Friday, November 27, 2009

大学の無関心、無関心の大学

大学に就職し、辞令をもらってから、半年以上経った。包み隠さず言えば、その間、大学について考えることが極端に減った。就職が決まるまでは、あんなにも大学をめぐる問題に対する哲学者たちの反応の鈍さに憤慨し、自分はそうなるまいと思っていたのに、である。

大学のグランド・デザインに直結する今回の事業仕分けですら、恥ずかしながら、新聞で読んだ程度で、詳しく調べることはしなかった。もちろん言い訳はいくらでもできる。体調がすぐれない中で、私は私なりに教育と研究に全身全霊を傾けているつもりである。だが、そういうことが問題ではないのだ。



無邪気な無関心(研究・教育が忙しいので…)、怠惰な無関心(自分はもう「一丁上がり」だし関係ないから)、ニヒリズム(どうせそんなこと知ったって…)は、政治的去勢の裏返しである。また逆に、ポスドクという不安定な状況にいることを強いられているにもかかわらず、大学問題を理論的に考察しようとせずに、ただルサンチマンを養殖しているだけの人々(「なんであの程度のやつが就職できて、自分が…」)も問題である。大学就職後の無関心と、就職前の無関心、大学の人文科学研究は二つの無関心の挟み撃ちに遭っている。

理系の著名な科学者たちが声を大にして発言していることはメディアでも伝わってきた。おそらくメディアが伝えていないだけで、文系の著名な科学者たちも積極的に発言しているに違いないが、私は寡聞にしてあまり知らない。



仲間が、とりわけ優秀な仲間がいて、共に考えるよう誘ってくれるというのはとても幸せなことだ。現在、UTCPを中心に幅広い活躍を続けている西山雄二さんは、大学と人文科学の問題をここ数年、哲学的な仕方で追究されてきた方だ。

彼が最近書いた二つの小文と一部抜粋をご紹介しておきます。
【現場報告】大学の未来像 ― 行政刷新会議「事業仕分け」
私的関心に引きつけると、会場では人文社会科学に限定した議論もなされた。人文社会科学系の研究者は研究教育の必要性を語る言葉をもつように促されている が、さらに高等教育の政策論まで見据えた展望や論理を磨き上げることも大事だ。私たち人文社会科学系の研究者は学問と社会をつなぐ言葉や理念をどの程度 もっているだろうか。大学に対して経済合理主義的な評価がなされる現実を前にして、私たちの現在と未来を包み込むような説得的で実効的な理念をどの程度 もっているだろうか。

国家と人文学――「新しい教養」の行方
最後のセッションだけあって、質疑応答は白熱し、「評価をどう考えるべきか」「国家との関係において大学とは左翼的なものであるのか」「フィクションの権利の危険性をどう考えるのか」といった質問が相次いだ。なかでも、「日本でも韓国でも一部の大学のみが国家から資金援助されて、残りの大多数の大学や学生 は貧しい状態で喘いでいる。この格差を私たちはどう考えるのか」という問いが印象的だった。大学論に必要なことは、大学が多種多様な現実で構成されていることを自覚し、モノローグ的な「私の大学論」の誘惑に陥らないことである。大学に関係する者はまず自分の限定的な立場を自覚することで、大学を批判的な公共空間として創造することができるだろう。


「自分の大学」のことを考えようとしている人はたくさんいる。自大・自学部・自学科・自専攻の維持・発展(弱小私立大学の場合には、その前に「生き残り」)を願って、大変な役職を引き受け、煩雑な委員会活動を誠実かつ真摯にこなし、大学の運営に携わっておられる方々はたくさんいらっしゃる。それはそれでとても大切なことだが、それはごく限定的な自己防衛本能にすぎないとも言える。

「大学というものそのもののありようはどうなのか」という問いになると、とたんに腰が引けてしまう。あの無邪気な常套句「大学なんか潰れても哲学(文学研究)はやっていける」は、実は思想的な弱腰の裏返しにすぎない。「大学なんか潰れても自然科学はやっていける」などと言っているまともな自然科学者がどこにいるだろう。はっきり言ってそれは「核戦争で文明が破壊され尽くしても、人間は生き残る」というのと同程度の真理性しかもたない。

哲学が真理の探究であると同時に、真理を探究する者をどう育成するかという教育の問いでもあり、制度をめぐる政治的な問いでもあるというのは自明のことだ。哲学・教育・政治の三位一体である。この三つ組がアクチュアリティへの対応・適応を越えて、反時代的なものに自らを高めねばならない(何度でも言うが、反時代的とは反動的・保守的ということではない)。

