Wednesday, March 29, 2006

天使の比較解剖学

インリンさんのコメントにつらつら返事を書いているうちに長くなったので、本文のほうに移します。

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フェヒナーのダンス論やジェイムズの紹介文などが入ったやつですね。フェヒナーの天使論というのは、要はかなり怪しげ(笑)な宇宙人論みたいなもので、人間以上の超高等生物(生きた遊星)を呼ぶのに他にいい名前もないから「天使」でどうだ、と。というか、フェヒナー自身もふざけて書いてるので、戯作といってもいいかも。

Gustave Theodor Fechner, Anatomie comparée des anges, suivi de Sur la danse, postface de William James, éd. de l'Eclat, coll. "Philosophie imaginaire", 1997.

ランブダシズムのせいでダンス論を翻訳しているラバンは、ラバノテーションのRudolf Laban (1879-1958)のことだと思ってました。が、そうではなく、現代の精神分析家・哲学者Claude Rabantだったのですね。今は亡き"imago"(feu imago...)の1995年10月号に榎本譲さん訳の「死の名」という論文が出ているようです

ちなみに、僕が「非人間の心理学」会場に持っていったもう一冊の本は、最近復刻されたコルバンの古典。

Henri Corbin, "Nécessité de l'angélologie" dans Le Paradoxe du monothéisme, éd. de l'Herne, 1981, 2003.

Tuesday, March 28, 2006

疲れた旅人

3月21日 ベルクソン業界の某御大より連絡あり。私の労作カッシーラーを軽くいなしてくれた某大書店にもう一度それとなくとりなしていただけるとのこと。親切な目利きが周りにいてくれてよかった。

3月22日 指導教官からメールあり。カッシーラー論文の仏訳に寄せた長文の解説は評価してもらえたようで、いつも以上のお世辞("parfait", "un beau travail")をかなり割り引いても率直に嬉しい。「君の博論にも何らかの形で絶対組み込めると思うよ」…というわけで、早く博論の全体像が見えるプランを出せ、とのこと。アメとムチねっていう。

恒例のマシュレ・ゼミ。ローゼンバーグについての議論。グリーンバーグやら、ジャッドやら。フランスの標準的な哲学者がマイケル・フリードやロザリンド・クラウスに気づくのは一体いつになることやら。

3月23日 献本の報せ。もちろんすべてお世話になった先生行き。ところで、某出版局の連絡はどうして全部郵便なんだろう?執筆者全員に送っていると手間もコストも馬鹿にならないと思うのだが…。その割りに専門書業界の苦境にご理解賜りたく今回は印税なしでというのは、本格的な財務金融改革に手をつけずに増税する小泉政権のようでなんか納得がいかない。まあ、メールにすると余計に煩瑣になるのかもしれないが。

3月24日 一日中アリストテレス・中世哲学ゼミ。非人間の心理学ということで、動物・ロボット・天使の心理学。圧倒的に知的な発言を聞いていると、なんとも言いようのない精神的高揚を覚える。こうなると学問は舞台芸術に近い。

3月25日 友人を招待。徹夜して翻訳。

3月26日 友人に招待される。徹夜して翻訳。翻訳とは何ぞやてな文章も書きたいのだが、あまりにも疲れていて頭が回らない。普段雑誌を通し読みしたりはしないが、ユリイカ』の「翻訳作法」特集だけは頭から読み続けている。舌津智之(ぜっつ・ともゆき)さんが、柴田元幸訳の同名小説にひっかけて、「憑かれた=疲れた旅人」とは「翻訳家」の別名なりと論じている。
『憑かれた旅人』(1999)Haunted Traveller
バリー・ユアグローの不条理ショート・ショート累積型小説。「呪われた旅人」と訳したくなる原題だが、あえて「憑かれた」とした訳者の柴田元幸は、もちろん「疲れた」との掛け言葉を意識している。ネット上で読める訳者/著者の往復Eメール書簡によると、ユアグロー自身も邦題のダブル・ミーニングを「嬉しい」と気に入っているようだ。本作品でこの拙文を締めることにしたのは、ある意味、「憑かれた旅人」とは、「翻訳者」の別名であるように思われたからである。原作者に憑依された夢遊病者。自由のきかない金縛り状態で疲弊する創作者…。もちろん、どうせ憑かれる/疲れるなら、その結果印税が入るに越したことはないのだが[…]。(112頁)

憑かれているかはともかく、疲れた旅人であることだけは間違いない。

Tuesday, March 21, 2006

終わり良ければすべて良し

1)長らく刊行予定と聞かされ続けてきた『ベルクソン読本』(法政大学出版局)がようやく4月12日に刊行されるとの報。本当に長かったが、出ると聞くとやはり嬉しい。私のごく短いサーヴェイも載っているので、よかったらご覧ください(というか、買ってください)。

2)昨晩から徹夜し、今日早朝、今週の翻訳予定分を終える。ほぼ予定通りに進んでいる。

3)フランスの雑誌に依頼されて出したはずのエッセイにレフェリーで文句がついていた件。「飛び道具」を出してみた。さて、どうなるか?

4)その後、疲れを癒す暇もなく家事・炊事、その合間に仏文学会誌掲載論文の校閲を終える。添削してくれた親友edは、何度も校閲者の仏語能力に疑問を呈していたが、「まあ、そういうもんだから…」と慰める。仏語能力だけでなく、哲学に関する素養、ベルクソン研究に関する基本的な知識など怪しい点はいくらでもあるし、それはそれで仏文学研究者なのだから責められない点もあるが、いずれにせよ校閲の結果、論文が良くなったのだから、それでいいではないか。理性の狡知というべきか。

Wednesday, March 15, 2006

パプラス

無用の書類のことをフランス語でpaperasse、無用の書類の山のことをpaperasserieという。別に無用とは言わないが、今日は一日中、年度末にあたって、および年始に備えての書類作りに忙殺された。実際、教師生活を始めたらこんなもんじゃないのだろうとは十分承知しているつもりだが、それにしても疲れる。

友人が貸してくれた『ユリイカ』の特集「翻訳作法」を読む。柏倉さんのマラルメ連載ものからヒントを得て短いエッセイが書けそうな気がする。スピノザ・マラルメ・ヴィトゲンシュタインの教科書をめぐる三題噺なんてどうだろう。他にも引用したいエッセイ・論考多数。それはともかく、「自己評価」パプラスに関して、相変わらずの高山宏節炸裂。
見事に2000年、2001年あたりから高山マシーンは油切れのポンコツ状態。自著リストを見ても、そして翻訳リストを眺めても、改めてぞっとするような真空状態に陥っている。大体がこういう自己回顧そのものが、ひたひたと前のめりにのみ走ってきたぼくには相当違和のあることのはずなのだが、三十年間一度もやらされたことのない自己評価、自己査定をくり返し巻き返しやらされたこのたびの大学「改革」のお蔭である。「自己評価」などというウソに決ってるばかばかしい作業を象徴する語にして、この四、五年、ジョークにもならぬ当り前の日常語に化してしまった。なんだか履歴書と業績一覧ばかり書かされている。翻訳家暮しがこう簡単に「自己点検」「自己評価」できてしまうのも、今という残酷なタイミングだからだ。土日も会議、夏休みもずたずたに寸断されるこの三年ほど、五百、六百、七百というページ数のハードな本の翻訳を引き受けてきた高山宏にとって、石原慎太郎の官僚どもと、同じくらい愚鈍な大学機構はかなり決定的なダメージだったことが改めてよくわかった。主客一如、批評と翻訳が完璧に合体できた陶酔境には十五年ほどの時間がいっぱいいっぱいかもしれない。でないと「死んでいたかもしれない」(一息入れさせてくれて石原さん、ありがとう、のバカヤロー)。(2005年1月号、177頁)

