しかし、サルトルにせよ、メルロ=ポンティにせよ、フッサールの遺産から、言ってみれば名前を借りているだけで、その実質を与え返すrestituerことに成功しているわけではない。
(ちなみに、ジャン=フランソワ・マルケに『与え返し。ドイツ哲学史研究』という優れた論文集がある(Jean-François Marquet, Restitutions. Etudes d'histoire de la philosophie allemande, Vrin, 2001.)が、このタイトルは、まさにrestituerという語の繊細なニュアンスに注意を払った用法である。マルケは言っている。
周知のように、キュヴィエにとって、ある生きた有機体の全体は、「その各部分の各断片によって見分けられる」。そうであってみれば、ある一つの要素から、今日では失われてしまった一品種のサンプルを復元する=与え返すrestituerすることも可能であろう。本書に収めた諸研究もまた、同様の意図をもっている。毎回ある一つの問いから出発して、ある哲学的営為(ここでは、カントからハイデガーまでのドイツ哲学に限られるが)の「秘密の建築構造」の総体を復元する=与え返すこと、である。私の仕事は、こう言ってよければ、哲学的古生物学paléontologie philosophiqueのようなものだ。
マルケには他にも玄人好みの渋い作品がある。こういう思想家が日本に紹介されないのは残念だ。)
メルロは『知覚の現象学』序文で次のように述べているが、これはほとんど、「フッサールは一度も観念論的形而上学から自由になったことはない」と認めるようなものである。
長い間、それも最も最近のテクストにおいてもなお、還元は超越論的意識への帰還として提示されている。世界は、この超越論的意識の前では、完全に透明なものとして展開され、一連の統覚によってすみずみまで生気づけられている。そして哲学者は、これらの統覚の成果から遡って統覚を再構成する、という仕事を課せられることになろう。
実際、メルロ=ポンティの予感していたとおり、実存的なものを救い出すという口実のもとに志向性に依拠したとしても、依然として思惟作用(cogitatio)が中心的な役割を果たす哲学の地平やその諸前提から抜け出すには至らない。この障害となっている岩盤を吹き飛ばすのに必要であったのは、ハイデガーとのより真剣で、より根本的な対決であって、後期フッサールの再評価を促すためにハイデガーをルアー(囮)として用いることではない。結局、若き日のサルトルや前期メルロ=ポンティにとって、フッサールは、現象学的方法がもたらした絶対的で創設的な新しさのcaution(保証人・担保・お墨付き)としての役割を演じていたのである。だが、「たしかにこういう悪い面はあるが」といった純粋に修辞的な譲歩や、後期フッサールの「悪い変化」について語ることでフッサールへの本質的な批判を最小限にとどめ、フッサールへの言及を全般的に神聖化することにしか役立たない奇妙なゲームはやめるべきである。
無論そうはいっても、フッサール受容のこの第一段階において、サルトルとメルロ=ポンティが果たしたすぐれてポジティヴな役割を否定するのは適切ではないであろう。フッサールの思想に忠実であれ不実であれ、サルトルの『想像力』やメルロの『知覚の現象学』といった知的で挑発的な仕事が生み出され、これらの作品がフランスにおける現象学研究を活性化し、ひいてはフランス哲学自体を豊かなものにしたことは否定しがたい事実である。また、実存主義的現象学による伝統的な表象の哲学や新カント主義との断絶は、少なくともこの点では、フッサール自身が引き起こした地殻変動(ハイデガーもまた継承すると同時にずらした)を正確に反映している。
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