Thursday, October 06, 2011
Séminaire Deleuze et Guattari
France Culture
| Bande Dessinée |
| Une histoire du rock / Autour de Jirô Taniguchi |
| Une histoire... du rock 7/10 par David Hershen. Les visiteurs du Matin : Une émission consacrée à Jirô Taniguchi à travers une exposition des planches du dessinateur japonais à l’abbaye de Fontevraud et une adaptation d’une de ses Bd ( Quartier Lointain) au Théâtre de la Ville. |
| Antiquité |
| Athènes hellénistique : nouveaux développements de la recherche sur l’histoire, les institutions et les cultes de la cité 5/12 |
| par Denis Knoepfler, chaire "Epigraphie et histoire des cités grecques", (Collège de France). |
Wednesday, October 05, 2011
CHAOSMOSE une lecture collective
Tuesday, October 04, 2011
英語
というわけで、イギリス人の同僚に見てもらうのを週一回のペースでしばらく続けられたら、と願っている。
最終的には、英語・フランス語・ドイツ語で問題なく論文を書き、イタリア語・ポルトガル語は趣味で話せるというのが私の理想である。ゴールは遠い…(笑)。
Monday, October 03, 2011
もう一丁!
最近出版しているのは、昔書いたものの仏訳とか英訳とかばかり。
とはいえ、出版という形になっていないだけで、実は新しい仕事もしている。
結婚の脱構築については一つ完成しているフランス語原稿もあるし、
ベンヤミンの大学論は日本語版はあともう一息。
…なのだが、なかなかそれを見直して、完成原稿に持っていく気力が湧かない。
Sunday, October 02, 2011
終了!
久々に論文を書く楽しさを思い出した。最近、研究から遠ざかっているから…。
それにしても、最近の英語圏の雑誌の校正作業のオンライン化には目を見張るものがありますね。
今年の初めだったか、韓国の雑誌の校正作業のときも思ったけど、
メカ音痴の私にはつらい時代です。
さて、次はもちろん…。
Alexandre Lefebvre and Melanie White (eds.), "Bergson, Politics and Religion, and Politics" (Duke University Press, forthcoming in 2012)
- Frédéric Worms
The Closed and the Open in the Two Sources of Morality and Religion: A Distinction That Changes Everything
- SUZANNE GUERLAC
Bergson, the Void, and the Politics of Life
- JOHN MULLARKEY
Equally Circular: Bergson and the Vague Inventions of Politics
- CLAIRE COLEBROOK
The Art of the Future
- PHILIPPE SOULEZ
Bergson as Philosopher of War and Theorist of the Political
- Hisashi Fujita
Anarchy and Analogy: the Violence of Language in Bergson and Sorel
- LEONARD LAWLOR
Asceticism and Sexuality: “Cheating Nature” in Bergson’s Two Sources of Morality and Religion
- Paulina Ochoa EspejO
Creative Freedom: Henri Bergson and Democratic Theory
- CARL POWER
Bergson’s Critique of Practical Reason
- ALEXANDRE
LEFEBVRE
Bergson and Human Rights
- Vladimir Jankélévitch
Bergson and Judaism
- KEITH ANSELL-PEARSON AND JIM URPETH
Bergson and Nietzsche on Religion: Critique, Immanence, and Affirmation
- Frédéric
Keck
Assurance and Confidence in The Two Sources of Morality and Religion: a Sociological Interpretation of the Distinction between Static Religion and Dynamic Religion
- G. William Barnard
Tuning Into Other Worlds: Henri Bergson and the Radio Reception Theory of Consciousness
- PAOLA MARRATI
James, Bergson, and an Open Universe
Saturday, October 01, 2011
薄明り
英訳と言っても、実質的には相当のバージョンアップである。『哲学と大学』所収の日本語版と読み比べるという実りのない作業をしてくれる物好きな読者がいたら、私の努力が判るはずである。
特に、今回、ドゥルーズの大学論の可能性をわずかながら展開している。これは、三月に西山雄二さんに招かれてパリで行なったセミナーで扱ったものだ。それをさらにもう少し発展させてみた。
というわけで、遅々とした歩みではあるが、私は私なりに粘り強く自分の思考を育んでいるつもりである。思考するとは孤独な作業だ。だが、ときどきほの見える光で心が温まる。
シンポ「ベルクソンと災厄」・ポスター日本語版
私たちのささやかな祈りが表されるようなポスターを、と平井さんの友人である伴野亜希子さんにお願いしてつくっていただきました。
このような主題設定に納得されない方もあると思います。時流に乗っただけではないのか、まだ生々しすぎる、きちんと扱う用意はあるのか…。
そのような思いも受け止めて、前に進んでいくほかない。今はそう思っています。
Friday, September 30, 2011
ベースボールと野球、フィロゾフィーと哲学?
