Friday, June 20, 2008

mnさん、アドレス受け取りました。では7月に。ブラジルは肌寒いそうです。hf

Thursday, June 12, 2008

パブリックかコモンか?サミット体制と明日の条件なき大学

デリダの『条件なき大学』の訳者である西山雄二さんが反グローバリズムの枠組みで大学について語るそうです。私は哲学・教育・政治の三位一体の観点から(様々な点で議論の余地があるとしても)基本的にはこのような試みに賛同しています。

こういった問題を哲学外在的と捉えるのは端的に間違っています。そして同様に、数年後、自分の研究環境が悪化して初めて「自分はあのとき何もしなかった」と気づいても遅いのです。

***

パブリックかコモンか?サミット体制と明日の条件なき大学
日時:6月30日(月)3:00−5:00
場所:中大駿河台記念館 570号室

 洞爺湖サミットと連動して、「G8大学サミット」なる学長会議がはじめて開かれようとしている。サミットと同様、そこには何らの正統性もない。しかも、この会議の開催自体、大学という高等教育の布置を強引に書き換えるものである。近代の大学の概念はカントに遡り、国連の構想と同じ起源をもつ。それゆえ大学はドメスティックな存在であると同時に、まがりなりにも人権思想に根ざす国連の諸決定を参照してきた。だが、いまや先進国の主要な大学は、みずから進んでサミット体制に組み込まれようとしている。それは大学が高等教育の無償化をめざす国連の枠組みから離脱し、教育の商品化を推進するWTOの教義と結びつくことを意味する。

 問われているのは、学問の自由のみならず、大学という運動の存在論的な地平そのものである。大学は資本や国家といかなる関係を切り結ぶべきなかのか?

 かつてのデリダのように、われわれもサミット体制に抗する「条件なき大学」を語ることができるのだろうか?もしそうであるとすれば、パブリックな討議空間である以上に、学生と教員が共に生を営む場として、いかなる群集状態が想い描かれるべきなのだろうか?G8大学サミット開催と敵対しつつ、コモンとしての大学への展望を考えてみたい。

パネラー 西山雄二(東京大学UTCP、ARESER:高等教育と研究の現在を考える会)
     大野英士(首都圏大学非常勤講師組合)
     世取山洋介(首都圏ネット)
     コ・ビョンゴン(スユ)

司 会  白石嘉治

Tuesday, June 10, 2008

"Hyperbole. Pour une psychopathologie lévinassienne" de Yasuhiko Murakami

Voici un nouveau livre de mon ami Yasuhiko Murakami, représentant de la nouvelle génération des phénoménologues japonais :

Hyperbole. Pour une psychopathologie lévinassienne.
de Yasuhiko Murakami

Présentation :
Dans Lévinas phénoménologue (J. Millon, 2002), l’auteur a tenté de dégager la structure de la subjectivité transcendantale qui implique la possibilité de sa propre destruction dans son essence même. Hyperbole – Pour une psychopathologie lévinassienne s’efforce de préciser en quoi la destruction de la subjectivité – à savoir la possibilité de la maladie mentale, du désordre du développement et du traumatisme – peut s’inscrire dans l’horizon de la phénoménologie, dès lors que la destruction possible du rapport inter-humain peut s’inscrire dans la structure de la subjectivité. L’affection relevant de cette possibilité constitue comme un noyau de l’« éthique » lévinassienne (ch. 4). Contre cette possibilité, il faut assurer la possibilité de rétablir ce qui est détruit. C’est ce que Lévinas appelle le « sens » (ch. 5). Notre vie quotidienne implique toujours à son horizon ces deux pôles extrêmes d’« attraction ». L’« hyperbole » est le nom de cet horizon et de la méthode pour y accéder. C’est la notion de « demeure » dans Totalité et infini qui constitue la face positive de cette subjectivité vulnérable. La demeure se trouve au point de jonction de la sensibilité, de l’action et du rapport à autrui (ch. 2). Sans elle, il est impossible d’assurer le sens contre le non-sens. En outre, la théorie de l’il y a qui s’oppose architectoniquement à la demeure peut se lire comme prémisse d’une théorie du symptôme, comme amorce d’une phénoménologie du non-sens (ch. 3) Par suite, pour refonder ce projet de la psychopathologie phénoménologique, il faut resituer la théorie lévinassienne de l’altérité. Ce travail de refondation passe par la redéfinition de l’ensemble articulé des structures découvertes par Lévinas comme « affection d’appel » qui se distingue aussi bien de l’empathie husserlienne que de l’inter-corporéité du type merleau-pontien (ch. 1). Le projet de la psychopathologie phénoménologique ainsi réorienté permet d’entamer une analyse détaillée de l’autisme (ch. 1) et du traumatisme psychique (ch. 6).

Yasuhiko Murakami : Hyperbole. Pour une psychopathologie lévinassienne, Amiens, Association pour la promotion de la phénoménologie, 2008, 119p., ISBN 2-916484-03-05 (18€)http://www.europhilosophie.eu/recherche/spip.php?article289&var_mode=calcul

Monday, June 09, 2008

告知

『赤と黒』の新訳問題、とうとう一般紙にまで報道される騒ぎに発展してしまいましたね。誤訳は、指摘の仕方次第で有益にも不毛にもなるだけに、いささか好戦的に過ぎる今回の論評は残念です。

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今年も大車輪の活躍をなさっている、友人の西山雄二さんが今度はヘーゲルについて語られるそうです。

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日本ヘーゲル学会主催シンポジウム「ヘーゲルとフランス現代思想」
http://wwwsoc.nii.ac.jp/hegel_jp/
日時:08年6月14日(土)13時~16時
場所:東京大学(本郷)法文2号館3階 1番大教室
提題者
今野雅方 「コジェーヴのヘーゲル論」
鵜飼哲(一橋大学) 「デリダにおけるヘーゲル」
西山雄二(東京大学) 「最近のフランスのヘーゲル論」
コメンテーター:熊野純彦(東京大学)、高田純(札幌大学)
司会:山口誠一(法政大学)

Saturday, June 07, 2008

ギリシャ語、ブラジル

安吾は神経症にかかっていたとき、語学をやって気を紛らせたといいます。

アトピーで苦しんでいた私も、実は、四月から古典ギリシア語を習い始めました。思索するほどには集中できない、かといって放心もできない(何かしていないと辛い)ときに何をするかで、ここ数か月苦しんでいました。ひとまずの解決策がこれです。

ギリシア語にはこれまでも無手勝流で挑んではいたのですが、やはり先生について学んだほうが効率がいいですね。圧倒的に時間がないので亀のような歩みですが、それでも着実に進むことができます。

今は、新約聖書を読んでいます。夏休みには、小さな偶然の積み重ねで出逢ったjn先生に手ほどきをいただいてプロティノスを読もうと思っています。

生半可な哲学史の知識を振りかざして「プラトン以来の西洋哲学は云々」という前に、古典ギリシア語もろくに読めない自分を見つめ直そう、ということです。

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ブラジルでのシンポジウムがそろそろ迫ってきたので、一応宣伝しておきます。

昨年の12月に訪れたときは(その時の模様はこちら)、小さなセミナーをやらせてもらって、ベルクソンの第一の大著『試論』の私なりの読解を提示させてもらいました。今回も当初は「セミナーもやりましょう」という提案をいただき、第二の大著『物質と記憶』の自分なりの読解を披歴しようと思っていたのですが、さすがに三日間の大規模なシンポジウムの後ではやる方も聴く方も辛かろうということで中止にしました。