ところで、同じブラウザ、同じ文字コードunicode (UTF-8)を使っているはずなのに、なんだか文字がおかしい。友人にギリシャ語フォント・ギリシャ文献CD-ROMを入れてもらったことと関係あるんだろうか?ショートカットの割り当てが勝手に変わっていたり、添付ファイルが送信できなくなったり…。

Tuesday, March 14, 2006

校閲、校閲、校閲…

3月10日(金)

ある本を共訳している友人に私の担当部分の初訳を見てもらう。率直に言って目も当てられない状態。この翻訳は、一般的な教養をもつ日本の社会人が少し頑張れば理解できるようなものでなければならない。友人の優れた言語能力、翻訳に対する真摯な取り組みに改めて感服すると同時に、自分の至らなさを痛感。時間がないのは誰でも同じことで言い訳にはできない。

とあるフランスの雑誌から依頼されていたエッセイがレフェリーで厳しい意見をいただいているとの通知を受け取る。仏語の問題、そして内容的な「薄さ」の問題。書き直す時間はあまりにも限られているが、全力を尽くしたい。


3月13日(月)

rythmesureに関する論文の校閲が届く。二人の先生方の「参考意見」はかなり異なる。一人はほとんどノータッチ。もう一方はかなり親切なのか(あるいは哲学論文に馴染みがないのか)、ずいぶん私の仏文に赤を入れてくださっている。これでも、本を何冊か出しているフランス人の友人とかなり議論して練り上げた仏文なのだが…。

むろん、どの件に関しても、低レベルのルサンチマンなど抱いても仕方がない。こちらとしては最善を尽くして自分にできる限りの日本語と仏語を練り上げるほかない。

Monday, March 06, 2006

ベルクソンをめぐる会合

前にも言っていた3月3日の会合(Wormsという現在の第一人者主催の、ベルクソンに関する博士論文を準備している学生たちのゼミ)は無事終了した。きわめてこじんまりとした集まりで、お誘いした(き)(ふ)さんご夫妻には悪いことをしてしまったかな…。でも、聴きに来ていただいてありがとうございました。

発表者は全部で四人。ベルクソンの精神物理学的二元論をとりわけ「物質」概念に即して見ていこうというフランス人。このブログにも参加していただいている、ベルクソンとピエール・ジャネの比較研究を行っていらっしゃる日本人の方(インリンさん――これは「ハッスル」で活躍したアイドル(?)の名を私に発音させようという、そしてプロレスファンの注目を集めようという、きわめて巧妙な謀略なのでしょうか!?困惑しますね――)。ベルクソンにおいて比喩や文彩がもつ言説戦略的な効果を持続概念に即して見ていこうというロシア人。そして私。

私の発表のタイトルは、"Endroit de durée, lieu de mémoire. Quelques réflexions sur Quid Aristoteles de loco senserit"というもの。

ごく簡単に言うと、持続は空間の中には見つからないとして、ではどこに見つかるのか。いや、より正確に言えば、「純粋持続の中にいる」と言うとき、「の中に」が意味していることは厳密には何であるのか、持続の場所はどこか?という問いに対する答えの断片をアリストテレスの場所論に探る、というもの。全体の構成は、

1)アリストテレス論の紹介
2)とりわけ最終章の奇妙な構成を、先述した仮説に基づいて読み解こうとする
3)持続の場所、記憶の場所についてより広範な仮説の提示

という感じ。言いたいことがすべて伝わったとは思わないが、質問も盛んに出たし、私の研究に関心をもってくれたようなので、ひとまず所期の目的は達せられた(と思う)。

今後の予定。

1)友人から催促を受けている翻訳に取り掛からねばならない。いろいろ制約が課されて閉口気味だが、まあ一応全力と誠意は尽くさねばならない。

2)5月18日についに博論の本格的な概観についての発表を行なう。そのため、三月中旬に指導教官と話し合いを持つ。それまでに、去年書いた「ベルクソンの身体概念」に関する論文を出発点にしつつ、より広汎で、より体系的な見取り図を描かねばならない。これから先は、書かねばならない章に取り組みつつ、すでに書いた論文に手を入れて、章に仕立てていくという作業に取り組んでいこうと思う。

Monday, February 20, 2006

ベルクソンのアリストテレス論(2)

では、まず全体の概要をおさえるところから始めよう。少し遠回りに見えるかもしれないが、ベルクソンの場所論が分析対象としているアリストテレスの『自然学』第4章を概観するところから始めることにする。

(1931年のCarteronの翻訳以来、実にほぼ70年ぶりに新しい仏訳が出た(tr. Pellegrin, GF, n°887, 2000 ; 2e éd. revue, 2002.)。日本でも、ハイデガーをして「西洋哲学の根本著作」と言わしめた本書が、文庫本で読めるようになってほしいものだ。

もう一つ、入手しやすくきわめて便利なのが、Press Pocketという出版社が出しているcoll. "Agora - les classiques"である。翻訳は1861年(!)のものであり、最初の2巻分しかないが、自然学に関する問題系を通覧できるアンソロジー(エンペドクレス、デモクリトス、プラトン、デカルト、スピノザ、マルブランシュ、ライプニッツ、パスカル、ヒューム、カント、コント、フッサール、パトチュカ、コイレ、シモンドン)が付されている。原典を読まずに語る風潮が蔓延する昨今、アンソロジーの復権は、「90分で分かる」とか「サルでも分かる」といったお手軽なマニュアル本などよりよほど望ましい。90分で分かってたまるか!)

ペルグラン版は、第4巻(208a29-224a16)に関して、以下のような14の章区分および節題を提案している。

第1章(208a29-209a30)
 場所の研究
 場所の実在を論証する4つの理由
 場所の本性に関する6つの困難

第2章(209a31-210a13)
 場所はある場合には形相であるように、またある場合には質料であるように思われる。
 これらの同一視がうまくいかないことを証し立てる幾つかの理由
 
第3章(210a14-210b32)
 「ある事物が別の事物のうちにある」と言える8つの場合
 第一義的には、ある事物は自分自身のうちには存在しえない
 ゼノンのアポリアに対する応答
 場所は今度は質料でも形相でもないこと

第4章(210b33-212a30)
 場所に認められる6つの点
 場所の定義に関する予備的考察
 場所の定義
 この定義は場所に関する複数の意見を正当なものと認める

第5章(212a31-213a10)
 全体の場所
 場所の定義は当初[第1章で]想定された諸々の困難を解決する

第6章(213a11-213b29)
 空虚の研究
 空虚の実在に関する不十分な反駁
 空虚を主張する者たちの論

第7章(213b30-214b10)
 「空虚」という語が意味するところ
 空虚の実在を主張する者たちへの応答
 
第8章(214b11-216b20)
 分離された空虚の実在を反駁する4つの論拠
 空虚の実在は運動と相容れない。5つの論拠
 可動的なもの(les mobiles)の速さの差に基づく論拠
 中間(le limieu)に由来する困難
 物体に由来する困難
 それ自身において考察された場合の空虚

