Saturday, April 27, 2013

無駄なパス――「序論」の要点

真のプロ野球好きは、3時間半の一球一球の駆け引きの中に「ドラマ」を見て味わう。表面的な野球好きは、プロ野球ニュースで勝ち負けやゲーム差、防御率や本塁打数、つまり「数字」だけを知って満足する(そんな自称「野球ファン」のなんと多いことか!)。要するに、そこに「運動」を体感するのか、運動が終わった後の「軌跡」を認知するのかの違いである。

ボールだけを見てサッカーを云々しているうちはまだ何も見ていないようなものだ。ボールだけを追いかけるカメラは、ゲームの一部を切り取っているにすぎない。テレビ画面には大切なものが映っていない可能性がある。

見るべきは、ボールと、ボール以外のところで起こっていることとの「あいだ」である。


「哲学は概念だけを見ていれば良い」というのを、少しだけ角度を変えて見るようにすると、もっと楽しくなってくると思います――序論の要点はそれに尽きる。



遠藤保仁が明かす極意「敵も味方も、一本のパスで次のプレーを動かす」



(一部抜粋)

──これはたぶん、ライトなサッカーファンだとなかなか分からないことだと思いますが、分かるとすごく面白いところだと思います。

遠藤 実際、分かりづらいことですけどね。僕自身は、やっている選手が分かっていれば良いと思います。「ムダなバックパスや横パスが多い」とよく言われます。もちろんムダな時もあると思いますが、意味がある時も当然ある。それを、一緒にやっている選手たちが感じてくれればそれで良いと思います。

──いや、サッカーファンは、それが分かった時、すごく楽しいと思いますから、ぜひ分かる人を増やしましょうよ。

遠藤 そうですね。サッカーファンの方々のサッカーを見る楽しさが、もっと深みを増してくれればいいですね。「サッカーはボールだけを見ていれば良い」というのを、少しだけ角度を変えて見るようにすると、もっと楽しくなってくると思います。

***


文/北健一郎

 2011年12月に『なぜボランチはムダなパスを出すのか?』という本を出版した。「ボランチが出している、一見ムダに見えるパスについて考察してみよう」というテーマで書いたこの本は、ありがたいことに多くの方に読んでいただいている。(…)本田圭佑でも、香川真司でもなく、遠藤だったのは、遠藤のプレースタイルが一般のサッカーファンにとって非常に伝わりづらいものだと感じたからだ。(…)
 技術が高いことは間違いない。ただ、プレースタイルはハッキリ言って地味だ。ボールを止めて、蹴る。ものすごく簡潔に言えば、遠藤がやっているのは、これだけだ。しかし、遠藤のプレーを分析して気付いたのは、単純作業に見える「止めて、蹴る」が、実はものすごく奥の深いものだったということだ。

■ビルドアップで遠藤は《ムダなパス》を多用する

(…) 遠藤でなければいけない理由──それはボランチのもう一つの重要な仕事である、ゲームをコントロールする能力にある。ディフェンスラインと前線、右サイドと左サイド、その真ん中に位置するボランチは最もボールに触る回数が多い。ボールに触る回数が多いということは、ボランチがどんなプレーをするかによってチーム全体に大きな影響を及ぼすことを意味する。

 分かりやすいのがディフェンスラインからパスをつないで組み立てていく「ビルドアップ」だ。ゴールを狙うには、中盤を飛ばして相手の最終ラインの裏にボールを蹴ったほうが速い。しかし、ゴールへの最短ルートは相手も警戒しているし、読まれてしまう。だから、パスを回しながらチャンスを狙っていくことが必要になるのだ。

 ビルドアップで遠藤は「ムダなパス」を多用する。

 具体例を挙げよう。センターバックの今野泰幸がボールを持っている。今野は前方の遠藤にグラウンダーのパス。遠藤のところに相手の選手が寄せて来ている。遠藤はボールを止めることなく、ワンタッチで今野にリターンパス。何てことはない、センターバックとボランチのパス交換である。だが、このプレーには明確な狙いがある。

 遠藤の狙いとは「自分がフリーになるための時間を作る」ことだ。リターンパスを出した時、遠藤をマークしていた選手はボールの行方を目で追う。その瞬間、遠藤はスッと相手の視野から消えながら動き直す。今野は遠藤のところへ、もう1回パス。すると、あら不思議。1秒前までマークにつかれていた遠藤が、前を向いた状態でボールを持っているのだ。

 2本のパス交換と、ちょっとしたポジション移動。やっていることはシンプルだし、タネもカラクリもある。しかし、このプレーがマネできるようでマネできない。それはなぜか。遠藤のパスは他の選手と、ちょっと違う。サッカーのピッチにおいては、この「ちょっとの違い」が大きな意味を持つ。

 相手が寄せてきた時、遠藤は慌てない。自分をマークしている選手を引き付け、かといって足を出されないギリギリのタイミングでボールを触って、パスをリターンする。もしも焦ってすぐに後ろに戻していれば、相手を食い付かせることができないのでパス交換の効果が薄れてしまう。このタイミングが《違い》の一つ。

 もう一つが、ボールの質だ。遠藤は次のプレーに合わせてパスを使い分ける。ワンタッチでパスが欲しい時は、パスを受ける選手の利き足に向けて、少しスピードを落としたボールを出して蹴りやすくする。逆にコントロールしてほしい時は、ちょっと強めに出して相手に寄せる時間を与えなくする。

 自分のところに来たボールを、後ろから相手が来たからと何も考えずに戻しているだけでは、その場しのぎの本当にムダなパスになってしまう。だが、遠藤のパスはムダではなく、次のプレーへの展開が考えられた、価値のあるパスになっているのだ。(…)

 もしかしたらテレビゲームであれば、遠藤よりも他の選手を起用したほうがチームが強い場合もあるかもしれない。しかし、実際のピッチではちょっとしたパスの強さや、タイミングといった細かいディティールが勝敗を分ける。そうした、言わば勝負の際を見極められるという点では、現時点で遠藤以上の選手はいない。(…)
 飄々とした表情でパスをさばきながら、時に鋭い縦パスで攻撃のスイッチを入れる──。14年、世界中のサッカーファンが「遠藤保仁」のすごさに気付くかもしれない。
SOCCER KING

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