第一部と、人文学の制度的矛盾を考察する第二部という構成をとっている。
昨年四月に行なった発表を基にした私の論文「条件付きの大学」は、第二部に属しつつ、第一部的な面も含んでいる。フランス人哲学者たちによる大学論不在の原因をフランスの高等教育・研究制度の特殊性に求めつつ、彼らの「沈黙」の意味を問う前半部と、ほぼ唯一例外的に大学論に取り組んでいるデリダの『条件なき大学』を取り上げて批判的に読解して見せる後半部からなるからだ。
デリダを読まずに「批判」する人々――彼らはえてして純粋な哲学研究を自称する――と、きちんと読まずに盲信する人々(ないしは自論の権威づけに利用する人々)――彼らはえてして活動家を自負しており、理論的な内心の不安を抱えている――の両方を同時に叩く戦略を展開してみた。
「哲学はすべての人に開かれてあるべきだ」、高らかにそう宣言する人々は、純哲系にも現代思想系にも多い。一般の人々からも賛同を得やすいこの手の発言は、しかし、哲学の唯物論的な基礎――日本の場合には大学――に目をやることなしになされる場合、ポピュリズム以上の意味を持たない。
哲学はすべての人に開かれてあるべきだとして、まずはそう論じる少なからぬ人々が拠点としている大学において哲学はどう開かれてあるべきなのか、そのことが論じられねばならない。
哲学は偏在する、それはそのとおりである。しかし、至る所に同じ仕方で在るのではない。要するに、心安らかに哲学の偏在性を唱える人々(往々にして大学人)には、論じる「自分」、自分が思索を展開するために拠って立つ「場」に対する感覚というものが抜けているのである。
大学における哲学教育を考えるうえでも、哲学者の大学論の系譜を辿る教科書としても最適な本書、店頭配本は23日の週になるとのことですので、ぜひお買い求めください(価格は2400円)。
昨年四月に行なった発表を基にした私の論文「条件付きの大学」は、第二部に属しつつ、第一部的な面も含んでいる。フランス人哲学者たちによる大学論不在の原因をフランスの高等教育・研究制度の特殊性に求めつつ、彼らの「沈黙」の意味を問う前半部と、ほぼ唯一例外的に大学論に取り組んでいるデリダの『条件なき大学』を取り上げて批判的に読解して見せる後半部からなるからだ。
デリダを読まずに「批判」する人々――彼らはえてして純粋な哲学研究を自称する――と、きちんと読まずに盲信する人々(ないしは自論の権威づけに利用する人々)――彼らはえてして活動家を自負しており、理論的な内心の不安を抱えている――の両方を同時に叩く戦略を展開してみた。
「哲学はすべての人に開かれてあるべきだ」、高らかにそう宣言する人々は、純哲系にも現代思想系にも多い。一般の人々からも賛同を得やすいこの手の発言は、しかし、哲学の唯物論的な基礎――日本の場合には大学――に目をやることなしになされる場合、ポピュリズム以上の意味を持たない。
哲学はすべての人に開かれてあるべきだとして、まずはそう論じる少なからぬ人々が拠点としている大学において哲学はどう開かれてあるべきなのか、そのことが論じられねばならない。
哲学は偏在する、それはそのとおりである。しかし、至る所に同じ仕方で在るのではない。要するに、心安らかに哲学の偏在性を唱える人々(往々にして大学人)には、論じる「自分」、自分が思索を展開するために拠って立つ「場」に対する感覚というものが抜けているのである。
大学における哲学教育を考えるうえでも、哲学者の大学論の系譜を辿る教科書としても最適な本書、店頭配本は23日の週になるとのことですので、ぜひお買い求めください(価格は2400円)。
Sunday, March 08, 2009
ラヴェルの夕べ
知らなかったが、ベルクソンについて幾つかの研究書を書いているアラン・パヌロは、ルイ・ラヴェル協会(association Louis Lavelle)の書記 secrétaire らしい(ちなみに、JLVBが会長)。その彼からのお知らせ。
Poésie et métaphysique
Le vendredi 20 mars 2009,
École Normale Supérieure, Salle des Résistants, 45, rue d’Ulm, Paris 5e
Entrée libre
14 h / Jean-Louis Vieillard-Baron : Discours d’ouverture
14 h 15 / Frédéric Worms : « La poésie de Jean Wahl »
15 h / discussion
15 h 15 / François Chenet : « Philosophie et poésie : une admirable concordia discors »
16 h / discussion puis pause
16 h 30 / Souâd Ayada : « Hafez, poète et philosophe »
17 h 15 / discussion
17 h 30 / Bernard M.-J. Grasset : « Poésie, philosophie et mystique »
18 h 15 / discussion puis cocktail
Poésie et métaphysique
Le vendredi 20 mars 2009,
École Normale Supérieure, Salle des Résistants, 45, rue d’Ulm, Paris 5e
Entrée libre
14 h / Jean-Louis Vieillard-Baron : Discours d’ouverture
14 h 15 / Frédéric Worms : « La poésie de Jean Wahl »
15 h / discussion
15 h 15 / François Chenet : « Philosophie et poésie : une admirable concordia discors »
16 h / discussion puis pause
16 h 30 / Souâd Ayada : « Hafez, poète et philosophe »
17 h 15 / discussion
17 h 30 / Bernard M.-J. Grasset : « Poésie, philosophie et mystique »
18 h 15 / discussion puis cocktail
Saturday, March 07, 2009
m&m
同世代でありながら、仕事でははるか先を行っているという人々がいる(この年になれば、すでに年下にもそういう人々がいる)。
h大のmさん(のブログ)とh大のmさん(のHP)。同い年(のはず)の二人のmさんは、私より少し年上だが、仕事では何倍も上である。
このお二人、違いもいろいろあるのだが(批判の表現の仕方など)、共通点も多いように思う。何より仕事への真摯な打ち込み具合が似ている。家庭は大丈夫なんだろうかと余計な(実に余計な)心配をしたくなるほどだが、まずはその前に学者としての自分の心配をしないといけない。やはりこのくらい頑張らないと一流の学者にはなれないのかも。
しかし、今日も引っ越しの後片付け。primum vivere...
h大のmさん(のブログ)とh大のmさん(のHP)。同い年(のはず)の二人のmさんは、私より少し年上だが、仕事では何倍も上である。
このお二人、違いもいろいろあるのだが(批判の表現の仕方など)、共通点も多いように思う。何より仕事への真摯な打ち込み具合が似ている。家庭は大丈夫なんだろうかと余計な(実に余計な)心配をしたくなるほどだが、まずはその前に学者としての自分の心配をしないといけない。やはりこのくらい頑張らないと一流の学者にはなれないのかも。
しかし、今日も引っ越しの後片付け。primum vivere...
Friday, March 06, 2009
蔵書の荷解きをする(ベンヤミンとは別の仕方で)
新天地に着いた。ようやくネットにつながったので、段ボール箱に囲まれながら、必要なメールを書きまくっている。
もう何度目の長距離引っ越しだろう。大阪から京都、京都から東京、東京からリール、リールから東京、そして…
年をとるほど引っ越しが辛くなる。捨てるに捨てられないもの(あらゆるレベルで)が溜まり、ますます身動きが取りにくくなるからだ。文化が埃との絶えざる闘争であるとすれば、人として生きるということもまた、「降り積もるもの」に対する不断の抵抗であると言えるかもしれない。
若かりし頃、ベンヤミンの「蔵書の荷解きをする」にごく当然のものとしてのシンパシーを抱いていた。ことと思っていた。
《蔵書の荷解き作業を中途でやめるのがどれほど難しいかということほど、この作業の魅力をはっきり物語るものはありません。昼どきに作業を始めたのが、やっとの思いで最後の箱に近づく前に、真夜中になっていました。》
ベンヤミンのこのエッセイの初出は1931年だから、39歳のときのものということになる。元気だな…そもそも荷解きだけでも単純に疲れるのに。ともかく、結婚し、子供が出来ると、夢中で荷解きしまくれるのは一つの特権であることに嫌でも気づかされる。
《本来、遺産相続こそ蒐集を始めるための最も有力な方法であります。と申しますのも、蒐集家が自分の所蔵物に対してとる態度は、もともと、有産者がその財産に対して抱く責務の感情に由来しているからです。蒐集家の態度とは、したがって、最高の意味では相続人の態度なのです。》
子供より古書が大事と思いたい(必ずしも思っているわけではないわけだ)人間はいいのだが、ふつう子供がいると、相続人の立場に立つよりも、いずれ「役に立たないガラクタの山」として相続される(嫌な顔をされる)であろう自分の蔵書の行く末に思いを馳せるものではなかろうか。
蒐集という行為の反時代的な性質について語り、蒐集にとって「夜」の時代がやってきていることを語ると同時に、ベンヤミンは個人の行為としての蒐集の終わりについても語っている。「蒐集という現象はその主体を失うことによって自身の意味も失う」。しかし、子供や連れ合いがいる場合、蔵書としての意味は失われても、マテリアルなガラクタとしての「意味」は否応なく彼らにのしかかるのである。
蒐集家の幸福を「私人=金利生活者 Privatmann の幸福」と言い換えるベンヤミンは、特権階級がパトロンとして支えてきた芸術でも、大衆がファン・マニア・おたくとして支持するポップカルチャーでもない、過渡期の何かにきわめて敏感であった。しかし、この視点からは見えないものも当然ある。そこそこ裕福な金利生活者は「負の遺産」にそれほど怯えなくてもいいわけだ。
《さて、最後の木箱の本を半ば空け終えたところで、時刻はもうとっくに真夜中を過ぎてしまっております。今私の頭の中を満たしているのは、ここまでお話ししてきたこととは別の考えです。いや、考えといったものではなく、さまざまなイメージ、さまざまな思い出なのです。実に多くのものを見出したさまざまな都市の、さまざまな思い出…》
ここでもまた、今の疲れ切った私は共感することができない。蔵書の荷解きをしつつも、連れ合いと子供と共に新たな生活に飛び込んで、「降り積もるもの」に抗い続けた一日の終わりに、さまざまなイメージ、さまざまな思い出は、残念ながら私にはまったく浮かんでこない。夢の中ででもなければ。Sogni d'oro...
もう何度目の長距離引っ越しだろう。大阪から京都、京都から東京、東京からリール、リールから東京、そして…
年をとるほど引っ越しが辛くなる。捨てるに捨てられないもの(あらゆるレベルで)が溜まり、ますます身動きが取りにくくなるからだ。文化が埃との絶えざる闘争であるとすれば、人として生きるということもまた、「降り積もるもの」に対する不断の抵抗であると言えるかもしれない。
若かりし頃、ベンヤミンの「蔵書の荷解きをする」にごく当然のものとしてのシンパシーを抱いていた。ことと思っていた。
《蔵書の荷解き作業を中途でやめるのがどれほど難しいかということほど、この作業の魅力をはっきり物語るものはありません。昼どきに作業を始めたのが、やっとの思いで最後の箱に近づく前に、真夜中になっていました。》
ベンヤミンのこのエッセイの初出は1931年だから、39歳のときのものということになる。元気だな…そもそも荷解きだけでも単純に疲れるのに。ともかく、結婚し、子供が出来ると、夢中で荷解きしまくれるのは一つの特権であることに嫌でも気づかされる。
《本来、遺産相続こそ蒐集を始めるための最も有力な方法であります。と申しますのも、蒐集家が自分の所蔵物に対してとる態度は、もともと、有産者がその財産に対して抱く責務の感情に由来しているからです。蒐集家の態度とは、したがって、最高の意味では相続人の態度なのです。》
子供より古書が大事と思いたい(必ずしも思っているわけではないわけだ)人間はいいのだが、ふつう子供がいると、相続人の立場に立つよりも、いずれ「役に立たないガラクタの山」として相続される(嫌な顔をされる)であろう自分の蔵書の行く末に思いを馳せるものではなかろうか。
蒐集という行為の反時代的な性質について語り、蒐集にとって「夜」の時代がやってきていることを語ると同時に、ベンヤミンは個人の行為としての蒐集の終わりについても語っている。「蒐集という現象はその主体を失うことによって自身の意味も失う」。しかし、子供や連れ合いがいる場合、蔵書としての意味は失われても、マテリアルなガラクタとしての「意味」は否応なく彼らにのしかかるのである。
蒐集家の幸福を「私人=金利生活者 Privatmann の幸福」と言い換えるベンヤミンは、特権階級がパトロンとして支えてきた芸術でも、大衆がファン・マニア・おたくとして支持するポップカルチャーでもない、過渡期の何かにきわめて敏感であった。しかし、この視点からは見えないものも当然ある。そこそこ裕福な金利生活者は「負の遺産」にそれほど怯えなくてもいいわけだ。
《さて、最後の木箱の本を半ば空け終えたところで、時刻はもうとっくに真夜中を過ぎてしまっております。今私の頭の中を満たしているのは、ここまでお話ししてきたこととは別の考えです。いや、考えといったものではなく、さまざまなイメージ、さまざまな思い出なのです。実に多くのものを見出したさまざまな都市の、さまざまな思い出…》
ここでもまた、今の疲れ切った私は共感することができない。蔵書の荷解きをしつつも、連れ合いと子供と共に新たな生活に飛び込んで、「降り積もるもの」に抗い続けた一日の終わりに、さまざまなイメージ、さまざまな思い出は、残念ながら私にはまったく浮かんでこない。夢の中ででもなければ。Sogni d'oro...
Wednesday, February 25, 2009
ポスト・ドゥルーズ的方向性の模索(ベルクソン研究における)
『フランス哲学・思想研究』の最新号がようやく届いた。
『創造的進化』百周年を記念して世界各地で行われた会議に関する私の報告は、本来書くべき人が辞退し、頼まれてやむなく書いたものであることを明言しておく。
*
鈴木さんの『ベルクソン読本』書評、これもまた状況に押されて書かれたとはいえ(あるいはそのゆえにいっそう)、非常に目配りの利いたものである。
1990年代以降の(「ここ数十年」(151)という引用は誤記である)ベルクソン研究の世界的な動向を「ポスト・ドゥルーズ的方向性の模索」と特徴づけた私の小文に対し、鈴木さんは日本の研究の現時点での到達点を示すこの『読本』にはそれが欠けている点を鋭く指摘している。
《本書[『読本』]において印象的であるのは、ドゥルーズによるベルクソン解釈とは別の方向への読解の力強さと、檜垣論文を唯一の例外として、ベルクソン・ルネサンスの起爆剤の一つであったはずのドゥルーズによるベルクソン解釈との本格的な対峙とそこからの創造的な引き延ばしの作業の不在である。「ポスト・ドゥルーズ的方向性の模索」を内実あるものにするためにも必須のその作業には未だ機が熟していないということであるかも知れず、特により若い世代の研究課題として何時の日か本書の続刊にこそ結実するものであることをドゥルーズ読みの一人としては願う。》(同)
「ポスト・ドゥルーズ的方向性の模索」は、いずれヘーゲル的な理性の狡知が不可逆的な仕方で達成するはずの方向性であり、現時点ですべてのベルクソン研究者に共有された問題意識ではない。現時点では少なからぬベルクソン研究者が依然として完全にドゥルーズ的な問題設定の内にあるか、それ以前的であるかであることは否みがたい事実である。
そもそも、日本に限らず、人文系の研究者には、流行りの思想あるいは伝統的・制度的にコード化された(哲学科的・倫理学科的・仏文科的などなど)テーマ設定にうっかり乗るか、自分のきわめて個人的な(しかも恣意的な)主題選択にこだわるかする人がきわめて多く――無反省的で享楽的な研究姿勢が悪いと言っているのではまったくなく、そのような姿勢ばかりであることが問題だと言っているのである ――、しばしば「今この研究分野の地平そのものを刷新するために研究されるべき問題」といった視点が欠けている。
「ポスト・ドゥルーズ的方向性の模索」はその種の「今この研究分野の地平そのものを刷新するために研究されるべき問題」である。
ヘーゲル的な理性の狡知といったのは、いずれにしても時間が経てば個人の嗜好や思惑を超えて模索が開始されるものというほどの意味で、それは鈴木さんの指摘する「ドゥルーズによるベルクソン解釈とは別の方向への読解の力強さ」の中にすでに胚胎しているかもしれない。
しかし、それを「未だ機が熟していないかもしれない」現時点で意識化するためには、もっと直接的に「ドゥルーズによるベルクソン解釈との本格的な対峙とそこからの創造的な引き延ばしの作業」が必要である。
我々の日本ベルクソンプロジェクト(Project Bergson in Japan 2007-2009)の力線の一つがまさにこれであり、カミーユ・リキエは2007年度シンポに関してCritique誌(2008年5月)で、私の名を引きつつ、Bergson (d') après Deleuze(ドゥルーズによる/ドゥルーズ以後のベルクソン)を模索する動きが日本でも始まっていることを指摘してくれたのだった。2008年度シンポに引き続き、今年度(2009年度)もこの線を探っていく。
「ポスト・ドゥルーズ的」という言葉は、構成的であると同時に統整的であり、事実確認的であると同時に行為遂行的である。
*
「研究の方向性を考える」ということは、「大きなことばかり言って、具体的な問題を考え抜くということをしない」ということを意味しない。個別的で具体的な問題を扱っていく以外に研究の地平の刷新などありはしない。
研究をするということと、研究環境に働きかけるということは同じことではないにしても、無関係のことではない。
逆に、研究の方向性を考えないことと業界の方向性を考えないこと――エクスキューズとしての(行動しないための)中立主義・客観主義・無関心主義・似非禁欲主義――もかなりの程度相関している。
『創造的進化』百周年を記念して世界各地で行われた会議に関する私の報告は、本来書くべき人が辞退し、頼まれてやむなく書いたものであることを明言しておく。
*
鈴木さんの『ベルクソン読本』書評、これもまた状況に押されて書かれたとはいえ(あるいはそのゆえにいっそう)、非常に目配りの利いたものである。
1990年代以降の(「ここ数十年」(151)という引用は誤記である)ベルクソン研究の世界的な動向を「ポスト・ドゥルーズ的方向性の模索」と特徴づけた私の小文に対し、鈴木さんは日本の研究の現時点での到達点を示すこの『読本』にはそれが欠けている点を鋭く指摘している。
《本書[『読本』]において印象的であるのは、ドゥルーズによるベルクソン解釈とは別の方向への読解の力強さと、檜垣論文を唯一の例外として、ベルクソン・ルネサンスの起爆剤の一つであったはずのドゥルーズによるベルクソン解釈との本格的な対峙とそこからの創造的な引き延ばしの作業の不在である。「ポスト・ドゥルーズ的方向性の模索」を内実あるものにするためにも必須のその作業には未だ機が熟していないということであるかも知れず、特により若い世代の研究課題として何時の日か本書の続刊にこそ結実するものであることをドゥルーズ読みの一人としては願う。》(同)
「ポスト・ドゥルーズ的方向性の模索」は、いずれヘーゲル的な理性の狡知が不可逆的な仕方で達成するはずの方向性であり、現時点ですべてのベルクソン研究者に共有された問題意識ではない。現時点では少なからぬベルクソン研究者が依然として完全にドゥルーズ的な問題設定の内にあるか、それ以前的であるかであることは否みがたい事実である。
そもそも、日本に限らず、人文系の研究者には、流行りの思想あるいは伝統的・制度的にコード化された(哲学科的・倫理学科的・仏文科的などなど)テーマ設定にうっかり乗るか、自分のきわめて個人的な(しかも恣意的な)主題選択にこだわるかする人がきわめて多く――無反省的で享楽的な研究姿勢が悪いと言っているのではまったくなく、そのような姿勢ばかりであることが問題だと言っているのである ――、しばしば「今この研究分野の地平そのものを刷新するために研究されるべき問題」といった視点が欠けている。
「ポスト・ドゥルーズ的方向性の模索」はその種の「今この研究分野の地平そのものを刷新するために研究されるべき問題」である。
ヘーゲル的な理性の狡知といったのは、いずれにしても時間が経てば個人の嗜好や思惑を超えて模索が開始されるものというほどの意味で、それは鈴木さんの指摘する「ドゥルーズによるベルクソン解釈とは別の方向への読解の力強さ」の中にすでに胚胎しているかもしれない。
しかし、それを「未だ機が熟していないかもしれない」現時点で意識化するためには、もっと直接的に「ドゥルーズによるベルクソン解釈との本格的な対峙とそこからの創造的な引き延ばしの作業」が必要である。
我々の日本ベルクソンプロジェクト(Project Bergson in Japan 2007-2009)の力線の一つがまさにこれであり、カミーユ・リキエは2007年度シンポに関してCritique誌(2008年5月)で、私の名を引きつつ、Bergson (d') après Deleuze(ドゥルーズによる/ドゥルーズ以後のベルクソン)を模索する動きが日本でも始まっていることを指摘してくれたのだった。2008年度シンポに引き続き、今年度(2009年度)もこの線を探っていく。
「ポスト・ドゥルーズ的」という言葉は、構成的であると同時に統整的であり、事実確認的であると同時に行為遂行的である。
*
「研究の方向性を考える」ということは、「大きなことばかり言って、具体的な問題を考え抜くということをしない」ということを意味しない。個別的で具体的な問題を扱っていく以外に研究の地平の刷新などありはしない。
研究をするということと、研究環境に働きかけるということは同じことではないにしても、無関係のことではない。
逆に、研究の方向性を考えないことと業界の方向性を考えないこと――エクスキューズとしての(行動しないための)中立主義・客観主義・無関心主義・似非禁欲主義――もかなりの程度相関している。
Tuesday, February 24, 2009
ベルクソン的政治学はあるか?
慌ただしい日々を送っています。しばらく続きます。
バタバタしている間に過ぎてしまったが、こんなのもありました。特に、ジャンヴィエのドゥルーズ的『二源泉』読解に興味がある。日本ではまだあまり活発化していない「ポスト・ドゥルーズ的な方向性の模索」ですが、世界では少なくとも半歩は(ドゥルーズ的読解の発展・延長として)進んでいる。私が見ようとしているのはさらにその先の地平。
Ecole doctorale en philosophie près
le FNRS
CIEPFC (ENS-Paris)
Société des amis de Bergson
Y A-T-IL UNE POLITIQUE BERGSONIENNE ?
JOURNÉES D'ÉTUDES AUTOUR DE
LES DEUX SOURCES DE LA MORALE ET DE LA RELIGION
Le vendredi 13 et le samedi 14 février 2009 à l’Université de Liège
Salle de l'Horloge
Place du XX Août, 7
(Bâtiment central, aile des Jésuites, 2ème entresol)
Présentation
On a vu dans Les deux sources de la morale et de la religion, à juste titre, la philosophie sociale de Bergson. Fondé sur la distinction de la société close etde la société ouverte qui renvoie aux deux modes d'être en société vers lesquelspeuvent tendre les hommes, Les deux sources analyse en effet la moralité et lareligion en tant qu'elles sont constitutives du lien social. Selon cette lecture, la philosophie sociale bergsonienne consiste à penser cette distinction depuis l’image de l'élan vital, soit dans le cadre d’un vitalisme. Clôture et ouverture seraient les deux tendances contraires prises par la vie sur la ligne de l'humanité : l'une refermée sur soi, l'autre coïncidant avec son être créateur. Les deux sources nous présente une alternative posée à la vie par l'intermédiaire de l'être humain : une première voie qui conduit l'humanité sur une pente analogue à celle de l'animalité, par l'institution d'obligations restreignant son activité – et, partant, celle de la vie – à sa propre reproduction statique ; une seconde voie, mystique, qui aspire l'humanité dans une dynamique créative, portant la vie à son plus haut degré d'intensité ontologique. La philosophie sociale de Bergson est ainsi fondée sur une métaphysique vitaliste définissant la tâche normative de l'humanité : ouvrir la société à une fusion avec l'élan vital, c'est-à-dire rendre la vie à son être propre. A l'occasion de la réédition critique aux Presses Universitaires de France des Deux sources de la morale et de la religion, les journées d'études organisées les 13 et 14 février 2009 à l'Université de Liège tenteront de proposer une autre lecture du dernier grand livre de Bergson. Notre hypothèse est la suivante : l'originalité des Deux sources est de poser la distinction entre société close et société ouverte pour en problématiser l'articulation. Cette problématisation n'est autre que celle de la liberté humaine, à mi-chemin entre la nécessité de l’instinct animal rivé à son objet et la liberté pure du mystique en pleine coïncidence avec le mouvement de la vie divine. Elle pose la question des modalités d’une transformation émancipatrice de l'ordre social constitué, c’est-à-dire de la constitution d’une société d’hommes libres. En ce sens, Les deux sources de la morale et de la religion élabore, non seulement une philosophie sociale, mais également une politique. Cette politique, distincte de la métaphysique de l'élan vital, pense la question de la liberté humaine à partir de la tension irréductible qui la définit, entre clôture et ouverture, reproduction statique et création dynamique. Il ne s’agit pas de rejeter la métaphysique de L'évolution créatrice ou la philosophie sociale des Deux sources, mais d'en déplacer les enjeux sur le terrain de la politique, dans le sillage des travaux récents sur Bergson qui insistent sur la finitude de l'élan vital et la considèrent comme constitutive de sa puissance créatrice. L'objectif de ces journées est donc de proposer une nouvelle lecture du grand ouvrage de 1932, visant à situer la philosophie de Bergson dans le champ de la pensée politique contemporaine. On tentera de déterminer à quelles conditions (problèmes, concepts, notions) les images de l’élan vital fini et de la tendance peuvent constituer, ou non, une ressource pour penser lapolitique. A cette fin, nous suggérons différents types d'approches particulièrement fécondes :
- une première approche qui, en amont, inscrit la pensée bergsonienne de la politique dans le champ des pensées de l'émancipation pour en déterminer les reprises et les déplacements conceptuels dans Les deux sources.
- une deuxième approche qui, en aval, aborde l'héritage critique des questions politiques des Deux sources dans la pensée contemporaine (Sartre, Merleau-Ponty, Deleuze, mais aussi Lévi-Strauss, Clastres, etc.), pour en dégager les éventuelles solutions aux difficultés rencontrées par Bergson.
- enfin, les approches qui, à l’écart de l’historiographie, entendent simplement faire usage des thèses de Bergson pour penser des problèmes pratiques actuels. Plus largement, il s'agira d'éprouver la pertinence d'un vitalisme radical, qui articule finitude et création, pour penser les processus politiques d'hier et d'aujourd'hui.
Ces journées d’études relèvent du programme des activités de l’Ecole doctorale en philosophie près le FNRS (Belgique). Elles font partie des activités deformation doctorale et la participation peut être officiellement valorisée en ECTS. (Florence Caeymaex et Antoine Janvier, FNRS, Service de philosophie morale et politique de l’Université de Liège)
Programme
Vendredi 13 février, Salle de l'Horloge
9h15 : Accueil
9h30 : Frédéric KECK (CNRS/EHESS), Bergson dans la société du risque
10h30 : Antoine JANVIER (FNRS/ULg), Ecart émotif et création politique : une lecture deleuzienne des Deux sources
11h30 : Caterina ZANFI (Univ. Bologne), Le sujet dans la société ouverte
12h30 : Pause
14h30 : Ghislain WATERLOT (Univ. Genève), Le luxe et la simplicité dans lapensée politique de Bergson
15h30 : Johannes SCHICK (Univ. Würtzburg), The relation of intuition and emotion in Bergson's philosophy
16h30 : Fin de la journée
Samedi 14 février, Salle de l'Horloge
9h15 : Accueil
9h30 : Grégory CORMANN (ULg), Drôle de guerre entre hommes et choses : habitude, émotion, réaction en impasse
10h30 : Yala KISUKIDI (Univ. Lille III), L'universalisme et la question des droits de l'homme dans Les deux sources
11h30 : Arnaud FRANCOIS (Univ. Toulouse-Le Mirail), Créer des situations nouvelles : linéaments d'une politique bergsonienne
12h30 : Clôture par Florence CAEYMAEX (FNRS/ULg)
バタバタしている間に過ぎてしまったが、こんなのもありました。特に、ジャンヴィエのドゥルーズ的『二源泉』読解に興味がある。日本ではまだあまり活発化していない「ポスト・ドゥルーズ的な方向性の模索」ですが、世界では少なくとも半歩は(ドゥルーズ的読解の発展・延長として)進んでいる。私が見ようとしているのはさらにその先の地平。
Ecole doctorale en philosophie près
le FNRS
CIEPFC (ENS-Paris)
Société des amis de Bergson
Y A-T-IL UNE POLITIQUE BERGSONIENNE ?