第9章(216b21-217b28)
 物体の内部に空虚はない
 アリストテレスの立場
 結論

第10章(217b29-218b20)
 時間の研究
 時間の実在に関するアポリア
 時間の本性に関するアポリア:三つの理論

第11章(218b20-220a25)
 時間の定義に関する予備的考察
 時間の定義
 定義に対する5つの補足

第12章(220a26-222a9)
 時間の4つの特性
 時間のうちに存在すること
 時間は停止の尺度である
 あらゆる非存在者は時間のうちには存在しない

第13章(222a10-222b29)
 「今」という語のさまざまな意味
 他の諸々の表現
 時間と消滅(corruption)

第14章(222b30-224a16)
 時間に関する他の諸考察
 時間と魂
 時間とはいかなる運動の数であるのか
 円環的移動は基準となる運動である
 「数とは同である le nombre est le même」ということが意味するところ

***

こうして『自然学』第4巻の目次を眺めただけでも、ベルクソンの時間の哲学にとっての重要性が分かるが、念のため『自然学』全体の構造およびそこに占める第4巻の位置を足早に確認しておこう。

Ce qui constitue une cohérence théorique de la Physique d'Aristote, malgré sa hétérogénéité interne due à l'articulation de sujets différents et à la coexistence de terminologies divergentes, c'est une réelle unité d'objet de la Physique. Comme le souligne Pierre Pellegrin, "la Physique est une étude du changement" (voir l'"Introduction" à sa traduction de la Physique, p. 38).

Contrairement à ce qu'une lecture rapide pourrait laisser croire, dit Pellegrin, les deux parties de la Physique, dont les commentateurs ont proposée depuis l'Antiquité la division entre l'une traitant de la "physique" proprement dite et l'autre du mouvement, ne sont pas si hétérogènes qu'on ne croit. En fin de compte, et indépendamment de la querelle concernant la coupure entre les deux parties, qu'elle soit entre les livres IV et V ou entre les V et VI, la première partie consacrée à des questions générales de physique sert d'introduction à la seconde traitant plus particulièrement du mouvement. Précisons avec Pellegrin : les quatre premiers livres analysent ce que l'on pourrait appeler les caractéristiques générales et les conditions de possibilité du changement, le livre V attaque à même la notion de changement en donnant une définition générale et les principales caractéristiques, et enfin les trois derniers livres développent la théorie aristotélicienne du mouvement, notamment du mouvement local, en proposant, je cite Pellegrin, "une cinématique qui aura une immense importance historique, et en rattachant tout mouvement au mouvement de l'univers produit en dernière instance par le premier moteur immobile" (p. 38).

La lecture du livre II portant sur la causalité que Bergson va entamer plus tard dans son cours de 1902-1903 au Collège de France sera une autre histoire. Ici, nous allons nous concentrer uniquement sur le livre IV et la place qu'il occupe dans l'ensemble de la Physique d'Aristote.

C'est le changement qui va traverser ainsi un champ ouvert entre la physique et le mouvement. Et les notions de lieu, de vide et de temps, telles qu'elles sont analysées tour à tour dans le livre IV, jouent ainsi un rôle de charnière. (à suivre)

Sunday, February 19, 2006

ベルクソンのアリストテレス論(1)

(ちなみに、きりがないのでこれくらいにしておくが、ラテン語副論文に関して最後に三つ。

1)フランスの科学的心理学の祖といわれるテオデュール・リボー(Théodule Ribot, 1839-1916)の遺伝に関する1873年の博士論文(L'hérédité, étude psychologique sur ses phénomènes, ses lois, ses causes, ses conséquences.)の副論文は、
Quid David Hartley de associatione idearum senserit (1872).

2)リボーの弟子で、これまた重要なフランスの心理学者・医学者ジョルジュ・デュマ(Georges Dumas, 1866-1946)の博士論文は La Tristesse et la joie (1900) であるが、その副論文はオーギュスト・コントに関する
Quid Augustus Comte de suae aetatis psychologis senserit (1900).

3)現在忘れられがちだが重要な社会学者リュシアン・レヴィ=ブリュール(Lucien Lévy-Bruhl, 1857-1939)の主論文は L'idée de responsabilité (1884)であるが、その副論文はなんとセネカの神概念に関する
Quid de Deo Seneca senserit.
である。
 ちなみに、ラテン語の動詞 sentire に関して、友人フレデリック・ケックの博論のnote 149にはこうある。

La thèse complémentaire latine de Lévy-Bruhl s'intitulait Quid de Deo Seneca senserit, qui jouait sur l'ambiguïté du verbe latin « sentire », signifiant à la fois "penser" et "sentir", pour défendre la thèse selon laquelle Sénèque a su donner des éléments pour une conception de la Providence divine réconciliant les voies de la nature et les exigences de la raison, mais sans en avoir réellement démontré les fondements. Cf. ibid., Paris, Hachette, 1884, p. 64 : "Humanior fit Deus, amicus, et semper in proximo. Providentia autem qualis sit, quoque modo se in rerum natura deprehendi sint, optimo Seneca sensit, male demonstravit." C'était déjà réfléchir aux rapports entre lois naturelles et exigences de la liberté à travers le sentiment, réflexion dont l'étude de la mentalité primitive prend le relais.

むろん、senseritを用いたタイトルはきわめてありふれたものであり、ベルクソンがこの語を用いることで言葉遊びをしているとは思えないが。)


というわけで、ベルクソンの博士号申請用副論文 Quid Aristoteles de loco senserit (1889). である。

このアリストテレス論は、最初、Les Etudes bergsoniennes, tome II, 1948, pp. 29-104.にRobert Mossé-Bastide (Rose-Marie Mossé-Bastide) に仏訳が掲載され、のちに全集第二巻ともいうべきMélanges (PUF, 1972) に収められた。

この『補巻』に寄せられたアンリ・グイエの序文によれば(以下、p. IXによる)、「この学則に縛られた業績 ce travail scolaire」をベルクソンは決して自分の仕事と認めず、この小論は博論審査用にわずかに印刷されただけで、その後は彼の著作リストに載せられることもなかったが、にもかかわらず次の二つの点で「意義深い significatif」ものである。

1)哲学的・教説的(doctrinal)・内容(contenu)的な関心:ベルクソン哲学の形成期および前期における、アリストテレスとの対話の重要性。ベルクソンは少なくとも次の年度において直接的かつかなり入念にアリストテレスに関する講義を行なっている。

 1885-1886 クレルモン=フェラン大学文学部における講義
 1886-1887 クレルモン=フェラン大学文学部における講義
 1888-1889 クレルモン=フェラン大学文学部における講義
 1902-1903 コレージュ・ド・フランスにおける『自然学』第2巻の注釈
 1903-1904 コレージュ・ド・フランスにおける『形而上学』第11巻の注釈

このようなアリストテレスとの継続的な関わりの中で、1889年のアリストテレス論は、博士論文主論文との関連でとりわけ興味を惹くものである。なぜなら、「場所 lieu」に関するアリストテレスの諸テクストの分析の狭間から、彼自身の持続の哲学における「空間 espace」概念の位置づけが垣間見えるからである。

2)哲学史的・操作的(opératoire)・形式的な関心:ベルクソン哲学自体に興味のないものでも、ベルクソンのような大哲学者が他の大哲学者についてどのような読解を、どのような手続きを踏みつつ、提示するのか興味のあるところである。この点で、『アリストテレスにおける場所の観念』は、ベルクソンがどのように哲学史にとりくんでいたか、その所作について教えてくれるごく稀な好例である。

引用箇所の選択や、ギリシャ語の原文を採録している幾つかの長い註からは、彼の該博な知識や自分の解釈を正当化する際の繊細な配慮が、彼の他の著書よりもはるかによく見える。ベルクソンの読解は忍耐強いものである。一文一文に立ち止まり、その意味するところが究極的にはどこへ向かおうとしているのか、そこに立ち現れてくる困難はいかなるものであるのかを見定めようとする。

