Thursday, March 06, 2008

シンポジウム「哲学と大学」

ynさんによるシンポジウム「哲学と大学」の報告文がUTCPサイト上に掲載されたので、興味にある方は是非どうぞ。私のコメントも記憶に残っているうちにこのブログにまとめておきたいと思ってはいるのですが、なにしろ体に無理がきかない状態なので。。

大学論:3月17日に『高学歴ワーキングプア―人文系大学院の未来』の著者水月昭道さんを招いて「哲学と大学」ワークショップが行われますので、お誘い合わせのうえぜひお越しください。日仏の比較に興味のある方は、

マリー・ドュリュ=ベラ、『フランスの学歴インフレと格差社会』、明石書店、2007年12月。

を併読されることをお勧めします。例えばこんな感じ。

《ここ四、五十年来のフランスにおける学業期間の長期化には目覚ましいものがある。中等教育修了後に取得する学位であるバカロレアの保有者の割合は二倍に増えた。この割合は現在、およそ63%であるが、政府はこれを80%にまで引き上げようと目論んでいる。

フランスでは、「さらに多くの」教育を施すことは当然良いことであるとして、とくに高等教育における学業期間の長期化を推進し続ける方針に対して、絶大なるコンセンサスがあるが、本書の意義とは、こうした政治的意向に疑問を呈するところにある。

これまで五十年間で教育レベルは飛躍的に上昇したが、それと同等の社会移動は確認されていない(特に中流階級の子供たちの雇用機会増大は確認されていない)。この事実は何よりもまず、フランスの教育を万能と見なしがちな傾向に反して、雇用を創出するためには学位を生産するだけでは不十分であることを物語っている。つまり、世代の推移に伴う社会移動とは、何よりもまず経済的背景が生み出す雇用環境に左右される、ということだ。

不平等を削減するための唯一の効果的な手段とは、その根源から悪を取り除くことであり、教育の初期の段階から顕在化する、成功から生じる社会的不平等に取り組むことであろう。》(3‐6頁)

教育だけで完結してしまうことの危険、文部省と東大法学部教授の「結託」を非難するだけであれば、政治の世界にありがちな陰謀論に終わってしまう。その陰謀論がどれほど説得力をもったものであろうと、それは所詮陰謀論の域を出ない。その先へ一歩を踏み出すことが明澄な眼差しをもつことにつながる。哲学・教育・政治の三位一体の重要性がそこにある。

Tuesday, February 26, 2008

噺を自分の言葉で語る(アマとプロ)

土曜日、シンポジウム《哲学と大学――人文科学の未来》に参加してきた。その様子はいずれUTCPのサイトで報告されるだろうから、せめて自分の発言くらいまとめておこうと思ったのだが、お馴染の方にはご推察の通り、翌日以降、アトピー症状が急激に悪化し、またもダウンしてしまった。

今日は遠くの病院に行ってきた。これまでは久しぶりの再発ということでステロイドを使っての短期決戦でケリをつけるという戦略だったのだが、それが失敗に終わったので、脱ステロイドという長期的で苦しい療法を選択せざるをえない。ステロイドは長期連用すると依存体質になったり他のところに副作用が出てくる惧れがあるからだ。薬で一時的に抑えるということができなくなると、これから今まで以上に苦しくなる。。

というわけで、自分のコメントの代わりに、ひと月ほど前に書いた雑文。他の仕事も少しずつやってますよ。。

***

九代目林家正蔵(元・こぶ平)の「生きてるうちにしたいこと」という記事を読んだ。「噺を自分の言葉で語る」ことなんだそうである。TBがついていて、「まずは実力をつけたら」「名前ばかり先行している」「名前負けしている」などと好き放題に書かれている。

正直に言えば、私も、八代目正蔵(彦六)が芝居話や怪談話を得意とする端正な話芸の持ち主であっただけに、「九代目はもうちょっと勉強が必要かな」と思う。けれども、話すこと、書くことを職業とし、その意味ではほぼ同じ土俵に上がる者としては、そう簡単に「まずは実力をつけたら」などとは言えない。それは、素人が素人として言う限りで許される言葉である。あるいは、プロとして自分の実力が彼より完全に上であると自覚し、周囲からも認められた限りでようやく許される言葉である。

「誰某は駄目だ」「もっと勉強したほうがいい」――巨大掲示板やsnsに哲学・思想研究に関する「コメント」や「批評」を書きつける。あるいは書きつけないにしても、談義に花を咲かせる大学院生を見ると、暗澹とせざるをえない。彼らは完全に勘違いをしている。彼らは素人ではない。それとも、「観客」や「批評家」でありたいのだろうか。

日本のいわゆる「一流大学」で哲学・思想研究に従事している大学院生と、フランスのいわゆる「グランゼコール」出身の哲学系大学院生を比べた場合、まず真っ先に思うのが前者のアマチュアリズム、後者のプロフェッショナリズムである――「大学」一般や「若手研究者」一般について語ることは本当に難しいとますます実感しているので、問題をここまで限定してみる。

フランスのいわゆる「グランゼコール」の学生たちには国家公務員として給料が支給され、文化機関においては各種の割引が用意されている。それは、彼らが国民のために奉仕する官僚(教員)候補生と見なされているからである。私にとっては、これが「エリート」という言葉の厳密な意味である。日本では旧帝大系や伝統ある私立大学が「一流大学」とされ、「エリート」と呼ばれたりもするが、彼らは少なからぬ入学金・授業料を支払って大学に通っているのである(下表)。この差は当然、学生の意識に決定的な影響を及ぼす。

国立:入学金(約28万円)、学部授業料(約54万円/年)、大学院授業料(約54万円/年)
私立:入学金(約28万円)、文系学部(約100万円前後/年)、文系大学院(約50‐100万円超/年)
(私立では、さらに施設費・実習費・諸会費の三つで約35万円/年がかかる)

《結局、アメリカ、ヨーロッパ諸国は公的資金の拡大を通じて大学拡張を実行したが、日本の場合には、私立大学が拡大し、そのための民間資金の導入が大幅に行われたことになる。その影響はその後も続き、高等教育に投入される公的資金は、GDP(国内総生産)に対する比率で見ると、日本は先進諸国の中では最も低い。》(潮木守一、『世界の大学危機』、185頁)

さらに、フランスの大学院では、研究者養成制度(3e cycle)と教育者養成制度(アグレガシオン試験制度)は、制度的に完全に分離されている。これが日本の大学院との最大の違いである、と私には思われる。フランス人が通常辿るコースは、二十代前半~後半でアグレガシオン免状を取り、教員として生活費を稼ぐことを保証されつつ、研究者養成コースに通う(博士論文を執筆する)、というものである。だが、日本ではこれが出来ない。研究と教育が制度的に完全に分離されていないからである――「制度的な分離」ということを強調するのは、実際にはもちろん学生は両方の制度を利用するからである。

フランスではアグレガシオン免状をとる学力が不足している場合、博士課程に進まず、研究を断念することもままある。これだと早めの進路変更も可能である。日本では二十代後半~三十代半ばで博士号まで取っても就職の見込みがない場合もままある。博士号を取るまでの数年間を自分の研究とまったく関係のないアルバイトをして大半の時間を潰すこともしばしばである。その途方もない忍耐の最終段階まで来て就職がない人々が沢山いるとしたら、それはそもそも大学院増設のプランニングがまずかったのだと言われても仕方がないだろう。

《18歳人口が減少する第一歩を刻んだ平成三年(1991年)から16年が経った今、短大や大学への進学者は予想された通りに激減した。だが、大学院だけは逆となった。少子化などどこ吹く風とばかりに、院生は大量に増殖した。

