Wednesday, November 01, 2006

Master Mundus、あるいは無限の後退戦を戦い抜くこと

数ヶ月前からすでに数人の方にはお知らせしておりましたが、Master Mundusがとうとう本格的に動き出すこととなりました。

Erasmusというヨーロッパの大学間短期留学・単位互換制度はご存知の方も多いと思います。Erasmusは学部レベルですが、それを今度は大学院レベルで長期、それも独仏の哲学・思想研究の少数精鋭に絞ったもの、それがMaster Mundus EuroPhiloです。

詳細は当該サイトを参照していただきたいのですが(専用サイト設置:2006年11月22日追記)、年間2万1千ユーロ(150円換算だと315万円)相当の奨学金を得ながら、二年間で仏・独などの三つの大学で優秀な研究者のもとで研究し、フランス哲学とドイツ哲学両方のスペシャリストを目指す、というものです。この制度に非ヨーロッパ圏からも参加者を募ることがこの度正式に決まった旨、フランス側の代表者であり私の友人でもある
Jean-Christophe Goddard氏から連絡がありました。

一年に全世界(非ヨーロッパ圏)から13人だけ選ばれるという超難関コースですが、教育内容的にも財政的にも恵まれた環境で研究するという経験は、日本の優秀な哲学・思想系の若手研究者にとって何物にも代えがたい財産となることでしょう。

この壮大な実験を見るにつけ、現在の日本の西洋哲学・思想研究には大きく二つの構造的問題があるという事実が浮かび上がってきます。今この話に関係のある限りで簡潔に言えば、一つ目は、哲学研究における語学教育(とりわけ書く・話す)の軽視や早期からのインテンシヴな教育の不在など、「高等教育」という視点が決定的に不足していること、二つ目は、ドイツ哲学とフランス哲学の間に積極的な共闘の姿勢があまり見られず、とりわけ「両刀使い」を育てようとする姿勢がほとんど見られないことです。
Cf. 以前書いたgribouillage「哲学の教育、教育の哲学」を参照されたい。
(1)数の問題 (2005年2月21日)
(2)エリート教育の問題 (2005年5月9日)


私たちの国の問題を他国の新制度によって解決できるなどと幻想を抱いているわけではありませんし、日本人にとって西洋諸語の言葉の壁が大きいことも重々承知しています。ただ、手遅れになる前にその欠を少しでも埋めていくのは現在の大学人、哲学・思想研究者の責務であるとも思っています。人文科学が強いられている無限の後退戦をただ嘆くばかりでは何も始まりません。若手の優秀な研究者の出現を偶然の産物とするのでなく制度的に促進していくこと、今回のMaster Mundusはそのごくわずかばかりの補完になりうるのではないかと期待しています。

自薦他薦を問いませんが、皆様の周りの優秀な大学院生(来年度から即留学できるので修士終了間際がベスト、博士前半まで)をこの制度にご推薦いただけませんでしょうか?現実問題としましては、フランス語ないしドイツ語のどちらか一つがとてもよく出来(読み書き話す)、もう一つは読める(少し話せる)くらいでよいと思います。仏独の思想を研究対象としていれば、どの学科に所属していても問題はありません。

フランスの大学に応募される場合、いろいろとご相談に乗ることも出来るかと思いますので、どうぞ私のほうまでお気軽にご相談くださいませ。

Wednesday, May 31, 2006

最後の発表

とうとうフランスで最後の発表が終わった。これからもフランスで、あるいは海外で発表する機会があるといいけれど、ともかくも「武者修行」の一階梯としては終わった。

いろんなところで発表してきた。フランスのニース、イタリアのチッタ・ディ・カステッロ、ノルウェーのベルゲン…。リールでは小さい発表も含めれば、かなりやった。

もちろんやりのこしたことがないと言えば嘘になるけれど、後悔はしていない。自分なりにできることはやってきたと思う。

(サッカー選手の大久保が帰国したそうだけれど、彼のも含め、「欧州組」のインタヴューにはいつもいろいろと考えさせられた。)

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最後の発表は、2006年5月17日水曜日。午後5時から7時まで、マシュレ・ゼミで行われた。与えられた発表時間は一時間、質疑応答が一時間。

外国人や新参者の作法は与えられた規則を完璧に守ることであり、望むらくは、それでいて、内容において、大方の聴衆の予想をいい形で裏切ることである。

バリバールなどの「権威」筋は悠々と与えられた時間をオーバーして喋るが、若手や新参者がそれをやるのは好ましくない。発表や講演は聴衆あってのものであり、聴衆の注意・忍耐力は若手や新参者に対してそれほど寛大ではないからである。もちろん発表の内容が格段に面白ければ別だが、それにしても限度はある。

数週間前にバリバールがマシュレ・ゼミに来たときは、1時間50分喋った。おかげで質疑応答がほとんどなかった。私が唯一の質問をする特権を得たのだが、まともに発展させられなかった。友人たちはそれでも「名人」のお話を長時間拝聴できて至極満足そうだったけれど。

私はちょうど一時間きっかりで終えた。これは少し後悔している。あと五分から十分延ばしてでも、具体例を交えて、論点を補強すればよかった。マシュレ・ゼミの常連でもあり、ある程度発言を認められてもいるので、そのように振舞うことは、発表の内容を豊かにするという意味でも、むしろ望ましいことであったろう。

*

発表後の質疑応答では、まずマシュレがこれまでの6年間を振り返り――私の6年間はまた、マシュレ・ゼミの6年間でもあった――、私の努力をずいぶん賞賛してくれた。これは本当に嬉しかった。なぜなら、彼こそは私がどのような努力をしてきたかを最もよく知る人だからである。

ゼミの最終回(5月24日)が終わった後の打ち上げ(仏語でpotという)で、マシュレは乾杯の音頭をとって、こう言った。「この乾杯は、6月に帰国してしまうわれわれの友人hfに捧げたいと思います。彼はこのゼミに本当に多くのものをもたらしてくれました」。

むろん彼だけではない。このゼミに定期的に参加している誰もが、私の努力と進歩の軌跡を知っている。私はこのリールで少しずつ友人の輪を広げてきた。遊び友達のことを言っているのではない(ここはそれを語る場ではない)。仕事のレベルの話をしているのである。この「知的な友情」はいくつかの形で花を咲かせた。これから実をつけていくだろうか?

それはともかく、質疑応答はいつの日かやってくる諮問を想定した形で行われ、その意味でためになった。主に、「ベルクソンと現象学の関係」「ベルクソンの傾向概念とシモンドンの個体化理論の関係」などが話題にあがった。これについてはまた後日。

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発表後、ゲストスピーカーの恒例行事となっているマシュレとの晩餐に連れて行ってもらう。とはいっても、派手嫌いのマシュレのこと。リヨン料理を出すこじんまりしたレストラン(というか大衆食堂?)で、なごやかに食べ、しばし歓談にふけった。これも思い出になるだろう。

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テキストは推敲を経て、昨日、研究グループ"Savoirs, Textes, Langage"のサイトに掲載されたので、ご興味のある方はどうぞ。

Friday, May 12, 2006

騎馬槍試合か、ボクシングか(質疑応答の作法)

発表が来週に迫ってきている。毎回、発表のたびに、課題をもって取り組もうとしている。少しでも内容をより豊かなものにしようといった一般的な注意点だけではなく、「めりはり、緩急をつけよう」とか、「聴衆の反応を見て難易度の調整をできるようになろう」とか。ほんのちょっとしたことなのだけれど、これがフランス語だと、日本語でよりもさらに難しくなる。

聴衆とのアイコンタクト以外にも大事なことはある。自分が発表者ではなく、質問者である場合。コロックのような場所での質問と、ゼミでの質問はやはり同じような仕方でするわけにはいかない。それぞれのTPOを考えつつ、掛け合いというか間合いを図るのが難しい。フランス語だから難しいというのもあるが、それぞれの分野の特徴のようなものを頭に入れておかないといけないので余計に難しいのだ。

私はしばしば「フランス哲学の質疑応答はjouteのようなものだ」と言う。joute(ジュート)とは、中世の騎馬槍試合のことである。この試合の目的は、相手をむやみやたらに突き殺すことにあるのではない。高度に儀式化され、形式化されたこのゲームの目的は、いかに優雅に相手の急所とされるところに軽く触れて見せるか、というところにあるのである。

フランス哲学者の保守本流たちの議論は、素人目には勝負がついていないように見える。お互いに優雅に称え合っているだけのようにも見える。しかし実際には、大抵の場合、勝負はついているのである。

