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Monday, July 14, 2025

2024‐2025年の研究業績

刊行物は全部で8点。共編著1冊、共著2冊、論文1本、合評会記録3本、エッセイ1本。日本語6点、フランス語1点、英語1点。

①【共編著】「人格性について――分析哲学的自己論とベルクソンの表現的自我」(160-171頁)、「プロジェクトの”持続”とは何か(あとがきに代えて)」(342-346頁)、「PBJ活動記録(2007.4-2024.3)」(347-355頁)、平井靖史・藤田尚志編『〈持続〉の力――ベルクソン『時間と自由』の切り開く新地平』所収、書肆心水、2024年7月17日、総ページ375。ISBN 978-4910213514

②【共著1】「分人主義的結婚論の先駆者フーリエ――『愛の新世界』とヘーゲル『法の哲学』における遺産相続の問題」(161-210頁)、福島知己編『フーリエの新世界』、水声社、2024年7月30日、総ページ420。ISBN 978-4-8010-0817-5

③【共著2】「ピエール・マシュレ『文学生産の理論のために』」(224-239頁)、大橋洋一・三原芳秋編『文学理論の名著50』所収、平凡社、2025年3月21日、総ページ616。ISBN 978-4-582-70371-9

④【論文】"Rhythmeasure revisited. Duration-Number, Multi-Time Scale Theory, Ethics of Démesure in Bergson's Philosophy", Síntese: Revista de Filosofia Vol. 51 No. 160: O pensamento e o movente - 90 anos, Belo Horizonte : Faculdade Jesuíta de Filosofia e Teologia, September 2024, pp. 287-314. https://doi.org/10.20911/21769389v51n160p287/2024

⑤【合評会記録1】藤田尚志・兼本浩祐・澤幸祐・岡嶋隆佑・平井靖史・天野恵美理・木山裕登「注意と連合――ベルクソン『記憶理論の歴史』合評会記録(現代諸科学との接合編)」、九州産業大学国際文化学会編『九州産業大学国際文化学部紀要』第84号、2024年11月、1-56頁(査読無・日本語・共著)。

⑥【合評会記録2】平賀裕貴・鶴岡賀雄・中村弓子・藤田尚志「機械と神秘家――平賀裕貴『アンリ・ベルクソンの神秘主義』合評会記録」、駒澤大学外国語第一・第二部門論集委員会編『駒澤大学外国語論集』第38号、2025年1月、57-82頁(査読無・日本語・共著)。

⑦【合評会記録3】藤田尚志・中畑正志・山口裕之・天野恵美理・木山裕登・岡嶋隆佑・平井靖史「思想史の力――ベルクソン『記憶理論の歴史』合評会記録(思想史編)」、九州産業大学国際文化学会編『九州産業大学国際文化学部紀要』第85号、2025年3月、1-55頁(査読無・日本語・共著)。

⑧【エッセイ】Quand un philosophe japonais découvre le Chjam'è rispondi
Rivista Robba, 31 mai 2024


口頭発表は全部で15本。研究発表が10本、イベント出演が1本、司会・討議が2本、応答が2本。日本語7本、英語3本、フランス語5本。

①【研究発表1】"La main de Bergson revisitée", Séminaire d'Arnaud François (8 avril 2024, à l'Université Poitiers)

②【研究発表2】"Bergsonian Left autour de l'Ecole de Francfort ? Bergson avec Adorno, Arendt, Benjamin", Atelier Bergson Programme 2023/2024 "Réceptions de Bergson: Adorno et Maldiney" (14 May 2024, 15-18h, ENS-Ulm, salle Pasteur / Zoom)

③【研究発表3】"La philosophie plante de Bergson. Un bergsonisme élargi", "Séminaire Objets/Projets Programme 2024 : Enquêtes" organisé par Thierry Hoquet et Elie During à l'Université Paris Nanterre (16 mai 2024, Bâtiment Ricoeur, salle des conseils (4ème étage))

④【研究発表4】"La main de Bergson II. L'organologie revisitée", Colloque international "Bergson face à Kant" organisé par Alessandra Campo et Rocco Ronchi (29-31 Mai 2024, Università di L'Aquila / Zoom)

⑤【研究発表5】"Schematism revisited. On Bergson, Kant, and Heidegger", Seminario di Studi all'Università di Napoli Federico II (3 Jugno 2024, 11h30-13h30)

⑥【研究発表6】"Directionality and Disposition. Some Reflections on Analitic and Bergsonian Approach", PBJ International Workshop "Dispositions, Vrituality, tendency. Bergson and the Metaphysics of Powers" (11-12 June 2024, Queens University Belfast, UK)

⑦【研究発表7】「タペストリーの裏側――渡名喜庸哲『現代フランス哲学』を補綴する」、第33回フランス政治思想研究会:渡名喜庸哲『現代フランス哲学』(ちくま新書、2023年)合評会(郷原佳以さんとともに)@対面・遠隔ハイフレックス方式(東京大学社会科学研究所本館307号室)2024年6月26日(水)17:00-19:00

⑧【研究発表8】「rythmesureと拍節的体制化――ベルクソン哲学と音楽心理学の接合」、リズムの哲学研究会 第2回研究会合 2024年8月24日(土)-25日(日)@高知大学医学部 アメニティ会議室

⑨【研究発表9】"Trahison fidèle, ou comment traduire (pour) la philosophie française : le cas de Bergson", Colloque Paris-Kyoto 2024 "Pourquoi traduire ? Les philosophies japonaise et française face à la nécessité de penser entre les langues", 28-29 novembre 2024, Université de Kyoto, Salle de conférence principale, B1F, bâtiment de la Faculté des Lettres

⑩【研究発表10】「蝶の記憶――フーリエにおけるもう一つの時間の倫理」、合同ゼミイベント「フーリエの魔――結婚の哲学史異聞」 2024年12月06日(金)14:40-17:00 提題者:後藤正英さん(佐賀大学)、田中遊麻さん(九州産業大学)、吉岡剛彦さん(佐賀大学)とともに@佐賀大学・教養2103教室(教養2号館1F) 

⑪【イベント出演】「フーリエにおける結婚の脱構築」(ビデオ出演)、マキコミヤ2024イベント「フーリエを笑い者にするとき、私たちは何を犠牲にしているのか~『フーリエの新世界』刊行記念イベント」@本のあるところajiro & ZOOM 2024年7月15日(日)15:00-17:00

⑫【司会・討議1】マキコミヤ2024イベント「愛・セックス・結婚の哲学の現在――R・ハルワニ『愛・セックス・結婚の哲学』監訳者に訊く」@ZOOM 2024年7月21日(日)14:00-17:00

⑬【司会・討議2】マキコミヤ2024イベント「ベルクソンと動物たち」@ZOOM 2024年7月22日(月)19:00-21:00(その他③、2024-2025年度)

⑭【応答1】第34回フランス政治思想研究会(テーマ:『シャルル・フーリエの新世界』(水声社)をめぐって) 2024年10月26日(土)14:00-16:00 報告者:杉本隆司氏、星野太氏、応答者:福島知己氏、篠原洋治氏らとともに@東大駒場キャンパス18号館4階コラボレーションルーム2