米大リーグ:イチローの足跡 米紙コラムニストに聞く
◇揺るがない強い意志
米国ではベーブ・ルースの時代から本塁打が好まれてきた。本塁打は「今、すぐに答えがほしい」という米国人の気質を満足させる。筋肉増強剤の使用 が問題になっても、「本塁打を打つためなら構わない」と言う人さえいた。だからヒットを数多く打つことへの関心は低かった。この価値観は米国の個性だ。日本でも王貞治の本塁打を誰もが愛したが、一般的には「チームとしていかに点を奪うか」という技術や作戦が野球を考える上での基礎になっている。日本独自のスタイルであり、イチローもこうしたスタイルのたまものだ。米国と異なった文化の選手だと思う。
大リーグの歴史にも、ヒット量産に生きた選手たちはいる。8年連続200安打を放ったウィリー・キーラーや、4256安打の大リーグ通算安打記録を持つピート・ローズなどだ。
イチローはもっと本塁打が打てるはずだが、打率を下げるようなまねはしない。体格の不利など己をよく知り、批判されても正しいと思わないことはや らない強い意志がある。イチローは「試合で何をすべきか」と自らの考えを持つことが正しいということを思い起こさせてくれた。イチローが達成した素晴らし い記録や、その個性を思えば、米国野球殿堂入りが考慮される初めての日本選手となるだろう。私は実現すると確信している。
==============
◇ジョージ・ベッシー
1960年から大リーグ取材を続ける。五輪、サッカーのワールドカップなど国際大会のほか、チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世、トニー・ ブレア元英首相らのインタビューなどスポーツ以外も手掛ける。著書「野球 アメリカが愛したスポーツ」(クロノス選書)は日本でも翻訳された。ニューヨー ク出身。72歳。Thursday, September 29, 2011
11/12 シンポ「フランス女性はなぜ結婚しないで子どもを産むのか‐家族の変容と家族政策の日仏比較‐」
11月12日に恵比寿の日仏会館で開催されるシンポジウムのご案
なお、この催しと連動して、10月1日~12月28日の3ヵ月間
詳しくは、添付のチラシをご覧いただければ幸いです。
転送歓迎です。よろしくお願いいたします。
=====
「フランス女性はなぜ結婚しないで子どもを産むのか‐
主催:公益財団法人日仏会館 共催:日仏女性研究学会 後援:日本経済新聞社 協力:財団法人石橋財団
参加費 一般1,000円、学生500円、日仏会館、
日時:11月12日(土) 13h30-18h00 場所:日仏会館ホール
要事前予約・日仏会館ウェブサイト<http://www.
プログラム
・日仏におけるカップル形成・出生行動とその関連要因・・・
・社説「日本の『結婚』は今のままでいいのか」、その狙いと反響 ・・・小林省太(日本経済新聞社)
・日本法における婚姻規範の強さと現実の乖離~
・フランスの法と社会におけるカップルと親子~子は誰のものか?
