Thursday, June 14, 2007

デジャヴ

別に何王子の話でも構わない。似たことはどの業界でも起こっているのかもしれない。世界を知らずに、日本でしか通用しない言動を繰り返す。その場限りの空虚な「フィーバー」をつくりだそうと躍起になって。

長期的な展望に立った、実のある、持続的な業界の活性化には、そのような喧噪とうまく距離をとることが求められる。

雑誌の特集になると決定することが重要なのではない。どれくらい良質の特集にできるかが重要なのだ。しかし、今の私にはそこまでの実力はない。せいぜい自分の寄与が少しでも見苦しくないものになるよう努力するくらいのことしかできない。


ウッズに「ハニカミ王子知ってる?」

 男子ゴルフの全米オープン選手権を前にした記者会見が12日、米ペンシルベニア州オークモントCCで開かれたが、日本のテレビ局がタイガー・ウッズ、フィル・ミケルソン(ともに米国)に対し、「ハニカミ王子」こと石川遼(東京・杉並学院高)について質問。メジャー大会には全く場違いな問いに、世界中から集まった報道陣のひんしゅくを買った。 ウッズには「彼について知っているか」と聞き、ミケルソンに対しては「石川君にメッセージを」などと発言。大勢の記者であふれ返った会見場のあちこちで失笑が漏れ、質問者には冷たい視線が集まった。 (共同) [ 2007年06月13日 09:27 速報記事 ]


遼クン盗聴工作TBS不誠実に主催者激怒
日刊スポーツ - 2007/6/7 9:51

4番ホール第2打の前にはしゃがみ込み元気のない表情(撮影・小沢裕)

 TBSの不誠実な対応に、アマゴルファーとゴルフ団体が6日、怒りをあらわにした。同局の情報番組「ピンポン!」が、15歳ゴルファー石川遼のラウンド中の盗聴を試みようとした問題などで、同局は非を認めながらも井上弘社長(67)はギャグを交えて謝罪。4、5日と関東アマチュアゴルフ選手権で石川と同組で、TBSの非常識な依頼を断った広田文雄氏(43)に対しては、その名誉を棄損しかねない行為を働いていた。同大会を主催する関東ゴルフ連盟(KGA)は、同局に対する法的手段の検討を始めた。 TBSは表面的に謝罪しながらも、その内容はあいまいなものだった。

 午前8時ごろ、「ピンポン!」を管理する制作局情報センター情報一部長の藤原康延氏と番組チーフディレクターが、関東アマ開催会場の千葉CC梅郷Cを訪れた。同30分からKGA加藤重正事務局長らと話し合った。加藤氏によると、2人は広田氏を通じて石川の盗聴を仕掛けようとした行為については謝罪した。だが、番組ディレクターが広田氏に対して謝礼提供を口にしたことには「本人は『言っていない』と言っている。確認できていない」と主張した。

 ほぼ同時刻、番組プロデューサーは、長野県須坂市在住の広田氏の自宅に電話をかけていた。 広田氏 午前8時30分ごろに、プロデューサーと電話で話しました。最初に謝罪の言葉はありましたが、『本当にディレクターはそんなことを言ったんですか』という感じで、とても誠意ある対応とは思えませんでした。このままでは私がウソを言っていることになる。

 夜になって、広田氏は同プロデューサーからアポなしの訪問を受けた。約1時間話し合ったが「ディレクター本人の記憶があいまいで、事実関係を調査中です」と繰り返されたという。謝礼提供の件など広田氏の指摘を、潔く認める姿勢は感じられず、怒りは静まるはずはなかった。

 午後3時からの定例社長会見では、井上社長はこの問題についての感想を「まあ、一言で言えば、ばっかじゃないのかです。まあ大沢親分風でいえば、喝どころじゃない。喝、喝、喝、喝。それ以前のことですな。非常に腹立たしく、不愉快です」。石川に対しては「そりゃもう、ご迷惑を掛けたの一言です」と笑いながら話した。

 一方でTBSは、番組ディレクターが広田氏以外の同伴競技者2人にも接触を図ろうとしていたことを明かした。しかし、謝礼と石川への質問を用意したことは「今後調査します」と認めなかった。また、同局はゴルフ取材としては前代未聞のヘリコプターによるコース上空の取材を敢行し、石川ら選手に騒音被害をもたらした。その映像を使用した報道番組「イブニング5」は、この日夜までにKGA側に何の謝罪もしなかったという。

 これら一連の対応にKGAの加藤重正事務局長は激怒した。「正直、このままでは広田さんの名誉が棄損される」と、騒動に巻き込まれたアマゴルファーを心配した。そして「ヘリコプターの件も、TBSがこちらに許可を得たことは断じてない。8日の広報委員会であらためて抗議文を書きますが、場合によっては、はっきりするためにTBSに法的手段を取ることもある」と強い口調で話した。


福澤キャスター半泣き!遼ちゃんに謝罪…TBS「ピンポン!」盗聴未遂
スポーツ報知 - 2007/6/7 8:00

 男子プロゴルフで15歳8か月の史上最年少優勝を果たした石川遼選手が出場する関東アマチュアゴルフ選手権で、TBSの情報番組「ピンポン!」が、石川選手の同伴競技者に小型マイクの装着を依頼していたことが6日、明らかになった。同伴者に断られラウンド中の遼ちゃんの「生声」が放送されることはなかったが「非常識な取材」として、この日の番組で司会の福澤朗キャスター(43)が目に涙をためながら謝罪した。写真はコチラ

 いつもはハイテンションの福澤キャスターの目が、みるみるうちに赤くなった。「石川遼選手、同伴者の広田(文雄)選手、あまたいる関係者の皆様、心から、心からおわび申し上げます」。番組による競技そのものをないがしろにした“盗聴未遂”騒動。冒頭から神妙な顔つきで登場し、声を詰まらせながら謝罪した。

 「明らかにルールを逸脱しています。あまりにも非常識。当番組の暴挙」と全面的に非を認める。各メディアがこぞって取り上げる“ハニカミ・フィーバー”。盗聴未遂が発覚する前日の5日の同番組でも、冒頭から遼ちゃんの活躍を大々的に取り上げ、同時にファンのマナーの悪さも声高に指摘していた。

 「あれほどゴルフ場にいらっしゃるキャディーの皆様のマナーを訴えておきながら、このざまです。恥ずかしくて恥ずかしくて仕方ありません。一番信頼していた友人に裏切られた気持ち」と福澤キャスターも立つ瀬がない。「ギャラリー」を「キャディー」と間違えてしまうほどのろうばいぶりだった。

 この日、定例会見を行ったTBSの井上弘社長(67)も「一言でいえば、バカじゃないか。なんでそんなバカなこと考えるのか。大沢親分の『喝(かつ)』なら『喝、喝、喝、喝』ぐらい。腹立たしいし、不愉快です」と激怒。「石川選手には、ご迷惑をおかけしたの一言。足を引っ張っちゃって申し訳ない」と平謝りだった。

 福澤キャスターは「総合司会者は総合責任者。番組としての責任、今後の身の振りようを考えております」と沈痛な表情。最後は「石川遼君は日本ゴルフ界の宝です。皆さんで守らなければいけません。重ね重ね申し訳ありません」としめくくった。

 番組降板を示唆したかのような福澤キャスターの発言についてTBS側は「スタッフへの叱咤(しった)激励ととらえている」と進退や番組の存続については言及しなかったが、度重なるTBSの番組での騒動に、批判の声が上がるのは避けられないところだ。

Saturday, June 02, 2007

近況

今日ようやく『ベルクソン年鑑』第三巻が手元に届いた。カッシーラーの翻訳はすでに三年も前に始めたものだし、序論自体も二年前に書き終わったもので、なんだか遠い過去の出来事のような気さえする。一時期はカッシーラーばかり読んでいたっけ。その後刊行された本がà paraîtreのままになっていたり、時間さえあればもう少し手を入れたい表現も幾つかあるが、まあ出てしまったものは仕方がない。ああ、なんか疲れた。。

今年のpublication(掲載決定済みのもののみ)としては、

1)ベルクソンの人格性概念についての論文(3月既刊)

2)檄文的(笑)エッセイ(5月既刊)

3)上記のカッシーラー翻訳および序論(5月既刊)

4)論文「ベルクソンと目的論の問題」(ロングバージョン、仏語)、トゥールーズでの発表、サイト上で見られます。(5月既刊)

5)同内容の論文(ショートバージョン、日本語)、日仏哲学会誌次号(夏?)。

6)論文「唯心論(スピリチュアリスム)と心霊論(スピリティスム)」(ショートバージョン、日本語)、仏文学会誌次号(夏?)。

7)論文「ベルクソンの手」(英語バージョン)、米の思想雑誌SubStance(冬?)。


今年の発表を含むアカデミックな活動としては、

1)トゥールーズでの日欧シンポジウムの主催、およびそこでの発表。

2)仏文学会での発表(5月20日)は、ハプニングというかサプライズもあったが(来てた人には分かる(笑))、いつもどおり。内容的にも自分の力の平均くらいは出せたのではないかと思う。

3)『創造的進化』百周年日本篇の主催、およびそこでの発表。

4)百周年コレージュ・ド・フランス篇での発表。

5)ハクロン…。

最近の地道な活動。

1)二三日中に『物質と記憶』についてこれまで書いてきたものをまとめ上げる中心的な考えをひとまず完成させたい(ハクロン第2部)。というわけで、ここしばらく関連文献を読み漁っている。いろいろと関連づけはできつつあると思うのだが、なかなか最後のピースがはまらない。

2)その後、6月20日締め切りの紀要論文執筆。三部構成の第二部。前回は「声の射程。呼びかけと人格性」だったが、今回は「火の領分。情動と共同体」。7月上旬にとあるゼミで発表させてもらう予定。

3)ゴーシェの翻訳。というわけで、申し訳ないけれど、今はあまり力を割くことはできそうにありません。

Wednesday, May 30, 2007

恥知らずの天国(池田浩士を讃えて)

私は一度もお会いしたことはないのだが、池田浩士さんに対しては何となく親近感と尊敬の念を抱いている。フランス思想に野沢協先生ありとすれば、ドイツ思想に池田先生あり、という感じである。

池田先生の書かれている文章の若々しさには、故・野村修氏に通じるk大教養ドイツ系の最良の雰囲気(と私には思われるもの)がある。学生と真摯に、できるかぎり対等に向き合おうとするその姿勢。

「京都大学は日本でいちばん汚い大学である。なかでも群を抜いて汚いのが総合人間学部のキャンパスで、これは世界一の汚さを誇っている」という一文で始まる、彼の「恥知らずの天国」という一文を見つけた(『総合人間学部広報』No.33, 2003年2月)。

彼はこの汚さを排除すべきものとも(昨今の大学行政の推進する清潔ファシズム)、賛美すべきもの(単なる懐古趣味の大正教養主義的反動)とも考えない。

「このキャンパスが汚いのは、そこが生きているからだ。汗や糞やニキビや抜け毛や爪の垢やカサブタやフケや絶えざるナマ傷などが、すべて生命の証しであるように、立看板やビラや貼紙や落書や騒音や鍵の破壊は、この世界一のキャンパスが生きている証左である。」

だが、汚さを汚さと自覚し、一抹の恥や慎ましさ、良心の呵責を覚えることが急速になくなりつつある。それは、幼児化した学生社会が、ますます恥知らずになりつつある日本社会――慌ててホリエモンをバッシングし、「ナントカ」還元水を批判し、農相の自殺に驚いてみせたところで、自分たちの「会社=市場経済=資本主義」至上主義を覆い隠せるはずもない――の縮小再生産に他ならないからである。

≪廊下でビラ貼りをしている数人の人物に、「せめてそんなに糊を付けないで貼ってほしい」という感想を述べたところ、「ビラ剥がしをする小母さんたちに仕事を作ってやってるんだ!」という答えが返ってきたのだそうだ。

[…]カール・マルクスは、すべてを商品と化すことによって存立する資本主義の社会がいかに人間を恥知らずにするかを、くりかえし指摘した。ここでいう恥とは、いわゆる世間体を気にする感覚のことではない。人間が自省と自己批判を失うこと、対自的な視線を喪失し、したがって対他的な視線のリアリティを獲得しえないこと、それをマルクスは恥の意識の欠落として批判したのである。

恥知らずというものをマルクスが、すべてを商品と化してしまう社会構造との関連でとらえたことに、注目せざるをえない。商品は、それが自分に買えるものであるかぎり、自分の所有物であり、自分はそれの主人である。

だから、高い授業料を自分の親が支払っており、その親は将来できるだけ高く売るべき商品として自分に投資しているのである以上、商品たる自分も、自分の予定価格にふさわしいアルバイトの収入なり親からの送金なりで、たとえばビラを作るための紙を、どれだけ買い込もうが、どれだけ使おうが、自分の勝手なのだ。自転車整頓の老人たちも清掃の女性たちも、自分が払った授業料で大学が雇ってやっているのだ。

こうして、近ごろは、汚いキャンパスに新種のカサブタがごく普通のものとなった。同一サークルのまったく同一のビラが、同じ壁面のすべてを埋め尽くして、ズラーッと張り巡らされるのである。もちろん、別のビラが貼られる余地はまったくなくなる。エコロジストなら、地球資源をどうしてくれるのだ、と言うところだろう。

[…]わたしのこのたった一枚の表現こそが人びとの心をとらえるのだ、という誇りなど、この恥知らずな大量商品には、カケラもない。あるのは、ビラを見るものの感性にたいする限りない侮蔑であり、紙を大量に買ってやらなければ熱帯雨林だけしか売るものがない某国の人間は生きられないだろう、という恥知らずな驕りでしかない。

世界一汚いキャンパスは、死んではならない。だからこそ、生きかたを考えなければならない。≫

こんな文章を書ける人間がどんどん死滅しつつある。「軽妙」で「洒脱」なエッセイを売れ筋のジャーナリズムに書きまくること、あるいは学内のことにできるかぎり我関せずを決め込んでアカデミックな業績づくりに邁進することが「大人」の学者のスタイルなのだろう。それを悪いとは言わない。私だってそうするかもしれない。ただ、私はこんな痛快な文章を書ける人を敬慕し続ける。

Tuesday, May 29, 2007

製作の地政学

監督するのも大変だけど、製作するのも大事な仕事。ソクーロフの『太陽』の製作には日本の会社が一つも入っていなかった(はず)。製作の地政学というものがあり、その中で戦っているのだ。

我々の業界も同じ。外国人思想家・研究者を招いたシンポジウムや講演会を聴くとき、中身もさることながら、どんな風に「製作」されてるのかといったことにも注目する必要があるのかもしれない。

≪河瀬監督は「これまでカンヌで育てられて、フランスから世界配給してもらっていたから、最初から一緒にフランスと手を組んで映画を作ってみたかった。それで昨年、脚本を持って直談判。そこから、フランスで半分、私が日本で半分資金集めをする、という具合に話が進みました」と、製作の苦労を語ってくれたわ。多々超えてきた苦労が実を結んで、今夜の公式上映。感無量よね~。≫(Masamichi Yoshihiro, 【カンヌ映画祭レポートvol.37】『殯の森』河瀬監督の記者会見で感無量)

ちなみに、「制作」と「製作」の違いについて。演劇畑、アニメ畑から一例ずつ。

Saturday, May 26, 2007

がんばる地方の国立大…しかし基準は金しかないのか

経済の論理に対抗するのに経済の論理をもってせねばならない時代風潮。


<地方国立大>経済効果は400億~700億円 文科省調査
5月24日8時56分配信 毎日新聞

 地方国立大学が地元に及ぼす経済効果は400億~700億円に上ることが文部科学省の調査で分かった。プロ野球・楽天イーグルス(97億円)よりも4~7倍の波及効果があり、同省は「地方国立大は、教育だけでなく、経済的にも地域に貢献している」と指摘している。

 調査は今年3月、地方国立大の役割を経済的な観点から実証するため、財団法人・日本経済研究所に委託して初めて実施した。

 当該県への経済効果は
▽山口大667億円(雇用創出数9007人)
▽群馬大597億円(同9114人)
▽三重大428億円(同6895人)
▽弘前大406億円(同6774人)。

鹿児島県での九州新幹線の部分開業(166億円)や九州地方のJ1チーム(24億円)よりも経済効果があるとしている。

 国立大をめぐっては、収入の約45%を占める運営費交付金の配分ルール見直しが検討され、研究実績に基づき配分した場合、全国87大学のうち74大学で交付金が減少するという財務省試算がある。文科省や国立大は地方国立大の統廃合につながると危機感を募らせており、経済効果をアピールしたとみられる。【高山純二】

がんばる地方の国立大 経済効果670億円 楽天の7倍にも
5月25日8時0分配信 産経新聞

 山口大や弘前大など地方の中堅国立大学が地元経済に与える経済効果は年間400億~700億円に上ることが、文部科学省の試算で分かった。プロ野球楽天イーグルスがもたらす経済効果をはるかにしのぐ数字といい、文科省は「国立大が地方経済に及ぼす影響は極めて大きい」と強調。交付金配分方法の見直しを進める財務省の方針に反発している。

 試算は、生産誘発や雇用創出などについて地方の国立大が地元の県経済に及ぼす影響を検証するもので、文科省が日本経済研究所に委託し、学生数が7000~1万人の弘前大(青森)、群馬大、三重大、山口大の4大学について分析した。

 山口大の県経済への経済効果は年間で総額667億円。内訳は学生らの地元スーパー利用など商業分野が115億円、賃貸アパート契約など不動産分野が90億円など。群馬大は597億円、三重大は428億円、弘前大も406億円の経済効果があった。

 文科省によれば、こうした経済効果は「楽天イーグルスが宮城県に及ぼす97億円の4~7倍、サッカーJ1大分トリニータが大分県に及ぼす24億円の17~28倍に達する計算」という。

Friday, May 25, 2007

信頼関係と完ぺき主義

海外の研究者と「交流」という名の表層的で儀式的、結局のところ非生産的なつきあいをしたくなければ、どうすればいいのか。「信頼関係構築に必要なのは?」(奥田秀樹、「野茂とは違う松坂の目指す道」、2007年5月21日)

≪バリテック自身は、捕手としての豊富な経験から、信頼関係は一朝一夕ではできないと分かっていて、キャンプ終了時点でこう言っていた。「大輔との信頼関係はできたのか?」 と質問したのだが、

「信頼関係は意味のある試合(公式戦)で初めてつくられるもの。キャンプの期間は一緒にいる時間が長いから、互いのことを知り合うチャンスだし、投手について学ぶ貴重な機会だ。でも、キャンプで信頼関係を構築することはできない」

 関係構築のプロセスについてはこう説明した。 「大切なのはAGREE TO DISAGREE(互いに意見が違うことを認め合うこと)なんだ。重要な試合で、どうやって打ち取るかで意見が食い違ったとき、互いの考えを説明し合うことで、より相手を理解できる」

 その上で、メジャーではバッテリーの主導権を握るのは投手だという。 「投手と捕手は違う角度から野球を見ている。意見が食い違うのは当然。私の役割は投手が打者を打ち取る手助けをすること。最終的に何を投げるか決めるのは投手なんだ」≫

「公式戦」とは何に当たるのか、なぜ私は執拗に英・独・仏語でpublicationすることを薦めるのか。

レセプションなどで有名な学者の周りでとにかく気の利いたことを喋ろうとする人がいる。有名人のHPやブログやら何やらに気の利いたことを書き込もうとする人がいる。感激にのぼせてしまった若手ならまだしも。そういったものは「オープン戦」「練習試合」ですらない。キャンプで信頼関係を構築することは出来ない。ましてや、見ず知らずのプロとうまいキャッチボール(会話とは言葉のキャッチボール)をしたからといって、何がどうなるというものでもない。