⑮【応答2】PBJ workshop 2024 "An Evening with Bergson and Music ", 27 octobre 2024, Keio University, with Shoichi YAMASHITA (Surugadai University), Masato GODA (Meiji University), and Carolyn Biltoft (Geneve Institut) @慶應義塾大学三田キャンパス東館8階ホール

Tuesday, March 26, 2024

いただきもの:『「記憶」で読む『鬼滅の刃』』(小鳥遊書房、2024年2月28日)

2024年3月24日(日) 千葉工業大学の三村尚央(たかひろ)先生よりご恵投いただきました。

『「記憶」で読む『鬼滅の刃』』(小鳥遊書房、2024年2月28日)

『鬼滅』が「細胞の記憶」から「つながりと縛り」に至るまで記憶の物語であることは「なるほどそのとおり」と思っていましたが、序論でさらに「時間と記憶というモチーフは、実は漫画という表現メディアの根幹とも関わっています」(19頁)と踏み込んでいったり、終章でさらに「記憶の諸相」へと読者をいざなおうとするところは「おお!」と思いました。

ベルクソンについてもたびたび言及があり、平井さんの『セカジ』も引用されています。

わざわざパリに送っていただいたので、ENSというフランスの人文知の「時間」と「記憶」の集積地で記念撮影してみました。・・・が、私の撮影技術のなさでなんだかよく分からない写真になってしまいました(笑)。

Wednesday, December 13, 2023

2024/03/13 ベルクソン『記憶理論の歴史――コレージュ・ド・フランス講義 1903-1904年度』刊行記念イベント第二弾:思想史との邂逅編

刊行記念第二弾のイベントは、アリストテレスとコンディヤックの専門家にお越しいただき、講義後半の哲学史的な内容を読み解いていただきます。もちろんお二人は哲学史家であると同時にそれぞれ実に独創的な哲学者でもあり、その視点からのコメントもいただけるものと期待しております。情報拡散をお願い致します。

日時:2024年3月13日(水)19:00-22:00

イベントタイトル:ベルクソン『記憶理論の歴史 コレージュ・ド・フランス講義 1903-04年度』刊行記念イベント第二弾:思想史編

開催形態:ZOOM
※下記URLからご登録ください。参加URLは前日夜までにお送りします。
https://forms.office.com/r/TqKa25mFtn

参加:無料

登壇者:中畑正志(アリストテレス研究)×山口裕之(コンディヤック研究)

応答者:訳者(藤田尚志・平井靖史・天野恵美理・岡嶋隆佑・木山裕登)

Friday, December 08, 2023

書評をいただきました。

新たに書評をいただきました。本当にありがとうございます。励みになります。

『西日本哲学年報』第31号 2023年10月(評者 平井靖史氏 慶応義塾大学)
『フランス哲学・思想研究』 第28号 2023年10月1日(評者 平岡紘氏 流通経済大学)

これまでにいただいた書評は勁草書房HPにて。

Wednesday, December 06, 2023

2024/01/29 ベルクソン『記憶理論の歴史――コレージュ・ド・フランス講義 1903-1904年度』刊行記念イベント第一弾:現代諸科学との接合編

刊行記念イベント第一弾は講義前半の内容に対応して、現在第一線で活躍しておられる科学者(精神病理学者、学習心理学者)の方々にお話をいただきます。

ベルクソン『記憶理論の歴史――コレージュ・ド・フランス講義 1903-1904年度』刊行記念イベント第一弾:現代諸科学との接合編

日時:1月29日(月)19:00-22:00
場所:ZOOM
参加希望者はFormsにてお申し込みください。
 https://forms.office.com/r/XLpT7BdMuj

イベントまでに開催URLをお知らせします。

登壇者:兼本浩祐(精神病理学)× 澤幸祐(学習心理学)
応答者:訳者一同(藤田尚志・平井靖史・天野恵美理・岡嶋隆佑・木山裕登)

Monday, July 24, 2023

マキコミヤ2023無事終了!

ボロボロになりながらもなんとか走りきりました、、

 1)7月14日(金)14:30-17:30

場所:佐賀大学教育学部
愛の労働ーケアとセックスワーク
講演:尾崎日菜子
応答者:後藤正英、逆巻しとね、吉岡剛彦
司会:藤田尚志

2)7月16日(日)16:00-18:00
場所:本のあるところajiro
どぶ川のルソーと呼ばれた男――はじめてのレチフ・ド・ラ・ブルトンヌ
鼎談:辻川慶子・藤田尚志・森本淳生
告知ページ
https://note.com/kankanbou_e/n/na5b0815f7658
会場チケット
https://ajirobooks.stores.jp/items/64992920921a700031ffc8fd
オンラインチケット
https://ajirobooks.stores.jp/items/64992a002d3496004989e3c0
初回告知ツイート
https://twitter.com/ajirobooks/status/1673214340303028232

3)7月18日(火)19:30-20:45
場所:南山大学(名古屋)
社倫研トークラボ#3:かゆみと哲学

4)7月21日(金)19:00-21:00
場所:本のあるところajiro
「寺山修司は死んだのかーー演劇・短歌・競馬・映画から問い直す」
登壇者:伊藤徹・檜垣立哉・渡部泰明
司会:藤田尚志

Monday, July 03, 2023

平芳幸浩編『現代の皮膚感覚を探る』書評掲載

 読売新聞の書評欄(7/2)に掲載されました。郷原佳以さんの書評、今もまさにかゆいので(笑)、とても励まされます。ありがとうございます。

Sunday, May 07, 2023

いただきもの(2023年4月②)

2023年4月11日、京都薬科大学の坂本尚志(たかし)さんよりご恵投いただきました。

ギヨーム・ルブラン『カンギレム『正常と病理』を読む――生命と規範の哲学』(坂本尚志訳、以文社、2023年3月31日)

ルブランの著作全般についての目配りの行き届いた紹介、カンギレムと『正常と病理』のフランス現代思想における位置づけ、フランス、英語圏、日本におけるカンギレム研究の現状など、まさに痒い所に手が届く解説でした。(解説で触れられている山下尚一さんとは最近交流があるのですが、ボルドーで坂本さんと一緒だったそうですね。)

この著作は確か、マシュレが監修していたPhilosophiesの一冊として刊行されたのではなかったでしょうか?La vie humaineやLes maladiesなど、ルブランの著作には近づきつつも、しっかりと読んだとはとても言えない状態だったので、これを機会にもう一度読み直します。


2023年4月11日、立教大学の澤田直先生、明治大学の岩野卓司先生、東京大学の郷原佳以さん、早稲田大学の福島勲さんからご恵投いただきました。

澤田直・岩野卓司編著『はじまりのバタイユー贈与・共同体・アナキズム』、法政大学出版局、2023年4月10日。

まだざっと眺めた程度にすぎませんが、非常に丁寧な本づくりに感銘を受けました。

つかみとして中沢新一さんと岩野先生の対談を配し、鵜飼哲先生や栗原康さんなど(あるいはそもそも澤田先生ご自身も?)、バタイユ界隈で見かけることが稀な、力のある書き手にバタイユを自由に論じてもらい、これに対して一線級の専門家たちが目配りの行き届いたコメントと参考文献で応じる。「はじめての~」と冠するにふさわしい構成ですね。