アリストテレス哲学の体系的な首尾一貫性を救おうとするために読むのではなく、そのような似非哲学的な配慮から離れて、そこに姿を現している問いをただひたすら鮮明な形で取り出そうと努めること、これがここでのベルクソンの目的に他ならない。(続く)

Saturday, February 18, 2006

ベルクソン、『アリストテレスの場所論』

これからしばらくベルクソンのアリストテレス論読解に向けて準備作業を行っていく。今回は余談。

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『時間と自由』すなわち『意識の直接与件に関する試論』は、ベルクソンが1889年に提出した博士号取得のための主論文であり、処女著作として有名であるが、その時の副論文である『アリストテレスにおける場所の観念』は圧倒的に読まれていない。

国家博士号取得のための主論文・副論文の制度はその後も長らく続き、フーコーであれば主論文が『狂気の歴史』で副論文が『カント『人間学』の生成と構造』(未刊行)、ドゥルーズであれば主論文が『差異と反復』で副論文が『スピノザと表現の問題』といった感じで、主論文に自己の哲学的な営為の到達点を示すもの、副論文によりアカデミック("thèse d'érudition"と呼んでいる人もいるくらいである)、より哲学史的、より文献読解的なものを提示するという伝統があった。

とはいえ、ベルクソンの時代とフーコーやドゥルーズの時代の間にもすでに明確な違いがある。それは副論文はラテン語で書かれたという点である。

たとえば、ラヴェッソン(1813-1900)
の有名な『習慣について』(1838年)の副論文は、プラトンの甥でその死後アカデメイア学頭の地位を継いだスペウシッポス(Speusippe)に関する
Speusipii de primis rerum principiis placita qualia fuisse videantur ex Aristotele.
であるし、

ベルクソンが生涯にたった一度献辞を付したその宛先であるラシュリエ(1832-1918)の、これまた有名な『帰納法の基礎』(1871年)の副論文は、
De Natura syllogismi
であり(のちにRevue philosophiqueの1876年5月号に"Les conséquences immédiates et le syllogisme"という表題で掲載され、1907年にEtudes sur le syllogismeという論文集に収められたものの元になったのではないかと思われる)、

最後にブートルー(Emile Boutroux, 1845-1921)
の代表作『自然法則の偶然性について』(1874年)もまた博士論文であるが(これはラヴェッソンに捧げられている)、その副論文は、
De Veritatibus aeternis apud Cartesium.
である(本論文はその後、1927年にブランシュヴィックが序文を書き、カンギレムが仏訳して出版された。1985年の再版は現在でも原則的には入手可能である。Des Vérités éternelles chez Descartes, traduite par G. Canguilhem, Paris : J. Vrin, coll. "Vrin-reprise", 1985.)。

ちなみにきわめて細かい話だが、このとても有益なサイト - sublime, absolument sublime ! - からダウンロードできる"L'histoire de la philosophie"というのは、ブートルーの1908年の著作 Etudes d'histoire de la philosophie の巻頭に置かれた論文である。なんと著作全体がBNFでダウンロードできる。

Friday, February 17, 2006

それから

Aix-en-Provence大学での発表を無事終えた。主催者側のご好意で、単なるdoctorantとしては恐縮するほど至れり尽くせりの待遇であった。出席者は15人くらいで、ベルクソンの思想に(とりわけ『二源泉』に)共感を示すかどうかは別として、私の発表に関しては「明晰でとても分かりやすく、はじめて『二源泉』が分かった気がした」と好意的な評が多かったので、準備に手間をかけた甲斐があった。

とはいえ、口からでまかせのお世辞などお手の物の南仏気質。彼らの評価と好意が本当に分かって嬉しかったのは、ゼミを終えたあと。フランスでは通常(少なくとも私の知る限り)、教官や発表者を交えたゼミ後の飲み会などそうそうあるものではないし(教官の性格やゼミの性質にもよるけれど)、実際、彼ら自身も「めったにしない」と言っていたが、「一緒に飲みに行こう」と誘ってくれたこと。みんな何となく残って一緒に喋りたそうだったので、これはよかった。

中身は結局、こんな感じ。

1.『二源泉』の概観
(1)ベルクソン哲学における『二源泉』の位置
(2)各章ごとの争点

2.『二源泉』の一読解:人格・情動・合理性
(1)人格と個人性:ベルクソンからシモンドンへ
(2)情動:ベルクソンとカントにおける「熱狂」概念
(3)新たな合理性に向けて:グランジェの『非合理』を批判する

***

さて、その後は徹夜続きの代償として病気で倒れたり、事務作業に集中したりとろくに勉強できなかったが、今後の予定としては:

1)3月3日にリールで若手ベルクソン研究者の集いがあるので、そこでの小さな発表の準備。ベルクソンとアリストテレスにおける運動と場所の話にしようと思っている。

2)5月18日にやはりリールの有名なマシュレ・ゼミで発表することになっているので、その準備。こちらは遂に本格的にベルクソンの身体概念についての博論の概要を打ち出すことになる。

これから数ヶ月が山場になる。

Tuesday, January 31, 2006

ベルクソンの人格理論

『二源泉』についての講演まで、もうあと一週間となってしまった。今日、レジュメとベルクソンのテクスト抜粋を向こうの大学宛てに送った。テクスト抜粋は、5から40ページという話だったので、『二源泉』全体を概観できるよう、各章から断片を合計20ページほど選び出した。さまざまな要求(1)DEA学生向け、2)経済学ないし社会科学に関するもの)を満たすべく努力したつもりだが、一週間で読ませるには長すぎた気もする。

同時進行で発表用原稿も書いている。やはり書き出すと面白くてとまらなくなる。大筋は頭にあるものの、詳細は書きながら「発見」するし、ときにはまったく予想外の発展を見せることもある。こういうときに日頃「無意味な博学」と揶揄されている事柄が役に立つこともある。

どうやら一時間強喋ればもう十分といった感じであるようなので、逆に時間が足りないな、と思い始めている。各セクション20分くらい。

現在は『二源泉』を概観する第一セクションを書いている段階。大体のイメージはできつつあるが、神秘主義についてゴダール(Jean-Christopheのほうね)のものを読みきるには時間が足りないので、第三章の部分はどうするか。

今日は、グイエの論文「創造的人格」を読んだ。哲学史家の本領発揮といった論文で、ベルクソンの人格理論の発展を時代順におさえている。理論的には得るところが少ない。大変失礼ながら、グイエにしてこのレベルかと安心させられる。

『二源泉』が新たにもたらした理論的寄与として、たとえばドゥルーズは情動の理論や哲学的蓋然性を積極的にプッシュしているが、人格性に関してももう少し掘り下げられるのではないか、というのが私の発表で理論的に新しいところである。人格性に関する議論は各章に出てくるが、とりわけ第二章の出来事の「人格性の要素」はきわめて興味深い。私はカントとシモンドンを使う。

Thursday, January 26, 2006

根源の彼方に

デリダはほとんど読んだことがないが、なんとなく嫌いだ、という方は哲学関係者の中にも多いであろう。だが、少なくともプロである限り、読まず嫌いは禁物である。ここでは、食わず嫌いを緩和していただくべく、ごく簡単にデリダ的な思考の一典型を示してみたい。