科学哲学や古代哲学あるいはphilologieの分野では、事情はまったく異なる。これはボクシングである。すなわち、いかに的確に最も強い力で相手を打ちのめすことができるか、が重要なのである。しかし、さらに重要なことは、ボクシングはストリート・ファイト(喧嘩)ではない、ということだ。科学哲学者たちは「お前の言ってることはナンセンスだ」と言わんばかりの猛攻撃を仕掛けあうが、よほどのことがないかぎり、議論が終われば、後は仲良く飲み仲間になる。フランス哲学のほうは、飲み会のほうも限りなく社交界の縮小再生産である…。あんまり具体的に書けないけどね(笑)。

Tuesday, May 02, 2006

Penseurs japonais(日本の思想家たち)

店頭で見て驚いた。



今年の3月に発売になった本らしい。
http://www.lyber-eclat.net/nouveautes.html#kassile1

幾つもの懐かしい顔、よくメディアで見かける顔が見られてよかったし、彼らのフランス語力を知ることもできてよかった。中身は…。

しかし、いずれにせよ、dialogues du commencement ならぬ、commencement des dialogues が必要なことだけは間違いない。まだ始まってもいないのだから。

Wednesday, April 26, 2006

固有身体、身体の所有(身体=技術哲学)

固有である(être propre)とはどういうことか。

あるものに固有であるということは、あるものをしてそのものたらしめている、ということである。内角の総和が二直角に等しいという事実は三角形の本性から演繹されるものである以上、三角形に固有である(être propore)。つまり三角形の特性(propriété)である。

所有物(propriété)を所有(appropriation)するとはどういうことか。

所有の原理とは比喩的・アナロジカルなものであるのか。あるものとそれに固有なものの関係と、所有者とその所有物の関係は相似である、といったように?

何かを所有するという身振り、さらには何かに固有であるという存在様態の奥に潜む人間学、存在論とはいかなるものであるのか。

あらゆる身体の哲学は、実は、この驚くほど単純で、恐ろしいほど神秘的な問いへの応答の試みではないのか。なぜなら身体とは特性(propriété)と所有物(propriété)の間で揺れ動くものだからである。そもそも原理的に切り離しえないもの――だが、これはそれほど自明なことではなくなりつつある――を手に入れるとはどういうことか。

おそらく以上の言述はひどく抽象的なものに見えるかもしれない。サミュエル・バトラーの言葉を引いておこう。

「多様な人種を区分する主なものは、黒人諸部族、チェルケス人、マレー人、アメリカ原住民などの間に求めるべきではなく、むしろ、金持ちと貧乏人との間に求めるべきである。この二つの人種に見られる身体組織の差異は、いわゆる人種の類型間にある差異よりもはるかに大きい。金持ちの人間は、ここから英国へと、行きたくなればいつでも行ける。それに対し、もう一方の人間の脚は、目に見えぬ運命にしばられて、彼らを一定の狭い範囲を越えて運んでいくことができない。

…自分の身体に、いずれかの太平洋航路客船会社の一船室を付け加えられる人は、それができない人よりも、はるかに高度な身体組織にめぐまれているのである。

…見事にあつらえられた一揃いの手足をもつのは、大金持の人間でしかない。われわれは、このうえない科学的厳密さをもって断言することができるのだが、知られうる限り最も驚くべき身体組織となっているのは、かのロスチャイルド家の人々にほかならない。」

ここにベルクソンの身体=技術哲学の根本原理をなす一節を重ね合わせる。

「有機的に組織された(ほかならぬ直接の行動を目指して組織された)われわれの身体は、ひどくちっぽけなものだが、その表面がわれわれの現実運動の場所だとすれば、有機的ならぬわれわれの巨大な身体(宇宙)は、将来とられうる行動の、また理論的に可能な行動の場所だと言える。

…われわれの身体諸器官が自然の手になる道具と言えるとすれば、われわれの手になる道具は、当然人工の身体器官だということになる。職人の使う器具は、彼の腕の引き続きだと言えよう。してみれば、人類の道具制作は、自分の身体の延長である。」

ドゥルーズ+ガタリの『アンチ・オイディプス』や『ミル・プラトー』がこの延長線上に来るのはもはや明白である(ドゥルーズをきちんと勉強していない人のために言っておけば、先のバトラーの一節は、若きドゥルーズがつくった教科書的アンソロジーからの引用である)。この問題系に、表層的なレベルではなく、最も概念的なレベルで、しかし常に現実から離れることなくアプローチすることを可能にするもの、それが身体なのである。

いかに冗談ととられようとも(笑)、「結婚の形而上学」とその脱構築が位置するのも、まさにこのレベルにおいてである。愛する人を所有するということ、とはどういうことか。浅見さんの本は出発点として貴重である。私たちは哲学的な問題としてまだまだ展開できるし、西洋哲学史にはいくらでも扱うべきテクストがある。

Tuesday, April 25, 2006

怠け三題

アレルギーに悩まされている。動物の毛というか皮膚成分+ハウスダスト+花粉症のトリプルパンチである。フランス北地方の花粉の飛ぶ時期は2~4月らしいのでそろそろ終わってほしいのだが、ひどいときはまったく何もできない。する気さえ起こらないのである。

アレルギー患者でない人の目には「単に怠けているだけ」と映るようで、そのような無理解はもちろん十分理解できることなのだが、実際は怠けているのではない。偏頭痛や生理などの身体的理由、欝などの心理的理由から仕事が手につかない、という人にはお分かりであろう。

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私自身はさほど怠け者だとは思っていないが――昨年度だけで論文4本、ドイツ語からフランス語への翻訳ひとつ、発表を5つ(仏語2、英語1、日語2)やっているのだ。怠け者などと言われる筋合いはないと思うが――、しかし、たしかに学者の仕事につきものの「怠け」というものもある。

教育者・大学教員としての話をしているのではない。学者・研究者には、芸術家に近い、創造的な部分があり、この部分を単にお役所仕事的に、半ば機械的・事務的にこなしていくのは、予算をとるためといった外的な理由を除けば、あまり意味がない。

短期的・個人的には利益もあり、「生産性」もあるかもしれないが、真の意味で生産的・創造的であるとは言えない。創造的であるためには余暇や怠けが必要であるという点で、少なからぬ思想家・芸術家の意見は一致している。

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フランス人は怠け者でバカンス好き、日本人は働き者で有給もとらない、といった紋切り型が通り相場かと思うが、別の見方もあり、それはそれで筋が通っている。日本人の働き方は効率が悪い、朝から晩までずっとオフィスにいるが、常に集中して仕事に取り組んでいるわけではない、というものである。だからといって、フランス人の勤労意欲を弁護しようという気にもなれないのだが(笑)。

しかし、哲学者に限って言えば、フランス人のバカンスの取り方はやはり堂に入っている。何度も言うように、日本では哲学というのは教授の子息でなければ変人のやるものであるが、ヨーロッパでは教授の子息でなければブルジョワや貴族崩れのやるものなのである。この社会階層の違いは、よきにつけ悪しきにつけ、哲学をする「スタイル」にまで影響を及ぼしている。

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近況としては、四月末までに共訳書の2稿をひとまず終え、それと同時に身体論文の校正を終える予定。同時並行で、5月中旬の発表の準備も進めている。これだけ働いても文句が出るのだから、やはり社会人というのはおそろしく働いているらしい。…日本人だけという気もするが。バカンスなのに、こんなに狂ったように朝から晩まで働いているのは。

Friday, April 14, 2006

翻訳について(1)

ここしばらく書くほどのことがない。そういうわけで、(き)(ふ)さんたちからお借りしているユリイカ特集号『翻訳作法』から抜粋でもしようか。

柴田元幸のインタヴュー≪君は「自己消去」できるか?ゼロ志向の翻訳ゲーム、最強プレイヤーかく語りき≫より

≪実は翻訳ほど、受験英語をちゃんとやったことが報われる仕事もないんじゃないですかね。[…]誰も使わない表現や古くなってしまった表現なんかを教えたって仕方がないっていう批判があるわけですが、翻訳する上ではどんな表現も一通り知っていたほうがいい。[…]受験英語で覚えて、そのあとずっと見たこともなかったけど、翻訳していて小説のなかで出会った表現というのはけっこうある気がする。≫