フェスの最後に大物歌手を囲んで全員で歌うように、巻末にはバタイユの名言集を囲んで、寄稿者たちの関連論文からの抜粋が散りばめられていましたが、寡聞にして、この形式は初めて目にした気がします。

内容的な構成の緻密さもさることながら、物質的な丁寧さも印象的です。
単著を出して以来、カバーをとって本体を眺めることが増えたので、今回も表紙と背表紙に小さな文字(嘔吐をこらえながら~、途切るな)を見つけ、隠れたメッセージを受け取ったような気になりました。他にも、本家の『ドキュマン』を模したセクション区切り、最後の頁にはゴダールの『ウィークエンド』の引用などなど、本作りを楽しんでおられる感じがして、こちらも楽しい気分になりました。

最後に、言うまでもなく個人的関心が最も重要ですが、
1)ベルクソンーバタイユ関係についての井岡さんの新たな視座(314頁)、バタイユの「書きながら書かない書法」(275頁)とベルクソンとの対比可能性、
2)愛・性・家族の脱構築を考える場合、いずれバタイユには本格的に向き合わねばならないと思っており、その点で「家族と共同体」も、アンティゴネー論も、死とマゾヒズムの問題も、バタイユ的贈与論とモースやレヴィ=ストロースとの関係もきちんと勉強し直さねば、と気が引き締まりました。

Saturday, April 29, 2023

いただきもの(2023年4月①)

2023年4月1日

武蔵大学の土屋武久先生より、ご高訳ニール・アーチャー『ロードムービーの想像力:旅と映画、魂の再生』(晃洋書房、2022年12月)をご恵投いただきました。

まったく縁もゆかりもない私にどうしていただけたのか分かりませんが、ともかく不思議なご縁を感じました。

実は数日前までひと月近くパリに研究滞在していたのですが、往路の飛行機で遅ればせながらようやく『ドライブ・マイ・カー』を観たこと。到着したパリで、仕事を終えた後、夜に映画を観る習慣を徐々に取り戻し、いろいろ観た中にヴェンダースの『パリ、テキサス』があったこと

また、先生の仕事を検索するうちに、『映画で実践!アカデミック・ライティング』(小鳥遊書房、2019年)の訳者でもあるということを発見して驚きました。映画で卒論を書きたいと言う学生によく薦めている一冊だったからです。

そして最後に、私自身はフランス哲学研究を主にしているのですがいずれ手掛けたいと願っていたのが「旅の哲学」だったのでした。

まだパラパラとめくったばかりですが、本の造りもとても手に取りやすく、旅の供にぴったりですね。これからじっくり拝読させていただきます。

2023年4月5日
中京大学の山崎敦さんより、待望のご高著 Bouvard et Pécuchet, roman philosophique. Une archéologie comique des idées au XIXe siècle, Presses universitaires de Vincennes, coll. "Manuscrits Modernes", 2022.をご恵投いただきました。

苦節二十年とのこと、私の博論も2007年提出だったので、ご苦労はよく分かります。まずはお疲れさまでしたと心から申し上げたいです。

まだ序論に目を通したにすぎませんが、やはり「哲学的小説」の「哲学」が興味深いです。その「哲学的射程」はもちろん何らかの哲学的教説やテーゼを標榜することから来るのではない。そうではなく、「知的言説とその記憶が、奇妙に歪曲されながらも、物語の展開に沿って、登場人物の語りや身振りのうちに、細かなディテールのうちに巧みに統合されている」ということからこの哲学的小説の「力」は来ている。

そこでは概念が小説の登場人物と同じ役割を果たしている。人物と同じように動き、ぶつかり、戦い、破壊し合う。その概念的人物たちが演じるエピステモロジックなシナリオ、
ドラマ化、その演出がcomiqueなのであって、登場人物たちがcomiquesなのではない。フローベールにtournant comiqueがあったとしてーーそもそもcomiqueはどう訳すのが正解なのでしょうーーその場合のcomiqueはcomique singulierであって、そこで問題となるのは、idées comiquesではなくcomique d'idéesである、というのはそういうことですね。

ドゥルーズ=ガタリのそれとはかなり異なる概念的人物たちはむしろ、至極真面目な、時に滑稽なほど真面目で、皮相なほど悲壮だというのが、『ブヴァールとペキュシェ』の中で作動している観念の喜劇のメカニズムだ、と。パスカルの「哲学を嗤う反哲学的哲学」、自らをソクラテスと素朴な百姓の間の「中間者」の位置に置くモンテーニュを彷彿とさせるポジショニングですが、そこにフローベール独自のcomiqueが差し挟まれる。といった読みが正しいのかどうか、これから楽しみに読ませていただきます。

2023年4月8日
北海道教育大学の古川雄嗣さんより『近現代日本思想史 「知」の巨人100人の200冊』(平凡社新書、2023年2月15日)をご恵投いただきました。

ひとまず古川さんの手になる五篇ーー「阿部次郎」「鈴木大拙」「西田幾多郎」「柳宗悦」「九鬼周造」だけ拝読しました。面白いもので、そういう読み方をすると、やはり書き手の個性が浮かび上がってくる気がします。

1)安易な日本主義への警戒感(私の言葉で言えば、「反時代的」姿勢)と単なるコスモポリタニズムでもグローバリズムでもない「世界」への開かれ
 阿部「多くの知識人が日本回帰になだれ込んでいったこの時代にあって、阿部があくまでも人格主義という理想を手放さなかったことの意味」(86頁)
 鈴木「禅とキリスト教、東洋と西洋といった分別を越えた無分別こそが、まさに禅の第一義なのである。大拙にとって禅とは、その深みにおいて人が真に「世界」と出会う道行だったのである」(107頁)。
 西田「行為によって世界を知り歴史を作るのであるとする行為的直観」(113頁)
 柳「日本の同化主義政策を批判」(126頁)。「民藝とは「民衆的工藝」であると同時に「民族的工藝」であり、柳にとってそれは単なる美の問題ではなく、人間と国家と世界のあり方の根本に関わる問題であった」(127頁)。「柳にとって「日本」とは、それぞれに固有な自然風土と歴史をもつ「地方」の総合である。(…)確かに我々は日本を誇るべきであるが、それは「具体的な形のあるものを通して」であり、それによって我々は「世界は一つに結ばれているものだということを、かえって固有のものから学ぶ」のだと、柳は言うのである」(128頁)。
 九鬼「敢然と「外国文化に対して或る度の度量を示すことを怠ったならば日本的性格は単なる固陋の犠牲となって退嬰と委縮との運命を見るであろう」と言い放ったところに、彼の「いき(意気)」を見ることができる」(163頁)。

2)手触りのある、経験に根差した哲学
 鈴木「いわば霊性に貫かれた感性的世界を生きる」ことで「より深い意味が立ち現れる」(106頁)。
 西田「哲学の動機は深い人生の悲哀でなければならない」(111頁)。
 九鬼「苦界に生きるすべての人々の生を、美的・倫理的に肯定しようとした」「胸に暗黒なものを有って、暗黒のために悩まなければ哲学らしい哲学は生まれてこない」(162頁)。