大学院生の数は戦後最大となり、昨年には26万人を突破した。わずか20年前には、7万人であったことを考えると、これは驚異的な成長率である。「大学院重点化計画」における院生増産が、文部科学省の主導によって”計画的に”達成された結果である。

自然の理に逆らうようなこんなパラドックスが続けば、どこかに歪みが生じることは火を見るより明らかだ。

現在、大学院博士課程を修了した人たちの就職率は、おおむね50%程度と考えていい。学歴構造の頂点まで到達したといってもよいであろうこれらの人たち。だが、その二人に一人は定職に就けず、”フリーター”などの非正規雇用者としての労働に従事している。

こうしたフリーター博士や博士候補が、毎年5千名ほど追加され続けているのが、日本の高等教育における”今”なのである。その生産現場は、もちろん「大学院」だ。》(水月昭道、『高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院』、光文社新書、2007年、4‐6頁)

私はこういった事態の進展をあたかも「天災」のように語ったり、すべての責任を文科省に押し付ける(同じことだが、何らかの形で回避策を模索しなかった)大学教員に怒りを覚える。その人々が「大学院重点化」が政策として決定された時点で教授であったのであればなおさらである。いつも言うことだが、暴力の振るわれている現場でNO!の声をあげない者はYES!と言っているのと同じである。申し訳ないが、声に出せない良心など良心ではない。

*

そのうえ、日本の大学の採用基準は、今もなお多くの場合、研究能力(論文の数)であって教育能力ではない(教員選考に際して模擬授業を課す大学が大半とは言えないし、そもそも大学院に大学教員養成用の授業はほぼ皆無である)。大学が「教育者」兼「研究者」としてある者を採用する場合の基準が、その者が「研究者」として行なった活動の質・量のみであるというねじれ――これは大学で行われている教育に何の影響ももたらさないと言い切れるであろうか?

アグレガシオンは様々な問題を抱えつつも(アグレガシオンの審査に携わる教授に学べるパリの学生が有利であると言われるし、「アグレガシオンは真に教育に必要な能力を測っていない」「試験が得意なだけ、器用なだけの学生に有利だ」との批判も根強くある)、国家統一試験であり、最低限形式的に「透明」であり、これを通過した者は最低限の教授能力を持っていると見なされる(長時間の口頭試験、模擬授業がある)。問題を抱えた者が通過してしまうこともあるが、制度の例外をつつき出せばきりがない(たしかにアグレグに落ちた私の友人たちの中には明らかに哲学的能力を備えた者もいる。しかし、マクロの視点を取った場合、アグレグの能力評価は概ね当たっている)。

自分は本当に大学に残れるのか、本当に研究者としてやっていけるのか、本当に大学教員になれるのか不安を抱え、ひとまず授業料を稼ぐためにアルバイトに精を出すか――塾講師や予備校講師で自分の専門を教えられる人がどれほどいるだろう?――、学生支援機構ないしは両親に「甘えて」研究を続けているというどこか後ろめたい気持ち、引け目を抱いたまま二十代・三十代を過ごす日本の人文系大学院生。

アグレガシオン免状を取って自分の教師としての力量を示し、自分の研究分野を教えて給料をもらいつつ、若いうちから誇りを持って研究者としての道を歩み続けるフランスの人文系大学院生――こちらのほうがよほど筋が通っていると思うのだが、どうだろうか。

(誤解のないように言っておくが、フランスの制度にまったく問題がないと言っているわけではない。「そもそも哲学のアグレグの数が激減している」「その結果、アグレガシオンを取った若い教員が正規職に就けず、代用教員の立場に置かれ続けるといった事態が急激に増加している」といった問題は深刻である。だが、研究と教育を制度的に分離するメリットが少なくとも一つある、と言っているのである。)

自分の研究・教育活動を経済基盤として安定的に生活できない者に研究者の自覚(それ以前に一社会人としての自覚)が容易に宿るはずもない。若手サラリーマンが自分の本来の仕事・働きに応じてではなく、上司の裁量(我々で言えば、学生支援機構=旧育英会の援助)によって給金を与えられたり、あるいは副業・アルバイトで、あるいは(残念なことに最も頻繁なケースだが)親の仕送りで、どうにか生活を支えているとしたら、彼らは誇りを持って仕事に臨めるであろうか?

なるほどたしかに日本学術振興会(学振)はおおよそ仕事・働きに応じて奨学金を与えている。ただし、サラリーマンのように基本的に社内にいてプロジェクトチームに入ることで業績アップを狙うというのが相対的競争主義であるのに対して、学振は絶対的競争主義であるという大きな違いがある。ここにはセーフティネットはない。若手研究者は正規雇用サラリーマンよりもフリーターに近い境遇に置かれている。高学歴ワーキングプアの問題は深刻化している。

日本の「一流大学」と呼ばれている大学でさえも厳密な意味で「エリート大学」と言えないのは、このような(純粋に経済的な)理由によるのである。このようなメカニズムを知らずに、このようなメカニズムの来歴や功罪を分析することなしに、大学院生の事をただ「モラトリアム」だ「怠け者」だ「学力低下」だと嘆く(あるいは自分を嘆く)のは実に容易いことだ。

どこから手を着けるべきだろうか、答えははっきりしている。NON RIDERE, NON LUGERE, NEQUE DETESTARI, SED INTELLIGERE.

皆が皆、「哲学と大学」論をやれ、とは言わない。しかし、いやしくも哲学・思想研究を志す者が、自分がどのような場に身を置いてものを考えているかを批判的に自覚することなしに、研究活動を続けていけるものだろうか?いつの日か噺を自分の言葉で語れるようのなるために、プロとしての自覚と誇りを持てるようになるために、今何をなすべきか、決して忘れてならないことは何か。

これは大学教員になったから「一抜けた」となるような問題ではない。たとえ今までそのようにしてこの問題が現に放置されてきたとしても。


■噺を自分の言葉で語る

 今年で45歳になる。平均寿命から考えればもうすでに人生の折り返し地点を通過した。私は15のときに、落語家になった。祖父も父も噺家(はなしか)という家に生まれ育った。(…)

 落語を知れば知るほど、ある程度の基本的な型をマスターすれば、その後は己(おのれ)の魅力のみがその噺家の価値になる。つまり何を話すかではなく誰が語るかなのである。正蔵を襲名する5年前から父が手がけていなかった古典落語を中心に、初心に帰り稽古(けいこ)に通った。

 ここ何年間でいろいろなことが解(わか)ってきた気がする。身についたもの、これからまだまだ覚え習得し、磨きをかけてゆかねばならぬこと。だから常に今週は何を、今月までにはどんな噺を仕上げること、など短い期間の課題と5年後の目標、10年後の理想、20年後の自分の姿を思い描いている。

 現実としてゴールラインが遠くに見え、それを多少なりとも意識してしまう年齢になった。すると不思議なことに肩の力は抜きながら、こうなりたいという噺家像に向かって全力で走れる。

 座布団一枚の制約の中においてどれだけ己の世界を生み出してゆけるのか、その唯一の可能性にかけて、日々生きていきたい。生きているうちにしたいことは、どれだけいい噺を自分の言葉で語れるか、ただそれのみである。

Thursday, February 21, 2008

ヘーゲルの三つの顔

・デュルケム、「ドイツの大学における哲学教育の現状」(1887年)、『デュルケム ドイツ論集』小関藤一郎+山下雅之訳、行路社、1993年、163-215頁。

*



《ヘーゲルは三つの顔をもっている。第一は、カント、フィヒテ、シェリングなどの哲学を批判的に自己同化して、絶対的観念論として独自の哲学体系を展開した哲学者としてのヘーゲルの顔である。

