André Canivez, Jules Lagneau professeur de philosophie. Essai sur la condition du professeur de philosophie jusqu'à la fin du XIXe siècle, tome I : Les professeurs de philosophie d'autrefois, Publications de la Faculté des Lettres de l'Université de Strasbourg, 1965.
この本は、フランスの哲学教育論や哲学制度論、哲学教師論をやるときには必ず引かれる古典中の古典である。
それと現代の哲学教師像についての社会学を併せ読む。
Louis Pinto, La vocation et le métier de philosophie. Pour une sociologie de la philosophie dans la France contemporaine, éd. Seuil, coll. "Liber", octobre 2007.
まあ正直な感想を言うと、ここまで来ると、徴候的だと思う。哲学は純粋な観念からなる天上の王国から降ってきたわけではない、哲学者もまた、個人的な利害関心を持ち、ある理論的な場(業界)の中に位置を占めることで理論的生産を行なうのだという、それは別にいい。問題はその後だ。
パントーは、ブルデューの『パスカル的省察』の次のような一文を引いて、「哲学の社会学」の正当性を訴えるのだが…。
《哲学的な場に固有の論理と、その場の中で生み出され遂行される傾向や信仰が社会的に「哲学的」と認められるその論理を分析することほど[…]哲学的な行為はない》
まあ、そのとおりなのだが、ならば、哲学の社会学はやはり哲学に属するのであり、ことさら学問分野としての「社会学」と「哲学」を対立させる必要はない。
これは実は(少なくともフランスにおける)哲学と社会学の覇権争いの伝統を忠実に(不毛に)継いでいるのである。
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