とても共感するフレーズがたくさんあって、つい引用しすぎてしまいました(笑)。

Saturday, April 08, 2023

いただきもの(2023年1月-3月)

2023年1月25日
愛知医科大学の兼本浩祐先生からご高著『普通という異常 健常発達という病』(講談社現代新書、2023年1月20日)をご恵投いただきました。

《「人間とは一つの症状なのだ」という世紀末に流行ったプロパガンダをもう一度声高に喧伝しようという意図はないのですが、健常発達的特性が極端になれば、それはそれでやはり耐え難くしんどいことはあるのであって、健常発達という病を考えることは、そのまま人間とは何かを考えることにつながるのではないかという方向性には、今も何がしかの有効性があるのではないかとは考えています。》という先生の方向性には共感するところが大きいです。

同じ方向性をもつ「人間であることは疲れること」に関するベルクソンの指摘(240頁)には精神科臨床と響き合うものがあると私も感じており、以前兼本先生からもメールでうれしいお言葉をいただいていたのですが、私のリズムの議論を平井さんの「生の未完了的感覚クォリア」の議論と接続して論じておられる(88‐89頁)のを見て、はっとさせられました。まだ明確に論じられるわけではありませんが、今後ぜひとも深めていきたい論点です。大切に読ませていただきます。

2023年2月5日
専修大学の宮﨑裕助さんより、ご高訳ジャック・デリダ『メモワールーーポール・ド・マンのために』(水声社、2023年1月10日)をご恵投いただきました。

私がベルクソンを読むに際してデリダから学んだことは数多いのですが、とりわけ「読解と分析と解釈の省略(エコノミー)」(305頁)「これで最後だ、ケリがついた」と短絡的に考える「最悪の健忘症」(337頁)に抗し、粘り強く読解を展開することでした。

この点は特に「歴史家デリダの眼」を通してミクロとマクロの両次元で実践された「読むことのレッスン」である第Ⅱ部で再確認されますが、理論的には何といっても第Ⅰ部が興味を惹きます。ハイデガー的言語論・記憶論(言語の自己呈示作用=起源へのノスタルジー)のド・マンによる書き換え(自己撤回作用=起源との乖離)という対比は、ベルクソンとハイデガーの対決について考えている私にとっては示唆するところの大きいものです。

2023年2月5日
鹿児島大学の太田純貴さんより、ご高訳ユッシ・パリッカ『メディア地質学——ごみ・鉱物・テクノロジーから人新世のメディア環境を考える』(フィルムアート社、2023年2月5日)をご恵投いただきました。

「自然とテクノロジーの連続体をいかに考えるべきか」をめぐるメディアエコロジー三部作を締めくくるデジタル唯物論的な作品として、特に「非有機的なもの」に焦点を合わせ(308頁)、「傍若無人新世」(素晴らしい訳語ですね)、つまり人類が電子廃棄物やそれが引き起こす影響(ダーティで危険な物質性)によってゆるやかな時間スケール(地質学的な持続時間)で地球を改変しつつ、それによって人類自身を改変し条件づけている時代を描き出す(315頁)。

ただし、太田さん自身は、パリッカの「生真面目さ」に「若干の息苦しさ」を感じる読者には、アクティヴィスト的な問題意識はいったん傍らに置き、むしろ「ときに蛮勇に見えても、さまざまな領域を横断して議論をすることに対して、強く背中を押してくれる」側面に目を向け、「新たな論点や視角を構築するための推進剤」として利用することを勧めていらっしゃいますね。ベルクソンの四大著作のさまざまな議論との関連を喚起させる刺激的な議論で、楽しみに読ませていただきます。

2023年3月1日
檜垣立哉先生より、ご高著『生命と身体 フランス哲学論考』(勁草書房、2023年1月26日)をご恵投いただきました。

「フランス現代思想は、実は現時点において、ようやくその本領を発揮する「とば口」にたったのではないか」(iii頁)、「すべてが「これからだ」、という段階である」(iv頁)、「書かれたものは、見知らぬ者、場合によってこの世で生を共にしない他者に、「これからだ」という声を引き継ぐことでもある」(同)

これは実は三十年来、檜垣先生の「哲学的眼差し」の根幹にあるものかもしれませんね。このひと月の間に、第Ⅱ部・第Ⅲ部を中心としてすでに複数の論考を再読させていただいております。地力としか言いようがありませんが、このレベルのものを毎月のように書き続けていらっしゃるのは、本当に尊敬と畏怖を覚えております。

2023年3月1日
東京大学の王寺賢太さんより、ご高著『消え去る立法者――フランス啓蒙にける政治と歴史』(名古屋大学出版会、2023年2月28日)をご恵投いただきました。

昨年拙著を送りする際に話されていた待望の単著刊行めでとうございます。二段組でこの分厚さは凄いですね!ディドロが中心と想像してりましたので、ルソーが圧倒的な部分を占めていてびっくりしました。この夏から一年間フランスに研究滞在しますので、じっくり読ませていただきます。

2023年3月1日
専修大学の佐藤岳詩さんより、勢力尚雅・古田徹也編『英米哲学の挑戦―文学と懐疑―』(放送大学教育振興会、2023年3月20日)をご恵投いただきました。

ご担当された第9章から第11章を早速拝読しました。第9章では道徳判断に関してヘアとウィンチの間で「単純にどちらかが間違っていると断ずるのを避ける一つの途」(153頁)を探し、第10章ではその道徳判断の(主観性と)客観性に関してフットとマードックの間で「両社は相補的なものであると考えることもできる」(173頁)とし、第11章では判断の確実性(真理)を目指す意義に関してローティとウィリアムズの間で「両者は完全に対立するものというわけではない」(187頁)と見て、読者に「考えてみてほしい」と問いかける。佐藤節ですね。

特に興味深かったのは、「道徳を時間的に幅を持った仕方で捉える可能性」「時間の流れの中で自己を捉える」といった視点です。ベルクソンの道徳哲学(著作で言えば『道徳と宗教の二源泉』)とどのような関係を持ちうるのか、今後考えていきたいと思います。

いただきもの(2022年7月-12月)

2022年7月12日

小林康夫先生より、ご高著『クリスチャンにささやく 現代アート論集』(水声社、2022年5月30日)をご恵投いただきました。

「現代アート論集というよりは、アートへと接近するわたしなりのクリティークの方法を、
ある種のゆるやかな物語(レシ)の構成として編集したもの」(191-192頁)、
つまり先生なりの「哲学」ないし「思考」の実践と受け止めました。

84年に訳されたデュラスの『死の病』に始まり、90年代初期から2020年代まで、
「一貫した「スタイル」(…)一言で言えば、三人称的に論じるのではなくて、
二人称的に語りかける「態度」、「二人称のクリティーク」(…)あくまでも一‐二人称の語りのエクリチュールを、わたしはずっと実践してきた」(176-177頁)。以前伺った「自分なりの哲学を」を今一度、身をもって示していただいた気がしています。私も私なりの思考の舞踊に精進してまいります。