JOURNÉES D'ÉTUDES AUTOUR DE
LES DEUX SOURCES DE LA MORALE ET DE LA RELIGION
Le vendredi 13 et le samedi 14 février 2009 à l’Université de Liège
Salle de l'Horloge
Place du XX Août, 7
(Bâtiment central, aile des Jésuites, 2ème entresol)
Présentation
On a vu dans Les deux sources de la morale et de la religion, à juste titre, la philosophie sociale de Bergson. Fondé sur la distinction de la société close etde la société ouverte qui renvoie aux deux modes d'être en société vers lesquelspeuvent tendre les hommes, Les deux sources analyse en effet la moralité et lareligion en tant qu'elles sont constitutives du lien social. Selon cette lecture, la philosophie sociale bergsonienne consiste à penser cette distinction depuis l’image de l'élan vital, soit dans le cadre d’un vitalisme. Clôture et ouverture seraient les deux tendances contraires prises par la vie sur la ligne de l'humanité : l'une refermée sur soi, l'autre coïncidant avec son être créateur. Les deux sources nous présente une alternative posée à la vie par l'intermédiaire de l'être humain : une première voie qui conduit l'humanité sur une pente analogue à celle de l'animalité, par l'institution d'obligations restreignant son activité – et, partant, celle de la vie – à sa propre reproduction statique ; une seconde voie, mystique, qui aspire l'humanité dans une dynamique créative, portant la vie à son plus haut degré d'intensité ontologique. La philosophie sociale de Bergson est ainsi fondée sur une métaphysique vitaliste définissant la tâche normative de l'humanité : ouvrir la société à une fusion avec l'élan vital, c'est-à-dire rendre la vie à son être propre. A l'occasion de la réédition critique aux Presses Universitaires de France des Deux sources de la morale et de la religion, les journées d'études organisées les 13 et 14 février 2009 à l'Université de Liège tenteront de proposer une autre lecture du dernier grand livre de Bergson. Notre hypothèse est la suivante : l'originalité des Deux sources est de poser la distinction entre société close et société ouverte pour en problématiser l'articulation. Cette problématisation n'est autre que celle de la liberté humaine, à mi-chemin entre la nécessité de l’instinct animal rivé à son objet et la liberté pure du mystique en pleine coïncidence avec le mouvement de la vie divine. Elle pose la question des modalités d’une transformation émancipatrice de l'ordre social constitué, c’est-à-dire de la constitution d’une société d’hommes libres. En ce sens, Les deux sources de la morale et de la religion élabore, non seulement une philosophie sociale, mais également une politique. Cette politique, distincte de la métaphysique de l'élan vital, pense la question de la liberté humaine à partir de la tension irréductible qui la définit, entre clôture et ouverture, reproduction statique et création dynamique. Il ne s’agit pas de rejeter la métaphysique de L'évolution créatrice ou la philosophie sociale des Deux sources, mais d'en déplacer les enjeux sur le terrain de la politique, dans le sillage des travaux récents sur Bergson qui insistent sur la finitude de l'élan vital et la considèrent comme constitutive de sa puissance créatrice. L'objectif de ces journées est donc de proposer une nouvelle lecture du grand ouvrage de 1932, visant à situer la philosophie de Bergson dans le champ de la pensée politique contemporaine. On tentera de déterminer à quelles conditions (problèmes, concepts, notions) les images de l’élan vital fini et de la tendance peuvent constituer, ou non, une ressource pour penser lapolitique. A cette fin, nous suggérons différents types d'approches particulièrement fécondes :
- une première approche qui, en amont, inscrit la pensée bergsonienne de la politique dans le champ des pensées de l'émancipation pour en déterminer les reprises et les déplacements conceptuels dans Les deux sources.
- une deuxième approche qui, en aval, aborde l'héritage critique des questions politiques des Deux sources dans la pensée contemporaine (Sartre, Merleau-Ponty, Deleuze, mais aussi Lévi-Strauss, Clastres, etc.), pour en dégager les éventuelles solutions aux difficultés rencontrées par Bergson.
- enfin, les approches qui, à l’écart de l’historiographie, entendent simplement faire usage des thèses de Bergson pour penser des problèmes pratiques actuels. Plus largement, il s'agira d'éprouver la pertinence d'un vitalisme radical, qui articule finitude et création, pour penser les processus politiques d'hier et d'aujourd'hui.
Ces journées d’études relèvent du programme des activités de l’Ecole doctorale en philosophie près le FNRS (Belgique). Elles font partie des activités deformation doctorale et la participation peut être officiellement valorisée en ECTS. (Florence Caeymaex et Antoine Janvier, FNRS, Service de philosophie morale et politique de l’Université de Liège)
Programme
Vendredi 13 février, Salle de l'Horloge
9h15 : Accueil
9h30 : Frédéric KECK (CNRS/EHESS), Bergson dans la société du risque
10h30 : Antoine JANVIER (FNRS/ULg), Ecart émotif et création politique : une lecture deleuzienne des Deux sources
11h30 : Caterina ZANFI (Univ. Bologne), Le sujet dans la société ouverte
12h30 : Pause
14h30 : Ghislain WATERLOT (Univ. Genève), Le luxe et la simplicité dans lapensée politique de Bergson
15h30 : Johannes SCHICK (Univ. Würtzburg), The relation of intuition and emotion in Bergson's philosophy
16h30 : Fin de la journée
Samedi 14 février, Salle de l'Horloge
9h15 : Accueil
9h30 : Grégory CORMANN (ULg), Drôle de guerre entre hommes et choses : habitude, émotion, réaction en impasse
10h30 : Yala KISUKIDI (Univ. Lille III), L'universalisme et la question des droits de l'homme dans Les deux sources
11h30 : Arnaud FRANCOIS (Univ. Toulouse-Le Mirail), Créer des situations nouvelles : linéaments d'une politique bergsonienne
12h30 : Clôture par Florence CAEYMAEX (FNRS/ULg)
Sunday, February 22, 2009
決定力とは何か
別にスポーツ選手の善良無垢を信じているわけではない。にもかかわらずアスリートの世界は正直だ。結果が数字で出るからだ。人文系の学者の世界はどうだろう?論文数?学生の人気?著書が売れた数字?測りにくいのは確かだ。
でも誰も自分の心に嘘はつけないだろう。
話していて悲しい気持ちになるのは、自分に嘘をついている人。年齢も肩書も世間の評価も関係ない、その嘘は話していればわかる。
*
毎日新聞記事から
「どうしてプレッシャーを感じないんですか」。五輪開幕前日の記者会見。地元ラジオ局「中国国際放送」の姜平記者(32)は北島選手に質問した。頭に思い浮かべていたのは、陸上百十メートル障害で五輪連覇を狙う中国代表の劉翔選手(25)。自国の国民的英雄と同じように、日本中の期待を背負う北島選手には、大きな重圧がかかっているはずだと考えたという。「この五輪を楽しみにしていた。レースでいい結果を残したいという強い気持ちがあれば、無用なプレッシャーはかからない」。姜記者の目を見据えながら、北島選手はそう答えた。
*
北島選手と「北島康介 夢、はじまる」(学習研究社)の著者・折山淑美さんへのインタヴューから。
北島 そうですね。本番を想定しながら、戦略も考えています。以前は何も考えてないでトレーニングをすることもあったけど、最近は想定しながらやっていますよ。
折山 そこまでできるようになったっていうのが、うれしいよね。
北島 泳ぎに対して疑問を抱く暇もなかったですからね、今まで。「今日はだめだったな」とか「この泳ぎはしっくりくるな」とか、少しでも思うことが大切なんだと思います。少しずつ確認しながら、だめでもいいイメージを持って。練習ってつらいですから。足を一歩踏み出すのも、水に入るのも嫌なときもあるし。そういうときはできるだけ、自分が一番になることやオリンピックのコースに立っているところを考え、気持ちのトーンを下げないようにしています。気持ちをいかに高いところに持っていくかというのも、一つのトレーニングだとぼくは思っています。
でも誰も自分の心に嘘はつけないだろう。
話していて悲しい気持ちになるのは、自分に嘘をついている人。年齢も肩書も世間の評価も関係ない、その嘘は話していればわかる。
*
毎日新聞記事から
「どうしてプレッシャーを感じないんですか」。五輪開幕前日の記者会見。地元ラジオ局「中国国際放送」の姜平記者(32)は北島選手に質問した。頭に思い浮かべていたのは、陸上百十メートル障害で五輪連覇を狙う中国代表の劉翔選手(25)。自国の国民的英雄と同じように、日本中の期待を背負う北島選手には、大きな重圧がかかっているはずだと考えたという。「この五輪を楽しみにしていた。レースでいい結果を残したいという強い気持ちがあれば、無用なプレッシャーはかからない」。姜記者の目を見据えながら、北島選手はそう答えた。
*
北島選手と「北島康介 夢、はじまる」(学習研究社)の著者・折山淑美さんへのインタヴューから。
北島 そうですね。本番を想定しながら、戦略も考えています。以前は何も考えてないでトレーニングをすることもあったけど、最近は想定しながらやっていますよ。
折山 そこまでできるようになったっていうのが、うれしいよね。
北島 泳ぎに対して疑問を抱く暇もなかったですからね、今まで。「今日はだめだったな」とか「この泳ぎはしっくりくるな」とか、少しでも思うことが大切なんだと思います。少しずつ確認しながら、だめでもいいイメージを持って。練習ってつらいですから。足を一歩踏み出すのも、水に入るのも嫌なときもあるし。そういうときはできるだけ、自分が一番になることやオリンピックのコースに立っているところを考え、気持ちのトーンを下げないようにしています。気持ちをいかに高いところに持っていくかというのも、一つのトレーニングだとぼくは思っています。
Friday, February 20, 2009
必要?
昨日は、フランス政治哲学読書会@本郷でゴーシェの二回目。前回は政治哲学(人権論)だったが、今回は宗教論。次回(4月11日の予定)は宗教論の残りと、おそらくは教育論。
*
「ブログ見てますよ」というのは割とよく言われることなのだが、そしてそれはそれですでにありがたいことなのだが、いろいろ指摘してくれると助かる。
「普通の若手研究者のことを言ってくれているときとそうでないときで、共感できたりできなかったりする」と率直な意見を言ってくれた人もあれば、「それは要は目線を上げさせようとしているんだよね。もし文句を言う人があるとすれば、それはあごの筋肉を鍛えられて苦しいから文句を言ってるっていうことじゃないかな」と言ってくれた人もあり。
「ブログに書いていることにはみんな賛同してくれるでしょう?」ともよく言われるのだが、そして賛同の意を表してくれる人も確かに少なくはないが、まあ賛成ばかりでもないのです。
実際、私がフランス語で書く・話すことばかりを過度に強調していると思っている人はかなりいる。「日本語だってそう捨てたもんじゃないよ。けっこうメジャーな言語だよ」から、「どうせ数年たてば翻訳機械が登場して外国語の問題なんてすべて解決されるのに御苦労な事ですね」まで、いろんなレベルで反論される。
うーん、私としては「観客でも批評家でもなく」というエッセイの中で簡潔ながらきちんとした形で定式化したので、そして常々そのエッセイを参照してほしいと言っているので、ブログでは断片的に(カウンターパンチの形で)しか書かないのだが、それがよくないのだろうか。
あまり気が進まないが、エッセイを敷衍するか。
*
「ブログ見てますよ」というのは割とよく言われることなのだが、そしてそれはそれですでにありがたいことなのだが、いろいろ指摘してくれると助かる。
「普通の若手研究者のことを言ってくれているときとそうでないときで、共感できたりできなかったりする」と率直な意見を言ってくれた人もあれば、「それは要は目線を上げさせようとしているんだよね。もし文句を言う人があるとすれば、それはあごの筋肉を鍛えられて苦しいから文句を言ってるっていうことじゃないかな」と言ってくれた人もあり。
「ブログに書いていることにはみんな賛同してくれるでしょう?」ともよく言われるのだが、そして賛同の意を表してくれる人も確かに少なくはないが、まあ賛成ばかりでもないのです。
実際、私がフランス語で書く・話すことばかりを過度に強調していると思っている人はかなりいる。「日本語だってそう捨てたもんじゃないよ。けっこうメジャーな言語だよ」から、「どうせ数年たてば翻訳機械が登場して外国語の問題なんてすべて解決されるのに御苦労な事ですね」まで、いろんなレベルで反論される。
うーん、私としては「観客でも批評家でもなく」というエッセイの中で簡潔ながらきちんとした形で定式化したので、そして常々そのエッセイを参照してほしいと言っているので、ブログでは断片的に(カウンターパンチの形で)しか書かないのだが、それがよくないのだろうか。
あまり気が進まないが、エッセイを敷衍するか。
Friday, February 13, 2009
チャレンジ―教養教育の
先に見た「Globe」の特集の中には、私がこれまで強調してきたエリート教育の問題について、イタリアのスクオーラ・ノルマーレ・スーペリオーレや教養教育に関するレポートもあったが(「イタリア、ピサ。ディエゴ・スカラベッリの1日。」「これだけ勉強すると、自分が本当に何を学びたいか、はっきりわかる」)、
今日は別の記事に注目したい(「時間管理からカードの使い方まで 「大学生になる」ための教育」)。
《初年次教育が始まったのは、学生運動の嵐が吹き荒れた後の72年。大学の大衆化が急速に進み、様々な背景を持つ学生が入学し始めた。どうやって学習意欲の高くない学生を定着させるか、全体のレベルをどう底上げするか、大学が競うように知恵を絞り始めた時期だった。今の日本と、状況は似ている。》
前にも言ったが、この段階から卒論レベルまで、それぞれの段階で、いかに知的なショックをうまく与えていけるか、自分を試そうと思っている。「学部教育の4年間、再構築のとき」という記事で描かれている「高度教養教育」――「教養的な知識よりも専門知識が重視される社会になったが、むしろ専門が見えてきた後でこそ、社会にとって必要なことを学ぶべきだ」(阪大教授・小林傳司)――、すなわち一定の専門的知識を身につけ、社会にまもなく出て行く学生(全学部の後期~大学院前期の学生)に対して、専門教育以外に必要とされる知識や能力を与える教育の試みに注目していきたい。
《旧制高校の解体、戦後一般教育の形骸(けいがい)化と崩壊。教養教育の土壌の希薄さ。そして、学部教育そのものの不透明な行方――。日本の教養教育はどこへ向かうのか。早稲田大教授(教育社会学)の吉田文は「今は、4年間のプログラムをどうつくるかという段階。1年次の学生にとって大学での学習に必要なことを学ぶ初年次教育などの比重が高くなっている。学生の多様化への対応が認識されるようになり、準備教育的な教養教育が高まっている。さらに、環境や情報技術など、現代的な課題に対する共通の認識や理解が必要で、それが新たな教養教育になる可能性がある」と展望している。》
今日は別の記事に注目したい(「時間管理からカードの使い方まで 「大学生になる」ための教育」)。
《初年次教育が始まったのは、学生運動の嵐が吹き荒れた後の72年。大学の大衆化が急速に進み、様々な背景を持つ学生が入学し始めた。どうやって学習意欲の高くない学生を定着させるか、全体のレベルをどう底上げするか、大学が競うように知恵を絞り始めた時期だった。今の日本と、状況は似ている。》
前にも言ったが、この段階から卒論レベルまで、それぞれの段階で、いかに知的なショックをうまく与えていけるか、自分を試そうと思っている。「学部教育の4年間、再構築のとき」という記事で描かれている「高度教養教育」――「教養的な知識よりも専門知識が重視される社会になったが、むしろ専門が見えてきた後でこそ、社会にとって必要なことを学ぶべきだ」(阪大教授・小林傳司)――、すなわち一定の専門的知識を身につけ、社会にまもなく出て行く学生(全学部の後期~大学院前期の学生)に対して、専門教育以外に必要とされる知識や能力を与える教育の試みに注目していきたい。
《旧制高校の解体、戦後一般教育の形骸(けいがい)化と崩壊。教養教育の土壌の希薄さ。そして、学部教育そのものの不透明な行方――。日本の教養教育はどこへ向かうのか。早稲田大教授(教育社会学)の吉田文は「今は、4年間のプログラムをどうつくるかという段階。1年次の学生にとって大学での学習に必要なことを学ぶ初年次教育などの比重が高くなっている。学生の多様化への対応が認識されるようになり、準備教育的な教養教育が高まっている。さらに、環境や情報技術など、現代的な課題に対する共通の認識や理解が必要で、それが新たな教養教育になる可能性がある」と展望している。》
Thursday, February 12, 2009
学ぶ、とは?
朝日新聞の新たな試み、"Globe"の第8号の特集「学ぶ、とは?」が面白いと教えていただいた。
2月9日付の夕刊「池上彰の新聞ななめ読み」でも指摘されていたが、
《「グローブ」には、高級紙を目指そうという高い誇りが感じとれます。あえて活字を横組みにしたところにも、冒険精神を感じ取れます。(…)印刷が美しく、内容が「高級」なら、新聞広告も高い料金設定が可能になるのか。(…)興味は尽きません。》
ずいぶん前に指摘したが(penses-bêtes japonaisの2004年11月2日「ジャーナリストAへの手紙」)、新聞も商売であるという観点に立てば、「タブロイドでいこう」という流れはもともと一般的で不可逆的な全世界的傾向ではあるが、こうして「高級紙」としての生き残りの道が模索されていることに希望を見出したい。新聞の運命やいかに?新聞にとって学ぶ、とは?
2月9日付の夕刊「池上彰の新聞ななめ読み」でも指摘されていたが、
《「グローブ」には、高級紙を目指そうという高い誇りが感じとれます。あえて活字を横組みにしたところにも、冒険精神を感じ取れます。(…)印刷が美しく、内容が「高級」なら、新聞広告も高い料金設定が可能になるのか。(…)興味は尽きません。》
ずいぶん前に指摘したが(penses-bêtes japonaisの2004年11月2日「ジャーナリストAへの手紙」)、新聞も商売であるという観点に立てば、「タブロイドでいこう」という流れはもともと一般的で不可逆的な全世界的傾向ではあるが、こうして「高級紙」としての生き残りの道が模索されていることに希望を見出したい。新聞の運命やいかに?新聞にとって学ぶ、とは?
Wednesday, February 11, 2009
内向き
このあいだ、「天動説」「地動説」の話を書いたところ、
地動説(成人式の後に)(2009年1月13日のポスト)
天動説(2009年1月20日のポスト)
知り合いの先生から「本当ですか、詳しくきかせて下さい」と言われた。
2009年2月10日付の「朝日新聞」夕刊の記事。この「トレンド」は、哲学研究と無関係ではないでしょう。
***
「日本文化の発信」現状は 自然体?いえ「内向き」深刻
外務省や国際交流基金をはじめ経済産業省や文化庁も海外への「日本文化の発信」に力を入れているが、実際の文化の国際交流は、そう簡単ではないだろう。それを考えさせられたのが、1月末、東京で相次いで開かれた二つのシンポジウムで、世界における「日本」がテーマになった。
一つは、「いま“日本”とは? 現代を疾走する3人に聞く」(24日、ジャポニスム学会主催)。パネリストはパリ国立高等美術学校教授で造形作家の川俣正、ルーブル美術館ランス分館を建設中の建築家・妹島和世、海外でも豊富な展覧会経験を持つ画家の中村一美の3氏。いずれも外国でも知られる50代のアーティストだ。
刺激的だったのは、川俣氏の「日本らしさを売り物にする作家は残らない」という発言。和服からアニメまで、外国でイメージされ求められる「日本らしさ」にあわせ、評価されるとわかる範囲で作品を作ることを批判。「藤田嗣治の時代にはそれが戦略として必要だったが、今では安易な手段。村上隆氏はその例と言えるのでは」
中村氏は、自分にしか意味のないものを描くことで普遍性を目指すという。妹島氏の「日本的なものを目指したことはないが、結果として日本的と言われる」というのが共通意見だ。もはや日本らしさから脱却しているのだろう。
司会を務めた美術史家の宮崎克己氏は、「現在は作り手が自然体になった。日本のイメージもくっきりしなくなった」と締めくくった。
英国の国際文化交流機関・ブリティッシュ・カウンシル主催のシンポジウム「今日の世界における国際文化交流の意義」(26日、国際交流基金共催)では、交流の中身について話し合われた。
国際交流基金の小倉和夫理事長は「相撲を見てもわかる通り、日本文化は日本人だけのものではない。能や歌舞伎を学ぶ欧米人も多い」「文化発信には受信側の事情を知ることが重要」。心配になったのは、セゾン文化財団の片山正夫常務理事の「この20年で日本のアーティストは完全に内向きになって、外国から招待されても行こうとしない場合も多い」という発言だ。
先のシンポの川俣氏たちの世代は、海外で作品を見せることで自らを成長させてきたからこそ、日本にこだわらないと言える。作り手が自然体になるのはいいが、海外への関心が薄れることは、文化発信以前のもっと深刻な国内問題かもしれない。(古賀太)
地動説(成人式の後に)(2009年1月13日のポスト)
天動説(2009年1月20日のポスト)
知り合いの先生から「本当ですか、詳しくきかせて下さい」と言われた。
2009年2月10日付の「朝日新聞」夕刊の記事。この「トレンド」は、哲学研究と無関係ではないでしょう。
***
「日本文化の発信」現状は 自然体?いえ「内向き」深刻
外務省や国際交流基金をはじめ経済産業省や文化庁も海外への「日本文化の発信」に力を入れているが、実際の文化の国際交流は、そう簡単ではないだろう。それを考えさせられたのが、1月末、東京で相次いで開かれた二つのシンポジウムで、世界における「日本」がテーマになった。
一つは、「いま“日本”とは? 現代を疾走する3人に聞く」(24日、ジャポニスム学会主催)。パネリストはパリ国立高等美術学校教授で造形作家の川俣正、ルーブル美術館ランス分館を建設中の建築家・妹島和世、海外でも豊富な展覧会経験を持つ画家の中村一美の3氏。いずれも外国でも知られる50代のアーティストだ。
刺激的だったのは、川俣氏の「日本らしさを売り物にする作家は残らない」という発言。和服からアニメまで、外国でイメージされ求められる「日本らしさ」にあわせ、評価されるとわかる範囲で作品を作ることを批判。「藤田嗣治の時代にはそれが戦略として必要だったが、今では安易な手段。村上隆氏はその例と言えるのでは」
中村氏は、自分にしか意味のないものを描くことで普遍性を目指すという。妹島氏の「日本的なものを目指したことはないが、結果として日本的と言われる」というのが共通意見だ。もはや日本らしさから脱却しているのだろう。
司会を務めた美術史家の宮崎克己氏は、「現在は作り手が自然体になった。日本のイメージもくっきりしなくなった」と締めくくった。
英国の国際文化交流機関・ブリティッシュ・カウンシル主催のシンポジウム「今日の世界における国際文化交流の意義」(26日、国際交流基金共催)では、交流の中身について話し合われた。
国際交流基金の小倉和夫理事長は「相撲を見てもわかる通り、日本文化は日本人だけのものではない。能や歌舞伎を学ぶ欧米人も多い」「文化発信には受信側の事情を知ることが重要」。心配になったのは、セゾン文化財団の片山正夫常務理事の「この20年で日本のアーティストは完全に内向きになって、外国から招待されても行こうとしない場合も多い」という発言だ。
先のシンポの川俣氏たちの世代は、海外で作品を見せることで自らを成長させてきたからこそ、日本にこだわらないと言える。作り手が自然体になるのはいいが、海外への関心が薄れることは、文化発信以前のもっと深刻な国内問題かもしれない。(古賀太)
Tuesday, February 10, 2009
トレンド
一月の頭に思っていたこと。
*
日本のトレンドに乗っても仕方がない。哲学研究の守旧派も現代思想派も、自分が同じゲームを反復し、同じ規則に縛られ続けていることに気づかない。
それ自体が世界のトレンドを生み出している大きなうねり、それに乗るのではなく、うねりと格闘し、うねりそのものを生み出す動きに参与すること。
タカシロタケシ、結婚でさらに有名に…。98年1月の日経産業新聞のインタビュー。「日本が大好きなんだが、創作活動となると米国の方が圧倒的に仕事がしやすい。クリエーターを支えるビジネスの基盤があるからだ」
「流行商売をやっているのにトレンドがほとんどない東京にいてもしょうがないでしょう」
「トライ&エラーをくり返し、自分に最適なやり方を探す。まだ、なにが正しいかはわからないですけど、様子見だけはしていません」
今年、私はまた別の戦略を展開していく。様子見だけはしていません。
*
日本のトレンドに乗っても仕方がない。哲学研究の守旧派も現代思想派も、自分が同じゲームを反復し、同じ規則に縛られ続けていることに気づかない。
それ自体が世界のトレンドを生み出している大きなうねり、それに乗るのではなく、うねりと格闘し、うねりそのものを生み出す動きに参与すること。
タカシロタケシ、結婚でさらに有名に…。98年1月の日経産業新聞のインタビュー。「日本が大好きなんだが、創作活動となると米国の方が圧倒的に仕事がしやすい。クリエーターを支えるビジネスの基盤があるからだ」