次に引用する一節では、「記号」を主題として、それが形而上学的歴史の桎梏から抜け出すことの困難が語られている。簡単に歴史と縁が切れて、新たな思考を始められるとする立場(ここでは新たな記号学・記号論の創設)のナイーヴさに注意を喚起するという態度は、彼の哲学を一貫して貫くものである。

だが、デリダと単なる歴史重視の保守派ないし相対主義を振りかざす懐疑主義者とを隔てる一線は、次の二点において明確である。1)「閉域外のほのかな光を未だ名づけえぬままに垣間見せている断層」、すなわち一時代の閉域を超えて新たに到来しようとするものを正確に捉えようとする注意、2)歴史的相対主義(価値判断停止の恒久化)に落ち込むまいとする意識、がそれである。

以上の方法論的なレベルにおいて見られる超越論的なアプローチは、分析対象の措定の仕方にも現れている。シニフィアンを含む記号、さらにはエクリチュール全般の「外在性」が、それらの概念に存在論的に先行する、という考えがそれである。起源には起源の代補が、差延が先行する、という考えは超越論哲学の過剰なまでの徹底化に他ならない。この意味で、ヴァンサン・デコンブがデリダの思想をフッサール、とりわけハイデガーの「現象学の徹底化」と呼んでいるのは正しい。



≪もちろん、これらの概念を捨て去ることが問題なのではない。それらは必然的なものであって、少なくとも今日われわれは、それらなしにはもはや何事も思惟することはできない。まず問題なのは、分離しうるものだとしばしば素朴に信じられている諸概念と思惟の諸態度との一貫した、歴史的な連係を明らかにすることである。記号と神性とは、同じところで同じ時に生まれた。記号の時代は、本質的に神学的である。それは、おそらく決して終わらないであろう。しかしながら、その閉域はすでに素描されているのだ。

"Bien entendu, il ne s'agit pas de "rejeter" ces notions : elles sont nécessaires et, aujourd'hui du moins, pour nous, plus rien n'est pensable sans elles. Il s'agit d'abord de mettre en évidence la solidarité systématique et historique de concepts et de gestes de pensée qu'on croit souvent pouvoir séparer innocemment. Le signe et la divinité ont le même lieu et le même temps de naissance. L'époque du signe est essentiellement théologique. Elle ne finira peut-être jamais. Sa clôture historique est pourtant dessinée.

 以上の諸概念の構成する遺産を揺り動かすために今日これらの概念が不可欠であるだけに、なおさらわれわれはそれらを放棄してはならない。閉域の内部において、斜に構えた、常に危うい運動によって、そして自身が脱構築しているものの手前に再び落ち込んでしまうという危険をたえず冒しているひとつの運動によって、危機的で危険な諸概念を慎重で綿密なひとつの言説で包囲し、それらの危機的な概念の有効性の諸条件、場、諸限界を提示して、それらが所属している機構はそれら自身によって脱構成しうるのだということを厳密に指摘せねばならず、また同時に、閉域外のほのかな光を未だ名づけえぬままに垣間見せている断層についても、指摘せねばならない。

Nous devons d'autant moins renoncer à ces concepts qu'ils nous sont indispensables pour ébranler aujourd'hui l'héritage dont ils font partie. A l'intérieur de la clôture, par un mouvement oblique et toujours périlleux, risquant sans cesse de retomber en-deçà de ce qu'il déconstruit, il faut entourer les concepts critiques d'un discours prudent et minutieux, marquer les conditions, le milieu et les limites de leur efficacité, désigner rigoureusement leur appartenance à la machine qu'ils permettent de déconstituer ; et du même coup la faille par laquelle se laisse entrevoir, encore innommable, la lueur de l'outre-clôture.

この場合、記号の概念は範例的なものである。われわれは先ほど、それが形而上学に所属していることを見た。しかしながら周知のように、一世紀ほど前から、記号という主題は、意味作用の運動を意味、真理、現前、存在などからもぎ離すのだと自称していた一つの伝統の、断末魔の苦悶である。[…]われわれが気にかけているのは、[新たな記号論の誕生の成否などではなく]記号の概念――これは(現前の)哲学の歴史の外では決して存在もせず、機能もしなかった――の中でなおも一貫して、また系譜的にこの歴史によって規定されているものである。だからこそ、脱構築の概念、またとりわけ脱構築の作業、その「スタイル」はその本性上、さまざまの誤解や誤認にさらされ続けているのである。

Le concept de signe est ici exemplaire. Nous venons de marquer son appartenance métaphysique. Nous savons pourtant que la thématique du signe est depuis près d'un siècle le travail d'agonie d'une tradition qui prétendait soustraire le sens, la vérité, la présence, l'être, etc., au mouvement de la signification. [...] Nous nous inquiétons de ce qui, dans le concept de signe -- qui n'a jamais existé ni fonctionné hors de l'histoire de la philosophie (de la présence) -- reste systématiquement et généalogiquement déterminé par cette histoire. C'est par là que le concept et surtout le travail de la déconstruction, son "style", restent par nature exposés aux malentendus et à la méconnaissance.

 <意味するもの>の外面性はエクリチュール全般の外面性であって、われわれはもっと先で、エクリチュール以前には言語記号は存在しないということを示そうと思う。この外面性なしには、記号の観念そのものが崩壊してしまう。それとともにわれわれのあらゆる世界、あらゆる言語は崩壊するであろうがゆえに、またこの観念の明証性と価値とはある分岐路までは破壊不可能な堅固さを保有しているがゆえに、この観念が、ある一つの時代に所属しているからといって「他のものに移行」せねばならぬとか、また記号を、記号という用語や観念を捨て去らねばならぬとか結論することは、いささか愚かしいことであろう。われわれがここで素描している態度を適切に把握するためには、新たな仕方で「時代」、「一時代の閉域」、「歴史的系譜」という表現を理解せねばならず、まずもってこれらの表現をあらゆる相対主義から引き離さねばならない。≫ (デリダ、『根源の彼方に グラマトロジーについて』、足立和浩訳、現代思潮社、1972年、36-37頁。一部改訳。)

L'extériorité du signifiant est l'extériorité de l'écriture en général et nous tenterons de montrer plus loin qu'il n'y a pas de signe linguistique avant l'écriture. Sans cette extériorité, l'idée même de signe tombe en ruine. Comme tout notre monde et tout notre langage s'écrouleraient avec elle, comme son évidence et sa valeur gardent, à un certain point de dérivation, une indestructible solidité, il y aurait quelque niaiserie à conclure de son appartenance à une époque qu'il faille "passer à autre chose" et se débarrasser du signe, de ce terme et de cette notion. Pour percevoir convenablement le geste que nous esquissons ici, il faudra entendre d'une façon nouvelle les expressions "époque", "clôture d'une époque", "généalogie historique" ; et d'abord les soustraire à tout relativisme." (Jacques Derrida, De la grammatologie, éd. Seuil, 1967, pp. 25-26.)

Thursday, January 19, 2006

運転再開

Auf deutschを新たな形を加えつつ再開することにしました。よろしければご覧ください。hf

Monday, January 16, 2006

1.『二源泉』の位置(1)新たな論理の探求

慌しく一週間が過ぎた。さぞ集中して勉強に励んでいることだろうと思われるかもしれないが、まったくさにあらず。相変わらずの事務処理に加え、思いがけない事件に巻き込まれ、2,3日潰れてしまった。

卑俗な、物悲しい、救いのない話で、精神的に疲弊した。私なりの「大リーグ挑戦」を励ましてくれる方もいれば、こうしてものの見事に脚を引っ張ってくれる人もいる。安心して背中を見せていたらいきなり撃たれたという感じである。疑念を抱くということは誰しもあるものだが、その疑念を客観的に相対化し、最低限度コントロールできるかどうかは知性、すなわち学者に必要不可欠な能力の枢要である、ということだけは付言しておきたいと思う。そもそも私の精神の単純率直さが分からないとは!