2022年7月16日
平井靖史さんより、ご高著『世界は時間でできている――ベルクソン時間哲学入門』(青土社、2022年)をご恵投いただきました。

圧倒的な本ですね。「「その先」について100号の絵を描いて見せてくれたものはどこにもなかった。だから書いた」(363頁)。時間の哲学者として知られる人物の時間哲学入門が今までなかったとは、、今まで折に触れて平井さんのご発表を聴き、ご論文を読んできましたが、このサイズ感は圧倒的です。ようやく全貌が見えた感じです。とはいえ、私の手にはまったく余るものであり、「全貌が見えた」などとは到底言えませんが。

この本を英語に翻訳するのは、世界のベルクソン研究にとってのみならず、「心理学、生物学、物理学、脳科学や人工知能学の分野に身を置きながら意識や心の理論化に関心を抱くすべての人」(362頁)にとっても、本当に大切なことだと思います。お忙しいのは重々承知していますが、この数年で何を措いてもなされるべき仕事だと考えます。

2022年8月27日
川瀬雅也先生、越門勝彦さんより『ミシェル・アンリ読本』をご恵投いただきました。

現象学者としてのみならず、レジスタンス活動に身を投じ、野蛮やマルクスを論じた政治的・社会的側面や、小説家としての側面などから、実に多面的にアンリを描き出しておられますね。しかも松永先生のような大家から若手まで老壮青が絶妙に協働されており、日本ミシェル・アンリ哲学会を切り盛りされてこられた川瀬先生のご尽力によるところが大きいと拝察いたします。

2022年9月28日
馬場智一さんより『レヴィナス読本』(法政大学出版局、2022年9月30日)をご恵投いただきました。

本当に恥ずかしいことながら、2018年にレヴィナス協会が設立されていたとは存じ上げませんでした。峰尾公也さんなど最近お仕事をご一緒させていただいた方もいらっしゃるのにと猛省しております。ネット検索もあまりやらないので、どんどん取り残されていきますね、、、

馬場さんの執筆部分だけとりあえず大急ぎで拝読しました。「全体性」の部分では、百科事典の項目として執筆された「全体性と全体化」(1970年)における全体性の扱いには存在論批判に収まらないより精緻な議論が見られるという点、『貨幣の哲学』では、血で血を洗う復讐を超える貨幣による補償としての「損害賠償」にも貨幣の肯定的機能を見出していたという点など、勉強させていただきました。

『諸国民の時に』や「レヴィナスと哲学史①古代~中世」では、実に繊細な手つきで解説されており、とりわけヘブライ語とギリシア語の関係やプラトンの正当な嫡子としてのレヴィナスといった側面にあらためて気づかされました。私もいつだったか書いたレヴィナスとベルクソン論のバージョンアップが特に共同体問題について必要だと痛感した次第です、、他の方々の御論考も追って拝読させていただきます。

2022年9月29日
澤田直先生より、ご高訳エドガール・モラン『百歳の哲学者が語る人生のこと』(河出書房新社、2022年6月20日)をご恵投いただきました。

モランはクラカウアーに似た存在なのかと何となく思っておりましたが、哲学者・社会学者という枠組みに収まらず、自然科学まで自在に横断する存在という澤田先生の解説を拝読して、そう言えば、フランスにはミシェル・セールやコスタス・アクセロスなど、最良の意味での「知識人」、18世紀的な意味での「フィロゾーフ」が未だに現れてくるなと思いました。

2022年11月30日
檜垣立哉先生より、『日本近代思想論――技術・科学・生命』(青土社、2022年11月30日)をご恵投いただきました。

大学の内外であまりにお忙しく、また重責を担われているなかで、これほどの圧倒的な質・量を誇る著書を次々と送り出すのは、本当に人間業とは思えません。「自分も道半ばでありつづけ、可能なかぎり、本書で提示した課題をさらに追いつづけ、自分の生をまっとうしたいと考えるのみである」(379頁)。檜垣先生の背中を遠く仰ぎ見つつ、私も(規模は全く違いますが)同じ道を歩むことができればと願っております。

2022年11月30日
日本大学の久保田裕之さんより、『結婚の自由――「最小結婚」から考える』(白澤社、2022年11月22日)をご恵投いただきました。まさに「私の関心そのものズバリ」の論点ですので、興味深く拝読させていただきます。

2022年12月28日
東北大学の森一郎先生より、ご高著『アーレントとの革命の哲学——『革命論』を読む』(みすず書房、2022年12月16日)をご恵投いただきました。

『革命論』のご高訳をいただいたのが4月、あれからほとんど時を経ずして、その副読本とも言うべきテクスト読解が出るとは。しかも、現代日本の状況に照らし合わせるための目配せがふんだんに散りばめられ、最後には「革命やれたらきっともっと愉しいだろうなあ」(307頁)という本音まで(笑)。

ちょうど刊行日である12月16日には安保3文書が閣議決定され、まったく逆方向への「歴史的転換」がなされつつありますが、私もまた、私の道程の上で「革命」へのささやかな
(あまりにもささやかな)寄与をできればと願っています。まずはアーレントとベルクソンについての或る種の政治哲学的考察から、、


いただきもの(2022年2月‐6月)

2022年2月20日

独立研究者の逆巻しとねさんより 『メディウム』(

https://mediensysteme2019.wordpress.com/

)のダナ・ハラウェイ特集をご恵投いただきました。

https://medium-schrift.booth.pm/

今のベルクソン論が終わったら、いずれ愛・性・家族本を仕上げるべく、ハラウェイも読みなおさねばと思っています。特集以外もユク・ホイの書評など、面白そうですね。

2022年3月2日
名古屋文理大学の青山太郎さんより、ご高著『中動態の映像学――東日本大震災を記録する作家たちの生成変化』(堀之内出版、2022年1月31日)をご恵投いただきました。

後半でベルクソンが登場し、デイントンが出てきて「おおっ!」となり、そこから中動態の議論、さらにはご自身のオリジナルの「複眼的中動態」――「肉眼で見るという関係性」における「一般的な芸術学的中動態」に対して、「自分の目で見るという関係」と「レンズ越しに見るという関係」の相互的異質性において「主体と対象が同時に複数の関係性を取り結ぶこと」(324-325頁)――というところまでぐいぐい引き込まれて、それこそ本書と中動態的な関係を結んでしまいました。とても面白かったですし、取り上げられている記録作家
たちの映像を見てみたくなりました。

2022年3月6日
立教大学の平賀裕貴さんよりご高著『アンリ・ベルクソンの神秘主義』(論創社、2022年2月20日)
をご恵投いただきました。

日本では特に現在MMが人気で、今まで本格的な研究が少なかったことを考えれば、それはそれで必要なことですが、DSもさらなる研究の深化が必要ですよね。平賀さんのご著書のどの章も『二源泉』のさらに深めるべきポイントを魅力的に提示されていますね。

2022年5月4日
明治大学の岩野卓司先生よりお誘いいただいた講義に関する報告が掲載された明治大学大学院教養デザイン研究科紀要『いすみあ』を研究科のほうからお送りいただきました。拙い発表にもかかわらず、過分なご報告を岩野先生自らいただいたことにも深く感謝申し上げます。