逆に、いたずらに有名人に噛み付く人がいる。自分の信じるところを述べるのはもちろん構わない。けれど、噛み付くために「信じるところ」を急造・乱造してしまう本末転倒の人も見かける。大切なのは、「重要な試合」で「勝負」に勝つことだ。この場合、勝敗が論戦相手に議論で「勝つ」ことを意味しないのは明らかである。勝つというのは、論戦相手と「AGREE TO DISAGREE」しつつ、議論の本質において共に前進することにほかならない。

*

完璧主義とは、完璧なものが書けるようになるまで発表をしないということではない。その都度、自分の置かれた状況の中で、前回よりもさらに高いパフォーマンスを発揮できるように絶えず工夫する姿勢のことを言うのである。教授や助教授になっても、同じことである。

≪松坂大輔が突如制球を乱し3連続四球などで自滅を繰り返していたとき、レッドソックスの監督、コーチ、捕手などは、「大輔は完ぺき主義過ぎるところがある、ボールに力があるんだから、自信を持ってストライクゾーンに投げ込めばいい」 と言っていた。正直、筆者もそう感じた。

 松坂はちょっと困ったように「別に自分のボールに自信を持てなくなっているわけではないんですけど」と話したものだった。

 そんな中で一人だけ違うことを言う人がいた、エースのカート・シリングである。完ぺき主義者であることがピッチングの妨げになっていないかと尋ねると、こう言い切ったのだ。

「徹底的に完ぺきを求めていくことで、偉大な選手と、普通の選手の違いが出てくる。偉大な選手は完ぺきにできないことにいら立つが、そういう考え方だからこそ、偉大な選手になれる。(松坂は)きょうは悔しくて眠れないだろうけど、次の登板にきっちり合わせてくると思う」≫

Thursday, May 24, 2007

脱構築とは制度の脱構築である

脱構築とは常にすでに制度の脱構築である、と以前述べた。デリダが以下の言葉を一言も語っていなかったとしても、やはり脱構築の本質は、枠組みの、パレルゴンの、限界=極限の脱構築にあるわけだが、ディディモと呼ばれるトマスは世に多くいるので。。

≪そのモデルも、概念も、問題も、空から降ってきたわけではなく、それらは、諸々の様態に従って、ある限定された瞬間に形成されたものである。

哲学の教授資格試験でさえも、一つの歴史と体系を形成している。

幾つかの特定的な中継地点、例えば、フランスにおけるいわゆる哲学教育の中継点、哲学のプログラムの、哲学の試験やコンクールの形態の、哲学の舞台や哲学のレトリックの制度の中における中継点を考慮に入れる必要がある。

ヴィクトル・クザンは、フランスにおける大学と、その哲学に関する制度、そして今も我々がその住人となっている教育の全構築物の構築にあたり、決定的な役割を果たし、少なくともそれを代表する人物となった。私は、ここでは諸々の導きの糸の一本としての固有名詞(クザン)によって、一つの脱構築の必然性を命名するにとどめる。

その脱構築の論理の帰結に従えば、それは、哲学素の、意味論的であると同時に形式的な、内在的構築のみならず、哲学に対し誤ってその外的な住居として割り当てられるであろうもの、哲学の訓練の外在的な諸条件をも攻撃するのである。つまり、哲学の教育の歴史的形態、この教育制度の社会的、経済的、あるいは政治的構造をもである。

脱構築が一つの分析や一個の「批判」と常に区別されるのは、それが言説やシニフィアン表象だけでなく、堅固な構築物、「物質的」な制度に関わるからである。そして、関与的であるために、それは、哲学的なるもののいわゆる「内的」な配列が、教育の制度的形態と条件と、(内的にして、しかも外的な)必然性によって、連接するその場所において、可能な限り厳密な仕方で、作用するのである。

制度の概念そのものが、同じ脱構築的な処理を蒙るところまで。≫(デリダ、『絵画における真理』)

Tuesday, May 15, 2007

熱視線

たぶん日本代表のサッカーを少しでも見ている人なら賛成してくれると思うのだが、監督がジーコからオシムにかわって最大の違いは、いわゆる「国内組」への熱視線だろう。

ジーコは国内組がいくら健闘しようが、海外組の調子が悪かろうが、後者に全幅の信頼を置き、その序列を頑として変えなかった。オシムは、積極的に国内視察を行ない、就任一年目の去年から今年にかけて、長らく一度も海外組を召集せず、国内組のみで代表戦を戦った(今は混合)。

これで、Jリーグ内での代表選抜への競争意識が活性化したことは疑い得ない。頑張れば自分にもチャンスが回ってくるかもしれない。名前ではなくプレーを見ているという基準が明確化すれば、選手の目の色も変わってくる。

研究者も同じである。頑張っている若手にチャンスを与えるとは、「鍛えてやる」というだけではなく、生き残りのために業績作りのチャンスを与えるということである。大学の紀要に書かせるという以上のチャンスを、である。それを見つけてくるのもまた、一定以上の年齢の研究者の任務なのだろう。

例えば、昨年のブランショ国際コロックは、優秀な若手研究者に、海外の研究者の前での発表の機会を与えていた。いずれ(今年はまだ無理だが)、我々の領域でもこういった機会を少しずつ増やしていければと思う。

ただ、「フランス語を勉強しろ」とお題目のように唱えても、駄目なのだ。実際に目の前で示して見せないと。海外リーグの試合が日本で見られるようになったこと、海外の選手と対等に渡り合う日本人選手の姿を見ることが、国内で頑張る若手選手の意識にどれほどの顕在的・潜在的な影響を与えたことか。

業績作りはたしかに目的化、「お仕事」化してはいけない。札束で頬をひっぱたくがごとき、悪弊の師弟関係も復活させるべきではない。だが、綺麗ごとで人は動かないというのもまた厳然たる事実だ。魅力あるチャンス・メイキングと連動させてこそ、「鍛錬系」は真に駆動しうるのではないか。

***

<サッカー日本代表>オシム監督、裾野拡大で近藤らに視線毎日新聞 - 2007/5/14 21:56

 サッカー日本代表候補の合宿が14日夜、千葉県習志野市内で始まった。4月に続き、強化目的の3日間の短期キャンプで、最終日には大学生チームとの練習試合も組まれている。オシム監督は裾野拡大をテーマに挙げ、23歳のDF近藤(柏)、左サイドのスペシャリストである村井(磐田)らに注意深い視線を注いだ。

Monday, May 14, 2007

昨日

昨日の第2回「フランス哲学セミナー」では、十年ぶりにdaさんとお会いすることが出来て、懐かしくも嬉しかった。ちょっとからかいすぎたかも。ごめんなさいね。

内容以外に良かった点。なるべく読み上げでなく、話し言葉でまとめるという方針の採用。私も以前述べた「聴診」ということの重要性が強調されたことはよかった。

8月の第4回、ハクロンの中間発表で手を挙げた。かなり逡巡したのだが、やれるだけのことをやって叩かれたほうがいい、と覚悟を決めた。なんとはなしに漂っている期待が幻想であったと判明するなら、それはそれで仕方がない。今の自分の実力を厳しく冷静に見つめ続けること。

私的な理由のほかに、博士課程以上の人、先生方も発表することが望ましい、といった組織上の理由もある。つまり、叩く人、叩かれる人の役割分担をフレキシブルにしておかないと、すぐに学会・研究会的なヒエラルキーが出来上がってしまうおそれがあるので。。

*

檄文、ちょっと顔をしかめる人もいれば、もっとやれと言ってくれる人もいたり。まあ、バランスに気をつけつつ、でも言うべきことは言う、という今までどおりのスタンスで続けていきたいと思っています。

蓄積疲労に苦しみつつも、来週の学会発表に向けて鋭意努力。

Wednesday, May 09, 2007

反響

このあいだのトゥールーズ篇の反響。きわめて好意的。でも問題点も鋭く指摘してくれてる。そうなんだよね、だから散々フランス側の主催者に言ったんだけど。「日本側が議論に少しでも積極的に参加できるよう、取り計らってくれ」って。何度かは聞いてくれて、フランス人研究者の原稿をコピーしてくれたけれど、そもそも完成原稿を持ってきてない人たちもいたし、こちらも皆多かれ少なかれよそ者としての気兼ねがあったり、長旅で疲れていたりと(トゥールーズは遠かった…)、積極的な攻めは出来なかった。この反省を次回、日本篇では少しでも活かしたい。

Tuesday, May 01, 2007

抵抗の核

近況。

1)MLに檄文的なことを書くのは控えなさい、と少し年上の方にたしなめられる。書き方に気をつけないといけないのは確かなのだが、他方で、不言実行の人と有言実行の人がいるのも事実なので。。私が苛立ち、打破したいと願っている停滞状況自体によって規定されている「抵抗の核」が問題なのであってみれば、私の言動に苛立つ人がいるのはむしろ当然ではないか、という気もするのだが。。

2)日仏哲学会用の論文、およびトゥールーズ篇の発表原稿、それぞれひとまずの完成稿を送る。トゥールーズ篇参加者の論文は随時掲載されているので、興味のある方はどうぞ。

3)あと三週間をきった仏文学会だが、隠喩論文、まだ何も書いていない。一応、骨子は頭にあるので、これを書いていけばいいのだが、早くやらないと。書いているうちにさらにいいアイデアが浮かぶのだが、残念ながら時間切れというのがいつもの悪いパターンなので、改善していかないと。

4)十月・日本篇の準備、着々と進んでいる。海外から9人(10人)、日本から9人のガチンコ対決。お客さんお呼びし、お話を謹聴して「フジヤマ、ゲイシャ、スキヤキ」(スター扱いで接待)はもういいよ。やりたいのは真剣勝負。

5)十一月にコレージュ・ド・フランス主催で行なわれる『創造的進化』シンポジウムのワークショップCFPが出た。関心のある方は、私まで。

6)ハクロンは??これが私にとって一番の「抵抗の核」なのだ。。

Friday, April 27, 2007

「ものすごく真っ当」な方策

トゥールーズにちなんで、というわけでもないが、興味深い記事。スポーツの例は多くを教えてくれる。

出村謙知(でむら・けんじ)さんの「ラグビーの街トゥールーズから起こった旋風」(4月26日)から一部抜粋。

しかも、トゥールーズFCはボー監督を迎えるにあたって、単にトップチームの指揮官に指名するだけではなく、年齢カテゴリー別に4個あるジュニアチームも含めたトゥールーズFC全体のコーチングスタッフを取り仕切るGMとして契約を結んでいる。

 つまり、ボー監督の立場は単純に現在のトップチームの成績を上げればいいというだけではなく、ジュニア強化を含め、長期的視野に立ってクラブを健全に発展させていく責任も負ってもいるのだ。

「まずは選手それぞれの特徴をコーチが受け入れること。こちらから、こういうプレーをしろと押し付けることは指導者の仕事とは対極に位置するものだ。常に各選手の優れている点に着眼しながら、それが集積された時に全体として一番強くなりそうな部分を強調したチーム作りを進める必要がある」

 そんなコーチ哲学を持つボー監督が、就任1年目にして早くもしっかりしたチーム作りに成功しているのは、前述してきた成績が示す通りだ。

「このチームの若い選手は素晴らしいポテンシャルを持っていて、その上しっかり組織プレーが植え付けられている。ただ、2位になるなんて考えもしなかったこと。今でも、まずは今季当初からの目標である20チーム中10位以内を確保することの方が優先であることに変わりはない」

 あくまでも控え目な態度を崩さないポー監督への若い選手たちからの信頼は抜群だ。「ボー監督は、若い自分たちが持っている可能性を最大限に引き出してくれている。彼の存在がなければ、今のチームの成功はなかった」(MFアシル・エマナ)

 現在のトゥールーズFCにチーム一丸となっている一体感があるのは、今季スタジアムに行ったことがあるファンなら間違いなく感じていることだろう。よそ者として、一度だけトゥールーズFCの試合を現地取材した者にも、それは十分に感じられた。

 圧倒的な存在であるメジャースポーツ、ラグビーに常に圧倒され、一時は経営破綻から3部落ちまで経験したトゥールーズFC。そんな苦境を脱するために取られた方策は、ものすごく真っ当なものだった。すなわち、ジュニア強化に力を注ぎ、自分たちに最もふさわしい実績ある指導者を招いてトップチームの指揮を執らせる一方で、ジュニアも含めたクラブ全体のコーチングシステムを整えるということだ。

Thursday, April 26, 2007

『創造的進化』百周年・日本篇正式決定!

疲れた。昨日帰ってきたのだが、トゥールーズ篇の前後一週間は毎日熱があり、体調が悪かった。しかし、いろんな人と喋り、飲み、食うのが「お仕事」だから強行軍。ほんと、コロックに出るたび思うのだが、ほとんどビジネスだよね。それをいかに生産的な思考のために用いるか。理想を持った現実主義者たれ、と自分に言い聞かせている。

まず、ビッグ・ニュース。実は前々から企画していた『創造的進化』日本篇が、この度本格的に始動することになった。様々な人にあたりをつけ、調整し、企画書を書き、とグランド・デザインを殆ど一人で行なったので、感慨もひとしお。10月15~20日に東京・京都にて(もう一つの地方は却下された。地元人士を恨むべし)。

次に、個人的なこと。

1)『現代思想』5月号のとある欄を執筆。フランス哲学研究の内弁慶的現状をちくり。

2)カッシーラー仏訳と序論、最終確認。三週間ほど遅れて、Annalesの第三巻が出る予定。

3)SubStanceというアメリカの雑誌の『創造的進化』特集に応募していた論文が通った。アングロ=サクソン系には受けるだろうという見通しを持っていたので(彼ら向けに書いたわけではないが)、気に入ってくれたそうで何より。

最後に、友人・知人からメールで報せを受けた新刊・雑誌を幾つか。

・ウェブ上の哲学雑誌としては小柄ながら本格的な部類に入る、P.-F. MoreauのKlêsis。最新号は、ズラヴィシュヴィリ追悼特集。ドゥルーズ解釈では必ずしも彼と一致を見たわけではないが、期待の若手だった。Autour de François Zourabichvili。この手の企画も日本の哲学界では見かけない。お互いを真剣に読み合い、議論し合い、尊敬し合うという当たり前の関係。

・éd. Beauschesneの雑誌 Revue Présentaineの新刊案内。
n°18/19 : Musique, Phénoménologies - Ontologies - interprétations

・Abécédaire de Jacques Derrida, sous la direction de Manola Antonioli. Collection Abécédaire, n°3. Éditions Sils Maria/Éditions Vrin, coédition. マノラは最近、『ドゥルーズと政治』というデカイ論文集(actes)も出しましたね。

・François Azouvi, La Gloire de Bergson. Essai sur le magistère philosophique, Gallimard, coll. "nrf essais", avril 2007. 『デカルトとフランス』が出たときから、次はベルクソンだろうと思ってました。彼は完全にコレージュ狙いですね。

Thursday, April 12, 2007

大学の幼児、幼児の大学

正直、どこまで幼稚化すれば気が済むのかとも思う。「がんちゃん」(岩手大学)、「しずっぴー」(静岡大学)、「ビビット」(島根大学)、「ひょうちゃん」(兵庫教育大学)…。時勢に乗り遅れないため、ポピュリズムに迎合するため。

民間企業のように、「私大と同様に」(このことの帰結をじっくり考え抜いた者が果たしていたのか)、親しみやすく、学生に優しく、限りなく優しく、「学生さんはお客様で、お客様は神様です」…。目を開けて見よ、これが独法化の指し示す方向である。

≪戦前の日本の「大学の自治」対国家の闘争は、帝国大学の特権的基盤のうえに立ってはじめて可能であったのであり、それは帝大が日本においては例外的な、本当の意味の、保守主義の砦であったからである。早くから「大衆化」し、「国民化」した私大は、大衆を背景にしたファシズム反動の前に、帝国大学よりもはるかにもろかったし、むしろ便乗しさえした。≫(丸山真男、『自己内対話』、223頁)

一方で、望ましい改善の動きも見落としてはならないだろう。認識においては悲観主義者、意志においては楽観主義者たれ、とはルカーチ経由のロマン・ロランの言葉であっただろうか。


東大キャンパスに保育園オープン、女性研究者ら支援
4月4日11時31分配信 読売新聞

東大・本郷キャンパスにオープンした「東大病院いちょう保育園」で遊ぶ子どもたちを見守る小宮山東大総長(左)

 子供のいる教職員をサポートするため、東京大学の本郷キャンパス(東京都文京区)内に今月から開かれた「東大病院いちょう保育園」の開園式が4日行われた。

 東大の教員に占める女性の割合は9・3%(昨年5月1日現在)にとどまる。女性研究者を育成するには、女性が働きやすい環境整備が欠かせないとして、大学が直接運営する保育所を各キャンパスに設立することにした。

 いちょう保育園はその第1号。計6人のスタッフで運営され、一時保育も含めた定員は32人。当面は看護師ら病院職員を対象に小学校就学前までの子供を受け入れ、現在7人が入園している。将来は、本郷キャンパス内にもう1園を開設するなど3園を作り、教職員や大学院生や学部生の子供を受け入れる方針だ。


<広報合戦>10大学が広告代理店などと業務提携
4月4日3時3分配信 毎日新聞

 国立の全87大学のうち8大学が学外から広報担当者を受け入れ、10大学が広告代理店などと業務提携をしていることが、文部科学省の初の調査で分かった。07年は大学・短大への全志願者数と全入学者数が同じになる「大学全入時代」といわれる。中には「マスコット」を作成する大学も現れ、国立大の広報合戦が過熱している。

 文科省は06年3月以降、国立の87大学を対象に、広報活動の状況を聞いた。 外部から広報担当者を受け入れていたのは▽東京大▽東京外国語大▽東京海洋大▽静岡大▽神戸大▽熊本大▽北陸先端科学技術大学院大▽奈良先端科学技術大学院大の8大学で、広告代理店や私立大学、大手予備校などから招いた。

 また、北海道大や東北大、一橋大など10大学は広告代理店や情報誌、新聞社などと業務提携。大手広告代理店と提携した九州大は「大学のブランド戦略を検討するうえでのアドバイス、資料提供」を目的に挙げている。

 このほか▽岩手大▽静岡大▽兵庫教育大▽島根大は、大学独自のマスコットを作り、「がんちゃん」(岩手大)などの愛称をつけてPRしている。

 河合塾と旺文社から計2人の広報担当者を招いた静岡大は「(04年の)国立大法人化と大学全入時代を前に、入試や広報でさまざまな取り組みが必要になったが、今までの教職員は何をすべきか具体的なイメージが描けなかった。入試改革もマスコット作成も、大学のイメージアップ戦略の一つ」と話した。

 文科省は「これまで国立大は入学試験の広報が中心だった。しかし、法人化以後、私大と同様に大学全体の広報活動をするようになっている。イメージアップは、優秀な学生確保や産学官連携などの際のベースになる」と分析。文科省は各大学の参考となるよう、3月末に調査結果を各大学へ送付した。【高山純二】


<社会意識調査>「悪い方向に」教育がトップ 内閣府発表
3月31日19時31分配信 毎日新聞

 内閣府は3月31日、社会意識に関する世論調査結果を発表した。現在の日本の状況について「悪い方向に向かっている」と思う分野を複数回答で聞いたところ、教育が前回(06年)から12.3ポイント増え36.1%となり、98年にこの質問を盛り込んで以来最高で、初のトップとなった。高校の履修不足問題や、相次ぐいじめ自殺などが影響したとみられる。医療・福祉31.9%、地域格差26.5%も10ポイント以上の増加で過去最高を記録した。

 「政治や社会情勢の影響を受けやすい調査」(内閣府)だけに、安倍政権の課題を浮き彫りにした形だ。 調査は1~2月、全国の成人男女1万人を対象に面接方式で実施。5585人(回収率55.9%)から回答を得た。

 教育と答えた人を男女別にみると、男性36.7%、女性35.6%。年代別では男女とも30代がトップ(男性47%、女性47.8%)で、20~40代の男女がいずれも4割を超えるなど、子育て世代の教育不安を裏付けた。

