Tuesday, October 22, 2002

ボチュル、『カントの性生活』(6)

 京都朝日シネマ、みなみ会館、懐かしいですね。オールナイト徹夜もう体力的に無理かも(笑)。

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 理由のないことではない。このテクストを手にした幾人かの大学人たちは驚きと不満を隠さなかったし、ソルボンヌ大学教授にして(今なお)高名なカント研究者たるヴィクトル・デルボー(1862-1916。この没年に注意!)は、「人類が持ちえた最も偉大な天才の名声を汚す」者としてかつての弟子を非難
する絶縁状をボチュルに送り、彼とのすべての関係を断ったのであった。

 実際、当時のフランス新カント派は、ソルボンヌで絶大な権勢を誇っていた(時期が特定されていないことに注意!たとえば二十年代後半、すでに学生の間では、サルトル、ニザンなどが講壇哲学の破産を宣告していた)。未だかつてマルクス主義も、実存主義も、ハイデガーも、精神分析も、このソルボンヌの哲学部に市民権を得たことはない(これは事実である。ただしフッサールの現象学は、現在、かつての新カント派と同じ隆盛を誇っていることを付け加えておこう)。カントだけが、共和主義的・非宗教的合理主義のありとあらゆる流派をまとめあげる収束点の役割を果たしえた(権勢を誇るのにもそれなりの理由があると言うことである。「厳密な学」ぶりたいマリオンのパリIV系(つまり神学系)現象学やバルバラスのパリI系(つまり世俗系)現象学然り)。



 だが、そうであるからこそ、「フランス新カント派」とでも呼ぶべき人々による伝記的事実のまったき無視は、再考される必要があった。「僕は思想の巨人に触れてしまいました。すべてをひっくり返す彼の思想の重みに押しつぶされそうです」と恋人に愚痴をこぼしながらも、ボチュルは、自分の研究の重要
性を確信していた。「僕にとって、カントの性生活は、西洋形而上学の最も重大な問題の一つなのです」。さらに数年後にはこう断言するまでに病気が進行している。「カントのセクシュアリティは、カント哲学の理解に至る王道なのです」(笑)。

 このボチュリスム的アプローチによって、『純粋理性批判』を「自伝的ドラマ」として読むことが可能になるにもかかわらず、カント哲学のありきたりのヴィジョンをことごとく覆そうとするこの新たな読解、まったくもって「徴候的な読解」は、残念ながらアカデミズムでは軽蔑的に黙殺されてしまった、と
パジェスは慨嘆し続ける。私はそこまでボチュリスムに肩入れするつもりはないが、それでもソルボナールたちに問題の真の争点=賭け金が見えていなかったことは確かである。

 以上に見られるとおり、論争の場はカントの性生活。論争に真に賭けられたものは哲学研究と自伝的事実の関係である。

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