第二は、イギリスの産業革命、フランスの政治革命に示される世界史の転換期に生きて、祖国ドイツの近代化を目指して故国ヴュルテンベルクの政情を憂えたり、ドイツ憲法論を論じたり、イギリス選挙法改正運動を見守る政論家としてのヘーゲルの顔である。

そして第三は、哲学教師として、ギムナジウム校長として、視学官として、さらにベルリン大学総長として活躍した教育家としてのヘーゲルの顔である。[…]

ヘーゲルにとって、哲学者であることと、政論家であることと、教育家であることは、決して別々のことではない。これらは三位一体であり、このいずれの顔をも無視しないところに、初めて正しいヘーゲル像が結ばれると言わなくてはならない。》(『ヘーゲル教育論集』上妻精(こうづま・ただし)訳、国文社アウロラ叢書、1988年、304、306頁)

Wednesday, February 20, 2008

大学だけいじっても

・大場淳、「フランスの大学における〈学力低下〉問題とその対応」、『広島大学大学院教育学研究科紀要』第52号、2003年、371‐380頁。
・大場淳、「フランスのエリート校の新しい入学者選抜制度」
・ 園山大祐(2004)「フランス高等教育におけるアファーマティブ・アクションの導入─パリ政治学院の「多様性の中にみる優秀性」に関する一考察」日仏教育学会年報第10号、100-111頁。


・津崎良典、「フランス全国大学評価委員会による教育評価の基準策定に関するノート」(大阪大学『大学教育実践センター紀要』第3号、2006年) 津崎さん論文どうもありがとう!

西山雄二さんがUTCPのブログで、昨今の大学論のうち、雑誌で特集として組まれたものについてまとめてくださっている(「日本の大学の現在―競争による競争のための競争の減失?」、2008年2月15日)。中でも《生存のための闘争》の描写には目をひかれた。

《逆に、法人化以後、国立大学の運営費交付金は毎年1%ずつ削減されており、交付金だけで人件費を充当することができない大学がほとんどである。大学は自助努力で「競争的研究資金」を獲得して、運営の資金をも確保しなければならない。それは、いわば「基本給」が削減され、足りない部分は「歩合制」となり、同じ仲間との競争のなかで「能力のある者」が高い報酬を獲得できるというドラスティックな仕組みである。「競争」といっても、一定の生存が保障された上での競争ではなく、まさにお互いの生存を賭けた競争である。》

大学の問題を考えるとき、社会の問題、政治の問題を同時に考え続けること。下の記事と同じ文脈ではないが、「大学だけいじっても」「学校だけいじっても」「教育問題だけいじっても」という視点は常に必要だと思う。


【9月入学】大学だけいじっても
2007年07月27日08時26分

 大学九月入学が政府の思うように進んでいない実態が文部科学省の調査で明らかになった。

 二〇〇五年度、四月入学以外の制度を導入していた大学百五十三校のうち、四月以外の入学者がいた大学は約四割にとどまり、前年に比べて入学者のいた大学数、全体の入学者数ともに減少していた。

 安倍首相も九月入学を教育再生の柱の一つに掲げ、「骨太の方針2007」に盛り込むなど四月入学からの転換に意欲を見せる。だが、就職の不利が浮き上がるなど、条件整備もないまま旗を振ったところで制度が浸透しないのは当然だろう。

 九月入学は古くて新しいテーマである。一九八七年、中曽根内閣時の臨時教育審議会が答申に「検討課題」として盛り込んで以来、たびたび議論されてきた。

 二〇〇〇年の森内閣では首相の私的諮問機関「教育改革国民会議」が最終報告で「積極的に推進する」とさらに踏み込んだ。安倍首相が義務化を提案する三月の高校卒業から九月の大学入学までの間の社会奉仕活動はこの時、既に示されていた。

 転換の理由は過去の議論も安倍首相の持論も共通している。

 欧米の主流である九月入学に合わせ、互いが留学しやすい環境を整えることで大学の国際競争力を高める。少子化の時代、留学生を迎えやすくして経営の安定につなげる。社会奉仕活動をすることで「公」の意識を育てる。以上に集約されよう。

 だが、理念だけで乗り切れるほど軽い問題ではない。企業の通年採用が増えているとはいえ、新卒採用は三月卒業者に集中している。九月入学制では六月卒業が一般的であり、就職面で大きな不利を被る。

 しかも、日本社会は小・中・高校ともそうであるように「四月入学、三月卒業」が文化・伝統として根付いている。行政はもとより企業の会計年度も四月から翌年三月末までというケースが多い。

 大学の入学制度だけをいじり、社会全体の仕組みに手を付けないのでは混乱を招くだけである。

 社会奉仕活動も、本来は自発的なものであり押し付けは筋違いだ。四月入学のままでも大学のカリキュラムに組み込めば済む話である。また、進学しない若者との公平性をどう保つつもりなのか。

 実現にはあまりに課題が多い。理念先行の安倍改革を象徴する必然性に欠ける政策だ。慎重な議論がもっと必要である。

Tuesday, February 19, 2008

ゆとりを独占する者

2月16日(土)、第7回フランス哲学セミナーに参加。メルロとリクールについての発表を聴く。

最近の仕事。
・「bの転義論」再校。「暴力」概念再考。
・「b&lの物質性」仏語版。「有限性」概念再考。
・「哲学と大学」シンポ迫る。準備。

***

私はゆとり教育そのものに対してはさほど批判的ではない。受験戦争用の詰め込み教育をすべての子供に押し付ける必要はない、という意味においてである。だがまた、「ゆとりの理念はよかったが、実施段階(文科省官僚?日教組?現場の教員?)で間違えた」という言説に加担しようとも思わない。ゆとりの「理念」をあの時点であのような形で言い出したこと自体、やはり楽観的な姿勢だったのではないかと思うからである。

「『ゆとり』には、地域社会と大人が土日は時間のゆとりを持って子供たちと過ごし、子供を鍛えてほしいという意味も込めていた」(有馬朗人)。

そういうことは、日本の過剰労働社会の現状を改革することと同時でなければ意味がないどころか、有害にもなりかねないということを有馬氏は自覚すべきだったと思う。ゆとりをもった子どもを、ゆとりのない大人たちの誰が――親、教師、地域共同体?――、面倒を見るのか?親も、教師も、地域共同体も青息吐息の中で、過去最高の利益をゆとりをもって上げ続けているのは誰なのか。

銀行6グループ 最終益3兆円超、過去最高 のど元過ぎて…顧客軽視(産経新聞、2006年5月24日)
租税特別措置の企業減税、半数20年超 既得権化指摘も(朝日新聞、2008年2月17日)
母子家庭 重労働団らん犠牲(東京新聞、2007年12月20日)

教育問題はそれだけを眺めていても決して解決しない。教育の問題は社会の問題であり、政治の問題である。もちろん、この問題に政治的な視点だけをもって取り組むとえてして「利益誘導型」に終わりやすい。哲学的で批判的な分析が必要だ。《哲学・教育・政治》の不可分を言うゆえんである。


「ゆとり教育」の先に…自信も失った若者たち
2月17日16時4分配信 産経新聞


 「未来像…学力低下はさらに進む!!」。昨年12月下旬、福島県相馬市から県立相馬高校の2年生14人が、元文部大臣の有馬朗人氏(77)を東京に訪ねてやってきた。

 生徒たちは研究発表の資料を携えていた。「学力低下の要因の1つは『ゆとり教育』」「授業で習うことが社会で役に立たないから、学習意欲・関心が低下している」「教員の質も問題だ」…。資料には有馬氏を詰問するかのような学力低下の“分析結果”が並んでいた。