 教育に、前回トップの治安35.6%(前回比2.7ポイント減)、雇用・労働条件33.5%(同4.6ポイント増)が続いた。急増した医療・福祉(31.9%)と地域格差(26.5%)はそれぞれ、5位と8位だった。

 小泉政権で増加の一途だった外交は前回比8.9ポイント減の22.4%で、日中、日韓首脳会談の再開といった安倍外交を国民が評価していることをうかがわせた。

 一方、「良い方向」(複数回答)は(1)科学技術19.7%(2)通信・運輸18.9%(3)医療・福祉16.5%――の順だった。【渡辺創】

Wednesday, April 11, 2007

基礎練と営業

こういう記事を精神主義的に読むなら(ひたすらシゴキ練習、みたいな)、大した価値はない。だが、細部・具体にこだわって読むなら、そこから何らかの示唆が得られる。

1)世界標準レベルにまだ達していないという冷静な自己認識(Jリーグの一流選手でも、世界で通用するかどうかは不明、という冷静な状況認識)。

2)追いつくために何かをしなければならないという意志(遅れていますがそれが何か?という意味不明の開き直りは、日本の人文科学でも、思想業界にしか存在しない。日本語で書き続ける自然科学者などありえないという自明の事実)。

3)個人の努力ではなく、集団で、制度的な対策を講じる必要性の認識。何を、どのように、具体的にアップさせるべきなのか、についての議論。体力と技術力。語学力、議論する力、哲学史の知識。

4)スター(「神様」ジーコ…)を呼ぶことの意義もあるが、もっと大事なのは自分のレベルをアップさせてくれる教育的資質を持った人材を呼ぶこと。日本のフランス哲学研究者は、観客なのか、批評家なのか、それとも、いかに「ヘタレ」であろうとも、同じ舞台に立つ役者たろうとしているのか。

5)営業ばかりでは困る、そんなのは当たり前のことだ。誰もまともな(自分本位の、営利目的でない)、教育的な営業をやっていない現状において、何もしていない人にしたり顔で指摘されても困るのだ。

6)思想はけっきょく孤独な営み、と自分に呟きつつ、けれど、自分一人で思想を始めたわけでもなければ、また、自分が育てられた教育環境を必ずしも瑕疵なきものと見ているわけでもないことは明白である以上、介入の必要と責務が生じるのではないか。


「いままでにない!」桜戦士初体験…これが世界基準トレ
サンケイスポーツ - 2007/4/10 8:01

 ラグビー日本代表強化合宿(9日、千葉・日本エアロビクスセンター)9月開幕のフランスW杯へ向け、日本代表が練習を開始した。ジョン・カーワン・ヘッドコーチ(42)は、自ら指名した豪州協会所属のマーチン・ヒューメ・フィットネスコンサルタント(50)と、ニュージーランド(NZ)協会から出向するマイケル・バーン・技術コーチ(45)が主導する練習メニューを導入。豪州、NZ両代表の強化メニューを桜の戦士に初日から課し、世界基準を体感させた。

 いきなりカーワン流が炸裂だ。世界に勝つために、世界を知れ。カーワン・ヘッドが日本代表に世界基準を体感させた。

 合宿練習初日。午前練習を指揮したのは、トレーニングのエキスパート、ヒューメ氏だ。NZやイングランドのプロチームなどでコーチ歴があり、03年W杯では日本を破ったスコットランド代表を指導した男。現在は豪州協会と契約し同国代表の体力強化にも携わる敏腕コーチは、豪州代表でも取り入れている7分間のインターバル・テスト(ダッシュとウオーキングと静止をおり交ぜた走力テスト)を課した。 結果は、世界との差を痛感させられることになった。トップは14.7という数値を記録したSH大東功一(NEC)。だが、ヒューメ氏によると「スコットランド代表のトップは16、17台」だという。走力が自慢の日本のBK陣の平均的数値は13前後で、世界の強豪チームのFW第1列と同程度という厳しすぎる現状を突き付けられた。

 午後練習に登場したのは、バーン氏。ヒューメ氏と同様にスコットランド代表を指導し、現在はスキル(技術)コーチとしてNZ協会と長期契約を結ぶ世界的指導者だ、ボールを蹴る時にひざをしっかり伸ばす技術をBK全員に指導し、「苦戦していたが、これを克服すればレベルは必ず上がる」。主将のNO・8箕内拓郎(NEC)は「いままで経験のないメニュー。いい刺激になる」と練習の手応えを語った。

 世界屈指の強豪国と契約を結ぶ2人の指導者を招いたのは、カーワン・ヘッドだ。NZの13人制ラグビーチームに所属していた時にコーチだったのがヒューメ氏。イタリア代表監督時に対戦したスコットランド代表のキック精度を高めた指導者がバーン氏。ツテをたどって招へいした指導者によって体力と技術の向上を目指すカーワン・ヘッドは「フィットネスの向上、そしてキックを使ってトライを取ることは日本にとって重要だから」と意義を説明した。

 肉体強化を託されたヒューメ氏は「初めて体験するメニューで、この結果は悪くない」とフォローした上で、「9月までには、世界レベルの数値にいくこともできる」と太鼓判を押した。W杯へ向けた初練習の場で世界基準を体感したカーワン・ジャパンは、世界を打倒するための一歩を踏み出した。


“走る営業部長”為末、人気回復目指しイベントを企画
サンケイスポーツ - 2007/4/10 8:01

 8月開幕の世界選手権大阪大会の前哨戦『国際グランプリ大阪大会』(5月5日、長居陸)に参戦する為末大(28)が9日、陸上競技の“走る営業部長”に名乗りを上げた。“ミリオネア資金”を元手に陸上イベントを企画するなど、世界陸上銅メダリストが人気回復にひと役買う。

 陸上をマイナーにはさせない。国際グランプリ出場選手の記者会見に出席した為末が「今年は陸上の浮沈が懸かっている。陸上がメジャーになるような仕掛けをしていきたいと思っています。今年はセ・リーグでもパ・リーグでもなくて、陸上界です」と宣言した。

 01年エドモントン、05年ヘルシンキと世界選手権で2枚の銅メダルを持つ男の訴えだ。女子マラソンを除けば、陸上の話題が取り上げられるのはわずか。人気低下が競技人口を減少させ、弱体化につながる。株のトレーダーとしても知られる為末にとって、将来が心配でならない。

 そこで、昨秋に人気テレビ番組「クイズ・ミリオネア」で獲得した1000万円を元手に、繁華街での陸上イベントを企画。8月の世界陸上までの実現を目指して調整している。100メートルの末続慎吾や走り幅跳びの池田久美子ら親しい仲間からもアイデアを募り、サプライズを演出していく。

 昨年は走る速さを高めるため、ハードル競技には出場せず脚力を鍛えた。今大会では、1年9カ月ぶりにハードルを“解禁”する。「スピードは速くなった」。16年ぶりに国内で世界選手権が開催される陸上イヤー。走る宣伝マンが、ファンの視線をトラックへ向けさせる。

Tuesday, April 10, 2007

ソフトからハードを動かす。

最近数ヶ月間にいただいた日本の本・論文をまとめて。

nsさん、三宅剛一の講義ノート、『ドイツ観念論に於ける人間存在の把握』(学習院大学、2006年)、ありがとうございました。「およそ哲学史研究というものが、テクストの厳密な読解や、論理の飛躍をそれと見抜くだけの批評眼を必要とすることは言うまでもない。しかしそのうえで、哲学史研究がわれわれの実存に対して開き示してくれる哲学そのものの『何のために』」こそ示唆に富むのだという解題に記された(kkさんの)言葉、そのとおりだと思います。

hhさん、『現象学を超えて』(Didier Franck, Dramatique des phénomènes, PUF, 2001.)、萌書房、2003年、どうもありがとうございました。フランクといえば有名な『肉と身体』『ハイデガーと空間の問題』くらいしか、しかもざっとしか読んだことがありませんでした。これを機会に勉強させていただきます。

mnさん、デリダ論ありがとうございます。読んで勉強させていただきます。

tmさん、ベルクソンの超レアもの、「アリストテレスの場所論」ラテン語版のコピー、どうもありがとうございます。いつか、ラテン語の辞書と首っ引きで読書会しましょう。

***

 辛仁夏(Yinha Synn)さんのルポ 「フィギュア強国ニッポンの土台が揺らぐ?(2)爆発的ブームの中で何をすべきか」(スポーツナビ、2007年4月2日)は、言うべきことを言っている。一部抜粋させていただく。

人気が出てきた今こそ環境の整備を

注目が集まり、人気が出てきた今こそ、戦略的にフィギュアスケートを世間にアピールしていく必要がある。潤沢ではない強化費用や運営資金など、恵まれていない環境を整備する絶好の機会となるはずだからだ。[…]

伊東秀仁強化部長も「五輪後のこの人気の中で開催できることはタイミングとしてはすごく良かった。この大会でフィギュアスケートを始めたという選手が後に出てくると思う。これをブームに終わらせたくないし、ずっと人気を続けていくことが大事。今後の動きとしては、専用リンクを作ってほしいということが大きい。ナショナルトレーニングセンターにリンクが出来ればいい。将来につなげていくには必要。競技人口が増える中、ソフトからハードを動かしていきたい」と語った。今後はこの人気を活用してリンク減少を食い止め、イモ洗い状態に陥っている現在のリンク不足を一気に解消する動きが出てくればいいが……。


強化体制の練り直し、ジュニア勢の強化が課題

 日本には、海外のフィギュア関係者も注視している、毎夏に野辺山で行われる全国有望新人発掘合宿がある。これは豊富なタレントを輩出する「選手製造工場」だが、昨年新体制になったフィギュア部の強化方針がいまだ明確に定まっていないだけに、今後もきちんと稼動するかが心配される。今季はシニアの世界選手権で手放しの成績を残せたが、その一方でジュニア世界選手権では02年から男女を通じて続いていたメダル獲得ができず、女子の5位が最高だった。

 この1、2年の上げ潮の中で、いかに地道な強化体制を練り直すかに、今後の日本フィギュア界の行く末が懸かっているように思えてならない。来季、新採点システムで育ってくるジュニア勢の強化に本腰を入れないと、フィギュア強国ニッポンの土台が揺らぐことになりそうだ。

***


フィギュアも一極集中 みんな名古屋出身の秘密
3月30日10時0分配信 日刊ゲンダイ

●「世界選手権」視聴率東海地区は最高56% 世界選手権で金・銀メダルを獲得した女子フィギュアの安藤美姫(19)と浅田真央(16)の共通項はズバリ、名古屋出身であること。中野友加里(21)、恩田美栄(24)など日本代表クラスの女子選手はみ~んな、名古屋育ちだ。

 世界選手権の平均視聴率も、名古屋地区は43.0%(ビデオリサーチ調べ)と関東38.1%、関西34.8と比べてダントツ。瞬間最高は56.6%にも達したというからオドロキだ。どうして名古屋人のフィギュア熱は、どえりゃあ高いのか。「名古屋は、お稽古事が盛んで子供より母親の方が熱心なくらい。フィギュアの教室でも、いつも最初から最後まで練習を見つめ、子供もサボれません」(愛知県スケート連盟フィギュア委員長・久野千嘉子氏)

 見た目にも華やかで、嫁入り道具に大金をかけたがる見えっ張りな名古屋人気質にもマッチしている。

 だが、とにかくフィギュアはカネがかかる。エッジを含めたスケート靴の相場は1足12万円!

 これを選手は年4、5足も履き潰し、衣装代やレッスン料だってバカにならない。誰でも手軽にできるスポーツではないが、名古屋の家庭事情にはこんな秘密があった。「都市部の核家族化が進む中、名古屋は大都市ながら3世代同居の世帯数が全国トップ。東京や大阪の倍近い数です。家族の絆を大事にする土地柄で、孫に使う金額もケタ違い。名古屋のフィギュア熱は、祖父母の支援があってこそです」(三菱UFJリサーチ&コンサルティングのエコノミスト・内田俊宏氏)

 スケートの練習にはリンクが不可欠。ほかの地域は夏はプール、冬だけ氷を張るところが多いが、名古屋は3つの通年営業リンクが稼働中だ。通年営業は全国23カ所のみ。うち3カ所ある自治体は名古屋と横浜だけだ。ミキティや真央ちゃんも練習に使う「名古屋スポーツセンター」の黒柳一男社長が言う。「アルベールビル五輪の銀メダリスト・伊藤みどりさんもウチのリンクで練習しました。一般客に交じって滑ることもあり、世界技術に間近で触れる機会が多かったのも人気の要因です。伊藤や浅田を育てた山田満知子コーチなど優秀な指導者も多く、ジュニア教室も活発。今回の金銀独占は底辺拡大の成果です」

 真央ちゃんやミキティの活躍でフィギュア教室はさらに活況――。王国は今後も安泰だ。

Friday, April 06, 2007

「戯作者文学論」について(3)切ない鼻息

こういうところで私の仕事の進展とか、外国人研究者との付き合いなどを報告していると、自分にも他人にも必ず幻想、幻覚が生じるので、それには気をつけている。

あまりグループを作りたくない。特にグルーピーとかファンとか弟子とかを持ちたくない。そんなレベルではないのだから。後輩にもなるべくくだけた調子で近づき、あるいは突き放し、脱神話化するよう努めている。

***

安吾は大言壮語の人と思い込んでいる人がいるとすれば、その人は真実の半分しか見ていない。7月14日の項。

≪親類の人の紹介状をもって、浅草向きの軽喜劇の脚本を書きたいから世話をしてくれ、という人が来た。北支から引き揚げてきた人だ。全然素人で、浅草の芝居を見て、こんなものなら自分も作れると思ったというのだが、自分で書きたいという脚本の筋をきくと、愚劣千万なもので話にならない。こういう素人は、自分で見てつまらないと思うことと、自分で書くことは別物だということを知らない。つまらないと思ったって、それ以上のものが書ける証拠ではないのだが、恐れを知らない。自分を知らない。

 夏目漱石を大いにケナして小説を書いている私は、我が身のことに思い至って、まことに暗澹とした。まったく、人を笑うわけに行かないよ。それでも、この人よりマシなのは、私は人の作品を学び、争い、格闘することを多少知っていたが、この人は、そういうことも知らない。何を読んだか、誰の作品に感心したかと訊くと、まだ感心したものはないという。

 名前すら知らない。無茶なんだ。いつまで経っても帰らず、自分の脚本を朗読と同じように精密に語る。私はまったく疲れてしまった。私はまったく、泣きたいような気持ちになってしまった。それは我が身の愚かさ、なんだか常に身の程を省みぬような私の鼻息が、せつなくなったせいでもあった≫(全集第15巻、20-21頁)。

私も学部生や院生と話していると、ときどき自分の「鼻息」が切なくなる。他人との共闘が意味を持つのは、まず自分がいっぱしの仕事をしてからのことである。幾重にも自戒を。

Thursday, April 05, 2007

戯作者文学論(2)心情的共感に抗する

ynさんより、都知事選に関する情報をいただいた。ぜひご覧いただきたい。私たち一人一人は微力であっても無力ではない。

***

安吾は「戯作者文学論」という創作日記の第一日目、1946年7月8日に「女体」という小説の執筆動機をこう記している。

 私はこの春、漱石の長篇を一通り読んだ。ちょうど、同居している人が漱石全集を持っていたからである。私は漱石の作品が全然肉体を生活していないので驚いた。

すべてが男女の人間関係でありながら、肉体というものが全くない。痒いところへ手が届くとは漱石の知と理のことで、人間関係のあらゆる外部の枝葉末節に実にまんべんなく思惟が行き届いているのだが、肉体というものだけがないのである。

 そして、人間関係を人間関係自体において解決しようとせずに、自殺をしたり、宗教の門をたたいたりする。そして、宗教の門をたたいても別に悟りらしいものもなかったというので、人間関係自体をそれでうやむやにしている。漱石は、自殺だの、宗教の門をたたくことが、苦悩の誠実なる姿だと思い込んでいるのだ。

 私はこういう軽薄な知性のイミテーションが深きもの誠実なるものと信ぜられ、第一級の文学と目されて怪しまれぬことに、非常なる憤りをもった。しかし、怒ってみても始まらぬ。私自身が書くよりほかに仕方がない。漱石が軽薄な知性のイミテーションにすぎないことを、私自身の作品全体によって証し得ることができなければ、私は駄目な人間なのだ。それで私はある一組の夫婦の心のつながりを、心と肉体とその当然あるべき姿において歩ませるような小説を書いてみたいと考えた。

私は自分がベルクソンという唯心論者(通常、精神とか魂とか生命というものを重要視しているとされる潮流)の身体「概念」、というよりベルクソン哲学を通じて身体をめぐって漠然と形成されていくある「論理」の生成と構造を目下の中心的な研究対象としているので、この一文に何か非常に近いものを感じる。

おそらく常識的な知識人はこのような粗雑な漱石批判には眉を顰めるに違いない。漱石はなんと言っても日本近代文学の「天皇」である。漱石が好きだと言っておけばひとまず間違いはない。しかし、眉を顰めるということは常識以上の何物も示すものではない。

だが、他方で、安吾のこの一文に心情的な共感を示して興奮する人々に過度の期待をもってもならない。すべからく――68年の大学紛争における「心情三派」同様――心情的な共感などをあてにしてはならない。そういう人々は結局、風向きが変われば、昨日までとは逆のことに今度は「共感」を示し始めるのだから。

研究も同じである。盲目的に誰かや何かを崇拝してみても、嗤ってみても、怒ってみても始まらない。私自身が書くよりほかに仕方がない。私自身の作品全体によって証し得ることができなければ、私は駄目な人間なのだ、と呟き続ける必要がある。「自己内対話」を言うのは、自戒としてである。

Wednesday, April 04, 2007

「戯作者文学論」について(1)日記に抗する日記

ウェブ上には、ときどき「本当にすごいなあ」と手放しで賞賛したくなる偉業がある。

「聖書と木材」というページがあり、聖書に登場する木や植物の種類、出典箇所が網羅されている。しかも作られているのはどうやら、大阪堺市の木材屋さん?凄すぎる!

