Tuesday, March 15, 2011

月曜ゼミ

今日は1時半頃に開始。6時半まで5時間。

最初の2時間は、ベルクソンとドゥルーズについて。
ズラヴィシュヴィリやジジェクを引用しながら進めたが、
最初の一時間は、ドゥピュイの近著に基づいて
「カタストロフィ」について話した(近頃ずっと、彼やヴィリリオのことを考えていた)。
Jean-Pierre Dupuy, Pour un catastrophisme éclairé, éd. Seuil 2002; repris depuis dans la coll. "Points essais".
ベルクソン研究者は知っておかねばならないが、
この本はベルクソンの「可能的なものと現実的なもの」などに基づいて、
独自のカタストロフィ論を展開している。
その後、ベルクソンとドゥルーズの「出来事」概念の差異について話した。

「アクチュアリティ(時代)と切り結ぶ」というとき、
反時代的(イナクチュエル)な手法を取らねばならない。
反時代的とは時代に背を向けるということではなく、
時代の流れに乗らないということである。
要するに、「流れに棹差す」という語の
正統的な用法と流布している誤った用法の間で戯れなければならないわけだ。

後半は、まず一時間、ベルクソンの人文学論から、
「有用性」概念の刷新を目指すという話。

最後に、ロシア人の学生、中国人の学生の発表とそれに関する議論に2時間。
それぞれの国における哲学と大学(ないし制度)の関係の歴史・実情を話してもらい、
自分なりに哲学的な分析を試みてもらった。

中国人(香港人)の彼は、ドイツ観念論・超越論哲学と現象学の専門家なので、
超越論哲学の観点から見る教育の重要性、とりわけ「自己発生」(auto-engendrement)
の概念を軸に、カント、フィヒテの教育論などを引用しつつ語ってくれた。

明日の朝、Guillaume Sibertin-Blancと急きょ、ゼミをやることにした。
彼がStéphane Legrandと書いたフランスの知的状況の制度的批判についての本と、
デリダの『条件なき大学』に関する読解を行なう予定である。

困難な状況下でも、日本の人文学が頑張っているところを見せないといけない。

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