 物理学者で東大総長も務めた有馬氏は、平成8年に「ゆとり」「生きる力」を打ち出した中央教育審議会の当時の会長だ。

 生徒たちは、理数教育を推進する「スーパーサイエンスハイスクール」活動の一環として教育の科学的考察に取り組んだ。きっかけは、昨年12月上旬に発表された「生徒の国際学習到達度調査(PISA)」の結果で、「日本の順位がまた落ちた」という報道だ。

 「学力は下がっていない」。きっぱりと反論する有馬氏に、生徒は目を丸くした。熱弁は2時間近くに及んだ。

 有馬氏は内心ではこう嘆いたという。「自分たちが悪い教育を受けてきたと思っている。過度の『学力低下』批判が、子供たちの自信を失わせた。学力の問題より、こちらの方が大変なことではないのか」       

◇

 「お前、ゆとりだろ」。ネットの掲示板などで相手をおとしめるため使われる言葉だ。昨年12月、巨大掲示板「2ちゃんねる」のユーザーが中心となって投票した「ネット流行語大賞」では、銅賞に選ばれている。

 中教審委員として前回と今回双方の指導要領改定に携わり、私立有名進学校を経営する「渋谷教育学園」の田村哲夫理事長(71)は、ゆとり教育の目指したものについて「教育の目的は不測の事態への適応力をつけるための訓練。高めるには知識などの学力が3割、意欲や思考力などが7割-が心理学の定説だ。前回の改定は、学力訓練に注力しすぎた教育をただすためだった」と位置づける。

 だが、「時間を減らしたら、教える側が何もしなくなってしまったのが実情。できた余裕が現場でまったく生かされず、マイナスだけが出てきた」と、今回、30年ぶりに授業時間増に転じる理由を説明する。

 「『ゆとり』には、地域社会と大人が土日は時間のゆとりを持って子供たちと過ごし、子供を鍛えてほしいという意味も込めていた」と有馬氏は言う。

 「答申後、文部省(当時)の役人とともに全国を回ればよかった。ゆとりの意味はこうだ、とていねいに説明すべきだった。後悔している」               

 ◇

 今年1月16日、東工大のシンポジウムで有馬氏は、ここでも「学力が下がっていると言われるが、全く下がっていないことを証明する」と言い切り、「理工系学生の学力・学習意欲の低下が問題化している」と“弱気”なあいさつをした主催学生を勇気付けた。

 有馬氏は、昨年10月に文部科学省が発表した全国学力調査の結果などを引用し、小学校6年生の漢字で「(魚を)焼く」と正しく書けたのは70・9%で昭和39年調査の33・8%を大幅に上回ることなどから、「義務教育段階での知識型学力は落ちていない」とする。

 一方で中学で学ぶ2次方程式を解ける大学生が3割しかいない例をあげ、「大学はガタ落ちだ」とも認める。

 学力が身についていない。応用型の国際学力調査などで成績が伸びていない現状は否定できない。 冒頭の生徒たちは有馬氏の説明を受け、氏家由希子さん(17)は「ゆとりが目指したものを知らなかった」とし、「有馬先生の考えが、親や地域の人にどれだけ浸透していたのか。納得いかないところもあった」とも。

 「学習指導要領が改定されるなら、本当の狙いがちゃんと分かるようにしてほしい。でなければ誤解が二重になっていく気がする」。佐藤恵里香さん(17)はそう話した。

Saturday, February 16, 2008

有限性をめぐって(3)ダスチュール

さて、続いてダスチュールである。彼女とは何度か食事を共にしたことがあるが、しなやかでたくましい野生の猫、という感じをいつも受ける。これは本を読んだ印象とはかなり違う。というのも、ブーリオーの著作も「教育的」なのだが、ブーリオーの著作にはどこか「ガリ勉」の香りがするのに対して、ダスチュールは「優等生」な感じがするのだ。痒いところに手が届くというか、懇切丁寧というか。野性味、豪快に笑い飛ばすといった雰囲気は著作の中にはない。

著作と実際に会ってみた印象が最もかけ離れていたのはEric Dufourである。姿形だけを見て、彼が新カント派の研究者と言い当てられる人はこの世に存在しないのではないかと思うくらいだ。

とまれ。『死。有限性に関する試論』には2バージョンある。Hatier社の叢書Optiquesから1994年8月に出た版は、biblioまで含めても80頁足らずの小著。



ちなみに、Jean-Michel Besnierに率いられたこの叢書は実に優れた叢書だった。ダスチュールが13年後に振り返った時の言葉を借りれば、

"Cette collection, qui n'existe plus aujourd'hui, était destinée à donner à un large public - allant des étudiants d'université et des élèves de la classe terminale des lycées à tous ceux qui s'intéressent à la philosophie sans avoir reçu de formation spéciale à cet égard - un accès à une réflexion philosophique centrée sur un petit nombre de questions fondamentales. Les livres de la collection "Optiques" devaient porter chacun sur une des notions du programme de philosophie de l'enseignement secondaire et se présenter sous une forme compacte, ce qui veut dire que leur nombre de pages était précisément calibré. / Lorsque l'on m'offrit de publier un essai dans cette collection, en me précisant le cadre dans lequel il s'agissait de s'insérer, j'eus tout de suite envie de participer à cette entreprise..." (La mort, PUF, coll. Epiméthée, 2007, p. 7).

リシールの身体論、バディウの倫理学、バルバラスの知覚論、ピショの優生学をはじめ、他にもMichel Haar, J.-M. Domenach, R. Misrahi, A. Renaut, P. Canivez(エリック・ヴェイユの専門家)など、錚々たる名前が並ぶ。ついこの間言及したレステルの『動物性』もこの叢書である(表紙の美青年ぶり…)。


いつも言うことだが、どの出版社から出ているか、とりわけどの叢書から出ているかはどうでもいいことではない。「叢書の地政学 géopolitique de la collection」とでも言うべきものがあるからだ。叢書によって内容に関する多くのことが事前に分かり、どのような思想の水脈に位置づけられるべきかおおよその見当がつくからである。

この叢書が良質なものだった証拠に、この叢書が消滅した後、次々と他の出版社から再版が決定している。バディウの『倫理』はすでに2003年に「第二版への序」を付してNousという出版社から再刊されているし、レステルも2007年にL'Herneから出た。

2007年9月にPUFの名門叢書エピメテから出た『死。有限性に関する試論』の2バージョンめは200頁を超え、大幅にバージョンアップがなされている。



ブーリオーにとって有限性とは人間の可感的な認識の限界を指していた。ダスチュールにとって、有限性とは死である。「死と有限性とは私にとって本来的に結びついたものだ」(p. 8)。おそらくどちらか一方だけでは駄目で、この両面を見据えないと有限性という概念の十全な把握には到達できないのだが、とまれ。。

*

人は自分がいずれ死ぬと知っている。通常、この己の死に関する「知」は、人類の本質的特徴の一つに数えられる。宗教、形而上学、総じて文化全般は、死に「打ち克つ」ことを謳う。哲学もその例に漏れない。プラトンからヘーゲルに至るまで、西洋哲学もまた、思考の修練のうちでこそ死と有限性は「乗り越え」られうる、と主張してきたのだった。

そこでダスチュールは、まず古代神話や聖書にまで遡り、「死の彼岸」に関する形而上学的・宗教的・哲学的な思索の歴史をたどり直し、次いで、従来とは異なる死生観、死との関係を紡ぎ出すことが可能であることを示そうとする。

モンテーニュが言うように死と「慣れ親しむ」のでもなく、死をかわそうとするのでもない、第三の道。もちろんダスチュールにとって、それはハイデガーにほかならない。『存在と時間』における「死に臨む存在」などの分析から出発して、死の可能性の条件を、人間存在が自らの有限性を自由に引き受けることと見なす。