***

あまりにも低次元の話なので、ここで取り上げることもないのだが、最近自分のブログ観やら日記観を一応表明しておかざるをえないと感じるのは、結局どこかで心理的なプレッシャーがかかっているのかもと思うと、あながち無関係でもないのだろう。

≪自分の日記にあしあとやコメントが付くと、周囲から認められたという「認知欲求」、自分を受け入れて欲しいという「親和欲求」が満たされ、それが快感になるという。好意を持っていたり、尊敬している相手からあしあとやコメントが付くと、さらに高い快感が得られるため、快感を求めて日記を更新し続けるという“中毒”症状につながる。(…)

 友人同士をリンクで結ぶ機能「マイミクシィ」(マイミク)が、この応酬をさらにヒートアップさせる。ユーザーは、別のユーザーにリンク申請して承認されると、自分の「マイミクシィ一覧」上に相手が表示される。マイミクはいわば、友人である証だ。

 山崎さんは「マイミクは、社章のようなもの」と言う。社章を付けた人は、その会社の社員であることを強く意識し、社員としてのふるまいを強化する傾向があると考えられている。A社の社章を付けた人は、より「A社の社員らしくふるまおう」と意識するといい、社会心理学で言う「役割効果」が発揮される。≫(IT media News、≪「mixi疲れ」を心理学から考える≫、2006年7月21日より一部引用)

幼稚な心理である。ブログやHPというのは、murakamiさんのように淡々と、あるいは私のように「くどい」のでもいいが、ともかくクールにやるに限る(上方落語は、志ん朝同様、くどいがクールなのである)。

Cf. IT media News、≪「mixi読み逃げ」ってダメなの?≫、2007年3月20日より一部抜粋

≪読み逃げを気にするユーザーの日記などを詳細に読んでみると、リアルで会ったことがないマイミクとの関係に気を遣っているケースが多いことが見えてきた。

 見知らぬ人とマイミクとしてつながった場合、人間関係を保障してくれるのは、mixi日記へのコメントやメッセージ、足あとだけ。だから自分のページに足あとが付けば、必ず訪問してコメントやメッセージを残し、「あなたのことをマイミクと認めていますよ」とアピールするし、相手も同じようにコメントやメッセージを返してくれ、自分を認めてくれることを期待する。読み逃げされると「嫌われたのかな?」「マイミクと認めてくれてないのかな?」などと落胆するようだ。≫

*

坂口安吾に「戯作者文学論」というエッセイがある。「文学論」と題され、私も仕方なく「エッセイ」と呼んだが、「女体」という小説を書き上げる行程を綴った二十日間ほどの創作日記――「私の小説がどういう風につくられていくかを意識的にしるした日録」――である。1947年の作品だから安吾は41歳ごろ。

なぜ創作日記を「文学論」と名づけるのか。あるいは、なぜ文学論の表題の下に創作日記を綴るのか。おそらく二つの理由がある。一つには、自らの文学を語るのに通常の文学論の形態で語ることに嫌悪感を覚えたということがあるだろう。自ら戯作者をもって任ずる彼に「戯作者文学論」を執筆するよう求めた平野謙に対して、安吾はこう答える。

≪私が自ら戯作者と称する戯作者は私自身のみの言葉であって、いわゆる戯作者とはいくらか意味が違うかもしれない。しかし、そう大して違わない。私はただの戯作者でも構わない。私はただの戯作者、物語作者にすぎないのだ。ただ、その戯作に私の生存が賭けられているだけのことで、そういう賭けの上で、私は戯作しているだけなのだ。

生存を賭ける、ということも、別段大したことではない。ただ、生きているだけだ。それだけのことだ。私はそれ以上の説明を好まない。それで私は、私の小説がどんな風にして出来上がるか、事実をお目にかける方が簡単だと思った≫(ちくま文庫版『坂口安吾全集』第15巻、14頁)。

かといって、日記を書くことで、真実の「作者の意図」が記されうると考えるほど、安吾はナイーヴではない。「それに私は、この日記に、必ずしも本当のことを語っているとは考えていない」(同上、15頁)という言葉から、では、安吾は嘘をついているのか、と早合点する人はよもやいまい。それによっては真実を描こうとしても描きえぬ方法というものがあるのである。これが「文学論」と名づけたもう一つの理由である。

≪私は今まで日記をつけたことがなく、この二十日間ほどの日記の後は再び日記をつけていない。私のようにその日その日でたとこまかせ、気まぐれに、まったく無計画に生きている人間は、特別の理由がなければ、とても日記をつける気持ちにならない。

日記などはずいぶん不自由なもので、自分の発見でなしに、自分の解説なのだから、解説というものは、絶対のものではないのだから。


小説家はその作品以外に自己を語りうるものではない。だから私は、この日記が、必ずしも作品でないということを、だからまた、作品であるかもしれぬということを、一言お断り致しておきます≫(同上、13、15頁)。

私のこの「創作日記」もまた、安吾に比べて思想的にいかに惰弱で貧相であろうとも、ささやかな「哲学論」「思想研究論」たろうとしており、それ以外にこのようなものを書く意味もない。思想研究者はその作品以外に自己を語りうるものではない。だから私は、このブログが、必ずしも作品でないということを、だからまた…。

Tuesday, April 03, 2007

フランス哲学セミナー

3月31日(デカルトの誕生日?)、murakamiさんとisさんが発起人になって立ち上げられたフランス哲学セミナーに参加してきた。これからますます面白くなっていくといいと思う。 そのための提案。

1・explication de texteだけでなく、さまざまな点でフランス風を取り入れてみても面白いと思う。レジュメの作り方、読み方など。これについては「テクストの聴診」 (2006年11月12日の項)参照のこと。

2・大きな学会でも、個別の研究会でも出来ないことの一つに、「玄人好みの研究者紹介」というのがある。研究者であれば、誰しもマイ・フェイヴァリットというのがあるはずで、私で言えば、D. Janicaud, J.-P. Séris, G. Lebrun, J.-F. Marquetなど、個別の思想家研究を軽くはみ出てしまう個性的な人たちをいずれ紹介してみたい。それはともかく、「ここでしか出来なさそうなこと」をもう少し追求してみるといいのではないか。

3・コレギウム・プロジェクトと何らかの接続を徐々に模索していければ。

最後に、京都からお呼びたてしてしまったmnさん、もし期待しておられたものと違っていたとしたら、ごめんなさいね。でも、研究者同士のつながり、特に直接会って話すことはとても重要だと思っているので。

Friday, March 23, 2007

プルーストとサント=ブーヴ(2)創造という虹

前回、「けれど、プルーストがあそこまで執拗にサント=ブーヴを批判せずにいられなかった理由を訊ねていくと、二人の距離は必ずしも遠くはない」と思わせぶりなことを言った。このネタで論文を書くつもりはないので(いつか業績作りに困ったら別だが)、ここで簡単に骨子だけ述べておく。

プルーストは『サント=ブーヴに反論する』の中の「サント=ブーヴの方法」という中心的な章の一つをこう始めている。

≪この世で一番言いたく思ってきたことを、突然二度と言えなくなってしまうのでは、と危惧するような時期に、なんなら状況にといってもいいが、私は立ち至っている。感受性の衰弱と才能の破産のせいで、一番言いたかったことというのはもう無理だとしても、その次ぐらいの、きわめて高くきわめて内密な理想と比べれば評価はおのずと低いが、これまでどこでも読んだ憶えはないし、今言わなければ言わずじまいになってしまいそうな、いずれにせよ私たちの精神のさして深からぬ部分に関わると知れた事柄、それをしも言えなくなってしまうのでは、と恐れるわけだ。[…]ここで習い性となった怠惰にとどめを刺し、「光あるうちに仕事をせよ」というヨハネ伝のキリストの良き戒めに従いたいと考える≫(前掲、25頁)。

ここで怠惰と訣別してプルーストが言おうとしているのは、「この世で一番言いたく思ってきたこと」ではなく、少なくとも最低限言っておかねばならないことである。「サント=ブーヴについて、それなりに重要な事柄」(同上)を言おうと決心しているのは、サント=ブーヴの才能の浪費を嘆きもし、また浪費されるほかない才能のあり方というものがあると喝破してみせたプルーストその人である。プルーストはこの並行性に――少なくとも方法論のレベルでは――意識的である。「サント=ブーヴを話題に上せつつ、彼自身がよく使った手だけれども、私はこの人物を、生のさまざまな様相を語るための良き手がかりにしてみたいのだ」。

≪おそらく、『月曜閑談』以後、サント=ブーヴは、単に生活態度を変えただけではなく、強いられてやむなく仕事をする今の生活のほうが、生来、無為に流れやすくて、強制されないと自分の持つ富を放出できないたちの人間には、結局のところずっと多産でもあるし、またぜひ必要なものでもあるという思想に登りつめる――と言えるほど高次な思想ではなさそうだ――辿りつくことになる≫(前掲、36頁)。

才能はまったく発揮しないより浪費されたほうがマシだ、というあまり高尚とは言えない思想――林達夫や浅田彰や、多くのスマートで博覧強記の知識人を想起させる思想――と縁を切り、孤独のうちに籠もり、自分自身と真摯に向き合って文学の仕事に邁進せねばならない。あたかも反面教師に対するように、あたかも自分自身に言い聞かせるように、プルーストは言う。サント=ブーヴは、一度たりとも、詩的感興や文学上の作業には特殊性があり、文学の仕事は、一般の人たちのさまざまな仕事とも、作家自身の、文学以外の仕事とも、まるで違うものだということが分からなかったとおぼしい、と。

≪孤独に浸りつつ、自分のものでもあれば、他人のものでもあるような言葉には、沈黙を命ずる。たとえひとりきりでいようと、自分になりきらないまま物事を判断しているようなとき、私たちが使っている言葉は黙らせてしまう。そして自分自身にあらためて面と向かい合い、おのが心の真の響きを聞き取ってそのまま表現しようとする。それが文学の仕事というものだろうが、サント=ブーヴは、この仕事と会話とのあいだに、どんな境界線も引こうとしなかった。「書くこと…」

実際には、作家が一般読者に提示するのは、ひとりきりで、ひたすら自分のために書いたものであって、それこそが彼自身の作品なのである≫(前掲、34-35頁)。

著者・作家に対するこのような視点は、当然読者との関係、ひいては作品概念をも規定している。

≪…こうして彼[サント=ブーヴ]には、自分の紙上批評が、何かアーチのようなものに思えてくる。起点はたしかに自分の思索や文章の中にあるのだが、終点は読者の心の中にまで延び、讃嘆の念にまで届いていて、そこでようやく虹の円弧も完成するし、色彩も最終的に仕上がるというわけだ。[…]

新聞記事の美は、あげて書かれた記事にあるというわけにはいかない。総仕上げをしてくれる読者の胸裡から切り離されてしまえば、ただの毀れたヴィーナス像にすぎない。そして新聞記事の美は、読者大衆からこそ最終的な表現を汲むものである以上(選りすぐりの大衆であったとしても同じことだ)、その表現にはいつも幾分か通俗的なところがある。あれこれの読者の、声なき賛同を思い描きつつ、新聞寄稿家は自分の言葉の重みを量り、言葉と思索の釣り合いを取ろうとする。したがって彼の作品は、意識的にではないにせよ、他人の協力を得つつ書かれていて、その分だけ、彼独自のものとは言いにくくなっている≫(41-42頁)。


サント=ブーヴを批判しつつ、彼の手法に依拠するとはどういうことか。批評という文学活動の「余技」「灰汁(あく)」のようなものがもつ読者との根本的な対話があるのである。そしてその批評はプルーストが「この世で一番言いたく思ってきたこと」、文学的営為の結晶とすら無関係ではない。このテーゼの論証はしない。これは論文ではないからだ。

最後に、ブーレーズの言葉を引いておく。思えば、ドゥルーズが「より深いというのではないが、別種の、暗黙裡の、(彼は自分の著作の中でしばしばプルーストを引用しているが)言外の関係」をブーレーズと結んでいるものとして指名したのは、マラルメでも、ミショーでもシャールでもなく、プルーストであった(『エクラ/ブーレーズ 響き合う言葉と音楽』、笠羽映子訳、青土社、2006年、299頁)。

≪PB:けれども、小説が進行していくにつれ、形式的な進展がいっそう目立ってきます。それで、『失われた時を求めて』は物語自体についての省察となり、内省は鋭さを増し、芸術創造の核心に触れる問題が扱われていきます。章が進むにつれ、小説としての小説は重要性を失うことが分かります。[…]

彼の結論?文学作品はそれを読む人によって作られるということです。当時としては、そうした記念碑的な作品と向き合う際、人々を面食らわせる結論でした。結局、創造家は、読者を証人とするんです。

――いささか過小評価的な理屈ですね…

PB:そんなことはありません。逆に素晴らしく実り豊かです。プルーストは「作品は、私がそれに与えた意味だけではなく、読者であるあなたが、読むたびに与える意味をも持つ」と指摘していますからね。それは、作者の占有物としての作品を否認することになりますが[言うまでもなく所有の問題系である]、それを読んだり、眺めたり、聴いたりする人のために、作品を昇華することになるのです。

この機会に指摘しておくなら、未完の作品や構想中の仕事はしばしば人々の想像力を豊かにする可能性をもっています。[…]未完の絵をまず嘆賞すべしと言っているのではありません。私が問題にしているのは、示唆に富んだ、意味深いアプローチです。というのも、『失われた時を求めて』の最後の巻は、大急ぎで仕上げられていて、デコボコや矛盾を免れていないのですが、その代わり、文学創造の方法に関する新たな世界を私たちに示してくれているのです≫(上掲、322-323頁)。

Thursday, March 22, 2007

大局観(2)日本と世界

友人たちが最近数ヶ月に刊行した本をまとめて紹介しておく。

Gilles Deleuze, Georges Canguilhem, Il significato della vita, a cura di Giuseppe Bianco, Mimesis Edizioni, nov. 2006.

(友人とはもちろん御大二人ではなく、ビアンコである。なかなか面白い奴なので、トゥールーズに呼ぶようゴダールに提案したら、彼ものってくれた。ゴダールはレン同様、「大局観」ということを本当に理解している数少ない友人だ。大局観を持つのに、年齢も地位も関係ない。)

Arnaud Bouaniche, Deleuze, une introduction, Presse Pocket, jan. 2007.

Philippe Sabot, Lire Les mots et les choses de Michel Foucault, PUF, coll. "Quadrige/Manuels", nov. 2006.

*

「コレギウムとは何か?」の項に、CPの公式サイトのアドレスを追加しておいたので、興味のある方はどうぞ。去年はデリダ追悼ということで、サリス、ベニントン、ローラー。今年は、解釈学系らしい。テーマは「解釈、言語、イメージ」。

来年2008年のディレクターは、今年のセッション終了直前に公にされる。具体的な募集は来年からになるだろう。

重要なのはここに大挙して日本人の院生が押しかけることではない。それではパリのブランドショップと同じ現象が起きてしまう。

なぜブランド品を買うのか?目に見えない「雰囲気」を身につけるためでなくて、他にあさましい所有欲以外の何があろうか?雰囲気を感じとることが最も大事なのに、集団で、彼らの「地」のスタイル(服装ではなく)で行くことで、まさに求めるべき「何か」を壊してしまう。挙句の果てに、金を払って動物並みに扱われ、見下されて「オトクな買い物」と満足する――こんなことでエレガンスが得られるはずもない。

同様に、むやみに学生を送り込んでも、学生にも向こうにも大したメリットはなく、所期の目的を達成することはできまい。むしろ教官の側が優秀な学生を精選して送り込んだほうがいい。

学生の側にもというのは、悪平等では、実効的な研究者養成は達成できないからである。ここでもまた、大局観が必要なのだ。偽のエリート主義ではない、本物のエリート教育が必要なのである。
(エリート教育という言葉がきわめて評判が悪いことは十分に承知している。そして、呆れる前に、なぜ自分がそれほど毛嫌いするのかを考え抜いてほしいと思っている。誤解を防ぐために言っておくが、私はエリートではなかったし、今でもエリートではない。だからこそ、制度が存在しなかったことを人一倍嘆き、また、そのような制度の確立が研究レベルの向上、独創性の発現のために必須事項であると思っている。
制度がなかったというのは言いすぎだろう。私は私なりの理想の場所、私の分野ではそれでも最も堅固な教育を施してくれる場所を見つけえたのだから。私は大学院を選ぶ際の基準の一つとして、自分のやりたいことを教えてくれる場所ではなく、やりたくないので、一人だと決してやらないであろうことをみっちり仕込んでくれる場所を選んだ。もちろんこういう考えをすべての人に勧めているわけではない。
いずれにせよ、デカルトはラフレーシ学院なしでは育ち得なかったし、デリダやドゥルーズはノルマルに代表されるフランスの堅固な教育・研究制度の「成果」であると私は確信している。堅固な教育・研究制度のないところに稀代の反逆児など現れようもないのである。)

向こうにもというのは、アメリカがせっかく長年かけて作り上げてきたシステムを体験させてもらうのだから、やはり遠慮は必要だということである(アメリカ側の参加学生のレベルはたぶん日本の平均とそう変わらない。それでいい。私たちとは目的が異なるのだから)。

体験は、それがどんな体験でも、貴重なものにしてあげるべきだと思う。コレギウムの体験は彼らにとって生涯忘れられないものとなるだろう。私もまた、サイトの写真を見ると、あの夏を思い出し――2003年、ヨーロッパ中が記録的な猛暑に苛まれていた――、しばし感傷に耽る。

Wednesday, March 21, 2007

大局観(1)地方と中央

今年の業績報告書作成。掲載予定も含めて論文9本(フランス語4本、独語から仏語への翻訳1本、日本語3本、英語1本)、発表は今度のトゥールーズを入れずに5つ(フランス語2つ、日本語3つ)。我ながらよく仕事をした。あとは二三ヶ月に一本のペースで、いかに個々の仕事のレベルを上げていけるか。

***

歳を重ねるほど、失望は深くなる。フランス哲学・思想研究の置かれた現状に関して、大局観を持たない無邪気な人々は四十代だろうが、五十、六十代だろうが、いる。年齢、地位、風評など本当に当てにならないものだ(強調しておくが、研究者としての能力とも直接関係はない)。

むろん、嘆けばいいというものではない。「今、ほんと何もかも駄目だよね」。日本を知的砂漠と評したければそれも結構だが、問題はどこにあるのかという具体的な現状分析、具体的な処方箋の模索がなければ、そんな言葉には何の意味もない。

地方の――といっても、日本有数の大都市なのであるが――学生にも普段聞く機会のない世界標準レベルの哲学的議論、それも代表的なフランス人哲学者とフランス語で行なわれる議論を肌で感じてもらおうと私が提案したことがあった、としよう。

「東京でやったほうがいい。」
「東京でやることは既に決まってるんです。その上で、地方でもやろうということなんです。」
「東京で二回やったほうがいい。私も呼んでくれ。」
「…」

私は地方大学の実態・今どきの学生の平均レベルを知らないわけではない。地方の大学教員の「悲哀」を直接間接に聞いてもいる。けれど、だからといって、希望を失って(あるいは自分本位の希望を胸に)、自分の学生たちの未来の可能性までも奪っていいのか。もしかしたら、気まぐれからシンポジウムに顔を出し、それがきっかけ(ショック療法?)となって真剣な勉強を始めるかもしれないではないか。

戦にはグローバルに勝てばよいのであって、将来への先行投資として「覚悟の負け戦」が一部あってもいい。大局観とはそういうものだ。

人は往々にして理念の力をもはや信じられなくなった者に「枯淡の風」や「泰然自若」を見て取ってしまい、理念の力を信じ続けようと努める者を「幼い」「若い」と評する。だが、私に言わせれば逆である。大局観を持たない者は、精神年齢において、永遠に「幼く」「若い」ままなのだ。

*

今度のトゥールーズ篇のヴィデオ撮影とは、これのことを言っているらしい。フランス南西部の大学が共同してやっているらしい哲学科修士課程のワークショップの模様を見ることができる(『アンチ・オイディプス』について)。今度のメンバーとずいぶん重なっている。

この地方大学(連合)の健闘、いや奮闘をどう見るべきか。「できない」「無理だ」「意味がない」と言う前に、やるべきことがあるのではないか?やれることがあるのではないか?