「流行商売をやっているのにトレンドがほとんどない東京にいてもしょうがないでしょう」
「トライ&エラーをくり返し、自分に最適なやり方を探す。まだ、なにが正しいかはわからないですけど、様子見だけはしていません」
今年、私はまた別の戦略を展開していく。様子見だけはしていません。
Sunday, February 08, 2009
研究のスピード
昨年9月頃に思っていたこと。
***
最近「これは話しておかないと」と思うことが少ない。「それより自分の研究をどうにかしないと」と思う。それでも、「業界」に対する視線というものはあるし、それは忘れてはいけないと思っている。そういうスタンスで綴ることにすれば、少しは書けるかもしれない。
《藤井システム 崩壊の危機》という新聞記事(2008年9月9日付朝日新聞夕刊)の一節。
「昔は新手の引き出しがたくさんあった。危機が訪れたのは渡辺竜王や村山五段ら研究好きの世代が出てきた最近5年くらい。研究のスピードが恐ろしく速くなった。昔は研究は自分一人でやるものだったが、最近はグループで調べた内容がメールなどを通してすぐに広まる。1回指した手順がすぐに研究され尽くしてしまう」(藤井九段)
まだまだベルクソン研究はそこまでは行っていないのだが、しかしその予兆は明らかにある。ごく少数だとしても、我々の世代の意識的な人々の間では、研究の手順が一段階上がったと感じる。
ただ、ベルクソンに限らず、哲学研究では、まだまだ「研究書(二次文献)なんか」という「原典至上主義」も根強い。だが、このような考えは、結局のところ自分の活動(研究)自体を否定するようなもの(あるいは自分を大哲学者と見なすようなもの)ではないか。個人の信条とするのは自由だが、一般論として語られうるものではないように思う。
たとえ過去の大哲学者がそういう身振りを見せているとしても、私たち現代の思想研究者がそれを真似るのは意味が違う。「昔は練習なんかせずに、二日酔いで試合に出てホームランを打った」といった類の話を信じるのと同じである。それが事実であったかどうかなどどうでもよい。現代スポーツにそんな感覚は通用しないと言っているのである。
論文集や雑誌を読むとき、我知らず西洋人のものから読み、アジア人やアフリカ人のものを後回しにしてはいないだろうか?おそらくそんな「順序」に気付きもしなかったという西洋哲学研究者がほとんどだろう。だが、ここにも先ほどと同じ無意識の「(自己)否定」が働いているのだ。それに対する「精神分析」的介入を行なうために、今年のベルクソン・シンポジウムは企画されている[シンポ前に書いていたので現在形]。
***
最近「これは話しておかないと」と思うことが少ない。「それより自分の研究をどうにかしないと」と思う。それでも、「業界」に対する視線というものはあるし、それは忘れてはいけないと思っている。そういうスタンスで綴ることにすれば、少しは書けるかもしれない。
《藤井システム 崩壊の危機》という新聞記事(2008年9月9日付朝日新聞夕刊)の一節。
「昔は新手の引き出しがたくさんあった。危機が訪れたのは渡辺竜王や村山五段ら研究好きの世代が出てきた最近5年くらい。研究のスピードが恐ろしく速くなった。昔は研究は自分一人でやるものだったが、最近はグループで調べた内容がメールなどを通してすぐに広まる。1回指した手順がすぐに研究され尽くしてしまう」(藤井九段)
まだまだベルクソン研究はそこまでは行っていないのだが、しかしその予兆は明らかにある。ごく少数だとしても、我々の世代の意識的な人々の間では、研究の手順が一段階上がったと感じる。
ただ、ベルクソンに限らず、哲学研究では、まだまだ「研究書(二次文献)なんか」という「原典至上主義」も根強い。だが、このような考えは、結局のところ自分の活動(研究)自体を否定するようなもの(あるいは自分を大哲学者と見なすようなもの)ではないか。個人の信条とするのは自由だが、一般論として語られうるものではないように思う。
たとえ過去の大哲学者がそういう身振りを見せているとしても、私たち現代の思想研究者がそれを真似るのは意味が違う。「昔は練習なんかせずに、二日酔いで試合に出てホームランを打った」といった類の話を信じるのと同じである。それが事実であったかどうかなどどうでもよい。現代スポーツにそんな感覚は通用しないと言っているのである。
論文集や雑誌を読むとき、我知らず西洋人のものから読み、アジア人やアフリカ人のものを後回しにしてはいないだろうか?おそらくそんな「順序」に気付きもしなかったという西洋哲学研究者がほとんどだろう。だが、ここにも先ほどと同じ無意識の「(自己)否定」が働いているのだ。それに対する「精神分析」的介入を行なうために、今年のベルクソン・シンポジウムは企画されている[シンポ前に書いていたので現在形]。
Saturday, February 07, 2009
青空
「雲ひとつない」という形容がぴったりの気持のよい青空が広がっていた。冬から春に向かうとき、こんな一日がある。確実に春の訪れを感じられる一日。
今日、初級フランス語の学年末テストを実施して、今年度最後の授業を終えた。何人かの学生たちがお礼を言いに来てくれて、「大学で勉強するっていうことがどういうことか、教えていただいてありがとうございました」と言ってくれたのはとても嬉しかった。
*
以下、自分の授業に関する単なる(とはいえ授業のさらなるレベルアップにとっては不可欠な)備忘録なので、長いです。
*
このクラスは、私が引き継いだ時点でかなり崩壊気味であった。前期最後の授業に参観に伺ったのだが、誇張抜きで衝撃的であった。四十人の初級語学クラスに十数人いるかいないか。しかもほぼ全員教室の後ろに陣取り、少なからぬ学生が私語している。これらを指して衝撃的だと言っているのではない。おそらく出席点ほしさにであろう、授業終了間際に五六人の学生が教室に入ってきて、堂々とゲームをやったり、別の授業のプリントを読んでいたことにショックを受けたのである。有力な国立大学での話である。
これはかなりまずい。対策を考えた。まず、電気ショックを与え、前期の雰囲気を一気に払しょくすること。学生のメンタリティは中高生レベルに見えたので(少なくともこのときはたしかにそう見えた)、クラス立て直しのために「高校の厳しい(けどちょっと面白いかも)先生」風の口調に変え、学生との距離感をかなり詰めるように意識した。テストで最高得点をとった学生はアンケートに「前期よりまじめに勉強が出来てすごく良かったです。ありがとうございました。今の大学生にはそのスタイルが必要ではないか、とも思いました」と書いてくれていた。「先生の中級の授業をとりたいのですが」、そう言ってくれた子もけっこういたので、まったく的外れなわけでもなかったと胸をなでおろしている。彼らを続けて指導してあげられないのは残念だが、距離の問題はいかんともしがたく…
(ちなみに、授業中の口癖で「難しい」「ややこしい」「複雑」と言い続ける先生がいるが、これは大変良くない。「簡単」「単純」「余裕」と言い続け、実際の説明も最初は思い切って図式化し、単純なイメージを与え、それが定着したのを見計らって、後で細かいニュアンスを与えていけばいいのである。本当に難しいことまで簡単と言いくるめる必要はないが、よほどのことでないと難しいとは言わないというくらいの気構えが必要である。こんなことは教育のイロハだが。)
初回の授業は、教室に入るなり、学生たちを学籍番号順に並べ替えさせ、二十分くらい強面で延々と説教してから授業に入った。それから数回、学生たちはふくれっ面だったが、こちらはダテに十数年さまざまな教師歴を重ねてきたのではない。6歳から66歳まで教えてきたのである。くすぐりや冗談を入れて場を和ませ、授業にもスピード感とメリハリをつけるよう努力した。授業にノリがあって、学習の進展が少しずつでも実感されれば、学生は自然と勉強するようになる。
一番多かった感想はこの点に関するものである。「先生に代わってから最初はめんどいと思ったけど、なんだかんだ楽しかったです!」「最初はただきついだけでしたが、わかるようになってくると意外と楽しかったです。」「あまりにギャップがあったので最初はキツかったけど、タメになりました。」「授業の後半から理解が深まって、フランス語が楽しくなりました。ありがとうございました。」
もちろん、ここで気を緩めてはいけない。こちらが気を緩めたと見るや、学生も気を緩める。そこで「運動性」以外に、もう一つ重視したのが、「統一性」と「体系性」である。これは、一年間のカリキュラムをすべて記載した日程表の配布に始まり、毎回の授業の内容をまとめたレジュメを次の回の冒頭に配布して、前回やったことの確認から授業を始めるという構成をとることで、「すべてプログラムされているんだ」という印象を持たせ、「今自分はどういう理由で、何を学んでおり、それは全体の行程の中のどのあたりに位置するのか」を常に意識させる、ということである。何回かに一度は必ず全体の日程表を取り出させ、それを確認させた。「分かりやすくて、レジュメを毎回配ってくれるのがうれしい」「最初は厳しいし恐そうだと思って嫌だっだし、フラ語もできないから授業もすごく嫌だったけど、先生は厳しさの中に優しさがあって、私たちがフラ語上達するようにしっかりカリキュラム組んでくれているんだということに気づいてからは先生好きになって宿題とか小テスト勉強もちゃんとやるようになって、フラ語も楽しくなってきました。」
さらに、各講間の連関にも気を配った。毎回小テスト(語彙・前回学んだ動詞の活用・例文の暗記)に加えて、3課(6講)に一度、理解度確認テストをやることで、それらの項の有機的な連関が即物的に実感されるよう配慮した。採点は、すべてこちらでやると大変なので、期末以外は学生たちに他の学生たちのものを自己採点させた。それに、採点に責任感を持たせるように仕向けると、解答・解説にもより耳を傾けるようになるし、何より採点が復習にもなる。
さらに、これは賛否両論あると思うが、小テストや中間テストの点数を実名入りで全員に公表し、毎回の順位変動を示した。これは先のショック療法の応用編である。「まあ正直、自分はやればできると思っていましたが、あのEランクの発表がなければやる気すら起きなかったかもしれません(笑)。はっぱかけていただきどうもありがとうございました」という感想を書いた学生もいた。
熱烈なラブレターのような讃辞をくれた子もいたが(ありがとね)、一番的確な(笑)印象を記してくれた学生の感想を少し長いが引用しておこう。
「4か月少しという短期間ではありましたが、どうもありがとうございました。毎回の宿題や単語のテストは負担ではありましたが、なぜかそのおかげで生活にメリハリがつき、後期は他の授業も含め、ほとんど休むことがなくなりました。
授業中もめちゃくちゃだった発音を直して下さったり、頻繁に指名をして集中力を欠かないようにとの配慮をして下さったので勉強へのモチベーション維持をすることができました。前期のままだったら、『一年間フランス語を勉強した』とはとても言えない状況でうやむやに終わってしまっていたでしょうが、後期先生に教えていただいたおかげでとりあえず基礎力はつけることができたと思います。本当にありがとうございました。今後機会があれば、是非フランスに行ってみたいです。(恋愛論、とても面白かったです!)」
*
良いことづくめだったとはもちろん思っていない。最後まで無表情(に見える)な学生もいなかったわけではないし、次のような要望を書いてくれた子もいた。
「・参考の(レジュメに載っている)問題集の一つが、単語が難しくわかりにくかった。
・フランスのこと(文化など)をもっと話してほしかった。」
なかなか文法以外の時間はとれないのだが(とりわけ今回は崩壊を救うために前期の復習に4回分の授業を費やしたのでなおさら時間がなかったのだが)、シャンソンや絵本に絡めてたとえ1分でも文化の話をすればよかったかもしれない。件の問題集は『解説がくわしいフランス文法問題集』(白水社、1999年)で、帯にも「初級から中級へ――絶妙の橋渡し」とあるが、たしかに単語や構文が今の初級学習者には複雑すぎた。しかし、解説は要点を掴んでいるので、例文だけ別のものを与えれば使える。
もう少し読み物をやりたかったとか、毎回ひとつ日常会話に役立つキーフレーズを暗記させればよかったとか、自分なりの反省点もある。これらは次にフランス語を教えるときの課題である。次年度はフランス語は一つもなく、哲学関係の授業ばかりで、今はこちらに知恵を絞っている最中。
*
初級フランス語は初級文法を教え込むだけでせいいっぱいだが、一応「読む・書く・話す・聴く」の初歩を習得させるというのが私なりの目標なので、その点も努力した。「書く」というのは文法問題を解くだけではなく、短文レベルの仏作文までやらせた。
「読む」は、『ガスパールとリザ』という流行りの絵本――朝のNHK教育テレビを子供と一緒に見ている人は知っていると思うが、『うっかりぺネロぺ』と同じ作者の作品である――をゆっくりと一冊読ませ(半過去と代名動詞の復習に効果的)、最後の授業ではスタンダールの『恋愛論』の有名な「結晶化」のくだりを読ませた。「活用とかいっぱいあって、覚えるの大変だったけど、最後のほうになると、だんだん文章が読めるようになってきて、フランス語が少し面白くなったし、達成感があった」。そう、達成感は語学の地道な勉強を通して確実に得られる快感だ。それは多くの学生に分かってもらえたのではないかと思う。
「話す」は、特に発音の矯正にかなり力を注いだが、四十人近くの学生(そう、後期は常時三十数人いた)一人一人の発音を直すのはかなり骨の折れる作業だ。「聴く」は、付属のCDのディクテ以外には、私のフランス語をなるべく多く聴かせ、そして時間の許す限り、文法事項に合ったシャンソン(「そして今は」「行かないで」「枯れ葉」など)を聴かせた。これらは多くの先生方がやっていらっしゃることだと思う。
*
しかし、何か足りない。ずっとそう感じていた。勤勉の報酬としての達成感以上の何か。爽快感、高揚のような何か。一年でフランス語を離れてしまうほとんどの学生にとって、何か思い出になるような体験をさせてあげたい。せっかくフランス語を学んでも一度も使う機会もないまま忘れていくのではもったいない。そこで、フランス人の友人にお願いして、一度教室に来てもらうことにした。その前の回に学生に自己紹介や会話の例文をあらかじめ練習させておいて、当日はそこから少し発展させて、なんとか会話の真似事をしてもらったのである。彼らが最も大きな声でいきいきと発音練習に参加したのは実にこの授業のときであった。
中級や上級を教えていても思ったのだが、学生のほとんどはフランス語を常時使う職業に就くことはない。もちろん文法事項の確実な習得も大切なのだが、彼らにとってさらに大切なのは、「体験」ではないか。中級の教科書はしばしば文化的トピックの幕の内弁当である。それを一概に悪いとは言わない。しかし、見回してみてそういう授業が大半を占めていることに気づき、私は偉大な思想家・作家のなまの文章を読ませたいと思った。それで、中級では大学論、上級では結婚論のアンソロジーを組んだのである。いつか年をとった時たぶん文化的トピックは忘れているだろうが、「そういえば、無理やりモリエール読まされたよな」、そういう体験は、まさに衝撃として、ショックとして、残るのではないか。
大学は文化的なショックを与えるところだ。知の離乳食ばかりを与えるべきではないし、与えられて満足しているべきでもない。そう思う。今日別れを告げた一年生たちに少しはそのことが分かってもらえたのであればいいのだが。
今日、初級フランス語の学年末テストを実施して、今年度最後の授業を終えた。何人かの学生たちがお礼を言いに来てくれて、「大学で勉強するっていうことがどういうことか、教えていただいてありがとうございました」と言ってくれたのはとても嬉しかった。
*
以下、自分の授業に関する単なる(とはいえ授業のさらなるレベルアップにとっては不可欠な)備忘録なので、長いです。
*
このクラスは、私が引き継いだ時点でかなり崩壊気味であった。前期最後の授業に参観に伺ったのだが、誇張抜きで衝撃的であった。四十人の初級語学クラスに十数人いるかいないか。しかもほぼ全員教室の後ろに陣取り、少なからぬ学生が私語している。これらを指して衝撃的だと言っているのではない。おそらく出席点ほしさにであろう、授業終了間際に五六人の学生が教室に入ってきて、堂々とゲームをやったり、別の授業のプリントを読んでいたことにショックを受けたのである。有力な国立大学での話である。
これはかなりまずい。対策を考えた。まず、電気ショックを与え、前期の雰囲気を一気に払しょくすること。学生のメンタリティは中高生レベルに見えたので(少なくともこのときはたしかにそう見えた)、クラス立て直しのために「高校の厳しい(けどちょっと面白いかも)先生」風の口調に変え、学生との距離感をかなり詰めるように意識した。テストで最高得点をとった学生はアンケートに「前期よりまじめに勉強が出来てすごく良かったです。ありがとうございました。今の大学生にはそのスタイルが必要ではないか、とも思いました」と書いてくれていた。「先生の中級の授業をとりたいのですが」、そう言ってくれた子もけっこういたので、まったく的外れなわけでもなかったと胸をなでおろしている。彼らを続けて指導してあげられないのは残念だが、距離の問題はいかんともしがたく…
(ちなみに、授業中の口癖で「難しい」「ややこしい」「複雑」と言い続ける先生がいるが、これは大変良くない。「簡単」「単純」「余裕」と言い続け、実際の説明も最初は思い切って図式化し、単純なイメージを与え、それが定着したのを見計らって、後で細かいニュアンスを与えていけばいいのである。本当に難しいことまで簡単と言いくるめる必要はないが、よほどのことでないと難しいとは言わないというくらいの気構えが必要である。こんなことは教育のイロハだが。)
初回の授業は、教室に入るなり、学生たちを学籍番号順に並べ替えさせ、二十分くらい強面で延々と説教してから授業に入った。それから数回、学生たちはふくれっ面だったが、こちらはダテに十数年さまざまな教師歴を重ねてきたのではない。6歳から66歳まで教えてきたのである。くすぐりや冗談を入れて場を和ませ、授業にもスピード感とメリハリをつけるよう努力した。授業にノリがあって、学習の進展が少しずつでも実感されれば、学生は自然と勉強するようになる。
一番多かった感想はこの点に関するものである。「先生に代わってから最初はめんどいと思ったけど、なんだかんだ楽しかったです!」「最初はただきついだけでしたが、わかるようになってくると意外と楽しかったです。」「あまりにギャップがあったので最初はキツかったけど、タメになりました。」「授業の後半から理解が深まって、フランス語が楽しくなりました。ありがとうございました。」
もちろん、ここで気を緩めてはいけない。こちらが気を緩めたと見るや、学生も気を緩める。そこで「運動性」以外に、もう一つ重視したのが、「統一性」と「体系性」である。これは、一年間のカリキュラムをすべて記載した日程表の配布に始まり、毎回の授業の内容をまとめたレジュメを次の回の冒頭に配布して、前回やったことの確認から授業を始めるという構成をとることで、「すべてプログラムされているんだ」という印象を持たせ、「今自分はどういう理由で、何を学んでおり、それは全体の行程の中のどのあたりに位置するのか」を常に意識させる、ということである。何回かに一度は必ず全体の日程表を取り出させ、それを確認させた。「分かりやすくて、レジュメを毎回配ってくれるのがうれしい」「最初は厳しいし恐そうだと思って嫌だっだし、フラ語もできないから授業もすごく嫌だったけど、先生は厳しさの中に優しさがあって、私たちがフラ語上達するようにしっかりカリキュラム組んでくれているんだということに気づいてからは先生好きになって宿題とか小テスト勉強もちゃんとやるようになって、フラ語も楽しくなってきました。」
さらに、各講間の連関にも気を配った。毎回小テスト(語彙・前回学んだ動詞の活用・例文の暗記)に加えて、3課(6講)に一度、理解度確認テストをやることで、それらの項の有機的な連関が即物的に実感されるよう配慮した。採点は、すべてこちらでやると大変なので、期末以外は学生たちに他の学生たちのものを自己採点させた。それに、採点に責任感を持たせるように仕向けると、解答・解説にもより耳を傾けるようになるし、何より採点が復習にもなる。
さらに、これは賛否両論あると思うが、小テストや中間テストの点数を実名入りで全員に公表し、毎回の順位変動を示した。これは先のショック療法の応用編である。「まあ正直、自分はやればできると思っていましたが、あのEランクの発表がなければやる気すら起きなかったかもしれません(笑)。はっぱかけていただきどうもありがとうございました」という感想を書いた学生もいた。
熱烈なラブレターのような讃辞をくれた子もいたが(ありがとね)、一番的確な(笑)印象を記してくれた学生の感想を少し長いが引用しておこう。
「4か月少しという短期間ではありましたが、どうもありがとうございました。毎回の宿題や単語のテストは負担ではありましたが、なぜかそのおかげで生活にメリハリがつき、後期は他の授業も含め、ほとんど休むことがなくなりました。
授業中もめちゃくちゃだった発音を直して下さったり、頻繁に指名をして集中力を欠かないようにとの配慮をして下さったので勉強へのモチベーション維持をすることができました。前期のままだったら、『一年間フランス語を勉強した』とはとても言えない状況でうやむやに終わってしまっていたでしょうが、後期先生に教えていただいたおかげでとりあえず基礎力はつけることができたと思います。本当にありがとうございました。今後機会があれば、是非フランスに行ってみたいです。(恋愛論、とても面白かったです!)」
*
良いことづくめだったとはもちろん思っていない。最後まで無表情(に見える)な学生もいなかったわけではないし、次のような要望を書いてくれた子もいた。
「・参考の(レジュメに載っている)問題集の一つが、単語が難しくわかりにくかった。
・フランスのこと(文化など)をもっと話してほしかった。」
なかなか文法以外の時間はとれないのだが(とりわけ今回は崩壊を救うために前期の復習に4回分の授業を費やしたのでなおさら時間がなかったのだが)、シャンソンや絵本に絡めてたとえ1分でも文化の話をすればよかったかもしれない。件の問題集は『解説がくわしいフランス文法問題集』(白水社、1999年)で、帯にも「初級から中級へ――絶妙の橋渡し」とあるが、たしかに単語や構文が今の初級学習者には複雑すぎた。しかし、解説は要点を掴んでいるので、例文だけ別のものを与えれば使える。
もう少し読み物をやりたかったとか、毎回ひとつ日常会話に役立つキーフレーズを暗記させればよかったとか、自分なりの反省点もある。これらは次にフランス語を教えるときの課題である。次年度はフランス語は一つもなく、哲学関係の授業ばかりで、今はこちらに知恵を絞っている最中。
*
初級フランス語は初級文法を教え込むだけでせいいっぱいだが、一応「読む・書く・話す・聴く」の初歩を習得させるというのが私なりの目標なので、その点も努力した。「書く」というのは文法問題を解くだけではなく、短文レベルの仏作文までやらせた。
「読む」は、『ガスパールとリザ』という流行りの絵本――朝のNHK教育テレビを子供と一緒に見ている人は知っていると思うが、『うっかりぺネロぺ』と同じ作者の作品である――をゆっくりと一冊読ませ(半過去と代名動詞の復習に効果的)、最後の授業ではスタンダールの『恋愛論』の有名な「結晶化」のくだりを読ませた。「活用とかいっぱいあって、覚えるの大変だったけど、最後のほうになると、だんだん文章が読めるようになってきて、フランス語が少し面白くなったし、達成感があった」。そう、達成感は語学の地道な勉強を通して確実に得られる快感だ。それは多くの学生に分かってもらえたのではないかと思う。
「話す」は、特に発音の矯正にかなり力を注いだが、四十人近くの学生(そう、後期は常時三十数人いた)一人一人の発音を直すのはかなり骨の折れる作業だ。「聴く」は、付属のCDのディクテ以外には、私のフランス語をなるべく多く聴かせ、そして時間の許す限り、文法事項に合ったシャンソン(「そして今は」「行かないで」「枯れ葉」など)を聴かせた。これらは多くの先生方がやっていらっしゃることだと思う。
*
しかし、何か足りない。ずっとそう感じていた。勤勉の報酬としての達成感以上の何か。爽快感、高揚のような何か。一年でフランス語を離れてしまうほとんどの学生にとって、何か思い出になるような体験をさせてあげたい。せっかくフランス語を学んでも一度も使う機会もないまま忘れていくのではもったいない。そこで、フランス人の友人にお願いして、一度教室に来てもらうことにした。その前の回に学生に自己紹介や会話の例文をあらかじめ練習させておいて、当日はそこから少し発展させて、なんとか会話の真似事をしてもらったのである。彼らが最も大きな声でいきいきと発音練習に参加したのは実にこの授業のときであった。
中級や上級を教えていても思ったのだが、学生のほとんどはフランス語を常時使う職業に就くことはない。もちろん文法事項の確実な習得も大切なのだが、彼らにとってさらに大切なのは、「体験」ではないか。中級の教科書はしばしば文化的トピックの幕の内弁当である。それを一概に悪いとは言わない。しかし、見回してみてそういう授業が大半を占めていることに気づき、私は偉大な思想家・作家のなまの文章を読ませたいと思った。それで、中級では大学論、上級では結婚論のアンソロジーを組んだのである。いつか年をとった時たぶん文化的トピックは忘れているだろうが、「そういえば、無理やりモリエール読まされたよな」、そういう体験は、まさに衝撃として、ショックとして、残るのではないか。
大学は文化的なショックを与えるところだ。知の離乳食ばかりを与えるべきではないし、与えられて満足しているべきでもない。そう思う。今日別れを告げた一年生たちに少しはそのことが分かってもらえたのであればいいのだが。
Friday, February 06, 2009
子育て(大学における)
数週間前に思ったこと。
*
石井桃子や松岡享子――子育て中の人は知ってますね――は、日頃から「子供にあわせた赤ちゃん言葉ではなく、綺麗な日本語で話すこと」の重要性を説いていたという。
教育と猫可愛がりを混同してはならない。知の離乳食の限界を知り、堅いものを咀嚼できる子供のあごを作るために、いつかは堅いものを与えねばならない。その時期を遅らせ、あわよくば試練を与えないでおくことが教育なのではない。
「この子には無理だ」。なぜそう決めつけるのか。子供の可能性を本当に奪っているのは誰なのか。
もちろん、すべての子に同じような制約を課すことがいいこととは限らない。悪しき平等主義というものがある。したがって大切なのは、どのレベル、どの場所のことを話しているのか、である。
最低限、「高等教育」と「研究者養成」を区別する必要がある。研究者を目指して大学院に残っている者(モラトリアムの話はしていない)に知の離乳食を与え続けてどうするのか。
*
石井桃子や松岡享子――子育て中の人は知ってますね――は、日頃から「子供にあわせた赤ちゃん言葉ではなく、綺麗な日本語で話すこと」の重要性を説いていたという。
教育と猫可愛がりを混同してはならない。知の離乳食の限界を知り、堅いものを咀嚼できる子供のあごを作るために、いつかは堅いものを与えねばならない。その時期を遅らせ、あわよくば試練を与えないでおくことが教育なのではない。
「この子には無理だ」。なぜそう決めつけるのか。子供の可能性を本当に奪っているのは誰なのか。
もちろん、すべての子に同じような制約を課すことがいいこととは限らない。悪しき平等主義というものがある。したがって大切なのは、どのレベル、どの場所のことを話しているのか、である。
最低限、「高等教育」と「研究者養成」を区別する必要がある。研究者を目指して大学院に残っている者(モラトリアムの話はしていない)に知の離乳食を与え続けてどうするのか。
Thursday, February 05, 2009
反時代的
昨年の七夕時分に考えていたこと。
***
7月3日(木)「哲学と大学」第5回「マックス・ウェーバーの学問論――大学のアメリカ化と知識人の「責任」」@駒場に参加。
7月5日(土)「現象学と存在論」@三田に参加。
*
アクチュアルであることを求める姿勢に一抹の居心地の悪さを感じざるを得ない。他の人がアクチュアルであろうとすることを戒めているわけではないし、自分の中にそういう傾向がないというのでもない。だが、日本の思想的伝統においては常に――柄谷の「掘立小屋の思想」を想起されたい――、アクチュアルであることがいささか無自覚的に徳とされてきただけにいっそう、私自身はアクチュアルであることに慎重でなければならないと思っている。
「アクチュアルであることに慎重になる」というのは「反動的になる」ということではない。それはむしろ「どのようなアクチュアルが問題になっているのかということに敏感になる」ということである。それはニーチェの言葉で言えば、「反時代的」になるということにほかならない。
《たしかにこれだけのことは古典文献学者という職業柄、私自身が白状して差し支えないに違いない。というのは、時代の中で反時代的に(unzeitgemäß)――すなわち時代に反対して(gegen die Zeit)そうすることによって時代に向かって、望むらくは将来の時代のためになるように――活動するという意味をもしもたぬならば、古典文献学がわれわれの時代においてどういう意味をもつかを私は知らないだろうからである。》(ニーチェ、『反時代的考察』)
《哲学は時代と本質的な関係をもつ。常に時代に反逆し、現実世界に批判的である哲学者は種々の概念を造り上げるが、それらは永遠でもなく歴史的でもなく、非時代的、反時代的である》。
脱構築とプラグマティズムが争ったとき、もっとこの点が深められるべきであったように思う。ショートタームでのリターンを常に求めるアクチュアル重視の姿勢は、結局のところ《資本主義の精神》にうまく回収されてしまいはしないか。
私個人は――繰り返すが、これは個人の哲学的な方向性の問題である――ana-chronieやdia-chronieといった奇妙でかつ効力をもった時間性のほうに興味をもつ。
***
7月3日(木)「哲学と大学」第5回「マックス・ウェーバーの学問論――大学のアメリカ化と知識人の「責任」」@駒場に参加。
7月5日(土)「現象学と存在論」@三田に参加。
*
アクチュアルであることを求める姿勢に一抹の居心地の悪さを感じざるを得ない。他の人がアクチュアルであろうとすることを戒めているわけではないし、自分の中にそういう傾向がないというのでもない。だが、日本の思想的伝統においては常に――柄谷の「掘立小屋の思想」を想起されたい――、アクチュアルであることがいささか無自覚的に徳とされてきただけにいっそう、私自身はアクチュアルであることに慎重でなければならないと思っている。
「アクチュアルであることに慎重になる」というのは「反動的になる」ということではない。それはむしろ「どのようなアクチュアルが問題になっているのかということに敏感になる」ということである。それはニーチェの言葉で言えば、「反時代的」になるということにほかならない。
《たしかにこれだけのことは古典文献学者という職業柄、私自身が白状して差し支えないに違いない。というのは、時代の中で反時代的に(unzeitgemäß)――すなわち時代に反対して(gegen die Zeit)そうすることによって時代に向かって、望むらくは将来の時代のためになるように――活動するという意味をもしもたぬならば、古典文献学がわれわれの時代においてどういう意味をもつかを私は知らないだろうからである。》(ニーチェ、『反時代的考察』)
《哲学は時代と本質的な関係をもつ。常に時代に反逆し、現実世界に批判的である哲学者は種々の概念を造り上げるが、それらは永遠でもなく歴史的でもなく、非時代的、反時代的である》。
脱構築とプラグマティズムが争ったとき、もっとこの点が深められるべきであったように思う。ショートタームでのリターンを常に求めるアクチュアル重視の姿勢は、結局のところ《資本主義の精神》にうまく回収されてしまいはしないか。
私個人は――繰り返すが、これは個人の哲学的な方向性の問題である――ana-chronieやdia-chronieといった奇妙でかつ効力をもった時間性のほうに興味をもつ。
Wednesday, February 04, 2009
カンフー
(き)さんは昔からなかなか落ち着いていた。今でも印象に残っているのが、カンフーの一件である。
私たちが共に数年を過ごした街では、時に嫌な思いをすることもあって(ブタ呼ばわりされたこともあれば、通りで足をひっかけられたこともあれば、喫茶店でからまれたこともあれば、などなど…)、冗談とはいえ、外国人差別的な言動には(少なくとも私は)相当敏感になっていた。ある日、向こうからやってきた二人の青年たちが(き)さんに向かって、からかうように「あちょー」とやり始めたという。