問題はここにある。「無関心」とは端的な無関心だけを指すのではない。表面的には(自分の意識としては)大学に関心をもっている「自己保存欲」、アクチュアリティに追従しているにすぎない右往左往の対応もまた、病根の深い「無関心」なのである。

大学をめぐる問題は、大学の中のこの広義の「無関心」と闘い、大学人に自覚を促しつつ(これがとても大変な作業であることは重々承知したうえで)、大学の外や周囲にいる人々と共に考えていくのでなければならない。

絶えず頭をもたげ、優勢を占めようとする自分の「無関心」と闘い続けること。

Thursday, November 26, 2009

『思想』12月号「ベルクソン生誕150年」


『思想』12月号「ベルクソン生誕150年」が発売されました。

小規模の特集はともかく、本格的な特集としては、1994年以来になると思います。

ベルクソン研究を外へと開いていこうとする興味深い鼎談、力の入った論文の数々、現時点でのベルクソン研究の到達点が概観できるサーヴェイや研究書誌もあります。

ぜひお買い求めください。詳細内容はこちら

Sunday, November 22, 2009

ジャネのために(pour Janet)

シンポは無事に終わった。バタブラ研(と一部で呼ばれているらしい)と同じ日にぶつかってしまうというアクシデントを差し引けば、むしろ予想以上の集客だったと言える。来ていただいた皆様、本当にどうもありがとうございました。

フロイト-ラカン愛好者でない者を見つける方が難しいフランス現代思想業界で、「死んだ犬」扱いされているピエール・ジャネからアンリ・エーへと至る流れ――ごく広い意味での「ネオ・ジャクソニスム」の系譜――に光を当てた、このような反時代的シンポの重要性はもっと強調されていい。

ちなみに、このシンポのために、俊英と評判の高い立木康介氏の「シャルコー/ジャネ」(中央公論新社版『哲学の歴史』第9巻所収、2007年)も読んだが、かなりがっかりした。
《実際、ジャック・ラカンによるフロイトの再解釈は、このエレンベルガーの見方に真っ向から対立している。「無意識は一つの言語として構造化されている」というラカンのテーゼは、エレンベルガーによってもっぱら「パトスの復権」として読まれたフロイト的無意識を、徹底的に理性の側に取り戻すことに成功した。逆に、この点でもベルクソンと通じ合う知的雰囲気をもつジャネが、しばしば宗教的なものへの関心の強さを窺わせているところを見れば、むしろ彼のほうがロマン主義的な感性への親和性をもっていたのではないかと疑わずにはいられない。》
俊英と評判の高い人がこんな凡庸なことを書いてはいけない。三つある。

まず、エレンベルガーの『無意識の発見』のように、あえて挑発的図式化を意識的に引き受けた史的著作に対して、実に無邪気にそれを再転倒してみせる感性を疑ってしまう。フロイトはロマン主義者でなく、啓蒙主義者である?事実誤認だと言っているのではない。フロイトが啓蒙主義者なのだとすれば、彼の啓蒙主義はいかなる特徴をもつのか、大切なのはそれを簡潔にであれ言うことであり、さらに大切なのは、仮にジャネがロマン主義者なのだとすれば、いかなるロマン主義者であるのかを言うことではないのか。教科書的な腑分けを単純にひっくり返してみせること自体に大した意味はない。理論的な争点だけがそのような操作に意味を与えうるのである。むしろ違う形で形成されたフロイトとジャネの「科学主義」の共通点と差異にこそ焦点を当てるべきだったのではないのか。

フロイトの啓蒙主義自体が問題となっているのに、「実際、ジャック・ラカンによるフロイトの再解釈は」とほとんどオートマティスムのようにラカンを引き合いに出してしまう初歩的な論理的ミスもさることながら、フロイト主義隆盛への単純なカウンター(エレンベルガー)に対して単純に流行を(しかも、よりにもよって最も凡庸なラカン像を)対置してみせる批判的=批評的意識のなさは痛々しい。「徹底的に理性の側に取り戻すことに成功した」などと書くようでは、ラカン派はやはりドグマティックと言われても仕方がない。繰り返すが、重要なのはいかなる理性の側に取り戻したのか、である。

次に、ロマン主義/啓蒙主義の図式にのっとったまま、単にフロイトを擁護するだけでなく、返す刀でジャネをばっさりと斬り、しかもその凶刃で、付近にいたベルクソンまで手にかけてしまう無思慮さも法外である。「ベルクソンと通じ合う知的雰囲気をもつジャネが、しばしば宗教的なものへの関心の強さを窺わせている」ことをジャネのロマン主義とフロイトの啓蒙主義の分岐点に据えたいらしい立木氏は、フロイトの数多くの宗教論・オカルトへの言及を完全に忘れているように見える。仮に、ジャネもフロイトもともに「しばしば宗教的なものへの関心の強さを窺わせている」が、両者の関心のもち方、方向性は完全に異なる、といった論旨が展開されるのであれば、まだしも百歩譲ってこの一節を好意的に解釈しようとできるが、後続の文章の中にそういった記述は残念ながら見出されない。