死という体験のもつ意味の変化は、無限と有限の関係にも変化をもたらす。従来の「死の形而上学」は常に、死を超越した存在の無限性、神的なものの時間を超越した無限性と対になる形で、人間存在の有限性を考えてきたが、ハイデガー=ダスチュール的な死の思想は、徹底して地上的で、時間的で、身体的である。

…これが本書の骨格であり、それはそれでいいのだが、「有限性」と言えば「死」という思考パターンには正直うんざりしている。哲学者ならぬ哲学屋は荘厳めかすのが好きなあまり、赤ん坊の鳴き声や血にまみれた「誕生」が有限性のもう一つの極であることを忘れているのだ。それだけにいっそうダスチュールが本書の終り近くで「有限性と出生 Finitude et natalité」に一節を割いているのは注目に値する。次回はこの点を見ていこう。

Friday, February 15, 2008

動物性(ドミニク・レステル)

2月14日、UTCPで行われたドミニク・レステルの「動物性」に関する講演に参加。良くも悪くも挑発的で刺激的な議論。[追記:以下、粗雑にまとめてしまったけれど、その後、郷原佳以さんによる的確なまとめがアップされたので、そちらを参照されたい]





チンパンジーがビデオゲームに習熟する、オランウータンが結び目を結ぶ、といった「規格外」の学習を通常の動物生態学者は嫌うのだという。純粋な行動環境が人間によって「汚染」されたのでは、「客観的」な観察が出来ない、と。この種の実在論的・デカルト主義的アプローチは、純粋状態の動物なるものが存在すると仮定し、その上で動物を型にはまったルーチン・反復的行動(comportement)を行なう「機械」と見なしやすい。

レステルは、透明で中立的な観察者という神話を拒否し、動物の創造的で発明に満ちた活動(activité)―規範的な科学者の「常識」から逸れたanecdotes(些細な細部)―に注目する科学者の存在を常に意識する―anthropomorphisme(擬人観)が不可避であるならば無意識に抑圧するのでなく、意識裡に制御するほうを選ぶべきではないか。動物の活動を構成的なものとして意識するだけでなく、その行動に積極的に働きかけ、構成に介入していくという意味で、「複合的な構成主義 bi-constructivisme」こそ、21世紀の動物生態学が採用すべきアプローチであり、20世紀の動物生態学が二つの恥ずべき罪として切り捨ててきたanthropomorphismeとanecdotesを積極的に活用していかねばならない、とレステルは言う。

要するに、人類学でなされたようなある種の解釈学的転回(「ガヴァガイ」など)、方法論的な反省を要請する批判的モーメントを動物生態学にも取り入れねばならない、ということであろう。動物生態学の人類学化、人類学の(かつてのような帝国主義的な形でなく、相対的な)動物生態学化の必要を説いていた。

私の質問は三つ。
1)動物性:科学とエピステモロジーの区別。ご説ごもっとも、でも現場の科学者はこういった正論的エピステモロジーに耳を傾けるんでしょうか。「特異なものの科学science du singulier」は果たして実現可能なのか?

2)人間性:レステルは人間の合理性と動物のそれとの差異を強調していたが、すでに人間の合理性と呼ばれるものの内部にも幾筋もの亀裂が走ってはいないか。動物生態学の人類学(ないし教育学?)への応用可能性はあるのか。

3)機械性(彼がmachinitéと呼ぶもの):テクノロジーの発達は、機械の動物化(animalisation de la machine)を促すとし、アイボの例を出していたが(ちょっと古い…)、そのようなものを機械の動物化と呼ぶのであれば、あらゆるアニミスム化はすでに人類の曙と共に存在していたのではないか。

*

挑発が好きな人は好きだろうし、嫌いな人は嫌いだろうなという議論だろう。自分の議論に似た部分を感じて(笑)、以て他山の石とすべし。

講演に行く時はいつも関連する書籍を持参し、電車で眺める。今日はこんな感じ。

Dominique Lestel, L'animalité. Essai sur le statut de l'humain, Hatier, coll. "Optiques", 1996.
Thierry Gontier, L'homme et l'animal. La philosophie antique, PUF, coll. "Philosophies", 1999.



フランス語理解を向上させたいという人には、こういった地道な努力(事前に本を読む、ネットで講演者のプロフィールを調べておくといった作業)をお勧めする。

レステルは、夜は日仏会館で「デリダの猫」(L'animal que donc je suis)について(多少批判的な)講演をすると言っていたが、私の現在の体調では一日に二つはとても無理なので断念。来週大丈夫かな…。

Thursday, February 14, 2008

フランス語と司法/正義

体の調子は悪いまま膠着状態。

2月10日、GEFCO(現代フランス研究会)に出席。友人の伊達聖伸さんの「フランスのライシテの歴史と市民宗教」を聴くためだったのだけれど、「ナチ支配下におけるアルザス自治主義者の役割―対独協力と抵抗」とか、「アレクシス・ド・トクヴィルの政治思想における〈アリストクラシー〉概念」などの発表も面白かった。

トクヴィルと言えば、トクヴィルでサントリー学芸賞をお取りになった宇野重規さんのフランス政治哲学に関する本は、誰にでも自信をもってお勧めできます。「ある学問分野についてパースペクティヴをもつ」というのはこういうことを言うんだな、と体感できるでしょう。

次回のGEFCOは、「フランス語と司法/正義」だそうです。転載自由とのことですので、ここに貼らせていただきます。

記
中央大学人文科学研究所「総合的フランス学の構築」チーム公開セミナー協力 
GEFCO現代フランス研究会、日仏会館フランス事務所
日時 2008年3月31日(月)18時~20時30分
場所 日仏会館6階601号室
(同時通訳付)
テーマ Le français et la justice「フランス語と司法/正義」
発題者 酒井 幸(弁護士)「石原フランス語訴訟」
    金塚綾乃(弁護士)「法曹養成制度と弁護士業の日仏比較」
    新倉 修(青山学院大学法科大学院教授)「裁判員制度と死刑廃止」
司会  三浦信孝(中央大学)

発題者の先生方はすべてフランス留学・実務研修の経験者で、金塚さんはパリ弁護士会の資格もお持ちです。比較憲法学の樋口陽一さん、東京都立大学の菅野賢治さんもフロアから討論に参加します。日仏会館フランス事務所サバン学長のご好意で日仏同時通訳がつきます。フランス人フランコフォンの方々もお誘い合わせの上いらしてください。なお3月20日は「国際フランコフォニーの日」です。

Wednesday, February 06, 2008

心身の合一(哲学と病気)

東京は何日か雪景色でした。

あまり人とも会いたくなく、ただぼーっとするために一人でふらっと三日ほど旅に出たいのだが、家族と仕事が待っている。

重病ではまったくないし、このブログを『病牀六尺』にするつもりもないのだが、しかし病疲れしている。久しく遠ざかっていたアトピーが突発的に再発するのは、《疲労・ストレス・風邪》によるのだそうだ。私の場合、とりわけ精神的疲労・ストレスから来ているのは明らかで、しばらく業界から遠ざかると次第に病状がよくなり、様々な事件に巻き込まれるとその一つ一つにダメージを受ける。

なるべく遠ざかりたいのだが、遠ざかれる程度のしがらみであれば精神的ダメージなど受けないわけで、押すことも引くこともままならない状況であるからこそ、精神的ダメージが身体にまで及ぶのである。心身合一論(そう言えば、メルロの『心身の合一』講義が文庫版で出た)や心身二元論を唱えた哲学者各々の健康状態との関係を知りたいものだ。

そういうわけで、長い文章も、筋道だった論理構成もままならないし、研究のための真剣な読書もできない。しばらく論文を書かなくていいのでまことに助かる。自分にストレスを与えないようにそっとそっと。濁った水の入ったコップをかき混ぜても濁りは増すばかり。piano piano...

