Thursday, January 21, 2010

「気の弱さ」にどう対処するのか

試験の季節がめぐってきた。試験監督の合間に、自分の行なった試験の採点をする。一人一人の顔を出来るかぎり思い浮かべながら、過去の成績と比較して、「この子はこの先、大丈夫なんだろうか」と心配したり。

菅家さん冤罪事件の録音記録をざっと読んだ。気の弱い(あるいはあのような状況下では多かれ少なかれ誰でもあのような精神状況に陥るのかもしれない)中年男性が、最初は検事に対して「実はやってない」と言えそうな気がするのだが、警察によって「自白」に追い込まれた過去を否定できずに、「やっぱりやったのは自分です」と言ってしまうくだりを読んでいて、

我々教師は、相談に乗るとき、「履修指導」なるものを行なうとき、同じようなことをしてはいないだろうか、とふと不安になる。特にこういうくだり。

《菅家さんの記憶を探ろうとする森川検事。自分では「言わない」と言いながらも、意識的なのか無意識なのか、答えを想像させようとするキーワードが現れていく》

森川検事「その次だから分かるだろうけど、遊んでいるところを連れ出したという状況はないだろうか? 誰かと遊んでいたところを」

菅家さん「もしかしたら駐車場で女の人がいたような気がするんですけれども」

森川検事「もう一回考えてもらいたいのは、声のかけ方がね、今まで君が説明した通りだったのかどうかね。もうちょっと別のことがなかったのかな。いきなり自転車でそばに行って声かけたんだって言うけど、もうちょっと別のいきさつがなかったかどうか?」

菅家さん「はー…そこのとこはわかんないです」

森川検事「誰かと遊んでいなかったかなと聞いている。誰かというのが大人か子供か、あるいは男か女か、どんなことをしていたか。僕は一切言わない」

菅家さん「遊んでいたとすれば、女の子と思うんですけど」

森川検事「うん、どんな子か。遊んでいた情景っていうかねえ、それが少し記憶に残ってるかな?」

菅家さん「…」

森川検事「その女の人っていうのは少しイメージが残っているわけなのかな?」

菅家さん「はー…その人が駐車場の方へいた」

森川検事「うーん…。女の人は1人? 2人?」

菅家さん「1人のような気がしたんですけど」

森川検事「駐車場?」

菅家さん「はい」

森川検事「駐車場の方っていうのは、パチンコ店の建物の…この西側の方でしょう?」

菅家さん「はいそうです」

森川検事「うん。西側っていうのは、有美ちゃんがいたところ? 違うの?」

菅家さん「えっと、有美ちゃんがいたところだと思うんですけど」

森川検事「有美ちゃんがいたそばか」

菅家さん「はい」

 《必死に思いだそうとする菅家さんだが、その答えは森川検事の質問に何とか合わせようとしているようにも聞こえる。自ら答えているようだが、肝心のキーワードは森川検事の口から先に出ていることも

学校と病院と警察と監獄の「構造的相同性」を見るポストモダンは大雑把すぎる、とは思いつつも、細かいテクニックの部分では、このような資料も参考にしつつ、十分に気をつけないといけない。誤解を避けるべく念のために繰り返すが、ここでこういった記録を参照するのは、あくまでも「いかに誘導しないか」を考えるための参考資料としてである。

特にゼミだ。やる気がなくて、あるいは何らかの(心理的あるいは経済的な)問題などで、このまま大学を辞めてしまうかもしれないという子に対して、どうアプローチするべきなのか。私たちレベルの大学では、古き良き時代の放任主義をやっていたら、どんどん退学率が上昇してしまう。

どこまで介入すべきなのか。どう介入すべきなのか。

それでも、「役に立つ哲学」は絶対にやらない。生命倫理もケア哲学もやらない。そうではない仕方で、うちのレベルの大学生たちに「単なる哲学」の面白さが伝えられなくて、どうする。「単なる哲学」とはもちろん「旧来通りの哲学概論」でもないだろう。模索は続く。