・フランスの家族政策と女性~
・以上を受けてのコメント、今後の日本の家族の行方を展望・・・
・17h00-18h00 全体討論 上記講師+会場・・・司会:井上たか子(日仏会館)
日本では少子化の原因として、晩婚化・
婚外子の増加には、1999年に定められたPacs (連帯民事契約)の人気も影響しているようですが(2010年に
こうした状況を鑑みてか、経済界からも「
はたして家族観、
井上たか子
Monday, September 26, 2011
10/24,27,29 国際シンポジウム「ベルクソンと災厄――今、『道徳と宗教の二源泉』を読み直す」
ようやく今年のシンポの概要が決まりました。
プログラムを組んだ人間が言うのもなんですが、
今取り組むべき課題、興味深い主題、
そして真の意味で国際的なメンバー選択(大国に偏らない)など、
現在私たちの置かれた状況を考えれば、奇跡的にベストのプログラムが組めたと思います。
みなさま、ぜひ周りの方々への宣伝拡散をお願い致します。
また、会場へもぜひ足をお運びいただきますよう、よろしくお願い申し上げます。
hf
プレ・イヴェント:若手研究者セミナー 10月23日(日)15-17時、東京・法政大学、58年館国際日本学研究所セミナー室
フレデリック・ヴォルムス(フランス、リール第三大学):カタストロフに対する道徳的・宗教的・政治的な二つの答え――ベルクソンから今日へ
杉村靖彦(京都大学):〈生〉の証人――哲学的なものと宗教的なものの間で:〈災厄後〉という視点からの『二源泉』再読
ジスラン・ヴァテルロ(スイス、ジュネーヴ大学):ただ神秘学だけがなお我々を救いうるのか?――ベルクソンにおける技術力と神秘的生の関係に関する考察
フロランス・ケメックス(ベルギー、リエージュ大学):神秘学・科学・政治――人類にとっての三つの道?
カテリーナ・ザンフィ(イタリア、ボローニャ大学):『二源泉』における機械学と戦争
チプリアン・ジェレル(ルーマニア、アレクサンドル・イオン・クーザ大学):抵抗に抵抗する――仮借なきものと方策
アルノー・ブアニッシュ(フランス、リール第三大学):「人類を変革する」――ベルクソン、フッサール、そして刷新の問題
藤田尚志(九州産業大学):記憶しえぬものの記憶――ベルクソンとレヴィナス
Sunday, September 25, 2011
24,27,29 oct. Colloque international : Bergson et le désastre. Lire les Deux Sources de la morale et de la religion aujourd'hui au Japon
Pré-Conférences (le 23 octobre, à l'Université de Hoseï, Tokyo)
Ghislain Waterlot (Univ. Genève, Suisse) : « Seule la mystique pourrait encore nous sauver ? Réflexions sur le rapport entre puissance technologique et vie mystique chez Bergson »
Florence Caeymaex (Univ. Liège, Belgique) : « Mystique, science, politique : trois voies pour l’humanité ? »
Caterina Zanfi (Univ. Bologna, Italie) : « Mécanique et guerre dans Les Deux Sources »
Ciprian Jeler (Univ. Al. I. Cuza de Iaşi, Roumanie) : « Résister à la résistance : l’implacable et la ressource »
Arnaud Bouaniche (Univ. Lille III, France) : « Transformer l’humanité : Bergson, Husserl et le problème du renouveau »
Hisashi Fujita (Univ. Kyushu Sangyo, Japon) : « L’immémorial. Bergson et Lévinas »
Wednesday, September 21, 2011
決定力
いろいろと理由はあるのだが、まあそれは措いておいて、普通の国際シンポでも大変なのに、今回は正直言ってやりきれないくらい大変である。
それなのに、シンポ以外にもあらゆる方面から(本当にあらゆる方面から…)いろいろと問題が降りかかってくる。うーむ…。
英語論文、それでも、毎週英作文を添削してもらって、少しずつ進めている。
授業準備、中世哲学史、ない時間をこれでもかというほどやりくりして、いろいろ読んでいる。
一線級の先生方はみなさん、どうやって深く思索に沈潜するための時間を作り、執筆するための体力を残していらっしゃるのだろうか??