理性と非理性の単純な境界線、単純な価値評価を踏み越えたところにこそ、まずそのごく基本的な理論的意義が認められるべきフロイトを、是が非でも単純な「理性の側」に奪取しようとするその姿勢がまさにフロイト的でない。ドゥルーズの論文集のタイトルをもじって言えば、「批判的かつ臨床的」な視点からフロイト(およびラカン)とジャネ(およびベルクソン)の関係が論じられる中で、ジャネの可能性の中心が簡潔にであれ示唆されることを期待していた読者が目にするのは、ジャネとベルクソンの微妙な関係というごく基本的な事柄すらわきまえない、セカンドハンドの資料から書きあげられた匂いの濃厚な文章である。

最後に、この文章の最大の問題点は、シャルコーやジャネへの愛がほとんど感じられないことである。「本当はフロイトかラカンについて書きたかったのに…」という感じが全編に溢れていて、読む者を辛くさせる。不憫なシャルコーやジャネのためのみならず、立木氏自身のためにも辛くなるのである。まさか誤解もあるまいが、シャルコーやジャネを絶賛する文章でなければ、と言っているのではない。ただ、「そんなに魅力のない対象だと思っているなら、なぜ執筆を引き受けたのか」と読者に思わせるような文章を立木氏ほどの人物が書くべきでないと言っているのである。幾ら才能があっても、いや才能ある人だからこそ、こういうものを書いてはいけない。死者のためにも、読者のためにも、自分自身のためにも。いかに歪んだ愛でもいい、愛ある対象について人は書くべきだ。

「歪んだ愛」ということで言いたいのは、例えば、ドゥルーズが「敵について書いた唯一の著作」と認めるカント論のように、明白な理論的争点を上品な形で(死者が悲しまないような仕方で)提出するのならばそれはよい、ということである。日本の思想業界は論争を好まない。特に、亡くなった先生や友人などの著作やテーゼでも反駁されようものなら、大変な騒ぎである。だが、それでは思想は発展しないだろう。愛は媚を売る「やさしさ」とは違う。

「ジャネのために」書かれたものを読みたい方は、上記シンポの報告書が公刊されるはずですので、そちらをご覧ください。

Monday, November 09, 2009

記憶と実存~フランス哲学と精神医学、そして文学~

11月21日(土)1時より、明治大学駿河台キャンパスにて行なわれるシンポの宣伝です。

明治大学ネオ・ジャクソニスム研究会連続シンポジウム
「記憶と実存~フランス哲学と精神医学、そして文学~」

第一回 ベルクソンとジャネ 


「「差異と反復」の前夜 ─ メーヌ・ド・ビラン:努力とオートマティスム」
 合田 正人 (明治大学)

「ジャネとネオ・ジャクソニスム : 創造と過去保存の心理学をめぐって」
 田母神 顯二郎(明治大学)

「ジャネとベルクソン」
 松浦 宏信(リール第三大学)

「ベルクソンとドゥルーズ : デジャ・ヴュの問題をめぐって」
 藤田 尚志 (九州産業大学)

日時
11月21日(土) 13:00~17:30
会場
明治大学駿河台校舎リバティータワー LT1084教室



私自身の発表は、ベルクソンとドゥルーズにおけるデジャヴについて、先日のセッションでエリーが喋った側面と自分が話したコメントを自分なりの視点でまとめ直し(もちろんエリーの承諾はとってあります)、さらに一歩進めるつもりです。先日のエリーとのセッションに来られなかったという方も是非どうぞ。

なお、第二回は12月5日(土)の予定だそうです。

Sunday, November 08, 2009

受賞

2009年11月7―8日、仏文学会@熊本大学に参加してきた。フランス文学からはますます遠ざかる一方なのだが、中世文学から現代文学・思想に至るまで、たまにこうして勉強させてもらえるのはいいことだと感謝している。哲学だけでなく、他領域に実際に関わっていることは重要だと感じる。

学会でしか会えない友人(afさん頑張ってくださいね)、二次会以後にしか会わない知人(笑)などと会えるのも本当に嬉しいこと。

さて、あまりいいことのない最近だが、朗報が。

2010年度学会奨励賞に選ばれた。仏文学会は巨大組織だ。各支部からの推薦で4名候補者が選ばれ、それぞれ三名の専門家に審査を委嘱した結果、二人の受賞者のうちの一人として私が選ばれたとのこと。素直に嬉しい。