私たちは、どこから始めるべきか。何から始めるべきか。人を年齢や地位や風評でしか判断できず、現状を打算や政治的力学、人間関係のしがらみでしか判断できない者たちよ、何度でも繰り返す、哲学の歌を聴け。

Tuesday, March 20, 2007

プルーストとサント=ブーヴ(1)月曜閑談

15日、無事要旨提出。18日、26日の会合に向けて原稿を用意。この二三日は三つの仕事を一挙に片付ける効率のいい仕事の仕方を考え、また少しだけ実践できた気がする。

*

恋は盲目というが、ファン心理はごく当然の真理までも見えなくさせてしまう。中途半端にアカデミックな「常識」では、ドゥルーズは「当然」ベルクソンより「深く」、マラルメは「当然」ヴェルレーヌより「深く」、プルーストは「当然」サント=ブーヴより「深い」。しかし、問題はむしろその「深さ」が、異なる尺度で測られるべきものに対して強引にただ一つの尺度が押し付けられた結果ではないのか、つまり蜃気楼の産物ではないのかどうかを知ることなのである。

プルースト(Marcel Proust, 1871-1922)の「サント=ブーヴに反論する」(Contre Sainte-Beuve)はいつ読んでもぎくりとさせられる。とりわけこのブログに書き込んでいるときには。それが月曜であったりするとなおさら。

念のために言っておけば、サント=ブーヴ(Charles Augustin de Sainte-Beuve, 1804-1869)とは、近代批評の父であり、代表作に『月曜閑談』(Causeries du lundi)がある(例のごとくGallicaで原本を見られる。この第15巻にはルソーやヴォルテールなどのほかに、ド・メーストルやトクヴィル、サン=シモンらの名前が見える)。

≪友人のために、自分のために、また、おそらくは書かれずじまいになったはずの、長いこと想を練ってきた作品のために、彼としては大事に取っておくつもりだったものが、十年間にわたってことごとく形を成し、次々に世に出ることになってしまった。

貴重な思索をぎっしり収めた貯蔵庫があって、一篇の小説をまわりに結晶させるべき核も、いずれは詩に発展したかもしれない材料も、かつて美しさに感じ入ったことのある事物も容れたまま、書評すべき本を読んでいるサント=ブーヴの思考の奥底からせりあがってくる。


すると彼は、律儀にも、より美しい捧げ物をするためとばかり、最愛のイサク、至高のイフィゲネイアのほうを生贄にしてしまうのである。

十年の間、月曜ごとに打ち上げたあの類なく華やかな花火を作るのに、もっと長続きする書物の原料となるべきものをぶちこんでしまったので、原料は、以後、底をついてしまったのだとも言えよう。≫(『プルースト評論選』第I巻「文学篇」、保苅瑞穂(ほかり・みずほ)編、ちくま文庫、2002年、38頁)。

プルーストとサント=ブーヴの距離が明らかに遠い箇所は論ずるに及ばない――「サント=ブーヴは文学を総体として『月曜閑談』の類と見なしていた」「彼は文学を時間の相の下に眺めていた」「彼の書物は、さまざまな対談相手を招いた一連の社交場といった趣がある」など。プルーストは安心しきって攻撃している。

けれど、プルーストがあそこまで執拗にサント=ブーヴを批判せずにいられなかった理由を訊ねていくと、二人の距離は必ずしも遠くはない。

しかし、それはまた次の機会にしよう。私のプルーストの声が聞こえてきそうだ。まだ大したこともしていないのだから「自己内対話」が大事だというのはそのとおりだが、対話を「作品」に結実させるなおいっそうの努力を、という声が…。お前なりに精一杯のopus magnumを書け、と。

Friday, March 16, 2007

老いたり、ゴト師(晩年の林達夫を聴く)

ネット上で哲学オリンピアードという代物にぶつかる。
国際哲学オリンピアード(International Philosophy Olympiad,
略称:IPO)は、元々1993年にブルガリアで始まったグローバルな哲学教育運動です。次代を背負う若者たちの物の考え方を哲学的に涵養し、訓練することを目的として、参加国の高校生に外国語(英独仏)によるエッセイ・コンテストを毎年一回(通例五月)に実施してきました。日本は、2001年5月に、米国のフィラデルフィアで開催された第九回IPOに初めて参加しました。
実態を知らないので何とも言えないが(というのも往々にして哲学という名称はさまざまなイデオロギーに利用されるから)、理念には興味を惹かれる。しかし、現代の日本の高校生に可能なのだろうか?

*

やはり一月半ほど前に書いたもの。

***




近くに図書館があるというのはとても幸せだ。かなり定期的に利用している。私は一時期古本屋に精通していたが、この「カセットできく学芸諸家シリーズ」など、図書館でないとお目にかからない気がする。

で、期待して聞いた。なにしろ日本の誇るエンシクロペディストにして軽妙洒脱なエッセイスト林達夫である。

が、失望した。なにしろ話が長いうえに、下手だ。彼の喋り方はいかにもインテリくさい節回しの訥々としたものだが、問題はそこではない。私はそういう喋り方は嫌いではない。肝心の「三つのドン・ファン」の中身がぜんぜん貧相なのである。

まず、前置きに三十分。自分と岩波書店の関わりについて(和辻より年上、とか)。そのうちになんとなくドンジュアンの翻訳の話になるが、これも「前ふり」ではなく、エディションがどうだの、こんな訳もある(鈴木力衛より年上、とか)、あんな訳もある(石川淳も訳していた、とか)、といった話で、ちっとも「三つのドン・ファン」にいかない。それなら「日本のドン・ファン翻訳百面相」とでも題して話せばいいのに。

モリエールの生誕三百周年だから、彼の『ドン・ジュアン』が他の二つ(ティルソ・デ・モリナとモーツァルト)に比してクローズアップされるのは当然だが、そうなるのかと思ったらそうでもない。延々と『タルチュフ』や『守銭奴』の話をやってA面が終わる。つまり、四十五分間、比較にほとんど入らなかったわけだ。それなのに、「僕に言わせりゃ時間が短くって」などとのたまわっている。このテープだけから判断すると、悪しきペダンティストという印象を免れない。以って他山の石とすべし。。

面白かった点。

・ファウストは実在の人物からとられているのに対し、ドン・ファンはティルソ・デ・モリナの完全な創作らしいこと。ただし、ファン(フアン、ホアン)はありふれた名である。

・ティルソ・デ・モリナの『ドン・ファン』は基本的に説教劇で、直前の作『不信堕地獄』と並べてみるとその意味がよく分かる(らしい)ということ。『不信堕地獄』では、道徳心を持たないが神を信じきっている大悪党が死の淵でも神への絶対的な信頼を保ち、道徳心を持ってはいるがどこか神を信じきれていない僧侶を動揺させる。その隙に付け込んだ悪魔は、大悪党が天国へ行く姿を僧侶に見せ、彼の信仰を打ち破る…。このスキャンダラスな演劇に宗教界は騒然となり、自作の援護のために、ティルソ・デ・モリナは、今度は『ドン・ファン』で徹底的な悪党が地獄に堕ちる、という劇を書いた、というわけである。

それ以外は知っていたことばかりだ。つまりモリエールについては昔勉強したこと以上の何も得るものがなかった。

林の結論:モリエールの『ドン・ジュアン』はさまざまに解釈でき、この意味のバロック的多義性、多層性こそが重要だ。

モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』は「薄っぺら」の一言で片付けられて、ダ・ポンティの寄与とか、キェルケゴールの解釈とか、まるで切り捨てられている。おいおい。

唯一考えつく弁護は、77歳だから仕方がない、ということかしら。もっと若い頃は、もっと話が上手かったのか。ともかくこのテープはお奨めできない。

Thursday, March 15, 2007

ゴト師、林達夫(下)…と資本主義

*

この頃の林達夫は冴えていた。三木の「剽窃」騒動を、彼は「学問の共有と私有」の問題構成と結びつける。剽窃、広く盗みの問題は、プルードンを引くまでもなく所有権の問題であり、私有財産の問題なのである。

≪資本家的大盗人から同輩的コソ泥に至る一連の、学問を金にしようとする泥棒…金、金、金…学説所有権の擁護の叫びは、だからとりもなおさずこれらの学問泥棒に対する学者の生活権擁護の叫びにほかならないのだ。学問が社会の共有財産であらねばならぬのに、しかもこれをあくまでも神聖なる私有財産視しなければならぬのは、実にここにその根拠をもっているのである。

かくて資本主義社会では「剽窃」も多くこの角度から取り上げられる面を有し、それが「不労所得」を意味し、「窃盗罪」を構成する場合も少なくないのだ。

では、人は何とかしてこの学問的共有と私有との深い矛盾を取り除くことができるであろうか。我々にとって明らかな一事は、かかる矛盾の克服は現在のままでは資本主義的体制の埒内では決してできないということである。

かくて「剽窃」の問題も資本主義の存続する限り、唾棄すべき財産的犯罪の問題として提起せられる一面を常に保持し続けるであろう≫(『林達夫著作集』、第4巻「批評の弁証法」、平凡社、1971年、158-159頁)。

知的所有権以上に哲学的に問題になりうるのが、固有身体の所有ではないだろうか。いずれ「愛と所有:結婚の形而上学とその脱構築」という研究に取り掛かりたいと思っている。

*

林達夫は、日本の思想界において一流の「ゴト師」であった。例えば、彼の西田論「思想の文学的形態」を見よ。「随筆」と「随想」の区別から始まって、西田哲学を常に生成途上にある哲学行為の「随筆」と規定する手つきの鮮やかさ。

ただ、惜しむらくは、西田論の第二部「思想、文学、教育のフランス的三位一体について」が、単なるフランス論に終わり、この三位一体は我が国でどのように考えられ、とりわけ西田の哲学においてどのように考えられていたのかについて、突っ込んだ考察がなかったことだ。

林達夫の思考には――浅田彰にも言えることだが――ほぼ常に深さ、粘り強さが欠けている。西田は随筆的だがやはり哲学であり、林は哲学的だがやはり随筆なのである。パチプロとゴト師の違いと言えば、冗談にも程があると言われるだろうか。ならば、天才と秀才の違いと言おう。

≪鴎外→あらゆるものを内面的に理解しながらそのどれとも自己をidentifyしようとしない冷たさ、それは「秀才」の悲劇である。捨て身にならない。捨て身にならないですむから、――なぜなら、理解力を示すだけで常人よりはるかにすぐれた業績を残しうるから、「理解力に頼りすぎる」≫(丸山真男、『自己内対話』、みすず書房、1998年、5頁)。

天才とは自分の道において呆れるほど馬鹿になれる人のこと、極道になれる人のことを言う。道を極めると書いて、極道と読む。

Wednesday, March 14, 2007

ゴト師(壮年の林達夫を読む)(上)剽窃…

15日の締め切りが近づいてきた。5月下旬の仏文学会用の発表要旨提出期限である。メタファー論は今のところこれ以上進められない。アナロジーの問題を入れたい。この間の発表でも「メタファー論だけだと、きれいにまとまりすぎてる」と指摘を受けた。そのとおりだ。

rythmeとmesureを組み合わせたときのように、見掛けは似ているけれど実は異質で、しかし緊張関係にあるという二つの項を衝突させることで何かが見えてくる、という手法はスリリングで好きだ。メタファーとアナロジーがそうなるかどうかはまだ分からないが。

*

2月上旬に書いたもの。

***

さまざまな器具等を使用し、パチンコ店等で不正に出玉を獲得する人を「ゴト師」という。まあ要するに、いかさまをやる人のことと思ってもらえばいいだろう。ここでは、「ゴト師」という言葉をもちろん犯罪的な意味においてではなく、広義の意味で用いる。

*

林達夫は、広義の意味での「ゴト師」の側に自分を置き入れた。板垣直子の三木清に対する「剽窃」告発騒動のさなか、「いわゆる剽窃」(1933年)という文章で三木を擁護したときのことである。

「もっとも仮借なき《職業的》廓清家(レーニンのいわゆる職業的革命家と同じような尊敬的意味で)」たる板垣直子の「秋霜烈日の如き断罪的方法」に、林達夫は「多少ともかの中世的スコラ的宗教裁判方法に似通う形式主義、機械主義、末梢主義への危険」を嗅ぎ取る。

いわゆる剽窃は日本の今日の現象であるばかりでない。シェークスピアやモリエールやスタンダール。プラトンやデカルト。古来その独創性を以って鳴る西洋の大文豪や大学者のうちにさえ、証拠歴然たる剽窃行為が見出される(しかも当の張本人たちがその正当性を主張している)。

人類社会の共通現象であるとも言えそうで、となると、他人の思想や文句のドロボウ、インチキ師、ゴト師は、無数に世界を横行していることになる。何という恥ずべき、嘆かわしい犯罪的世界!

むろん林達夫はありとあらゆる剽窃を擁護しているのではない。「私がこんなことをいいだしたのは、いわゆる剽窃にはピンからキリまであるということがいいたかったからだ」。そこで林は、板垣夫人とはまったく異なる見解をもつ知識人を引く。アナトール・フランスである。

かつてドーデが剽窃のかどで攻撃されたとき、彼はドーデの擁護者として立ち、有名な「剽窃の擁護」を書いた。詳しく知りたい人のために原典を挙げておく。

Anatole France, "Apologie pour le plagiat", Le Temps, 4 janvier 1891, reprise dans La Vie littéraire, quatrième série, Paris, Calmann-Lévy, 1924, pp. 157-167.

BNFでは原本をウェブ上で読むことすらできる。日本の知識人の端くれとしては羨ましいというほかない。「フランスを羨ましがってばかりいないで、日本の厳しい現実を見たほうがいい」としたり顔で忠告してくれる人もいる。だが、まず夢見るところから始めなくて、この国に何が残されているのか。

アナトール・フランスによれば、剽窃家とは、何でもかでも、他の家から家財でも雑巾でもゴミ箱でも滅茶苦茶に盗んでくる人間のことであって、かかる輩は思想の殿堂に住むに値しない。

「だが、他人から自分に適したもの、得になるものだけを取る作家、選択することを心得ている作家について言うならば、それは立派な人間である」。

また、アナトール・フランスによれば、それは「節度の問題」でもある。「人はミツバチのように他に迷惑をかけずに盗むことができる。だが、穀粒をまるごと略奪するアリの盗みは決して真似してはならぬ」。
つまり剽窃には二つあるのだ。法のレベルに納まるものと、法の概念そのものを揺るがし、ひそかにその根本的刷新を促すものと(アンチゴネーを剽窃の問題から考えることも出来るかもしれない)。

Tuesday, March 13, 2007

自己内対話(ブログに抗するブログ)

murakamiさんからまたまた重要な指摘をいただく。さらに追加情報もいただいた。
http://philosophy.cognitom.com/exec/page/page20050703222358/

他の人に誤解のないように言っておけば、私がmurakamiさんに敬愛の情を抱くのは、彼が彼のフィールドで精力的に活躍されているからであって、彼が私のブログを読んでくれる、あるいはそこに書き込んでくれるからではもちろんない。

思想における友情あるいは愛は、ブログへの書き込みからは生じない。なぜならブログも書き込みも所詮その程度のものでしかないからだ(これは日常会話でも同じである。社交的に振舞うことはどんな場合にも望ましいことだが、そこに過剰な意味を見出すべきではない)。

少なくとも思想の世界では――いや、おそらくありとあらゆるプロフェッショナルの世界でも同様だろう――逆なのだ。大事なのは「人」ではない、「アイデア」だ。あらゆる意味におけるideaである。

したがって思想的ブログにおいて大事なのは、思考の断片的なアイデアが流通すること、最低限、貴重な情報が流通すること、そしてそれらが電脳空間の外で現実化・具体化することだ。実際の「出会い」が、効果的な「出来事」がそこを通じて(そこから、ではないとしても)生じること、それがすべてである。

この「外部」はまた、思想の「外部」でもなければならない。私が、この思想系ブログ以外のブログ(政治・社会系、語学系…)を、区別しつつも、連動させているのはそのためである。ドゥルーズの言うとおりなのだ。

≪ある一つの分野はみな、それぞれの仕方で非なるものと関係している。

芸術は、芸術家でないこの私たちを育成し、覚醒させ、私たちに感覚する仕方を教え、哲学は概念的に理解する仕方を教え、科学は認識する仕方を教える――それだけのことを言っているのではない。そのような教育法が可能になるのは、それぞれの分野に関わっている〈非〉に対して、その分野がそれ自身の側で本質的に関係している場合だけである。

芸術が非芸術を必要とし、科学が非科学を必要としているように、哲学は、哲学を理解している或る非哲学を必要とし、非哲学的理解を必要としているのだ≫(『哲学とは何か』結論)

ここに丸山真男の言葉が反響する。

≪若いうちに、感受の弾力性があるうちに、異質的なものと対決せよ。Stirb und werde ! ≫(『自己内対話』)

私のブログはブログ的ではない。ブログは、私が研究論文としてでなくエッセイという形で言いたいことを載せる最良の形態ではないのだろう。別にそれで結構だ。私にとって、ブログとは「井戸端会議と投瓶通信のあいだ」(penses-bêtes japonais, 2007年2月4日の項)にある何かなのである。

さらに、こうも付け加えよう。時流に抗して、私が思想的ブログでまず突き詰めたいと思っているのは、自己内対話のほうなのだ、と。

≪国際交流よりも国内交流を、国内交流よりも、人格内交流を!自己自身の中で対話をもたぬ者がどうしてコミュニケーションによる進歩を信じられるのか。

論争がしばしば無意味で不毛なのは、論争者がただもっともらしいレトリックで自己の嗜好を相互にぶつけ合っているからである。自己内対話は、自分の嫌いなものを自分の精神の中に位置づけ、あたかもそれが好きであるかのような自分を想定し、その立場に立って自然的自我と対話することである。他在において認識するとはそういうことだ。≫(丸山真男、『自己内対話』。1967年3月の最終講義メモ)

「まず」とわざわざ強調したのは、英語で『日本政治思想史』や『日本の思想』を発表し、座談の名手であった丸山のこの文章内に、不可視の、しかし確固たる「まず」を読み取れない読者のことを慮ってである。私は常に「両面作戦」(pratiques théoriques, 2004年11月1日の項)の支持者である。

Friday, March 09, 2007

制度の唯物論(脱構築の前に構築を!)

まだまだ先だと思っていたら、仏文学会用の論文の締め切りが迫っていた。この数日、慌てて見直し。日仏哲学会よりは紙数に余裕があるので、割と細部まで盛り込める。というわけで、「催眠」論文脱稿。後は結果を待つのみ。

*

「コレギウムとは何か」の項に、尊敬するmurakamiさんからコメントをいただいた。

そうですね、私にもどうすればいいのか分かりませんが、おそらく劇的な治療法はないのでしょうね。

ただ、解決策はないとしても、地道な対処法はあります。例えば、学術雑誌の作り方です。

仏文学会の雑誌『フランス語フランス文学研究』は、学会発表を行なった者の中で選抜を行ない、研究論文を書く権利を与えるのですが、その際、フランス語論文8本、日本語論文4本と定められています。

つまり、日本語論文の数を少なく限定しているのです。仏文学会が本当のところ、どういう「意図」でこの比率を決定しているのかは知りませんが、執筆者に与える「効果」は明白です。掲載されたければ、フランス語で執筆したほうが圧倒的に可能性が上がるのです。

こうして制度が意識を少しずつ変えていき、仏語能力の地道な向上につながっていく、という「制度の唯物論」(笑)があるわけです。

翻って、例えば日仏哲学会の雑誌『フランス哲学・思想研究』はどうでしょうか?

