Tuesday, September 30, 2003

Fwd: サイード

Subject: [Fwd: サイードのサイト & サイード番組 再放送決定のご連絡]

どうもお久しぶりです。hf@リールです。皆さんお元気でしょうか?
ちょっと遅くなりましたが、とうとうサイードが死んでしまいましたね。
デリダも癌が進行していてかなり危ない、などという噂も飛び交っていますが。。
というわけで、以下の情報を転送します。仏=独のarteのような番組が日本に
ない以上、NHK教育になんとか頑張ってもらわないとね。ではでは。

-------- Message d'origine --------
Sujet: Fw: [aml 35881] (=^o^=)/ 訂正と削除のお願い [aml 35880] サイー
ドのサイト & サイード番組 再放送決定のご連絡
Date: Mon, 29 Sep 2003 08:53:18 +0900

-----Original Message-----
「わたしたち、パレスチナの主張を支持する者たちはサイードの死によって孤
児になったような気持ちです。わたしのようなユダヤ系のイスラエル人にとっ
ては、サイードは灯台のように、シオニスト国家の暗黒と混乱を抜け出て、理
性と道徳と良心という安全な浜辺へたどりつく航路を示してくれていたので
す。」とイスラエルの歴史家イラン・パペは書きました。アラブ、ムスリムだ
けでなく、イスラエルの中にも、また世界中に、サイード
の死によって大きな喪失感を抱いた人々がこんなにたくさんいたのだと、彼へ
の追悼のことばを整理していてあらためて強く感じます。灯台が消えてしまっ
た中で闇の中を進んでいくためには、みずからのなかに彼の遺したものを取り
込んでいくしかないのでしょう。
とりあえず、サイードの追悼の文章を集めたページを作っています → 
http://home.att.ne.jp/sun/RUR55/J/Obituary.htm
ウェッブを検索しても、日本の声はほとんど聞こえてきません。この反応の鈍
さは、なんなのでしょう。
さて、もう一つ重要なお知らせですが以前にお知らせしたサイードの番組の90
分バージョンは、あれほど視聴者からの反響がありながら、なぜかNHK内でス
トップがかかっているようです。視聴者がはっきり放送を望むという意思表示
をしているのに、理由も明確にせず番組を阻止するというのはいったい
どういうことなのでしょう。とりあえず60分番組を再放送してお茶を濁そうと
いうのが丸見えです。
ディレクターの鎌倉さんは、今後も粘り強く働きかけていくとおっしゃってい
ます。今後もご支援ください。

-----Original Message-----
「サイード」の番組についてご支援ご関心をいただきました皆様へ
サイードさんの逝去の痛み・喪失感は、ますます大きくなる気が致します。
パレスチナ、アラブからのメールも届くたびに、その衝撃の大きさを感じま
す。NHKでも、ごく一部に、速やかに「サイードの遺言」的な番組を出しま
しょう、という声があがっていますが、それはいづれもBSまたはハイビジョ
ンのみです。地上波への放送へ向けて、また、僕も局内的に粘ってゆきます。
サイードの番組そのものが、提案を通すのに3ヶ月かかった番組です。
その間、様々なプレッシャーがかかりました。
それを思えば、今、ここにして今一度の踏ん張りなど、苦労にもなりません。
さて、そうした有志の方々の局内での働きかけが実り、
とりあえず、大きな番組を出す前に、今年春に出した
『BSプライムタイム』(49分バージョン)を再放送できることになりまし
た。以下、ご案内いたします。
放送日時: 2003年9月29日(月) 21:00~21:50
放送内容: 柳澤解説委員による1分間の解説 +
       『BSプライムタイム サイード「イラク戦争」を語る』49
分全放送
放送波: NHK衛星第① BS-1
以上、知人の皆様方にご連絡いただければ幸いです。
なにとぞよろしくお願いします。
NHKエンタープライズ21
鎌倉英也

Sunday, August 03, 2003

意志的隷従と怠ける権利

 現在の日本の思想界にとってひょっとして最も重要かつ緊急の課題であるのは、どんな華やかな最先端の西洋現代思想を紹介することでもなく(それも重要だが)、実はある二冊の古典の分かりやすい翻訳、そして廉価な出版ではあるまいかと思うことがある。その二冊とは、エチエンヌ・ド・ラ・ボエシーの『意志的隷従に関する論文』とポール・ラファルグの『怠ける権利』である。