なので、上記サイトに予告されている「ベルクソンとレヴィナスにおける物質と記憶」をやるかどうか迷っています。これは、昨年、コレージュ・ド・フランスでやった発表「踏切板と石板―ベルクソンとレヴィナスにおける物質性の概念」の続編で、主に二人の記憶概念を扱う予定でした。

しかし、自分の都合から言うと、ここらへんで自分なりのMM読解のアウトラインを短時間で示せるようになっておくほうがいい気もする。

さて、どうしたものか。

Wednesday, May 28, 2008

近況など

今回の病気を通して学んだことが一つある。それは、回復するときには、マイナスが減っていって、ゼロになって治癒するといった「ゼロサム」ないし几帳面な収支見積もり型ではなく、マイナスは常にありつつも、それを超える猛烈な勢いで治癒が進む、どんぶり勘定型であるということ。少なくとも今はそう思っている。

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日曜日に学会発表を終えた。病気が徐々に良くなっているせいか、研究の「アベレージ」も徐々に回復してきている気がする。司会のnmさんと学会終了後も長いあいだ議論する機会を得て、今後別の出来事(イベント)に発展しそうな予感。

質疑応答での質問は主に三つ。Q1)ソレルへのベルクソンの影響は分かったが、ベルクソン側はどう受け止めていたのか?A)書簡集に答えの一半がある。

Q2)「資本の論理」と「資本家の論理」は違うとの指摘。A)まさにそのとおり。前者は後者に還元されないが、後者は広い意味で前者に含まれると考えているので、私は前者の表現しか用いていない。

Q3)ソレルのポイントは「生産者のモラル」にあるのでは?A)それは『暴力論』新訳の訳者の一人今村さんの解釈でもあり、1981年に出たArthur L. Greilの研究書(おそらく博論)Georges Sorel and the sociology of virtueの言う「徳の社会学」もその方向性である。

ソレルのこの側面をモラルと呼ぶか、徳と呼ぶか、あるいはベルクソン研究側の唯一まとまった研究であるアンドルーのそれ(「ベルクソンとソレル」)のように、宗教的・神秘的とするか、それを決定する要因を探すことには私は興味がない。私の言い方で言えば、『暴力論』はベルクソンの『二源泉』がそうであるように、「人はいかにして行動へと駆り立てられるか」という〈行動の論理〉を探究した書物であり、その意味で、行動へと駆り立てる個々の契機が道徳であれ宗教であれ、それ自体はさほど重要ではないと思うからである。それよりも私にとって重要だと思われるのは、ベルクソンとソレルが概念ではなくイメージと隠喩に依拠した同じ言語戦略――「言葉の暴力」とはその別名にほかならない――を意識的に用いていたということ、これである。ソレルが暴力の思想家だとして、それはプルードンの影響ではなく、ベルクソンの影響ではないかとすら考えたくなる。これが今回の発表のテーマの一つであった。

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土曜、学会後の懇親会には友人たちがまったくおらず、かなりがっかりする。が、それはそれ、気持ちを切り替えて、前々から話してみたかった人に話しかけたり、旧知の方々にご挨拶したり、となかなか有意義であった。日曜、上に同じ。最後は某出版社や先生方に連れられ、謎のジャズ喫茶に…。

一例。シュルレアリスム研究の俊英msさんに「シュルレアリスムにおけるアナロジーの機能」という質問をぶつける(ブルトンの)。私の発表を聴きに来て下さり、『水声通信』No.23:「シュルレアリスム美術をどう語るか」、2008年3/4月号 をいただく。

一例。バルザック研究の大家tkさんは実に気さくな方。《結婚の脱構築》の話を振ると、「結婚契約」論(彼は「結婚財産契約」と訳すつもりらしい。一見識である)を送ってくださるとのこと。

お二人とも、私のような見ず知らずの若者にも気取りなく接してくださる。やはり、こんな研究者になりたいもの。

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月曜日、宿怨の、いやいや、長い間頭痛の種であったゴーシェ翻訳、ふんぎりをつける。共訳者の(き)さん、本当にごめんなさい。

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火曜日、村上靖彦さんの新著『自閉症の現象学』(勁草書房、2008年)をいただく。いきなりリズム論が目に飛び込んでくる。私自身のrythmesure論をもっと深めないとと思い続けて、はや幾星霜…。

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5-6月の課題。

1)6月までに、昨年のコレージュでの発表原稿仕上げる(あと三日…)。
2)6月下旬のブラジル・シンポの原稿(あと三週間と少し…)。
3)某学会の投稿論文、6月末までに仕上げる(やれんのか…)。

Saturday, May 03, 2008

自分だけの部屋(a room of one's own)

「条件付きの大学」の発表を終えた。『条件なき大学』の批判的読解を展開した第一部にほとんどの時間を費やし、制度論の必要性を説く第二部にはごく簡単に触れることしかできず、現代フランスの幾人かの哲学者の著作に解決の糸口を見出す第三部には入ることもできなかった。

体調の悪さが聴衆に分からないほど「元気そう」だったというのは私のささやかな誇りでもあるのだが、体調は依然悪いまま推移しており、予定していた準備の三分の一程度しかできなかった。

***

「条件付きの大学」第一部から第二部への移行部分にタイトルを与えるとするなら、「自分だけの部屋」ということになるだろう。ヴァージニア・ウルフの有名なエッセイの出だしをこんな風に借用しつつ。

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《哲学と大学という題目は、哲学および大学とはどのようなものであるかという意味かもしれませんし、あなた方もその意味で考えていらしたのかもしれません。あるいは、それは、哲学と哲学が紡ぎ出す大学論という意味かもしれませんし、哲学と哲学をそのうちに構成要素として含む大学という意味かもしれません。もしくは、これら三つが入り混じっていることを意味していて、あなた方は私にこの題目をそのように考えることを望んでおられるのかもしれません。

でも、この題目をその一番最後の最も興味深い意味で考え始めた途端、それには致命的な欠点があることに私は気付きました。決して結論に到達できないだろうということです。私は、講演者の第一の義務と自分で了解していること――つまり、一時間の講演の後で、あなた方がノートの頁の間に包んで暖炉の上にずっと保存しておけるような一塊の純粋な真理をお渡しすること――は到底出来ないでしょう。

私がせいぜいできることは、一つの小さな点についてある意見――すなわち、哲学が大学について考えようとするなら、《お金と自分自身の部屋》を持たねばならないということ――を述べるだけなのです。ということは、言うまでもなく、哲学の本質および大学の本質という大きな問題を未解決のままにしておくことになりましょう。私はこれら二つの問題について結論を出すという義務を避けたわけで――哲学と大学とは、私に関する限り、未解決のままなのです。

しかし、いくらかでも埋め合わせをするために、私がどのようにして《部屋とお金》についてこうした意見を抱くに至ったかをできるかぎりお話ししてみましょう。私にこうした考えを抱かせた次第を、あなた方の前で、できるかぎり丹念に率直に辿ってみたいと思います。この声明の背後にある色々な考えや偏見を洗いざらいお見せすれば、きっとあなた方はそれらが哲学にも幾分関わりがあり、また大学にも幾分関わりのあることがお分かりになるでしょう。》