ここぞの決定力、見習いたい。
Tuesday, September 20, 2011
中世哲学史入門
1)中世哲学史を始めるにあたって、ごく大雑把にでもキリスト教のイメージを与えておく必要がある。
小田垣雅也『キリスト教の歴史』、講談社学術文庫、1995年5月。ベーシックな入門書。
橋爪大三郎X大澤真幸『ふしぎなキリスト教』、講談社現代新書、2011年5月。ポップな入門書。
2)そして、中世哲学全般のイメージを与える。
中公新社版『哲学の歴史』第3巻「中世:信仰と知の調和」(2008年1月) 総論は非常におとなしく、各論はもちろん詳しいのだが、今一つはっきりとした思想家像が浮かび上がらず…。うーむ。
リベラはとてもいいが詳しすぎ、とてもではないが、一学期で教えきれない。今道友信の『中世の哲学』も読んでいるが、八木雄二とともに、ここでは措く。
クラウス・リーゼンフーバー『西洋古代・中世哲学史』、平凡社ライブラリー、2000年8月。
後者はキリスト教哲学としての全体的な流れの描写に重きが置かれ、個々の哲学者の扱いはごく小さい。古代ギリシア哲学を扱った前期は、熊野純彦の『西洋哲学史――古代から中世へ』(岩波新書)を 教科書にしたので、後期は後者を教科書としたが、前後期まとめて一冊として前者を教科書にしてもよかったかもしれない。ただ、リーゼンフーバーは無味乾燥 なので、いきなり前期にこれを買わせても…という気もする。前期(特に出だし)はやはり相対的に濃い味付けが必要であり、その意味で、熊野さんのしゃれた エッセイ風のスタイルが有効であるという気がする。
3)次に、教父哲学からスコラ哲学へという大きな区分と流れをおさえる。
岩波講座『哲学』第16巻「哲学の歴史I」(1972年)所収の
4)まずは教父思想、時間がないので、アウグスティヌスのみ。これについては項を改める。
5)毎回、西洋中世の芸術を紹介しようと思っているのだが、まずは美術から。というのも、建築や音楽は中世後期で取り上げたほうがよいからである。私のような非専門家の目から見て、教父時代(ぎりぎり末期)の芸術で関心を引くのは、偶像崇拝論争におけるイメージの取り扱いくらいなのである。
越宏一『ヨーロッパ中世美術講義』、岩波セミナーブックス82、2001年11月。
ラテン中世(いわゆる「中世」)だけに限れば、いろいろある。
ウンベルト・エコ『中世美学史――『バラの名前』の歴史的・思想的背景』(谷口伊兵衛訳)、而立書房、2001年12月。
エミール・マール『ヨーロッパのキリスト教美術――12世紀から18世紀まで』(柳宗玄・荒木成子訳)上・下巻、岩波文庫、1995年11月。
エルヴィン・パノフスキー『〈象徴形式〉としての遠近法』(木田元ほか訳)、ちくま学芸文庫、2009年2月(元の哲学書房版は1993年)。
Monday, September 19, 2011
親心
昔の大学のイメージからすれば考えられないとおっしゃる方も少なくないであろうが、数年以内にこの制度は、国公立大学においても一般化するであろう、というか、現在しつつある、と思う。
夜に後援会(簡単に言えばPTA)主催の懇親会があり、なんというかとても九州的な人間的温かみのある時間を過ごさせていただいた。最後に万歳三唱があった。「大学のますますのご発展と私たちの子どもの幸せを願って…」という言葉には不覚にも感動した。当たり前のことだが、休日にわざわざ懇談会上の運営やら、気難し屋の多い大学教員相手の飲み会など誰も好き好んでしたいはずはない。すべては子どものため、なのだ。
こういう純朴な親心や素直な子どもたちというのは地方の小さな大学にはとりわけよく見える類のものだ。こうなると、なかなかポストモダンの非人間主義には辿り着かない…。このギャップこそがとても現代的な光景なのであって、現代哲学はこのギャップから出発すべきなのではないか。
これは子どもの幼稚化、親が子離れしていない、といった問題ではない。ドゥルーズの管理社会論はこの点できわめて基本的な視座を与えてくれる(この点は、このあいだの国際シンポで、ベンヤミンの大学論の導入として取り上げた)。生政治学の非自然主義的側面、私の言葉で言えば、制度論的な関心が必要になってくる場面である。
…などと思ったりもする一地方大学教員の週末でした。
Tuesday, September 13, 2011
開かれ
シンポや学会はお祭り騒ぎだ、中身がない、という批判もあるだろう。けれど、そこから何かが生まれることもある。
斜に構えてみせることは、なんら知性の証ではない。すねること、ひねくれること自体には大した意味はない。
そういった防御反応や「身構え」など捨て、素直にいろいろな出会い――好意にも敵意にも――開かれてあること。
Friday, September 09, 2011
近況
英語の一つは、ベルクソンとソレルにおける言語論。日本語版にかなり手を加えた。最後の修正部分はフランス語で書いたので、現在翻訳してもらっている。
もう一つは、デリダの大学論批判。これは現在、自分で英語にしつつある。これも英語化する過程で、手を加えている。毎週、イギリス人の同僚と会って、数時間添削してもらっている。今月末までに終わらせないと。ただ、改めて資料などを読み込んでいると、時間が過ぎていく…。