おっしゃるとおりで、ヘーゲルに関しては今回発表の機会を与えていただいたおかげで或る程度輪郭が見えたのですが、キルケゴール、マルクスに関してはまったく時間もなく、要点すら述べられませんでした。申し訳ない限りです。ただ手がかりは掴みました。単著がようやく完成しましたので、次は結婚の脱構築の完成に向けて気長にやっていきたいと思います。

2022年5月19日
大阪大学の檜垣立哉先生より『ベルクソンの哲学 生成する実在の肯定』新版をご恵投いただきました。もちろんすでに旧版を拝読しており、今回の私の単著でも引用させていただいておりますが、あらためて勉強させていただきます。

2022年6月5日
大阪大学の米田翼さんより、ご高著『生ける物質 アンリ・ベルクソンと生命個体化の思想』(青土社、2022年6月1日)をご恵投いただきました。すごい密度の著作ですね。34歳?でこれを出せるというのもすごい。ブックイベントでご一緒できるのを楽しみにしています。

2022年6月11日
帝京大学の福島知己さんより、フーリエのご高訳『産業の新世界』をご恵投いただきました。お礼を申し上げるために読もうとして、カバンに入れた日にそのカバンごと紛失してしまい、お礼が大変遅くなってしまいました(現在購入して配送待ちです)。申し訳ありません。

2022年6月12日
東北大学の森一郎先生より、ご高訳ハンナ・アーレント『革命論』(みすず書房、2022年5月)をご恵投いただきました。

『活動的生』の時もドイツ語版から出す重要性(アーレントのより生き生きとした声を聴く)を思いましたが、今回は、森先生も書いておられる現代日本の改憲論議(の低調さ)とも相まって、よりアクチュアルですね。来年、サバティカルでベルクソンとフランクフルト学派周辺の人々(アーレント、ベンヤミン)の関係について考えてみたいと考えているので、ぜひ拝読させていただきます。「同じ場所に大勢集まって自由に議論を交わすー-とともに酒を酌み交わす--」ことを普通に再開できる日がもうそこまで来ているようにも感じられます。また近々対面でお会いできることを願いつつ。

2022年6月14日
岡本裕一朗先生より、拙著への返礼として『ヘーゲルと現代思想の臨界 ポストモダンのフクロウたち』(ナカニシヤ出版、2009年)をご恵投いただきました。実は・・・所持し(岡本先生の既刊のものは、おおよそ所持しております)、もちろんすでに拝読しておりました。お手数を取らせてしまい、誠に申し訳ありませんでした。ヘーゲルの本と伺い、てっきり新著だと思い込んでしまい、「お願いします!」と申し上げてしまった次第です。しかしこの機会にふたたび読み直すことに致します。

2022年6月19日
西山雄二さんからベルクソンのブックイベントに素敵な花を送りいただき、
またイベント終盤には場を盛り上げるさすがの質問もいただき、本当にありがとうございました!イベントに花を贈るという発想がなかったので、心底びっくりしました。いつも送っていただいてばかりですみません。

2022年6月27日
檜垣立哉先生より、ご高著『バロックの哲学』(岩波書店、2022年)をご恵投いただきました。先日のZOOM会議でうっかりまだ購入していないことに気づき、実はあの後、慌ててアマゾンで購入してしまっていたのでした、、お手数をお掛けしてしまい、すみませんでした。ともあれ熟読してイベントに向かいたいと思います。

Monday, April 03, 2023

2022‐2023年度の研究業績

 例年同様、本年度の研究も、1)ベルクソンを中心とする近現代フランス哲学研究を軸に、2)哲学と大学、3)愛・性・家族の形而上学とその脱構築について進められた。

単著が1つ(日本語)、共著が3つ(日本語2つ・英語1つ)、論文が3つ(英語2つ、日本語1つ)、翻訳が1つ(仏語⇒日本語)。

口頭発表が7つ(すべて単独。日本語2つ、フランス語3つ、英語2つ)。

出版物:著作・論文・翻訳

01. 藤田尚志『ベルクソン 反時代的哲学』、勁草書房、2022年6月1日。

02. 藤田尚志「講義の時間——ベルクソンのコレージュ・ド・フランス講義録を読む」
 『フランス哲学・思想研究』第27号、2022年09月、3-20頁。シンポジウム依頼論文。
03. "Diremption and Intersection: The Violence of Language in Bergson and Sorel", Parrhesia: A Journal of Critical Philosophy No. 36 (October 2022), pp. 180-200.

04檜垣立哉・平井靖史・平賀裕貴・藤田尚志・米田翼『ベルクソン思想の現在』、書肆侃房、2022年12月23日

05. 平芳幸浩編『現代の皮膚感覚をさぐる――言語、表象、身体春風社、2023323日共著、担当部分:第1章「かゆみの哲学断章――哲学的触覚論のゆくえ」

06. Yasushi Hirai (ed.), Bergson's Scientific Metaphysics: Matter and Memory Today, London: Bloomsbury Publishing.5月刊行予定

07. アンリ・ベルクソン1903‐1904年度コレージュ・ド・フランス講義 記憶理論の歴史』(平井靖史・天野恵美里・岡嶋隆佑・木山裕登との共訳)、書肆心水より夏ごろ刊行予定?

08. 藤田尚志「Sublime and Panoramic Vision: Bergson, Kant and Heidegger on Schematism」、Bergsoniana』第3号、2023??月、??頁。査読有

発表


01. On Panoramic Memory: Analytic and Bergsonian Perspectives
International Workshop "Remembering: Analytic and Bergsonian Perspectives 2" (Sunday 2 October 2022, Seminar Room A701, Fukuoka University / Zoom)(口頭発表①、2022-2023年度)

02. フーリエ的思考と結婚の脱構築——ベルクソン、ドゥルーズを参照しつつ
セッション「フーリエ研究の現在」@社会思想史学会:福島知己さん、清水雄大さん、金山準さん、篠原洋治さん(世話人)とともに。 (2022年10月16日(日)10:00-12:00 @専修大学生田キャンパス(神奈川県川崎市)第3会場(スタジオ202))(口頭発表②、2022-2023年度)

03. On Expressive Personality. Analytic and Bergsonian Approaches
Project Bergson in Japan 2022: Analytic and Bergsonian Perspectives Day 2 with Emmanuel Picavet and Tatsuya Murayama (chair)(2022年11月4日(金)21:00-23:00 (JST) @ZOOM)(口頭発表③、2022-2023年度)

04. 感覚を計測するとはどういうことか?――カント、フェヒナー、ベルクソン
PBJ(Project Bergson in Japan)主催ワークショップ「精神物理学の起源と展望:フェヒナー、ベルクソン、そして…」 、登壇者:福元圭太先生(九州大学)・本吉勇先生(東京大学)、司会:平井靖史さんとともに (2023年1月7日(土)14:00-16:30 @福岡大学七隈キャンパスA棟A701教室+オンライン配信あり)(口頭発表④、2022-2023年度)

05. Déconstruire - Les revies de Rétif de la Bretonne

Colloque international "Les Revies - de Rétif de la Bretonne" co-organisé avec Atsuo Morimoto et Keiko Tsujikawa(2023年2月22-23日(金)21:00-23:00 (JST) @ZOOM)(口頭発表⑤、2022-2023年度)