Tuesday, April 29, 2008

条件付きの大学

告知をするのを忘れてましたが、

「条件付きの大学――フランスのエリート教育の光と影」

というタイトルで発表をします。詳細はこちら。4月30日(水)18:00‐20:00の予定です(倒れない限り…)。

基本的におフランスな感じにもフランス地域研究みたいな感じにもならないので、そのあたりは誤解のないようにお願い致します。必要な範囲でフランスの紹介もしますし、フランスの哲学をツールとして用いもしますが、考えたいのは今ここにある《私たち》の問題としての「哲学と大学」です。狙っているのは、哲学・思想研究者に《制度》の重要性を説きつつ、高等教育論・教育社会学者に《哲学》ないし《脱構築》の重要性を説くという両面作戦です。よかったらお越しください。hf

Monday, April 28, 2008

野球漬け

自分で自分を追い込んでいる?わざと苦しい方を選んでいる?そうかもしれない。しかし何にせよ信じた道を進むほかないのではないか。静脈注射とレーザー治療の日々。

苦しいからこんなものしかできません、ではなく、
苦しくてもこんなことまでできます、になれるように。

***

岩田稔と原江里菜

 19日のヤクルト戦(神宮)は6回4失点。ローテ落ちの危機を感じた。この登板まで中6日。必死で修正した。調整に遠投を加え、フォームの安定を図った。登板前日に行っていた投球練習は2日前に変更。ベテランの下柳が投げるブルペンに足を運び、投球術を盗むことに没頭した。

 昨年から時間の使い方が変わった。週1回。全体練習の後に通う場所がある。関大時代に汗を流した大阪市内のジムだった。取り組んだのは股関節の可動域を広げるメニュー。けがに強い体を作ることが目的だった。

 先発ローテを任されてからは、ナイターの翌日でも必ず早朝に起床する。“やらされていた練習”は卒業。生活のすべてが野球漬け。自発的に動くことが成長の証だ。

*

糖尿病と闘いながら初勝利 プロ3年目の阪神岩田
 糖尿病と闘いながらマウンドに上がるプロ野球阪神の岩田稔投手(24)が、29日に京セラドーム大阪で行われた横浜戦で、プロ初勝利を挙げた。プロ3年目の左腕は「めちゃくちゃうれしい」と、お立ち台で笑顔をのぞかせた。
 発病したのは大阪桐蔭高の2年生の冬。病院で糖尿病だと聞いても、最初は何の病気だか分からなかったという。「野球はできないな」と覚悟もした。それでも、糖尿病を抱えながら巨人で活躍したビル・ガリクソン投手の存在を知り、続ける勇気をもらった。
 今でも1日4度の注射は欠かせない。忘れると血糖値が上がり、体がだるくなる。昨季のキャンプでは球数や動きの制限もあったが、地道なトレーニングで克服。この日も6回108球を投げたが、不安はなくなった。
 抑えの藤川投手から受け取ったウイニングボールを「嫁さんに持って帰ります」と言って、ポケットに大事にしまった。多くの人の支えで手にした1勝だった。
2008年03月29日21時27分

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今季はここまでトップ10入りもなく「手応えはあるのに成績が出ない」と悩んでいた。そんな中で励みとなったのが、オフに一緒にトレーニングをした阪神・岩田の存在。1型糖尿病を抱える岩田は3月末に初勝利を挙げるなど活躍。「地道に頑張る姿勢に影響を受けていたし、自分にもできると思えた」と気持ちを新たにした。

Sunday, April 13, 2008

オプティミズムの重さ

ベルクソン情報
・2007年4月にトゥールーズで行われた日欧シンポジウムのヴィデオがようやくウェブ上に公開された。
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ベルクソン研究。相も変わらず「有限性」概念の周囲をうろうろしている。ベルクソンは「エラン・ヴィタルは有限である」と倦むことなく繰り返すが、その正確な射程はどこまで届くのか。

郷原佳以さんの「死体の重さ、あるいはアネット・メサジェの反ベルクソニスム」(2007年12月28日)とは相当近いところで交差している気がする。

郷原さんは、ベルクソンに欠けているのは「死」の問題ではなく、より正確に言えば、《つねにすでに「死んでいる」状態で「生きている」こと》としての「不死」の問題だと指摘する。「不死」が「生き残ってしまった」「死に損った」という感情を抱きつつ生き続けることなのだとすれば、彼女の指摘は、「アウシュヴィッツ以後、ベルクソン哲学は可能か」とも言い換えられるであろう。

「なのだとすれば」――しかし、おそらくそうではない。メサジェにおいて問題となるのは、死んだも同然の(しかし死んではいない)「生者」でもなければ、完全に死にきった生物の「死体」の現実的な重さでもない。鳥の死骸が大量に貼られた作品にあっても、問題となるのは、それが「かつて生きていた」という量的で現実的な存在感ではなく、あくまでも生なきものが眼差してくるという「奇妙なリアリティ」の方に力点がある。メサジェの作品を特徴づけると同時に、ベルクソニスムを「20世紀後半のある種の思想や芸術から決定的に隔ててい」るのは、あたかも活きているかのような「無機物」の亡霊的な息づきなのだ。
《たとえば床の上に無造作に投げ出されて襞を拡げたコートが、時と場合によっては何かきわめて恐ろしいものに見えることがありうる。[…]物体が「不気味なもの」として現われてくるのは、それが道具としての機能を停止させ、それ自体として生気を帯びてくるときではないだろうか。無機物は「死んでいる」ことにおいて生物に似始める。そして幽霊のようになる。》
郷原さんのデリダ=ブランショ的な幽在論(hantologie)とすれ違う形で、ここで考えてみたいのは、ベルクソン的な幽在論の可能性である。伝統的な語彙で言えば、ベルクソンにおける「物質性」概念の可能性である。
《ここ[メサジェの作品]には死の「切迫性」など皆無である。ここに見出されるのは、一瞬先に待ち構えているかもしれない可能性として私たちの「生」をたえず脅かし続け、そのことによって私たちの「生(ヴィ)」を「死活に関わる=生気ある(ヴィタル)」ものにする「死」、つまり「生」を脅かすことによって「生」を活性化させる「死」ではない。あるいは端的に、ベルクソン的観点からすれば、そこには「死」などない、たんに「物質」の支配があるだけだ、ということになるかもしれない。確かにメサジェのオブジェはすべて「物質」であるだろう。》
そのとおりである。ベルクソン的観点からすれば、そこには「死」などない、たんに「物質」の支配があるだけなのだ。問題は、その物質とはどのようなものなのか、を知ることにある。ベルクソン的な物質とは、我々がその抵抗自体を糧として生命活動へと取り込み生きるもの、「生を活性化させる脅威」にすぎないのではないか――この指摘は、私が昨年の日本篇で行なった発表(「生物の丹精=産業」)の限界を衝いている。私の狙いは、物質のしなやかさ(élasticité)、『創造的進化』第二章の産業的次元を強調することにあったのだから。だが、では、物質のもつ「不気味」な影の側面はどうなるのか、と郷原さんは問うている。

この問いには、ベルクソニスムを『物質と記憶』の方へと遡る仕方と、『二源泉』のほうへと下る仕方と、二つの仕方で答えることができるように思われる。6月にブラジルで行なう発表ではもっぱら前者の冒険的なアプローチをとるので、ここではより穏当な後者のアプローチをとることにする。