 なぜ、この二冊なのか。それは、この二冊が現代日本の問題を凝縮した形で提示しているように思われるからである。

1)意志的隷従。私は偶然、しばらくの間、日本最大の自動車会社で働く人々を間近に見、話を聞く機会に恵まれた。彼らはまるで新興宗教の信者のように(実際、「僕らはみんなT教信者なんですわ」という人すらいた)、憑かれたように有名な「某システム」の素晴らしさを語ってくれた。「Tは、50年間一度もストしたことがないのが自慢なんですわ」という人もいた。実際、現代日本の多くの人々はストに対して反射的な拒否感、本能的な警戒感、少なくとも違和感をもっている。しかし、日本人が自国政府や経団連の言うことを何でも鵜呑みにするようになったのは安保闘争以後のこと、長年にわたる政治的「去勢」の結果であって、決して「太古の昔から連綿と受け継がれてきた美しい日本人の心」などではない。

 おそらく日本の公共交通機関がストでもしたら、まず真っ先に出てくる反応は「彼らは他人様に迷惑をかけてまで、自分のエゴイスティックな要求を通そうとしている」というものであろう。自分の権利を守るよりも、周囲への配慮が重要、というわけだ。会社の中でも同じである。「賃上げ闘争などとんでもない。会社ににらまれたくないし、第一、会社や同じ部の連中に迷惑がかかる。もし会社が儲かれば、その分を還元してくれる(はずだ)から、俺たちは一生懸命黙々と働けばいいんだよ。考えるなんてまどろっこしい。すべて会社に任せておけば、後は会社が万事よくしてくれる(はずだ)」。こうして社員は我慢に我慢を重ねることだけ上手になっていく。

 これでは、誰も個人の権利を守るために立ち上がることができない。多少周りに迷惑をかけてでも、自分の生活環境を少しでも良くするために政府や企業とかけあう、周りも理解を示して多少の不便を我慢する、といった「連帯」の精神は、残念ながら現代日本では、私たち一人一人の手によって圧殺されてしまった。自分がリストラされてはじめて、事態がどれほど悪化しているかに気づくのであろうが、そのときにはもう遅い。連帯のない社会には、最低限のセーフティネットも用意されていない。年金問題があのような結末に落ち着いたのに、日本のどこからも抗議の声が聞こえてこない。

 なぜか?「忙しいし、そんなこと考えてる暇ないから。あんた暇でしょ。考えてよ」。このような受身的な姿勢(政治的カウチポテト族。ちょっと古い?)を一億総出でとっていたら、個人の生活が改善されるはずもない。そのとおり、意志的隷従の問題は、余暇の問題と分かちがたく結びついているのである。

2)余暇。学校(スクール)という言葉が、スコラ(余暇)という言葉に由来するというのはよく知られた話だが、結局のところ、ものを考えるには時間が要る、ということである。現在の日本のサラリーマンが置かれた状況がいかに企業に都合のいいものであるかは、少し考えてみれば分かることであるが、それにも時間が要る。いろいろなものを見聞=検分するためには、精神的な余裕も必要である。

 「あんたが言ってることはいちいちもっともなのかもしれない。でもさ、もうちょっと現実を見たら。そんなことできるわけないでしょ。我慢するしかないわけ。だいたい、政治とか興味ないし」。なるほど。ちなみに「ノンポリ」というのは、政治的に中立だと思っている人がいまだにいるが、それは間違いである。『告発の行方』という映画の中でジョディ・フォスターが言っていたように、レイプが行われている現場で犯罪に対して「No!」の声をあげない人は「Yes」と言っているのと同じなのである。そう、道は二つに一つである。このまま政治的去勢の刻印を刻まれた羊として(「羊たちの沈黙」)行き着くところまで行くか、それとも別の道を選ぶ勇気を持つか、である。

 別の道を選ぶなどということが可能か?それは一人一人が考えるべき課題であるが、さしあたり選挙という行為を通じて、少なくともオルターナティヴを探す(二大政党制などというまやかしに乗らないように!)ことはできる。少なくとも。

 Etienne de La Boétie, Le discours de la servitude volontaire (1563?), texte établi par Pierre Léonard, Petite Bibliothèque Payot, 2002, 9 euros.

 本書は他にも数種出版されているが、ラ・ボエシーに関する様々なテクスト(Lamennais, P. Leroux, Simone Weil, M. Gauchet, Pierre Clastres, Claude Lefortなど)を一緒に収めている点で、この版がベスト。

 Paul Lafargue, Le droit à la paresse (1883), éd. Mille et une nuits, 1994, 1,52 euros.

