Friday, February 09, 2007

隠喩の退引(原語挿入、誤訳情報ページ)

締め切りが十日延びたので、思い切って「人格性」論文を解体し、本格的に組み立てなおすことにした。

焦眉の点は、長い序論―25頁中14頁。三回分載計75頁の序論だから、実はこれまでの私の基準からすると、それほど長くはないつもりだったのだが―をどの程度「隠喩」論文にもっていくか。しかしそうすると、逆に、「隠喩」論文の全体が見えないと「手術」にかかれない。

というわけで、以前からちらちら目を通していた隠喩論関係の本をふたたび読み始める。

『現代思想』1987年5月号「特集 メタファーの修辞学、意味の規則」。デリダとデイヴィッドソン、ある意味で二つの極を代表する隠喩論が日本語で読めるのは貴重である。デイヴィッドソンに関しては、畏友ssさんの文献解説もどうぞ。

それにしても、デリダの「隠喩の退-引」の翻訳(前半のみ。後半は翌月号に分載)は問題だ。翻訳の質が問題なのではなく、原語の挿入が甚だしいのである。

フランス現代思想を読んで思想形成を行なったので、私は原語の挿入には相当寛大なつもりだ。その私が言うのだから、かなりのものである。デリダの最終頁とデイヴィッドソンの冒頭を比較してみよう。緑の部分が原語挿入である(下の写真をクリックすると、拡大して読めるはずだ)。



デリダのほうの下段は、訳者付記なので、原語挿入はまだ他の頁より少ないくらいである。たしかに、難解な文を書き、複雑なレトリックを駆使することで有名なデリダのほかならぬレトリック論、隠喩論なので、デリダの「言葉遊び」がひどくなるであろうことは予想がつくし、訳者の苦労もひとかたならぬものがあろうとは思う。

だが、ハイデガーの反響を読み取ろうとして、デリダの原テクストにはないドイツ語を挿入するに至っては明らかにやりすぎであろう。しかも、訳注やルビを用いず原語挿入を選ぶという訳し方について説明するはずの「訳者付記その1」の書き方が、何と言えばいいのか、中途半端に思わせぶりで、いい加減にペダンティックなのである。要するに、ありもしない深みを匂わせようとして、こけている感じなのだ。「訳注」や「ルビ」について思うところがあるのなら、単純明快にそれを論じればいいではないか。
蛇足とは思うが訳者の理解した限りで以下に、議論の展開の跡を追い、あるいは通読に困難を感じられる読者の一助としていただくことで訳者としての務めを果たしたいと考える。(「デイビッドソン・メタファー論への註解」、上掲、68頁
デイヴィッドソンの訳者・高藤(たかとう)直樹さんのこのような姿勢のほうがよほど「健全」に知的だと思うが、如何?



ちなみに、上のデリダの件とは無関係だが、私があれやこれやの翻訳に注文を付けると「大した翻訳力もないくせに」という人がいる。しかし、それはちょっと筋が違うのではないか。

私に翻訳力があるかないかということと、いい翻訳を見分ける力があるかないかということは別である。問題が的確に指摘されているなら、それは批判であって非難ではない。

たしかに一般的に、文句をつけるのは容易い。それは、すでに数年前に「海の広さとerrata」(2000年12月26日の項)で述べたとおりである。また、たしかに誤訳をあげつらうのはいい趣味とは言えない。

が、また同時に、現在の学術出版の苦境に(少なくとも部分的には)由来する《誤訳の放置》という由々しい現状はどうするつもりなのか?

「出版社に誤訳を指摘した手紙を送ればいいんです。再版のときに直すでしょう」。なるほど、しかしそれは、もし再版されればの話である。それまで、読者はどうすればいいのか?出版社や訳者のproduct liabilityはないのか?

せっかく各出版社がHPを持つようになったのだから、それぞれの翻訳出版物に関して、誤訳情報ページを作ればいいのではないか。スレッド&チャート方式で、頁・行・誤訳のポイント(簡潔に)を読者に書き込んでもらうのである。これなら、忙しい編集者の手を煩わせない。もちろん定期的に訳者がチェックし(忙しいというなら、年に一回でもいい)、「たしかにこれは直したほうがいい」という指摘だけを「確定事項」にして、ページに残していく。

こうすれば、出版社としては、自社のPL精神をアピールできる。読者は、いつ来るか分からない再版を待たずとも、小規模の「バージョンアップ」を行なえる。パソコンのソフトであれば、小規模の(限定的)バージョンアップは無料で、大規模な(本格的)グレードアップは有料で、といった考え方が一定程度理解されていると思うのだが。要は、多少の誤訳は「セキュリティ・ホール」と考えて、無償で、早急に、対策を講じる、というスタンスだ。

これまで誤訳というもののあり方についてきちんと考えた人はいるのだろうか?どなたか面白い「誤訳論」をご存知の方はお教えください。

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