たしかにベルクソンは、フロイトやハイデガーのように「不気味なもの」の思想家ではない。ベルクソン的宇宙を、メサジェのオブジェ群が構成するような、負のエネルギーに満ちた宇宙として描き出すことも問題にならない。光と影の鮮明なコントラストに一瞥を投げかけた後で、しかしながら、ベルクソン研究者にとって重要なのは、生と歓喜の思想家の微細な陰影を浮き彫りにしていくことであろう。

《なるほどベルクソンも「死」をたえず視野に入れていただろう。しかしそれが、「生」を活性化させる脅威として、「生」の側から「死」を眺める眼差しであったとすれば、メサジェのオブジェは「死」の側から、「生」を照らし出す。そしてこれが現実なのではないか、と囁くのだ。私たちは大量の死体のうえに、「生きている」のではないか、と。》
そのとおりである。「これが現実なのではないか」「私たちは大量の死体のうえに、《生きている》のではないのか」。『創造的進化』の後、長い沈黙に入ったベルクソンもまた、そう呟き続けたように思われる。一次大戦を目の当たりにし、ナチスの影と近づく二次大戦を予感しつつ、『道徳と宗教の二源泉』を発表するのはようやく1932年のことにすぎない。

ベルクソンが『二源泉』で「生」の側から「死」を眺める眼差しを放棄したというのではない。『二源泉』は、「死」の側から「生」を照らし出す不安の哲学は「理性の不安」の産物にほかならないと説きさえするだろう。だが、重要なのはそこではない。そう説くと同時に、生と死の「彼岸」を垣間見ようとすることが、もはや矛盾とならないような地点、それをこそ『二源泉』のベルクソンは目指すことになる。この幽在論がペシミズムより峻厳なオプティミズムであるのはたしかだとしても、それはまだ哲学であり続けるだろうか。重要なのは、この「哲学とその外部」の問いである。

郷原さんがベルクソンを「20世紀後半のある種の思想や芸術から決定的に隔ててい」るとしたその切断線はまさに「ベルクソニスム」そのもののうちに、すなわち『創造的進化』と『二源泉』の間に、おそらくは哲学とその外部という形で、引かれているのだ。

哲学者は言う。人は死の淵に立つことはあっても、決して死そのもののうちに立つことはできず、死を語ることも、ましてや死の側から生を見ることなどできない、と。文学者は混ぜ返す。ポーのヴァルドマール氏を見よ、と。

――文学的フィクションではないか。――いや、芸術の虚構こそが語りうる生の現実というものがある。――だが、そうだとすれば、その言説形式はもはや哲学ではなく、「死そのもの」や「死から見た生」は単なる哲学の限界内では語りえぬものなのではないか。――いや、「脱構築」ないし「蓋然性の交切線法による哲学の進化/深化」は、まさにそれを可能にするのだ。というよりむしろ哲学とは常にすでにそのような遂行的矛盾を犯す罪深いものではなかったか。

「無限の対話」は続く…

Sunday, April 06, 2008

カミュの「婚礼」

ふたたび走り出そうとした瞬間にまた病がぶり返す、その繰り返し。

今日はようやく以下のエッセイに目を通せただけ。

結婚論 『結婚』(高畠正明訳)と訳されたカミュのエッセイの原題はNoces。1936-37年に書かれ、39年に初版がごく小部数刊行されたというこのエッセイの主題は、しかし、結婚ではなく、アルジェ地方における「人間を世界に結ぶこうした絆」であった。

《雨上がりの夕べ、大地はみな、夏のあいだじゅうその身を太陽に任せたがために、その腹を苦いアマンドの香りのある精液に濡らし、休息している。そしていまふたたび、この匂いが人間と大地との婚礼に捧げられ、ぼくたちのなかに、この世で真に雄々しい唯一の愛をかきたてるのだ。それこそ滅ぶべき、だが高潔な愛だ》(新潮社版『カミュ全集』第1巻、222頁)。

Saturday, April 05, 2008

的確な挑戦

6月にブラジルで行われるベルクソン・シンポジウムに正式に招待されることになった。9月にパリで行われる生命倫理のシンポジウムは迷った末、辞退することにした。

前者は、自分の研究スタイルが国際的に認められるよう引き続き挑戦を続けていくため、承諾した。後者は、錚々たるビッグネームが並ぶ日本人参加者に混じって挑戦してみたいという願望もなくはなかったのだが、いろいろ考えてやめることにした。

当たり前の話だが、何でも挑戦してみればいいというものでもない。今年はすでに発表を6本(日本語3つ、フランス語3つ)抱えている。そのうち、本来の専門であるベルクソン研究から恐る恐る足を踏み出した発表が3つ(大学論2つ、結婚論1つ)もある。生命倫理についても発表のネタはあったのだが、それを満足いくほど熟成させる時間がない、と判断したのである。

挑戦するなら、的確な挑戦をしなければならない――すでにしてオーバーワークという声もあるけれど…。大切なのは、自分の置かれた状況を考え、今の自分に必要な挑戦を課していくこと。

*

転機の浅野忠信、とは4月3日朝日新聞夕刊の記事。主演の『モンゴル』は、ロシア人監督のもとに13カ国のスタッフとキャストが結集した、ドイツ・ロシア・カザフスタン・モンゴル合作であるらしい。

《セリフはすべてモンゴル語。激しい乗馬アクションもある。「今までの自分だったら断っていた」

ちょうど30代に入り、新たな方向性を模索する時期だった。「自分がいた場所に、別の若い人たちがいる。これまでのやり方は通用しない。ここは挑戦すべきだろう、と」

多言語が飛び交う現場は想像以上に過酷だった。生傷は絶えず、宿では水の出の悪いシャワーに泣かされた。モンゴル人スタッフから「お前がハーン?イメージが違う」ときついダメ出しも受けた。

「外国人が戦国武将をやるようなものだから、文句が出るのは覚悟の上。できないことより、何ができるかを考えていた。不安を乗り越え、自信をもらえた現場でした」》

Friday, April 04, 2008

メデアにおける感情の振動

最近岩波が出している幾つかの哲学系の双書・叢書にはまったく興味が持てないのだが、神崎繁(かんざき・しげる)さんの『魂(アニマ)への態度―古代から現代まで』(岩波書店、双書《哲学塾》、2008年3月)には興味を惹かれた。

「ギリシャ悲劇からキリシタン版まで、創造的な誤読の歴史を追って」という帯の文句にも惹かれたが、何といっても七日間の集中講義の形式をとった本書の第四日目《メデアは理性のゆえに狂った―「葛藤」と「振動」》が読みたかったのである。

もう誰も覚えていないだろうが、実は若かりし頃からメデアには興味を持っていた(2000年11月28日や2001年1月8日のポストを参照。MLに書いていた気安さもあって実に恥ずかしい文体だが、過去を消去することはできないのだからしょうがない)。

今回再びメデアのことを考えているのは、結婚論のためである。アンチゴネーとともに、家族の問題を考えるうえで外せない神話的形象であろう。

で、さっそく神崎さんのこの章を貪るように読んでみた…のだが、少なくとも結婚論や家族論には役立たない。むろん神崎さんにとってのポイントはそこにはないわけで、「役立たない」などと言われても困るだろうが。