≪大学の授業で学生の翻訳を見ていると、特に「時制」についての理解が雑だったりします。[…]「時制」の理解は、翻訳する上ですごく重要です。≫

≪基本的な表現に関しては、単に辞書的な意味を知ってるだけじゃなくて、その言葉の「顔」を実感としてわかっていることが大事でしょうね。tiredと言わずにexhaustedと言ったら「あー疲れた」という疲労感がより強いとか、justifyは「正当化する」と訳されるけど、日本語の「正当化」みたいに否定的なニュアンスは普通ないとかね。そういうのを覚えるにはやはり受験勉強のようなやり方ではなく、濫読的に英語を読んだり、映画を見たりするのがいいでしょうね。もちろん英語圏で暮らすのが理想だけど、なかなかそうもいかないし、英語圏に住んでも周りが日本人ばっかりだったりするとあんまり効果はないしね。≫

≪一度「この言葉はこう訳せばいいんだな」と定まってしまうと、もう文脈も考えずに、自動的にそう訳してしまう。これはマズいです。やはり原文のトーンを聞かないといけません。だから、翻訳は数をやればうまくなるかどうかも実はわからない。逆にある種の「型」にはまってしまう危険性があるかもしれません。これって人生すべてそうかも(笑)。≫

≪岸本佐知子さんが言ってましたが、「翻訳者は小心者のほうがいい」ということもあって、「辞書にはこう書いてあるけど、これでいいのかな」と常に不安を感じる人のほうが向いてますよね。特に、形容詞、副詞とかで、辞書にそう定義が載っているからといって、なんかしっくり来ないなあと思いながらそのまま書いたりするのはマズい。そういうときは、少なくとも英英辞典の一冊や二冊は引かないとね。英英辞典は形容詞や副詞に関しては英和辞典よりずっとよくわかる。そもそも英和辞典はたいてい、プリンタとスキャナとファクスの複合機みたいな感じで、どんな状況にも対応できるように、よく使う意味もあまり使われない意味も全部ずらっと並べていて、どれを選んだらいいかよくわからないことが多いですよね。それに対して、ロングマンなどで出している学習用の英英辞典は、あまり使われない意味は見事に切り捨てています。現代英語を訳す上では、むしろそのほうがありがたかったりもする。まあ、何でも載ってる英和と併用するからそう思うんでしょうけど。≫

≪たしかに昔の翻訳者には、英語のスピリットがよくわかっていなかった人も多かったかもしれない。文字通りにも比喩的にも英語が「聞けない」し、文章を読んでもそのトーンがわからないということがあったかもしれません。バイリンガルの人たちはその逆で、英語のトーンとか、どういう感じかというのはよくわかるんだけど、そこで完結してしまって、それを日本語ではどう言えばいいかということをあまり律儀に考える気にならないんじゃないか。まあでもバイリンガルの人だってみんな一人ひとり違うから、あんまり一般化しないほうがいいでしょうけど。[…]理想的ってことで言えば、もっと若い人たちのなかで出てきはじめている、アメリカでバリバリ勉強してきて博士号までとってきて英語力から発想からボディランゲージから何から全部身につけてきた人のほうが理想的じゃないですかね。なんて言うと嫌味か(笑)。≫

≪人文科学の翻訳が総じてひどいのは、心理学なら心理学の専門家が一人で訳しているからであって、ほんとは心理学の専門家と英語を専門にしている人間が協力し合うのが理想。それと同じことを、日本語母語者と英語母語者でやるといいよね。≫

≪英語翻訳の場合、英語について言えば、いろんな英語の文体を知っていて、いろんな声を聞き分けられる、ということは必要ですね。日本語の語彙や表現も豊富でないと、ということもよく言われるし、理屈としてはそうだと思うけど、実感としてはあんまりそういう感じがしないですね。僕は日本人として決して語彙が多いほうだとは思いません。敬語とかも全然知らないし(笑)。で、実感としてはむしろ、「この文体には、この日本語はそぐわない」というように、「原文の雰囲気や感じにそぐわない言葉を削り取る」能力が大事な気がする。例えば、ヘミングウェイの禁欲的な文体に妙に男臭い、安っぽくハードボイルド風の言葉が混じってしまうとかいうのは、マズいよね。

 英語は、土着的なアングロサクソン語と、知的なラテン系の言葉で成り立っている。それと同じように、日本語も、土着的な大和言葉と、インテリ発の漢語で成り立っている。だから、レベッカ・ブラウンやポール・オースターが書くような、アングロサクソン語中心の文章を、やたら漢語の多い日本語にしてしまうと、かなり違ったものになってしまう。推敲する作業って、そういうそぐわない言葉を抜いていくという面がかなりありますね。これとこれは雑草だから抜かないと、みたいな感じかなあ。≫

思想系翻訳の場合には、したがってある程度漢語が多くなるのは必然なのだが、とはいえ読者層を意識しなければいけない場合、このバランスが難しい。フランス語は名詞偏重の言語でもあるだけにいっそう厄介な問題だ。

Tuesday, April 04, 2006

神の一手か、最善手か

以下の文章の端々に『ヒカルの碁』を読んだ痕跡が見られる(笑)…。

ところで、いい機会なので、ここで一言はっきりさせておけば、私は別にポップカルチャーを蔑視しているわけではない。連ドラでも漫画でもJ-POPでも芸能ニュースでも、分け隔てなく楽しむことができる。ただし、ポップカルチャーはあくまでもポップカルチャーであって、これが大なり小なり普遍的な価値をもつ、などと主張することはできない。早い話が、ベビースターラーメンは好きだが、だからといって誰にでも「これほんとにおいしいから」と薦めようとは思わない、ということである。私が何らかの文化現象に「くだらない」という表現を使う場合、それは必ずしも個人的な趣味判断の問題ではない。普遍的には「素晴らしい」が個人的には「つまらない」場合と、普遍的には「くだらない」が個人的には「好きだ」という場合を分けて考えなければならない。


3月29日(水)

マシュレゼミ。友人fkのロバートソン=スミスに関する発表。やっぱり同世代の中では、彼の社会学・人類学に関する情報収集・整理能力はずば抜けている。しかし、私同様、アイデア先行の部分が目立つ。議論ではそこを突いてやる。議論はいつも真剣かつ楽しく。議論の仕方にちょっと八方美人的過ぎるところもある彼だが、彼となら真剣かつ楽しい議論ができる。

同日夜、鮨聖Mの「最後の晩餐」を味わうべく、親友gb&df、畏友cdmおよび共通の友人aら六人で集合。共通の知人で博論に苦しむpの話が出る。cdmの指摘はいつもながらとても鋭い。

「彼の問題はね、アリストテレス解釈の中で議論の余地があるとされている部分と、識者の間ですでに評価の定まっている部分との見分けがついていないってこと。彼にとってはすべてが重大な問題で、すべてが議論し直される必要があるっていう感じなのね。で、それはまずい。別に識者の意見に盲従しろっていってるんじゃないのよ。ただ、従来の「常識」を覆して自分の意見を言うにせよ、まずはそれが常識であるってことを踏まえてる必要がある。そうじゃないと、彼は単なる知的アナーキストになっちゃう。」

日本では哲学科の学生たちというのは男も女も「もさい」というのが定番になっているような気がする(そうでもないか?)。ヨーロッパのさまざまな国籍の哲学者を見てきたが、おしゃれのみならず知的洗練の度合いは平均的に高い(これは社会階層の問題が関係しているのだと思う)。男女を問わず、「知的な美しさ」というものがある。もちろん「知的」というのは「物知り」intellectuelということではない。「本物を知っている」intelligent ということだ。

『ヒカ碁』第18巻「番外編」の「奈瀬明日美」の回などはまったくその好例である(笑)。風俗ビルの囲碁サロンで、かなり胡散臭いおっさんに囲まれて、しかしひたむきに碁を打つ奈瀬。碁の院生・奈瀬のルックスに惹かれて彼女を口説こうとしていた若者は、自分の「常識」をはるかに超えた世界にただただ恐怖を覚えて逃げていく。彼女の真剣さに打たれたわけですらない。ただ、彼女と彼女の生きる世界が「ちょっとヘン」だから怖くなったのだ。こういう人には「知的な美しさ」は一生分からない。ひたむきに本物であろうとする人の美しさが。

共訳者の翻訳チェック。コメントを書くのは翻訳の直しより時間がかかる。


3月30日(木)