精神的な余裕のない当時の私なら、ムッとして無視してやり過ごそうとするか、あまりにしつこければ叱り飛ばすところである。ところが、(き)さんは違った。彼らに向かって「あちょー」とやり返したのである。彼らは毒気を抜かれて、向こうへ行ってしまったそうだ。
ずっと日本にいる日本人には、このユーモアの精神を外国暮らしに疲れた精神状況で保つのがいかに困難なことかが分からないかもしれないが、心が本当に強く寛くないと、こういったとっさの反応はできない。
差別的な言動がいかに人に不快な思いをさせるか、彼らに懇々と言葉で説き続けても、彼らは自分たちが何をしているのかを本当に理解することはないだろう。だから、無知と(無)邪気と憎悪で凝固した彼らの心に叡智と無垢とユーモアをもって接するのだ。それは、「宥和」といったこととはまったく関係のない、開かれた心である。
すでに数年前にこのような境地を体得しておられた(き)さんは、しかし、最近本当に辛い試練を経られて、さらに私など及びもつかない境地に到達しようとしておられるようである。その彼に信じがたいほど悲しい無知と(無)邪気と憎悪を投げ続ける愚か者がいる――もちろん、知識がないことが問題なのではなく(それも問題だが)、ドグマを振りかざす場所についての決定的に誤った状況判断が問題なのである。カンフーの青年たちは少なくとも現前していたが、匿名性と仮想空間に身を隠しながら攻撃し続けるそのあまりの下劣さ!そんな「いと低き者」に対してさえ、ユーモアも交えて返してみたりもする(き)さんである。
《今のあなたのやっていることは、世界征服を目指しながら郵便配達の邪魔をする戦隊モノの悪役くらい非効率的ですよ。》
私は(き)さんほど度量が大きくないので、ブログへのコメントは選んで掲載し、応答したほうが精神衛生上いいと思っているのだが、しかし彼の姿勢には感服する。
私たちが共に数年を過ごした街では、時に嫌な思いをすることもあって(ブタ呼ばわりされたこともあれば、通りで足をひっかけられたこともあれば、喫茶店でからまれたこともあれば、などなど…)、冗談とはいえ、外国人差別的な言動には(少なくとも私は)相当敏感になっていた。ある日、向こうからやってきた二人の青年たちが(き)さんに向かって、からかうように「あちょー」とやり始めたという。
精神的な余裕のない当時の私なら、ムッとして無視してやり過ごそうとするか、あまりにしつこければ叱り飛ばすところである。ところが、(き)さんは違った。彼らに向かって「あちょー」とやり返したのである。彼らは毒気を抜かれて、向こうへ行ってしまったそうだ。
ずっと日本にいる日本人には、このユーモアの精神を外国暮らしに疲れた精神状況で保つのがいかに困難なことかが分からないかもしれないが、心が本当に強く寛くないと、こういったとっさの反応はできない。
差別的な言動がいかに人に不快な思いをさせるか、彼らに懇々と言葉で説き続けても、彼らは自分たちが何をしているのかを本当に理解することはないだろう。だから、無知と(無)邪気と憎悪で凝固した彼らの心に叡智と無垢とユーモアをもって接するのだ。それは、「宥和」といったこととはまったく関係のない、開かれた心である。
すでに数年前にこのような境地を体得しておられた(き)さんは、しかし、最近本当に辛い試練を経られて、さらに私など及びもつかない境地に到達しようとしておられるようである。その彼に信じがたいほど悲しい無知と(無)邪気と憎悪を投げ続ける愚か者がいる――もちろん、知識がないことが問題なのではなく(それも問題だが)、ドグマを振りかざす場所についての決定的に誤った状況判断が問題なのである。カンフーの青年たちは少なくとも現前していたが、匿名性と仮想空間に身を隠しながら攻撃し続けるそのあまりの下劣さ!そんな「いと低き者」に対してさえ、ユーモアも交えて返してみたりもする(き)さんである。
《今のあなたのやっていることは、世界征服を目指しながら郵便配達の邪魔をする戦隊モノの悪役くらい非効率的ですよ。》
私は(き)さんほど度量が大きくないので、ブログへのコメントは選んで掲載し、応答したほうが精神衛生上いいと思っているのだが、しかし彼の姿勢には感服する。
Tuesday, February 03, 2009
ボタン(節分の日に)
少し前まで一人でボタンを留められなかった。穴にボタンを入れるというただそれだけの作業が出来るようになるまでにはとてつもなく時間がかかるように思われた。
毎日毎日ボタンを留めてあげ続けた。やがて、自分でやりたいというようになり、出来なくてすぐに諦めていたのが、励まされてチャレンジし続けるようになり、なんとか親の助けで一つ留められるようになり、そしてついに一つ親の助けなしで留められるようになる。その誇らしげな様子。
学生やサラリーマンが一人前になるまでの様子もさほど変わらない。往々にして、自分が助けられていたことをすっかり忘れ、自分が助けてあげていることだけを意識しているけれど。
毎日毎日ボタンを留めてあげ続けた。やがて、自分でやりたいというようになり、出来なくてすぐに諦めていたのが、励まされてチャレンジし続けるようになり、なんとか親の助けで一つ留められるようになり、そしてついに一つ親の助けなしで留められるようになる。その誇らしげな様子。
学生やサラリーマンが一人前になるまでの様子もさほど変わらない。往々にして、自分が助けられていたことをすっかり忘れ、自分が助けてあげていることだけを意識しているけれど。
Thursday, January 29, 2009
Wednesday, January 28, 2009
動き
忙しい、私なりに(もっと殺人的に忙しい人々もこのブログの読者にいるので、申し訳ない限りですが)。
大学は今、幾つ目かの繁忙期である。各種学内の試験作成・採点、さらに来年度のシラバス作成は、非常勤にも常勤にも共通する仕事だ。常勤だとこれに、各種論文(卒論・修論・博論)指導・審査に始まり、入学試験、委員会関係に至るまでありとあらゆる仕事、雑事が押し寄せてくる。常勤初年度は、すべての担当科目を短時日で一気に準備せねばならず、おまけに語学が担当科目にない場合、これはけっこうきつい。
これに研究者としての活動が加わる。論文執筆が終わったと思ったら、今度はその校正作業がある(当たり前だけど)。国際シンポジウムのオーガナイズ(折衝・折衝・折衝…)も、時々刻々変化する情勢に粘り強くかつ柔軟に対処していかねばならないので、厄介な作業だ。そして家族、子育て…。
みんなよくしのいでいるなと感心する。いやほんと、体を壊さないようにね。
*
1月9日のポスト「大学の脱構築」に長文のコメントを寄せていただいた。
自分の大学で今起きつつある(起こしつつある)動きを知らせてくれるのはとても嬉しいことです。ありがとうございます。その動きが「大学とは何なのか、何であるべきなのか」という思想的・哲学的な問いの深化と連動するものであることを願っています。
読んでいただいている他の方々にも申し上げていることですが、私はレスポンスを書くのが苦手な人間なので、コメントを頂いても必ずしも応答するとは限りませんが、ともかく気楽に読み流してください。あまり気楽なブログでもないですけど(笑)。
大学は今、幾つ目かの繁忙期である。各種学内の試験作成・採点、さらに来年度のシラバス作成は、非常勤にも常勤にも共通する仕事だ。常勤だとこれに、各種論文(卒論・修論・博論)指導・審査に始まり、入学試験、委員会関係に至るまでありとあらゆる仕事、雑事が押し寄せてくる。常勤初年度は、すべての担当科目を短時日で一気に準備せねばならず、おまけに語学が担当科目にない場合、これはけっこうきつい。
これに研究者としての活動が加わる。論文執筆が終わったと思ったら、今度はその校正作業がある(当たり前だけど)。国際シンポジウムのオーガナイズ(折衝・折衝・折衝…)も、時々刻々変化する情勢に粘り強くかつ柔軟に対処していかねばならないので、厄介な作業だ。そして家族、子育て…。
みんなよくしのいでいるなと感心する。いやほんと、体を壊さないようにね。
*
1月9日のポスト「大学の脱構築」に長文のコメントを寄せていただいた。
自分の大学で今起きつつある(起こしつつある)動きを知らせてくれるのはとても嬉しいことです。ありがとうございます。その動きが「大学とは何なのか、何であるべきなのか」という思想的・哲学的な問いの深化と連動するものであることを願っています。
読んでいただいている他の方々にも申し上げていることですが、私はレスポンスを書くのが苦手な人間なので、コメントを頂いても必ずしも応答するとは限りませんが、ともかく気楽に読み流してください。あまり気楽なブログでもないですけど(笑)。
Tuesday, January 27, 2009
プロデューサー目線
そういえば、昨年の7月末にこんなことをメモしていた。
***
プロデューサー目線というのは学問の世界でも重要だと感じている。「結局、最後は自分の仕事」、それはそうなのだが、そしてそれを放棄するつもりもまったくないのだが、業界全体とまではいかなくとも、自分の関われる範囲で「よりよいやり方」「よりよい仕組み」作りにささやかながら寄与できればと願っている。もう十何年前だと思うのだが、宮崎駿監督がテレビでテレビアニメの制作システムを批判していたことを覚えている。
プロデューサーということが必ずしも権力志向のフィクサーを意味するわけではない。そのことが理解されないうちは、シンポでも学会でも研究会でもうまく機能するはずがない。
*
--今後のジブリはどのような作品を作っていく予定ですか。テレビへの進出などは
鈴木 ジブリには、長編劇場版アニメ用のスタッフしかいないので、劇場版アニメしか作れないんですよ。あくまで目安ですが、原画マンは5秒のカットを描くのに一週間かかります。これを1年間続けたら、一人の原画マンが描ける量というのは2時間の作品中4分しかない。でもこれがジブリのクオリティー。このやり方だと、毎週納品に追われるテレビはとてもじゃないけどできないし、そもそも作り方の前提が違います。それに私自身がやっぱり、劇場版アニメ、つまり映画の方が面白いんですよ。
--ジブリの若手スタッフはどう育成されているのですか
鈴木 2年に1度、公募でスタッフを募り、それぞれの部署の責任者が採用を決めます。その後、カリキュラムを組んで、ジブリの仕組みや基礎知識を覚えてもらうという形で育成していきます。こうなるとプロデューサーと作家という関係ではなく、社長と部下という関係になるので、事あるごとにいろいろな話はしていますよ。年齢はバラバラで、制作部の人間には18歳で入ってきて、まだ20歳という若いのもいます。力さえあれば年齢なんて関係ないんですよ。自分では相当面白い場所を提供しているつもりなので、それをどう生かすかは彼ら次第。ただ、宮さんや高畑さんに逆らうというか、正面切って戦おうとする若者はさすがにいない。
--どのような若手を育てたいですか
鈴木 アニメーターというのは職人です。職人というのはどこまで高いレベルを保って仕事をできるかということが大切なんです。同じ仕事を高いレベルでやり続けることが職人として育つと言うこと。アニメーターなら、観察して描く。これを繰り返すしかない。人の動きも何かもです。若いときに腕を磨くことに没頭できる環境があれば理想的ですね。基本さえできていれば何でもできるようになりますから。逃げ出さずにやり続けてほしいです。(2007年11月10日)
***
プロデューサー目線というのは学問の世界でも重要だと感じている。「結局、最後は自分の仕事」、それはそうなのだが、そしてそれを放棄するつもりもまったくないのだが、業界全体とまではいかなくとも、自分の関われる範囲で「よりよいやり方」「よりよい仕組み」作りにささやかながら寄与できればと願っている。もう十何年前だと思うのだが、宮崎駿監督がテレビでテレビアニメの制作システムを批判していたことを覚えている。
プロデューサーということが必ずしも権力志向のフィクサーを意味するわけではない。そのことが理解されないうちは、シンポでも学会でも研究会でもうまく機能するはずがない。
*
--今後のジブリはどのような作品を作っていく予定ですか。テレビへの進出などは
鈴木 ジブリには、長編劇場版アニメ用のスタッフしかいないので、劇場版アニメしか作れないんですよ。あくまで目安ですが、原画マンは5秒のカットを描くのに一週間かかります。これを1年間続けたら、一人の原画マンが描ける量というのは2時間の作品中4分しかない。でもこれがジブリのクオリティー。このやり方だと、毎週納品に追われるテレビはとてもじゃないけどできないし、そもそも作り方の前提が違います。それに私自身がやっぱり、劇場版アニメ、つまり映画の方が面白いんですよ。
--ジブリの若手スタッフはどう育成されているのですか
鈴木 2年に1度、公募でスタッフを募り、それぞれの部署の責任者が採用を決めます。その後、カリキュラムを組んで、ジブリの仕組みや基礎知識を覚えてもらうという形で育成していきます。こうなるとプロデューサーと作家という関係ではなく、社長と部下という関係になるので、事あるごとにいろいろな話はしていますよ。年齢はバラバラで、制作部の人間には18歳で入ってきて、まだ20歳という若いのもいます。力さえあれば年齢なんて関係ないんですよ。自分では相当面白い場所を提供しているつもりなので、それをどう生かすかは彼ら次第。ただ、宮さんや高畑さんに逆らうというか、正面切って戦おうとする若者はさすがにいない。
--どのような若手を育てたいですか
鈴木 アニメーターというのは職人です。職人というのはどこまで高いレベルを保って仕事をできるかということが大切なんです。同じ仕事を高いレベルでやり続けることが職人として育つと言うこと。アニメーターなら、観察して描く。これを繰り返すしかない。人の動きも何かもです。若いときに腕を磨くことに没頭できる環境があれば理想的ですね。基本さえできていれば何でもできるようになりますから。逃げ出さずにやり続けてほしいです。(2007年11月10日)
Monday, January 26, 2009
プロデューサーの哲学、哲学のプロデューサー
「彼は最近、哲学者というより、政治家だね」。好んでそう寸評したがる人がいる。自身の「純粋」さを誇示するかのように、それがあたかも守るべき何かであるかのように。
ドゥルーズは『記号と事件』の中で、フランソワ・シャトレについて、こう語っている。
《フランソワ・シャトレのほうは、映画の世界にプロデューサーがいるのと似たような意味で、哲学の「プロデューサー」を自認していました。ほかならぬ映画界に目を向けると、大勢の監督が「プロデュース」と、経営の新しいあり方を確立しようと努めているではありませんか。いかにも舌足らずだったとはいえ、私がとにかく明らかにしたかったのは、哲学のプロデューサーたらんとするシャトレの願いが、シャトレ当人にとっては哲学の代用品などではなく、逆にきわめて独創的で精密な一つの哲学を内に秘めていたということなのです。》(河出文庫、329-330頁)
今年、合田正人さんは法政の院ゼミでシャトレを扱っているようだ。シブすぎる。そういえば、合田さんにはシャトレのようなプロデューサー的なところがある。
プロデュースの哲学を構築する仕方で哲学のプロデューサーたること、それは哲学的に現実に向き合う一つの仕方である。
奨学生、苦しさ訴える 京でデモ 滞納者情報通報に抗議
1月26日10時59分配信 京都新聞
奨学生への支援を訴えてデモ行進する若者たち(京都市下京区)
景気後退で就職・雇用情勢が悪化するなか、奨学金を返済できない若者らの立場をアピールする街頭活動が25日、京都市中京区などの繁華街で行われた。学生たちがプラカードを掲げて行進し、「滞納者の『ブラックリスト化』反対」「学費を無料に」と訴えた。
奨学金を貸与している日本学生支援機構が先月、金融機関でつくる個人信用情報機関に滞納者の情報を通報する方針を正式発表したのを受けて、京都市内の学生有志が街頭活動を呼びかけた。通報されると銀行ローンやクレジットカードの利用にも影響する可能性があるため、学生たちは「滞納者のブラックリスト化につながる」と主張。四条河原町付近を行進しながらビラを配った。
同機構によると滞納者は年々増え、2007年度の未返還額は660億円。街頭活動を呼びかけた京都精華大4年の山田史郎さん(24)は「卒業後に正社員になれればいいが、フリーターや派遣社員では返したくても返せないのが実情。そもそも日本は学費が高すぎる。若者の学ぶ機会を保障すべきだ」と話していた。
ドゥルーズは『記号と事件』の中で、フランソワ・シャトレについて、こう語っている。
《フランソワ・シャトレのほうは、映画の世界にプロデューサーがいるのと似たような意味で、哲学の「プロデューサー」を自認していました。ほかならぬ映画界に目を向けると、大勢の監督が「プロデュース」と、経営の新しいあり方を確立しようと努めているではありませんか。いかにも舌足らずだったとはいえ、私がとにかく明らかにしたかったのは、哲学のプロデューサーたらんとするシャトレの願いが、シャトレ当人にとっては哲学の代用品などではなく、逆にきわめて独創的で精密な一つの哲学を内に秘めていたということなのです。》(河出文庫、329-330頁)
今年、合田正人さんは法政の院ゼミでシャトレを扱っているようだ。シブすぎる。そういえば、合田さんにはシャトレのようなプロデューサー的なところがある。
プロデュースの哲学を構築する仕方で哲学のプロデューサーたること、それは哲学的に現実に向き合う一つの仕方である。
奨学生、苦しさ訴える 京でデモ 滞納者情報通報に抗議
1月26日10時59分配信 京都新聞
奨学生への支援を訴えてデモ行進する若者たち(京都市下京区)
景気後退で就職・雇用情勢が悪化するなか、奨学金を返済できない若者らの立場をアピールする街頭活動が25日、京都市中京区などの繁華街で行われた。学生たちがプラカードを掲げて行進し、「滞納者の『ブラックリスト化』反対」「学費を無料に」と訴えた。
奨学金を貸与している日本学生支援機構が先月、金融機関でつくる個人信用情報機関に滞納者の情報を通報する方針を正式発表したのを受けて、京都市内の学生有志が街頭活動を呼びかけた。通報されると銀行ローンやクレジットカードの利用にも影響する可能性があるため、学生たちは「滞納者のブラックリスト化につながる」と主張。四条河原町付近を行進しながらビラを配った。
同機構によると滞納者は年々増え、2007年度の未返還額は660億円。街頭活動を呼びかけた京都精華大4年の山田史郎さん(24)は「卒業後に正社員になれればいいが、フリーターや派遣社員では返したくても返せないのが実情。そもそも日本は学費が高すぎる。若者の学ぶ機会を保障すべきだ」と話していた。
Sunday, January 25, 2009
政治家
もう十日ほど前になってしまったが、UTCPの西山さんのブログ「参議院議員・広田一氏来訪―高学歴ワーキングプア支援対策の拡充のために」に言及しておこう。議員や官僚、企業人、大学から遠く離れた場所にいると思い込んでいる人々――しかし大学とはあらゆる場に存在する場である――との意見交換や交渉、広い意味でのinterventionがこれからますます必要になってくるだろう。
「あの人は政治家だから」「彼は最近政治家になっちゃったね」。「純粋」な研究者にとってこれらの言葉は侮蔑も同然である。だがしかし、「政治」に関わることが必ず「概念」や「理念」を放棄することにつながる、と考えるのはあまりに単純であり、無力であるばかりか、有害ですらある。
現実に屈するのではなく、利害打算に取り込まれるのではなく、闘争に巻き込まれつつも、同じレベルで同じ視線で同じ目的を持って闘争に参加するのではなく、いかに微力であれ闘争の概念そのものを変えていけるか。いかに現実世界と切り結ぶか。そのためにはまず現実を知らねばならない。
京都大、非常勤職員100人を22年度再契約せず
1月23日12時29分配信 産経新聞
京都大学(京都市左京区)が、平成22年度中に契約期限を迎える非常勤職員約100人について、契約を更新しない方針を固めたことが23日、分かった。京大は17年3月の就業規則改定で、同年4月以降に採用した職員の契約期限の上限を5年と規定。この規則に沿った措置だが、背景には国からの補助金抑制など、国立大学を取り巻く厳しい財政事情があるとみられる。
・写真 : 雇用崩壊…ハローワークには相談者があふれている
契約満了の対象となるのは、17年度に採用された非常勤の事務職員や研究員、看護師ら。京大によると、20年12月現在、時給制で働く非常勤職員は約2600人で、うち半数の約1300人は、17年の就業規則改定後に採用された。
一方、国から京大への運営費交付金は毎年約10億円ずつ減額され、常勤職員数や人件費も抑制傾向が続いている。このため、職場によっては、事務作業などで削減された常勤職員の仕事を肩代わりし、非常勤職員の負担が増えているケースもあるという。
教職員の組合内には「職場の実態を考慮していない」と一部で反発の声も上がっているが、京大人事企画課は「非常勤職員の業務は臨時的で補助的。雇用期間の上限は採用時に個別に伝えている」としている。
このほか東大は21年度、大阪大は22年度以降に契約満了となる非常勤職員の雇い止めを実施する予定だが「統計を取っていない」として対象者の人数や職種を明らかにしていない。
「あの人は政治家だから」「彼は最近政治家になっちゃったね」。「純粋」な研究者にとってこれらの言葉は侮蔑も同然である。だがしかし、「政治」に関わることが必ず「概念」や「理念」を放棄することにつながる、と考えるのはあまりに単純であり、無力であるばかりか、有害ですらある。
現実に屈するのではなく、利害打算に取り込まれるのではなく、闘争に巻き込まれつつも、同じレベルで同じ視線で同じ目的を持って闘争に参加するのではなく、いかに微力であれ闘争の概念そのものを変えていけるか。いかに現実世界と切り結ぶか。そのためにはまず現実を知らねばならない。
京都大、非常勤職員100人を22年度再契約せず
1月23日12時29分配信 産経新聞
京都大学(京都市左京区)が、平成22年度中に契約期限を迎える非常勤職員約100人について、契約を更新しない方針を固めたことが23日、分かった。京大は17年3月の就業規則改定で、同年4月以降に採用した職員の契約期限の上限を5年と規定。この規則に沿った措置だが、背景には国からの補助金抑制など、国立大学を取り巻く厳しい財政事情があるとみられる。
・写真 : 雇用崩壊…ハローワークには相談者があふれている
契約満了の対象となるのは、17年度に採用された非常勤の事務職員や研究員、看護師ら。京大によると、20年12月現在、時給制で働く非常勤職員は約2600人で、うち半数の約1300人は、17年の就業規則改定後に採用された。
一方、国から京大への運営費交付金は毎年約10億円ずつ減額され、常勤職員数や人件費も抑制傾向が続いている。このため、職場によっては、事務作業などで削減された常勤職員の仕事を肩代わりし、非常勤職員の負担が増えているケースもあるという。
教職員の組合内には「職場の実態を考慮していない」と一部で反発の声も上がっているが、京大人事企画課は「非常勤職員の業務は臨時的で補助的。雇用期間の上限は採用時に個別に伝えている」としている。
このほか東大は21年度、大阪大は22年度以降に契約満了となる非常勤職員の雇い止めを実施する予定だが「統計を取っていない」として対象者の人数や職種を明らかにしていない。
Wednesday, January 21, 2009
天動説
EuroPhilosophie関連のイベント情報が二つ来たので掲載しておく。
一つは村上さんの友人で少壮の現象学者シュネルがプラハの哲学者たちと続けている哲学的交流にゴダールのフィヒテ学会が絡んだもの。この企画の素晴らしい点は、シュネルが「御呼ばれ」したさにではなく、本気でプラハの哲学者たちと哲学をしようとしている点である。
もう一つはEuroPhilosophieの教育面の核となるErasmus Mundusで世界から集まっている学生主体で開かれるハイデガー=フーコー関係のワークショップ。日本の栄えあるErasmus Mundus合格者第一号であるナガサカ・マスミさんの名前も見えて嬉しい限りだ。前半に教授たちの発表、後半に学生たちの発表という形を二日間やるという作り方がまた良い。もちろんこれは、世界的な研究者を集めて開く国際シンポジウムでもなく、国内の若手だけを集めて開く小規模な研究会でもなく、かなり優秀な若手の集う国際的なワークショップだからこそ可能なのだが。
*
あと数か月、四月には、日本で初めて、フランスやベルギーの哲学者と日本の哲学者が共同で、フランス語で一ヶ月間、数名のヨーロッパの学生と、そして願わくば数名の日本人の学生(特に制限はないので、意欲ある学生にはぜひ来てもらいたい)を相手に、哲学の授業を行なうという実験的な試みが行われる。
「くだらない。形だけで中身がない」。「フランス語で議論できる日本人の学生がそもそもそんなにいないのに、そんなことをしてどうするのか」。「フランス語など出来なくとも、哲学研究の腕を磨けばよい」――またぞろそんな声が聞こえてくる。外国語か哲学力かという二者択一は偽の問題だと何度言っても分からない。上で触れたイベントの爽やかさと、このジメジメしたルサンチマンの何たる差であろうか。流転する激動の世界にあって、恒久不動の堅固な大地に足を置いていると思い込んでいる人々。天動説(géocentrisme)とはけっこう根強いものなのである。
***
Amicale des étudiants EuroPhilosophie
ATELIER INTERNATIONAL SUR LES TRANSFERTS PHILOSOPHIQUES FRANCO-ALLEMANDS
LE RAPPORT HEIDEGGER-FOUCAULT
http://www.europhilosophie.eu/mundus/spip.php?rubrique14
Maison de la recherche, Université de Toulouse II - Le Mirail, 5 allées Antonio Machado.
Jeudi, 22 janvier 2009, salle D246, 2ème étage
Modération : Prof. Dr. Frank Fischbach
14h, Approches foucaldiennes de Heidegger, Prof. Dr. Jean-Marie Vaysse (Université de Toulouse II)
14h30, Prof. Dr. Frank Fischbach (ERRAPHIS, Université de Toulouse II)
15h, Discussion
15h30, Pause
16h, L'agonistique des énoncés chez Foucault, Thiago Mota (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Université de Toulouse II – Le Mirail)
16h20, Esquisse d'un transcendantalisme faible : entre Gadamer et Foucault, Oleg Bernaz (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Université de Toulouse II)
16h40, Le manque du corps dans l'analyse existentielle de Heidegger, Luka Nakhutsrishvili (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Univerzita Karlova v Praze)
17h, La Différence comme telle et le dépassement de la métaphysique dans Identität und Differenz, Kwun-lam Lo (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Université de Toulouse II)
17h20, Débat
Vendredi, 23 janvier 2009, salle D30, rez-de-chaussée Modération : Prof. Dr. Elisabeth Rigal (CNRS, Université de Toulouse II)
14h, Prof. Dr. Walter Schweidler (Ruhr-Universität Bochum)
14h30, Technique planétaire et relations de pouvoir, Prof. Dr. Elisabeth Rigal (CNRS, Université de Toulouse II)
15h, Discussion
15h30, Pause
16h00, L'anthropologie chez Heidegger et Foucault, Fillipa Silveira (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Université de Toulouse II)
16h20, La décision de Foucault, la décision de Heidegger. Une recherche de l'héritage à travers la lecture de deux articles derridiens, Masumi Nagasaka (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Bergische Universität Wuppertal)
16h40, Transpassibilité et distinction du moi chez Heidegger et Maldiney, Santiago Zuniga (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Université de Toulouse II)
17h, Débat
Europhilosophiewww.europhilosophie.eu/recherche
Colloque "Bild, Bildung, Einbildung chez Fichte",
Organisé par Jan Kunes et Alexander Schnell Du 26 au 28 février 2009. Villa Lanna, Prague
Colloque organisé avec le soutien de:Internationale Fichte-GesellschaftProgramme ANR "Subjectivité et aliénation", Université Toulouse le Mirail & Archives Husserl, ParisGroupe d'Etudes Fichtéennes en Langue FrançaiseInstitut de Philosophie de l'Académie des Sciences, PragueContact: alex.schnell@gmail.com
Objectif du colloque:Le but de ce colloque est de traiter des concepts fondamentaux d'image (Bild), d'imagination (Einbildung) et de formation (Bildung) dans le contexte des recherches fichtéennes récentes en Europe et dans le monde. Les perspectives seront variées et diversifiées: systématique (le statut de la doctrine fichtéenne de l'image dans les différentes versions de la Doctrine de la Science), relevant de la philosophie populaire (le concept de « Bildung » dans les premiers écrits de Fichte et avant tout dans les textes de 1805-1806) et de l'histoire, politique, éthique et aussi (ce qui est particulièrement novateur) esthétique.