辞書項目は本当に字数が小さいのだが、せいいっぱいいいものにしようと頑張ってみた。現在校正待ち。
しかし、8月に本当に手を焼いたのは二つの非学問的業務。一つは、国際シンポのオーガナイズ。かつてないXXXで、ほとほと疲れてしまった。もう一つは、大学で最も神経をすり減らす業務の一つ…。夏休みなどないに等しかったし、集中して勉強できたのも本当にわずかな時間だった。
授業準備もほとんど進まないままに、来週から後期の授業が始まる。
Wednesday, September 07, 2011
シモンドン(技術の哲学)関連情報
L'Atelier Simondon est heureux de vous annoncer le redémarrage de ses activités.
Le cycle de séminaires de cette année, toujours organisé en partenariat avec la MSH Paris-Nord, sera intitulé "Culture et Invention". Il s'agira ainsi de prolonger Simondon sur le terrain socio-politique, mais sans délaisser non plus les dimensions épistémologique et esthétique de la notion d'invention, ici mise en jeu comme centre d'une nouvelle culture et préférentiellement à la notion d'"innovation" - mot d'ordre dont il faudra montrer le contenu technocratique illusionnant. Dans cette perspective on proposera plusieurs confrontations de la pensée simondonienne à celles d'autres philosophes.
En voici une présentation et le programme des dix séances.
PRESENTATION
"Le devenir-technique de la culture est-il ce qui peut nous faire passer de la "culture du travail" à une "culture de l'invention" ? Et si oui, selon quelles modalités? Telles sont les deux questions, de type socio-politique, que ce nouveau séminaire entend prioritairement traiter, en prolongeant pour cela les pistes tracées par Simondon dans "Du mode d'existence des objets techniques" (1958) mais aussi dans le Cours de 1965-66 intitulé "Imagination et invention". L'ère de l'information qu'anticipait Simondon est aujourd'hui devenue l'ère des réseaux numériques : la technique peut y entretenir une nouvelle relation à l'homme favorisant ce que Simondon appelait la "transindividualité". Mais cela ne pourra se faire qu'en renonçant à une certaine "culture du travail", qui rendait impossible la compréhension de la nature profonde de la réalité technique : la transindividualité, dont l'invention technique fournit le "support", s'oppose en effet à l'"inter-individualité" mise en œuvre par les
relations du travail dominées par l'organisation productiviste. C'est déjà ce qu'annonçait la très longue "Note complémentaire" à "L'individuation à la lumière des notions de forme et d'information"(ILFI, 2005)".
