Saturday, November 05, 2005

Ce qui nous manque

France Cultureというラジオ局がある――以下に書くことはどれもフランスに住んでいる知識人なら知っている基本的な情報ばかりである――。プログラムを一瞥していただければ分かるように、ハイカルチャー・ラジオ局である。

Des tours de Babelではハイカルチャーテレビ局の話をした。どうもこういう話ばかりしていると、自分が鼻持ちならない教養主義者のような気がしてくるのだが、しかし教養総崩れの現在の日本を見ていると、やはりどうしてもこのような「反動」的な姿勢をとらざるを得ない。私が教養主義者なのではなく、現在の日本の知識人の平均があまりにも教養を軽視しすぎるのである。)

毎週金曜日の午前9時からは、CIPのFrançois Noudelmannらが監修する"Les Vendredis de la philosophie"という番組がある。今日は、ベルクソンについて、フレデリック・ヴォルムスが50分ほど話した。先週はドゥルーズについて新しい世代(我々の世代まで含めて)が話していた。放送はネット上で一週間だけ聴くことができる(一週間経つと消えてしまうので注意!)ので、興味のある方はどうぞ。

日本では、いかに文化的な放送局であっても、純粋に哲学的な議論のためだけに毎週金曜日の午前9時という時間帯を開放してくれるところがあるだろうか。古くはデモクリトスやエピクテトスから、エックハルトやジョルダーノ・ブルーノを経て、ナンシーやランシエールに至るまで、毎週専門家を呼んで、小一時間しゃべってもらえるところが?

もちろん、こういったことは一方で、国家の文化政策(文化省)のバックアップが欠かせないし、他方で、哲学の新刊書を出す際に宣伝を打ちたいと考えている学術系出版社との協力が欠かせない。フランスの大学界がさまざまな問題を抱えているとしても、こういう側面では日本よりはるかに進んでいる、と言わざるをえない。

すると、こんな答えが返ってくる。フランスと日本では制度が根本的に違うのだから、羨んでみても仕方ないのだ、と。そんなことなら何十年も前から分かっているのだ、と。なるほど。

では、少なくとも、羨むところから始めよう。この放送を聴いて、我々(個人としての我々、制度としての我々、文化国家としての我々)に欠けているものが何かを正確に把握するところから。少なくとも。

しかし、それすらも難しいのだ。なぜならネオリベ的な大学改革に反対している私の友人たちですら、1)フランスにおける哲学の特殊な位置づけに話を還元して事を片付けるか、2)こちらも「現実主義」で対抗すべきなので、古典教育だとか教養主義だとか悠長なことは言っていられない、と考えているようだからである。しかし、果たしてそうだろうか。

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