 さらに付け加えておけば、éditions Alliaからサミュエル・ジョンソンやロバート・スティーヴンソンから、マレーヴィッチにいたる思想家・作家・芸術家の《怠ける》シリーズが廉価(6ユーロ程度)で出ている。

 一人でも多くの人に手にとってもらうためには、値段は重要な要素である。出版者の中には綺麗な上装丁にこだわる方もいるようだが(実際、思想関係の本には圧倒的に多い)、Mille et une nuits出版社のような戦略をとる可能性は日本にはないのだろうか?日本の人文系出版業界の悩みを綴った文章を読んでいると、日本の映画業界と同じで、嘆き方が少し間違っている気が時々するのだが。。

Sunday, May 18, 2003

ソーカル論争と生活指導

 数年前、「ソーカル論争」というのがあり、分析哲学+社会学といった感じの人々がフランス現代思想一般の自然科学的概念の安易な比喩的濫用を攻撃し、インターネット上でも「魔女狩り」のようなことが行われていた。

 私はそのような是正はなされるべきであると思う。ただし、これが最重要問題だとは考えない。この手の魔女狩りは「間違っている」とは思わないが、「ちゃちい」とは思う。一方で、確
かに「現代思想家」の表現に行き過ぎはある。しかし他方で、比喩やアナロジーには哲学的に重要な意味があり、それは自然科学本来のコンテクストにおける妥当性には還元されえない。この点を踏まえたうえで、自然科学の過去の歴史をひもといて、行き過ぎた実験や思考実験なしに進歩がありえたか、考えてみればよい。錬金術の実験に熱をあげる科学者たちを嘲笑する宗教家たちはたしかにある意味で正しかった。しかし、そのような嘲笑を全的に生産的な行為だと言うことはできない。

 要するに、ドゥブレだの、ロジェポルだの、あるいは後期ボードリヤールや昨今のヴィリリオの比喩濫用をあげつらうのは、街角で人気の香具師(寅さん)の言葉の乱れを嘆く説教臭い自称「文化人」か、生徒たちの言葉の乱れを嘆く生活指導のおっさんの
ように見えるのだ。生活指導は確かに必要だ。確かに道につばを吐くのはみっともないし、スカートの丈が短すぎるのも日本の外から見ると馬鹿っぽく見えるだけだからやめたほうがいい。しかし、「道を誤ろうとしている」(本当に?)生徒にとって真に必要なものは何なのか。物事の本質を見誤ってはいけない。

 問題は、科学絶対主義の立場に立ち、文学主義による安易な(しかも間違った)比喩の濫用を戒めることでも(ソーカル&ブリックモン。ブーヴレスも大枠はこち ら)、文学絶対主義の立場に立ち、科学主義による介入に抗して、「比喩の権利」を守ることでもないのではないか。ドゥルーズの科学的(とりわけ数学的) 「比喩」の哲学的(科学的、でなく)正当性、デリダ的文体の哲学的=政治的正当性を問うことのほうが、もっと生産的かつ緊急の課題だろう。そして、それがなされたとは到底思えない。

Thursday, April 10, 2003

surprise

皆さん、こんにちは。hfです。

生まれてはじめてくらいのひどい風邪(インフルエンザ?)をひいて3,4日寝込んでしまいました。もうだいぶ良くなりましたが。

>ヨーロッパの皆さま

来たる5月7日水曜日17-19時、マシュレゼミの今学期の最終回が行なわれます。マシュレ自身がJudith Butlerの"La vie psychique du pouvoir"について報告する予定です。また、最終回ということで終わった後にsurpriseをやるものと思われます。

アメリカの現代思想家に関する一仏人哲学者の見解に興味がおありの方、フランスの地方で行なわれている若手研究者の交流(飲み会?)の実態を垣間見てみたいという方、この機会にぜひリールに足を運んでみてはいかがでしょうか?私が時間と体力の許すかぎり快適なリール・ライフをケアいたします。

言葉の問題ですが、ドイツ・イギリスの方の場合には、あらかじめマシュレにテクストをもらってお送りするつもりです(彼も許可してくれると思うんですが)。先にざっとでも読んでおいていただければ、ついていけないということはまずないと思います。質疑応答は、英語・ドイツ語でやっていただいてかまいませんし、もし仏語が必要であれば、私がいつでも助太刀いたします。どうぞ気軽にご参加ください。