これから留学される私の友人たちには、この先きっと色んなことがあるだろうけど、nervous breakdownしないよう精神的なタフさを身につけることをお奨めしておきたい。一人で、海外で、博論準備の重圧に耐えるのはそう簡単なことではない。



さて、リズム論文の校閲も終了し、残るは『二源泉』読解である。もう残り一カ月をきってしまった。

以下は、いずれフランス語で書かれる講演の素描である。ベルクソンの『二源泉』をまったく(あるいはほとんど)読んだことがない、しかしベルクソンについて一応の予備知識を持っているという哲学科の学生を聴衆として念頭においている。



あまりscolaireな形で、protocoleにのっとって皆さんを眠くさせるのは本意ではないので、一気に主題に入らせていただきます。

ベルクソンの『道徳と宗教の二源泉』の主題とは何か?この一見きわめて容易に見える問いが、実は、『二源泉』をめぐる問いのうちで最も難しいものの一つなのです。

はたして『二源泉』は哲学書なのか?道徳と宗教の歴史的起源を探る歴史書なのか?社会学的・人類学的著作なのか?誰がこれらの問いに完全な答えを与ええたでしょうか?

実はこの諸科学を横断しているところから来る曖昧さこそ、ベルクソン哲学の独創性をなす構成要素の一つなのです。その独創性は、ベルクソン哲学が諸科学と特殊な関係を結んでいるところに由来します。その関係とは一言で言えば、それら諸科学の絶えざる再鋳造の試みとでも言えるでしょうか?

実際、『試論』とは何でしょうか?人間の意識を抽象化して取り出すことに反対し、生のままの具体的な意識を持続の中に見出すことを主眼とする著作だと考えられています。しかし、実際には、人間の意識を粗雑な抽象化によってその本質を毀損することなしには捉えられなかった当時の実験心理学(精神物理学)に対する批判であり、持続概念を用いることによって、意識をより正確に、より繊細に把捉しようとする新たな論理を提出しようとした著作ではなかったでしょうか?

『物質と記憶』とは、記憶を大脳の物理化学的機能によって説明しようとするいわゆる局在化理論に反対し、記憶の真の精神的性質を見出すことを主眼とする著作だと考えられています。しかし、実際には、記憶を粗雑な一対一対応によってその本質を毀損することなしには捉えられなかった当時の大脳生理学に対する批判であり、記憶概念の洗練(運動記憶と想起記憶の区別)によって、心身問題をより正確に把握しようとする新たな論理を提出しようとした著作ではなかったでしょうか?

『創造的進化』についても同じことが言えます。生命進化の過程をすでに進化し終えたものの総体から説明しようとする従来の進化論に反対し、ありのままの生命の流れの原理を「エラン・ヴィタル」の中に
見出すことを主眼とする著作だと考えられています。しかし、実際には、生命進化を粗雑な網の目にかけることでその本質自体を毀損することなしには捉えられなかった当時の進化論に対する批判であり、新たな生命進化の概念である「エラン・ヴィタル」を用いることによって、生命進化の問題をより正確に把握するための新たな論理を提出しようとした著作ではなかったでしょうか?

要するに、ベルクソンとは、合理的説明に非合理的現実をつきつけることで対抗しようとした非合理的・神秘的な哲学者ではなく、粗い網の目しか持たない不十分な合理性に対して、より繊細な網の目をもった計測装置、概念装置の必要性を説く哲学者、したがって当時の合理性の観点からすれば非合理と捉えられるとしても、単に新たな、より広く、より柔軟な合理性を探し求めた哲学者であったということができます。

むろん、すぐに付け加えておかねばなりませんが、彼の試みが成功したかどうかというのはまた別の話です。もし我々がベルクソンは上記の諸分野において新たな「科学」を確立したと言えば、それは言い過ぎということになるでしょう。

しかし少なくとも、彼は新たな「論理」を提出しようとしたということはできるし、またそこにこそ彼の哲学探究の真価を見て取らねばならない。では、ベルクソンの四大著作のうち、前三作の探求した論理が以上にごく簡単に素描したようなものであったとして、最後の大著『二源泉』の探し求めた論理とは、いったいどのようなものであったのでしょうか?(続く)

Monday, January 09, 2006

plan G (続)

以前、plan Gとして話していた計画がほぼ正式に決まったので報告しておきます。2月8日に南仏Aix-en-Provence大学の「哲学と経済学(および社会科学)」というセミネールで、ベルクソンの『二源泉』について話すよう招待を受けたという件です。

友人の招待ですが、とても嬉しく思っています。今後の日本人若手研究者のこともあるから、あまり恥ずかしい事はできないな、とも。気を引き締めてかからねば。日本人研究者もハイテク機械で高名な哲学者の録音ばかりしているわけではなく、なかなかやるじゃないか、と言われるように。

二時間半くらい話せ、ということなので、もちろんきちんと原稿を用意していくつもりです。日本ではどうか分かりませんが、少なくともフランスの哲学分野においては、セミネールで(もちろん学生向けのセミネールではなく、研究者間のセミネールで、ということだが)一つ発表をせよという招待を受けた場合、多かれ少なかれ完成した読み原稿を用意してきているように思います。

しかし、参加者の中には、DEAの学生もおり、『二源泉』が課題として挙げられているということなので、講演の組み立ては以下のようにしようと考えています。

1.ベルクソン哲学における『二源泉』の位置(DEA学生向け)

2.ベルクソン哲学(とりわけ『二源泉』)における身体論の重要性(ベルクソン研究者向け)

3.ベルクソン哲学(とりわけ『二源泉』)における合理性・功利性の取り扱い(社会学者・経済学者向け)

それぞれA4で十二三枚ずつくらい書いていけば、二時間半ということになるでしょう。というわけで、以後しばらくベルクソンの話ばかりになります。

Friday, January 06, 2006

Caute !

冬休みは二つの論文の仏訳、フランスの某雑誌に掲載される予定のエッセイの改稿、そして何よりも書類の処理に明け暮れた。実際、一昨日、ようやく二ヶ月以上にわたる滞在許可証更新作業を終了し、昨日は一日中、事務処理に忙殺された。その甲斐あって、幾つかの懸案事項が一挙に解決されたことは喜ばしい限りだが、精神的にはかなり消耗した。

これら一連の作業およびそれにまつわることどもを通じて痛感したのは、「慎重に」という姿勢の重要性であった。一つだけさして支障のないものを例として取り上げてみる。

先に言及したエッセイとは、昨年、リールのとある独立系書店の25周年を祝って(2005年5月31日のpostを参照のこと)刊行された小著Ici, là-bas, etc...ブログを参照のこと)のために執筆したBright future? Quelques réflexions sur les "sans-papiers" à venirのことである。ここで言う「サン・パピエ」とはいわゆる滞在許可証を持たない不法滞在者のことではなく、文字通り「紙なし」の電子空間の到来が決定的な影響をもたらす独立系書店とその未来のことである。

改稿にあたっては、再三再四「中立性」を要望された。もともとが独立系書店の可能性を探るという展望のもとに書かれている以上、当然予想されることだが、改稿は困難であった。そもそもその手の「中立性」など信じてはいないということもあったが。しかし、中立的(毒にも薬にもならない)でない効果をもたらすためにはまさに中立的でなければならない、ということも教えられた。

また、ある種の思想的党派性がなくもない雑誌なので、引用する哲学者の名前一つでリジェクトされる可能性もあると言い含められた。その結果、重要なレフェランスも落とさざるを得なかった。むろん分かる人には分かる目配せはしてある。

かなりタイトなスケジュールで辛かったが、私にとっては実に貴重な体験だった。



「初夢」などという過激な小文を正月早々ものしておきながら「慎重に」もないものだと嗤われるかもしれないが、慎重さはすでにスタイルの中にわずかながら努力として顔をのぞかせている。

ホワイトヘッドは、

諸事物の本性のうちにある深みを探索する努力は、どんなに浅薄で脆弱で不完全なものであるか。哲学の議論においては、陳述の究極性に関して、独断的に確実だと単にほのめかすだけでも愚かさの証拠である。
Combien sont superficiels, insignifiants et imparfaits les efforts pour sonder la profondeur des choses. Dans la discussion philosophique, c'est folie que de laisser entendre paraître la moindre certitude quant au caractère définitif de toute affirmation.