これに驕ることなく、弛まぬ精進を続けていく所存です。これまでお力添えをいただいた方々に厚く御礼申し上げますとともに、これからもご指導ご鞭撻を賜りますようよろしくお願い致します。本当にありがとうございました。

Saturday, November 07, 2009

新生児の泣き声にも“訛り”(クリップ)

ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト11月 6日(金) 16時15分配信 / 海外 - 海外総合

生まれたばかりの男の子の赤ん坊(資料写真)。新生児の泣き声には、訛りに似たイントネーションがあり、自分の母国語と同じような“メロディ”で泣くという研究が2009年11月に発表された。

 新生児は子宮の中で言語を覚え始め、生まれたときには既にその言語特有のアクセント、いわば“訛り”のようなものを身に付けているという研究が発表された。

 胎児は耳で聞くことで言語に慣れていくという見解は特に目新しいものではない。誕生直後の新生児が複数の異なる言語を耳にすると、ほとんどの場合、母親の胎内で聞こえていた言語に最も近い言語を好むような態度を示すことが複数の研究で既にわかっている。

 ただし、言語を認識する能力と発話する能力とはまったく別のものである。

 ドイツ、ビュルツブルク大学発話前発育・発育障害研究センターのカトリーン・ヴェルムケ氏が率いる研究チームは、フランス人とドイツ人各30人、計60人の健康な新生児の泣き声の“メロディ”を調査した。

 ただしヴェルムケ氏によると、このメロディ、つまりイントネーションは、厳密に言えばアクセントとは異なるという。アクセントとは、単語の発音の仕方に関連するものだ。

 一般的に、フランス語を母国語とする人は語尾を上げ、ドイツ語を母国語とする人は逆に語尾を下げるということが知られている。また、メロ ディ(話し言葉のイントネーション)が言語の習得において決定的に重要な役割を果たすということもわかっている。「ここから、新生児の泣き声の中から何ら かの特徴があるメロディを探すというアイデアを思いついた」とヴェルムケ氏は明かす。

 今回の研究に参加した新生児の泣き声のメロディは、胎内で聞いていた言語と同じイントネーションをたどっていた。例えば、フランス人の新生児は泣き声の 最後の音が高くなった。「胎児や乳幼児がメロディを感じ取り再現することから、人間の言語習得の長いプロセスが始まることは明らかだ」とヴェルムケ氏は語 る。

 また今回の発見で、言語の発達プロセス以上のことが明らかになる可能性もある。「乳幼児の泣き声などの発声をさらに分析すれば、人間の祖先がどのようにして言語を生み出したのかという謎の解明にも役立つかもしれない」。

 この研究結果は2009年11月5日発行の「Current Biology」誌に掲載されている。

Matt Kaplan for National Geographic News

Wednesday, November 04, 2009

訃報

10月29日に五代目三遊亭円楽、11月1日にレヴィ=ストロース逝去の報があったばかりですが、11月3日、『ベルクソンの霊魂論』(創文社、1999年)の著者・清水誠さんがお亡くなりになったとのことです。謹んでご冥福をお祈り致します。

Saturday, October 31, 2009

続く。

ようやく、予定されていたイベントのすべてが終わった。若いさわやかな人たちとの付き合いはいつも楽しい。

しかし仕事はまだまだ続く(まあすぐに大学の仕事に引き戻されるんだけどね)。今日も一つ、岩波の校正を終えたばかり。

1)校正の仕事あと二つ。

2)大学紀要次号の校正がいきなり。なんでこんなに早いの。でも、可能なかぎり直したい。いつまでも、どんな評価に対しても、そこから何かを汲み取る努力を続けたい。

3)11月21日の「ネオジャクソニスム研究会」にお誘いいただいたので、おそらく参加する予定。

4)12月中に、すでに書いたベルクソン/ソレル論文をバージョンアップしつつ英訳。

5)1月までに今回のエリーとのデジャブ・セッションで行なった発表を論文化。

6)来年3月のパリ・シンポのための発表原稿準備。

7)同時期にCIEPFCで、ドゥルーズとグールドについて発表をさせてもらうつもり。

8)同時期にトゥールーズ大学で、ベルクソンについて発表させてもらおうかな。

9)デリダ大学論の翻訳のお手伝い。

Thursday, October 29, 2009

阪大でのワークショップ

昨日は、エリーと私がデジャヴ現象についてのベルクソンとドゥルーズの解釈から出発して、絡み合うセッションを展開。分かる人には非常にスリリングな概念的な探究だったはず。聴衆は少なかったけれど、駒場や本郷の優秀な若手研究者が来てくれたのは嬉しい収穫。中身はこんな感じ。