PROGRAMME
27 septembre : Vincent Bontems
"L'éthique des techniques chez Simondon et Gonseth"
11 octobre : Jean-Hugues Barthélémy
"Les anti-substantialismes de Bachelard, Merleau-Ponty et Simondon"
8 novembre : Christian de Ronde
"Potentiality in Quantum Mechanics : a Simondonian Interpretation"
6 décembre : Bernard Stiegler
"L'invention et la bêtise. Simondon ou l'oubli de Derrida lisant Deleuze"
17 janvier : Gilles Hiéronimus
"L'imagination du mouvement chez Bachelard et Simondon"
7 février : Sarah Margairaz et Julien Rabachou
"La puissance et le préindividuel : Simondon et Aristote"
6 mars : André Tosel
"Simondon et Marx : technique et politique"
(journée d'étude avec la participation probable d'Andrea Bardin, Jean-Hugues Barthélémy, Vincent Bontems, Giovanni Carrozzini, et Andrea Cavazzini)
3 avril : Sacha Loeve
"Figures de la technique dans l'oeuvre de Simondon"
15 mai : Baptiste Morizot et Brice Poreau
"L'individuation biologique. Simondon, Lamarck et Darwin"
5 juin: Arne de Boever
"Simondon et Baudrillard"
Les séances auront lieu de 18h à 20h30, pour la plupart, en Salle des Actes, au 45, rue d'Ulm.
Au plaisir de vous y (re)voir.
Thursday, September 01, 2011
小さな哲学者たち
こんにちは、立教大学の河野です。
映画「小さな哲学者たち」をご存じでしょうか?フランス
の幼稚園で行われた哲学教育を2年間にわたって追ったドキュ
メントです。
テレビでも紹介され、予想以上のヒットとなりました。現在、
吉祥寺バウスシアターで上映しておりますが、9月4日の上映後
にこの映画を巡ってトークイベントをします。興味のある方は、
ぜひ、いらしてください。お知り合いにも教えてくだされば
幸甚です。
******************************
吉祥寺バウスシアター
http://www.baustheater.com/
『ちいさな哲学者たち』
http://www.baustheater.com/
配給:ファントム・フィルム
オフィシャルホームページ
(C)Ciel de Paris productions 2010
上映期間 上映中 【終了日:9/9(金)】
上映時間 11:00/13:00/15:00
料金 一般1,800円/学生1,500円/シニア・会員1,000円
上映劇場 シアター(2) 50席
作品データ 2010年/フランス/103分/ブルーレイ
監督:ジャン=ピエール・ポッジ、ピエール・バルシェ
整理番号 整理番号の受付を行います
○11:00 の回は先着順でのご案内です
●13:00 の回は受付開始時間 11:10 より
●15:00 の回は受付開始時間 13:10 より
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※お一人様3枚まで/
※番号をお求めになりましたら、必ず開場時間にお戻りください。
※開場時間より整理番号順にご入場/劇場内は自由席となります。
お知らせ NEW!【トークイベント情報】