(他の人にも誤解のないように言っておくと、もちろん両雑誌の内容や質を云々しているわけではありません。言語の問題を論じているのです。)

まず言語による「枠」がありません。そうなると、結果は火を見るより明らかです。最新号である第11号を見てみると、仏語論文は公募論文7本中2本。一本はフランス人(前述の西田研究者のDalissierさん)、もう一本は私です。

むろん、これは学会の規模、それぞれのmilieuがもつ雰囲気というものも大きく関係しています。仏文学会は日本のフランス系の学会でおそらく最も規模が大きく、最も国際的に活躍している学会であり(現在の国際仏文学会の会長は、日本の仏文学会の会長である塩川徹也先生です)、フランス語で書くことが半ば自明視されているmilieuです。もともと仏語で書ける人が一定数以上いないと、せっかくの理想的な制度も成り立たないということはあります。

しかし、いずれにせよ、制度の善用とは言わないまでも、制度というものの持つ力をもっと積極的に活用すべきではないか、少なくとももっと意識的になるべきではないだろうか、と私は思っています。日本版アグレグを夢見るのも、そういうところから来ています(これについては、これまで断片的にこのブログに書いてきました)。

哲学科(フランス系)の人は仏文科の人から、仏文科は哲学科から、もっといろんなことを学べるのではないかと私は思っているのですが、なかなかどちらにも聞いてもらえません。ドイツ哲学と独文より親密な関係を築く可能性があるようにも思われるだけに、残念なことです。

コレギウムの話、ご一緒に進めていければこんなに嬉しいことはありません。実はもう若干進めつつあります。今度お会いしたときにでもお話しできれば。 hf

Thursday, March 08, 2007

制度と脱構築(Jean-Luc Amalric情報)

一月ほど前に書いたもの。デリダ・リクール論争についてまとめている途中での副産物。小ネタはすぐにあがるが、大ネタは。いずれまた。

***

さて、ジャン=リュック・アマルリックである。

『リクール、デリダ。隠喩の争点』という本を出した叢書"Philosophies"は、きわめて優れた叢書で、私のお気に入りの一つである。例外もあるが、もっぱら若手にある哲学者のあるトピックに絞って書かせることで有名だ。

(日本のように、すでに功なり名を遂げた研究者が入門書的な軽い本ばかり書くのは何重にも無駄だと思う。たまに息抜きに、というのならいいが、そればっかりのような気がするのだ。だいたい大家に限らず、著書でも翻訳書でも、アメリカ同様、入門書が多すぎる。もういいよ、そういうのは。短くてもいいから、一つのテーマに絞って力作を書いてほしい。

誰か、〈ベルクソン研究叢書〉をつくってほしい!グイエのは翻訳が進行中とのことだが、イポリットとかユッソンとかミレーとかアイドジックとか、良書を精選して。『年鑑』とか、良質論文を精選して。)

アマルリックを、「モンペリエ大教授」とおっしゃっている方がいるが、私の知る限りでは、彼は職業としては高校(Lycée Joffre)で教え、研究としてはCFPE(Crises et Frontières de la Pensée Européenne, EA738)という研究グループに間接的に所属して、博論執筆に励んでいる若手研究者である。

ネットというのは本当に恐ろしいもので、Jean-Luc Amalricの家計図まで調べられてしまう。それによると、父はJean-Claude Amalricという英米文学者であるようだとか、どうでもいいことまで分かってしまう。政治的な発言を行なっているな、とか。

アマルリックの関係しているCFPEには、私の知っているだけでも、エピステモ系のアナスタシオス・ブレンネール、コント研究のアニー・プチ、ハイデガー研究のマルレーヌ・ザラデールなどがいる。昨年惜しくも夭折してしまったフランソワ・ズラヴィシュヴィリもこのグループに属していたようだ。

*

ちなみに、フランスの研究機関でよくUMRとか見かけて、「あれは何だ」と思われている方があると思うが、研究単位のことである。私が様々な形でお世話になっているSavoirs, Textes, LangageはUMRだが、これはUnité Mixte de Recherche、上述のCFPEはEAだが、これはéquipe d'accueilの略である。大体、JE→EA→UMRという形で大きくなっていく。例えばこんな感じだ。略称についてはリンクのところにリストを挙げておいたので、参考にしていただきたい。

フランス現代思想やフランス哲学、フランス文学の研究者で、(フランスの)学問制度のことを知らない人がけっこういる。むろん、EAが何を意味するかを知らなければデリダの思想は分からないなどと言っているのではない。だが、それにしてもあまりにも制度ということに鈍感であり、無邪気すぎはしないか。

一方でデリダや脱構築に興味を持っていると言いつつ、他方で制度的なことを知ろうとしないのは矛盾している。デリダほど制度との距離どりを考えた人はいない。

-Peter Trifonas, The Ethics of Writing : Derrida, Deconstruction, and Pedagogy, 2000. プロフィールはこちら。
-Tom Cohen, Jacques Derrida and the Humanities: A Critical Reader (Cambridge University Press, 2002).
-Peter Trifonas and Michael A. Peters, Derrida, Deconstruction and Education: Ethics of Pedagogy and Research, Blackwell Publishing, 2004.
-Simon Morgan Wortham, Counter-Institutions: Jacques Derrida And the Question of the University, Fordham University Press, 2006. プロフィールはこちら。

彼がどうGREPHに関わったか、どうしてCIPhを創ろうとしたのか、もっと日本でも知られていいはずだ。デリダの訳者たちよ、うすっぺらい本を訳すほうが楽なのは分かるが(薄い本だってすでに大変というのもよく分かるが)、この「暗い時代」にあってデリダの大部の大学論・教育論であるDu droit à la philosophieが本の形でまず訳されるべきではないのか。

脱構築とは何よりもまず諸々の制度の脱構築である。学問とは研究者の頭の中だけで抽象的に構築されていくものではなく、それ自体歴史的に形成されてきた具体的な制度の上で、ほとんど唯物論的に形成されていくものなのだ。博論一つ取ったってそうだ(笑)。その自覚なしに、その自覚を実際に示す実践なしに、脱構築とは笑わせる。

Wednesday, March 07, 2007

サクラサク(Master Mundusの結果)

Master Mundus、どうやら日本人が複数名(主要リストに2名、補欠リストに1名)、通ったようです。告知・宣伝にご協力いただいた皆様、本当にありがとうございました。

受かられた皆様、栄えある第一号として思う存分、そして思い残すことのないよう、研鑽を積んできてくださいね。プロになりたいなら、本物のプロになりたいなら、二年間くらい猛烈に勉強する時期があってもいいと思います。

残念ながら届かなかった方、気を落とさずに。来年またチャレンジするつもりで、お励みください。

*

今回の結果(暫定的な合格発表)がウェブ上で公開されています。主要候補全15名のうち、南米が5名(ブラジル3、アルゼンチン2)、アジアが5名(中国3、日本2)、ロシア2名、カナダ・レバノン・ゲオルギア各1名という結果でした。南米・アジアはほぼ予測どおりでしたが、中東が1、合衆国がゼロというのは少し驚きました。

おそらく何らかの方針なり、各地域のinvisible quotaがあるのでしょうが、来年度以降徐々に「枠」を増やしていけるように、日本のフランス哲学研究者が共同で何かアクションを起こせればいいですね。

いつか、仏独英語で世界標準レベルの哲学的な議論をできるのが、当たり前とは言わずとも、珍しくはなくなる、もう語学力か哲学力かなどという議論がナンセンスでしかなくなる、そしてその結果、このMaster Mundusの有り難味が徐々に薄れていく、そんな日を夢見て。 hf

Tuesday, March 06, 2007

コレギウムとは何か?

3月2-3日、学習院大学人文科学研究所で行なわれたMichel Dalissier氏の「ベルクソンの読者としての西田」講演会を拝聴。すでにメールではやりとりしていたtm氏やys氏と初めて対面。年来のCollegium Japan構想を実現すべく、少しずつ動いていきたい。

***

まず、コレギウムのことを説明しておかねばならないだろう。正式名称はCollegium Phaenomenologicumである(公式サイトはこちら)。ジョン・サリスやジャック・タミノーがほぼ三十年前に創設したものだ。

アメリカの大陸系哲学研究者たちの夏のささやかな祭典と言っていいと思う。毎年7月中旬から8月上旬の三週間、イタリアのチッタ・ディ・カステッロ――ペルージャからそれほど遠くないところにある何もない田舎町だ。強いて言えば、モニカ・ベルッチを輩出した(笑)――で、行なわれるバカンスを兼ねた合宿である。

参加はアメリカ全土の教授レベル数人、助教授・講師・ポスドクレベル十数人、院生四十人程度。主催者・参加者は毎回かなり変わる。ベースはアメリカ人だが、院生には何割かヨーロッパ中の学生が混じる。私は2003,2004年の二年続けて参加したが、アジア人は私一人だった。

三週間で三人の哲学者の幾つかのテクストを読み、レクチャーコースを聴き、議論する。大体フランス(現代思想)系とドイツ系(ハイデガー)が一年ごとに来ている(ようにも思われる)。例えば2003年はベルクソン、レヴィナス、ドゥルーズ。2004年は、カント、シェリング、ハイデガーという感じである。

何がいいかというと、プログラムの仕方がいい。

月・午前:レクチャーコース(1)、午後:午前中の議論を踏まえて、ディスカッション
火・中堅による発表数本
水・午前:レクチャーコース(2)、午後:午前中の議論を踏まえて、ディスカッション
木・中堅による発表数本
金・午前:レクチャーコース(3)、午後:午前中の議論を踏まえて、ディスカッション
土:遠足
日:オーバーホール

朝は10時開始。レクチャーコースは、午前中まるまる2時間超、一人の哲学者のあるテーマについて一人の大物(ないし有望な中堅)がじっくりと話す。三日間あるからいろんな細部を扱える。いろんな人を呼ぶと幕の内弁当的にカラフルだが、「食い足りない」という現象が往々にして起きるものだが、それを回避できる。

午後は、その人の提示したテーゼについて、あるいは扱われたテクストについてディスカッションする。その際、ポイントは二つある。1)院生を数人程度のグループに分ける。皆で議論というのは効率が悪い。2)各グループに一人、若手研究者(講師、ポスドクレベル)をチューターにつけて、議論の進行役、まとめ役をさせる。議論は往々にして迷走しがちだからだ。

だらだら長くやればいいというものではない。集中してやって、午後は4時で終わり。あとはフリー。院生でサッカーしたりね、イタリアだけに。腰痛めたりとか(笑)。地元のイタリア人も飛び込み参加で、英語のできないイタリア人と、イタリア語のできないアメリカ人の間で、似非英語とインチキ伊語を操って通訳したり。楽しかったな。

しかし、同時に、こんな重量級の議論・濃密なディスカッションが連日立て続けでは、やる方もやられる方も身が持たない。そこで、飛び石にして、間に中堅どころの短い発表ばかりやる日を入れる。こうすることで、中堅も実力を発揮できる場が設けられる。聞くほうも目先が変わって気分転換になる。

こんな濃い一週間の後にはリフレッシュが必要だ。土曜日にはフィレンツェやアッシジなどに出かける。日曜日はゆっくり骨休め。とかいいながら、翌週の予習をしてたけど。

院生にも発表の場が与えられる。この三週間が始まる前日・前々日にPre-Conferenceというのがあり、そこで一人20分程度話すのである。

こういうのが三週間繰り返されるわけだ。大学の枠を超えて、研究者と学生の枠も超えて、ダイナミズムとリラックスの同居した合宿。むろん悪い点は幾らも挙げられるだろうが、私のような何もしていない日本人にそんなことを言う資格も権利もない。

ちなみに、参加費用は教授も院生もすべて自己負担で、報酬なし。自己負担といっても、欧米の場合は大学が負担してくれるわけですが(日本の場合はどうか分かりません)。

*

特に私が注目したいのは、2004年に参加したときのこと。ディスカッションには一グループだけ、ドイツ語オンリーのグループがあった。日本人同様に外国語のできないアメリカ人だが、ヨーロッパ人に混じって、頑張ってドイツ語を話している人もいた。

これを日本のフランス哲学業界でやりたいのである。規模はもちろんもっと小さくなる。期間もずっと短くなる。けれど、コンセプトとしてはこんな感じのことを、日本で、基本的にフランス語ないし英語で、やりたい。

日本人とフランス人(英米系も)の大物若干、中堅・若手数名、院生二十数名くらいで、例えば夏の一週間、軽井沢あたりに合宿する。連日、フランス語ないし英語で哲学的な議論をする環境を作り出す。これが私の構想するCollegium Japanプロジェクトです。

むろんすぐ始めることはできない。十分な下準備が必要である。まずは、本場のコレギウムを日本人の有望な中堅・若手研究者・院生に発表者・チューター・聴講者として「体験」してきていただくプランを考えている。参加にはアメリカないしヨーロッパの教授二名の推薦書が必要です。そういうわけで、興味のある方は、私までご連絡ください。

文句ばかり言っていても始まらない。具体的に変えていくこと、ほんの少しずつでも。

Friday, March 02, 2007

近況

23日、最近韓国で発表してこられたojamoさんに韓国のベルクソニアンを紹介していただく。どうもありがとうございました。

24日、SAB(Société des Amis de Bergson)、要するに国際ベルクソン学会のcorrespondant étrangerになってくれないかとの打診。もちろん喜んでお引き受けする。

27日、ynさんより、ラクー=ラバルト逝去の報受ける。リールで一度一緒にご飯を食べたことがあったっけ。今はただ、ご冥福をお祈りします。


Les vendredis de la philosophie
vendredi 2 mars 2007 La grammaire politique d'Antonio Negri, avec lui-meme
vendredi 16 mars 2007 Philippe Lacoue-Labarthe
となっています。放送後、一週間はネット上で聞けますし、Podcastも可能です。 念のため、リベラシオン紙掲載のナンシーの追悼文も転送しておきます。では失礼します。

もう一本、深く静かに進行中の企画について、あまり良くないメールをいただく。院生を適当に並べてお茶を濁す、だって!?どうすれば志は理解されるのか?粘り強く、粘り強く。

28日、ようやく「呼びかけ」論文校正提出。できるかぎりレベルを上げようと悪戦苦闘。限られた時間の中でやれることはかなりやったと思うが、あまり満足していない。

遅れに遅れて、今日から「ベルクソンの手」改稿に本格的に取り掛かる。しばらく前から技術論関係の本を読んでいるのだが、まだ新しいアイデアを思いつくまでには至っていない。

例のトゥールーズ遠征、なんとヴィデオ撮影されるらしい。カナル・フィロでオンライン化されるかも、という話。乗り気ではないが、許可した。日本の哲学者がフランスでどんな風に戦っているか、日本でも見られるようになる。少しでも〈時代状況の閉塞〉を変えていければと思ってのこと。笑いたい奴は笑え。

語学能力か哲学能力か、などとありもしない不毛な二者択一で自分の怠惰を誤魔化すのは、いい加減やめるべきだ。両方必要に決まってるじゃないか。

Friday, February 23, 2007

近況(ゼミでやるべき三つのこと)

2月17-18日 合宿飛び込み参加。しゃべりまくって疲れる。自分としては一応「恩返し」のつもりなのだが、理解されているかどうか。まあ、「呼びかけ」はなされた。あとは、呼びかけられた人が気づくかどうかだが、こればかりはね。

ちなみに、その場で言ったことだが、ゼミなどでやるべきこと、ゼミの効用は三つある。一つは、発表そのものに関わることで、自分の考えを整理して発表をし、他人のコメントをもらうこと、あるいは他人の発表を聞くことだ。そのとき、ただ漫然と聴かずに、自分だったらどうするか、どこをどう直してあげるとさらにいい発表になるのかを考えながら聴くといい。

二つ目は、先生(方)、他の学生たちのコメントの仕方を観察すること。発表に対してコメントをするというのも一つの重要な技術であり、立派な教育だ。彼らはその発表をどんな風に良くしてあげようとしているのか、に注意しながら聴く。全体の構造をきちんと把握できている的確なコメントは、偉大な指揮者のinterprétationに似て心地よい。うまいinterventionをできる人を観察して「技を盗む」こと。

三つ目は、その盗んだ技を自分自身試してみること、つまり失敗を恐れず積極果敢に質問してみることだ。むろん、質問したいこともないのに質問するのは、百害あって一利なし。奮うべき蛮勇と、単なる野蛮の違いを知るべし。


2月19日 大学紀要論文校正。28日最終締め切りだそうなので、もう少しだけ手を入れるつもり。

2月21日 友人宅で集まって発表三本、そのうち一人が私。「隠喩」論文を二十分程度、レジュメのみ原稿なしで喋った。評判は上々だが、「ベルクソンの隠喩論はデリダの先駆者」という言葉に困ってしまう。それを乗り越えないと凡百の研究と同じになる。なぜならベルクソンにデリダを見てしまうのは、私の凡庸な隠喩理解のしからしめるところだからだ。終わった後は楽しく鍋パーティ。詩の暗誦大会、続けたいな。

したがって、この十日間でやるべきこと。
大・「ベルクソンの手」英語論文バージョンアップ(三月上旬まで)。技術論関係読み直し。
中・身体論進める。
中・「呼びかけ」論文最終直し(28日提出)。
小・「隠喩」論文準備進める。

Wednesday, February 14, 2007

正和ではなく不和を!(中教審新会長選任)

《哲学は誰も救済せず、誰も哲学に救済を求めない。たとえ政治家、法律家、医者、その他あらゆる職能集団が審議会を開く際に、考えること一般の専門家として哲学者を招聘する習慣が、社会的要求に合わせた諸規則によって制度化されているとしても。この招聘が、何らかの思想的成果を挙げるためには、この出会いによって不和(mésentente)の点が特定されなければならない。》(ジャック・ランシエール、『不和あるいは了解なき了解 政治の哲学は可能か』、松葉祥一+大森秀臣+藤江成夫訳、インスクリプト、2005年)

わが国に哲学教授ではなく哲学者はいるのか?哲学科ではなく哲学はあるのか?もっとはっきり響く哲学の声を!

中教審総会 評論家の山崎正和氏を会長に選任
2月7日9時50分配信 毎日新聞

 1日付で任命された第4期中央教育審議会の総会が6日、東京都内のホテルで開かれ、委員の互選により、評論家の山崎正和氏(72)が会長に選任された。中教審は山崎新会長のもと、安倍晋三首相が今国会の成立を目指している学校教育法、地方教育行政法など教育関連3法に関する審議を行う。

 伊吹文明文部科学相は教育関連3法の改正に向け、「国会の都合を申しあげると恐縮だが、できれば2月中か3月早々にまとめていただきたい」とスピード審議を求めた。これを受け、山崎会長は「大臣のみならず内閣からの諮問なので、精力的に間に合うように議論していきたい」とあいさつした。

 各委員のあいさつでは、教育再生会議の教育委員会改革の方向性について、石井正弘・岡山県知事が「(地方が)独自性を発揮できる改革にしてもらいたい」などと批判した。【高山純二】

◇「改正」から制度設計へ=解説

 中央教育審議会の会長が6年ぶりに交代し、評論家の山崎正和氏が就任した。前会長の鳥居泰彦・文科省顧問の3期6年は教育基本法の「改正シフト」とも呼ばれ、与党・自民党の悲願とされた同法改正を受けて役割を終えた。第4期中教審をリードする山崎氏は、同法改正後の具体的な制度設計を担う。

 安倍晋三首相は教育再生を最重要課題に掲げ、今国会で学校教育法など教育関連3法案の成立を目指している。しかし国会優先の強行日程に、文科省からも「改正案の提出はできる。ただし中身は保証できない」との声が漏れる。

 政治主導の教育改革が進む中、山崎新会長と第4期委員はどのような姿勢で臨むのか。1月30日の第3期最後の総会で、委員から「中教審の役割は教育の政治的な中立性を確保することだ」と指摘する声が挙がった。審議の継続性を求める意見も出ている。

 中教審は今、存在意義と位置づけが問われている。文部科学省組織令では中教審の役割として、「文部科学大臣または関係行政機関の長に意見を述べること」と明記されている。

 まず政府や国会審議、教育再生会議と一定の距離を保ち、文科相らと対等の立場に立って、大所高所からの意見が求められる。また、各委員は、教育現場の主役である子どもや保護者、教員の声に耳を傾けてほしい。永田町だけに目を向けて、間違っても「拙速」に加担してはならない。【高山純二】

Tuesday, February 13, 2007

カタカナコトバ(思想書翻訳における)

大したことではないのだが折にふれて思うことというのがあって、その一つに、

「思想系の翻訳書でカタカナ表記をするというのは一体どういうことなのか」

というのがある。話を分かりやすくするために、私の知る限り最も過剰な例を挙げておこう。渡邊二郎氏の手になるハイデッガー『「ヒューマニズム」について』(ちくま学芸文庫、1997年)である。

すぐに言い添えておくが、この「非難」は訳文に関するものではないし、個人攻撃が目的でもない。さらに言っておけば、翻訳能力とは一切関係ない。この例を挙げるのは、ひとえにその過剰さが問題の本質をはっきりと浮き立たせてくれるものであるからに他ならない。
《サルトルは次のように言明している。すなわち、プレシゼマン・ヌー・ソンム・シュール・アン・プラン・ウー・イリヤ・スルマン・デ・ゾンム〔正確ニハ、私タチハ、タダ人間タチノミガイルヨウナ平面ノ上ニイル〕、と(『実存主義ハヒューマニズムデアル』三六頁)。右の命題に代えて、『存在と時間』のほうから思索されるならば、次のように言い述べられねばならないであろう。すなわち、プレシゼマン・ヌー・ソンム・シュール・アン・プラン・ウー・イリヤ・プランシパルマン・レートル〔正確ニハ、私タチハ、原理的ニハ存在ガ与エラレテイルヨウナ平面ノ上ニイル〕、と。》(66頁)

「il y aは、《es gibt》を不正確にしか翻訳していない」という一節がこの後に続く重要な箇所であるが、率直に言って私にはフランス語の部分がカタカナ表記される意味が理解できない。

非フランス語使用者にとって、この部分はアルファベットで記されようが、カタカナで記されようが、同じように目障りである。フランス語使用者にとって、カタカナでフランス語を読むことに肯定的な意味があるとも思えない。したがって、訳文だけを記すか、アルファベット表記するか、のいずれかが望ましいと思われる。

*

以上は文章に関する、しかも極端な例なので、異論はそれほどないと思うが、概念や固有名の場合はどうであろうか?