たまにメールを見ない夜に限って重要なメールが入っていたりする。どうして私の指導教官は、ぎりぎりまで重要なことを言わないのだろうか?「緊急にカッシーラー論文&解説をPUFの担当者に送れ」って。日程を知ってれば、あらかじめ間に合うように最後の微調整(語句をいじるなど)をしておくのに…。豪友gcに頼んでおいた添削を慌てて取り入れて送信。

「明日(木)15-16時に会えるから、よかったら大学に来たら?」って…。はじめてバリケードと妙に威張った学生検問をかいくぐり、指導教官と会談。博論に関していろいろ収穫あり。

前々から懸念されていたカッシーラー論文の「問題」が最終的に浮上。カッシーラー全集の著作権を握っているのはイェール大学なのだが、著作権料がかなり高いらしい。で、それをPUFが買ってくれるかどうか。それから、仏語版全集を出しているCerfがすでに翻訳権を取得してしまっていないか。…って、もっと前から調べといてくれよ(笑)。

翻訳チェックで徹夜。徹夜しないとまとまった時間が取れないのである。


3月31日(金)

アレルギー科の医者に診てもらう。最近の疲れは、もしかすると花粉のせいかも、という仮説も捨てきれない。

共訳者と会合。彼に叱られるのは精神的な滝に打たれているようで痛いが心地よい。私はひそかにexercice spirituelle と呼んでいる(笑)。


4月1日(土)

awからメールあり。来週月曜日にバディウと一緒にラジオ番組をやることが急遽決まったので、私がバディウをどう思っているか聞きたい、とのこと。急遽決まったとはいえ、なんで急ぎで「私のバディウ観」を言わなきゃいけないの?調子のいい甘えん坊だなあ。しょうがないので、ごく基本的な視座を与え、去年edがやったバディウ&ダヴィド=メナールとのセッションでの私の「質問」(という名の批判)のtranscriptionを添付ファイルで送付。

同日、日仏哲学会から公募論文の査読結果が到着。「採用」とのこと。条件付きだから完全に問題のない論文として認められたとは言えないが、「再査読なしの採用」だから論文全体のクオリティは認めてもらえたらしい。査読の論評は、これまで読んだどんな論評よりも私の論文の特性と問題点を捉えていて、素直に嬉しかった。こんな論評を自分も書けるようになりたいものだ。

夜、6年来の戦友およびラトビアなyy嬢にそれぞれの「愛と哀しみの青春」を語りつくしていただく会。この歳で夜更かしはもう無理だ。二三日引きずってしまう。「絶対面白いから!!」と『ヒカルの碁』を手渡された。悪魔の贈り物


4月2日(日)

を一日半廃人のように読み耽り、最終第23巻まで読了。

夜、fkよりメールあり。次の水曜日のマシュレゼミでの発表(二回連続)の前に会いたい由。彼とは、2000年に私がリールに来て以来の仲。今はボルタンスキーのところで研究員をやっている。ノルマリアンたちが抜け、今やずいぶん発言者のレベルが下がってしまったマシュレゼミでは、残念ながら私の発言くらいしかまともな質問がないので、彼は私の前回の質問の続きを聞きたいのだろう。少しずつfkにも実力を認められつつあるのだなと素直に嬉しい。実力は論文や講演、発表、質疑応答の中ではかられる。それ以外のところで、いかに友達ぶろうが、私的な会話の中で知識をひけらかそうが、駄目である。

『ヒカルの碁』は、前半三分の一くらいは、『月下の棋士』路線(強烈な個性同士がぶつかり合い「神の一手」を追求する路線)で行くか、もう少し現実に近い「切磋琢磨」路線で行くかに揺れがあった。『月下の棋士』の棋士たちの多くは研究会を開かなさそうだが(一手一手に命がこもっているので、下手に練習できない(笑))、『ヒカルの碁』の棋士たちは実に精力的にいろんな研究会を飛び回っている。

しかしまた、あまりにリアルになると(毎日シコシコと棋譜の読解・整理に励む院生、プロの間の低俗な感情のもつれ…)、これはこれでドラマ性に欠けるし。際立ったカリスマであるアキラや野生の天才をもつヒカルといった「選ばれし者たち」も、普通に研究会や碁会所で切磋琢磨し、最善手を検討する。その「天才」と「リアル」のバランスがよかったのであろう。

「切磋琢磨」のリアリティがよく出ているのが伊角(イスミ)くんのエピソードである。筋はいいのだが、優しい性格が災いしているのか精神的に脆く、日本棋院院生からなかなかプロに上がれない彼(第10巻)。ついに四つ年下の主人公ヒカルたちにまで先を越され院生をやめてしまう(第12巻)。立ち直りのきっかけをつかもうとやってきた中国での特訓中に「感情のコントロールは、習得できる技術」と教えられ、少しずつ復調していく(第16巻)。実際のプロ棋士の間で伊角くんの人気が高い(最終第23巻)というのも、あながちルックス面や性格的な面での評価ばかりではあるまい。我々別種の「院生」から見ても、なかなかリアルな悩みを抱えた人物だからではあるまいか。しかし、彼が主人公であれば、ずいぶん地味なドラマしかできない。


4月3日(月)

畏友lfが予告どおり最新の論文を送ってくれる。Cahiers Gaston bachelard に載った奴。「君にも興味ある主題だと思って」なんて言いつつ、「○○や××にも渡してくれ」なんてちゃっかりしてる。それぞれへの献辞が関係を表していて面白い。一番世話になった人には「友愛と最良の記憶とともに」、親しくないけど関係を大事にしておきたい人には「amicalement」、友達には「amitiés」(後二者はわずかな程度の差で、ほとんど同じ)。

夜は、独立系書店Meuraの集い。

Wednesday, March 29, 2006

天使の比較解剖学

インリンさんのコメントにつらつら返事を書いているうちに長くなったので、本文のほうに移します。

***

フェヒナーのダンス論やジェイムズの紹介文などが入ったやつですね。フェヒナーの天使論というのは、要はかなり怪しげ(笑)な宇宙人論みたいなもので、人間以上の超高等生物(生きた遊星)を呼ぶのに他にいい名前もないから「天使」でどうだ、と。というか、フェヒナー自身もふざけて書いてるので、戯作といってもいいかも。

Gustave Theodor Fechner, Anatomie comparée des anges, suivi de Sur la danse, postface de William James, éd. de l'Eclat, coll. "Philosophie imaginaire", 1997.

ランブダシズムのせいでダンス論を翻訳しているラバンは、ラバノテーションのRudolf Laban (1879-1958)のことだと思ってました。が、そうではなく、現代の精神分析家・哲学者Claude Rabantだったのですね。今は亡き"imago"(feu imago...)の1995年10月号に榎本譲さん訳の「死の名」という論文が出ているようです。

ちなみに、僕が「非人間の心理学」会場に持っていったもう一冊の本は、最近復刻されたコルバンの古典。

Henri Corbin, "Nécessité de l'angélologie" dans Le Paradoxe du monothéisme, éd. de l'Herne, 1981, 2003.

Tuesday, March 28, 2006

疲れた旅人

3月21日 ベルクソン業界の某御大より連絡あり。私の労作カッシーラーを軽くいなしてくれた某大書店にもう一度それとなくとりなしていただけるとのこと。親切な目利きが周りにいてくれてよかった。

3月22日 指導教官からメールあり。カッシーラー論文の仏訳に寄せた長文の解説は評価してもらえたようで、いつも以上のお世辞("parfait", "un beau travail")をかなり割り引いても率直に嬉しい。「君の博論にも何らかの形で絶対組み込めると思うよ」…というわけで、早く博論の全体像が見えるプランを出せ、とのこと。アメとムチねっていう。

恒例のマシュレ・ゼミ。ローゼンバーグについての議論。グリーンバーグやら、ジャッドやら。フランスの標準的な哲学者がマイケル・フリードやロザリンド・クラウスに気づくのは一体いつになることやら。

3月23日 献本の報せ。もちろんすべてお世話になった先生行き。ところで、某出版局の連絡はどうして全部郵便なんだろう?執筆者全員に送っていると手間もコストも馬鹿にならないと思うのだが…。その割りに専門書業界の苦境にご理解賜りたく今回は印税なしでというのは、本格的な財務金融改革に手をつけずに増税する小泉政権のようでなんか納得がいかない。まあ、メールにすると余計に煩瑣になるのかもしれないが。

3月24日 一日中アリストテレス・中世哲学ゼミ。非人間の心理学ということで、動物・ロボット・天使の心理学。圧倒的に知的な発言を聞いていると、なんとも言いようのない精神的高揚を覚える。こうなると学問は舞台芸術に近い。

