Sunday, March 25, 2012

高山裕二 『トクヴィルの憂鬱--フランス・ロマン主義と<世代>の誕生』

[本]のメルマガより

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■今月のこの一冊 グロバール化した世界を斜め読みする 小谷敏
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高山裕二
『トクヴィルの憂鬱--フランス・ロマン主義と<世代>の誕生』
白水社2600円

面白い本でした。本書は、『アメリカの民主主義』で知られるアレクシス・
トクヴィルを、フランス・ロマン主義の伝統の上に位置づけた野心作です。著
者はまだ30代前半。新進気鋭の政治思想史研究者です。原典でトクヴィルの
全著作を読破したその語学力と、19世紀前半フランスの文化と思想の状況を
俯瞰する博識には敬服脱帽する他ありません。トクヴィル、ロマン主義…。そ
う言われてもぴんとくる人は少ないでしょう。しかし、この本はフランス思想
史というジャンルを超えた普遍的な広がりをもつ問題を提起しています。

 トクヴィルは1805年生まれ。幼少時はナポレオンの全盛期でした。「世
紀病」と呼ばれた、何者かにならんと志す「大望」の病原菌を、ナポレオンは
トクヴィルと同年代の若者たちの間に撒いていたのです。しかし彼らが世に出
た頃のフランス社会では産業が発達し、私利の追求に熱心な俗物たちが支配し
ていました。大望を満たしてはくれぬ社会に失望した彼らが起こしたのが、ロ
マン主義の文化運動です。一つの<世代>としての自覚を共有した彼らは、詩
情を欠く機械文明と俗物の支配に呵責ない論難を加えていったのです。

 法律家となった若きトクヴィルは、監獄制度の視察のためにアメリカに渡り
ます。平等な人々が、徹底的な議論のなかで共同体の進むべき方向性を決定し
ていくアメリカの共和主義をトクヴィルは高く評価していました。しかしアメ
リカは、同時にトクヴィルの世代が忌み嫌った機械文明の先端を走る国でも
りました。『アメリカの民主主義』のなかでトクヴィルは、経済的活動におい
て過度に個人の利益を追求し孤独に陥ったアメリカ人たちが、精神の空洞を埋
めるために、カルトめいた宗教の門前に群がる有様を活写しています。

 豊かな社会のなかでは、労せずとも必要なものが手に入るので、人間の欲望
は小さくなります。欲望が小さくなると自分のなかには行為の導くものが希薄
になるので、他者が行動の基準になります。そうした人間は、他人のもってい
るものを自分がもっていないと不安に陥りやすい。だから小さな欲望しか持た
ない人は、羨望に支配されやすくなるとトクヴィルは言います。「草食系」と
呼ばれるいまの若者は、大きな欲をもっていませんが他者の目を気にする人た
ちでもあります。トクヴィルのこの洞察は、いまも古びてはいません。

 トクヴィルは、現実政治の世界にも身を投じています。2月革命の直後には
内務大臣の地位に就きました。しかし、当時のフランス政界では、鉄道敷設の
ような利益誘導に政治家たちが血道をあげていました。そして、読書から遠ざ
かり、理想を語ることのできない俗物に支配された政界に、トクヴィルは絶望
を覚えます。利益誘導の政治。教養を欠いた俗物政治家。政治の世界はいまも
昔も変わりません。深い憂鬱にとらわれ、精神を病んだトクヴィルは、「大望」
と並ぶ「世紀病」であった結核のために、この世を去っています。


◎小谷敏
大妻女子大学人間関係学部教授。「余命5年」の難病から生還し、こうしてモ
ノが書けることに感謝。
最新刊「若者は日本を変えるか-世代間断絶の社会学」世界思想社

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