Friday, April 14, 2006

翻訳について(1)

ここしばらく書くほどのことがない。そういうわけで、(き)(ふ)さんたちからお借りしているユリイカ特集号『翻訳作法』から抜粋でもしようか。

柴田元幸のインタヴュー≪君は「自己消去」できるか?ゼロ志向の翻訳ゲーム、最強プレイヤーかく語りき≫より

≪実は翻訳ほど、受験英語をちゃんとやったことが報われる仕事もないんじゃないですかね。[…]誰も使わない表現や古くなってしまった表現なんかを教えたって仕方がないっていう批判があるわけですが、翻訳する上ではどんな表現も一通り知っていたほうがいい。[…]受験英語で覚えて、そのあとずっと見たこともなかったけど、翻訳していて小説のなかで出会った表現というのはけっこうある気がする。≫

≪大学の授業で学生の翻訳を見ていると、特に「時制」についての理解が雑だったりします。[…]「時制」の理解は、翻訳する上ですごく重要です。≫

≪基本的な表現に関しては、単に辞書的な意味を知ってるだけじゃなくて、その言葉の「顔」を実感としてわかっていることが大事でしょうね。tiredと言わずにexhaustedと言ったら「あー疲れた」という疲労感がより強いとか、justifyは「正当化する」と訳されるけど、日本語の「正当化」みたいに否定的なニュアンスは普通ないとかね。そういうのを覚えるにはやはり受験勉強のようなやり方ではなく、濫読的に英語を読んだり、映画を見たりするのがいいでしょうね。もちろん英語圏で暮らすのが理想だけど、なかなかそうもいかないし、英語圏に住んでも周りが日本人ばっかりだったりするとあんまり効果はないしね。≫

≪一度「この言葉はこう訳せばいいんだな」と定まってしまうと、もう文脈も考えずに、自動的にそう訳してしまう。これはマズいです。やはり原文のトーンを聞かないといけません。だから、翻訳は数をやればうまくなるかどうかも実はわからない。逆にある種の「型」にはまってしまう危険性があるかもしれません。これって人生すべてそうかも(笑)。≫

≪岸本佐知子さんが言ってましたが、「翻訳者は小心者のほうがいい」ということもあって、「辞書にはこう書いてあるけど、これでいいのかな」と常に不安を感じる人のほうが向いてますよね。特に、形容詞、副詞とかで、辞書にそう定義が載っているからといって、なんかしっくり来ないなあと思いながらそのまま書いたりするのはマズい。そういうときは、少なくとも英英辞典の一冊や二冊は引かないとね。英英辞典は形容詞や副詞に関しては英和辞典よりずっとよくわかる。そもそも英和辞典はたいてい、プリンタとスキャナとファクスの複合機みたいな感じで、どんな状況にも対応できるように、よく使う意味もあまり使われない意味も全部ずらっと並べていて、どれを選んだらいいかよくわからないことが多いですよね。それに対して、ロングマンなどで出している学習用の英英辞典は、あまり使われない意味は見事に切り捨てています。現代英語を訳す上では、むしろそのほうがありがたかったりもする。まあ、何でも載ってる英和と併用するからそう思うんでしょうけど。≫

≪たしかに昔の翻訳者には、英語のスピリットがよくわかっていなかった人も多かったかもしれない。文字通りにも比喩的にも英語が「聞けない」し、文章を読んでもそのトーンがわからないということがあったかもしれません。バイリンガルの人たちはその逆で、英語のトーンとか、どういう感じかというのはよくわかるんだけど、そこで完結してしまって、それを日本語ではどう言えばいいかということをあまり律儀に考える気にならないんじゃないか。まあでもバイリンガルの人だってみんな一人ひとり違うから、あんまり一般化しないほうがいいでしょうけど。[…]理想的ってことで言えば、もっと若い人たちのなかで出てきはじめている、アメリカでバリバリ勉強してきて博士号までとってきて英語力から発想からボディランゲージから何から全部身につけてきた人のほうが理想的じゃないですかね。なんて言うと嫌味か(笑)。≫

≪人文科学の翻訳が総じてひどいのは、心理学なら心理学の専門家が一人で訳しているからであって、ほんとは心理学の専門家と英語を専門にしている人間が協力し合うのが理想。それと同じことを、日本語母語者と英語母語者でやるといいよね。≫

≪英語翻訳の場合、英語について言えば、いろんな英語の文体を知っていて、いろんな声を聞き分けられる、ということは必要ですね。日本語の語彙や表現も豊富でないと、ということもよく言われるし、理屈としてはそうだと思うけど、実感としてはあんまりそういう感じがしないですね。僕は日本人として決して語彙が多いほうだとは思いません。敬語とかも全然知らないし(笑)。で、実感としてはむしろ、「この文体には、この日本語はそぐわない」というように、「原文の雰囲気や感じにそぐわない言葉を削り取る」能力が大事な気がする。例えば、ヘミングウェイの禁欲的な文体に妙に男臭い、安っぽくハードボイルド風の言葉が混じってしまうとかいうのは、マズいよね。

 英語は、土着的なアングロサクソン語と、知的なラテン系の言葉で成り立っている。それと同じように、日本語も、土着的な大和言葉と、インテリ発の漢語で成り立っている。だから、レベッカ・ブラウンやポール・オースターが書くような、アングロサクソン語中心の文章を、やたら漢語の多い日本語にしてしまうと、かなり違ったものになってしまう。推敲する作業って、そういうそぐわない言葉を抜いていくという面がかなりありますね。これとこれは雑草だから抜かないと、みたいな感じかなあ。≫

思想系翻訳の場合には、したがってある程度漢語が多くなるのは必然なのだが、とはいえ読者層を意識しなければいけない場合、このバランスが難しい。フランス語は名詞偏重の言語でもあるだけにいっそう厄介な問題だ。

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