結婚論はひとまず休止。学会論文の初校チェック。依頼された雑文の書き直し。

二月上旬は(もう半ばを過ぎたが)、
1)遅れに遅れたb&l論文(仏語)の完成
2)翻訳再チェック
3)企画書執筆

中旬以降、大学論に集中する(つもり)。

Friday, February 01, 2008

結婚の無名性

《哲学的思考は古代ギリシアの昔から、恋愛を理性では抑えられない不条理な情念と見なしてきた。哲学者が恋愛について語るとき、それは常にこの情念をいかに善的な目的に利用しうるか、という点に焦点を当てていた。

恋愛は本来的に社会秩序と相容れない、社会秩序を破壊する情念と考えられたから、社会秩序の枠内に慣習や制度として組み込まれ、秩序維持に寄与する結婚とは初めから別の次元にあった。恋愛は社会秩序を毀損しない範囲で、あるいは社会の側が自身の加える制度的圧力からしばし息抜きさせるために用意した装置の中でのみ許容された。

恋愛も結婚も社会を映し出す一種の文化型と言えるが、恋愛が常に文学のメインテーマとして豊かな想像力をかき立ててきたのに対し、結婚はお話にハッピーエンドをもたらすための終着点としてか、あるいは平穏無事な夫婦関係が不倫という第三者の介入によって亀裂を生ずる場合以外には、人々の関心を集め、記録されることがほとんどなかった。もちろん記録を残す人々にとって、結婚は日常で、恋愛は非日常である。日常はその流れが滞ったとき以外には書き記す意味がないというのが、一般的な感覚だったろう。[…]

結婚していた詩人も多いが、妻についての記録を残している詩人は極めて少ない。ベアトリーチェに対する永遠の愛を高らかに歌ったダンテも、妻については何も語ろうとしなかった。恋愛と結婚はまったく別の時空にあるものと考えられていたのである。

恋愛の有名性と結婚の無名性、この際立った対照性は、両者がもとより異なる時空に属するものだとしても、ともに男女の緊密な関係を作り出す文化型であるだけに、なおさら興味を惹く。》(前野みち子、『恋愛結婚の成立 近世ヨーロッパにおける女性観の変容』、名古屋大学出版会、2006年、3-4頁)

ゾラ、「ある恋愛結婚」(1866年、『テレーズ・ラカン』原型)、『ゾラ・セレクション』第1巻「初期名作集」、宮下志朗訳、藤原書店、2004年。読了

Monday, January 28, 2008

「哲学と大学」第三回

メール回復した…はずです。

月曜日(2008年1月28日)午後6時から「哲学と大学」の第三回目が行われます。畏友斉藤渉さんが「フンボルトにおける大学と〈教養〉」について発表されます。詳細はこちら。

フンボルト、「ベルリン高等学問施設の内的ならびに外的組織の理念」、『大学の理念と構想』(世界教育学選集第53巻、明治図書、1970年)所収、および梅根悟による巻末解説(ベルリン大学創設をめぐって書かれた、シュライエルマッハー、シュテフェンス、フィヒテ、フンボルトの四つの大学論について)。読了。

日本における大学論の重要な論者の一人である潮木守一さんがいわゆる「フンボルト理念」を構成に祭り上げられた神話とするパレチェク仮説を論じた論文はこちら。

大学論
潮木守一、『世界の大学危機』読了(ようやく…)。
 日本についても一章ほしかった。
InterCommunication, no. 48、特集「大学 21世紀の知のシステム」, Spring 2004。
 巻頭対談、噛み合ってないのが逆にいい…のかな。
竹内洋、『教養主義の没落 変わりゆくエリート学生文化』、中公新書、2003年。
 第三章「帝大文学士とノルマリアン」は特に興味深かった。
秦郁彦、『旧制高校物語』、文春新書、2003年。
 文春臭に耐えつつ学ぶ。清も濁も併せ飲むべし。
Guy Burgel, Université, une misère française, Hachette littérature, coll. "Tapage", 2006.
 都市地理学の大御所が奸計にかけられたルサンチマンをもとにフランスの大学の現状をぶった斬る、というトホホな内容…のように見える、今のところ。

結婚論
『マリヴォー・ボーマルシェ名作集』、小場瀬卓三+田中栄一+佐藤実枝+鈴木康司訳、白水社、1977年。
平林たい子、「情熱紀行」、『全集』第四巻(潮出版社、1977年)所収。
加藤秀一、『〈恋愛結婚〉は何をもたらしたか 性道徳と優生思想の百年間』、ちくま新書、2004年。
 うーむ、発想が大胆というか…何とも言えない。

Saturday, January 26, 2008

messagerie pleine...

23日あたりからメールを頂いた方、戻ってきているのではないでしょうか?すみません。メールボックスがいっぱいになっていたようで。。かなり掃除したのでもう大丈夫だと思いますが、掃除をサーバー側が認識し、それが反映されるまでに今しばらく(数時間から一日)時間がかかるかもしれません。お急ぎの場合は、私の他のアドレスにお願い致します。hf

Friday, January 25, 2008

風邪

子供の風邪が直撃、ただでさえ忙しいのにまたダウンしてしまった。風邪をひくと、アトピーが多少楽になるのが唯一の救い。最近読んだ本。

b研究:
Paulette Kayser, Emmanuel Levinas : la trace du féminin, PUF, coll. "Philosophie d'aujourd'hui", 2000.
内田樹、『レヴィナスと愛の現象学』、せりか書房、2001年。
当たり前と言えば当たり前なのだが、レヴィナス研究者として、レヴィナスの言う「女性的なもの」をいかにポジティヴに読めるか試みた二冊。ただし、方向は真逆。前者はレヴィナスに女性的エクリチュールの可能性を見、後者はレヴィナスを批判するイリガライの女性的エクリチュールを疑問視する。

大学論:
潮木守一、『世界の大学危機 新しい大学像を求めて』、中公新書、2004年。
ドイツが最も詳しく、一次文献にあたっている感じがある。次にアメリカ。イギリス、とりわけフランスに関しては二次文献のつぎはぎという感が否めない。しかし、以上四カ国の大学の基本的なシステム、社会的な位置、問題点などをてっとり早く知るのに便利。

結婚論:
工藤庸子、『プルーストからコレットへ いかにして風俗小説を読むか』、中公新書、1991年。読了
寺田透、『人間喜劇の老嬢たち バルザック一面』、岩波新書、1984年。
モーリス・ルブラン、『アルセーヌ・ルパン名作集4 アルセーヌ・ルパンの結婚』、岩波書店、1997年。読了
工藤庸子の文章はとても読みやすい。ひとまずこの路線(フランス文学における風俗現象としての結婚)で手当たり次第に読んでいく。

偉大な哲学者は皆、文学ともっと深く切り結んでいた。哲学は芸術を必要とする。文学を必要とする。 偉大な哲学者は皆、日常ともっと深く切り結んでいた。愛を論じ、家族を論じ、風俗を論じ、結婚を論じていた。

その他:
大友浩、『花は志ん朝』(初版2003年)、河出文庫、2006年。読了
志ん朝と談志の比較はこの小著の理論的白眉。《「現代」を標榜する談志が、一方で「懐かしさ」に深く囚われ、「伝統」を志向するとみなされている志ん朝が、その時その時の「今」を素直に楽しんでいる…談志の中では、現代と過去とが鋭く分離してせめぎ合っているのに対して、志ん朝の中では、両者は自然に溶けて一つのものになっている》とは真に至言である。