彼にとってのポイントは、意味が正反対になっている1960年と1990年の日本語訳の比較を通じて、メデアの内面的葛藤は、感情と理性の二項対立(すなわち〈夫に対する怒りから来る子供への殺意〉と〈子供への慈愛〉の対立)ではなく、一つの魂の揺れ動きとして捉えられるべきものになるということ、彼の言葉を借りれば、魂の複数部分の「葛藤」ではなく、一つの魂の「振動」が――葛藤という言葉を用い続けるなら、「共時的葛藤」ではなく「通時的葛藤」が――問題となっているということだ。

神崎さんはこの「振動」がエウリピデス版とセネカ版の両方に見られるものであるとし、したがってセネカにあって問題となるストア派的な感情排除と悲劇作家としての感情過多の矛盾(に見えるもの)は解消されると主張する。

これはこれでストア派理解に役立つのかもしれない。しかし、残念ながら、メデアという女性や『メデア』という作品の理解が深まるようには、少なくとも私には、思われない。

ただ、問題の『メデア』のたった二行をめぐるニーチェとヴィラモーヴィッツの論争(一方的反駁)が「近代の西洋古典学自身の揺籃期」の核心近くに位置することになった経緯を含め、興味深いディティールに満ちているので、読んで損はないだろう。

ヴィラモーヴィッツの名前を覚えたのは、二十世紀に主に政治(学)的な文脈で提出された実に多様なプラトン像を紹介した佐々木毅さんの『プラトンの呪縛―二十世紀の哲学と政治』(1998年初版。講談社学術文庫版、2000年)であった。

Tuesday, April 01, 2008

ロンドン・ワークショップ2008

ベルクソン研究の日。「有限性」概念について、ありがちな死の側からではなく、もう一方の端である誕生の側から探るため、ダスチュールが挙げていたアレントの『人間の条件』をざっと読んでみたのだが、これといった発見はなし。ベルクソンに何度か言及している。ドイツの思想家がベルクソンに言及する際、彼の思想の政治的・社会的影響に目を向けていることがきわめて多い。春の発表では、この点を一度まとめておくつもり。

***

以下、最近のベルクソン・ニュース。

・合田さんと松本さんによるちくま学芸文庫版『物質と記憶』の第二版が出るようです。

・昨年初来日したピエール・モンテベロの『創造的進化』についての講義がネット上で読めます。きちんとしている。

・『二源泉』については、2006年12月にジュネーヴでコロック「ベルクソンと宗教 『道徳と宗教の二源泉』についての新たなパースペクティヴがありました(プログラムpdf)。今年刊行されるはず。

・今週末に迫ったロンドンでのワークショップ。人物解説をしながら、見ていくことにしましょう。

Bergson and Bergsonism Workshop
- London, French Institute 4-6 April 2008

Friday 4th April

Morning: “Historical and Thematic Perspectives”
9:00 Registration
9:30 Miguel de Beistegui (University of Warwick) : Introduction
10:15 Giuseppe Bianco (Université de Lille III/Trieste) 'Bergson as a PH paper. 'Bergsonism' in French Philosophy's Solution'.
11:00 Break
11:15 Frédéric Worms (Université de Lille III/Ecole Normale Supérieure) 'Les moments de la pensée bergsonienne'
12:00 Respondent : Federico Leoni (Università degli Studi di Milano)
12:20 Discussion
13:00 Lunch

ミゲル・デ・バイステーギ――少なくとも私が会った時、周りの人はこう発音していたように記憶しています――には、数年前のCollegiumで会ったことがあります。彼については、2005年3月7日のauf deutschのポストに印象や評判を記しました。今は英国にいるのですね。

ジュゼッペ・ビアンコ、親しい友人です。昨年、ドゥルーズとカンギレムのベルクソン講義をイタリア語訳しました。2007年3月21日のポストを参照のこと。

ヴォルムスについて説明の必要はないでしょう。

フェデリコ・レオーニは、Carlo Siniの弟子。下のロンキと共にベルクソンの1904年コレージュでの記憶概念の哲学史をイタリア語訳した人。昨年のコレージュ・シンポでは、ケメックスの第三アトリエで発表。この人と同一人物だとすれば我々と同世代の若手。現象学雑誌Chiasmiのeditorial assistantsも務めているようです。
Senso e crisi : Del corpo, del mondo, del ritmo, Pisa : edizioni ETS, 2005.
とあるのは博論でしょうか(詳細目次はこちら。Siniの序文や著作抜粋もあり)。他にも、
-Follia come scrittura di mondo. Saggi su Minkowski, Straus, Kuhn (Milano 2001).
-L’inappropriabile. Figure del limite in Kant (Milano 2004), Senso e crisi.
などの著書あり。

Afternoon: “Being”
14:30 Pierre Montebello (Université de Toulouse-Le Mirail) 'Deleuze, lecteur de Bergson: monisme et naturalisme'
15:15 Rudolf Bernet (Katholieke Universiteit Leuven) 'The Driven Force of Consciousness and Life'
16:00 Break
16:15 Débora Morato-Pinto (Universidade Federal de São-Carlos) 'De la critique du Néant à l'expérience de l'Etre-Bergson et l'empirisme purifié'
17:00 Respondent: Florence Caeymaex (Université de Liège)
17:20-18:00: Discussion

モンテベロも来日したので説明はしません。ルドルフ・バーネットにはcollegiumでも北欧現象学会でも会ったことあり(2005年4月23日のポスト)。向こうは覚えてないだろうけど。。
デボラは昨年末に私をブラジルに迎えてくれた人。その顛末はこちら。ベルギーの才媛ケメックスについてはいずれまた。

Saturday 5th April

Morning: “Life”
9:00 Registration
9:30 Jean-Christophe Goddard ( Université de Toulouse-Le Mirail) 'Vie et survivance. Le spectre de l'élan vital dans les Deux sources de la morale et de la religion'
10:15 John Mullarkey (University of Dundee) ‘The Impossibility of Bergsonism’
11:00 Break
11:15 David Morris (Trent University) 'Embryos and the Virtual: Organisms as Living Concepts at the Turn of Experience'
12:00 Respondent : Paul-Antoine Miquel (Université de Nice-Sophia Antipolis)
12:20-13:00 Discussion
13:00 Lunch
ゴダール(大局観というものをもった人)、マラーキー(HP)、ミケルも説明の必要なし。デヴィッド・モリスについてはこちら。彼を見習って(?)少しずつ英語の業績を増やしていこう。

Afternoon: “The Concept”
14:30 Patrice Maniglier (Essex University) ‘Bergson structuralist? Beyond the Foucaldian opposition between life and concept’
15 :15 Rocco Ronchi (Università degli Studi dell’Aquila) 'Acte, concept, infini: ce qu'il n'y avait pas sur le tableau noir de Bergson'
16 :00 Break
16 :15 Respondent: Ray Brassier ( University of Middlesex)
16:35 Discussion
17:00-18:00 Concluding General Discussion, animated by Mauro Carbone (Università degli Studi di Milano) and Arnold Davidson (Università di Pisa).

マニグリエは、ケックやデューリング、私と同世代。ロンキは既述レオーニを参照。イタリアにもろアングロ=サクソンな名前が。。そういう趨勢なのだろうか?

Sunday 6th April
9:30-12:30 PhD students working on Bergson and Bergsonism to present their current research:
Caterina Zanfi (Università di Bologna) 'Max Scheler face à l'anthropologie bergsonienne'
Michael Kolkman (University of Warwick-Université de Toulouse le Mirail) 'Bergson and Fichte, Qualitative and quantitative difference'
Michael Vaughan (University of Warwick). 'Creative revolution: Bergson's social thought'
All welcome.