3月25日 友人を招待。徹夜して翻訳。

3月26日 友人に招待される。徹夜して翻訳。翻訳とは何ぞやてな文章も書きたいのだが、あまりにも疲れていて頭が回らない。普段雑誌を通し読みしたりはしないが、『ユリイカ』の「翻訳作法」特集だけは頭から読み続けている。舌津智之(ぜっつ・ともゆき)さんが、柴田元幸訳の同名小説にひっかけて、「憑かれた=疲れた旅人」とは「翻訳家」の別名なりと論じている。
『憑かれた旅人』(1999)Haunted Traveller
バリー・ユアグローの不条理ショート・ショート累積型小説。「呪われた旅人」と訳したくなる原題だが、あえて「憑かれた」とした訳者の柴田元幸は、もちろん「疲れた」との掛け言葉を意識している。ネット上で読める訳者/著者の往復Eメール書簡によると、ユアグロー自身も邦題のダブル・ミーニングを「嬉しい」と気に入っているようだ。本作品でこの拙文を締めることにしたのは、ある意味、「憑かれた旅人」とは、「翻訳者」の別名であるように思われたからである。原作者に憑依された夢遊病者。自由のきかない金縛り状態で疲弊する創作者…。もちろん、どうせ憑かれる/疲れるなら、その結果印税が入るに越したことはないのだが[…]。(112頁)

憑かれているかはともかく、疲れた旅人であることだけは間違いない。

Tuesday, March 21, 2006

終わり良ければすべて良し

1)長らく刊行予定と聞かされ続けてきた『ベルクソン読本』(法政大学出版局)がようやく4月12日に刊行されるとの報。本当に長かったが、出ると聞くとやはり嬉しい。私のごく短いサーヴェイも載っているので、よかったらご覧ください(というか、買ってください)。

2)昨晩から徹夜し、今日早朝、今週の翻訳予定分を終える。ほぼ予定通りに進んでいる。

3)フランスの雑誌に依頼されて出したはずのエッセイにレフェリーで文句がついていた件。「飛び道具」を出してみた。さて、どうなるか?

4)その後、疲れを癒す暇もなく家事・炊事、その合間に仏文学会誌掲載論文の校閲を終える。添削してくれた親友edは、何度も校閲者の仏語能力に疑問を呈していたが、「まあ、そういうもんだから…」と慰める。仏語能力だけでなく、哲学に関する素養、ベルクソン研究に関する基本的な知識など怪しい点はいくらでもあるし、それはそれで仏文学研究者なのだから責められない点もあるが、いずれにせよ校閲の結果、論文が良くなったのだから、それでいいではないか。理性の狡知というべきか。

Wednesday, March 15, 2006

パプラス

無用の書類のことをフランス語でpaperasse、無用の書類の山のことをpaperasserieという。別に無用とは言わないが、今日は一日中、年度末にあたって、および年始に備えての書類作りに忙殺された。実際、教師生活を始めたらこんなもんじゃないのだろうとは十分承知しているつもりだが、それにしても疲れる。

友人が貸してくれた『ユリイカ』の特集「翻訳作法」を読む。柏倉さんのマラルメ連載ものからヒントを得て短いエッセイが書けそうな気がする。スピノザ・マラルメ・ヴィトゲンシュタインの教科書をめぐる三題噺なんてどうだろう。他にも引用したいエッセイ・論考多数。それはともかく、「自己評価」パプラスに関して、相変わらずの高山宏節炸裂。
見事に2000年、2001年あたりから高山マシーンは油切れのポンコツ状態。自著リストを見ても、そして翻訳リストを眺めても、改めてぞっとするような真空状態に陥っている。大体がこういう自己回顧そのものが、ひたひたと前のめりにのみ走ってきたぼくには相当違和のあることのはずなのだが、三十年間一度もやらされたことのない自己評価、自己査定をくり返し巻き返しやらされたこのたびの大学「改革」のお蔭である。「自己評価」などというウソに決ってるばかばかしい作業を象徴する語にして、この四、五年、ジョークにもならぬ当り前の日常語に化してしまった。なんだか履歴書と業績一覧ばかり書かされている。翻訳家暮しがこう簡単に「自己点検」「自己評価」できてしまうのも、今という残酷なタイミングだからだ。土日も会議、夏休みもずたずたに寸断されるこの三年ほど、五百、六百、七百というページ数のハードな本の翻訳を引き受けてきた高山宏にとって、石原慎太郎の官僚どもと、同じくらい愚鈍な大学機構はかなり決定的なダメージだったことが改めてよくわかった。主客一如、批評と翻訳が完璧に合体できた陶酔境には十五年ほどの時間がいっぱいいっぱいかもしれない。でないと「死んでいたかもしれない」(一息入れさせてくれて石原さん、ありがとう、のバカヤロー)。(2005年1月号、177頁)

ところで、同じブラウザ、同じ文字コードunicode (UTF-8)を使っているはずなのに、なんだか文字がおかしい。友人にギリシャ語フォント・ギリシャ文献CD-ROMを入れてもらったことと関係あるんだろうか?ショートカットの割り当てが勝手に変わっていたり、添付ファイルが送信できなくなったり…。

Tuesday, March 14, 2006

校閲、校閲、校閲…

3月10日(金)

ある本を共訳している友人に私の担当部分の初訳を見てもらう。率直に言って目も当てられない状態。この翻訳は、一般的な教養をもつ日本の社会人が少し頑張れば理解できるようなものでなければならない。友人の優れた言語能力、翻訳に対する真摯な取り組みに改めて感服すると同時に、自分の至らなさを痛感。時間がないのは誰でも同じことで言い訳にはできない。

とあるフランスの雑誌から依頼されていたエッセイがレフェリーで厳しい意見をいただいているとの通知を受け取る。仏語の問題、そして内容的な「薄さ」の問題。書き直す時間はあまりにも限られているが、全力を尽くしたい。


3月13日(月)

rythmesureに関する論文の校閲が届く。二人の先生方の「参考意見」はかなり異なる。一人はほとんどノータッチ。もう一方はかなり親切なのか(あるいは哲学論文に馴染みがないのか)、ずいぶん私の仏文に赤を入れてくださっている。これでも、本を何冊か出しているフランス人の友人とかなり議論して練り上げた仏文なのだが…。

むろん、どの件に関しても、低レベルのルサンチマンなど抱いても仕方がない。こちらとしては最善を尽くして自分にできる限りの日本語と仏語を練り上げるほかない。

Monday, March 06, 2006

ベルクソンをめぐる会合

前にも言っていた3月3日の会合(Wormsという現在の第一人者主催の、ベルクソンに関する博士論文を準備している学生たちのゼミ)は無事終了した。きわめてこじんまりとした集まりで、お誘いした(き)(ふ)さんご夫妻には悪いことをしてしまったかな…。でも、聴きに来ていただいてありがとうございました。

発表者は全部で四人。ベルクソンの精神物理学的二元論をとりわけ「物質」概念に即して見ていこうというフランス人。このブログにも参加していただいている、ベルクソンとピエール・ジャネの比較研究を行っていらっしゃる日本人の方(インリンさん――これは「ハッスル」で活躍したアイドル(?)の名を私に発音させようという、そしてプロレスファンの注目を集めようという、きわめて巧妙な謀略なのでしょうか!?困惑しますね――)。ベルクソンにおいて比喩や文彩がもつ言説戦略的な効果を持続概念に即して見ていこうというロシア人。そして私。

私の発表のタイトルは、"Endroit de durée, lieu de mémoire. Quelques réflexions sur Quid Aristoteles de loco senserit"というもの。

ごく簡単に言うと、持続は空間の中には見つからないとして、ではどこに見つかるのか。いや、より正確に言えば、「純粋持続の中にいる」と言うとき、「の中に」が意味していることは厳密には何であるのか、持続の場所はどこか?という問いに対する答えの断片をアリストテレスの場所論に探る、というもの。全体の構成は、

1)アリストテレス論の紹介
2)とりわけ最終章の奇妙な構成を、先述した仮説に基づいて読み解こうとする
3)持続の場所、記憶の場所についてより広範な仮説の提示

という感じ。言いたいことがすべて伝わったとは思わないが、質問も盛んに出たし、私の研究に関心をもってくれたようなので、ひとまず所期の目的は達せられた(と思う)。

今後の予定。

1)友人から催促を受けている翻訳に取り掛からねばならない。いろいろ制約が課されて閉口気味だが、まあ一応全力と誠意は尽くさねばならない。

2)5月18日についに博論の本格的な概観についての発表を行なう。そのため、三月中旬に指導教官と話し合いを持つ。それまでに、去年書いた「ベルクソンの身体概念」に関する論文を出発点にしつつ、より広汎で、より体系的な見取り図を描かねばならない。これから先は、書かねばならない章に取り組みつつ、すでに書いた論文に手を入れて、章に仕立てていくという作業に取り組んでいこうと思う。