Programme:26 février 2009 :
10-11h : Alexander Schnell (Univ. Paris-Sorbonne) : « Die transzendentale Funktion der fichteschen Bildlehre »
11h-12h: Jean-Christophe Goddard (Univ. Toulouse le Mirail) : « L'image de la Doctrine de la Science »
**14h30-15h 30: Christoph Asmuth (TU Berlin) : « Die Bedeutung J. G. Fichtes für eine Theorie der Bildlichkeit »
15h30-16h30 : Laurent Guyot (Univ. Toulouse le Mirail) : « Le rôle de l'imagination productrice dans la genèse de la conscience de soi »
17h-18h : Alessandro Bertinetto (Univ. Murcia/Udine) : « Das Bild als Durcheinheit »
27 février 2009 :
9h-10h : Günter Zöller (LMU Munich) : « 'Allgemeine Bildung des Verstandes und des Willens aller'. Bildlosigkeit und Bildlichkeit in Fichtes politischer Philosophie der Geschichte »
10h-11h: Marco Ivaldo (Univ. Napoli) : « Einbildungskraft als Geist in der Philosophie und der Kunst »
**11h30-12h30 : Marco Bazzan (Univ. Padoue/Univ. Paris-Sorbonne) : « Le 'Gesicht' chez le Fichte tardif (dans la WL 1811 et la Bestimmung des Gelehrten 1811) »
14h30-15h30 : Max Marcuzzi (Univ. Aix-en-Provence) : « L'image morale »
15h30-17h : Helmut Girndt (Univ. Duisburg) : « Einbildungskraft als Grundlage romantischer Poesie bei Friedrich von Hardenberg (Novalis) »
28 février 2009 :
9h-10h : Jan Kunes (Univ. Prague) : « Hat Fichte in der Grundlage der gesamten Wissenschaftslehre seine Grundkonzeption geändert? Zur Grundlage der GWL und ihrer Umsetzung im §5 derselben in Auseinandersetzung mit einer heute verbreiteten Interpretation »
10h-11h: Jindrich Karasek (Univ. Prague) : Ich und Nicht-Ich. Zum Problem der Welt in Fichtes Wissenschaftslehre
11h30-12h30 : Martin Vrabec (Univ. Prague) : « Ist in der Grundlage der gesammten Wissenschaftslehre eine intellektuelle Anschauung zu suchen? »
一つは村上さんの友人で少壮の現象学者シュネルがプラハの哲学者たちと続けている哲学的交流にゴダールのフィヒテ学会が絡んだもの。この企画の素晴らしい点は、シュネルが「御呼ばれ」したさにではなく、本気でプラハの哲学者たちと哲学をしようとしている点である。
もう一つはEuroPhilosophieの教育面の核となるErasmus Mundusで世界から集まっている学生主体で開かれるハイデガー=フーコー関係のワークショップ。日本の栄えあるErasmus Mundus合格者第一号であるナガサカ・マスミさんの名前も見えて嬉しい限りだ。前半に教授たちの発表、後半に学生たちの発表という形を二日間やるという作り方がまた良い。もちろんこれは、世界的な研究者を集めて開く国際シンポジウムでもなく、国内の若手だけを集めて開く小規模な研究会でもなく、かなり優秀な若手の集う国際的なワークショップだからこそ可能なのだが。
*
あと数か月、四月には、日本で初めて、フランスやベルギーの哲学者と日本の哲学者が共同で、フランス語で一ヶ月間、数名のヨーロッパの学生と、そして願わくば数名の日本人の学生(特に制限はないので、意欲ある学生にはぜひ来てもらいたい)を相手に、哲学の授業を行なうという実験的な試みが行われる。
「くだらない。形だけで中身がない」。「フランス語で議論できる日本人の学生がそもそもそんなにいないのに、そんなことをしてどうするのか」。「フランス語など出来なくとも、哲学研究の腕を磨けばよい」――またぞろそんな声が聞こえてくる。外国語か哲学力かという二者択一は偽の問題だと何度言っても分からない。上で触れたイベントの爽やかさと、このジメジメしたルサンチマンの何たる差であろうか。流転する激動の世界にあって、恒久不動の堅固な大地に足を置いていると思い込んでいる人々。天動説(géocentrisme)とはけっこう根強いものなのである。
***
Amicale des étudiants EuroPhilosophie
ATELIER INTERNATIONAL SUR LES TRANSFERTS PHILOSOPHIQUES FRANCO-ALLEMANDS
LE RAPPORT HEIDEGGER-FOUCAULT
http://www.europhilosophie.eu/mundus/spip.php?rubrique14
Maison de la recherche, Université de Toulouse II - Le Mirail, 5 allées Antonio Machado.
Jeudi, 22 janvier 2009, salle D246, 2ème étage
Modération : Prof. Dr. Frank Fischbach
14h, Approches foucaldiennes de Heidegger, Prof. Dr. Jean-Marie Vaysse (Université de Toulouse II)
14h30, Prof. Dr. Frank Fischbach (ERRAPHIS, Université de Toulouse II)
15h, Discussion
15h30, Pause
16h, L'agonistique des énoncés chez Foucault, Thiago Mota (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Université de Toulouse II – Le Mirail)
16h20, Esquisse d'un transcendantalisme faible : entre Gadamer et Foucault, Oleg Bernaz (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Université de Toulouse II)
16h40, Le manque du corps dans l'analyse existentielle de Heidegger, Luka Nakhutsrishvili (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Univerzita Karlova v Praze)
17h, La Différence comme telle et le dépassement de la métaphysique dans Identität und Differenz, Kwun-lam Lo (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Université de Toulouse II)
17h20, Débat
Vendredi, 23 janvier 2009, salle D30, rez-de-chaussée Modération : Prof. Dr. Elisabeth Rigal (CNRS, Université de Toulouse II)
14h, Prof. Dr. Walter Schweidler (Ruhr-Universität Bochum)
14h30, Technique planétaire et relations de pouvoir, Prof. Dr. Elisabeth Rigal (CNRS, Université de Toulouse II)
15h, Discussion
15h30, Pause
16h00, L'anthropologie chez Heidegger et Foucault, Fillipa Silveira (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Université de Toulouse II)
16h20, La décision de Foucault, la décision de Heidegger. Une recherche de l'héritage à travers la lecture de deux articles derridiens, Masumi Nagasaka (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Bergische Universität Wuppertal)
16h40, Transpassibilité et distinction du moi chez Heidegger et Maldiney, Santiago Zuniga (Erasmus Mundus EuroPhilosophie, Université de Toulouse II)
17h, Débat
Europhilosophiewww.europhilosophie.eu/recherche
Colloque "Bild, Bildung, Einbildung chez Fichte",
Organisé par Jan Kunes et Alexander Schnell Du 26 au 28 février 2009. Villa Lanna, Prague
Colloque organisé avec le soutien de:Internationale Fichte-GesellschaftProgramme ANR "Subjectivité et aliénation", Université Toulouse le Mirail & Archives Husserl, ParisGroupe d'Etudes Fichtéennes en Langue FrançaiseInstitut de Philosophie de l'Académie des Sciences, PragueContact: alex.schnell@gmail.com
Objectif du colloque:Le but de ce colloque est de traiter des concepts fondamentaux d'image (Bild), d'imagination (Einbildung) et de formation (Bildung) dans le contexte des recherches fichtéennes récentes en Europe et dans le monde. Les perspectives seront variées et diversifiées: systématique (le statut de la doctrine fichtéenne de l'image dans les différentes versions de la Doctrine de la Science), relevant de la philosophie populaire (le concept de « Bildung » dans les premiers écrits de Fichte et avant tout dans les textes de 1805-1806) et de l'histoire, politique, éthique et aussi (ce qui est particulièrement novateur) esthétique.
Programme:26 février 2009 :
10-11h : Alexander Schnell (Univ. Paris-Sorbonne) : « Die transzendentale Funktion der fichteschen Bildlehre »
11h-12h: Jean-Christophe Goddard (Univ. Toulouse le Mirail) : « L'image de la Doctrine de la Science »
**14h30-15h 30: Christoph Asmuth (TU Berlin) : « Die Bedeutung J. G. Fichtes für eine Theorie der Bildlichkeit »
15h30-16h30 : Laurent Guyot (Univ. Toulouse le Mirail) : « Le rôle de l'imagination productrice dans la genèse de la conscience de soi »
17h-18h : Alessandro Bertinetto (Univ. Murcia/Udine) : « Das Bild als Durcheinheit »
27 février 2009 :
9h-10h : Günter Zöller (LMU Munich) : « 'Allgemeine Bildung des Verstandes und des Willens aller'. Bildlosigkeit und Bildlichkeit in Fichtes politischer Philosophie der Geschichte »
10h-11h: Marco Ivaldo (Univ. Napoli) : « Einbildungskraft als Geist in der Philosophie und der Kunst »
**11h30-12h30 : Marco Bazzan (Univ. Padoue/Univ. Paris-Sorbonne) : « Le 'Gesicht' chez le Fichte tardif (dans la WL 1811 et la Bestimmung des Gelehrten 1811) »
14h30-15h30 : Max Marcuzzi (Univ. Aix-en-Provence) : « L'image morale »
15h30-17h : Helmut Girndt (Univ. Duisburg) : « Einbildungskraft als Grundlage romantischer Poesie bei Friedrich von Hardenberg (Novalis) »
28 février 2009 :
9h-10h : Jan Kunes (Univ. Prague) : « Hat Fichte in der Grundlage der gesamten Wissenschaftslehre seine Grundkonzeption geändert? Zur Grundlage der GWL und ihrer Umsetzung im §5 derselben in Auseinandersetzung mit einer heute verbreiteten Interpretation »
10h-11h: Jindrich Karasek (Univ. Prague) : Ich und Nicht-Ich. Zum Problem der Welt in Fichtes Wissenschaftslehre
11h30-12h30 : Martin Vrabec (Univ. Prague) : « Ist in der Grundlage der gesammten Wissenschaftslehre eine intellektuelle Anschauung zu suchen? »
Friday, January 16, 2009
脱力
この1月に一本、たまたまだが3月に三本(!)論文が出る。ベルクソン研究が2本、大学論が2本。
最後の一本が大学論で、その直しを終わりつつある今、なんとなく脱力感に襲われている。フランス語と日本語で書いた2本の大学論は前半と後半を成しており、自分なりに「フランス的大学の脱構築」について一つの画を描いてみた。自分なりに手は尽くしたつもりだが、レベルを上げるには、さらにさまざまなものを、それこそ山のように読み、さらに考え抜かねばならない。
フランスにおいてデリダの大学論が避けて通れない試金石だとすれば、日本ではそれは、たとえ異なるレベルの哲学的出来事ではあれ、蓮實重彦の一連の仕事かもしれない。もちろん彼の大学論としては『私が大学について知っている二、三の事柄』(東京大学出版会、2001年)が有名だが、それ以外にも、さまざまな本に散らばった形で収められている。
例えば、蓮實重彦の『「知」的放蕩論序説』というインタビュー集に「大学をめぐって」という2001年に行われた長いインタビューがある。最後のほうは腰砕けのインタビューだが、前半は様々な問題を提起していてなかなか興味深い。
《国民国家が高等教育について果たしてきた役割を、このグローバリゼーションなどと言われている時代に、何が担うことになるのかという問題です。日本では「市場原理」がこれにかわるなどと気の利いたつもりで発言する人がいますが、アメリカでも、またヨーロッパでもそんな馬鹿なことをいう人は一人もいない。[…]
日本の大学がみずから導入すべき「変化」は、歴史意識を踏まえたものでなければいけないと思っています。私は必ずしもアドルノの徒ではないし、むしろ彼には批判的ですらあるのですが、少なくとも彼がホルクハイマーと共に提起した後期資本主義社会における「啓蒙の自己崩壊」という概念くらいは踏まえておかないと、大学の大衆化といったところで、善意の連帯で事態が改善されるかのようなきわめて抽象的な議論に陥ってしまいます。ところが、文部科学省が口にする「大学改革」には、今がどういう時代なのかという歴史意識が完全に欠落している。だから、審議会などでも、現状に対する泣き言めいた悲憤慷慨と、「外国ではこうだ」といった類の歴史意識を欠いた抽象論ばかりが話題になるのです。
私が言う「第二世代の大学」[=19世紀に制度化された近代的な高等教育機関としての大学]を「第三世代の大学」[=21世紀の大学]に変化させようとするときに、何がいかなる理由で必要か、そうした前提がまったく議論されないのです。本来なら、国民国家に対するきわめて19世紀的な、福沢諭吉的ともいえる距離の取り方による国立、私立という大学の分け方が今後も維持されるべきかどうかという議論から始まらなければいけない。私は、この区別は、「第三世代」の大学ではほとんど意味を持たなくなると思います。しかしそういうと、「それはひとまず措いておいて、危機にある(と理由もなく判断される)国立大学をどうするか」という議論ばかりに話が集中してしまう。[…]
しかし、そんなものは、現在の大学が必要としている変化でもなんでもない。》(11‐12頁)
最後の一本が大学論で、その直しを終わりつつある今、なんとなく脱力感に襲われている。フランス語と日本語で書いた2本の大学論は前半と後半を成しており、自分なりに「フランス的大学の脱構築」について一つの画を描いてみた。自分なりに手は尽くしたつもりだが、レベルを上げるには、さらにさまざまなものを、それこそ山のように読み、さらに考え抜かねばならない。
フランスにおいてデリダの大学論が避けて通れない試金石だとすれば、日本ではそれは、たとえ異なるレベルの哲学的出来事ではあれ、蓮實重彦の一連の仕事かもしれない。もちろん彼の大学論としては『私が大学について知っている二、三の事柄』(東京大学出版会、2001年)が有名だが、それ以外にも、さまざまな本に散らばった形で収められている。
例えば、蓮實重彦の『「知」的放蕩論序説』というインタビュー集に「大学をめぐって」という2001年に行われた長いインタビューがある。最後のほうは腰砕けのインタビューだが、前半は様々な問題を提起していてなかなか興味深い。
《国民国家が高等教育について果たしてきた役割を、このグローバリゼーションなどと言われている時代に、何が担うことになるのかという問題です。日本では「市場原理」がこれにかわるなどと気の利いたつもりで発言する人がいますが、アメリカでも、またヨーロッパでもそんな馬鹿なことをいう人は一人もいない。[…]
日本の大学がみずから導入すべき「変化」は、歴史意識を踏まえたものでなければいけないと思っています。私は必ずしもアドルノの徒ではないし、むしろ彼には批判的ですらあるのですが、少なくとも彼がホルクハイマーと共に提起した後期資本主義社会における「啓蒙の自己崩壊」という概念くらいは踏まえておかないと、大学の大衆化といったところで、善意の連帯で事態が改善されるかのようなきわめて抽象的な議論に陥ってしまいます。ところが、文部科学省が口にする「大学改革」には、今がどういう時代なのかという歴史意識が完全に欠落している。だから、審議会などでも、現状に対する泣き言めいた悲憤慷慨と、「外国ではこうだ」といった類の歴史意識を欠いた抽象論ばかりが話題になるのです。
私が言う「第二世代の大学」[=19世紀に制度化された近代的な高等教育機関としての大学]を「第三世代の大学」[=21世紀の大学]に変化させようとするときに、何がいかなる理由で必要か、そうした前提がまったく議論されないのです。本来なら、国民国家に対するきわめて19世紀的な、福沢諭吉的ともいえる距離の取り方による国立、私立という大学の分け方が今後も維持されるべきかどうかという議論から始まらなければいけない。私は、この区別は、「第三世代」の大学ではほとんど意味を持たなくなると思います。しかしそういうと、「それはひとまず措いておいて、危機にある(と理由もなく判断される)国立大学をどうするか」という議論ばかりに話が集中してしまう。[…]
しかし、そんなものは、現在の大学が必要としている変化でもなんでもない。》(11‐12頁)
Thursday, January 15, 2009
決定力不足
昨年8月中旬、北京オリンピックの頃に書いたもの。正月以来いろいろ書いてるように見えるかもしれないけど、そんな暇はなかった。よく読んでもらえば分かるとおり、実はほとんど去年書いたものばかりですよ。
*
研究は芸術(創作)活動とスポーツを足して二で割ったもの。そう考えているので、オリンピックも純粋なスポーツ鑑賞とは別に、「研究にどう役立てるか」という観点から見ている部分がある。
フェンシングは完全にヨーロッパ的な競技であり、その競技としてのマイナーさで言えば、哲学研究と最も似ているかもしれない。
ただ、研究そのものは個人競技だとしても、研究を取り巻く諸々のイヴェントはやはり団体競技なので、その点、サッカーが参考になると思うことが多い。
例えば、ゴール前(ペナルティ・エリア内)の混乱でシュートを打てずにあたふたしている日本代表を見ていると、シンポジウムや研究会などでまともに質問できない若手という様子を思い浮かべてしまう。
シュートを打つ気もないのに、華麗なドリブルをしている連中は論外なので、ここでは語らない。
自分の質問の意図が通じる場合もあるし、通じない場合もある。自分が間違っている場合もあるし、相手が早とちりの場合もある。それはあまり気にしない方がいい。枠に行っている(質問の意図は自分には明快である)なら、それでいい。
プレッシャーもかかるので、どうしても言葉足らずになりがちである。倒されたふりをしてPKをもらおうとする(言葉を十分紡がず、相手の理解力にすがろうとする)。だが、大切なのは、自分が重要だと思った質問を中途半端に終わらせず、相手になるべく正確に理解してもらおうと最後まで意を尽くすことだ。プレッシャーに倒されず(フィジカルで負けることなく)、最短でフィニッシュまでもっていく(シュートを最後まで打ちきる)ということ。
「最短で」とは「打ち急げ」ということではない。必要な時間はかければよい。ただ、華麗なドリブルも時間をかけすぎると、相手にとられる可能性が高くなる。必要なタイミングで、必要な量だけ行なうこと。例えば、シンポジウムで、よく組み立てられた長い質問をするのは構わないし、それが求められている部分もあるが、小さなゼミで同じことをすると場違いな雰囲気を醸し出すことが多い。その意味や与える効果がまったく異なるので、注意が必要だ。
いずれにしても、質問や議論の場合が典型的だが、言葉はサッカーで言えばボールである。ボール・コントロールをうまくできない者にドリブルもシュートもない。
今回のオリンピック日本代表に対するコメントから幾つかFWに関するものを拾ってみた。
*
それにしてもあの決定的なの決めれないようでは、期待薄。 正直、ワールドカップの柳沢のシュートを思い出したよw どーやったらあそこから外せるんだってね。
今の代表FWは柳沢がいっぱいいるよな。
なんか中盤ダラダラしてて、攻めはせっかちなんだよね、見てて。
普段からすぐファール貰う事当てにするサッカーしてるから、その結果でしょう。
日本人はパス回しが大好きなんだ。シュート練習よりパスの練習のほうが多いんだ。
日本で点を取れるのはDFだけなのか?点を取るばかりがFWじゃない、とか語っている奴らが、今の日本サッカーをダメにしてる事に早く気づけよ。
基本的に全く日本のサッカーに成長がない!点をとらないと話にならない!誰でも良いのですがゴールしようという意識が少ないと思う。ペナルティエリア内でボール持ったらオドオドしてる・・・。PKもらおうとばかりで自分でゴールするんだ!という気持ちで立ち向かってもらいたいです。A代表でもそうですがとにかく自分がゴール決めるという強い気持ちをもってほしい・・・。勝負ごとなので負けたとしても勝つという姿勢だけはみせてほしい・・・。サッカーみてたらいつもこんな感じの試合が多いと思います。
確かにPKを取ってもらっても良い場面はあったけど、ビデオで見る限り倒れ方がちょっとオーバーアクションだった?そこで心証が悪かったのかね~?いずれにしても、ド・フリーであんなシュートを外し、さらに苦笑いしてるようじゃあ、それまでの代表チームだよね。甘過ぎる! EURO 08の戦いを見たあとでは、悲しくなるようなメンタリティー。
日本の場合はアウェーとかそんなのは関係なしに、ただ弱いだけ。勝ちたいならシュートは必ず枠内に飛ばせ!!!!!枠に飛ばないシュートを打っても勝てませんからね。 だいたい、シュートを打って終わった時に拍手するのも情けない。どこのトップ選手がそんなことする?枠外したら悔しがるし、文句言われるぞ!?
技術はあるって言われてるけど、ないよね?トラップできない、シュートは打てない、判断力もない、気迫もない。あるのはちょっとした分析力と、一人前の口のみ。
若い日本代表もサッカーは上手くなってないのにマスコミの受け応え、言い訳だけはずいぶん成長してる。
今の代表に闘争心がないとか言いますが、闘争心を失ってるのはおそらく日本人全体でしょう。彼らは、その象徴としての代表にすぎないと思われます。
*
研究は芸術(創作)活動とスポーツを足して二で割ったもの。そう考えているので、オリンピックも純粋なスポーツ鑑賞とは別に、「研究にどう役立てるか」という観点から見ている部分がある。
フェンシングは完全にヨーロッパ的な競技であり、その競技としてのマイナーさで言えば、哲学研究と最も似ているかもしれない。
ただ、研究そのものは個人競技だとしても、研究を取り巻く諸々のイヴェントはやはり団体競技なので、その点、サッカーが参考になると思うことが多い。
例えば、ゴール前(ペナルティ・エリア内)の混乱でシュートを打てずにあたふたしている日本代表を見ていると、シンポジウムや研究会などでまともに質問できない若手という様子を思い浮かべてしまう。
シュートを打つ気もないのに、華麗なドリブルをしている連中は論外なので、ここでは語らない。
自分の質問の意図が通じる場合もあるし、通じない場合もある。自分が間違っている場合もあるし、相手が早とちりの場合もある。それはあまり気にしない方がいい。枠に行っている(質問の意図は自分には明快である)なら、それでいい。
プレッシャーもかかるので、どうしても言葉足らずになりがちである。倒されたふりをしてPKをもらおうとする(言葉を十分紡がず、相手の理解力にすがろうとする)。だが、大切なのは、自分が重要だと思った質問を中途半端に終わらせず、相手になるべく正確に理解してもらおうと最後まで意を尽くすことだ。プレッシャーに倒されず(フィジカルで負けることなく)、最短でフィニッシュまでもっていく(シュートを最後まで打ちきる)ということ。
「最短で」とは「打ち急げ」ということではない。必要な時間はかければよい。ただ、華麗なドリブルも時間をかけすぎると、相手にとられる可能性が高くなる。必要なタイミングで、必要な量だけ行なうこと。例えば、シンポジウムで、よく組み立てられた長い質問をするのは構わないし、それが求められている部分もあるが、小さなゼミで同じことをすると場違いな雰囲気を醸し出すことが多い。その意味や与える効果がまったく異なるので、注意が必要だ。
いずれにしても、質問や議論の場合が典型的だが、言葉はサッカーで言えばボールである。ボール・コントロールをうまくできない者にドリブルもシュートもない。
今回のオリンピック日本代表に対するコメントから幾つかFWに関するものを拾ってみた。
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それにしてもあの決定的なの決めれないようでは、期待薄。 正直、ワールドカップの柳沢のシュートを思い出したよw どーやったらあそこから外せるんだってね。
今の代表FWは柳沢がいっぱいいるよな。
なんか中盤ダラダラしてて、攻めはせっかちなんだよね、見てて。
普段からすぐファール貰う事当てにするサッカーしてるから、その結果でしょう。
日本人はパス回しが大好きなんだ。シュート練習よりパスの練習のほうが多いんだ。
日本で点を取れるのはDFだけなのか?点を取るばかりがFWじゃない、とか語っている奴らが、今の日本サッカーをダメにしてる事に早く気づけよ。
基本的に全く日本のサッカーに成長がない!点をとらないと話にならない!誰でも良いのですがゴールしようという意識が少ないと思う。ペナルティエリア内でボール持ったらオドオドしてる・・・。PKもらおうとばかりで自分でゴールするんだ!という気持ちで立ち向かってもらいたいです。A代表でもそうですがとにかく自分がゴール決めるという強い気持ちをもってほしい・・・。勝負ごとなので負けたとしても勝つという姿勢だけはみせてほしい・・・。サッカーみてたらいつもこんな感じの試合が多いと思います。
確かにPKを取ってもらっても良い場面はあったけど、ビデオで見る限り倒れ方がちょっとオーバーアクションだった?そこで心証が悪かったのかね~?いずれにしても、ド・フリーであんなシュートを外し、さらに苦笑いしてるようじゃあ、それまでの代表チームだよね。甘過ぎる! EURO 08の戦いを見たあとでは、悲しくなるようなメンタリティー。
日本の場合はアウェーとかそんなのは関係なしに、ただ弱いだけ。勝ちたいならシュートは必ず枠内に飛ばせ!!!!!枠に飛ばないシュートを打っても勝てませんからね。 だいたい、シュートを打って終わった時に拍手するのも情けない。どこのトップ選手がそんなことする?枠外したら悔しがるし、文句言われるぞ!?
技術はあるって言われてるけど、ないよね?トラップできない、シュートは打てない、判断力もない、気迫もない。あるのはちょっとした分析力と、一人前の口のみ。
若い日本代表もサッカーは上手くなってないのにマスコミの受け応え、言い訳だけはずいぶん成長してる。
今の代表に闘争心がないとか言いますが、闘争心を失ってるのはおそらく日本人全体でしょう。彼らは、その象徴としての代表にすぎないと思われます。
Wednesday, January 14, 2009
地動説(成人式の後に)
UTCPで数日前に東アジアの若手哲学者の集いが行われたのだが、それに対する小林さんの感想より(本当は全文抜粋したいくらいだが)一部抜粋。まったくそのとおりである。
《学会は研究の共同体である。それが共同体になるためには、相互的な応答がなければならない。そのためには他人の発表を自分の問題として受けとめて「応答する」という責任が課せられる。そのことをどのくらい自分で果たしたのか、よく反省してみてほしい。自分が一方的に発表して、そこでもう「終わった」と思っている人は、実は、「共同体」には参加していないのだ。
自分が「共同体」をつくるのではなくて、「共同体」に「甘えて」、そこで自分の発表だけを許容してもらう、という、日本の(?)悪しき旧習からもう自由になってもいいのではないか(もっとも「ないものねだり」の、あるいは単なる主観的印象や連想ゲームの質問やコメントも困ったものだが)。》
さまざまなイヴェントは常々若手に対して開かれたものであってほしいと願い、また私にできうるかぎりでそのために尽力してもきたのだが、なんと若手のほうは案外、英語やフランス語で発表し議論する機会を与えられることを大してありがたいこととも思っておらず(別にありがたいと思ってもらわなくて結構だが、最低限その意義は理解してもらわなければ困る)、むしろ迷惑にすら感じており、こんなことであれば参加しないという意図を彼らの間で漏らしているのだという。彼らの「自然」で「正常」な発展(!?)から逸脱することは厳に慎みたいのだそうだ…上に引用したのと正確に同じ挙動を往々にして示す若手たちが、である。成人式の後に、言うべき言葉が見つからない。
このブログを読んでくれている私の友人たちには信じられないことであろうが、このような完全に閉じた世界観が未だに執拗に息づいているのである。
友よ、それでも地球は動いている…。あなたがたの力添えが必要なのです。
《学会は研究の共同体である。それが共同体になるためには、相互的な応答がなければならない。そのためには他人の発表を自分の問題として受けとめて「応答する」という責任が課せられる。そのことをどのくらい自分で果たしたのか、よく反省してみてほしい。自分が一方的に発表して、そこでもう「終わった」と思っている人は、実は、「共同体」には参加していないのだ。
自分が「共同体」をつくるのではなくて、「共同体」に「甘えて」、そこで自分の発表だけを許容してもらう、という、日本の(?)悪しき旧習からもう自由になってもいいのではないか(もっとも「ないものねだり」の、あるいは単なる主観的印象や連想ゲームの質問やコメントも困ったものだが)。》
さまざまなイヴェントは常々若手に対して開かれたものであってほしいと願い、また私にできうるかぎりでそのために尽力してもきたのだが、なんと若手のほうは案外、英語やフランス語で発表し議論する機会を与えられることを大してありがたいこととも思っておらず(別にありがたいと思ってもらわなくて結構だが、最低限その意義は理解してもらわなければ困る)、むしろ迷惑にすら感じており、こんなことであれば参加しないという意図を彼らの間で漏らしているのだという。彼らの「自然」で「正常」な発展(!?)から逸脱することは厳に慎みたいのだそうだ…上に引用したのと正確に同じ挙動を往々にして示す若手たちが、である。成人式の後に、言うべき言葉が見つからない。
このブログを読んでくれている私の友人たちには信じられないことであろうが、このような完全に閉じた世界観が未だに執拗に息づいているのである。
友よ、それでも地球は動いている…。あなたがたの力添えが必要なのです。
Tuesday, January 13, 2009
新刊情報(ジョン・マラーキー『現実の屈折。哲学と動くイメージ』)
日本語のものもいろいろあるんですけど、ちょっと急いでいるので(論文…)、とりあえず英仏二点。
まずは『ベルクソン年鑑』第4巻が出ました。
それから 2007年シンポの参加者で、英国の代表的なベルクソニアンの一人マ ラーキーが新刊を出しました。内容紹介・目次・レヴュー(先月『現代思想』ドゥルーズ特集に翻訳が出た デューリングも一言書いてますね)を以下に貼っておきます。55ポンド=7400円と安くはありませんが、英米的フランス現代思想の延長線上で展開されるイメージ論や映画の哲学に関心をもたれた方は、ぜひ図書館・公費での購入をご検討くださいませ。
Refractions of Reality: Philosophy and the Moving Image
Reviews:
'This book, in some sense, brings to an end a certain phase of film theorizing and instead looks toward something quite new: how theories have been written and how they may be written, how they fall into types, how these types are filling out not a logical grid but a grid of the anxieties we feel, and the defenses we erect toward the everyday. A wonderful, ground-breaking book.' - Edward Branigan (University of California, Santa Barbara), author of Projecting a Camera:
Language-Games in Film Theory and Narrative Comprehension and Film
'Highly original both in its concern for avoiding the illustrative approach generally favoured by philosophers, and in the speculative ambition that looms behind the critical edge of its readings of
contemporary film- philosophers. The very question "when does the film itself happen?" is a fundamental one, which is rarely addressed. Mullarkey is opening the door to a brand new type of philosophical engagement with films.' - Elie During (Université de Paris X-Nanterre),
author of Matrix: Machine philosophique
Description:
Why is film becoming increasingly important to philosophers? Is it because it can be a helpful tool in teaching philosophy, in illustrating it? Or is it because film can also think for itself, because it can create its own philosophy? In fact, a popular claim amongst film-philosophers is that film is no mere handmaiden to philosophy, that it does more than simply illustrate philosophical texts: rather, film itself can philosophise in direct audio-visual terms. Approaches that purport to grant to film the possibility of being more than illustrative can be found in the subtractive ontology of Alain Badiou, the Wittgensteinian analyses of Stanley Cavell, and the materialist semiotics of Gilles Deleuze. In each case there is a claim that film can think in its own way. Too often, however, when philosophers claim to find indigenous philosophical value in film, it is only on account of refracting it through their own thought: film philosophises because it accords with a favoured kind of extant philosophy.