コルクマン&ヴォーガンも説明の必要なし。カテリーナは、彼ら同様かなり若い。このあいだのコレージュ・シンポで初めて話した。これからが楽しみな一人。

若手にもチャンスを与えている点、見逃せません。ただ、こういった組み方で難しいのは、日曜日は聴衆が激減するだろう、ということです。他のスピーカーと同一線上に並べることはできない。けれど、少しでも多くの聴衆の前でやらせてあげたい。きちんと努力している若手に、その努力に見合う場をどのように用意するか。チャンスを垣間見せることでモチベーションを与える。それなしにただ「頑張れ」というのは――実によく見かける光景ですが――、励ましていないのと同じです。そんなものは「研究者養成」でも何でもない。

Thursday, March 27, 2008

教育のパラドックス

「教育の哲学、哲学の教育」の日。『現代思想』、増頁特集《教育のパラドックス》、1985年11月号所収の木村敏+柄谷行人の対話《他者に教えること》(188-206頁)読了。幾つかポイントを。

1・「語る‐聞く」という水平で対称的な関係が成立するためには、「教える‐学ぶ」という垂直的で非対称的な関係が先行していなければならない、という例の柄谷節。むろん、「教える‐学ぶ」は「教師‐生徒」に固定されない。「そんな風に考えると、《教育》の問題も、普通そう考えられているのとは違った意味で、にわかに面白く見えてくるんです」(柄谷)。

2・「キチガイ」:「木村さんは、《気》というのは自分と汝との間にある、自分ではどうにもならない雰囲気のようなものであると書かれていたわけですが、《気が違う》というのは相手の気が違っているのではなくて、二人の関係の間で《気》が違うわけですね。だから向こうもそう思っている」(柄谷)。

3・デリダ批判:「パラドックスとか矛盾ということに、非常に重きをおくのです。しかし「語られる」領域でだけ、矛盾というのが大事になってしまうだけで、実際に生きられる領域ではそんなことはどうでもいいわけですよ」。「デリダの場合もそうなんですよ。《差延》というのは「自己差異化」であって、全部そこにもっていくんですけど、[…]神=他者を取ってしまうと、内部のほうにパラドックスを凝縮させる形を取ると思うんですよ。自己関係あるいは「自己差異化」の方にね」。

「いわば世界を一義的に論理的に明快にしようとするデリダの言う形而上学。哲学とはそういうものであり、その哲学を《脱構築》するのだと言うけれど、そうするためにはそういう哲学を前提にしなくちゃいけない。いない相手をつくってそれを攻撃しているということは、実はその人自身がそうだということなんじゃないですか」(柄谷)。前期のロゴス中心主義批判から後期のアポリア主義への動きは、たしかにこういう一面を持っている。

4・精神分析の功罪。「コミュニケーションの原型を、非対称的な「世代」に置いたということが、精神分析の功績だと思います」(柄谷)。

功「つまり、治療が出来ないということではなく、また、治療が最終的な目的なのではなく、そういう《教える‐習う》というコミュニケーションの関係において人間は存在しているんだということを徹頭徹尾提起しているのが、精神分析なんじゃないかと思うんです。親子関係から始まり、医者と患者、さらに医者の教育〔教育分析〕までも、すべてそういう関係で見られている。そういうところから見た場合には、一般的なコミュニケーションというのは、虚像ではないとしても抽象的なものであるということを、精神分析は言っているように思うんです」(柄谷)。

罪「精神分析っていうのは物語を強制される場所なんですよ。[フロイトの「狼男」のように]別に嘘をつくつもりではなくても、どうしてもそうなるんです。結局のところ、うまい物語を自分自身が本気で納得すれば、それが治療だっていうことだと思うんです」(柄谷)。「僕の顔色を見て、木村先生はこういう話をすれば気に入るだろうということが分かるからかもしれないけど、たしかに私の興味のありそうな話をしてくれる。[…]僕らもそれに乗っかって喜んでますけど、治療はそんなことで進みはしないんです」(木村)。

ラカン派の精神分析における教育や愛の問題については、最近UTCPから刊行された

Philosophie et Education: enseigner, apprendre - sur la pédagogie de la philosophie et de la psychanalyse, UTCP Booklet 1, 2008.

所収の原和之とアラン・ジュランヴィル両氏の論考を参照のこと。

5・治癒≒学習≒成長:「精神療法で患者が治った場合、精神療法をやったから治ったのか、精神療法をやっているうちに治っちゃったのか、精神療法をやったにもかかわらず治ったのか、その区別がつかないということなんです」(木村)。教育の哲学が必ず念頭に置いておくべき視点。

《親がなくとも、子が育つ。ウソです。親があっても、子が育つんだ。親なんて、バカな奴が、人間づらして、親づらして、腹がふくれて、にわかに慌てて、親らしくなりやがった出来損ないが、動物とも人間ともつかない変テコリンな憐れみをかけて、陰にこもって子供を育てやがる。親がなきゃ、子供は、もっと、立派に育つよ。》(坂口安吾、「不良少年とキリスト」)

Wednesday, March 26, 2008

読書リスト(現象学)

生き抜いていけるだろうか、このタフな一年を?

四月:「哲学と大学」で発表予定。
5月24日:仏文学会で発表予定「言葉の暴力II」。
六月:某所で発表予定?「bとlにおける物質と記憶II」
九月上旬:フランスの某シンポで発表予定。「ベルクソンとオモダカ」
十月上旬:日本でベルクソンについて発表予定。「ベルクソンの生気論再論」
11月8日:仏文学会で発表予定。「結婚の形而上学とその脱構築」
十一月下旬:フランスの某シンポで発表予定。「フランスの教育哲学」

***

現象学についてはこれまで我流でそこそこ読んではきたのだが、昨日最低限読むべき本のリストを挙げてもらったので、徐々に読んでいくことにしたい。

今のところ、フッサールで言うと、『算術の哲学』関係とフッセリアーナ第23巻にしか興味がないのではあるが、逆に言えば、そこについては最先端の議論までフォローしておきたいと思っている。

現象学の事典類
1・『現象学事典』、弘文堂、1994年。
2・Michael Hammond, Jane Howarth, and Russell Kent, Understanding Phenomenology, Oxford: Blackwell, 1995.
3・ Wörterbuch der phänomenologischen Begriffe, hrsg. von Helmuth Vetter, PhB 555, Felix Meiner Verlag, 2005.
4・John J. Drummond, Historical Dictionary of Husserl's Philosophy, Lanham: Scarecrow Press, 2008.