この手の本にはべた褒めが多いが、本書は志ん朝の昔気質の負の面(「女真打」の創設など)をも語っており、目配りがきいている。ただ、最後の小三治のインタヴューは要らなかった気がする。小三治の良さは、いじいじとした鬱屈、愛嬌のあるひねくれなのだろうが、彼が志ん朝を一貫して圓生型の落語家としか見ないのはまったくの不見識だと思う。「いわばハードディスクのフォーマットを[八代目]正蔵によって行なった」志ん朝は、その後、「変幻自在な草書の芸の志ん生に対して楷書の芸と言われ」た八代目文楽を目指したのであって、六代目圓生のうまく芸に昇華された性格の悪さは志ん朝には全く見られないのである。太陽と月は見紛う筈もない。

Friday, January 18, 2008

今シーズンの目標

デスクワークがもっぱらの研究職。皆さんもそれぞれ冷え性対策をされてることでしょう。
「オトコにも増えている!?“冷え性”。その原因と対策」

たしかに体調はあまり良くないけど、働き過ぎが原因じゃないと思うんですよね。精神的な弱さだと思います。

嬉しいこと楽しいことを考えたい。まったく知らないエコール・ノルマルの若手研究者から「Bのリズム論読みたいから送って」とメールが来たのは本当に嬉しい。プロ意識をもって、より高いレベルで打ち合いたい、ただそれだけなのだ。

*

今年の目標は二つ。一つは去年の仕事のペースを維持すること。つまり、二三か月に一つ発表を行ない、論文に仕上げていくこと。今のところ、おそらく日本語で三つ、フランス語で二つ、英語で一つ発表する機会がありそうなので、それに向けて頑張っていきたい。言うことはいつも同じ。スタミナと技術的精度。

1月:いろいろ
2‐3月:哲学と大学
4‐6月:b類比論、bとl(後編)
7‐9月:bとd、
10‐11月:結婚論

4~6月で発表二つが一番きつそう。どちらもネタ下ろしなので。。アメリカでも一つアプライしようと思う。こちらは旧ネタのバージョン・アップと英語の訓練を兼ねて。

相変わらず中心はbなのだが、日本語の二つは、「哲学と大学」と「結婚の形而上学」に関係するものにしたい。何と言われようが、自分の道を進めるところまで進む。

もう一つは、事務を粛々とこなせるようになること。

以前、語学をやり直すと言っていたが、仏語詩の暗唱を再び始めた(今レパートリーは15くらい)。これはしかしスポーツで言えば、「シーズン中の目標」というより「肉体改造」に近い。

Thursday, January 17, 2008

リターンエース

細かいことが積み重なって、一日でスランプを脱することができた。

昨日、一本論文の校正を終えた(もう一本は二日ほど締め切りを延ばしてもらった)。集中できたのはほんの一二時間だったけれど、その割にはいいバージョンアップが出来たと思う(もちろん二ヶ月来、体のどこかでずっと考え続けてはいた)。それもこれも校正(査読)レポートが的確に問題を指摘してくれたおかげである。

こういうのはテニスと同じだ。こちらがある程度の力でそこそこいい場所に打ち込んでも、向こうが「ホームラン」ならそもそもゲームは成立せず、こちらもよりいいショットを打つ機会がない。

的確な指摘、というのは空いていたいい場所に的確に打ち込んできてくれたということで、それによってこちらはさらに厳しい場所を狙って打ち返すことができる。

査読者の狙いは論者の最大限を引き出すことにあるのだから、へこませてみてもしょうがない。論者の力を見極めつつ、「こいつならこの程度に打ち返しておけば、さらに厳しいところに打ち返せるだろう」という頃合いのショットを正確に放つことが査読者には求められるわけだが、これはなかなか難しい仕事だ。

どなたか存じ上げませんが、ありがとうございました。

今年の論文第一号がこうして終わった。さて次は仏語論文。

Wednesday, January 16, 2008

床を観て、人を知る

このブログをときどき見てくれている、とキュレーターをしている人が言ってくれたのは素直に嬉しかった。関係あるような関係ないような業界の人とどこかで偶然出会うのはとても好きです。長谷川祐子さんの回、たぶんご覧になったでしょうが、よろしければどうぞ。

Tuesday, January 15, 2008

疲れ

去年できたばかりだと思うのだが、AFIC(Association franco-italienne pour la recherche en philosophie française contemporaine)はかなり活発に活動しているように見える。2月8-9日にリヨンでフーコーのコロックをやると知らせてきたので、関心のある方は是非どうぞ。

*

ここ数日、疲れている。年末に数年ぶりにアトピーを再発し、薬を飲み続けているからだろうか。まともな仕事が出来ていない。

昨日もブリリアントな人たちに囲まれ、楽しいひと時を過ごさせていただいたが、輝かしさに目が眩み、何度も気が滅入りそうになった。

明日締め切りの論文を2本抱えているのに、今日はだらだらと落語の本ばかり読み耽り、それでもテンションは上がらず、モチベーションも上がらず。。技術的精度を上げるどころか、最低レベルもクリアできていない。

今までスランプの時は数日そうやって気散じに興じていれば、いつの間にか浮上のきっかけをつかんでいた。しかし、それでは間に合わなくなってきている。仕事のペースを上げているから、のんびりスランプに陥っている暇がなくなってきたのである。2本の論文が終わっても、1月だけで翻訳チェックと新しい翻訳の開始、そして仰せつかった小文の執筆、次の学会発表の準備、企画書執筆、「哲学と大学」論の準備。。

「仕事のペースを落として、一つ一つの質を上げることに努めれば?」と助言を受けたりもする。しかし、たぶん私の性格を考えた場合、そうではないのだ。ペースを落として時間を作ったところで、質を上げる努力が出来るかというとそうではない。たぶんその時間を別のことに使ってしまう。

もう一つ上のレベルに達するための精神力とそれを支える体力が必要だ。などと分かった風なことを書いても、明日の締め切りは待ってくれない。ああ、もう。

Saturday, January 12, 2008

去りゆく人の志

1月11日付東京新聞、宮内勝典さんによるエッセイ。

《年の瀬に小包が届いた。そろそろ退職の日が近づいている知人が本を送ってくださったのだ。カントの『永遠平和のために』が入っていた。青いインクで「編 集者生活の最後にこんな本を作りました。ご笑覧ください」という言葉が添えられていた。ああ、この一冊を遺して出版界から去っていこうとしているのか。

(…)そして帯に記されている「16歳からの平和論/このちいさな本から『国連』や『憲法9条』の理念が生まれた」という言葉が、去りゆく編集者のひそかな遺言のように思われてくる。すべてが劣化しつつあるいま、その志がとてもまぶしい。》

Monday, January 07, 2008

有限性をめぐって(1)ブーリオー

有限性(finitude)という概念について少しでも考えを深めたい。そう思って、二冊の本を併せ読んでいる。

Christophe Bouriau, Aspects de la finitude. Descartes et Kant, Presses universitaires de Bordeaux, coll. "Histoire des pensées", juin 2000.

Françoise Dastur, La mort. Essai sur la finitude, PUF, coll. "Epiméthée", septembre 2007.

後者については説明するまでもないだろう。フランスを代表するハイデガー研究者の一人である。前者ブーリオーには、ドイツ観念論、新カント派、現象学者によるさまざまなカント読解の要点をコンパクトにまとめた

Lectures de Kant. Le problème du dualisme, PUF, coll. "Philosophies", octobre 2000.