06. Bergson et Heidegger I: deux voies de l’organologie (autour de l’être vivant)

Séminaire de recherche international "Bergson extrême-orientable : Actualité des études japonaises" dans le cadre de l’IRN CNRS « Un chapitre dans l’histoire globale de la philosophie. Nouvelles perspectives sur le bergsonisme » (Organisation : Caterina Zanfi) Lundi 13 mars 2023, 11h-13h, Salle Pasteur (et Zoom))(口頭発表⑥、2022-2023年度)

07. Bergson et Heidegger II: deux voies de l’éthique originelle (autour de l’appel)

Séminaire de recherche international "Bergson extrême-orientable : Actualité des études japonaises" dans le cadre de l’IRN CNRS « Un chapitre dans l’histoire globale de la philosophie. Nouvelles perspectives sur le bergsonisme » (Organisation : Caterina Zanfi) Jeudi 16 mars 2023, 16h-18h, Salle Pasteur (et Zoom))(口頭発表⑦、2022-2023年度)

Tuesday, March 07, 2023

3/6-7 平井本・藤田本合評会合宿@グリーンピア八女

スケジュールが末期症状的にパンパンで、体的にはかなりしんどいのですが、 とにかくやりきるしかありません。

しかし、やはりやってよかったと思います。

檜垣先生、杉村先生には自著の核心を突く読みを展開していただきましたし、安孫子先生、合田先生にはお忙しいなか何とかご参加いただき、やはり先生方それぞれにとって切実な関心からの問いを投げかけていただきました。

他の参加者の方々からのご質問もありがとうございました。それぞれに自分の思考を深める契機となりました。


第一日(3月6日、藤田著『ベルクソン 反時代的哲学』)

総合司会:安孫子信(遠隔参加)
14:00―14:30 総合コメント: 安孫子信(法政大学)&応答
14:30―15:00 著者による趣旨説明: 藤田尚志(九州産業大学)
15:00―15:50 セッション1: 杉村靖彦(京都大学)

20分休憩
16:10―17:00 セッション2: 檜垣立哉(大阪大学)
17:00―17:30 全員での討議

第二日(3月7日、平井著『世界は時間でできている ベルクソン時間哲学入門』)

司会:藤田
10:30―11:00 著者による主旨説明:平井靖史(福岡大学)
11:00―11:50 セッション1:村山達也(東北大学)
昼休憩
13:00―13:50 セッション2:近藤和敬(鹿児島大学)
13:50―15:40 セッション3:三宅岳史(香川大学)
20分休憩
15:00―15:30 全体での討議
15:30―16:20 藤田セッション3:合田正人(明治大学・遠隔)

Monday, February 27, 2023

3/2 トークイベント「ベルクソン思想の現在地」@本のあるところajiro

ajiroで喋ったのが2022年6月~8月、刊行が12月。で、2023年3月にここ数か月の研究の進捗を振り返るという、、

まあ、自分にできることを頑張ります。詳細は下記。

https://note.com/kankanbou_e/n/n32efaaa35104

Tuesday, August 16, 2022

『ベルクソン 反時代的哲学』にいただいたご講評その3(杉村靖彦先生)

2022年6月17日に京都大学の杉村靖彦先生からいただいた私信で、拙著後半の論点を鋭く指摘していただき、感謝に堪えません。読解のよすがになることを願い、杉村先生のお許しを得て、ここに掲載させていただきます。

(…)第Ⅲ部と第Ⅳ部を拝読しただけですが、数々の刺激的なアイディアを提示しながら前へ前へと進んでいく藤田さんの筆致に強く動かされ、こちらも色々な思考を喚起されました。ある意味でベルクソン的な「呼びかけ」にも通ずる、「呼びかける」論考として受けとめました。考えてみれば、これは、PBJのような活動を立ち上げ展開させてきた藤田さんの学術活動上の志にも通ずる姿勢なのかもしれません。

「テクストの骨組みを抽出してアーギュメントの束に分解し、そこに潜む概念作用を顕在化させるという操作だけが読みの解像度を上げる手段ではない。〔…〕そのような概念化から零れ落ちるものにも目を留めねばならない。隠喩や類比、イメージは哲学にとって、とりわけベルクソン哲学にとってむしろ本質的な契機である」(447-448頁)。これがご著書を貫く藤田さんの基本的な視点であるといえるでしょうが、こうした視点からの論述を、印象的なイメージの羅列に終わらせずに、本書のように力強い思索表現へと仕立て上げるには、論じられる対象である隠喩やイメージの強度に拮抗しうるような、論じる者自身の論じ方とそのスタイルへの鋭い意識が不可欠であるように思います。藤田さんの論は、フランス語でも日本語でも、いつもそのような意味でのスタイルへの鋭い意識に統御されており、(…)今回のご著書で、あらためてその点を再確認いたしました。

内容的には、やはりベルクソンの「(非)有機的生気論」という構図がきわめて喚起的で、その中で特別な指標となりうる「手」のモチーフには、大いに興味を掻き立てられました。後期西田の「歴史的身体」論でも、ベルクソンをも参照点のひとつとする「手」のモチーフが重要な位置を占めており、私自身、デリダの論などを踏まえながら、その可能性を考えてきました。「(非)有機的」というのは、それを掘り下げていくための指標となりうる視点であるように思います。(…)

また、この「(非)有機的生気論」という構図とも深く連動するものとして、『二源泉』の「corps minime/corps immense」のもつ射程にも、改めて目を開かされました。

Monday, August 15, 2022

『ベルクソン 反時代的哲学』にいただいたご講評その2(檜垣立哉先生)

大阪大学の檜垣立哉先生からツイッター連投で、拙著前半の論点を鋭く指摘していただき、感謝に堪えません。読解のよすがになることを願い、檜垣先生のお許しを得てここに掲載させていただきます。

あまりに長大かつ詳細な文献で、思わず個々の細かな注釈に読みふけってしまうのでスピードをつけて読むことは出来ず、創造的進化以降はさーっとながしたがやむを得ない。杉山さんのようにテクストにあくまでも聴診するようにひたひたと探る読解でもなく、不肖私のように、ぱーっと現代思想にあたりをつけて、回路を設定していく読みでもない。ある意味では地道にベルクソンを読みつつ(百科事典的に当時のアカデミックの流儀を明示する数々、個々の術語の訳書に於ける差異とその検討は本当に勉強になった。どこかで書評書かせてくれないものかとおもうがZoomでやればよいのか。

藤田さんの『ベルクソン 反時代的考察』とりあえず(…)のメモ。
→測定できないものの測定/場所なきものの場所/方向づけられないものの方向/呼びかけ得ぬものへの呼びかけというベルクソンの四著作をある意味でオーソドックスにまとめる手さばきは鮮やか。

繰り返し、個々の論述の細部は大変に光るものがある。(…)2,3挙げておきたい 。

1)一貫して藤田本のベルクソンは、カントとの対比のなかにある。その意味でこれはポストモダンをすでに経由してしまったあとで、きわめてオーソドックスなベルクソンをどう書くかという勝負をしているようにもみえる。

2)ここに絡むのだが『試論』の部分で、持続について、メロディではなく「リズムなんだ」ということ、これがリズム=測定とからみながら測定し得ないものの測定として一貫しているが、これもまたカントと絡む。