Refractions of Reality: Philosophy and the Moving Image is the first book to examine all the central issues surrounding the vexed relationship between the film-image and philosophy. In it, John Mullarkey tackles the work of particular philosophers and theorists (Zizek, Deleuze, Cavell, Bordwell, Badiou, Branigan, Rancière, Frampton, and many others) as well as general philosophical positions (Analytical and Continental, Cognitivist and Culturalist, Psychoanalytic and Phenomenological). Moreover, he also offers an incisive analysis and explanation of several prominent forms of film theorising, providing a meta-logical account of their mutual advantages and deficiencies that will prove immensely useful to anyone interested in the details of
particular theories of film presently circulating, as well as correcting, revising, and re- visioning the field of film theory as a whole.
Throughout, Mullarkey asks whether the reduction of film to text is unavoidable. In particular: must philosophy (and theory) always transform film into pre-texts for illustration? What would it take to imagine how film might itself theorise without reducing it to standard forms of thought and philosophy? Finally, and fundamentally, must we change our definition of philosophy and even of thought itself in order to accommodate the specificities that come with the claim that film can produce philosophical theory? If a ‘non-philosophy’ like film can think philosophically, what does that imply for orthodox theory and philosophy?
Table of Contents
Preface: The Film-Envy of Philosophy
Who Wants to be a Philosopher Anyway?
Philosophical Cinema or Cinematic Philosophy?
Convergence on the Film Process: The Elan cinematique
Philosophy's Perpetual Identity Crisis
Introduction: Nobody Knows Anything!
Oh, They Both Make Such Good Arguments!
The Circular Logic of Paradigms and Examples
Between Theory and Post-Theory
Continental or Analytic? Once More Unto the Breach
Rapprochement or Impasse? Film as Relational Process
Towards a Non-Philosophical Cinema
Nobody Knows Everything: Knowing, Being, and Process
Chapter One: Illustrating Manuscripts
The Meta-en-scene
The Advent of High-Concept Cinema: Once Upon a Premise...
Extreme Pretexts
Philosophies Through Films
Gone to the Movies
Conclusion
Chapter Two: Bordwell and Other Cogitators
Introduction: Going Back to the Future
Classical and Arthouse: Hurray for Hollywood
Messages are for Western Union
Science, Empiricism, Culture
Closely Observed Frames
>From Reflection to Refraction
Play Time
Moving the Continuum
The Representationalist Axiom of Analytic Film-Philosophy
Chapter Three: Zizek and the Cinema of Perversion
Good Theorist, Bad Theorist: Bordwell Contra Zizek
Freudianism for Beginners
The Return of the Real
The Film Gaze
Representationalism Again: Zizek and the Pre-Cogs
Traversing The Fantasy or Transcending the Real?
The Return of the Real to Reality
Films, Time and Time Again
Conclusion
Chapter Four: Deleuze's Kinematic Philosophy
Deleuze's Ambivalence: Philosophia sive Cinema?
Cinema's Concepts
A Non-Reductive Materialism
>From Movement to Time: Images and Signs
Time Regained
Is Cinema Bergsonian?
Movement-Image and Time-Image: When is a Cut Irrational?
Films and their Makers: From the Automatic Art to the Autonomy of Art
Amongst the Deleuzians: A Thousand Tiny Examples
Conclusion
Chapter Five: Cavell, Badiou, and Other Ontologists
Cavell and the Ontology of Ordinary Film
The Philosophical Ordinary
Reflections on the Ontology of Film
Automatism of the Medium
Contra Deleuze?
Modernism
Reflexivity: Film's Other Minds
Other Cavellians
More Ontologies: Frampton's Affective Thinking
Badiouís Inessential Cinema
Chapter Six: Extended Cognitions and the Speeds of Cinema
Anderson's Elusive Reality
Branigan's Radial Camera
When is a Film? The Cinematic Event
Nothing Happening: Events in the Blink of An Eye
Bringing Us Up and Down to Speed
Chapter Seven: Fabulation, Process and Event
Jacques Ranciere's Film Fables
Thoughts Taken Out of Context
Making Movies and Art with Time
Fabulating the Film Event
Paradoxical Feelings: Moved by Movements
Chapter Eight: Refractions of Reality Or, What is Thinking Anyway?
Outline of an Outline
Affective Embodiment
New Mediations
Differential Spectatorship
Sound and False Fidelity
Acting Realism
Animal Cinema
A Non-Philosophy of Cinema
What is Thinking (Again)?
Conclusion: Code Unknown: A Bastard Theory for a Bastard Art
In Praise of Being Unphilosophical
Filmology: From Unknowing to Pluriknowing
Beyond Coprology
まずは『ベルクソン年鑑』第4巻が出ました。
それから 2007年シンポの参加者で、英国の代表的なベルクソニアンの一人マ ラーキーが新刊を出しました。内容紹介・目次・レヴュー(先月『現代思想』ドゥルーズ特集に翻訳が出た デューリングも一言書いてますね)を以下に貼っておきます。55ポンド=7400円と安くはありませんが、英米的フランス現代思想の延長線上で展開されるイメージ論や映画の哲学に関心をもたれた方は、ぜひ図書館・公費での購入をご検討くださいませ。
Refractions of Reality: Philosophy and the Moving Image
Reviews:
'This book, in some sense, brings to an end a certain phase of film theorizing and instead looks toward something quite new: how theories have been written and how they may be written, how they fall into types, how these types are filling out not a logical grid but a grid of the anxieties we feel, and the defenses we erect toward the everyday. A wonderful, ground-breaking book.' - Edward Branigan (University of California, Santa Barbara), author of Projecting a Camera:
Language-Games in Film Theory and Narrative Comprehension and Film
'Highly original both in its concern for avoiding the illustrative approach generally favoured by philosophers, and in the speculative ambition that looms behind the critical edge of its readings of
contemporary film- philosophers. The very question "when does the film itself happen?" is a fundamental one, which is rarely addressed. Mullarkey is opening the door to a brand new type of philosophical engagement with films.' - Elie During (Université de Paris X-Nanterre),
author of Matrix: Machine philosophique
Description:
Why is film becoming increasingly important to philosophers? Is it because it can be a helpful tool in teaching philosophy, in illustrating it? Or is it because film can also think for itself, because it can create its own philosophy? In fact, a popular claim amongst film-philosophers is that film is no mere handmaiden to philosophy, that it does more than simply illustrate philosophical texts: rather, film itself can philosophise in direct audio-visual terms. Approaches that purport to grant to film the possibility of being more than illustrative can be found in the subtractive ontology of Alain Badiou, the Wittgensteinian analyses of Stanley Cavell, and the materialist semiotics of Gilles Deleuze. In each case there is a claim that film can think in its own way. Too often, however, when philosophers claim to find indigenous philosophical value in film, it is only on account of refracting it through their own thought: film philosophises because it accords with a favoured kind of extant philosophy.
Refractions of Reality: Philosophy and the Moving Image is the first book to examine all the central issues surrounding the vexed relationship between the film-image and philosophy. In it, John Mullarkey tackles the work of particular philosophers and theorists (Zizek, Deleuze, Cavell, Bordwell, Badiou, Branigan, Rancière, Frampton, and many others) as well as general philosophical positions (Analytical and Continental, Cognitivist and Culturalist, Psychoanalytic and Phenomenological). Moreover, he also offers an incisive analysis and explanation of several prominent forms of film theorising, providing a meta-logical account of their mutual advantages and deficiencies that will prove immensely useful to anyone interested in the details of
particular theories of film presently circulating, as well as correcting, revising, and re- visioning the field of film theory as a whole.
Throughout, Mullarkey asks whether the reduction of film to text is unavoidable. In particular: must philosophy (and theory) always transform film into pre-texts for illustration? What would it take to imagine how film might itself theorise without reducing it to standard forms of thought and philosophy? Finally, and fundamentally, must we change our definition of philosophy and even of thought itself in order to accommodate the specificities that come with the claim that film can produce philosophical theory? If a ‘non-philosophy’ like film can think philosophically, what does that imply for orthodox theory and philosophy?
Table of Contents
Preface: The Film-Envy of Philosophy
Who Wants to be a Philosopher Anyway?
Philosophical Cinema or Cinematic Philosophy?
Convergence on the Film Process: The Elan cinematique
Philosophy's Perpetual Identity Crisis
Introduction: Nobody Knows Anything!
Oh, They Both Make Such Good Arguments!
The Circular Logic of Paradigms and Examples
Between Theory and Post-Theory
Continental or Analytic? Once More Unto the Breach
Rapprochement or Impasse? Film as Relational Process
Towards a Non-Philosophical Cinema
Nobody Knows Everything: Knowing, Being, and Process
Chapter One: Illustrating Manuscripts
The Meta-en-scene
The Advent of High-Concept Cinema: Once Upon a Premise...
Extreme Pretexts
Philosophies Through Films
Gone to the Movies
Conclusion
Chapter Two: Bordwell and Other Cogitators
Introduction: Going Back to the Future
Classical and Arthouse: Hurray for Hollywood
Messages are for Western Union
Science, Empiricism, Culture
Closely Observed Frames
>From Reflection to Refraction
Play Time
Moving the Continuum
The Representationalist Axiom of Analytic Film-Philosophy
Chapter Three: Zizek and the Cinema of Perversion
Good Theorist, Bad Theorist: Bordwell Contra Zizek
Freudianism for Beginners
The Return of the Real
The Film Gaze
Representationalism Again: Zizek and the Pre-Cogs
Traversing The Fantasy or Transcending the Real?
The Return of the Real to Reality
Films, Time and Time Again
Conclusion
Chapter Four: Deleuze's Kinematic Philosophy
Deleuze's Ambivalence: Philosophia sive Cinema?
Cinema's Concepts
A Non-Reductive Materialism
>From Movement to Time: Images and Signs
Time Regained
Is Cinema Bergsonian?
Movement-Image and Time-Image: When is a Cut Irrational?
Films and their Makers: From the Automatic Art to the Autonomy of Art
Amongst the Deleuzians: A Thousand Tiny Examples
Conclusion
Chapter Five: Cavell, Badiou, and Other Ontologists
Cavell and the Ontology of Ordinary Film
The Philosophical Ordinary
Reflections on the Ontology of Film
Automatism of the Medium
Contra Deleuze?
Modernism
Reflexivity: Film's Other Minds
Other Cavellians
More Ontologies: Frampton's Affective Thinking
Badiouís Inessential Cinema
Chapter Six: Extended Cognitions and the Speeds of Cinema
Anderson's Elusive Reality
Branigan's Radial Camera
When is a Film? The Cinematic Event
Nothing Happening: Events in the Blink of An Eye
Bringing Us Up and Down to Speed
Chapter Seven: Fabulation, Process and Event
Jacques Ranciere's Film Fables
Thoughts Taken Out of Context
Making Movies and Art with Time
Fabulating the Film Event
Paradoxical Feelings: Moved by Movements
Chapter Eight: Refractions of Reality Or, What is Thinking Anyway?
Outline of an Outline
Affective Embodiment
New Mediations
Differential Spectatorship
Sound and False Fidelity
Acting Realism
Animal Cinema
A Non-Philosophy of Cinema
What is Thinking (Again)?
Conclusion: Code Unknown: A Bastard Theory for a Bastard Art
In Praise of Being Unphilosophical
Filmology: From Unknowing to Pluriknowing
Beyond Coprology
Monday, January 12, 2009
ベテランの挫折
このあいだ、前に教えていた学生がある授業の後にふらりと会いに来てくれた。彼の論文や院試の話が主だったが、このブログにも話が及び、「先生、最近毎日書いてますね。溜まっているみたいですね」と言われた。
それじゃストレス発散みたいじゃないか。でも、そんなもんかも(笑)。言いたい放題やりたい放題の人間に見られがちですが、そうすると風当たりも強いし、嫌がらせやいじめもあるしね。
まあでも、やはりこのブログはストレス発散ではないので、言われるべくして言われていないことは言われねばならない、ということです。哲学と大学の問題は特にそう。
*
モンスターペアレントならずとも、家庭における子供の教育が崩壊している。この事実を認めずに、学校を云々するなどできることではない。このあいだパリに行ったとき、フランス語でも教師のストレスに関する本が刊行されていたのを見かけた。
<公立校教員>ベテランの挫折増加 孤立深める
12月25日22時37分配信 毎日新聞
心を病む先生が増え続けている。精神疾患で休職する教員数が過去最高となった文部科学省の調査結果(25日)。ベテランの先生でも手のかかる児童生徒に立ち往生し、多忙の中、孤立を深めている。
「最近多いのは、40代後半から50代のベテラン教員の挫折」と話すのは、北九州市教育委員会内の保健室で教員の相談にのる保健師だ。「立って騒ぐ子に注意しても、これまでの指導が通用しない。授業が成立せず、保護者のクレームが入り始めると対処が難しい。夜間の家庭訪問や保護者説明など時間外の仕事も続き、精神的な病に陥る例がある」
最長期限の3年休職して復職したものの、辞めていく教員もいる。休職期間が長いほど復帰は難しい。
学年主任として生徒間トラブルの処理に奔走した関西地方の50代の男性教員は、自律神経失調症と診断され今春から休職した。きっかけは肩の重い痛みと右腕のしびれ。脳血栓の前兆と思い受診したが異常はなかった。「授業後に口が乾き強い疲労に襲われるようになった。休む理由を探す自分にがくぜんとし、心療内科でストレスが原因とわかりました」
東京都教職員互助会の三楽病院で、年900件近くの相談に対応する臨床心理士の溝口るり子さんは「悩みがあっても同僚は忙しそうで相談できず、抱え込んでしまう教員も多い」と話す。
団塊世代の大量退職で、経験の浅い若手教員も増えている。教員の相談にのる東京メンタルヘルス・アカデミーの武藤清栄所長は「子ども同士のトラブルにどう介入していいかわからない教員が増えている。受験、受験で教員採用に至った人も多く経験不足。相談すれば楽になるのに、『余計なことを話せば自分が傷つく』と孤立しがち」と指摘する。
07年度に精神的な病で休職した教員は全教員の0.55%。だが武藤さんは、時々休んだり、抗うつ剤を服用して働く教員はその5倍程度に上ると推測、休職予備軍のすそ野は広いとみる。【山本紀子】
それじゃストレス発散みたいじゃないか。でも、そんなもんかも(笑)。言いたい放題やりたい放題の人間に見られがちですが、そうすると風当たりも強いし、嫌がらせやいじめもあるしね。
まあでも、やはりこのブログはストレス発散ではないので、言われるべくして言われていないことは言われねばならない、ということです。哲学と大学の問題は特にそう。
*
モンスターペアレントならずとも、家庭における子供の教育が崩壊している。この事実を認めずに、学校を云々するなどできることではない。このあいだパリに行ったとき、フランス語でも教師のストレスに関する本が刊行されていたのを見かけた。
<公立校教員>ベテランの挫折増加 孤立深める
12月25日22時37分配信 毎日新聞
心を病む先生が増え続けている。精神疾患で休職する教員数が過去最高となった文部科学省の調査結果(25日)。ベテランの先生でも手のかかる児童生徒に立ち往生し、多忙の中、孤立を深めている。
「最近多いのは、40代後半から50代のベテラン教員の挫折」と話すのは、北九州市教育委員会内の保健室で教員の相談にのる保健師だ。「立って騒ぐ子に注意しても、これまでの指導が通用しない。授業が成立せず、保護者のクレームが入り始めると対処が難しい。夜間の家庭訪問や保護者説明など時間外の仕事も続き、精神的な病に陥る例がある」
最長期限の3年休職して復職したものの、辞めていく教員もいる。休職期間が長いほど復帰は難しい。
学年主任として生徒間トラブルの処理に奔走した関西地方の50代の男性教員は、自律神経失調症と診断され今春から休職した。きっかけは肩の重い痛みと右腕のしびれ。脳血栓の前兆と思い受診したが異常はなかった。「授業後に口が乾き強い疲労に襲われるようになった。休む理由を探す自分にがくぜんとし、心療内科でストレスが原因とわかりました」
東京都教職員互助会の三楽病院で、年900件近くの相談に対応する臨床心理士の溝口るり子さんは「悩みがあっても同僚は忙しそうで相談できず、抱え込んでしまう教員も多い」と話す。
団塊世代の大量退職で、経験の浅い若手教員も増えている。教員の相談にのる東京メンタルヘルス・アカデミーの武藤清栄所長は「子ども同士のトラブルにどう介入していいかわからない教員が増えている。受験、受験で教員採用に至った人も多く経験不足。相談すれば楽になるのに、『余計なことを話せば自分が傷つく』と孤立しがち」と指摘する。
07年度に精神的な病で休職した教員は全教員の0.55%。だが武藤さんは、時々休んだり、抗うつ剤を服用して働く教員はその5倍程度に上ると推測、休職予備軍のすそ野は広いとみる。【山本紀子】
Wednesday, January 07, 2009
大学の脱構築
昨年10月末に書いたメモ。
*
大学という制度の脱構築は様々な形でなされうるはずだが、私の考えでは、次のようなことがまず何よりも先に行われるべきである。
1・そもそもの「大学」概念の脱構築
特に、中世における「大学」の生成過程について私たちはもっと詳しく知る必要がある。例えば、大学の起源はassociationであった、universitasは単にcorporationという意味であった、という事実を振りかざして、大学の起源における独立性・自律性・連帯性を強調するのはいいが、1)ボローニャをはじめとする南欧の医学系・法学系が強い大学が学生主導の団体であったのに対し、パリなどの教養系が強い大学が教師主導の団体であった、つまり「団体」そのものが画一的ではなかったこと、2)その団体が形成されるにあたって、宗教的・政治的権威との折衝が最初から重要な役割を果たしていたこと(licentia docendiの導入、修道会士たちの参入、都市や国家の介入)などが見過ごされては困る。起源にユートピア的な団体の純粋な独立や自律があったわけではないのである。
2・近代大学の「起源」としての「フンボルト理念」の脱構築
これは、フンボルトのテクスト(いわゆる構造論文)の脱構築的読解という形もありうるし、フンボルト理念の形成史の脱構築という形もありうるだろう。いずれにしても、最低限《フンボルト理念は遡及的に捏造された「起源」である》という程度のことは踏まえる必要がある。この点で、今年刊行された潮木守一氏の『フンボルト理念の終焉?――現代大学の新次元』(東信堂、2008年3月)は、それだけで十分ということはないにしても、ぜひ参照される必要がある。
3・現代大学をとりまく諸概念・諸価値の脱構築
「卓越性」「評価」「能率性」「引用数」といった諸概念・諸価値自体を批判的に再検討することは可能ではないか。「卓越性excellence」とは一体何なのか。「卓越性」を強要する人々の書いたテクストを読み解くことで、あるいは過去の思想家(必ずしも経済学者でなくともよい)や哲学者たちの諸概念を借用することで、脱構築を試みる、ということである。最後のこの点は、「哲学科」の哲学者こそが彼らの優れた能力を駆使して試みるべき類のものである。無関心であるのは論外であるとしても、絶望して見せたりシニシズムやニヒリズムを気取るのもあまりに安易ではないか。
*
大学という制度の脱構築は様々な形でなされうるはずだが、私の考えでは、次のようなことがまず何よりも先に行われるべきである。
1・そもそもの「大学」概念の脱構築
特に、中世における「大学」の生成過程について私たちはもっと詳しく知る必要がある。例えば、大学の起源はassociationであった、universitasは単にcorporationという意味であった、という事実を振りかざして、大学の起源における独立性・自律性・連帯性を強調するのはいいが、1)ボローニャをはじめとする南欧の医学系・法学系が強い大学が学生主導の団体であったのに対し、パリなどの教養系が強い大学が教師主導の団体であった、つまり「団体」そのものが画一的ではなかったこと、2)その団体が形成されるにあたって、宗教的・政治的権威との折衝が最初から重要な役割を果たしていたこと(licentia docendiの導入、修道会士たちの参入、都市や国家の介入)などが見過ごされては困る。起源にユートピア的な団体の純粋な独立や自律があったわけではないのである。
2・近代大学の「起源」としての「フンボルト理念」の脱構築
これは、フンボルトのテクスト(いわゆる構造論文)の脱構築的読解という形もありうるし、フンボルト理念の形成史の脱構築という形もありうるだろう。いずれにしても、最低限《フンボルト理念は遡及的に捏造された「起源」である》という程度のことは踏まえる必要がある。この点で、今年刊行された潮木守一氏の『フンボルト理念の終焉?――現代大学の新次元』(東信堂、2008年3月)は、それだけで十分ということはないにしても、ぜひ参照される必要がある。
3・現代大学をとりまく諸概念・諸価値の脱構築
「卓越性」「評価」「能率性」「引用数」といった諸概念・諸価値自体を批判的に再検討することは可能ではないか。「卓越性excellence」とは一体何なのか。「卓越性」を強要する人々の書いたテクストを読み解くことで、あるいは過去の思想家(必ずしも経済学者でなくともよい)や哲学者たちの諸概念を借用することで、脱構築を試みる、ということである。最後のこの点は、「哲学科」の哲学者こそが彼らの優れた能力を駆使して試みるべき類のものである。無関心であるのは論外であるとしても、絶望して見せたりシニシズムやニヒリズムを気取るのもあまりに安易ではないか。
Tuesday, January 06, 2009
先立つもの
パソコンが壊れてしまった…。あと2本論文の締め切りが迫っているのにどうしよう。
最近のニュースより。
***(急いでいたので、どこからとったか忘れてしまった…)
大学4年間でかかる教育費が、子供1人当たり平均約700万円にのぼることが5日、教育ローン利用者を対象にした日本政策金融公庫の調査で分かった。高校からの出費を加えると、私立大学生では総額1000万円を超えており、教育費が家計を圧迫している実態が浮かんだ。
調査は、公庫の教育ローンを利用した約2800人から回答を得た。 大学の入学時にかかる費用は平均約95万円。また、授業料や通学費、教科書代などの教育費は、年間で平均約154万円かかっている。国公私立別では、私立大学が約159万円で、国公立大学の約104万円と50万円以上の差があった。
大学4年間の教育費の総額は平均約697万円。高校からの教育費を加えると、国公立大生は834万円にとどまったが、私立大生では、文系学部で1003万円、理系学部で1140万円と、ともに1000万円を超えた。
子供が下宿している場合、さらに仕送りが家計にのしかかる。年間の仕送り額は平均96万円で、1月当たりは8万円。年間100万円以上を仕送りしている世帯は45・5%を占めた。
教育費の捻(ねん)出(しゆつ)方法は、「教育費以外の支出を削る」が61%でトップで、「奨学金」が49%、「本人のアルバイト」が42%。節約している支出は「旅行・レジャー費」が62%で最も多かった。
公庫では「多少苦しくても、子供のために教育費を捻出する世帯が多く、低所得層ほど家計を圧迫する傾向が強い」と話している。
最近のニュースより。
***(急いでいたので、どこからとったか忘れてしまった…)
大学4年間でかかる教育費が、子供1人当たり平均約700万円にのぼることが5日、教育ローン利用者を対象にした日本政策金融公庫の調査で分かった。高校からの出費を加えると、私立大学生では総額1000万円を超えており、教育費が家計を圧迫している実態が浮かんだ。
調査は、公庫の教育ローンを利用した約2800人から回答を得た。 大学の入学時にかかる費用は平均約95万円。また、授業料や通学費、教科書代などの教育費は、年間で平均約154万円かかっている。国公私立別では、私立大学が約159万円で、国公立大学の約104万円と50万円以上の差があった。
大学4年間の教育費の総額は平均約697万円。高校からの教育費を加えると、国公立大生は834万円にとどまったが、私立大生では、文系学部で1003万円、理系学部で1140万円と、ともに1000万円を超えた。
子供が下宿している場合、さらに仕送りが家計にのしかかる。年間の仕送り額は平均96万円で、1月当たりは8万円。年間100万円以上を仕送りしている世帯は45・5%を占めた。
教育費の捻(ねん)出(しゆつ)方法は、「教育費以外の支出を削る」が61%でトップで、「奨学金」が49%、「本人のアルバイト」が42%。節約している支出は「旅行・レジャー費」が62%で最も多かった。
公庫では「多少苦しくても、子供のために教育費を捻出する世帯が多く、低所得層ほど家計を圧迫する傾向が強い」と話している。
Monday, January 05, 2009
サイレント・マジョリティ―日本的な、あまりに日本的な
第3回現象学会についての村田純一さんの報告より。まったくそのとおりである。
《もちろん現象学研究者の数や、現象学会の規模などを考えれば、香港と日本とでは桁数が違うことには変わりはない。また、国際的な視野からすると、確かに日本の西欧哲学導入の長い歴史は尊重されており、さらに現在では、国際的に活躍する研究者が増えてきてはいることも間違いはない。しかしそれでも、香港(中文大学)のスピードとエネルギーと比較すると、日本の現在は「沈黙」の多数派といった印象を持たれても仕方がないように思われた(8月のソウルで開かれた世界哲学会議では、日本の研究者から、日本で同規模の会議を開催することのむずかしさを語る声を多く聞いたが、今回の国際現象学会でも、同じように、現在の日本で今回のような規模の会議を開くことは困難だという声を多数聞くことになった)。このような点から、あらためて日本の哲学の行方とアジアの哲学の行方について考えさせられる機会となった。
なお一つ付け加えておくなら、この会議の直前に、香港で、香港中文大学と教育学院に所属する二人の若い哲学研究者の努力によって、日本哲学を中心軸とする国際会議が開かれた。この会議に関してはすでに参加された中島隆博氏が報告を書かれている。中島氏は、そこで、「ボールはわたしたちに投げられているのだ」と書かれているが、たしかにUTCPのような組織の責任はますます重くなるように思われる。》
新しい一歩を踏み出さないための言い訳はもういい。やるか、やらないか、それだけだ。
《もちろん現象学研究者の数や、現象学会の規模などを考えれば、香港と日本とでは桁数が違うことには変わりはない。また、国際的な視野からすると、確かに日本の西欧哲学導入の長い歴史は尊重されており、さらに現在では、国際的に活躍する研究者が増えてきてはいることも間違いはない。しかしそれでも、香港(中文大学)のスピードとエネルギーと比較すると、日本の現在は「沈黙」の多数派といった印象を持たれても仕方がないように思われた(8月のソウルで開かれた世界哲学会議では、日本の研究者から、日本で同規模の会議を開催することのむずかしさを語る声を多く聞いたが、今回の国際現象学会でも、同じように、現在の日本で今回のような規模の会議を開くことは困難だという声を多数聞くことになった)。このような点から、あらためて日本の哲学の行方とアジアの哲学の行方について考えさせられる機会となった。
なお一つ付け加えておくなら、この会議の直前に、香港で、香港中文大学と教育学院に所属する二人の若い哲学研究者の努力によって、日本哲学を中心軸とする国際会議が開かれた。この会議に関してはすでに参加された中島隆博氏が報告を書かれている。中島氏は、そこで、「ボールはわたしたちに投げられているのだ」と書かれているが、たしかにUTCPのような組織の責任はますます重くなるように思われる。》
新しい一歩を踏み出さないための言い訳はもういい。やるか、やらないか、それだけだ。
Sunday, January 04, 2009
廃墟の後に(3)
大学とは制度であり、条件であり、交渉であり、介入である。条件のない大学などないし、それを要求するという身振りが批判的な射程を備えているとも思わない。なされるべきは具体的なプロジェクトの提示であり、その実行である(デリダがDu droit à la philosophieでやっていたのがまさにそれだと私は考える)。私が上で言ったことで言えば、学振の研究員に教育の機会を義務として与える必要性や、アグレガシオンやh大の試験に相当するような試験制度の必要性を説くことである。
有力大学群が行なっている「自衛策」ないし「護衛船団」的な非常勤の自校生への割り当ては、現実的な救済措置としては十分理解できるものではあっても、理念的にはやはり問題を抱えている。そのためには最有力大学群の圧倒的な《植民地主義》が崩されねばならないのはもちろんのことであり、現に急速にそうなりつつある。問題はそのliquidationの後、廃墟の後に、いかなる未来図を描くのか、である。単なる弱肉強食の自由競争社会ではなく、よりよい教員、よりよい教育、よりよい大学を作るための制度及び試験が必要である。今の日本にはそのどちらもが欠けている。
ここに《大学という制度の脱構築》の必要性が生じる。
有力大学群が行なっている「自衛策」ないし「護衛船団」的な非常勤の自校生への割り当ては、現実的な救済措置としては十分理解できるものではあっても、理念的にはやはり問題を抱えている。そのためには最有力大学群の圧倒的な《植民地主義》が崩されねばならないのはもちろんのことであり、現に急速にそうなりつつある。問題はそのliquidationの後、廃墟の後に、いかなる未来図を描くのか、である。単なる弱肉強食の自由競争社会ではなく、よりよい教員、よりよい教育、よりよい大学を作るための制度及び試験が必要である。今の日本にはそのどちらもが欠けている。
ここに《大学という制度の脱構築》の必要性が生じる。
Saturday, January 03, 2009
廃墟の後に(2)
「大人の世界がいずれ分かってくるよ」と言われ続けてきた。思うに、「大人の世界」とは、「俺はあいつがキライだ」という理由で陰に陽に拗ねてみせたりゴネてみせたり、お友達ごっこと戦争ごっこをしてみたりという、実に子供じみた世界である。なんというか、器の小ささ、卑小な自我の肥大ばかりを感じる。
何と思われようと、低いレベルではあれ、私はここで理念と概念の話しかしていないつもりである。
昨日の続き。11月下旬に書いたもの。
*
少なからぬ若手研究者は、塾の講師や予備校講師としてアルバイトをしている。自分の研究とまったく無関係なことを教えて生活費を稼いでいる場合がほとんどである。これで、「自分の研究にプライドを持て。全身全霊をかけて打ち込め。それでいい研究をしたら学振の特別研究員として、非常勤として拾ってやる」などとは笑わせる。
また、「私の若い頃もそうだったよ。いつの時代もそうなんだ」といった言葉も先生方からよく聞かされたが、1)高学歴ワーキングプアの問題は昔とは数が桁違いである、2)昔そうだったから今も何もしないというのか。今教授職にある者が改革しないで誰が改革を行なえるというのか。
誰も最初から一流の教師なのではない。ひとは教師になるのである。アメリカの名門h大学では、難関の院試および二年目の終りに課される試験をくぐりぬけることで、フランスではアグレガシオンをとることで、優秀な学生たちは若いうちから教育経験を積むことを許され、義務として課される。
年齢と能力はさして関係ないという自明の事実はひとまず措いておけば、なるほど、「若い先生の授業を受けさせられるほうはたまったものではない」という反論はいつでも可能である(医者然り、弁護士然り)。しかし、いずれにしても、若い研究者を信頼し、チャンスを与えない国に独自の文化をつくりあげていく可能性もなければ、子供たちの未来を語る権利などあるはずもないことだけはたしかである。
また、なるほど、アグレガシオンは人を型にはめる。h大の院試はオリジナリティを殺すものだ、という反論は可能である。しかし、そういったものを課さずに「自由に」形成された日本の哲学者は、よりオリジナリティに溢れているだろうか?フランスやアメリカの優秀な若手研究者が当然持っている平均的な学識をもっているだろうか?