参加ご希望の方は、お手数ですが、私のほうまでご連絡ください。

では、リールで再会できることを期待しつつ。

p.s.友人ymさん(岩波からサルトル論を出した)も来ます。

Friday, January 17, 2003

Re: Derrida

hfです。

>sさん、お久しぶりです。私はデリダの講演・ゼミを聴いたこともなけれ
ば、本人を直接目にしたこともなく、ただ本を通してしか知らないのですが、
(ysさんはデリダのゼミに出てるという目撃情報を入手しましたけども、最
近のデリダのゼミではどんなことが話題になってるんでしょうか??
[今まさに送ろうとしたら、ysさんからの返信。ロビンソン・クルーソーも
やってるんですって?])

ずいぶん老けたそうですね。あと、タケシのように顔の半分が麻痺していると
聞いたこともあります。

さて、「デリダの映画」、テレビ映画も含めると結構あります。
http://www.hydra.umn.edu/derrida/media.html

浅田「新」と磯崎新になっちゃってるのが残念ですが。
"Echographie de la television"というシュティグレールとの共著のもとに
なった仏独共同経営のハイカルチャーテレビ局ARTEの番組もあるはずですが、
リストには入ってないようですね。

あとは中山元さんがやっているポリロゴス通信
http://nakayama.org/polylogos/chronique/

のchronique00329などをご覧ください。

Sunday, January 12, 2003

Re: Re: HP見ました。(k01232)

なんか「HTML相談室」みたいになって申し訳ありませんが、大事な難問が出て
きました。仏語のアクサンがうまく表示されていないのですが、どうすればい
いのでしょうか?あと、euc-jpで書かないとうまく表示されないというのは、
ヤフー(ジオシティ)の問題なのでしょうか?ブラウザの問題なのでしょう
か?皆さんのブラウザでは日本語・仏語とも正しく表示されていますか?

>mgさん

そうそう『大学人版・地球の歩き方』ね。まあ本にしたって売れないかもしれ
ないけれど、人づてに任せておくといつの間にか失われていったりするから、
こうして電子空間の波間に流しておくのに最も適しているかも。

でも人文系の学者ってものぐさが多いからなあ・・・私もモノを書くのはいい
んですが、HPとか面倒くさくって仕方ないです。でもパリは趣味人が多そうだ
から、そういうのを作ってる人も中にはいるかも。ドイツ(ミュンヘン)版は
mgさんの担当ですよ。作ってくださったら、私のHPに載せましょう。あで
も、そうするとドイツ系の人が見てくれないか。

それから、コイレ京大招聘計画!?なんか本に書いてあるんでしょうか?それ
ともいわゆる「mgシンジケート」経由の極秘情報なんでしょうか?
スパイって言えばこんな話しが。
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2002/12/31/20021231000018.html

ちなみにコイレについては、フランスでもコジェーヴに比べて圧倒的に研究さ
れていないので、積極的にフォローアップしていくつもりです。

私のHPの目標は、フランス人たちの最先端の研究動向を紹介しつつ、さらにその先を行く情
報を日本語で提供するという(私なりに)ゴージャス(笑)なものです。ま、
単に自分の情報・知識の再整理と、研究意欲の増進が個人的な目的ですけど。

ドイツ訪問計画あきらめてないです。ミュンヘンにはフランス語ないし英語を
使ってドイツ語を優しく学べる大学などの語学研修センターがありますか?

Saturday, January 11, 2003

Re: 感謝(k01229)

ssさん、isさん、ありがとうございます。この週末に改善します。サイト
は手元では管理してません。ヤフー「ジオシティーズ」にあるのを使ってます。

スコセッシ、個人的には好きではないので、「ギャング・オブ~」の予告編を
観たときは、ああこいつも(リドリー・スコットのような?)批判なのか大政翼賛なのか分からないようにつくる奴に成り下がったかと思っていたのですが、NYテロの影響で公開が遅れたのだという話
を聞き、さらに次のような談話も読み、ひとまず安心。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030110-00000244-reu-ent

それでも、「タクシードライバー」も「NY,NY」も好きになれませんが。何度
観てもホークスの「あかちゃん教育」のキャサリン・ヘップバーンが好きにな
れないのと同じで、デ・ニーロもライザ・ミネリもすごいのかもしれないけど、
耐え難いんですよね、描かれてる人物が。それでも観に行くでしょうけど
(笑)、『ギャング』。