3)というのも藤田本の骨はベルクソンVSカントでありつつ、重要なのはそこでの感性論と構想力論のあつかいだからである。これは例のハイデガーのカント書や、また判断力批判をめぐるロゴザンスキーや、たくさんでてくるのだが、結局は超越論的構想力の図式性を、「超越論的」でなく「内在的」に描こうとするのがポイントであるようにおもえる。

そして2)のリズムの話は個々にかかる。内在的構想力はリズムの内的展開の話である。ここに藤田はいわばベルクソンの柱を見ている。私もこれは正しいとおもう。自分自身も田辺や三木の日本京都学派がハイデガーのカント書を評価しない、という方向はある意味でハイデガーのベルクソン無視(存在と時間のある注でのほんの一部触れるだけというあり方)を考えるとハイデガーのベルクソン無理解はきわまるし、ある意味ではそれが逆に藤田ベルクソンを引き立ててもいる。

4)hantologie/ontologieという亡霊的なものの比喩(抜かしたが、藤田本は冒頭は言語と比喩の話である)がどこまできいているか、過去の実在という『物質と記憶』の大テーマである過去を敢えて亡霊的ととらえることに、デリダの『マルクスの亡霊』そのほかのあり方をみていながらも、個々は今ひとつ成功したのかどうかわかりません。もっと一言、デリダ的な気持ち悪さの方向がベルクソンは明らかに違う点を書くべきでは。

5)ベルクソンに残存する身体という問題系。これはきわめて重要であるはずだろう。藤田はとりわけ手、しかもこれをメルロ=ポンティ的な二つの手(の差異)、おそらくはデリダのゲシュレヒトの手。ルロワグーランを引くスティグレールの手・技術・補綴につなぐ。また最終的にベルクソン的な身体像をどこかで探りだそうとする。これは非常に腑に落ちる話であると思う。
単純に超越論的でない「内在的」構想力の感性的な「身体を含む」組織化、ここに藤田はもっていきたいということは大変よくわかる。

Sunday, August 14, 2022

『ベルクソン 反時代的哲学』にいただいたご講評その1(兼本浩祐先生、三宅陽一郎先生)

2022年6月17日に愛知医科大学精神科学講座の兼本浩祐先生からいただいた私信で、拙著第Ⅰ部の論点を指摘していただき、感謝に堪えません。読解のよすがになることを願い、兼本先生のお許しを得て、ここに掲載させていただきます。

まだ、試論の辺りまでしか読んでいないのですが、むちゃくちゃおもしろいです。
ベルクソンの問題は本当に自分の問題なのだということが目からうろこのように感得されて、ともかく途中経過の感想を書きたくなりました。

精神医学は、数えることと、数えられてできあがった数との間で揺れる学問だと思います。今は、圧倒的にできあがった数の方に重心が置かれ、数を数える方へのまなざしは「反時代的」なのですが、人間というものが、数を数えなければ人の形を保てないものであることは間違いないことだとしても、数が生まれてくるその現場への関心がなくなってしまうことは少なくとも精神医学にとっては致命的なのだと改めて思いました。


ゲームAI研究者・開発者の三宅陽一郎先生にご講評を賜りました。

 https://miyayou.com/?p=2421




Saturday, August 13, 2022

『ベルクソン 反時代的哲学』の装丁の話(山崎敦さん)

仲良くしていただいている中京大学の山崎敦先生は、2022年6月7日の私信にて、
普段から発揮されている鋭い観察眼を拙著の装丁に向けてくださいました。
山崎さんのお許しを得て、軽妙な筆致の文章を一部引用させていただきます。

中からでてきた本を手に持ってみて、
まず、そのズシリとした量感にはっとしました。
そして薄暗いなか、酔眼をこすりながら、
その壮麗かつキュートな装画にため息がもれました。
思わず帯を外しましたよ。
帯を外してまで眺めるに値するような装画など、
めったにありませんから、藤田さん、これは好運でしたね。
で、その帯の「止まって」の「て」上あたりに描かれた、
一瞬、ナメクジのように見えなくもない、
舌(影?)の出た球体は、装画本体から
飛び出てきた跳ねるガラス玉なのでしょうか。
もしそうなら、いや、そうでなくても、
そんな細かいところにまで神経のいきとどいた造作に、
ただもう感嘆するばかりです。

拙著の装丁は、装丁者の伴野亜希子さん(平井靖史さんのムサビ時代からの旧友)
と何度も話し合って完成に至ったものなので、お褒めいただけて本当にうれしい限りです。

伴野さんと編集者の関戸詳子さんのご許可をいただき、
ここに完成に至る幾つかの試作バージョンを公開いたします。
何がどう変わっているのかをお楽しみいただければ。

カバーver.1(2021年12月16日)



カバーver.2(2021年01月04日)



カバーver.3(2022年01月17日)



カバーver.4(2022年01月20日)3タイプ提示





カバーver.5(2022年02月21日)



カバーver.6(2022年03月16日)



カバーver.7(2022年04月01日)




カバーver.8&9、帯&別ver.、扉ver.1(2022年04月11日)







カバーver.10⇒完成!、表紙別案1(カバー白黒)、表紙ver.1、扉ver.2(2022年04月18日)






表紙別案2・3、ver.2(2022年04月18日)





扉ver.2(2022年04月19日)⇒完成!




表紙別案4(2022年04月20日)



表紙ver.3(2022年04月21日)



表紙ver.4(2022年04月22日)⇒完成!


Tuesday, June 14, 2022

6/19 「ベルクソン思想の現在 21世紀に炸裂する20世紀の生の思考」第一夜 藤田尚志×米田翼「生きるとは?――『創造的進化』の未来」

 

「ベルクソン思想の現在 21世紀に炸裂する20世紀の生の思考」第一夜 藤田尚志×米田翼「生きるとは?――『創造的進化』の未来」

フランスの哲学者ベルクソンの名を世界に知らしめた『創造的進化』。

そのなかでうごめく繊細なイメージ群を丹念に解きほぐしながら、この著作を「方向/彷徨」概念の脱構築の書と読み解く藤田尚志の『ベルクソン 反時代的哲学』(勁草書房)。

ベルクソンと同時代の生物学を徹底的に突き合わせながら、既存の生命観に対するオルタナティブを模索する米田翼の『生ける物質 アンリ・ベルクソンと生命個体化の思想』(青土社)。

奇しくもまったく同じ日に初の単著を刊行することになった師弟が、ベルクソン的な生の行方をめぐって語り尽くします。

6~8月にかけて全4回でお送りする連続トーク企画「ベルクソン思想の現在 21世紀に炸裂する20世紀の生の思考」の第一夜です。

2022年6月19日(日)

休館日:月・火
開催時間

13:00 〜 15:00

開催場所

本のあるところ ajiro

〒8100001 福岡県福岡市中央区天神3丁目6-8天神ミツヤマビル1B
料金
1000円 
参加条件
要申し込み URLから申し込みを
URL
https://note.com/kankanbou_e/n/n76eb684b6972
主催者
本のあるところ ajiro
問合せ

本のあるところ ajiro

080(7346)8139

ajirobooks@gmail.com