***

森川検事「警察からなんか聞かれたわけ?」

菅家さん「はい。菅家じゃないかとかと」

森川検事「うーん」

菅家さん「でも自分は、違うと話したんですよね」

森川検事「あ、そう、うん」

菅家さん「それで、まあ、あの、何ですか警察は怖いですしね」

森川検事「何が」

菅家さん「やはりなんて言うんでしょうか、自分でもよく分からないんですけど」

森川検事「調べを受けてどのくらいしてから話した?有美ちゃんの事件を」

菅家さん「ちょっと分からないんですけど、…二、三十分じゃないかとは思うんですけど」

森川検事「なんて話したの?」

菅家さん「最初はやっていないと」

 《有美ちゃん事件について尋ねる検事に、「警察は怖い」との理由で「自白」したことを話す菅家さん。なぜうその自白をしたのか。検事はおだやかな口調で追及する。取り調べが事件の核心に迫ると、菅家さんは口数が少なくなり、沈黙も長くなる》

森川検事「こうだったって話したわけでしょ、後で」

菅家さん「はい」

森川検事「最初は否定したのに、その後でこうだったと話したきっかけがね。どういうところで、どんなことを考えてね、話したのかなって思ってるんだけど」

菅家さん「…やはり…自分で何だかもうわけが分からないんですけども」

森川検事「わけが分からない?」

菅家さん「はい、わけが分かんなく、まあ」

森川検事「まあ?」

菅家さん「やったとかなんとか、話したと思うんですけど」

森川検事「君がどんなことを考えてたかなと思うんだけどね。どうだったの」

菅家さん「うーん」

森川検事「違うって言ったのに、こういう事件でしたと話すんだから。何かきっかけがあって、向こうから何か言われたか、君のほうの気持ちが変わったのか。君の気持ちがね、どこか変わらなければ、いやこうですなんて話にはならないと思うんだよね」

菅家さん「はい、自分としては警察のほうで、強引なところもあるような感じでしたので」

森川検事「強引っていうのは」

菅家さん「分かってるんだとか。そういう風に言われまして」

森川検事「あの事件の当時、有美ちゃんの事件じゃなくてね。(福島)万弥ちゃんの事件(別の女児殺害事件)も話しなかった?」

菅家さん「しました」

森川検事「どっちを先に話したの」

菅家さん「やはり、その2つですよね。2つを一緒に言われたような気がするんですよね」

森川検事「一緒に言われたような気がする?」

菅家さん「はい」

森川検事「ほう。で、君のほうはどっちから話したんだ」

菅家さん「有美ちゃんのほうを先にやったと思うんですけども。その後、万弥ちゃんのほうをやったと思うんですよね」

森川検事「有美ちゃんの事件は実際にはどうなの」

菅家さん「…」

森川検事「目を伏せないで。実際にはどうなの。君がやった事件なの?そうではないの?本当のところは?」

菅家さん「本当のところはやってないです」

森川検事「やってない?」

菅家さん「はい」

森川検事「やってないならやってないで別に考えなくてもいいんじゃない」

菅家さん「…」

森川検事「やってないのにやったって話したの?」

菅家さん「…」

森川検事「なぜ?なぜそんな話をしたんだろう?」

菅家さん「やはり警察のほうで、(聞き取れず)」

森川検事「分かってるんだから話しちゃえって言われて?だけど、一番最初に捕まった真美ちゃんの事件は?これも違うのかな?これは、その通りなのかな?」

菅家さん「…」

森川検事「これはその通りなの?」

菅家さん「やってないです」

森川検事「どうしたの?」

菅家さん「…」

森川検事「どうしたんだよ」

森川検事「そしたらね、有美ちゃんの事件ね。やってないのに、やったと警察で話したのはなぜなんだろう」

 《ここまでテープが再生されたとき、突如、菅家さんは手を挙げて体調がすぐれないと申し出た。菅家さんは足早に退廷し、別室で休憩。約20分後に再開された》

 《取り調べは引き続き検事の執拗(しつよう)な追及が続いている》

菅家さん「すみません」

森川検事「うん」

菅家さん「ごめんなさい」

森川検事「どうしたんだ」

菅家さん「…」

森川検事「本当はやったのか君? うん、うん」

菅家さん「うー」

森川検事「本当は君がやったのか? 有美ちゃんの事件も」

菅家さん「(泣き声)」

森川検事「やっぱりそう。有美ちゃんの事件やったの? そうだね」

菅家さん「(泣き声)」

 《検事の問いに、すすり泣きの中、はっきりとした言葉では答えられず、沈黙する菅家さん。森川検事は諭すような口調で質問を続ける》

森川検事「なんか君を違うことを言うようにし向けたのかもしれないしね。僕の言葉に乗っちゃったのかもしれないからさ。あえてうそをつかしたんだったら、僕のほうが悪いんだけども。僕にも悪いところがあるんだけども」

菅家さん「…」

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