Monday, February 20, 2006

ベルクソンのアリストテレス論(2)

では、まず全体の概要をおさえるところから始めよう。少し遠回りに見えるかもしれないが、ベルクソンの場所論が分析対象としているアリストテレスの『自然学』第4章を概観するところから始めることにする。

(1931年のCarteronの翻訳以来、実にほぼ70年ぶりに新しい仏訳が出た(tr. Pellegrin, GF, n°887, 2000 ; 2e éd. revue, 2002.)。日本でも、ハイデガーをして「西洋哲学の根本著作」と言わしめた本書が、文庫本で読めるようになってほしいものだ。

もう一つ、入手しやすくきわめて便利なのが、Press Pocketという出版社が出しているcoll. "Agora - les classiques"である。翻訳は1861年(!)のものであり、最初の2巻分しかないが、自然学に関する問題系を通覧できるアンソロジー(エンペドクレス、デモクリトス、プラトン、デカルト、スピノザ、マルブランシュ、ライプニッツ、パスカル、ヒューム、カント、コント、フッサール、パトチュカ、コイレ、シモンドン)が付されている。原典を読まずに語る風潮が蔓延する昨今、アンソロジーの復権は、「90分で分かる」とか「サルでも分かる」といったお手軽なマニュアル本などよりよほど望ましい。90分で分かってたまるか!)

ペルグラン版は、第4巻(208a29-224a16)に関して、以下のような14の章区分および節題を提案している。

第1章(208a29-209a30)
 場所の研究
 場所の実在を論証する4つの理由
 場所の本性に関する6つの困難

第2章(209a31-210a13)
 場所はある場合には形相であるように、またある場合には質料であるように思われる。
 これらの同一視がうまくいかないことを証し立てる幾つかの理由
 
第3章(210a14-210b32)
 「ある事物が別の事物のうちにある」と言える8つの場合
 第一義的には、ある事物は自分自身のうちには存在しえない
 ゼノンのアポリアに対する応答
 場所は今度は質料でも形相でもないこと

第4章(210b33-212a30)
 場所に認められる6つの点
 場所の定義に関する予備的考察
 場所の定義
 この定義は場所に関する複数の意見を正当なものと認める

第5章(212a31-213a10)
 全体の場所
 場所の定義は当初[第1章で]想定された諸々の困難を解決する

第6章(213a11-213b29)
 空虚の研究
 空虚の実在に関する不十分な反駁
 空虚を主張する者たちの論

第7章(213b30-214b10)
 「空虚」という語が意味するところ
 空虚の実在を主張する者たちへの応答
 
第8章(214b11-216b20)
 分離された空虚の実在を反駁する4つの論拠
 空虚の実在は運動と相容れない。5つの論拠
 可動的なもの(les mobiles)の速さの差に基づく論拠
 中間(le limieu)に由来する困難
 物体に由来する困難
 それ自身において考察された場合の空虚

第9章(216b21-217b28)
 物体の内部に空虚はない
 アリストテレスの立場
 結論

第10章(217b29-218b20)
 時間の研究
 時間の実在に関するアポリア
 時間の本性に関するアポリア:三つの理論

第11章(218b20-220a25)
 時間の定義に関する予備的考察
 時間の定義
 定義に対する5つの補足

第12章(220a26-222a9)
 時間の4つの特性
 時間のうちに存在すること
 時間は停止の尺度である
 あらゆる非存在者は時間のうちには存在しない

第13章(222a10-222b29)
 「今」という語のさまざまな意味
 他の諸々の表現
 時間と消滅(corruption)

第14章(222b30-224a16)
 時間に関する他の諸考察
 時間と魂
 時間とはいかなる運動の数であるのか
 円環的移動は基準となる運動である
 「数とは同である le nombre est le même」ということが意味するところ

***

こうして『自然学』第4巻の目次を眺めただけでも、ベルクソンの時間の哲学にとっての重要性が分かるが、念のため『自然学』全体の構造およびそこに占める第4巻の位置を足早に確認しておこう。

Ce qui constitue une cohérence théorique de la Physique d'Aristote, malgré sa hétérogénéité interne due à l'articulation de sujets différents et à la coexistence de terminologies divergentes, c'est une réelle unité d'objet de la Physique. Comme le souligne Pierre Pellegrin, "la Physique est une étude du changement" (voir l'"Introduction" à sa traduction de la Physique, p. 38).

Contrairement à ce qu'une lecture rapide pourrait laisser croire, dit Pellegrin, les deux parties de la Physique, dont les commentateurs ont proposée depuis l'Antiquité la division entre l'une traitant de la "physique" proprement dite et l'autre du mouvement, ne sont pas si hétérogènes qu'on ne croit. En fin de compte, et indépendamment de la querelle concernant la coupure entre les deux parties, qu'elle soit entre les livres IV et V ou entre les V et VI, la première partie consacrée à des questions générales de physique sert d'introduction à la seconde traitant plus particulièrement du mouvement. Précisons avec Pellegrin : les quatre premiers livres analysent ce que l'on pourrait appeler les caractéristiques générales et les conditions de possibilité du changement, le livre V attaque à même la notion de changement en donnant une définition générale et les principales caractéristiques, et enfin les trois derniers livres développent la théorie aristotélicienne du mouvement, notamment du mouvement local, en proposant, je cite Pellegrin, "une cinématique qui aura une immense importance historique, et en rattachant tout mouvement au mouvement de l'univers produit en dernière instance par le premier moteur immobile" (p. 38).

La lecture du livre II portant sur la causalité que Bergson va entamer plus tard dans son cours de 1902-1903 au Collège de France sera une autre histoire. Ici, nous allons nous concentrer uniquement sur le livre IV et la place qu'il occupe dans l'ensemble de la Physique d'Aristote.

C'est le changement qui va traverser ainsi un champ ouvert entre la physique et le mouvement. Et les notions de lieu, de vide et de temps, telles qu'elles sont analysées tour à tour dans le livre IV, jouent ainsi un rôle de charnière. (à suivre)

Sunday, February 19, 2006

ベルクソンのアリストテレス論(1)

(ちなみに、きりがないのでこれくらいにしておくが、ラテン語副論文に関して最後に三つ。

1)フランスの科学的心理学の祖といわれるテオデュール・リボー(Théodule Ribot, 1839-1916)の遺伝に関する1873年の博士論文(L'hérédité, étude psychologique sur ses phénomènes, ses lois, ses causes, ses conséquences.)の副論文は、
Quid David Hartley de associatione idearum senserit (1872).

2)リボーの弟子で、これまた重要なフランスの心理学者・医学者ジョルジュ・デュマ(Georges Dumas, 1866-1946)の博士論文は La Tristesse et la joie (1900) であるが、その副論文はオーギュスト・コントに関する
Quid Augustus Comte de suae aetatis psychologis senserit (1900).

3)現在忘れられがちだが重要な社会学者リュシアン・レヴィ=ブリュール(Lucien Lévy-Bruhl, 1857-1939)の主論文は L'idée de responsabilité (1884)であるが、その副論文はなんとセネカの神概念に関する
Quid de Deo Seneca senserit.
である。
 ちなみに、ラテン語の動詞 sentire に関して、友人フレデリック・ケックの博論のnote 149にはこうある。

La thèse complémentaire latine de Lévy-Bruhl s'intitulait Quid de Deo Seneca senserit, qui jouait sur l'ambiguïté du verbe latin « sentire », signifiant à la fois "penser" et "sentir", pour défendre la thèse selon laquelle Sénèque a su donner des éléments pour une conception de la Providence divine réconciliant les voies de la nature et les exigences de la raison, mais sans en avoir réellement démontré les fondements. Cf. ibid., Paris, Hachette, 1884, p. 64 : "Humanior fit Deus, amicus, et semper in proximo. Providentia autem qualis sit, quoque modo se in rerum natura deprehendi sint, optimo Seneca sensit, male demonstravit." C'était déjà réfléchir aux rapports entre lois naturelles et exigences de la liberté à travers le sentiment, réflexion dont l'étude de la mentalité primitive prend le relais.