がある。まず、ブーリオーの著書『有限性の諸相。デカルトとカント』から見ていこう。


1.新カント派によるカントとデカルトの接合
デカルトについては、コーエン以来、ナトルプやカッシーラーなどドイツの新カント派による「批判哲学的」読解の伝統があった。周知のとおり、新カント派によるカント読解の最大の特色は、カント哲学の認識論的側面の強調である。ヘーゲル流の自然哲学が学=科学を完遂するというヴィジョンが崩れ去った19世紀後半、哲学に残された唯一の道は、より謙虚に科学的言説の真偽を問い質すことであるように思われた。すなわち存在者についての学=科学たろうとするのではなく、学=科学の批判理論としての認識論として生き残りを図ったのである。

コーエンおよびマールブルク学派によるこのようなカントへの回帰は、『純粋理性批判』を自然科学の認識論と見なし、あらゆる哲学的な試みのモデルとした。当然、カント以前の哲学も、カントを尺度にして測られることになる。自然科学の可能性の条件を追究した理論家デカルトがこうして誕生することになる。パウル・ナトルプの1882年の著作『デカルトの認識論。批判哲学の前史のために』は表題自体が雄弁に当時の読解格子の在りかを物語っている。

2.ハイデガーによるカントとデカルトの分離
この「カント=認識論」解釈に対して、これまた周知のように、ハイデガーは公然と異議を唱えた。当然、「デカルト=カントの先駆者」図式も完全否定である。ハイデガーによれば、カントは存在者の学たる自然科学についていかなる理論を打ち立てようとも望まなかった。彼が打ち立てようと望んだのは存在者全般に関する理論なのであって、何らか特定の存在者の領域に関する理論ではない。要するにカントの批判哲学は、自然科学はいかに可能となるかを探る認識論ではなく、形而上学は学として成立しうるかを問う一般存在論、すなわち存在者一般に接近するための諸条件を探究する理論なのだ。

このようなハイデガー的なカント読解からすれば、魂と身体の区別や神の存在証明などについて、あらかじめあらゆる客観的認識の可能性の条件を問い質すことなしに形而上学的認識を増大させられるとするデカルトは、カント的な批判意識とは何の縁もない、純粋理性の限界を知らない、独断論哲学だということになる。

3.ブーリオーによるカントとデカルトの離接=分離接合(新カント派とハイデガーの間で)
ブーリオーの立場は、新カント派とハイデガーの間を取ることにある。彼は一方でハイデガーの前提を共有する。すなわち、批判哲学を存在者全般に接近する諸条件の探究、人間に与えられた認識能力の限界に関する探究と解することに賛同する。しかし他方で彼は、それでもなおデカルトとカントを接近させようと試みる。すなわち、

「たとえカントの批判哲学のうちで、可感的な認識機能すなわち感覚と構想力に与えられた決定的な位置を強調し、感性によってあらゆる理論的認識に課せられた限界を強調することにしたとしても、デカルトがそのような批判哲学的発想から完全にかけ離れたところにいると言いきることはできない、と示せればと思う」(p. 20)。

デカルト思想の独断論的な側面からカントの批判が達成した前進を忘れ去ることなく、しかしながら本質的な点で、すなわち感性(可感的なもの)の地平そのものの上で、デカルトとカントはある直感を共有していたのではないかと問うこと、そのためにデカルトの認識論における感性の地位と役割を分析すること、これがブーリオーの意図である。

この意図を実現すべく、一方で彼は、デカルトとカントにおける可感的な認識機能の比較分析を行なう。デカルトが認識において想像力に与える位置は、彼の「独断論」の後継者たち(まさにカントが『純粋理性批判』において糾弾した人々)、すなわちライプニッツやスピノザにおけるそれとはまったく異なると示すことで、いわばデカルトを「救い出す」ことを試みる。

他方でブーリオーは、デカルトの独断論というイメージを緩和すべく、永遠の真理の創造というデカルトの説を再検討する。たとえデカルトが形而上学的認識をあらゆる種類の可感的直観とは独立に拡張しようとしたことが事実である(そしてこれは紛れもなく独断論的な姿勢である)としても、そのような認識は、創造された我々人間の理性に内在的な限界、すなわち有限性の意識と切り離せない、したがってその意味では、カントの主張した人間認識の相対的な性格を十全に引き受けるものである――というのである。

次回、幾つかの章を具体的に見ていくことにしよう。

Saturday, January 05, 2008

発表失敗(年初にあたって)

年初にあたって、あらためて書いておく。このブログは私自身と私のごく少数の友人たちが前に進むために書かれたもので、それ以外の宛先・目的はない。私が直接声を掛けて読んでもらっている方々以外は完全なヴィジターである。

日本のブログを使わないのは無意味な語句検索で簡単に拾われてしまうから(最近はそれでも拾われてしまうが)、snsを使わないのは完全に閉じたami-amiの共同体をつくるのが生理的に好きではないからだ。

*

「二十歳の微熱?」と題して私が書いた一文を読んで得られた印象が、「自画自賛」とは。。どう読み違えれば、そうなるのか。人の言葉を常に悪く、低く受け取る人を見ると、腹が立つというより、悲しい。

何度でも言う。私は、前を向くための言葉を紡ぎ出そうとしている。それが分からない人にはこのブログは完全に無意味である。読むのをやめることをお勧めする。

自分のポジティヴなオフィシャル・イメージをつくりあげることには興味がない。もしそうしたければ、私は毎日、海外の研究者とのやり取りを微に入り細に入り報告し、青臭い原理論など素知らぬ顔で通し、颯爽として禁欲的な研究者としてのイメージを固めることに専心することもできる。

誤解を避けるために特に強調しておくが、それをするのが悪いと言っているのでは全くない。それは一人一人の人生の選択である。もしかすると近い将来、私だってそうするかもしれない。しかし、少なくとも今のところ私はそうしていない、と言っているのである。

前を向くためなら、恥ずかしいことでも書く。例えば、昨年7月のある日書いたように。そういう気持ちで今年も書いていきます。一年間どうぞよろしくお願い致します。

***

一昨日、仏文学会誌掲載用の論文校正を終了。7月19日までに日仏哲学会誌掲載用の論文校正。それ以外は、大論文に集中。

といいつつ、昨日、次号掲載予定の紀要論文のさらなる向上を求め、その内容を某ゼミで発表させてもらったのだが、結果は散々。

内容的には自分の実力並みだったと思うのだが、プレゼンの仕方がまったく良くなかった。

すでに書き上げた論文を「ですます」調に直して読み上げれば何とかなると思っていたのだが、結果は大いに問題アリ。初めから聴衆に聞かせることを意図して書かれた講演、それを論文にしたものと、元々論文として発表されることを念頭に書かれた論文、しかも連作の途中部分とでは、発表の仕方に異なる工夫があって然るべきだった。

先生方には「フランス料理のフルコースを無理やり短時間で食べさせられた感じ」と言われてしまった。
本当にいい発表というものは、どんなに高度な内容を扱っていても、何かしら心に響くものがある。難しさよりも魅力の勝る箇所がある。それはそうだが、しかし聴衆への最低限の配慮はその場合でも必要不可欠だ。

今回の発表は明らかに聴衆(しかも非専門家)への配慮より、書いた中身をそのまま伝えることに重きを置いてしまった。それだけ自分に余裕がなく、また慢心があったのだろう。一節進むごとに目の前で一人また一人と聴衆の心が「ぽきっ」と折れていく音まで聞こえた気がした(笑)。

読み上げ原稿を準備しないのであれば、言いたい内容を大掴みでもいいからその場でまとめて話すという形にすればよかった、と反省。

堅い雰囲気のゼミで、失敗を恐れて、つい目の前に確実な形で存在するマテリアル(論文)にしがみついてしまった。安全策を取ったつもりで、かえってひどい失敗を犯してしまった。

まだまだ道のりは遠いが、同じ失敗を繰り返さないようにしたい。