と言っている(『過程と実在』、序文)。また、彼は合理主義の口を借りて、

哲学における主な誤りとは、誇張である。
L'erreur primordiale en philosophie est l'exagération.

とも言っている(『過程と実在』第一部・第一章・第三節)。年初にあたって肝に銘じておきたい。

Saturday, December 31, 2005

優しいFWは生き残れない(哲学においても)

今日、リズム論文の仏訳を終えた。明日はオーバーホールすることにして、新たに動き出すのは新年からにする。新年早々の目標は二つ。1)一月上旬に指導教官と会う予定なので、その際に約束の博論序論の一部を渡すこと。2)二月のAix遠征に向けて準備を始めること。

ところで前回のようなことをしょっちゅう書いていると、私は傲慢で叩かれたことがないかのように思われるかもしれない。しかし、かなり厳しい目にあっていることも事実である。未だに「こんな程度のフランス語のレベルじゃ出版できる状態じゃないね」と厳しいフランス人の友人に言われたりすると、かなりめげる。そりゃお前はいいよな、と思う。正直腹も立つ。けれど、こればかりは仕方がない。相手の土俵で、相手の流儀で戦っているのだ。手加減してもらって、勝ったことにしてもらって、最後に「よく頑張ったね」などと言われたいためにフランスに来ているわけではない以上、言い訳はできない。



友人の間では周知のことだが、私がスポーツネタを話題にする場合には、ほぼ必ずや学問研究の比喩としてである。したがって、以下に書くことは直接サッカーに関することではない。サッカーファンの方々に無駄な時間を使っていただきたくないので、あらかじめお断りしておく。



私は「スポーツナビ」の欧州各地のサッカーコラムの愛読者である。これらの記事はすべてフリーランスのライターによって書かれており、もちろん新聞記者の書くものより断然面白い。書くときの緊張感が違うし(彼らは面白いものを書かなければそれまでなのだ)、欧州についての文化的理解の深さも違えば、そもそも欧州サッカーという以前に、サッカーについての理解の深さが違う。

ホンマヨシカさんの「セリエA・未来派宣言」も私が愛読しているコラムの一つである。今日は、2005年12月28日付の記事「優しいFWは生き残れない」を読んで印象に残ったので、ご一読をお勧めしておく。ここではとりわけ印象に残った部分だけを引用させていただく。

いつものようにほほ笑みを浮かべながら質問に答えていた柳沢からは、試合に出場できない悔しさは伝わってこなかった。インタビューが終わった後、日本人ジャーナリストの輪の中に知り合いのジャーナリストを見つけたので、「柳沢から悔しさが感じられないね」と聞くと、「いや、やはりインタビューをしたくなかったようで、そのまま立ち止まらずに行こうとしましたよ」とのことだった。だがそれでも僕が「でも、悔しさが全然感じられないよ」と続けると、面識のないジャーナリストの1人が、「悔しくても、彼はそれを外に出さないタイプだから」と答えてその場を去った。僕にしても柳沢が悔しい思いをしているだろうと重々承知しているのだが、問題は彼がその悔しさを外に表わさない(表わせない)ことだ。 インタビューを受けたくなかったのなら、待ち受けている日本人記者たちには失礼だが、無視して通り過ぎるか、「何も言うことがありません」と立ち去るぐらいの悔しさを表わす行動を見せてほしかった。

この一文を読んで感じることは二つ。

1)一つは「悔しくても、彼はそれを外に出さないタイプだから」と答えてその場を去ったジャーナリスト氏は、質問の真意をなんら理解していない、典型的な日本人ジャーナリストである可能性があるということ。欧州に何年住んでいても、いつまで経っても悪い意味で日本人のままという人がいる。柳沢が周囲に嫌な気分を味わわせまいと悔しい思いをじっと押し殺しているだろうことは百も承知のうえで、彼がイタリアで活躍するために必要な感情表現上の工夫とは何なのかを問うているのだ。日本人が日本人スタイルで仕事をしていて受け入れられる土壌(たとえば寿司屋などの日本料理店ないし海外進出した日本の大企業)で仕事をしている人はよい。また、自分のスタイルや信条を投げ打ってまで成功などしたくないという人も勝手にすればよい。だが、そうでない場合には、時には自分の性格も信条も投げ打ってでも、相手の要求に応えてみせる用意が必要だ。「自分のスタイル」を云々するのはその後でいい。ちなみに、ホンマさんは

今年の初めだったか、スペインリーグのコラムを書いておられる木村氏が、大久保の日本人には珍しいアグレッシブな姿勢を評価されていたのを読み、セリエAでもそれくらいの姿勢(特にFWというポジションでやっていくには)が必要だと、僕は至極納得した。

とも書いておられ、木村さんの当該記事ではないが、大久保に関するKosuke Itoさんの記事(や別の記事の抜粋)を賛意とともに引用させていただいた私としては、意を強くした次第である。

2)二つ目は、この点(悔しさをストレートに表に出すこと)をそのまま哲学研究に応用することは、もちろん(笑)、できないということ。哲学というのは、悪く言えば、鼻持ちならないお高くとまった分野である。日本はいざ知らず、とりわけ欧州では、未だに良家の子女が「修身」として学ぶ学問である。実際、私の知り合いにも、貴族の末裔のような人々がいくらでもいる。この点、私たち哲学研究者の要求される技術は、サッカーにおける上記のような闘争心むき出しのガッツの見せ方とは、100%逆でなければならない。つまり、インテリジェンスとユーモアを兼ね備え、スマートでエレガントでなければならない。

(むろん、両者の差異を相対化することは幾らでもできるが、本質的な差異が残ることに変わりはない。)

このことはサッカーを低く見ることも、哲学を高く見ることも意味していない。哲学に対して皮肉を込めて言っているのでもない。フィギュアスケートやシンクロナイズドスイミングにおいて、何よりもまず優美さが要求されるからといって、彼らにガッツが求められないわけでないのと同じである。ただ、ガッツをまったく別の形で表現しなければ、そのガッツ自体が無意味になってしまう領域・分野というものが存在するのである。

ただ、哲学研究とフィギュアやシンクロの違い、そして哲学とサッカーの共通点の一つは、それが多民族間の「チームスポーツ」だということである。この点はきわめて重要なので、項を改めて書くことにして、ここで言いたかったことを最後に一言でまとめておくとこうなるだろうか。

私たちは競技場に「心優しいFW」を見に来ているのではない。「点取り屋」を見に来ているのである。哲学においても事は同じである。

Thursday, December 29, 2005

自己点検(仏語添削について)