1)鈴木さんによるDの潜在性概念の要約・整理・幾つかの疑問の提示

2)エリーによるデジャヴの病理学的研究史概観(特にジャネ)、およびBがその中で占める戦略的な位置、彼の解釈のポイント。

3)私のBデジャヴ解釈とメルロの幻影肢解釈の比較

4)エリーによるDのデジャヴ解釈のポイント。ランシエール、バディウによるD潜在性概念の批判

これらの発表は、議論の大筋も含めて、『死生学研究』の特集として収録されるはずなので、お楽しみに。



明日は最後のイヴェント。ベルクソン物理学研究の精鋭・三宅岳史さんが「哲学者の時間は存在するのか」について、現時点での研究の到達点を示し、エリー・デューリングが「現代美術における空間の使い方」のほうへと話を発展させる。一見関係のない話を、司会の檜垣立哉さんがどう絡ませていくのかはお越しいただければ分かります。関西方面の皆様、14時から阪大人間科学部です。ぜひお越し下さい

Monday, October 26, 2009

関連イベント情報

エリー・デューリングの甘いマスクと議論の鮮やかな手さばきに魅了された方は、

28日の東大でのエリーと鈴木泉さんと私のセッション(デジャヴをめぐって)

30日の阪大でのエリーと三宅さんのセッション(現代物理から現代芸術へ)

にぜひ足をお運びください。損はさせません。

詳細は法政ベルクソンHPで。ポスターPDFをクリックしてください。

シンポ無事終了!

昨日、無事にシンポジウムが終了しました。連日、90人以上の方々が来てくださり、おかげさまで、ポール=アントワーヌ・ミケルも懇親会でのスピーチで述べていたように、

「日曜日、午前、雨という三つの悪条件の中、マニアックなフランス哲学の話を聞きに駆けつけてくれた大勢の人に囲まれていると、議論にも自然に熱が入る」

のも自然なことでした。会の成功は、これはエリー・デューリングがやはり懇親会のスピーチで述べていたことですが、

「オーガナイザーや発表者、聴衆にかかっているのはもちろんですが、フランス語でpetits mains(小さな手たち)と言われる人たち、つまり会場運営や大量の資料作成や送迎に携わってくれたこんなにも多くの人々の存在抜きには語れないことですね」

と如実に感じられました。最終日はとりわけ、ヴィデオ・コンフェランスがあり、どうなることかとひやひやしましたが、むしろちょっとしたサスペンス、ほどよく肩の力の抜けた緊張感があって、ジョン・マラーキーのスリリングかつどことなくユーモアのある発表と相まって、これも上々の仕上がりでした。

もちろんすべてに満足しているわけではありません。まず第一に、私自身の発表には自分自身、忸怩たるものがあります。大学の仕事をそつなくこなしながら、完璧なオーガナイズをして、そしてかつ優れた発表をする、というのが目標だったのですが、今回はそのいずれもボロボロでした。中身ももちろんですが、何より、人にはさんざん「長い発表など論外」と言っておきながら、自分がかなり長くしゃべってしまい、相当落ち込んでいます。私は相変わらず長く発表してしまう人を評価しないし、今後は自分が絶対にやらないようにしないといけない、と強く思いました。

また、オーガナイザーとして言えば、やり残したことも多々あります。私の一存ではどうにもならなかったことも、私の意図がうまく伝わらず、結果として実現できなかったことなど、数え上げればきりがありません。そのことについては思うところが多々ありもします。

でも、そうやってでも、自分が正しいと思う方向に、日本のフランス哲学研究が向かっていくことに少しでも尽力できればと思う。もちろん、自分の拙い研究の向上・発展にも日々努力しつつ。とりわけ、シンポの成果を「形」にしていくこと、つまり何らかの形で論文集を出すだけでなく、そこで行なわれた発表、質疑応答の中で示唆された事柄を次の研究課題と して追究していくことも忘れてはならないと思っています。徐々に落ち着いてきたら、この三年間のすべての原稿を読み返し、そこから自分なりに何が引き出せるか、考えてみるつもりです。

今後も、さまざまな形でこの種のイベントに携わっていければと思っています。これで三年間の長きにわたる国際プロジェクトは一応の完結を見たわけですけれども、まさにシンポの仏語タイトル(Tout ouvert=開かれた全体/まったき開け)のように、また次への一歩を踏み出せればと思っています。すでに次の小さな無数のプロジェクトが動き出しているようです。