制度があることが必然なら、よい制度をつくらねばならない。制度が必要悪なら、最善の悪を行使しなければならない。そこで絵空事の無制約なアナーキーを唱える活動家的大学人ほど無責任かつ無力なものはないし、ノンポリと称して結局のところ体制=大勢(サイレント・マジョリティ)に盲目的に加担する大学人ほど偽善的かつ欺瞞的なものはない。
何と思われようと、低いレベルではあれ、私はここで理念と概念の話しかしていないつもりである。
昨日の続き。11月下旬に書いたもの。
*
少なからぬ若手研究者は、塾の講師や予備校講師としてアルバイトをしている。自分の研究とまったく無関係なことを教えて生活費を稼いでいる場合がほとんどである。これで、「自分の研究にプライドを持て。全身全霊をかけて打ち込め。それでいい研究をしたら学振の特別研究員として、非常勤として拾ってやる」などとは笑わせる。
また、「私の若い頃もそうだったよ。いつの時代もそうなんだ」といった言葉も先生方からよく聞かされたが、1)高学歴ワーキングプアの問題は昔とは数が桁違いである、2)昔そうだったから今も何もしないというのか。今教授職にある者が改革しないで誰が改革を行なえるというのか。
誰も最初から一流の教師なのではない。ひとは教師になるのである。アメリカの名門h大学では、難関の院試および二年目の終りに課される試験をくぐりぬけることで、フランスではアグレガシオンをとることで、優秀な学生たちは若いうちから教育経験を積むことを許され、義務として課される。
年齢と能力はさして関係ないという自明の事実はひとまず措いておけば、なるほど、「若い先生の授業を受けさせられるほうはたまったものではない」という反論はいつでも可能である(医者然り、弁護士然り)。しかし、いずれにしても、若い研究者を信頼し、チャンスを与えない国に独自の文化をつくりあげていく可能性もなければ、子供たちの未来を語る権利などあるはずもないことだけはたしかである。
また、なるほど、アグレガシオンは人を型にはめる。h大の院試はオリジナリティを殺すものだ、という反論は可能である。しかし、そういったものを課さずに「自由に」形成された日本の哲学者は、よりオリジナリティに溢れているだろうか?フランスやアメリカの優秀な若手研究者が当然持っている平均的な学識をもっているだろうか?
制度があることが必然なら、よい制度をつくらねばならない。制度が必要悪なら、最善の悪を行使しなければならない。そこで絵空事の無制約なアナーキーを唱える活動家的大学人ほど無責任かつ無力なものはないし、ノンポリと称して結局のところ体制=大勢(サイレント・マジョリティ)に盲目的に加担する大学人ほど偽善的かつ欺瞞的なものはない。
Friday, January 02, 2009
廃墟の後に(新年に思う)
新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。しばらく前に書いたもの。
*
ここ数カ月なんだかんだと忙しく、体調も思わしくなかったので、パリ行きの前に一度行っておこうと、今日は病院に行って、注射とレーザー治療をしてもらってきた。
病院近くに住んでいるgkさんと昼食をともにする。アメリカのh大に在籍していらっしゃる氏の話は、大学という制度を考える上でとても興味深かった(以下の話はあくまでも一個人の経験談と、それに触発された友人=私の私的な感想です、念のため)。
h大では、数年前まで博論のdefenseがなかった(!)。むろん提出前にかなりチェックされ、審査員たちからコメントは貰えるし、ダメな個所は直されたうえで提出されるらしいのだが、それにしても驚きである。数年前に非公開のdefenseが課されるようになったらしい(アメリカの大学は一般的に非公開とのこと)。
*
h大の年間予算はフランス一国家の教育予算を上回っている。その豊富な資金をバックに、大学院生の学費はすべて無料。生活費は最初の二年は奨学金でまかなわれ、その後はほぼ自動的に全員に割り当てられる授業を担当することでペイされるのだという。
また、これも重要な点なのだが、h大では語学を教えるのは若手の仕事で、大学院生が教えるのだという。語学は若い感覚(学生と近い感覚)をもったものが教えた方がいい、というgkさん夫妻の考えには考えさせられるものが多い(日本には年をとった非常勤の先生方も数多くいるので、なかなか難しい問題なのだが。常勤の先生には非常勤のコマ数制限をするなどの措置が必要かもしれない)。
ともあれ、何度も言うが、「自分の研究対象を教えることで生活費を稼ぐ」ということの意味はほとんど決定的と言ってもいい影響を若手研究者の精神形成に及ぼす。
ある先生に「学振の特別研究員が財政的に保障されているのはたしかに素晴らしいが、教育機会を義務として与えてない点がきわめて遺憾です」と申し上げたところ、彼は笑ってこう言った。「そこまで特別研究員を信頼してないよ」。ここに、日本の高等教育の縮図を見るのは行き過ぎだろうか。
貸与に際して若手研究者の親を「保証人」にとる育英会然り、教育機会を与えることを「受け入れ大学」の義務としない日本学術振興会然り、日本の高等教育行政は、若手研究者を一人前の社会人と見なそうとせず、またそのように育て上げようともしていない。その代償はとてつもなく高い。
*
ここ数カ月なんだかんだと忙しく、体調も思わしくなかったので、パリ行きの前に一度行っておこうと、今日は病院に行って、注射とレーザー治療をしてもらってきた。
病院近くに住んでいるgkさんと昼食をともにする。アメリカのh大に在籍していらっしゃる氏の話は、大学という制度を考える上でとても興味深かった(以下の話はあくまでも一個人の経験談と、それに触発された友人=私の私的な感想です、念のため)。
h大では、数年前まで博論のdefenseがなかった(!)。むろん提出前にかなりチェックされ、審査員たちからコメントは貰えるし、ダメな個所は直されたうえで提出されるらしいのだが、それにしても驚きである。数年前に非公開のdefenseが課されるようになったらしい(アメリカの大学は一般的に非公開とのこと)。
*
h大の年間予算はフランス一国家の教育予算を上回っている。その豊富な資金をバックに、大学院生の学費はすべて無料。生活費は最初の二年は奨学金でまかなわれ、その後はほぼ自動的に全員に割り当てられる授業を担当することでペイされるのだという。
また、これも重要な点なのだが、h大では語学を教えるのは若手の仕事で、大学院生が教えるのだという。語学は若い感覚(学生と近い感覚)をもったものが教えた方がいい、というgkさん夫妻の考えには考えさせられるものが多い(日本には年をとった非常勤の先生方も数多くいるので、なかなか難しい問題なのだが。常勤の先生には非常勤のコマ数制限をするなどの措置が必要かもしれない)。
ともあれ、何度も言うが、「自分の研究対象を教えることで生活費を稼ぐ」ということの意味はほとんど決定的と言ってもいい影響を若手研究者の精神形成に及ぼす。
ある先生に「学振の特別研究員が財政的に保障されているのはたしかに素晴らしいが、教育機会を義務として与えてない点がきわめて遺憾です」と申し上げたところ、彼は笑ってこう言った。「そこまで特別研究員を信頼してないよ」。ここに、日本の高等教育の縮図を見るのは行き過ぎだろうか。
貸与に際して若手研究者の親を「保証人」にとる育英会然り、教育機会を与えることを「受け入れ大学」の義務としない日本学術振興会然り、日本の高等教育行政は、若手研究者を一人前の社会人と見なそうとせず、またそのように育て上げようともしていない。その代償はとてつもなく高い。
Thursday, December 25, 2008
クリスマスに思う
タカシロツヨシさん(日本の芸能界的には話題の人ですなあ)のブログより。いいですね、無理な背伸びではなく、素直な背伸びの感じがします。ボキャブラリーが私のとまったく違うんで正確に理解できてるかどうか分かりませんけど。
《オーストラリア産の和牛!?ってのに、やられて第三位。なんでも、美味しい牛肉を日本は輸出禁止しているらしく(知りませんでした)、同じ品種で同じ育て方の牛を、広大なオーストラリアの牧場で伸び伸び育てているから、本家日本の和牛より美味しい、とのことだったので行ってみたら、本当に美味しかった。熟成日数の違いを選んで、色々食べられるのも楽しい。いま語るべきは、肉の部位ではなく、熟成期間と熟成手法ですね。[…]
東京はレガシーな食べ物は本当に美味しいが、あとは、画期的な新しい店の登場が待たれる。まだ、コンピュータが来てない国のようである。[…]いまや食の数式的アプローチや、食材のグローバリゼーションは、本当に興味深い。なぜ、スペインやイギリスの田舎で、日本の「梅こんぶ」の話になるのか不思議。なんで、そんなの知ってるの?逆説的だが、東京のレストランでも「コッツウォルズ地方のホメオパシー療法で育てられた牛」を出す店があったら、東京フードシーンも新しい時代を迎えられるだろう。次は手法や産地だけでなく、食材の育て方や教育、哲学までもが語られるようになると思う。東京のギットリとした二十世紀的焼肉カルチャーからの脱却が待たれる。》
フランス哲学研究でも同じで、日本では往々にして本格派のつもりが実は単なる引きこもりの閉じこもりだったりする。本格派をうまく(遮二無二ではなく)野に解き放て。「肉の部位」に関する旧態依然のつまらない訓詁学と、「熟成期間と熟成手法」を熟考する厳密な研究鍛錬の決定的差異。後者は「料理法」や「産地」だけでなく、「食材の育て方」や「教育哲学」にまで深く思い及んでいるのでなければならない。哲学・教育・政治の三位一体が重要だという相も変らぬ話である。
《オーストラリア産の和牛!?ってのに、やられて第三位。なんでも、美味しい牛肉を日本は輸出禁止しているらしく(知りませんでした)、同じ品種で同じ育て方の牛を、広大なオーストラリアの牧場で伸び伸び育てているから、本家日本の和牛より美味しい、とのことだったので行ってみたら、本当に美味しかった。熟成日数の違いを選んで、色々食べられるのも楽しい。いま語るべきは、肉の部位ではなく、熟成期間と熟成手法ですね。[…]
東京はレガシーな食べ物は本当に美味しいが、あとは、画期的な新しい店の登場が待たれる。まだ、コンピュータが来てない国のようである。[…]いまや食の数式的アプローチや、食材のグローバリゼーションは、本当に興味深い。なぜ、スペインやイギリスの田舎で、日本の「梅こんぶ」の話になるのか不思議。なんで、そんなの知ってるの?逆説的だが、東京のレストランでも「コッツウォルズ地方のホメオパシー療法で育てられた牛」を出す店があったら、東京フードシーンも新しい時代を迎えられるだろう。次は手法や産地だけでなく、食材の育て方や教育、哲学までもが語られるようになると思う。東京のギットリとした二十世紀的焼肉カルチャーからの脱却が待たれる。》
フランス哲学研究でも同じで、日本では往々にして本格派のつもりが実は単なる引きこもりの閉じこもりだったりする。本格派をうまく(遮二無二ではなく)野に解き放て。「肉の部位」に関する旧態依然のつまらない訓詁学と、「熟成期間と熟成手法」を熟考する厳密な研究鍛錬の決定的差異。後者は「料理法」や「産地」だけでなく、「食材の育て方」や「教育哲学」にまで深く思い及んでいるのでなければならない。哲学・教育・政治の三位一体が重要だという相も変らぬ話である。
Wednesday, December 24, 2008
違和感
今起こりつつあることはすべて過去の遺産であり、負債である。
大学教員を採用する際に「博士号取得」を前提し、「模擬授業」を課す。それは原則的によいことだと思う。ただ、それらの義務を課されなかった者が、自らの世代に落とし前をつけることなしに、それらの義務を若い世代に押しつけることに違和感がある。現在の教員にも遡って「博士号取得」「模擬授業」を継続採用の義務として課すべきではないか。
育英会にきちんと返済するよう促すシステムを作る。やり方についてはともかく、それは原則的に当たり前のことだと思う。ただ、きちんと返済しなかった人々を大量に含む世代が自分の世代の「負債」に対する反省なしに厳罰化を若い世代に押しつけることに違和感がある。たとえ現在滞納者数が増えているとしても、である。滞納者の金融機関への通報というなら、最も古い滞納者から始めるべきであろう。
大学できちんとした学力を養うことが求められるシステムを作る。それは原則的に良いことだ。ただ、大学を勉強する場と捉えず、「四年間の休暇」「就職のためのパスポート」と捉えてきたすべての人々の蓄積が今、大学をこのような場たらしめたのだという自覚と反省なしの厳格化には違和感がある。たとえ現在加速度的に「学力低下」「学級崩壊」が進んでいるとしても、である。かつて「レジャーランド大学」で遊んで卒業した者たちはどうするのか。
今日本の社会を中核的に担う50代、40代の世代がきちんと自らの世代の負債と向き合ったのか、疑問がある。
大学の学部(学士課程)の教育水準の向上を検討していた中央教育審議会(中教審)は24日の総会で、成績評価や卒業認定について厳格に判断することなどを求めた報告をまとめ、塩谷立文部科学相に答申した。具体的には、学内で統一した評価基準をつくり、学力を的確に把握するよう促している。
「大学全入時代」を迎えた一方、約半数の私大が定員割れし、地方の小規模大学を中心に経営難が深刻化するなど、大学の抱える課題は多い。学生の学力低下も指摘されており、中教審では平成19年3月から議論を進めていた。
答申は、大学を取り巻く環境が急激に変化していることを踏まえ、「質の維持、向上の努力を怠るなら、淘汰(とうた)は避けられない」と厳しく指摘。「入りにくく、出やすい」とされる日本の大学に対し、卒業評価の厳格化を求めた。
その上で、具体策として大学内で学力測定の統一した評価基準を策定、公表することや、客観性のある試験の実施などを挙げている。さらに、学力評価が甘いとされる推薦入試やAO(アドミッション・オフィス)入試にも厳格な学力把握の措置を求めた。
さらに、学生の職業観や勤労観をはぐくむキャリア教育についても、教育課程の中に位置づけることを盛り込んでいる。
これとは別に、大学教育をめぐっては、鈴木恒夫前文科相が9月、教育制度の再構築や質保証の対策など中長期的な大学のあり方について、中教審に諮問している。
奨学金滞納者を通報へ 日本学生支援機構、金融機関に
大学生らに奨学金を貸与している日本学生支援機構は、増加する滞納に歯止めをかけるため、金融機関でつくる個人信用情報機関に年内に加盟し、滞納者情報を通報する制度を導入する方針を固めた。通報された対象者は銀行ローンやクレジットカードの利用が難しくなる可能性がある。
支援機構が加盟を予定している信用情報機関は銀行など約1400の金融機関が会員。平成22年度の新規貸与者から「長期滞納した場合は通報する」という条件で奨学金を貸与する。所在不明の滞納者情報の提供を受けることも検討している。
支援機構を所管する文部科学省などによると、奨学金は大学などを卒業後、一定期間内に返還しなければならないが、滞納は年々増加。19年度の要回収額は3175億円だったが回収率は8割を切り、660億円が未返済。貸し倒れの可能性がある3カ月以上の延滞債権額も2253億円に上っている。
奨学金「回収努力を」 財務省が日本学生支援機構に
財務省は24日、奨学金事業を行っている独立行政法人の日本学生支援機構(旧日本育英会)に、奨学金の回収努力が不十分だとして改善を求めたと財政制度等審議会に報告した。保証制度があるにもかかわらず、機構の督促が不十分であるなどの理由で要件を満たさず、代位弁済請求ができていない債権が今年2月現在で10億2100万円あることが確認された。
保証制度は財団法人の日本国際教育支援協会が行っており、保証人を立てられない学生は、毎月数千円の保証料を支払うことで制度を利用できる。返済期限から1年たてば、機構は協会に対して弁済を求めることができるが、18年度の請求は11件700万円にとどまっている。
代位弁済を請求するには、機構による債務者への督促が前提となる。だが、返済が遅れている債務者が引っ越してしまい、住所が判明しないために機構が督促できず、代位弁済請求の要件が整わないケースが多いという。
Tuesday, December 23, 2008
シンポを組織する―結合術と地政学
体調はすこぶる悪いが、来年のベルクソン・シンポに向けて第一段階の準備を始める。まずは海外からの招聘者との下交渉である。
どういう招聘をすべきか
これは私が若手だから可能なことかもしれないが、有名人というだけの招聘など絶対にしない。それが悪いとばかりは言わないし、健全な反応だとは思うけれど。お仲間招聘というのもしない。世界中に友人はたくさんいるが、いくら好人物であっても、研究者として面白くなければ呼ばない。私がこれまで招聘にかかわった人物はどれも面白い人物ばかりである。「でも小粒だったでしょ」という人は私のエッセイ「観客でも批評家でもなく」を読み直すべし。
戦略的な呼び方をしなければならない。これまでの招聘のほとんどは実に「長期的視点」「継続的観点」というものを欠いたものであったと言わざるを得ない。それは研究において実は対等な姿勢で向かい合えていなかったということを示しているのではないか。
科研では長期的・継続的なプロジェクトが可能だが、この点多く誤解されているのが、「自分たちにとってだけ」長期的・継続的であってもさしたる意味はない、ということである。呼ばれる相手(この場合は特に海外の研究者)にも継続性を感じさせ、自分たちがそのプロジェクトの一端を担っているのだという認識を共有させることが何にもまして重要である。そのためには英・仏・独語での成果の刊行がきわめて重要だ。
招聘とは何か――結合術と地政学
三年間のベルクソン・シンポで言えば、少なくともベルクソン研究で重要な人物、さらに『創造的進化』について面白いことを話せる人物というのがまず第一の選択基準である。なぜならそれが科研プロジェクトの題目だからだ。彼らを継続的に呼ぶ。そしてActesをフランス語で出す。
(こういったことはもちろん一人ではできない。私のような若手研究者の場合、業界の大先輩・先輩方のお力をお借りしてようやく何がしかの成果に辿りつけるといった次第であり、とりわけロジスティックに関して私は完全に無力である。しかし、このようなチャンスをただ待っているだけでは駄目で、自ら積極的にチャンスメークして行かなければ道は切り開けないということもまた事実である。それで時には誤解を受け、軋轢が生じるとしても…)
次に、国際的な広がりというものを考えなければいけない。哲学大国の人物ばかり呼ぶというのでは地政学的な視点に欠ける。哲学のマイナー国から呼ぶことによって未発掘の人物を掘り起こすという視点がなければならない。そのためには常にアンテナを研ぎ澄ましておかねばならない。この点、せっかく海外にいるのに鈍感な留学生が多すぎる。
第三に、年齢的な広がりも重要である。すでに名をなした大家ばかりでなく、気鋭の若手を積極的に登用する。留学生は、有名人の話を聞きに行くのもいいが、切磋琢磨しあえるような優秀な若手(外国人でも同国人でも)を見出し、その人によって自分が認められる(見出される)――もちろん知識のひけらかしoralではなく自分の仕事écritによって――ことがより重要だ。
最後に、日本のどこでシンポを行なうかということ。東京と京都ばかりでは地方のフランス哲学研究が一向に振興されない。たとえフランス語が分からない学生がほとんどでもいい、例えばたったひとり通りがかりの学生が興味を持ってくれさえすれば。今の「制度」では地方の学生には事実上、フランス語で哲学している現場を垣間見る可能性が閉ざされている。三日間やるのなら、一日だけ採算度外視の「先行投資」として地方で開催すべきだ、と年来言っているのだが、この点は未だに多数の同意を得ない…。
どういう招聘をすべきか
これは私が若手だから可能なことかもしれないが、有名人というだけの招聘など絶対にしない。それが悪いとばかりは言わないし、健全な反応だとは思うけれど。お仲間招聘というのもしない。世界中に友人はたくさんいるが、いくら好人物であっても、研究者として面白くなければ呼ばない。私がこれまで招聘にかかわった人物はどれも面白い人物ばかりである。「でも小粒だったでしょ」という人は私のエッセイ「観客でも批評家でもなく」を読み直すべし。
戦略的な呼び方をしなければならない。これまでの招聘のほとんどは実に「長期的視点」「継続的観点」というものを欠いたものであったと言わざるを得ない。それは研究において実は対等な姿勢で向かい合えていなかったということを示しているのではないか。
科研では長期的・継続的なプロジェクトが可能だが、この点多く誤解されているのが、「自分たちにとってだけ」長期的・継続的であってもさしたる意味はない、ということである。呼ばれる相手(この場合は特に海外の研究者)にも継続性を感じさせ、自分たちがそのプロジェクトの一端を担っているのだという認識を共有させることが何にもまして重要である。そのためには英・仏・独語での成果の刊行がきわめて重要だ。
招聘とは何か――結合術と地政学
三年間のベルクソン・シンポで言えば、少なくともベルクソン研究で重要な人物、さらに『創造的進化』について面白いことを話せる人物というのがまず第一の選択基準である。なぜならそれが科研プロジェクトの題目だからだ。彼らを継続的に呼ぶ。そしてActesをフランス語で出す。
(こういったことはもちろん一人ではできない。私のような若手研究者の場合、業界の大先輩・先輩方のお力をお借りしてようやく何がしかの成果に辿りつけるといった次第であり、とりわけロジスティックに関して私は完全に無力である。しかし、このようなチャンスをただ待っているだけでは駄目で、自ら積極的にチャンスメークして行かなければ道は切り開けないということもまた事実である。それで時には誤解を受け、軋轢が生じるとしても…)
次に、国際的な広がりというものを考えなければいけない。哲学大国の人物ばかり呼ぶというのでは地政学的な視点に欠ける。哲学のマイナー国から呼ぶことによって未発掘の人物を掘り起こすという視点がなければならない。そのためには常にアンテナを研ぎ澄ましておかねばならない。この点、せっかく海外にいるのに鈍感な留学生が多すぎる。
第三に、年齢的な広がりも重要である。すでに名をなした大家ばかりでなく、気鋭の若手を積極的に登用する。留学生は、有名人の話を聞きに行くのもいいが、切磋琢磨しあえるような優秀な若手(外国人でも同国人でも)を見出し、その人によって自分が認められる(見出される)――もちろん知識のひけらかしoralではなく自分の仕事écritによって――ことがより重要だ。
最後に、日本のどこでシンポを行なうかということ。東京と京都ばかりでは地方のフランス哲学研究が一向に振興されない。たとえフランス語が分からない学生がほとんどでもいい、例えばたったひとり通りがかりの学生が興味を持ってくれさえすれば。今の「制度」では地方の学生には事実上、フランス語で哲学している現場を垣間見る可能性が閉ざされている。三日間やるのなら、一日だけ採算度外視の「先行投資」として地方で開催すべきだ、と年来言っているのだが、この点は未だに多数の同意を得ない…。
Monday, December 22, 2008
人権と民権―ゴーシェ・福沢・丸山
土曜日は重要な会合の後、フランス政治哲学研究会第5回@本郷。今回からGauchetのLa démocratie contre elle-même (Gallimard, 2002)を数回かけて読む。今回は20年を隔てて書かれた二つの人権論を読んだ。人権論が再加速してきた裏には新たな個人主義の台頭があるとするゴーシェ。
すると、たまたま丸山真男+加藤周一『翻訳と日本の近代』(岩波新書)を読み直していて、次のような個所にぶつかる。
《民権とは言うけれど、人権と参政権とを混同している、と福沢は言うんだ。人権は個人の権利であって、人民の権利ではない、だから国家権力が人権つまり個人の権利を侵してはいけない、人民が参政権をもつべきだというのを民権というとき、そこには個人と一般人民の区別がない、と福沢は言った。その感覚は凄いね。集合概念としての人民の権利と、個々人のindividualな権利》(90頁)。
これは《「個人」と「人民」》というセクション(89-93頁)で、そこで丸山は、我々にとって自明の「自由民権運動」は西洋人にとって訳しにくい言葉だ、なぜならrightはあくまで個人の権利であって、people's rightなどというのはありえないからだと指摘し、福沢に言及している。
すると、たまたま丸山真男+加藤周一『翻訳と日本の近代』(岩波新書)を読み直していて、次のような個所にぶつかる。
《民権とは言うけれど、人権と参政権とを混同している、と福沢は言うんだ。人権は個人の権利であって、人民の権利ではない、だから国家権力が人権つまり個人の権利を侵してはいけない、人民が参政権をもつべきだというのを民権というとき、そこには個人と一般人民の区別がない、と福沢は言った。その感覚は凄いね。集合概念としての人民の権利と、個々人のindividualな権利》(90頁)。
これは《「個人」と「人民」》というセクション(89-93頁)で、そこで丸山は、我々にとって自明の「自由民権運動」は西洋人にとって訳しにくい言葉だ、なぜならrightはあくまで個人の権利であって、people's rightなどというのはありえないからだと指摘し、福沢に言及している。
Sunday, December 21, 2008
錬成するということ
授業・会議・研究会・忘年会・レクチャーコンサート…その合間に研究、ギリシャ語。その合間に…。師が走る走る。
数ヶ月前に思ったこと。
*
夏が過ぎていく。時間はあっという間に過ぎていく。お昼寝をさせる、夜、子供を寝かせつけようとする、夜中に子供が泣きだせば再び眠りに落ちるまで抱いている、今度は自分が寝られなくなる…。
子供や家族生活を言い訳の材料にしないようにするためには、これまでのように「数時間かかってようやく集中」というのではダメだ。ごく短時間で集中できるようにならなければ。