これはケース・バイ・ケースだろう。例えば、「エンテレケイア」「コナトゥス」「エラン・ヴィタル」ならカタカナ表記でもいい気がするし、「プラトン」「デカルト」「カント」を必ずアルファベット表記せよ、というのもたしかに馬鹿げている。よく知られたものに関しては従来どおりカタカナ表記でよいと思う。

しかし、新造語、のみならず、あまり知られていない固有名(人物名・地名)、従来とは異なる用法で強調して用いられている語などに関しては、それらがアカデミックな文脈において有用であると判断される限りにおいて、訳語とともにカタカナでなくアルファベット表記されるべきであると考える。

これに関しては、折衷的な解決策もありうる。訳語の横にカタカナ表記のルビを振る、という手である。たしかに、翻訳書の種類、読者層によっては、この解決策のほうがより効果的である場合もあろうことは否定しない。

*

なぜこんな些細な問題をつらつら考えるかというと、まずは自分自身の実感から来ている。

私自身、ドイツ語にそれほど習熟していないので、カタカナ表記されたドイツ語の語彙・概念をよりよく知ろうとして辞書を引いても、すぐにその言葉にたどり着けないことがある。そんなとき、「ああ、アルファベットで書いていてくれたら」と思ってしまうのである。

このことを友人に話すと、「そんな奇特な人間はほとんどいないのだから、そんな人のことを考慮に入れて翻訳などしていられない」と言われてしまう。それも分からないではない。原文挿入ならアルファベット、原語挿入ならカタカナルビ、啓蒙書ならそもそも挿入なし、という原則でも良さそうな気もする。

しかしまた、翻訳はアマからプロになろうとする者の熱意を拒むものであってはならないのではないか、とも思う。カタカナ表記とは、アルファベットの異質さを隠蔽する似非民主主義的な折衷主義にすぎないのではないか、とも。

ハイデガーやデリダの文章のように、明らかに原文・原語で読むことを強いる文章というものがある。その場合、カタカナ表記で表層的に「読める」ものにしてしまうことは、本来その哲学が目指しているもの自体を損なっていはしないか。

結局、「学術書の翻訳はいったい誰のためのものか」、あるいは「アカデミックな学術書として翻訳する(あるいはしない)とはどういうことか」ということを考えてしまう。

一般に翻訳は「非専門家」ないし「非学者」のためのものであるが、しかしまた、学者が時間の節約のために翻訳書で済ますということも往々にしてある。学術書の翻訳はまさに学者のためと言えそうだが、しかしまた学術書を(啓蒙書とのグレーゾーンにある著作ならなおさら)いかにアカデミックに訳さないか、平明に砕いて訳すか、なるべくアルファベットを登場させず読者を萎縮・倦怠させないか、ということもまた、一つのポリティクスでありうる。

*

いずれにしても常に立ち戻るべきは、はじめて補助輪なしの自転車に乗れたときの喜び、かな。翻訳は、その喜びに至る手助けでなくてはならないのでしょう。

Friday, February 09, 2007

隠喩の退引(原語挿入、誤訳情報ページ)

締め切りが十日延びたので、思い切って「人格性」論文を解体し、本格的に組み立てなおすことにした。

焦眉の点は、長い序論―25頁中14頁。三回分載計75頁の序論だから、実はこれまでの私の基準からすると、それほど長くはないつもりだったのだが―をどの程度「隠喩」論文にもっていくか。しかしそうすると、逆に、「隠喩」論文の全体が見えないと「手術」にかかれない。

というわけで、以前からちらちら目を通していた隠喩論関係の本をふたたび読み始める。

『現代思想』1987年5月号「特集 メタファーの修辞学、意味の規則」。デリダとデイヴィッドソン、ある意味で二つの極を代表する隠喩論が日本語で読めるのは貴重である。デイヴィッドソンに関しては、畏友ssさんの文献解説もどうぞ。

それにしても、デリダの「隠喩の退-引」の翻訳(前半のみ。後半は翌月号に分載)は問題だ。翻訳の質が問題なのではなく、原語の挿入が甚だしいのである。

フランス現代思想を読んで思想形成を行なったので、私は原語の挿入には相当寛大なつもりだ。その私が言うのだから、かなりのものである。デリダの最終頁とデイヴィッドソンの冒頭を比較してみよう。緑の部分が原語挿入である(下の写真をクリックすると、拡大して読めるはずだ)。



デリダのほうの下段は、訳者付記なので、原語挿入はまだ他の頁より少ないくらいである。たしかに、難解な文を書き、複雑なレトリックを駆使することで有名なデリダのほかならぬレトリック論、隠喩論なので、デリダの「言葉遊び」がひどくなるであろうことは予想がつくし、訳者の苦労もひとかたならぬものがあろうとは思う。

だが、ハイデガーの反響を読み取ろうとして、デリダの原テクストにはないドイツ語を挿入するに至っては明らかにやりすぎであろう。しかも、訳注やルビを用いず原語挿入を選ぶという訳し方について説明するはずの「訳者付記その1」の書き方が、何と言えばいいのか、中途半端に思わせぶりで、いい加減にペダンティックなのである。要するに、ありもしない深みを匂わせようとして、こけている感じなのだ。「訳注」や「ルビ」について思うところがあるのなら、単純明快にそれを論じればいいではないか。
蛇足とは思うが訳者の理解した限りで以下に、議論の展開の跡を追い、あるいは通読に困難を感じられる読者の一助としていただくことで訳者としての務めを果たしたいと考える。(「デイビッドソン・メタファー論への註解」、上掲、68頁)
デイヴィッドソンの訳者・高藤(たかとう)直樹さんのこのような姿勢のほうがよほど「健全」に知的だと思うが、如何?

*

ちなみに、上のデリダの件とは無関係だが、私があれやこれやの翻訳に注文を付けると「大した翻訳力もないくせに」という人がいる。しかし、それはちょっと筋が違うのではないか。

私に翻訳力があるかないかということと、いい翻訳を見分ける力があるかないかということは別である。問題が的確に指摘されているなら、それは批判であって非難ではない。

たしかに一般的に、文句をつけるのは容易い。それは、すでに数年前に「海の広さとerrata」(2000年12月26日の項)で述べたとおりである。また、たしかに誤訳をあげつらうのはいい趣味とは言えない。

が、また同時に、現在の学術出版の苦境に(少なくとも部分的には)由来する《誤訳の放置》という由々しい現状はどうするつもりなのか?

「出版社に誤訳を指摘した手紙を送ればいいんです。再版のときに直すでしょう」。なるほど、しかしそれは、もし再版されればの話である。それまで、読者はどうすればいいのか?出版社や訳者のproduct liabilityはないのか?

せっかく各出版社がHPを持つようになったのだから、それぞれの翻訳出版物に関して、誤訳情報ページを作ればいいのではないか。スレッド&チャート方式で、頁・行・誤訳のポイント(簡潔に)を読者に書き込んでもらうのである。これなら、忙しい編集者の手を煩わせない。もちろん定期的に訳者がチェックし(忙しいというなら、年に一回でもいい)、「たしかにこれは直したほうがいい」という指摘だけを「確定事項」にして、ページに残していく。

こうすれば、出版社としては、自社のPL精神をアピールできる。読者は、いつ来るか分からない再版を待たずとも、小規模の「バージョンアップ」を行なえる。パソコンのソフトであれば、小規模の(限定的)バージョンアップは無料で、大規模な(本格的)グレードアップは有料で、といった考え方が一定程度理解されていると思うのだが。要は、多少の誤訳は「セキュリティ・ホール」と考えて、無償で、早急に、対策を講じる、というスタンスだ。

これまで誤訳というもののあり方についてきちんと考えた人はいるのだろうか?どなたか面白い「誤訳論」をご存知の方はお教えください。

Thursday, February 08, 2007

百年の大計ではないのか(教育再生会議第一次報告)

今日は一日中「人格性」論文の直し。少しでも深く。苦手中の苦手なのだが、適切に深く。締め切りが十日ほど延びた。嬉しいやら、不安やら。

春のベル哲研(第21回)のお知らせ、hmさんどうもありがとう。困った、重なってる。他の人もいろんな情報お待ちしてます。

*

私がゆとり教育の反対者のように見えたとすれば、それは誤解である。「ゆとり教育」は必要な改革過程であったと思っている。ただ、親にも、何よりもまず親にこそ、ゆとりが与えられるべきであり、親が自覚的にゆとりを求めて闘うべきであったと思っているのである。

「ゆとり教育」の“戦犯”(Web現代、2003年10月22日)
論旨が読み取りづらいが、
マニュアル世代が多数を占めるようになってきた官僚・教員たちにこそ小・中学時代に「ゆとり教育」が必要だったのである。

そのとおりである。しかし、付け加えさせてもらおう。 数十年来の「会社至上主義」「仕事人間大量生産」によって、家庭で子供を育てていく力が衰えてはいないか。土日が休みとなると、親たちは子供を塾や習い事に通わせることで安心しようとしてはいないか。家庭が教育を学校に任せすぎるようになったとすれば、それはなぜか。マニュアル世代が多数を占めるようになってきた子どもの親世代にもまた、小・中学時代に「ゆとり教育」が、ただし親や地域共同体自身がゆとりをもって子どもの教育に参加できるような「ゆとり教育」が必要だったのである。たしかに、子どもは教師に教えられて育つものだ。しかしまた、子どもは親の背中を見て育つものでもある。


[教育再生報告] 百年の大計でないのか
『南日本新聞』、2007年1月27日付社説

 政府の教育再生会議が第1次報告を決定した。これを受け、安倍晋三首相は通常国会に教員免許法改正案など関連3法案を提出する方針を示すとともに「教育再生国会にしていきたい」と表明した。
 報告には、ゆとり教育見直しに伴う授業時間数増、教員免許更新制、教育委員会改革などさまざまな処方せんが並ぶ。だが、これまでの教育のどこがどう問題だったのかが見えてこない。
 肝心の現状分析が欠落したまま処方せんを並べても、説得力に欠ける。
「50年先、100年先を見据えた議論もしてまいりたい」(首相)というなら、腰を据えて取り組むべきだ。急ぐ背景には教育再生で政権浮揚のきっかけをつかもうという思惑が見え隠れする。夏の参院選に備える動きととられても仕方あるまい。
 問題はまず、ゆとり教育見直しとして掲げた授業時間数の10%増だ。「すべての子どもに高い学力を」という首相の意向をくんで盛り込まれたに違いない。だが、子どもたちの学力のどこにどんな問題があり、授業時間数という処方せんにたどりついたのか、判然としない。
 ゆとり教育については、文部科学省や中央教育審議会は「趣旨は間違っていないが、手だてに問題があった」として、学習指導要領の見直し作業を積み上げているところだ。どんな学力を目指すのか、十分な論議もないまま、政治の力で横やりを入れるやり方は乱暴すぎる。
 授業時間数を増やすことと学力との相関関係が実証されていないことは、文科省も認めている。それどころか、学力世界一といわれるフィンランドの授業時間数は、日本よりはるかに少ない。
 2003年の公立小中学校授業時間数は、日本の9歳から11歳が年間709時間に対してフィンランドは654時間、12歳から14歳が817時間に対し796時間となっている。
 また、報告は基礎・基本の反復・徹底など指導方法にまで言及しているが、これらは学校が子どもの状況に応じて判断すべき事柄であり、官邸が口を出す問題ではない。
かつての画一教育に戻そうというつもりなのか。
 ゆとり教育見直しなどいったん消えかかったテーマが、報告に次々と復活したのは「先送り、先送りでは首相の指導力が見えないということになる」という官邸の意向だったという。教育は政治の道具でなく、子どもや国民のためにあることを忘れてはならない。

Wednesday, February 07, 2007

近況

とうとう『物質と記憶』の新訳が出た。合田正人さんと松本力さんの訳。『試論』の新訳が出たのが2002年だから五年ぶりになる。どんな仕上がりになっているか楽しみだ。


文庫化されるというのは本当に大切なことだ。

最近の仕事。十二月末に目的論に関する論文を学会誌に投稿した。結果待ち。同じく十二月末、カッシーラー論文の校正現状報告受ける。『ベルクソン年鑑』第三巻は、今年春刊行予定とのこと。「時間がないので校正刷りを送らない」って。。『二源泉』における呼びかけと人格性に関する大学紀要論文の査読結果を受け取る。受諾とのこと。
今後の予定。
1)二月上旬、某ゼミにて博論の『試論』に関する部分の構成について発表させてもらう。昨日終わったが、まだまだ全然駄目だ。
2)二月中旬、大学紀要論文の直し。まだまだレベルアップの必要あり。および、某合宿飛び込み参加で『物質と記憶』について発表させてもらう。
3)二月下旬、「ベルクソンの手」を全面改稿し、英訳する。例の英語雑誌への投稿のため。
4)三月上旬、昨秋の仏文学会で発表した「催眠」論文の提出。
5)三月中旬、今春の仏文学会の要約締め切り。全体のプランだけでもまとめないと。
6)三月下旬、トゥールーズ篇の発表、すでに出来上がっているので、練り直しに取り掛かる。
「研究のストックを総ざらいしたいという気持ちはわかるが、論文のエレガンス(文章美学)にとっては、いかに言わずに我慢するかも重要なポイント」という指摘は、今の私にとって最も重要なもの。単なる書誌情報マニアにならず、散漫なエッセイ風にもならず、といって手堅いだけが売りの論文でもなく。面白い思いつきにとどまらず、それをどこまで具体化し、不要な部分を容赦なく切り捨てていけるか。自分のレベルをどれだけ上げていけるか、「鳴り渡る今この時が重大なのである」。

Tuesday, February 06, 2007

蛍雪(マラルメ斜め読み・2)

博論を書く傍ら、マラルメを読み、ドゥルーズを読む。友人との読書会や知り合いの先生のゼミに顔を出していたらお鉢が回ってきてしまったのである。しかし、これも何かの縁だろう。一人だとまず読まないものを読み、斜め読みしかしてこなかったものを多少詳しく読み直す機会を与えられたのだから、感謝している。

しかし、赤ん坊が泣くと思考が妨げられる。泣いても読める本を読み(柏倉康夫、『マラルメ探し』、青土社、1992年。読みやすい)、暇つぶしにブログを書く。これじゃ以前と変わらない。

*

難解、晦渋、孤高の詩人、特異な言語観、『骰子一擲』において到達した独自の《書物》概念、などのイメージがあるマラルメ。先に読んでもらった「芸術の異端、萬人のための芸術」は、若者の傲慢で実態のない単なる強がりと嗤うこともできる。ロマン主義から派生した高踏派の典型、そう文学史的にくくることもできるかもしれない。

五歳で母を失い、妹とともに外祖父母のもとで育てられたが、十五歳でその妹も失い、父は時を同じくして脳を患って病床についた。三年後、大学入学試験に通ったものの、進学を諦め、公証人事務所の臨時雇いとして働き始める。二十歳のことである。彼には詩があった。詩しかなかったというべきか。

『悪の華』に深く感動し、ボードレールを介してポーの虜となったマラルメにとって、ポーをよりよく理解し訳したい、英語に磨きをかけ、将来英語教師となって、その傍らに文学をやりたい、という気持ちは半端なものではなかった。

登記所管理官を長く務めた祖父の意見も頷けるものである。せっかく得た安定した仕事を捨てて、なぜ不安定な道を好んで選ぶのか。英語教師となるにはマラルメの英語の知識は初歩のものでしかないこと、「リセにおける現代語の授業は、お前が考えるほど魅力のあるものではなく、ごく初歩的なものだ。文法の域を出ず、文学的な意義などありはしない」こと、そのうえ収入も低く、のべつ話していなければならず大変疲れるので、丈夫とはいえないマラルメには向かない、というのが反対理由であった。

だが、マラルメの決意もまた固かった。祖父母の同意を得られないまま、1862年2月、二十歳のマラルメは個人教授について英語の勉強を開始する。

「週に五日、木曜日を除いて一日一時間の授業で、作文、仏文への翻訳、文法、会話を習い、宿題も多かった。公証人事務所での仕事は、もちろんそのまま続けていた。その上で、これらの個人授業も受けたのである。」(柏倉、上掲、78頁)

そして1862年11月、すなわち勉強開始の9ヵ月後、職業からの逃避、恋の逃避行をも兼ねたロンドン行きを決行する。後年、俗に「自叙伝」と呼ばれるヴェルレーヌ宛書簡で、当時を回顧してマラルメは次のように述べる。

「単にポーをもっとよく読もうとして英語を学んだ私は、二十歳のときイギリスへ旅立ちました。主として遁れ去るためでしたが、その一方、この国語を話せるようになって、これを学校で教えて世の片隅で生活し、他の糊口の手段を強いられるのを免れるためでもありました。私は結婚していたので、それは差し迫っていました。」

二十歳のマラルメが1862年9月に発表した「芸術の異端、萬人のための芸術」を読むとき、例えば以上のような状況を頭に入れて読むのと読まないのとでは、意味がぜんぜん違ってくる。

繰り返せば、若者の傲慢で内実の伴わない単なる強がりかもしれない。ロマン主義から派生した高踏派の典型、そう文学史的にくくることも間違いではないだろう。だが同時に、詩しかなかった八方破れの青年にとって、平凡ながらも幸せを手に入れた人々が「ついでに」「ちょっとした(偽善的な)好奇心で」詩集を購入し、気晴らしに詩を口ずさんだり批評家を気取ってくさしたりするのを見るのは憤懣やるかたないことだったに違いない。

現在、私たちはルサンチマンを胸に腐るマラルメも、努力するマラルメすらも、思い浮かべない。志ん生と精進もそうだが、マラルメと努力という言葉ほど一見懸け離れたものはない。そして、それは彼らの栄誉である。

*

言うまでもなく、私は自分の怠惰を弁護しているのである(笑)。

Saturday, February 03, 2007

「偽善的な好奇心…」(マラルメ斜め読み・1)

例えばこんな文章を読むと、どんな感想を持つだろうか。読後感をしばし省察しておいてもらいたい。マラルメ二十歳の詩論である。

《すべて聖なるもの、聖たらんと欲するものは、うちに神秘を含んでいる。宗教は選ばれた者にだけ神秘をあらわす。音楽がその一例を我々に提供する。

…こうした不可欠の性質が、なぜ唯一つの芸術、しかも最も偉大な芸術には拒まれているのかと私はしばしば自問した。それは偽善的な好奇心をもつ人々に対し、何らの神秘も持たず、無信仰な人々に何の恐怖をも抱かせない。何らなすところなく、無知な者、敵対する者の微笑や渋面のもとに晒されている。私は詩のことを言っているのだ。

…ずぶの初心者が土足でずかずかと傑作の中に入り込んでくる。そして、この闖入者たちといえば、覚えたばかりのアルファベットの一頁を、まるで入場券よろしく手にしているのだ!ああ、もの古りし祈祷書の黄金の留め金よ、パピルスの巻物の神聖な形象文字よ!