フッサール関係
1・浜渦辰二(はまうず・しんじ、1952-)、HP。例えば、「空間の現象学にむけて―フッサールによるカント超越論的哲学の改造」や「幾何学的空間と生きられる空間―フッサールから見たカント空間論」など。
2・貫成人(ぬき・しげと、1956-)、専修大のプロフィール、Wikipedia。例えば、『経験の構造-フッサール現象学の新しい全体像』(勁草書房、2003年)。

3・斎藤慶典(さいとう・よしみち、1957-)、慶応大のプロフィール。氏のレヴィナス論に対する小泉義之さんの書評(講壇的な優雅さ)と一読者の感想(「甘美な愉楽」)の中間が正当な評価である気がする。

4・伊集院令子、『像と平面構成 I ―フッサール像意識分析の未開の新地』、 晃洋書房、2001年。


フッサール『算術の哲学』関係
1・三上真司、「『算術の哲学』に関する批判的考察」、東京大学哲学研究室『論集』3、1984年。

2・坂間毅、「研究ノート:フッサール「計算の哲学」の構想について」、東京大学大学院人文社会系研究科哲学研究室『論集25』、2007年、299-308頁。

3・鈴木俊洋、「初期フッサールの数概念の分析」、『現象学年報』19号、2003年11月、119-128頁。

4・小熊正久(おぐま・まさひさ、1951-)、「フッサールの算術の哲学における心理学的分析」、『山形大学紀要(人文科学篇)』、1985年。

5・小熊正久、「数と数えること―フッサールを手がかりにして」、『山形大学紀要(人文科学篇)』、1997年。

Tuesday, March 25, 2008

有限性をめぐって(4)有限性と出生

体を騙し騙し、イヴェントに出席。

3月17日、水月昭道、『高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院』に関するワークショップに参加。
3月22日、日仏哲学会に出席。
3月23日、ベルクソン哲学研究会に出席。
3月24日、村上靖彦さん『現象学者レヴィナス』(Lévinas phénoménologue, éd. Millon, coll. "Krisis", 2002)書評会に参加。

***

ベルクソン研究の日。引き続き、有限性概念を考察する。

ハイデガーと言えば「死に臨む存在」――そう思い込んでいる人は少なくないはずだ。だが、『存在と時間』は、自らが答え得ていない問いの存在に少なくとも意識的である。

《しかしながら、死は何といっても現存在の《終末》にすぎない。それは、形式的に見れば、現存在の全体性を差し挟んでいる一方の末端にすぎない。もう一方の《末端》はというと、それは《発端 Anfang》――すなわち《誕生 Geburt》である。

そして誕生と死との《間に》わたる存在者であってはじめて、求められた全体の姿を示すのである。このように見ると、われわれの分析論の今までの見通しは、いかに明確に実存する全体存在を指向していたにしても、また本来的および非本来的な《死へ臨む存在》を一義的に解析していたにしても、なお《一面的》にすぎなかったわけである》(第72節)。


"Allein der Tod ist doch nur das "Ende" des Daseins, formal genommen nur das eine Ende, das die Daseinsganzheit umschließt. Das andere "Ende" aber ist der "Anfang", die "Geburt".

Erst das Seiende "zwischen" Geburt und Tod stellt das gesuchte Ganze dar. Sonach blieb die bisherige Orientierung der Analytik bei aller Tendenz auf das existierende Ganzsein und trotz der genuinen Explikation des eigentlichen und uneigentlichen Seins zum Tode "einseitig""(S. 373).

要するに、「始まりに臨む存在 das Sein zum Anfang, l'être pour le commencement」とでも言うべきものの分析を欠いては実存分析が完了したことにはならない、とハイデガー自身が言明しているわけである。

しかしながら、先に引いた第72節のもう少し先で、ハイデガーは、誕生という契機を死の契機へ、さらには関心としての現存在の存在へと還元してしまう。

《事実的な現存在は、誕生せるものとして実存しており、また誕生せるものとしてすでに――「死に臨む存在」という意味で――死に至っているのである。誕生と死というこの《両端》とそれらの《間》とは、現存在が事実的に実存している限りは、現に存在している。そしてそれらは、ほかでもなく、関心としての現存在の存在に基づいている可能なるただ一つのありさまで存在しているのである。》

"Das faktische Dasein existiert gebürtig, und gebürtig stirbt es auch schon im Sinne des Seins zum Tode. Beide "Enden" und ihr "Zwischen" sind, solange das Dasein faktisch existiert, und sie sind, wie es auf dem Grunde des Seins des Daseins als Sorge einzig möglich ist" (S. 374).

[一文目だけMartineauの訳文を挙げておく。

"Le Dasein factice existe nativement, et c'est nativement encore qu'il meurt au sens de l'être pour la mort" (p. 259). ]

『存在と時間』は、「現存在と時間性」と題された第二篇の冒頭(第1章)で「全体性 totalité」と「死 mortalité」という二つの異なる問題系を融合している。ポール・リクールは、『記憶、歴史、忘却』(2000年)の中でこの章を「節目になる章 chapitre nodal」と呼び、この融合に違和感を隠せない、としている。死のテーマ系にこだわりすぎることで、可能的存在のその他の側面へ接近する道が閉ざされてしまうのではないか、というのである(p. 465)。

リクールは、『存在と時間』における死に対する態度の「最も強力な弁護 le plus vigoureux plaidoyer」(p. 465)としてダスチュールの『死』(1994年版)を挙げ、自身はジャン・グレーシュとともにハンナ・アレントが用いた「出生性 Gebürtigkeit, natalité」のテーマに目配せを投げかけている。

リクール自身は、アレントの「出生性」を喚起しておきたい、とだけ述べて(いつものように?)素通りしているが、ダスチュールは『死』の2007年版において、この問題を自分のものとして引き受け、わずかではあるが展開している(pp. 168-169)。

だが、徹底的なハイデガー主義者であるダスチュールは、なぜ誕生より死を存在論的に優位のものと見なすのかについて、結局のところ明確な解答を与えることが出来ない。

《考慮に入れていなかったとハイデガー自身が認めているこの「始まりに臨む存在」に関する説得力に富んだ分析が、ハンナ・アレントに見出されるということには、したがってまったく疑いの余地はない。にもかかわらず、行動、とりわけ政治的行動は、可死性のパースペクティヴにおいてもまた考察されることを要請していないかどうか自問することは許されよう》。

"Il ne fait donc nul doute que l'on trouve chez Hannah Arendt une analyse convaincante de cet "être pour le commencement" dont Heidegger reconnaît qu'il ne l'a pas pris en compte. On peut cependant se demander si l'action, et en particulier l'action politique, n'exige pas d'être également considérée dans la perspective de la mortalité" (p. 169, nous soulignons).

ここでダスチュールを離れて、アレントの著作に直接取り組むことにしよう。(続く)

Monday, March 17, 2008

申し訳ない。

今日は、某学会関東支部大会があり、多くの友人・知人が発表していたのだけれど、体調がすぐれず、聴きに伺うことができませんでした。

Sunday, March 16, 2008

救いの島(母語を離れる)

《ジッドは言った。「だが、今日のうちにあなたに、ドイツ語に対する私の関係について、いくらか話しておきたいのだ。

私は長いあいだ、ひたすらドイツ語と集中的に取り組んだのだが[…]、その後、十年間、ドイツ語に関する諸々をうっちゃっておいた。英語が私のすべての注意力を奪っていた。

さて、去年コンゴで、ようやくまたドイツ語の本を開いてみた。それは『親和力』だった。そのとき私は奇妙な発見をした。この十年間の休みの後で、読む力は衰えるどころか、かえって進歩していた。その際に」――ここでジッドは強調の意をこめて言った――

「私を助けてくれたのは、ドイツ語と英語の親近性ではない。そうではなく、私が母語から遠ざかっていたという、まさにこのことが私に、外国語をものにするための弾みをつけてくれたのだ。

言葉を学ぶ際に一番重要なのは、どの言葉を学ぶかではない。自分の母語を離れること、これが決定的だ。また、実はそのときはじめて、母語を理解することになる」。

ジッドは航海家ブーガンヴィルの旅行記のなかの一文を引用した。「島を離れるとき、われわれはそれに〈救いの島〉という名を与えた」。

これにジッドは次のような素晴らしい文を付け加えた。「あるものに別れを告げるときにはじめて、われわれはそれに名を与える」》(ベンヤミン、「アンドレ・ジッドとの対話」)

