Saturday, February 04, 2012

単独者と99匹、枝雀と米朝

この三つの書評には何か関連がある気がする。福田論は多数派と単独者の関係を問うもの。統計とは99匹の羊と1匹の羊の区別を明らかにしたり、ぼかしたりするもの。そして、

《若き心理学者の研究では、「危機的状況を目撃した人数が多ければ多いほど、なにか行動を起こす人が減る」との鉄則があり、その通りの現実が各国で起こっている。一人なら認識できることが、集団では見えなくなるのだ。》




この点について、枝雀と米朝の対談はなかなか面白い見解の相違を示している。時間のない方は、13:50あたりからどうぞ。米朝が『枝雀寄席』の第一回ゲスト、1979年の対談である。


1979年と言えば、枝雀は40歳、米朝は54歳。対談のほとんどは、枝雀は控えめの中に泰然自若、春風駘蕩、ペースをつかんでいる様子、米朝がむしろ(若干ではあるが)そわそわしている感じがあるが、最後にぐっとひっくり返す、引き分けの感じ。米朝は「自分の落語を最大限継承したのは吉朝で、枝雀はライバル」と言っていたらしい。まったくそのとおり。

「人間イケイケ」についての註。



さて、先の対談の10年後、二人はまた対談をする。米朝は「99匹」的な「メートル原器」を体現せざるを得ない苦悩を語っている(「手本くらいおもろないもんないで」)。3:40くらいから。




ちなみに、最初の対談を聞いていると、『茶漬けえんま』を思い出す。

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