(以下、ssさんのML01135-01136に対する返信です。)
1*デリダの動物論
私は『自伝的動物』所収のデリダの"L'animal que je suis"を読んでないので(リールのいかなる図書館にも存在しない!!)、現時点でのデリダの動物論の核心部分については今のところ何とも言えません。
(ちなみに"Fichus"というデリダのアドルノ賞受賞記念講演は、浅田さんの要約も原文邦訳もネット上で読めますが、アドルノが動物を論じた断片の将来なされるべき読解を予告しています。興味のある方は、アドルノの『啓蒙の弁証法』と『ベートーベン、音楽の哲学』をどうぞ。)
そこでさしあたり、「なぜ動物性なのか」という放置しておいた「原理的な問い」にデリダはどう答えているかを見るだけにとどめます。
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デリダは、女流精神分析史家のルーディネスコと昨年出した対談本De quoi demain...(ユゴーからの引用ですが、『明日は何が・・・』と訳せるかな?)の中の一章(「動物に対する暴力」)で、なぜ動物性の問題が重要なのかを解説しています。「暴力的に要約」すると――
動物性の問題というのは、他の重要な哲学的問題のなかのひとつというのではなく、それらすべての前提をなしている隠然たるヒューマニズム(『ヒューマニズム書簡』(1947)の言葉を借りて言えば、「形而上学的な意味におけるヒューマニズムでない人間性Humanitas」を模索し、「従来のあらゆるヒューマニズムに反対するが、しかしそれにもかかわらず、非人間的なものの弁護者にはおよそ決してならない」と宣言するハイデガー的な「ヒューマニズム」も含めて)を明らかにするという意味で、最も重要な問題である、と。
「人間的」ということが「動物的」「獣のような」ということと対になり、この二項対立だけが特権化されている状態からの脱皮を目指す、という意味で、およそ可能な限り「人間的」でない哲学を目指す、と言えばいいでしょうか。
「動物なるものL'Animal」は存在しない、「人間」と「それ以外の動物」の境界線だけでなく、様々な異なる動物たちのあらゆる境界線の複数性が強調されねばならないのだ、と。
(ドゥルーズの「動物に生成変化すること」もこの点において接続するのが妥当かもしれません。cf.『ミル・プラトー』第10章。けっこう馬鹿馬鹿しいくだりもあって面白いですよ。)
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(動物性の議論は実は初期の時代から一貫して自分が持っていた問題意識だとデリダは主張するんですけれども、そしてそれはそのとおりなんですけれども、裏を返せば、またもや「音声=ロゴス中心主義」「プラトン以来の西洋形而上学の伝統を覆す云々」といった大風呂敷になってきてるということなんですよね。それをミクロの視点から具体的なテクストに即してやっているうちはいいんですけれども。
敢えて柄谷との無謀な比較をしてみるならば、長らく大文字の「セオリー」を立てず、批評的な軽快なフットワークで個々の作品読解に即した小さなセオリーだけを積み重ねてきたデリダがとうとう、また「大理論」に回帰しつつあるのか、と。)
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で、ここでデカルトが重要になってきます。デカルトの「私」=自我=主体は、近代哲学のみならず、近代の法体系の基礎になっている、と。一方で、デカルトの主体は自己を理性的・意識的な主体と認識することによって基礎づける。他方で、法体系の中で重要な概念は「責任ある主体」というものです。
「責任=義務を果たせる者にだけ権利も与えられる」という考えがあるからこそ、「理性」や「意識」を(部分的にであれ)欠いているとみなされる者(精神障害者、幼児)には一部の権利が制限されたわけで、哲学は政治と関係のないように見えてもやはり根底で政治的な諸概念を規定しているのです。
お気づきでしょうが、動物は既存の法体系の中で位置を、したがって権利を与えられえない。「動物は確かに理性を持たないかもしれない、しかし動物は苦しむことができる」というベンサムの言葉を引いて、デリダが言いたいのは、「動物の権利を考え直すことは、既成の法概念そのものの根底にある哲学概念を見直すことでなければならない」ということです。
(例えば、「ユダヤ人は獣が屠殺場に連れて行かれるように収容所に連行された」という表現は二重に問題含みだということです。「ユダヤ人=獣」という比喩だけでなく、獣が屠殺場に連れて行かれることにはなんの問題もないかのような考えが根底にあることも。)
ただ、デリダも具体的にどう見直すべきかを言っているわけではなく、「歓待」という言葉をちらりと垣間見せているくらいで、後は憶測の域を出ません。というより、これは同時代的な哲学問題であって、我々自身がそれぞれなりの仕方で「哲学する」ことを通じて答えを模索すべき問題なのでしょう。Hic Rhodus, hic saltus !
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