関わってくださったすべての方々に篤くお礼を申し上げるとともに、

今後ともご支援・ご協力のほどをよろしくお願い申し上げます。

Tuesday, October 20, 2009

シンポ近づく

フランス大使館UTCP、友人たちの掲示板などで宣伝していただいていますが、あと3日で始まります。

前にチームで動くことの重要性を書きましたが、すべての人に過不足なく情報を行きわたらせるというのは本当に難しい。きちんと分業体制を敷いても、必ず境界線上の事例が出てくる。あるいは誰かの(例えば私の)ケアレスミスで、他の誰かに支障が出る。そのリカバリーに努める。そんなことの連続です。水道工事屋かビルのメンテナンス係になった気がします。

例えば、今回は英国とつなぐヴィデオ・コンフェランスなどもあり、慣れている人々には何でもないんでしょうが、準備というか、関係者全部のコーディネーションはけっこう大変でした(です)。双方の大学のヴィデオ・チームがこの種の国際行事をやり慣れていれば問題はないのでしょうが。まあ、こういった一つ一つは大したことのないプロセスの積み重ねが短期間に一挙に押し寄せてくると、けっこうな仕事量になります。大学で働いている人はみな同じようなものでしょうけれど。

そんなこんなですが、中身としてはいいものになっていると思います。ベルクソンだけでなく、フランス哲学の生き生きとした一面を実感したいという方はぜひ会場にお越しください。

Saturday, October 17, 2009

マシュレ『カンギレムからフーコーへ。規範の力』(2009年)

マシュレが新刊を送ってくれた。『カンギレムからフーコーへ。規範の力』(2009年)である。

De Canguilhem à Foucault. La force des normes, éd. La fabrique, 2009.

彼が一番最初に書いた論文は、カンギレム論だった。以来、四十年以上、地味な読解作業を続けてきた人だ。哲学のテクストを「読む」ということを私が学んだのはこの人からだった。「倦まず弛まず」ということを身をもって教えてくれたのもこの人だった。

地味だが、アカデミシャンではない。きらびやかな読解もいいし、渋い訓詁学もいいが、しかし、人々はどうしてこの両者の間には実に広大な空間が広がっていることに気づかないのだろうか。どうしてああも簡単にどちらかに「イカれる」のだろうか。そしてとりわけ、どうして自分なりの「思考のスタイル」――un style de penséeは本書に収められたある論文のタイトルである――を産み出そうと努めないのだろうか。

本書は、1963年の処女論文から1993年までに書かれた5篇のカンギレム・フーコー論を収めたものである。この本を訳すのは私の仕事ではないが、私は彼の処女作『文学生産の理論のために』をいつか訳すだろう。



病院に行ってきた。ここ数カ月胸が苦しく、ここ数日ぜんそくがひどかったから。



ひとつずつ小さいものを乗り越える。

小さい他人を乗り越えるのではない。小さい考えを乗り越える。

大きな流れに身を委ねるために。

Saturday, October 10, 2009

お仕事

・シンポ詳細が更新され、レジュメが公開されております。ご覧ください。これらはこれからも随時アップデートされていきますので、来場を予定されている方は、法政ベルクソンHPのチェックをお願い致します。

・岩波の『思想』12月号がベルクソン生誕150周年記念の特集号になります。合田・金森・檜垣の三先生の対談をはじめ、最新の研究事情紹介など、ベルクソン研究の現在の活況を知ることができます。ぜひお買い求めください。

・数奇な運命(実に奇妙な…)を辿った私の論文も、ようやく公開されました。よろしければ、大学図書館などでご一読ください。

仕事の大半は苦しいだけで何の見返りもないものだが、ときどき嬉しいことがある。
学生が授業を面白いと感じてくれたとき、誰かが自分の仕事を見てくれているとき。
面白い仕事だけが、つまらない仕事の疲れをいやすことができる。

Thursday, October 08, 2009

石の上にも…

大規模でありながら、細やかな神経の行き届いたシンポというのを実現させようと思うと、チームとしての分業体制が整っていないとできない。

正直言って、我々が三年かけて築き上げてきた体制は、もちろんさまざまな瑕疵はあるだろうけれども、世界屈指であると思う。

オーガナイザーの仕事はもちろんけっこうきつい(冗談抜きに…)。しかしそれは措こう。翻訳チーム、通訳チーム、会場整理・コピー・送迎チーム、皆さんそれぞれ本当によくやってくださっている。

例えば、翻訳チームだ。皆さんが会場で何げなく手に取る「海外研究者の発表原稿の翻訳」は、質向上のために、ダブルチェックをかけてくれている。複数人数で互いの翻訳をチェックするのである。

この行程が願わくば、若手研究者にとって(塾のバイトなどよりは)研究に密着したアルバイトであり、かつ多少の研鑽の場として機能してくれると本当に嬉しいと思う。上の世代の「責任」は、研究内容において果されると同時に、まさに「場」をつくりだす――そのための予算を獲得する――という制度的な創造性においても果たされるべきである。