むろん、senseritを用いたタイトルはきわめてありふれたものであり、ベルクソンがこの語を用いることで言葉遊びをしているとは思えないが。)


というわけで、ベルクソンの博士号申請用副論文 Quid Aristoteles de loco senserit (1889). である。

このアリストテレス論は、最初、Les Etudes bergsoniennes, tome II, 1948, pp. 29-104.にRobert Mossé-Bastide (Rose-Marie Mossé-Bastide) に仏訳が掲載され、のちに全集第二巻ともいうべきMélanges (PUF, 1972) に収められた。

この『補巻』に寄せられたアンリ・グイエの序文によれば(以下、p. IXによる)、「この学則に縛られた業績 ce travail scolaire」をベルクソンは決して自分の仕事と認めず、この小論は博論審査用にわずかに印刷されただけで、その後は彼の著作リストに載せられることもなかったが、にもかかわらず次の二つの点で「意義深い significatif」ものである。

1)哲学的・教説的(doctrinal)・内容(contenu)的な関心:ベルクソン哲学の形成期および前期における、アリストテレスとの対話の重要性。ベルクソンは少なくとも次の年度において直接的かつかなり入念にアリストテレスに関する講義を行なっている。

 1885-1886 クレルモン=フェラン大学文学部における講義
 1886-1887 クレルモン=フェラン大学文学部における講義
 1888-1889 クレルモン=フェラン大学文学部における講義
 1902-1903 コレージュ・ド・フランスにおける『自然学』第2巻の注釈
 1903-1904 コレージュ・ド・フランスにおける『形而上学』第11巻の注釈

このようなアリストテレスとの継続的な関わりの中で、1889年のアリストテレス論は、博士論文主論文との関連でとりわけ興味を惹くものである。なぜなら、「場所 lieu」に関するアリストテレスの諸テクストの分析の狭間から、彼自身の持続の哲学における「空間 espace」概念の位置づけが垣間見えるからである。

2)哲学史的・操作的(opératoire)・形式的な関心:ベルクソン哲学自体に興味のないものでも、ベルクソンのような大哲学者が他の大哲学者についてどのような読解を、どのような手続きを踏みつつ、提示するのか興味のあるところである。この点で、『アリストテレスにおける場所の観念』は、ベルクソンがどのように哲学史にとりくんでいたか、その所作について教えてくれるごく稀な好例である。

引用箇所の選択や、ギリシャ語の原文を採録している幾つかの長い註からは、彼の該博な知識や自分の解釈を正当化する際の繊細な配慮が、彼の他の著書よりもはるかによく見える。ベルクソンの読解は忍耐強いものである。一文一文に立ち止まり、その意味するところが究極的にはどこへ向かおうとしているのか、そこに立ち現れてくる困難はいかなるものであるのかを見定めようとする。

アリストテレス哲学の体系的な首尾一貫性を救おうとするために読むのではなく、そのような似非哲学的な配慮から離れて、そこに姿を現している問いをただひたすら鮮明な形で取り出そうと努めること、これがここでのベルクソンの目的に他ならない。(続く)

Saturday, February 18, 2006

ベルクソン、『アリストテレスの場所論』

これからしばらくベルクソンのアリストテレス論読解に向けて準備作業を行っていく。今回は余談。

***

『時間と自由』すなわち『意識の直接与件に関する試論』は、ベルクソンが1889年に提出した博士号取得のための主論文であり、処女著作として有名であるが、その時の副論文である『アリストテレスにおける場所の観念』は圧倒的に読まれていない。

国家博士号取得のための主論文・副論文の制度はその後も長らく続き、フーコーであれば主論文が『狂気の歴史』で副論文が『カント『人間学』の生成と構造』(未刊行)、ドゥルーズであれば主論文が『差異と反復』で副論文が『スピノザと表現の問題』といった感じで、主論文に自己の哲学的な営為の到達点を示すもの、副論文によりアカデミック("thèse d'érudition"と呼んでいる人もいるくらいである)、より哲学史的、より文献読解的なものを提示するという伝統があった。

とはいえ、ベルクソンの時代とフーコーやドゥルーズの時代の間にもすでに明確な違いがある。それは副論文はラテン語で書かれたという点である。

たとえば、ラヴェッソン(1813-1900)
の有名な『習慣について』(1838年)の副論文は、プラトンの甥でその死後アカデメイア学頭の地位を継いだスペウシッポス(Speusippe)に関する
Speusipii de primis rerum principiis placita qualia fuisse videantur ex Aristotele.
であるし、

ベルクソンが生涯にたった一度献辞を付したその宛先であるラシュリエ(1832-1918)の、これまた有名な『帰納法の基礎』(1871年)の副論文は、
De Natura syllogismi
であり(のちにRevue philosophiqueの1876年5月号に"Les conséquences immédiates et le syllogisme"という表題で掲載され、1907年にEtudes sur le syllogismeという論文集に収められたものの元になったのではないかと思われる)、

最後にブートルー(Emile Boutroux, 1845-1921)
の代表作『自然法則の偶然性について』(1874年)もまた博士論文であるが(これはラヴェッソンに捧げられている)、その副論文は、
De Veritatibus aeternis apud Cartesium.
である(本論文はその後、1927年にブランシュヴィックが序文を書き、カンギレムが仏訳して出版された。1985年の再版は現在でも原則的には入手可能である。Des Vérités éternelles chez Descartes, traduite par G. Canguilhem, Paris : J. Vrin, coll. "Vrin-reprise", 1985.)。

ちなみにきわめて細かい話だが、このとても有益なサイト - sublime, absolument sublime ! - からダウンロードできる"L'histoire de la philosophie"というのは、ブートルーの1908年の著作 Etudes d'histoire de la philosophie の巻頭に置かれた論文である。なんと著作全体がBNFでダウンロードできる。

Friday, February 17, 2006

それから

Aix-en-Provence大学での発表を無事終えた。主催者側のご好意で、単なるdoctorantとしては恐縮するほど至れり尽くせりの待遇であった。出席者は15人くらいで、ベルクソンの思想に(とりわけ『二源泉』に)共感を示すかどうかは別として、私の発表に関しては「明晰でとても分かりやすく、はじめて『二源泉』が分かった気がした」と好意的な評が多かったので、準備に手間をかけた甲斐があった。

とはいえ、口からでまかせのお世辞などお手の物の南仏気質。彼らの評価と好意が本当に分かって嬉しかったのは、ゼミを終えたあと。フランスでは通常(少なくとも私の知る限り)、教官や発表者を交えたゼミ後の飲み会などそうそうあるものではないし(教官の性格やゼミの性質にもよるけれど)、実際、彼ら自身も「めったにしない」と言っていたが、「一緒に飲みに行こう」と誘ってくれたこと。みんな何となく残って一緒に喋りたそうだったので、これはよかった。

中身は結局、こんな感じ。

1.『二源泉』の概観
(1)ベルクソン哲学における『二源泉』の位置
(2)各章ごとの争点

2.『二源泉』の一読解:人格・情動・合理性
(1)人格と個人性:ベルクソンからシモンドンへ
(2)情動:ベルクソンとカントにおける「熱狂」概念
(3)新たな合理性に向けて:グランジェの『非合理』を批判する

***

さて、その後は徹夜続きの代償として病気で倒れたり、事務作業に集中したりとろくに勉強できなかったが、今後の予定としては:

1)3月3日にリールで若手ベルクソン研究者の集いがあるので、そこでの小さな発表の準備。ベルクソンとアリストテレスにおける運動と場所の話にしようと思っている。

2)5月18日にやはりリールの有名なマシュレ・ゼミで発表することになっているので、その準備。こちらは遂に本格的にベルクソンの身体概念についての博論の概要を打ち出すことになる。

これから数ヶ月が山場になる。

Tuesday, January 31, 2006

ベルクソンの人格理論

『二源泉』についての講演まで、もうあと一週間となってしまった。今日、レジュメとベルクソンのテクスト抜粋を向こうの大学宛てに送った。テクスト抜粋は、5から40ページという話だったので、『二源泉』全体を概観できるよう、各章から断片を合計20ページほど選び出した。さまざまな要求(1)DEA学生向け、2)経済学ないし社会科学に関するもの)を満たすべく努力したつもりだが、一週間で読ませるには長すぎた気もする。