短時間でトラップし、シュートに持っていく。そして決める。どんな形であれ決めること。
*
どんな研究をするにしても、研究対象の手触りというか、それに対して自分がもつ印象を大切にしたいと思っている。
大学論や結婚論は「副専攻」として始めたばかりなのだから、素朴な観点しか持てないのはごく当たり前のことで、それを恥じる必要はない。恥じる必要はないが、自分の現在の力量を客観的に見つめ、実力のなさを認める率直さは必要だ。
素朴な考えしか持てないのに、それを付け焼刃の知識で誤魔化す、これはよくない。大切なのは、自分の素朴さを偽ったり包み隠すことなく、直観を絶えず錬成し、鍛え上げていくことだ。
数ヶ月前に思ったこと。
*
夏が過ぎていく。時間はあっという間に過ぎていく。お昼寝をさせる、夜、子供を寝かせつけようとする、夜中に子供が泣きだせば再び眠りに落ちるまで抱いている、今度は自分が寝られなくなる…。
子供や家族生活を言い訳の材料にしないようにするためには、これまでのように「数時間かかってようやく集中」というのではダメだ。ごく短時間で集中できるようにならなければ。
短時間でトラップし、シュートに持っていく。そして決める。どんな形であれ決めること。
*
どんな研究をするにしても、研究対象の手触りというか、それに対して自分がもつ印象を大切にしたいと思っている。
大学論や結婚論は「副専攻」として始めたばかりなのだから、素朴な観点しか持てないのはごく当たり前のことで、それを恥じる必要はない。恥じる必要はないが、自分の現在の力量を客観的に見つめ、実力のなさを認める率直さは必要だ。
素朴な考えしか持てないのに、それを付け焼刃の知識で誤魔化す、これはよくない。大切なのは、自分の素朴さを偽ったり包み隠すことなく、直観を絶えず錬成し、鍛え上げていくことだ。
Thursday, December 18, 2008
大人を教育する
火曜、西山雄二さんの丸山真男についての講演を聴きに行く。あのレベルの発表を毎回続けられるというのは凄すぎる。学問というのは知的練磨と共にまず一にも二にも体力だと痛感させられるが、…水曜日、とうとう倒れる。一日床に臥す。
*
先月のパリフォーラム、橋本一径(かずみち)さんの報告も書いたのだが、字数の関係上、特にフランス語を省かざるを得なかったので、ここに再録。
*
次いで、橋本氏の発表「大人を教育する――19世紀末フランスにおける警官養成」は、現在世界標準となりつつある「生涯教育」という発想の起源の一つが、犯罪学的見地からなされた捜査方法および警官養成法の改善過程にあると示すことで、《教育=養成》(どちらもフランス語ではformationである)の問題について哲学的な考察を展開する上で欠かせないものとなるであろう新たな光を投げかけた。
「教育」を意味するより一般的な語pédagogieが、「子供(pais, paidos)の指導(agein)」に由来することからも分かるように、教育とはそもそも未成年者を対象とするものであった。我々はいつから「生涯教育formation continue」、すなわち「大人を教育する」などという、一昔前であれば考えもつかない発想をもつようになったのか。
氏はその淵源の一つを、19世紀における犯罪人類学(anthropologie criminelle)のパラダイムチェンジ、すなわち18世紀的博愛主義(刑務所を改善すれば犯罪抑止につながる)の敗北と、その結果、「再犯 récidive」防止が「社会を防衛する」ための核心的な問題として理解され始めたという事実に見る。
科学警察の祖と言われるパリ警視庁鑑定局長アルフォンス・ベルティヨンによる数々の発明のうち、後の似顔絵作成法(portrait-robot)の原型となる「口述ポートレートportrait parlé」――「ベルティヨン式人体測定法 bertillonnage」とも呼ばれるようになる犯人識別法――が登場し、『犯罪人類学とその最近の進展』(1891年)の著者チェーザレ・ロンブローゾの《「生得的な犯罪者criminel-né」は骨相学的知見から割り出せる》という主張が受け入れられ、その講習会がフランス全土の学校・警察・軍隊で開かれる。治癒不可能=教育不可能な子供を早期発見すべく、教師・警官・軍人といった大人たちに教育=養成が施されることになったのである。以後、ごく一部の成人エリートに対する(例えば法曹界における)教育ではなく、広く大人を教育するという考えが社会通念として徐々に定着していく。
質疑応答では、ドゥギー氏がこの犯罪人類学の驚くべきアクチュアリティに注意を喚起し、フランスではリール大学教授Catherine Kintzler女史の仕事と、イタリアではSalvatore Palidda氏の仕事、とりわけ『ポストモダンにおける警察』Polizia postmoderna (Feltrinelli, 2000)との接続可能性を指摘しつつ、この方向でのさらなる研究の深化に期待を寄せた。
*
先月のパリフォーラム、橋本一径(かずみち)さんの報告も書いたのだが、字数の関係上、特にフランス語を省かざるを得なかったので、ここに再録。
*
次いで、橋本氏の発表「大人を教育する――19世紀末フランスにおける警官養成」は、現在世界標準となりつつある「生涯教育」という発想の起源の一つが、犯罪学的見地からなされた捜査方法および警官養成法の改善過程にあると示すことで、《教育=養成》(どちらもフランス語ではformationである)の問題について哲学的な考察を展開する上で欠かせないものとなるであろう新たな光を投げかけた。
「教育」を意味するより一般的な語pédagogieが、「子供(pais, paidos)の指導(agein)」に由来することからも分かるように、教育とはそもそも未成年者を対象とするものであった。我々はいつから「生涯教育formation continue」、すなわち「大人を教育する」などという、一昔前であれば考えもつかない発想をもつようになったのか。
氏はその淵源の一つを、19世紀における犯罪人類学(anthropologie criminelle)のパラダイムチェンジ、すなわち18世紀的博愛主義(刑務所を改善すれば犯罪抑止につながる)の敗北と、その結果、「再犯 récidive」防止が「社会を防衛する」ための核心的な問題として理解され始めたという事実に見る。
科学警察の祖と言われるパリ警視庁鑑定局長アルフォンス・ベルティヨンによる数々の発明のうち、後の似顔絵作成法(portrait-robot)の原型となる「口述ポートレートportrait parlé」――「ベルティヨン式人体測定法 bertillonnage」とも呼ばれるようになる犯人識別法――が登場し、『犯罪人類学とその最近の進展』(1891年)の著者チェーザレ・ロンブローゾの《「生得的な犯罪者criminel-né」は骨相学的知見から割り出せる》という主張が受け入れられ、その講習会がフランス全土の学校・警察・軍隊で開かれる。治癒不可能=教育不可能な子供を早期発見すべく、教師・警官・軍人といった大人たちに教育=養成が施されることになったのである。以後、ごく一部の成人エリートに対する(例えば法曹界における)教育ではなく、広く大人を教育するという考えが社会通念として徐々に定着していく。
質疑応答では、ドゥギー氏がこの犯罪人類学の驚くべきアクチュアリティに注意を喚起し、フランスではリール大学教授Catherine Kintzler女史の仕事と、イタリアではSalvatore Palidda氏の仕事、とりわけ『ポストモダンにおける警察』Polizia postmoderna (Feltrinelli, 2000)との接続可能性を指摘しつつ、この方向でのさらなる研究の深化に期待を寄せた。
Tuesday, December 16, 2008
ゆく年くる年
金曜日は朝カル。ベルクソンにおける言語の問題について、これまでに書いた論文「言葉の暴力」「言葉の暴力II」を別の形でまとめ直して話す。パフォーマンスは(自分なりには)そこそこ。
土曜日はサルトル学会「ボーヴォワール生誕百周年。サルトルとボーヴォワール:カップル神話の表と裏」を聴きに行く。もちろん《結婚の形而上学とその脱構築》のため。基本的な知識(学界の常識)を仕入れられただけでなく、百周年記念刊行物や最近の研究動向についても情報を入手できてよかった。
アットホームな感じ+私のような部外者にも気さくに話しかけてくれる。戦う仏文学者として尊敬するms御大に「東京新聞の記事、読みましたよ」と話しかけて意気投合。懇親会では若手サルトル研究者と知り合ったり、発表者と議論したり、nsさんらと大学教育を論じたり、とても面白かった。
年末年始は論文三本の締め切り。大学論日仏1本ずつ。ベルクソン1本。
土曜日はサルトル学会「ボーヴォワール生誕百周年。サルトルとボーヴォワール:カップル神話の表と裏」を聴きに行く。もちろん《結婚の形而上学とその脱構築》のため。基本的な知識(学界の常識)を仕入れられただけでなく、百周年記念刊行物や最近の研究動向についても情報を入手できてよかった。
アットホームな感じ+私のような部外者にも気さくに話しかけてくれる。戦う仏文学者として尊敬するms御大に「東京新聞の記事、読みましたよ」と話しかけて意気投合。懇親会では若手サルトル研究者と知り合ったり、発表者と議論したり、nsさんらと大学教育を論じたり、とても面白かった。
年末年始は論文三本の締め切り。大学論日仏1本ずつ。ベルクソン1本。
Monday, December 15, 2008
聴衆と思索の夕べ
宣伝です。よろしければどうぞ。hf
***
レクチャーコンサート
聴取と思索の夕べ
――哲学者が愛した音楽家たち――
(明治大学文学研究科特別授業)
日時:2008年12月19日(金)、17時半―20時
場所:明治大学駿河台校舎アカデミーコモン3階アカデミーホール
入場自由、無料(一般の方も大歓迎です)
プログラム
17時半‐18時 講演:「ジャンケレヴィッチ(1903-1985)の音楽哲学」(講師:合田正人、明治大学文学部教授)
18時‐20時 演奏:松浦真沙(ピアノ、編曲)、有村純親(サクソフォーン)
ドビュッシー:ゴリゴーグのケークウォーク
ドビュッシー:ラプソディー
ラヴェル:悲しい鳥(ピアノソロ)
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
フランク:ソナタより休憩
アルベニス:Espanaより(ピアノソロ)
トゥリーナまたはセヴラック:(ピアノソロ)
ファリャ(松浦真沙編):恋は魔術師
ピアソラの曲
松浦真沙(まつうら まさ) ピアノ、編曲桐朋学園大学音楽学部演奏学科(声楽専攻)卒業。同大学研究科(作曲専攻)、アンサンブル・ディプロマコース(ピアノ専攻)修了。パリ国立高等音楽院ピアノ伴奏科および室内楽科修了。1999年吹田音楽コンクール(作曲部門)入賞。2002年奏楽堂日本歌曲コンクール(作曲部門)第2位。2003年日本モーツァルト音楽コンクール(ピアノ部門)入賞。2007年東京国際室内楽作曲コンクール第2位(1位なし)。これまでに様々な新曲初演に携わり、4本ペダル(ハーモニクスペダル付)のピアノのための新曲を録音、初演するなど、特に近・現代の作品の演奏に意欲的に取り組み、高い評価を得ている。同時にアンサンブルピアニストとして数多くの演奏家と共演。日本、フランス、イタリア各地で演奏活動を行う。またサクシアーナ国際サクソフォーンコンクール公式伴奏者をはじめ、サン・サーンス音楽院(パリ8区)管楽器クラス伴奏者、2008年浜松国際管楽器アカデミー公式伴奏者など、各種マスタークラスやコンクールにて伴奏を務める。有村氏との共演でNHK-FMリサイタルに出演。作曲家としても定期的に新作を発表しているほか、合唱や器楽アンサンブルのための編曲、オーケストラ曲の編曲なども積極的に行っている。ピアノを今泉紀子、大崎かおる、小澤英世、故・ゴールドベルク山根美代子、星野明子、Jean Koerner、Theodore Paraskivesco、Eric Le.Sage、伴奏法をJean Koerner、今村央子、山洞智、室内楽を藤井一興、作曲を石島正博、金子仁美、原田敬子、和声法をLaurent Teycheney、声楽を名古屋木実、指揮を黒岩英臣の各氏に師事。現在上田女子短期大学講師、洗足学園音楽大学専攻科助教。
有村純親(ありむら すみちか) サクソフォーン東京芸術大学卒業。同大学院音楽研究科修士課程修了。平成16年度文化庁芸術家在外研修員。フランス国立セルジー・ポントワーズ音楽院(金メダル)を経てパリ国立高等音楽院を審査員全員一致の最優秀の成績で修了。セルマー賞受賞。同音楽院在籍中交換留学生としてアムステルダム音楽院に於いても研鑽を積む。サクシアーナ国際サクソフォーンコンクール第1位、併せてフランスサクソフォーン協会賞受賞。パリ国際音楽コンクール(UFAM)審査員全員一致で第1位および大賞受賞、第50回ミュンヘン国際音楽コンクール(ARD)セミファイナリスト(日本人最高位)。ローマ国際サクソフォーンコンクール第2位受賞、サンタ=チェチリア音楽院にてグラズノフのサクソフォーン協奏曲を演奏。2003年7月にはサクソフォーンの発明者であるアドルフ・サックスの生誕地ベルギー・ディナン市より招かれコンサートを行い、好評を博す。国際サクソフォーンコングレス(スロヴェニア)に参加。2006年にはイタリア・トリエステにてゲストプロフェッサーとしてマスタークラスを行う。NHK-FM「名曲リサイタル」出演。文化庁主催「明日を担う音楽家による特別演奏会」にて東京フィルハーモニー交響楽団とコンチェルトを共演し好評を博す。サクソフォーンを斎藤広樹、須川展也、冨岡和男、二宮和弘、Jean-Yves Fourmeau、Claude Delangle 、Arno Bornkampの各氏に、室内楽を中村均一、Jean-Francois Dusquenoyの各氏に師事。現在昭和音楽大学および短期大学部講師。
***
レクチャーコンサート
聴取と思索の夕べ
――哲学者が愛した音楽家たち――
(明治大学文学研究科特別授業)
日時:2008年12月19日(金)、17時半―20時
場所:明治大学駿河台校舎アカデミーコモン3階アカデミーホール
入場自由、無料(一般の方も大歓迎です)
プログラム
17時半‐18時 講演:「ジャンケレヴィッチ(1903-1985)の音楽哲学」(講師:合田正人、明治大学文学部教授)
18時‐20時 演奏:松浦真沙(ピアノ、編曲)、有村純親(サクソフォーン)
ドビュッシー:ゴリゴーグのケークウォーク
ドビュッシー:ラプソディー
ラヴェル:悲しい鳥(ピアノソロ)
ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ
フランク:ソナタより休憩
アルベニス:Espanaより(ピアノソロ)
トゥリーナまたはセヴラック:(ピアノソロ)
ファリャ(松浦真沙編):恋は魔術師
ピアソラの曲
松浦真沙(まつうら まさ) ピアノ、編曲桐朋学園大学音楽学部演奏学科(声楽専攻)卒業。同大学研究科(作曲専攻)、アンサンブル・ディプロマコース(ピアノ専攻)修了。パリ国立高等音楽院ピアノ伴奏科および室内楽科修了。1999年吹田音楽コンクール(作曲部門)入賞。2002年奏楽堂日本歌曲コンクール(作曲部門)第2位。2003年日本モーツァルト音楽コンクール(ピアノ部門)入賞。2007年東京国際室内楽作曲コンクール第2位(1位なし)。これまでに様々な新曲初演に携わり、4本ペダル(ハーモニクスペダル付)のピアノのための新曲を録音、初演するなど、特に近・現代の作品の演奏に意欲的に取り組み、高い評価を得ている。同時にアンサンブルピアニストとして数多くの演奏家と共演。日本、フランス、イタリア各地で演奏活動を行う。またサクシアーナ国際サクソフォーンコンクール公式伴奏者をはじめ、サン・サーンス音楽院(パリ8区)管楽器クラス伴奏者、2008年浜松国際管楽器アカデミー公式伴奏者など、各種マスタークラスやコンクールにて伴奏を務める。有村氏との共演でNHK-FMリサイタルに出演。作曲家としても定期的に新作を発表しているほか、合唱や器楽アンサンブルのための編曲、オーケストラ曲の編曲なども積極的に行っている。ピアノを今泉紀子、大崎かおる、小澤英世、故・ゴールドベルク山根美代子、星野明子、Jean Koerner、Theodore Paraskivesco、Eric Le.Sage、伴奏法をJean Koerner、今村央子、山洞智、室内楽を藤井一興、作曲を石島正博、金子仁美、原田敬子、和声法をLaurent Teycheney、声楽を名古屋木実、指揮を黒岩英臣の各氏に師事。現在上田女子短期大学講師、洗足学園音楽大学専攻科助教。
有村純親(ありむら すみちか) サクソフォーン東京芸術大学卒業。同大学院音楽研究科修士課程修了。平成16年度文化庁芸術家在外研修員。フランス国立セルジー・ポントワーズ音楽院(金メダル)を経てパリ国立高等音楽院を審査員全員一致の最優秀の成績で修了。セルマー賞受賞。同音楽院在籍中交換留学生としてアムステルダム音楽院に於いても研鑽を積む。サクシアーナ国際サクソフォーンコンクール第1位、併せてフランスサクソフォーン協会賞受賞。パリ国際音楽コンクール(UFAM)審査員全員一致で第1位および大賞受賞、第50回ミュンヘン国際音楽コンクール(ARD)セミファイナリスト(日本人最高位)。ローマ国際サクソフォーンコンクール第2位受賞、サンタ=チェチリア音楽院にてグラズノフのサクソフォーン協奏曲を演奏。2003年7月にはサクソフォーンの発明者であるアドルフ・サックスの生誕地ベルギー・ディナン市より招かれコンサートを行い、好評を博す。国際サクソフォーンコングレス(スロヴェニア)に参加。2006年にはイタリア・トリエステにてゲストプロフェッサーとしてマスタークラスを行う。NHK-FM「名曲リサイタル」出演。文化庁主催「明日を担う音楽家による特別演奏会」にて東京フィルハーモニー交響楽団とコンチェルトを共演し好評を博す。サクソフォーンを斎藤広樹、須川展也、冨岡和男、二宮和弘、Jean-Yves Fourmeau、Claude Delangle 、Arno Bornkampの各氏に、室内楽を中村均一、Jean-Francois Dusquenoyの各氏に師事。現在昭和音楽大学および短期大学部講師。
Sunday, December 14, 2008
大学はフランス哲学において己の場を欠いている――あるいはベルクソンの『礼儀正しさ』について(L'Université manque à sa place dans la philosophie française: ou de La Politesse de Bergson)
パリでの発表のタイトルは最終的にはこうなった。字数の関係上、UTCPのサイトにはレジュメの短いバージョンを載せてもらった(短いレジュメおよび全体の流れが読みたい方はそちらをどうぞ)。元々の長いバージョンをこちらに掲載する。
*
ドイツ哲学における大学論の伝統(カントからハイデガーを経てハーバマスまで)と顕著な対比をなすフランス哲学における大学論の不在(デカルトからベルクソンを経てドゥルーズまで)を取り上げて、その歴史的・構造的理由、そしてそれへの対処法自体をもフランス哲学の伝統のうちに探ることで、《制度》の問題を批判的に(つまりフランス哲学研究者である自分自身の問題として)取り上げようとした。フランス哲学についてのアカデミックな研究もジャーナリスティックな批評も山ほどあるが、アカデミックであると同時に批判的・介入的であろうとする研究はほとんどない。
まず確認しておくべきは、ドイツ哲学はそのほぼ全歴史において大学を軸として展開しているのに対し、フランス哲学は、伝統的に「大学」という制度の外側にいたということである。コレージュ・ド・フランスやEHESS、あるいはエコール・ノルマル・シュペリウールといった例外的な場の存在が織りなす高等教育の多孔質構造はフランス的な知の独創性を生み出す要因の一つであることは疑いえない(この構造的差異はまた、ドイツ哲学とフランス哲学の文体の差異を解き明かす一つの鍵でもあるだろう)。フランス哲学における大学論の不在はこうしてたやすく説明されるように思える。
しかし、大学を解体し中等教育を軸に再編したナポレオン体制を引き継ぎつつ、普仏戦争の敗北を受けてドイツモデルの移入(哲学の分野で言えば、本格的な講壇哲学化)を推進したフランス第三共和政において、大学に対する哲学者たちの伝統的な沈黙ないし侮蔑は根底的な変質を蒙る。もはや「哲学者」は、反大学的な在野の自由思想家にのみ与えられる称号ではない。哲学者の大部分は職業的哲学者となり、全面的に制度化された講壇哲学を(それに服従するにせよ、それと敵対するにせよ)暗黙の参照軸とすることを余儀なくされる。「外の思考」を生み出す場全体が別様の強い磁化を蒙ることになる。
以後、哲学を教える多くの教師たちが誕生したにもかかわらず、こうして新たな磁化を蒙ったフランス的多孔質構造に自らの意識を引き裂かれつつ、偉大な哲学者たちとともに、大学という制度を自らの思索に固有の〈場〉として反省することなく今日に至っている(Denis Kambouchnerなどごくわずかな例外を別として)。だとすれば、原光景とでも言うべき第三共和政に立ち戻り、そこから別の方向へ再出発する手立てが探られねばならない。その一例として、この時代の代表的な哲学者ベルクソンが高校教師であった頃に書いた幾つかの式辞(「礼儀正しさ」「専門」「良識と古典学習」)の読解を通じて、単なる儀礼や慣習の機械的反復ではない《開かれた礼儀正しさ》を鍵概念として取り出してみせた。
「攻撃的な力が大学を押し潰そうとしてきた時はどうするのか、それでもなお礼儀正しくあるべきなのか。政治が必要なのではないか」というykさんの質問があった。実に当を得た質問である。私の答えはこうだ。《自然の本能である不寛容を抑えるべく、政治的・宗教的・倫理的イデーに関する議論においてさえも実践されうる「信念の礼儀正しさ」こそ、人文学、とりわけ古典学習において学ばれうることである》とするベルクソンの説は、古色蒼然とした外見とは逆に今日でも重要性を帯びている。哲学者として大学の問題に対処する限り、常に概念のレベルで応答しようとする「信念の礼儀正しさ」は必要不可欠のものであり、これこそが哲学者として行ないうる「政治」ではないか。
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ドイツ哲学における大学論の伝統(カントからハイデガーを経てハーバマスまで)と顕著な対比をなすフランス哲学における大学論の不在(デカルトからベルクソンを経てドゥルーズまで)を取り上げて、その歴史的・構造的理由、そしてそれへの対処法自体をもフランス哲学の伝統のうちに探ることで、《制度》の問題を批判的に(つまりフランス哲学研究者である自分自身の問題として)取り上げようとした。フランス哲学についてのアカデミックな研究もジャーナリスティックな批評も山ほどあるが、アカデミックであると同時に批判的・介入的であろうとする研究はほとんどない。
まず確認しておくべきは、ドイツ哲学はそのほぼ全歴史において大学を軸として展開しているのに対し、フランス哲学は、伝統的に「大学」という制度の外側にいたということである。コレージュ・ド・フランスやEHESS、あるいはエコール・ノルマル・シュペリウールといった例外的な場の存在が織りなす高等教育の多孔質構造はフランス的な知の独創性を生み出す要因の一つであることは疑いえない(この構造的差異はまた、ドイツ哲学とフランス哲学の文体の差異を解き明かす一つの鍵でもあるだろう)。フランス哲学における大学論の不在はこうしてたやすく説明されるように思える。
しかし、大学を解体し中等教育を軸に再編したナポレオン体制を引き継ぎつつ、普仏戦争の敗北を受けてドイツモデルの移入(哲学の分野で言えば、本格的な講壇哲学化)を推進したフランス第三共和政において、大学に対する哲学者たちの伝統的な沈黙ないし侮蔑は根底的な変質を蒙る。もはや「哲学者」は、反大学的な在野の自由思想家にのみ与えられる称号ではない。哲学者の大部分は職業的哲学者となり、全面的に制度化された講壇哲学を(それに服従するにせよ、それと敵対するにせよ)暗黙の参照軸とすることを余儀なくされる。「外の思考」を生み出す場全体が別様の強い磁化を蒙ることになる。
以後、哲学を教える多くの教師たちが誕生したにもかかわらず、こうして新たな磁化を蒙ったフランス的多孔質構造に自らの意識を引き裂かれつつ、偉大な哲学者たちとともに、大学という制度を自らの思索に固有の〈場〉として反省することなく今日に至っている(Denis Kambouchnerなどごくわずかな例外を別として)。だとすれば、原光景とでも言うべき第三共和政に立ち戻り、そこから別の方向へ再出発する手立てが探られねばならない。その一例として、この時代の代表的な哲学者ベルクソンが高校教師であった頃に書いた幾つかの式辞(「礼儀正しさ」「専門」「良識と古典学習」)の読解を通じて、単なる儀礼や慣習の機械的反復ではない《開かれた礼儀正しさ》を鍵概念として取り出してみせた。
「攻撃的な力が大学を押し潰そうとしてきた時はどうするのか、それでもなお礼儀正しくあるべきなのか。政治が必要なのではないか」というykさんの質問があった。実に当を得た質問である。私の答えはこうだ。《自然の本能である不寛容を抑えるべく、政治的・宗教的・倫理的イデーに関する議論においてさえも実践されうる「信念の礼儀正しさ」こそ、人文学、とりわけ古典学習において学ばれうることである》とするベルクソンの説は、古色蒼然とした外見とは逆に今日でも重要性を帯びている。哲学者として大学の問題に対処する限り、常に概念のレベルで応答しようとする「信念の礼儀正しさ」は必要不可欠のものであり、これこそが哲学者として行ないうる「政治」ではないか。
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