フランス人たちは、一般にシンポを互いの社交の場として考えており、彼らには往々にして、シンポを聴きに来る人たちへの配慮が欠けている。レジュメを一切配らない、とかね。

私はフランス人の同世代の友人たち――上の世代は残念ながら出来上がってしまっていて通じない――に口を酸っぱくして言う、「社交じゃないシンポ、研究の場として機能するシンポをつくらないとダメなんだ」と。一般聴衆に開かれると同時に、研究としても質の高いシンポはいかにして可能か。

そのためには、老・壮・青のどの層が欠けても駄目だ。小さな自我を捨てて、国際的な研究の場をつくりだすこと。それもまた、哲学の一部であるはずだと信じている。とりわけ現在の日本の哲学研究においては、それを強く言うべきだとも。

Saturday, October 03, 2009

ようやく…

ベルクソン・シンポ2009の詳細について、法政ベルクソンHPが更新されました。ぜひご覧ください。

ただ、最後の調整が行なわれており、プログラムの順序など、若干の変更が生じるかもしれません。変更については当該HPで告知致しますので、ご来場の際には必ずご確認のほどをよろしくお願い致します。

苦労した甲斐あって、素晴らしいメンバー、素晴らしい内容のシンポになると思います。フランス語と英語での発表ですが、ペーパーには日本語の翻訳があり、議論には優れた通訳の方々が付き添ってくださいます。多くの方のご来場をお待ちしております。

Monday, September 28, 2009

ホフクゼンシン

研究で三つ心に重くのしかかる仕事があり、それぞれ心理的に滅入って進められないでいる。だが、心はどうあれ、前に進まねばならない。昨日徹夜し、今日も午前二時までかかって、ようやく一つ片付けつつある。

これから明日の授業の準備。残された時間は5時間。二日続きで徹夜することにすれば、の話だが…。

Saturday, September 26, 2009

すばらしい日々

明日は土曜日。たぶんどこの私立大学も似たようなものではないかと想像するのだが、月曜は休みが多すぎるので、その振替授業がある。それが明日である。ちなみに、補講なしの休講は許されない。

今は午前二時、ようやく明日の授業準備を終えた。ドゥルーズのヒューム論(1953)とニーチェ論(1962)をグールドのゴルトベルク(1955)と比較するという試みで、自分的にはかなり満足いく出来栄えになった。

独り疲れて自分の道を行く。

矢野顕子は「すばらしい日々」のカヴァーを何バージョンも残しているが、Beautiful Songs Liveの録音が一番好きだ。「君は僕を忘れるから、僕は君に会いに行ける…」

Monday, September 14, 2009

疲労の披露

日曜はベルクソン哲学研究会@法政大学に出席。身体の調子が悪くてうまく集中できなかったせいか、前の二つの発表は、レベルが高そうだという印象を受けるものの、私の中できちんとした像を結ばなかった。一つ目は空間概念を記憶力と想像力の観点からみるというもの。二つ目は縮約の概念をドゥルーズを越える形でベルクソン哲学の中心に(とりわけMMとECのつなぎ目に)置けないかというもの。どちらの発表も、「知覚」の位置づけはどうなるのかなと漠然と思った。

最後の発表には、ほとんど感動した。山田秀敏さんの「ベルクソンと教養」である。「教養」概念を「エリート主義」から解き放ち、「キャリア教育」にも役立つよう、「ユニクロ的」(山田さん談)なものにしたい、そのためにベルクソンが一肌脱げるのではないか、というもの。私は大筋には完全に同意できる。というか、私が去年書いた仏語論文と目的においてかなり近い。

ただ、気にかかるのは、「教養は無償的であって、「利」と鋭く対立することになる」(4頁)という点である。これは同意できない(そして、この点につながる、教養の技術性(マニュアル化)、教養と社会といった問題系において、種々の反論が生まれるが、それは措こう)。

私の考えでは、「教養」は、ベルクソンで言えば「直観」であり、「利」を求める社会の要請に応えることもあるが、それを目的とはしない。いずれにしても、「利」の要請のありかたそのものをひそかに変えてしまうものである。

教養はモル的なレベルでイデオロギー的に権力と対立するのではない。分子的なレベルで、エリートにおいても、大衆においても、至るところで、さまざまなレベルで作動するものではないか(だから、ポピュリズムの蔓延する現状においては、エリート批判にもあまり賛同できない)。

ベルクソンは知性を「否定」したのではなく、「批判」した、つまり本能との区別を精査した。その結果、彼は知性から本能に向かうのではなく、知性を本能のほうに向き変えた。本能のほうを向いた知性、それが直観であり、ベルクソンが教育論において強調する「良識」や「礼儀正しさ」である。