~子供たちのための哲学対話って!?~
◆日時:9月4日(日)15:00の回上映終了後
◆ゲスト:土屋陽介さん/河野哲也さん
◆会場:シアター2(50席)
◆受付は当日13:10より劇場窓口にて行います。
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映画『ちいさな哲学者たち』の公開を記念して9月4日(日)
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登壇者紹介
●土屋陽介先生
茨城大学非常勤講師、日本大学文理学部人文科学研究所研究員、
都内の小・中・高校で哲学授業を企画したり、
●河野哲也先生
立教大学 文学部教育学科教授。哲学博士。
専門は心の哲学、現象学、倫理学、応用倫理学(ビジネス倫理、
今年秋より、豊島区内の小学校にて「子供のための哲学対話」
解説 “こどものための哲学” という研究がコロンビア大学教授マシュー・
その考えのもとに、
幼児クラスを受け持つパスカリーヌ先生は、月に数回、
「愛ってなに?」、「自由ってどういうこと?」、「
そのすべてを通して、「人生を豊かに生きる力」、「
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河野 哲也 (コウノ テツヤ)
立教大学文学部教育学科
教授
ホームページが新しくなりました。
http://tetsuyakono.typepad.jp/
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Wednesday, August 31, 2011
頂き物
原大地『牧神の午後――マラルメを読もう』、慶應義塾大学教養研究センター選書、2011年5月。
金森修・近藤和敬(かずのり)・森元斎(もとなお)責任編集『VOL 05 特集:エピステモロジー――知の未来のために』、2011年6月。
宇野重規・伊達聖伸・髙山裕二編『社会統合と宗教的なもの――19世紀フランスの経験』、白水社、2011年7月。
『ヴァレリー集成III 〈詩学〉の探究』、田上竜也・森本淳生編訳、筑摩書房、2011年8月。
どれも、率直に言ってすごいお仕事ばかりです。最初のにしても「入門書」とあなどるなかれ。真の学識というのはこういう形でも現れるのですね。二冊目・三冊目は、それぞれ渋い企画を実現させています。私は流行物などよりとても好きです。最後の一冊も力業。訳注一つに研鑚が現れています。
Tuesday, August 30, 2011
Monday, August 29, 2011
キリスト教美術入門
秦剛平(はた・ごうへい)
『美術で読み解く 聖母マリアとキリスト教伝説』、ちくま学芸文庫、2009年12月。2011年6月15日読了。
『美術で読み解く 旧約聖書の真実』、ちくま学芸文庫、2009年11月。2011年8月9日読了。
『美術で読み解く 新約聖書の真実』、ちくま学芸文庫、2009年10月。2001年8月29日読了。
個人的に一番おもしろかった(お勉強になった)のは『聖母マリア~』。次が『旧約』。それでも彼の強烈な(学者にありがちな)「個性」にはいささか辟易する。彼の言う「真実」――「キリスト教の隠された秘密」「名画の裏に隠されたキリスト教の衝撃の秘密」――は、裏表紙を読んで予想できる類のもの。収穫はもっと末端の具体的な事柄。
残念なのは、これだけ絵を見せていながら、まったく「絵を観ている」気になれないこと。単なる聖書物語の図解になってしまっており、「美術で読み解く」ことになっていない。神が描かれるべき場所に、三重冠を被った教皇が描かれるという醜悪な伝統が中世に出来上がってきた、などなど、一つ一つの絵をじっくり観なくても分かるようなことばかり。
したがって、この三冊の一番正しい読み方は、『新約聖書』『旧約聖書』および聖書外典のストーリーを、有名な絵とともに追いかけられるという入門書的な読み方だと思う。この場面の絵ならこれ、といった「おさらい」にはきわめて有益。
それから、いろいろな重要著作の翻訳家でもあられるらしく、ユダヤ史家ヨセフスや教会史家エウセビオスなどの名前に親近感を持てるようになったのもよかった。
キリスト教絵画をさらっと復習したいという人はご一読ください。
Sunday, August 28, 2011
ザンバルビエーリ氏講演会「イタリアにおけるライシテ」
増田 一夫
・ 使用言語:フランス語(日本語逐次通 訳あり)
・ 入場無料・事前登録不要
主催:科学研究費・基盤研究B「共生の宗教へ むけて――