以前、自分のblog(もちろんblog一般ではまったくない)に対するとるべき態度と、とるべきでない態度して、こういうことを書いたことがある。

しかし、誰のためのblogなのか、何のためのblogなのか、ということをさらに考えた場合、結局のところ、上に挙げた二つの態度は必ずしも両立しえないものではないのかもしれない、という思いを強めている。自分の活動状況についてより詳しく書くことは、私が思っていた以上に、他人の役にも立つものなのかもしれない。したがって日々の活動報告のようなものを少し増やしていこうと思う。



昨日、身体論文の仏訳およびレジュメを終えた(いずれ正式に公刊されることになったら、要約も公開しよう)。とりかかったのが21日だったから、6日で終えたことになる。この間、二度フランス人の友人にチェックしてもらい、議論している。こういう慌しい時期に快くチェックを引き受けてくれたlpに感謝したい。昨日は、論文抜きで、ご飯(pissaladière, tarte à l'oignon du Sud de la France)をご馳走になったので、そのことにも感謝したい(笑)。

今日からリズム論文の仏訳に取り掛かる。こちらはすでに以前始めていたので、できれば年末までに終えたい。そして別の友人edに送る。

仏文の添削というのは――断るまでもないと思うが、以下は私の体験に基づく主観的な体験談ないし内省の結果であって、必ずしも一般性・普遍性をもつものではない――、よほどの仏語の達人でもない限り、ほぼ誰しもやってもらっていることと思うが、複数の依頼相手がいたほうがいい。もちろん渡仏しても最初のうちはそれほど多くの友人がいるわけでもなく、また相手のレベルを選べるわけでもないが、いずれそうなることが望ましい。添削相手によって、出来上がりは一変する。しかし、そのためには自分のフランス語の質を常時brush upしていくことが大切である。逆の状況を考えてみればいいので、日本語初心者が書いた、間違いだらけの論文を直すときと、日本語上級者が書いた論文を直すときとで、同じ原則をもって接しているわけはない。

ちなみに、私はお金を払って添削してもらったことは一度もない。友人に頼んで、あとで一杯おごったり、ご飯をおごったりする程度である。だからプロフェッショナルな添削の良し悪しについてコメントすることはできない。私の場合、直す側は基本的に親切心ないし友情でやってくれているので、添削のやる気は1)こちらの書くものの質と2)相手の忙しさによって決まる。

1)彼らは哲学者であり、面白いものを読まされれば、基本的に知的興奮を覚える人々である。したがってこちらが一定水準に達しているものを書けば、添削にも自然と身が入る。そのためには基本的なところでミスを繰り返してはいけない。サッカーと同じである。名コーチに指導してもらいたければ、あるいは能力ある同僚と共同自主トレをやりたければ、「自分はこの人のトレーニングのために時間を割いてあげてもいい」と思ってもらえるレベルに達していることが必要である。

2)しかし、いくらこちらが努力していい物を書き、相手が興味を持ってくれようとしても、相手が忙しければ駄目である。そして当たり前のことだが、能力のある人ほど忙しい。自分の言いたいことに自分が思いもつかなかった言い回しや面白いコメントをくれることがあるのも、そういう人々である。しかし、彼らには時間の制限がある。こちらも相手のことをリスペクトしているので、もともと長々と意味なく引き止めたりはしないが、そうはいっても相手も忙しく、必ずしもこちらの意図に沿ってくれるとは限らない。そういう場合、友情に満ちていながらも、知的緊張感をもった関係を複数保持しておくことが肝要である。でないと、緊急にヘルプが必要な場合に、お手上げということになる。

添削を頼める友人を複数持っておくことはまた、自分の書く物の分野によって、添削を頼む適任者を選べるという利点を生む。経済的な内容ならslだなとか、少しエピステモ系ならplだなとか、リズムなどの変わった主題ならedだなとか、フランス語を重視したいのでkgだなとか。

そのためには普段の自然な会話がすでに一定程度のレベルを備えていなければならない。フランス語がひどかったり、哲学の知識がなかったりすれば、能力のある誰が助けてくれようか。人が親切心で動いてくれる場合には限りがある。プラスアルファを引き出すのは自分の責任である。つまり結局のところ、普段の努力、不断の努力でほとんどのところは決まっている。「365歩のマーチ」とはそういうことである。

以上のことは自分に自戒をこめて言う。

Saturday, December 24, 2005

365歩のマーチ(Gebrauch der Füße)

"So geht es allen noch rohen Versuchen, in denen der vornehmste Teil des Geschäftes auf den Gebrauch der Vernunft ankommt, der nicht, sowie der Gebrauch der Füße, sich von selbst vermittelst der öfteren Ausübung findet" (Kant, Kritik der praktischen Vernunft (1788), Beschluß).

"Il en est ainsi de tous les essais encore rudimentaires, dans lesquels la partie principale du travail dépend de l'usage de la raison, qui ne s'acquiert pas de lui-même, comme celui des pieds, par un exercice fréquent" (Kant, Critique de la raison pratique, Conclusion).

「研究の仕事の最も重要な部分が、理性の使用にかかわる試みであっても、もしその試みが粗笨であれば、結果はいずれもこのようなものになるのである。理性の使用は、足の使用と異なり、ただ反復使用したところで、おのずからその使用法が手に入るわけではない。」(カント、『実践理性批判』、結び)

Friday, December 09, 2005

知の末路

pense-bêteにも参加してくれている友人toshoheiさんが『週間金曜日』の「金曜アンテナ」というコーナーに、稲荷明古さんという方の「廃寮問題で係争中の山大」というごく短い報告が掲載されていることを教えてくれた。末尾を引用させていただく。
 国賠訴訟の控訴審判決(今年9月)で仙台高裁は、大学から寮自治会への「人格権」侵害を認め、国側に賠償を命じた。この判決に原告側は「組織としての大学の違法性を免罪する不当判決」として上告。原告団は最高裁勝訴へ向け、全国行脚を続ける(詳細は、URL http://dorouso.hp.infoseek.co.jp/)。
 廃寮の背景には独立行政法人化の流れがあった。全国で2番目に小さな国立大学(学生8323人)である山大は生き残りをかけて、文科省通達を強行した。「貧乏人は大学に来るなという圧力は全国で目に見えて深刻化」している。信州大学では今年、休学者の1人に「学内への立入を一切禁止する」との通告が出された。


これ以上愚かなことを続けるつもりなのだろうか。生き残りをかけて死に物狂いの大学のことだけを言っているのではない。国公立大学をそういう状況に追いやることで、日本の知の状況を決定的な壊滅状態に追い込んでおいて、「民営化=合理化」で得をしたつもりでいる日本国民のことを言っているのである。

ほとんどフリーター(派遣社員でもよい)状態でカップメンをすすりながら巨大掲示板に延々と愚劣な極右的言辞を書き込み続ける者、嬉々として小泉政権を支持し続ける薄給のサラリーマン…。自分の政治的行動――何度でも言うが、ノンポリも一つの政治的行動である。自分はノンポリだからなどと悠長に構えているつもりの者は、完全に勘違いをしている。レイプの現場に居合わせながらNoの声をあげない者はYesと言っているのと同じである。――の論理的帰結を考え抜くことのできない者が大半を占めたとき、ファシズムは到来する。

左翼的言説か否かなどどうでもよい。まずは『週間金曜日』の編集長コラム「「下流」の敵は、格差社会実現をもくろむ米国かぶれの為政者にあり」を読んでいただきたい。大筋には賛同できる。