Saturday, July 18, 2020

今後の予定

8月6日(木)14時から 分身論打ち合わせ

25日(火)13時から リズム論打ち合わせ

8月下旬の仕事
①某学会の査読、②学内の重要業務、③レチフ論執筆、④リズム論完成

9月5日(土)レチフ勉強会での発表

9月13日(日)@京都大学
日仏哲学会シンポジウム「リズムの哲学に向けて」での発表(ベルクソン研究)

10月25日(日)@福岡大学
仏文学会ワークショップ「分身について」での発表(レチフ?)

12月
明治大学大学院・教養デザイン研究科での講義(キェルケゴール?)

12月6日(日)@佐賀大学(遠隔開催)
シンポジウム司会

2月
平芳先生の科研での「皮膚」についての発表(ドゥルーズ?)

負債:
1)ベルクソン単著
2)事典項目
3)英語論文

計画:
1)ベルクソン講義録翻訳

Monday, July 06, 2020

キェルケゴールをJ-POPで

美的・感性的領域:東京事変閃光少女(2010)

 NHK-SONGSの動画がハイクオリティ。


切り取ってよ、一瞬の光を 写真機は要らないわ
五感を持ってお出で 私は今しか知らない 貴方の今に閃きたい

まず強調すべきは、一瞬にすべてを賭けているというドン・ジュアン的態度。本気で浮薄に生きようとしている。真摯な戯れと言ってもいい。「デモーニッシュ」な側面をよく捉えている。

倫理的領域:オフコース生まれ来る子供たちのために(1979)

 PVも含めて佐藤竹善バージョン (2002)が、ヘーゲル的人倫キェルケゴール的決断の単独性の両面をよく表している。

一方で、ヘーゲル的人倫は「愛するこの国の現在を憂いこの国の明日をまた想う」「僕らは今どこにいる」と現状を批判しつつ、「ひろい空」と普遍性への高まりを呼び掛ける。生まれ来る子供たちのために何を語ろう」という言葉から、国家と言っても、市民社会・家族も含めた人倫的共同体のことを指していることは明白である。

君よ愛するひとを守り給え
大きく手を拡げて 子供たちを抱き給え
ひとりまたひとり 友は集まるだろう
ひとりまたひとり ひとりまたひとり

他方で、佐藤竹善のPVは、少し距離を取って取り巻く人々(水平化?)に対して、
一人で弾き語りで呼びかけるという単独者的・決断的側面がより強調されているとは言えないだろうか。傘を差して、若干距離を置いて佇んでいる人たち(信仰の騎士たち?)。

宗教的領域:ユニコーン《すばらしい日々》(1993)

 矢野顕子バージョンは複数ありますが、LIVE Beautiful Songs (2000)バージョンが最高だと思います。

すばらしい日々だ 力溢れ すべてを捨てて僕は生きてる
は僕を忘れるから その頃にはすぐに君に会いに行ける

逆説弁証法的:崩壊(解散)に向かう苦い日々を、それでも肯定する。挫折によって人は何かを得る。しかし、決して止揚されない。融和で終わらない(歌としては)。

は僕を忘れるから そうすればもうすぐに君に会いに行ける

「そうすれば」によって、逆説はいっそう深まる。