Saturday, March 15, 2008

日本のオペラ、日本的なオペラ

今更ながらに村上さんの2007年5月4日のポストに対するレスポンスを(お忙しいさなか、レスを求めているわけではありませんので)。

村上さんには私もひとかたならぬ敬意と親愛の情を抱いています。近すぎず遠すぎず、今のような(従兄弟のような?)関係を「上方行き」の後も続けていけたら、と私の方は願っています。

村上さんとはお会いして飲んだりもするのですが、なぜかこういう話はあまりしませんね。それはプロ野球選手が飲み会で野球の話をしないのと同じかもしれません。その同じ選手が後輩の選手には経験談を話したり、アドバイスを送ったりすることはあるでしょうけれど。

このブログに書いていることの大半は、同輩や後輩に向けて書かれたものです。

ですから、村上さんの目に「前提条件にすぎないことを何も青筋立てて言わなくても」と映るのは不思議ではありません。ただ、「前提条件を論じる」のも「青筋」もこのブログの基本線なので(笑)。実物の私に会ったことのない方のために念のために言っておくと、私は普段、「青筋」な人ではないです。

*

さて、《英独仏語で書くことは、普遍性に到達するための条件にすぎない》と、私も思います。それはどんな条件なのでしょうか?必要条件?十分条件?分かりません。ただ、今周りを見渡してみて、哲学する際の使用言語に対する意識が全般的にとても低い、そう思います。

したがって、《ヒンティカやビヨークが凄いのは、彼らの強烈な普遍性への意志ゆえであって、英語はそこに至るための一つのツールにすぎない》、これにももちろん賛成です。

ただ、《ヒンティカやビヨークが凄いのは、英語だからではない》、これは微妙です。英語という契機はそこまで小さくはないと思うのです。現代の偉大な自然科学者は英語で書かずともやはり同じように偉大であったとは言えません。そして私たちが従事しているのは、人文学という科学であるわけです。

ビヨークが仮に英語で歌っていなかったとしても、アイスランド語で彼女の歌世界は完璧に表現されていたかもしれません(本当はこれもそれほど確かなことではありません。あの「ビヨークな英語」も魅力の一部なのですから)。

ともあれ、世界の音楽シーンは間違いなく「ビヨークのいない世界」に変わり、ビヨークはワールド・ミュージックの棚にひっそり並ぶことになっていたでしょう。それは英語を通じてビヨークの魅力を知ることになった音楽ファンにとって耐えがたい欠落であるはずです。アイスランド語では"Tibet, Declare Independence!"もインパクトは薄いでしょうし――私はビヨークの常にpoliticalな姿勢も好きです。

この「英独仏語」という準備的な契機をふたたび強く言うのは、若手研究者が村上さんの言説を誤解して、「だから結局、日本語でまずはいいものを書けばいいんだ」という従来の不毛な二者択一(哲学力か、語学力か)に退行してしまうのを危惧するからです。

でも、一歩進んだ地点を村上さんと共に夢想してみるのも楽しいことです。最近、武満の対談選がちくま学芸文庫で出ましたね。たぶん、村上さんのおっしゃりたいのは、目指すなら武満レベルを目指せ、と。何も意識の低い者を叱咤激励して貴重な時間を浪費する必要はないじゃないか、ということでしょうか。

「世界に認知されること」以上に、「世界にどう認知されるか」が重要というのは本当にそのとおりです。つまり、到達すべき普遍性にもいろいろある、ということでしょうか。そのことを考えるための一つのきっかけになれば。 何週間か前に書いた雑文です。

*

2008年2月29日付の朝日新聞夕刊に「日本的なオペラ、前面に」という小さな記事があった。

《本場の歌劇場の引っ越し公演は引きも切らず、新国立劇場は主役級に外国人歌手を並べる。そんな時代に全日本人キャストでワーグナーをやる意味は何か。答えの垣間見える公演だった》

という言葉で始まり、

《どんなにグローバリズムが進んでも、民族的形姿はついて回る。日本のオペラ界はそこを武器にしないと生き残れまい。》

と締めくくるこの記事は、いつも頭のどこかで「日本人が日本語で西洋哲学研究をやる意味は何か」と自問している私の興味を引いた。

むろん新聞の舞台評にその答えが書いてあれば苦労はしない。記事の筆者がいう「武器」とは、「日本的無常を漂わせた」簡潔な装置の中で、「日本人としては声量十分だが、欧米の名歌手たちと比べれば非力の感は否めない」歌手がヴォータンを演じるにあたって、「日本人を母に持つ[ので日本人の感性が手に取るように分かる、と言いたいのであろう]ベルギーの若い演出家」が、「考えようによっては、ヴォータンほど哀しい男もいない」という「無力な父のイメージ」を前面に押し出し、全編「大変な愁嘆場」にしてみせるというものだ。

彼の言う「民族的形姿」とはどうも「義理と人情の板ばさみに顔を歪める、まるでやくざ映画の鶴田浩二のような線の細い辛抱役は、日本人が歌ってこそ」といった「優男の悲壮感」であるらしい。これで「こちらも目頭が熱くなる」と言われても、こちらが困ってしまう。

*

日本語でフィロソフィーをやる意味は何なのか。フィンランド人がフィンランド語で哲学論文を書いたとして、いったい何人の人が読むのか?英・仏・独語が世界の哲学の共通言語である。なぜ日本語でなければならないのか。何のために?誰に読んでもらうために?哲学が科学性・客観性・真理などのために必ずや「普遍」を通過するものならば、より開かれた言語で書くのが哲学者の「義務」でもあるだろう。
デカルトやスピノザがラテン語で書いたように。フィンランド人のヒンティカが英語で書くように。デリダやフーコーが時折英語で話し、書くように。ドゥルーズが自分の書く言語に無頓着でいてもよかったのは、彼がフランス語という比較的メジャーな哲学言語の使用者だったからである。

学生のため?哲学ファンのため?自然科学者は、苦手であっても英語でペーパーを書き、日本語で授業をし、日本語で啓蒙書を書くではないか。なぜ人文科学者はもっぱら日本語で書くのか?

ここしばらく私が日本語でばかり論文を書いているのは、きわめて哲学外在的な理由によるのであって、今のところ、私には日本語で哲学・思想研究を行なう明確な哲学的理由が見つけられていない。

逆に問おう。「日本の哲学」とは何か?「日本的な哲学」とは何か?日本語で書かなければ、あるいは日本の思想家について書かなければ、日本の哲学ではないのか?日本人がやるから日本の哲学なのか?「日本的」とはどういうことか?これもよく分からない。

日本的なオペラ=歌舞伎(あるいは大衆演劇、あるいはやくざ映画)というほど単純なものでないことは確かだ。歌舞伎は日本のオペラにあたるといっていいと思うが、日本的なオペラが必ずしも歌舞伎的なものでなければならないということはない、ということである。

性急に答えを見つけようとして見つかる類の問いでもないだろうし、また実践を伴わない抽象的な「机上の空論」をして見せるつもりもない。自分の研究の歩みを進めることで自分なりの答えを探しつつ、倦まず弛まず問いの形を洗練していきたい。いつの日か満足な答えをその問いに与えられれば。