マニュアル教育の功利性をベルクソン的に「批判」することは決して、即、功利性概念一般の否定ではない。それはむしろ功利性概念の鋳直しへと向かうだろう。功利性概念を鋳直す力、それが効力である。

感動はつかのま疲れを忘れさせ、人を奮い立たせる。あてこすりや厭味は人をよりいっそう疲れさせ、意気消沈させる。

Sunday, September 13, 2009

感謝

土曜日は日仏哲学会@雨の東京。いろいろな方に「大変みたいだね、がんばってね」と声をかけられる。哲学研究や生きることそのものにおいて「遠くへ」行くのは好きだが、最近、哲学研究、つまり生きること自体から「遠ざかっている」なあ、と憂鬱になっていた。諸先輩方、友人たちに励まされるというのは本当に大きい。ありがとうございました。

発表についての所感。行なった質問をざっと書きつけておこう。

午前一つ目:ベルクソン『試論』における空間と延長について。まず時間内に発表を終わらせるということが大前提。別に一分や二分、と思うかもしれないが、一般発表というのは若手研究者の鍛錬の場なので、一分超えてもいけない。少なくとも私はそう思ってやってきた。内容の批評はそのあとの問題。

午前二つ目:ベルクソンにおける「習慣」概念は各著作から表面的に拾い上げてくるとネガティブなものが多いが、生産的・創造的といえる「新しい習慣をつける習慣」がある、というもの。しかし、真に新しい習慣をつけさせるのは、「動的図式」をはらむ「(知的)努力」である。「習慣」はそれに引きずられつつ、それを具現化する「物質」のような側面に着目して研究してみると面白いのではないか。

午前三つ目:ベルクソンにおける「individu個体・個人」概念は、『進化』と『二源泉』の断絶を画するものであって、人間の創造的な側面を表す、というもの。しかし、『進化』の「個体」と『二源泉』の「特権的個人」を同一レベルで論じることができるのか。『二源泉』は「特権的個人」というより、特権的個人を超え出ていこうとする力とその横溢としてのpersonnalité(人格性)を称揚しているのであって、これはindividualité(個体性)と分けて考えるべきではないか。『二源泉』における「個人」はむしろ閉じた社会に見られる「社会―個人」のサーキットの中に見いだされる。「人間種という停滞」こそ、種とは停滞であると言いながら、人間種の勝利をほぼ手放しで謳歌していた『進化』において、きちんと見いだされていなかった次元といえる。

午後シンポジウム:現象学以後のイメージ問題をめぐって、加國さんがメルロ=ポンティ、宇野さんがドゥルーズ、澤田さんがナンシーを論じた。

17世紀以降プラトンのミメーシス批判のミメーシスが続いたが、20世紀に入って、イメージを「本質/仮象」「オリジナル/コピー」の二分法で考えるのをやめ、イメージそのものの持つ力を見いだそうという方向が表れてきた。これはドゥルーズの言葉を借りれば「偽の力」(puissance du faux)というべきもので、今回の三つの発表はいずれも、この力とそれ以前的な問題構成との間の切断線を強調するものであったと言える。

ドゥルーズは最も現代的で、最も映画的な映画の本質として、「偽の運動」ともいうべき「つなぎ間違い」や「非合理的切断」(coupure irrationnelle)によってつくりあげられた「偽の力」を考えており、これは非有機的生気論(vitalisme non-organique)に支えられている。しかし、主体の問題を棚上げにしながら、本当に純粋な「非有機的」生気論を貫徹でき、非人称的で前主体的な超越論的領野を維持できるのだろうか。

加國さんの発表は、「自然的知覚」の優位を説いてきたとみなされるメルロが、実は映画論において技術性(人工的知覚)、とりわけ「モンタージュ」を積極的に取り入れており、ここに現象学的映画論の可能性があるのではないか、というもの。「偽の力」が「モンタージュ」に見いだされている。しかし、メルロの映画論には、「映画の現象学」を可能にするものというよりは、「現象学を映画の用語で語ったもの」という意味で、「現象学の映画」という印象を受ける。現象学は「偽の力」を受け止めることができるのだろうか。真理との関係を完全に断つことができるのだろうか(この点で、ベルクソンが真と偽のはざまにある「デジャヴ」を取り上げたのに対し、メルロが主体的知覚の「真」を支える「幻影肢」を取り上げたのは興味深いことである)。

ナンシーは「偽の力」を、イメージの裸形、イメージそのものの露呈というほとんど唯物論的な語り口で、イメージの眼差し、何も眼差してはいない眼差しが、にもかかわらず、主体を成立させる、といわんばかりである。ここで登場してくる主体は、近代的な主体とどう違うのだろうか。