同時進行で発表用原稿も書いている。やはり書き出すと面白くてとまらなくなる。大筋は頭にあるものの、詳細は書きながら「発見」するし、ときにはまったく予想外の発展を見せることもある。こういうときに日頃「無意味な博学」と揶揄されている事柄が役に立つこともある。

どうやら一時間強喋ればもう十分といった感じであるようなので、逆に時間が足りないな、と思い始めている。各セクション20分くらい。

現在は『二源泉』を概観する第一セクションを書いている段階。大体のイメージはできつつあるが、神秘主義についてゴダール(Jean-Christopheのほうね)のものを読みきるには時間が足りないので、第三章の部分はどうするか。

今日は、グイエの論文「創造的人格」を読んだ。哲学史家の本領発揮といった論文で、ベルクソンの人格理論の発展を時代順におさえている。理論的には得るところが少ない。大変失礼ながら、グイエにしてこのレベルかと安心させられる。

『二源泉』が新たにもたらした理論的寄与として、たとえばドゥルーズは情動の理論や哲学的蓋然性を積極的にプッシュしているが、人格性に関してももう少し掘り下げられるのではないか、というのが私の発表で理論的に新しいところである。人格性に関する議論は各章に出てくるが、とりわけ第二章の出来事の「人格性の要素」はきわめて興味深い。私はカントとシモンドンを使う。

Thursday, January 26, 2006

根源の彼方に

デリダはほとんど読んだことがないが、なんとなく嫌いだ、という方は哲学関係者の中にも多いであろう。だが、少なくともプロである限り、読まず嫌いは禁物である。ここでは、食わず嫌いを緩和していただくべく、ごく簡単にデリダ的な思考の一典型を示してみたい。

次に引用する一節では、「記号」を主題として、それが形而上学的歴史の桎梏から抜け出すことの困難が語られている。簡単に歴史と縁が切れて、新たな思考を始められるとする立場(ここでは新たな記号学・記号論の創設)のナイーヴさに注意を喚起するという態度は、彼の哲学を一貫して貫くものである。

だが、デリダと単なる歴史重視の保守派ないし相対主義を振りかざす懐疑主義者とを隔てる一線は、次の二点において明確である。1)「閉域外のほのかな光を未だ名づけえぬままに垣間見せている断層」、すなわち一時代の閉域を超えて新たに到来しようとするものを正確に捉えようとする注意、2)歴史的相対主義(価値判断停止の恒久化)に落ち込むまいとする意識、がそれである。

以上の方法論的なレベルにおいて見られる超越論的なアプローチは、分析対象の措定の仕方にも現れている。シニフィアンを含む記号、さらにはエクリチュール全般の「外在性」が、それらの概念に存在論的に先行する、という考えがそれである。起源には起源の代補が、差延が先行する、という考えは超越論哲学の過剰なまでの徹底化に他ならない。この意味で、ヴァンサン・デコンブがデリダの思想をフッサール、とりわけハイデガーの「現象学の徹底化」と呼んでいるのは正しい。

*

≪もちろん、これらの概念を捨て去ることが問題なのではない。それらは必然的なものであって、少なくとも今日われわれは、それらなしにはもはや何事も思惟することはできない。まず問題なのは、分離しうるものだとしばしば素朴に信じられている諸概念と思惟の諸態度との一貫した、歴史的な連係を明らかにすることである。記号と神性とは、同じところで同じ時に生まれた。記号の時代は、本質的に神学的である。それは、おそらく決して終わらないであろう。しかしながら、その閉域はすでに素描されているのだ。

"Bien entendu, il ne s'agit pas de "rejeter" ces notions : elles sont nécessaires et, aujourd'hui du moins, pour nous, plus rien n'est pensable sans elles. Il s'agit d'abord de mettre en évidence la solidarité systématique et historique de concepts et de gestes de pensée qu'on croit souvent pouvoir séparer innocemment. Le signe et la divinité ont le même lieu et le même temps de naissance. L'époque du signe est essentiellement théologique. Elle ne finira peut-être jamais. Sa clôture historique est pourtant dessinée.

 以上の諸概念の構成する遺産を揺り動かすために今日これらの概念が不可欠であるだけに、なおさらわれわれはそれらを放棄してはならない。閉域の内部において、斜に構えた、常に危うい運動によって、そして自身が脱構築しているものの手前に再び落ち込んでしまうという危険をたえず冒しているひとつの運動によって、危機的で危険な諸概念を慎重で綿密なひとつの言説で包囲し、それらの危機的な概念の有効性の諸条件、場、諸限界を提示して、それらが所属している機構はそれら自身によって脱構成しうるのだということを厳密に指摘せねばならず、また同時に、閉域外のほのかな光を未だ名づけえぬままに垣間見せている断層についても、指摘せねばならない。

Nous devons d'autant moins renoncer à ces concepts qu'ils nous sont indispensables pour ébranler aujourd'hui l'héritage dont ils font partie. A l'intérieur de la clôture, par un mouvement oblique et toujours périlleux, risquant sans cesse de retomber en-deçà de ce qu'il déconstruit, il faut entourer les concepts critiques d'un discours prudent et minutieux, marquer les conditions, le milieu et les limites de leur efficacité, désigner rigoureusement leur appartenance à la machine qu'ils permettent de déconstituer ; et du même coup la faille par laquelle se laisse entrevoir, encore innommable, la lueur de l'outre-clôture.

この場合、記号の概念は範例的なものである。われわれは先ほど、それが形而上学に所属していることを見た。しかしながら周知のように、一世紀ほど前から、記号という主題は、意味作用の運動を意味、真理、現前、存在などからもぎ離すのだと自称していた一つの伝統の、断末魔の苦悶である。[…]われわれが気にかけているのは、[新たな記号論の誕生の成否などではなく]記号の概念――これは(現前の)哲学の歴史の外では決して存在もせず、機能もしなかった――の中でなおも一貫して、また系譜的にこの歴史によって規定されているものである。だからこそ、脱構築の概念、またとりわけ脱構築の作業、その「スタイル」はその本性上、さまざまの誤解や誤認にさらされ続けているのである。

Le concept de signe est ici exemplaire. Nous venons de marquer son appartenance métaphysique. Nous savons pourtant que la thématique du signe est depuis près d'un siècle le travail d'agonie d'une tradition qui prétendait soustraire le sens, la vérité, la présence, l'être, etc., au mouvement de la signification. [...] Nous nous inquiétons de ce qui, dans le concept de signe -- qui n'a jamais existé ni fonctionné hors de l'histoire de la philosophie (de la présence) -- reste systématiquement et généalogiquement déterminé par cette histoire. C'est par là que le concept et surtout le travail de la déconstruction, son "style", restent par nature exposés aux malentendus et à la méconnaissance.

 <意味するもの>の外面性はエクリチュール全般の外面性であって、われわれはもっと先で、エクリチュール以前には言語記号は存在しないということを示そうと思う。この外面性なしには、記号の観念そのものが崩壊してしまう。それとともにわれわれのあらゆる世界、あらゆる言語は崩壊するであろうがゆえに、またこの観念の明証性と価値とはある分岐路までは破壊不可能な堅固さを保有しているがゆえに、この観念が、ある一つの時代に所属しているからといって「他のものに移行」せねばならぬとか、また記号を、記号という用語や観念を捨て去らねばならぬとか結論することは、いささか愚かしいことであろう。われわれがここで素描している態度を適切に把握するためには、新たな仕方で「時代」、「一時代の閉域」、「歴史的系譜」という表現を理解せねばならず、まずもってこれらの表現をあらゆる相対主義から引き離さねばならない。≫ (デリダ、『根源の彼方に グラマトロジーについて』、足立和浩訳、現代思潮社、1972年、36-37頁。一部改訳。)

L'extériorité du signifiant est l'extériorité de l'écriture en général et nous tenterons de montrer plus loin qu'il n'y a pas de signe linguistique avant l'écriture. Sans cette extériorité, l'idée même de signe tombe en ruine. Comme tout notre monde et tout notre langage s'écrouleraient avec elle, comme son évidence et sa valeur gardent, à un certain point de dérivation, une indestructible solidité, il y aurait quelque niaiserie à conclure de son appartenance à une époque qu'il faille "passer à autre chose" et se débarrasser du signe, de ce terme et de cette notion. Pour percevoir convenablement le geste que nous esquissons ici, il faudra entendre d'une façon nouvelle les expressions "époque", "clôture d'une époque", "généalogie historique" ; et d'abord les soustraire à tout relativisme." (Jacques Derrida, De la grammatologie, éd. Seuil, 1967, pp. 25-26.)