…ひとは民主主義者となりうる。だが、芸術家は二重人格なのであり、貴族としてとどまらねばならぬ。しかし、我々の眼に映るのは、およそ正反対のことだ。人々は詩人の著作の廉価版をつくって増刷する。しかも、それが詩人の同意と満足を得て行われるのだ。だが、貴方はそれで栄光を得られると信じているのか、夢見る人よ、抒情の人よ。大衆が安売りで貴方の本を買ったとして、彼らはそれを理解するだろうか。

…鳴り渡る今この時が重大なのである。教育は人々のあいだで行われ、さまざまの偉大な教義は普及していくだろう。それは一つの大衆化だが、あくまで富の大衆化ではあっても、芸術のそれではない。

…大衆が教訓譚は読んでも、後生だから、彼らに我々の詩を味わわせてはならない。詩人たちよ、貴方がたはこれまで常に誇り高くあった。そしてこれからもさらに尊大であれ!》(「芸術の異端、萬人のための芸術」)

Tuesday, January 30, 2007

ユースから一歩ずつ階段を上がる(エリート教育の問題・補遺)

たぶん気づかれたと思うが、ブログの装いが幾つか変わった。これには、この数ヶ月来進められているBloggerというブログ運営会社とグーグルの提携強化、それによるブログの性能向上が関係している。

性能強化の一つとして、日本のブログではすでに当たり前のものとなっていたラベリングが可能になった。こうなってくると、四つも五つも別名のブログをもっている意味もないようなものだが(今回のように主題がクロスオーバーすることもしばしばあるし)、当面は各ブログの方針を従来どおり維持していくつもりである。

引き続き他のブログ(profileから入る)もご愛顧のほどを。hf


「エリート教育」の問題について述べたとき、最後にサッカーの関連記事を付していたが、気づかれただろうか。Mundusのことだけではない。私たちは他領域を参照しつつ、教育の問題、制度の問題をもっと具体的に考えていくことができる。

(ちなみに、今期のテレビドイツ語会話では、昨年のサッカーW杯まで技術委員会のトップだった田嶋幸三JFA専務理事、つまり日本サッカー教育界のドンがインタヴューされ、ドイツ語で話していた。

アラビア語会話は会話向きの講師を発掘し、ナビゲーターに落語家を起用して素晴らしい効果をあげている。フランス語会話の製作陣もそろそろ抜本的な改革を真剣に模索しないと、今のままでは駄目だ。

田嶋氏については、宇都宮徹壱氏のいつもながら冴え渡るエッセイ「“総括”で隠されたもの。第5回フットボールカンファレンスより」(2007年1月10日)も参照のこと。そのうえで、私の「スシボンバーの憂鬱」(2004年10月20日)を読んでもらうと、拙いなりに私が何を言いたいのかがわかってもらえるかもしれない。)

梅崎の武器は“NOVA仕込み”の仏語
2007年1月29日(月) 10時56分 デイリースポーツ

 大分からフランス2部リーグのグルノーブルに期限付きで移籍するMF梅崎司(19)が28日、成田空港を出発した。U-20日本代表のエースは、31日の入団会見に備えて、語学学校のNOVAに10日間通学。覚えたてのフランス語を駆使して、チームメートのハートをつかむ。

 フランス入国を前に、梅崎は大分で“駅前留学”を済ませた。先に入団したFW伊藤翔(中京大中京高)から「待ってます」と言われて不安は多少和らいだが「言葉の壁が一番。積極的に話をしていきたい」。通訳をつけない裸一貫での移籍だけに、まずはコミュニケーションを図る作戦だ。

 「海外のビッグクラブでプレーしたい。まずはグルノーブルで結果を出す。日本の魂を見せ、一部に引き上げる」。現在、リーグで20クラブ中8位のチームを押し上げた先には、夢見るスペインでのプレーが見えてくるかもしれない。


将来性が海外挑戦の鍵に 森本、はい上がって活躍

 18歳8カ月、森本のセリエAデビューは衝撃的だった。後半39分から少ない時間でチャンスを生かし、鮮烈な同点ゴール。試合後はイタリア人記者に囲まれ「びっくりした。(頭の中が)真っ白になった」と喜んだ。

 引退した中田英以来となるデビュー戦での得点。だが、日本代表で不動の地位を築いていた中田英とは違い、森本にフル代表歴はなく、10代で海を渡った。カターニアのユースで活躍し、はい上がって欧州屈指の舞台で出場機会をたぐり寄せた。

 マリーノ監督は「彼は伸びている最中。特に体の強さが成長している」と目を細める。プルビレンティ会長も「若くて質が高い。この得点を一生の思い出にしないと」。周囲の目は温かく、森本は純粋に才能と将来性を見込まれている。

 森本が所属するマネジメント事務所のモラーナ氏は「今の日本で中田英のように欧州で十分に活躍できる選手を探すのは難しい。クラブは若い内に体力と戦術両面を鍛える必要を感じている」と話す。ジャパンマネー目当てではなく、戦力に育ちそうな逸材を探すクラブが、日本にも関心を示している。

 かつてオランダでプレーした平山や、このオフにフランスに渡った伊藤や梅崎など、若くして海外に挑戦する例は増えている。こうした傾向が今後も続くかもしれない。(共同)(了) [ 共同通信社 2007年1月29日 17:00 ]


新しい挑戦の道切り開く デビュー戦ゴールの森本

 セリエAに初出場した森本がいきなりゴール。名前の発音が似ているためにサポーターから「マレモート(イタリア語で津波の意味)」と呼ばれる18歳の日本人が、愛称に負けない衝撃的なデビューを飾った。

 主軸FWが出場停止で得たベンチ入りの機会だった。これまでは控えのまま投入されない試合が続いたが、そのたびに「焦りはない。いつでも準備はできている」と話していた森本に、ようやく晴れ舞台が訪れた。

 0-1の後半39分にピッチに立つと、まずは巧みなポストプレーで試合の流れに入った。ユースの試合では活躍を続けているだけに「試合勘は忘れていなかった」と落ち着いていた。

 試合終了間際にゴール前のスペースに忍び込むと、右斜めからのクロスを左足でトラップし、複数の相手DFと交錯しながら右隅へ決めた。「頭が真っ白になった」と驚きと喜びの混ざった表情。チームの仲間にもみくちゃにされながら祝福された。

 これまでセリエAに挑戦した日本人は、フル代表として活躍した実績を引っ提げていた。だが森本は若くして本場へ移り、ユースから一歩ずつ階段を上るという新しい道を切り開いている。マリーノ監督は「無理なく自然に成長している」と、将来が楽しみな日本の若手に目を細めた。(ベルガモ共同)(了) [ 共同通信社 2007年1月29日 9:51 ]


森本がセリエA鮮烈デビュー=日本人最年少出場とゴールをマーク-伊サッカー

 【ロンドン28日時事】サッカーのイタリア1部リーグ(セリエA)で、カターニアのFW森本貴幸は28日、イタリアのベルガモで行われたアタランタ戦で後半39分からセリエA初出場を果たし、同43分に初ゴールを挙げる鮮烈デビューを飾った。18歳8カ月でのセリエAデビューと得点は日本人選手最年少。ゴールは貴重な同点弾となり、カターニアは1-1で引き分けた。

 欧州の主要リーグで、デビュー戦で得点をマークした日本人選手はMF中田英寿(1998年、ペルージャ)、FW大久保嘉人(2005年、マジョルカ)、FW平山相太(05年、ヘラクレス)に続いて4人目。

 森本は88年5月生まれ。Jリーグ時代にも15歳だった04年に、当時J1東京Vでリーグ最年少出場、最年少得点を果たした。昨年7月に期限付き移籍でカターニアに加入した。北京五輪世代の1人としても期待されている。  [ 時事通信 2007年1月29日 9:31 ]

Thursday, January 25, 2007

ベント・プラドJr.逝去


ベント・プラドJr.が亡くなった。私が『ベルクソン読本』の「世界におけるベルクソン研究の動向」で特筆していた人物の一人である。これで日本にお呼びすることが永遠に叶わなくなった。享年69歳。

今年の十二月にはサン・パウロでも『創造的進化』百周年ブラジル版が予定されており、彼が主催者の一人として名を連ねていた(実質的な責任者であった)だけに、さぞ無念であったろう。ようやくフランスでも彼の仕事が認知されつつあったというのに。

せめてもの手向けに、FAPESP(Fundação de Amparo à Pesquisa do Estado de São Paulo サンパウロ州研究支援財団?)の「おくやみ」を生齧りのポルトガル語から翻訳しておく(したがって正確さは保証のかぎりではありません)。

日本でもせめてベルクソン研究の文脈において彼の業績がきちんと導入され吸収・消化されることを祈ってやまない。

*

ベント・プラドJr.逝去、享年69歳

FAPESP通信 哲学者のベント・プラドJr.氏が1月12日金曜日の午前1時ごろ、サンカルロスの病院で亡くなった。享年69歳。ブラジルの哲学界を代表する人物の一人であった氏は、サンカルロス連邦大学(UFSCar)の哲学・科学方法論科で教鞭をとっていた。

UFSCarの発表によると、死因は喉頭がんの悪化による心肺機能停止。埋葬は同日、サンカルロスの墓地にて執り行われた。

UFSCar哲学科長 José Eduardo Marques Baioni 氏は、プラド氏をブラジルにおける哲学研究の構築における主要人物の一人であり、「哲学、文学、芸術の間のきわめて興味深い境界領域を、卓越した手腕をもって探求していた、偉大な著述家」であった、と語っている。

ベント・プラドJr.の哲学への最も偉大な寄与の一つは、フランスの哲学者アンリ・ベルクソンに関する業績である。1965年に諮問を経た彼の博士論文『現前と超越論的領野。ベルクソン哲学における意識と否定性』は、今もこの主題に関する国際的なレフェランスであり続けている[そのとおりである!]。本書は2002年に翻訳され、フランスで出版された。

「ベルクソンをめぐるあらゆる研究は、サルトルやメルロ=ポンティを含む二十世紀のフランス現象学についての研究同様、ベント・プラドの諸研究との対話を続けることを必要とする」とバイオニは語っている。

サンパウロのJaúで生まれた Bento Prado de Almeida Ferraz Júnior は、1961年から1969年までサンパウロ大学で教鞭をとっていたが、軍事独裁政権が倒れ、大統領令によって大学から追放された。同法令によってCaio Prado Júnior、Octavio IanniやFernando Henrique Cardosoなど23人の教員が退職を余儀なくされた。1998年に、USPの名誉教授号を得た。

1970年から1974年まで、プラドは、フランス国立科学研究センター(CNRS)の研究者としてポストドクター職を得た。1977年にUFSCarに入る。

なによりもまず教育者

最近、プラドは、20世紀のフランス現象学とアングロサクソンの分析哲学が共通の根を持ち、繋がりを保ち続けていることを示す研究を展開していた。

「2006年の最後まで彼は授業を続け、大学院の学生を指導し続けていた。2007年度に予定されている哲学科の学部の授業の編成を主に担当するなど、最後までUFSCarに重要な遺産を残した」とバイオニは語る。

「ベント・プラドのおかげで、私は教育的で啓発的な哲学研究というものが存在するという感覚を学びました。したがって彼のおかげで私は、学生と知の間に先生がしゃしゃり出てこない場合に哲学教育というものがあるということを学んだのです[…]。学生自身が「先生」になりえたとき、哲学教育というものは成り立つ。なぜなら、先生とはすべての者に開かれた、無限の研究のサインに他ならないからです。言葉を換えて言えば、ベント・プラド先生のおかげで、私は教え学ぶことに潜む自由の感覚を発見したのです」と、哲学者 Marilena Chauí さんは雑誌『高等研究』(Estudos Avançados)2003年号に発表された論文の中で語っていた。現在USPで教鞭をとる彼女は、かつて1967年にDEA課程に在籍しベント・プラドの指導を受けたのであった。

ベント・プラドはまた、カンピナス州立大学(Unicamp)やサンパウロ州立大学(Unesp)、カトリック司教大学(PUC-SP)などの機関でも研究に従事していた。

ベルクソンの哲学以外に、ベント・プラドJr.氏は、哲学史、認知哲学・言語哲学、心理学・精神分析のエピステモロジーなどの領域で活躍した。代表作には上記の博士論文のほかに、
『幾つかの試論:哲学、文学、精神分析』(Alguns ensaios: Filosofia, literatura e psicanálise),
『誤謬、錯覚、狂気』(Erro, ilusão, loucura)
『精神分析の哲学』(Filosofia da psicanálise)
などがある。

Friday, January 19, 2007

短すぎる夏の輝きよ―阿部良雄墜つ

個人的な面識はなかったが、常々仏文学者、いや端的に学者の典型のような人だと敬意を抱いていた(2000年6月1日の項。MLの気安さも手伝ってとんでもなく若い)。確か彼がノルマルへの留学第一号ではなかったか。今、仏文科の学生はフランスで博論を書くのがかなり当たり前になりつつある。彼以降の先人たちの地道な、継続的な努力のおかげである。

制度を整えていくには、友愛と信頼に支えられた連携作業が必要不可欠である。

私がフランス詩をいくらか暗誦するようになったのは、フランスに行く一年ほど前だったろうか。友人たちが彼の家に招かれ、詩の暗誦大会などをやって楽しんだ、という話を伝え聞いてからであった。

それまでは「詩を暗誦する」などとはなんとなくスノッブで厭だったのだが、その話を聞いて肩の力が抜けた気がした。そうか、そんな風にワイワイやってもいいのか、それなら自分にも出来そうだな、と。

フランス語の練習ももちろん兼ねていた。詩の暗誦は今もやる。言葉はスポーツと同じだ。やればやっただけ上達するし、やらなければ忘れる。プロとしての心構え。これも私が阿部良雄から(一人合点して)受け取った「教え」の一つかもしれない。

Bientôt nous plongerons dans les froides ténèbres ;
Adieu, vive clarté de nos étés trop courts!


<訃報>阿部良雄さん74歳=東京大名誉教授、仏文学者
1月18日0時43分配信 毎日新聞

 阿部良雄さん74歳(あべ・よしお=東京大名誉教授、仏文学者)17日、急性心筋こうそくのため死去。葬儀は25日午前11時、東京都渋谷区西原2の42の1の代々幡斎場。自宅は非公表。喪主は妻文子(ふみこ)さん。ボードレール研究で知られ、著書に「西欧との対話」などがある。95年度に和辻哲郎文化賞を受賞。
最終更新:1月18日0時43分

Thursday, January 18, 2007

哲学と政治

ヤミナ・ベンギギの『移民の記憶』についての告知メールをいただきましたので、pense-bêteのほうをご覧ください。

哲学を政治から切り離そうとする人々はこう主張する。「いったい誰が、数学者に政治を論じるよう求めるだろうか。政治は政治学者に任せておけばよい。哲学者は哲学をすることだけが任務なのである」と。日本のみならずフランスにも多くいるタイプである。

なるほど餅は餅屋であり、床屋政談などに大した意味はない。一市民として政治的な言論を行なうのは結構だが、それはすでにもはや哲学ではない、と。だがしかし、そのような物言いは、哲学という営みと、哲学科で行なわれているアカデミックな活動を我知らず同一視してしまっている。

アカデミズムを徒に敵視する人にも、アカデミズムに頑なに立て籠もろうとする人にも、あまりに個人的ルサンチマンが見えすぎる。問題はそんなところにはないのだ。

《なるほどひとは、哲学に、精神がおこなう快適な商売を見たくなるのも致し方ないのかもしれない。今度はコミュニケーションに倫理を提供することができる社会性、しかも西洋の民主主義的な会話を糧とする不偏不党の社会性だ、というわけである。

しかし、近代哲学に救いがあるとするなら、近代哲学は、古代哲学が都市国家の友ではなかったように、資本主義の友ではないという点を挙げねばなるまい。

そのつどユートピアを携えてこそ、哲学は政治的なものに生成し、おのれの時代に対する批判をこのうえなく激しく遂行する。

なぜなら、哲学が呼び求めるような人種は、芸術同様、純粋だと主張されるような人種ではなく、ある虐げられた、雑種の、劣った、アナーキーな、ノマド的な、どうしようもなくマイナーな人種だからだ。》(ドゥルーズ、『哲学とは何か』)

Tuesday, January 16, 2007

『創造的進化』百周年(英語雑誌投稿募集)

などと言いつつ早速更新である。

***

皆様、今年もよろしくお願い致します。

ベルクソンにご関心がお有りかと思われる方々に一括送信させていただいております。長文メール、あらかじめご寛恕のほどをお願い致します。

ご存知のように本年は『創造的進化』百周年にあたり、11月のコレージュ・ド・フランスにおける大規模なコロックをはじめ、各地で様々なイヴェントが企画されております。

私も若輩者ながら4月にトゥールーズで行われるコロックの主催者に名を連ねさせて頂き、日本の『創造的進化』読解の最前線を担う方々にご協力を仰ぎつつ日本チームでの「遠征」をして参ります。
http://w3.univ-tlse2.fr/philo/article.php3?id_article=100

出版物も例外ではありません。ベルクソン「公認」の名の下に久しく改訳の出なかった英語でも、ようやく『創造的進化』の新訳がアンセル・パーソンのイニシアティヴでWarwick大学から出るようです。

この機会に、英訳者二名が、ウィスコンシン大学出版の"SubStance"という雑誌から『創造的進化』特集号を出すので英語論文を投稿してみないかというお誘いが参りました(下記および添付ファイル参照のこと[添付ファイルはもちろんここには採録されていない])。

この投稿募集を広く告知してよいということなので、こうして皆様にもお知らせする次第です(転送歓迎です)。掲載の保証はもちろん私にもありませんが、チャレンジされてみてはいかがでしょうか?

寡聞にしてこれまでその存在を知りませんでしたが、数号の目次を眺めていると、定期的にフランス現代思想や現代文学、アートなどの特集がある雑誌のようです。
雑誌について:
http://muse.jhu.edu/journals/substance/index.html
雑誌のサイト:
http://www.french-ital.ucsb.edu/substance/category/home/

英・独・仏語で哲学することがますます重要になりつつある昨今――むろん、これは裏を返せば「何故、いかに、日本語で哲学するのか」がますます問われるということでもあります――、こうしたささやかな挑戦を、しかし粘り強く積み重ねていくことも大切なのではないかと思っています。

日本でもさまざまな雑誌で『創造的進化』特集が組まれ、実りある議論が活発に交わされるようになることを心から祈りつつ。

hf

Date:Mon, 15 Jan 2007 00:59:58 +0900
Subject: Bergson's Creative
Evolution CFP

Dear HF,

As you are no doubt aware 2007 is the centenary of Henri Bergson's master-piece Creative Evolution. Please find attached the call for papers for a special issue of SubStance devoted to this text.

The coming year will see a series of events devoted to Creative Evolution at (among others) the University of Warwick, the University of Toulouse Le Mirail, etc. There will also be a new edition of Creative Evolution published by Palgrave Macmillan in 2007, edited by ourselves along with Keith Ansell Pearson.

Please feel free to forward this message to any person who might be interested.

Yours Sincerely,

Michael Kolkman and Michael Vaughan
Department of Philosophy
University of Warwick

Sunday, January 14, 2007

新年

年末から新年にかけて、二つ大きな出来事があった。一つは子供が生まれたことである。これは新鮮な体験で、身をもって(体を張って?)いろいろと考えさせ られる。もう一つはパソコンがクラッシュしたこと。どうやら復活の見込みはないようだ。メアドにしても、書きかけの草稿にしても、パソコンに取り込んで バックアップを取っていなかった録音や写真にしても、もう取り返しはつかない。すでに不便は不便なのだが、これからじわじわと苦労するのだろう。しかし、 これも何かの巡り合わせだろう。もっと精進せよ、という。そういうわけで、当面新しいパソコンではメールもブログもしないことにした。

というわけで、メール返信速度が鈍り、ブログ更新回数が減ることを私の仕事(研究にせよ子育てにせよ)が捗っていることと解して喜んでいただきたい。むろんメールはチェックするし、このブログも更新はするので、たまに見に来ていただけると嬉しい。

「世の中に人の来るこそうるさけれ とはいふもののお前ではなし」

という蜀山の狂歌を玄関に貼り出した内田百閒は並べて

「世の中に人の来るこそうれしけれ とはいふもののお前ではなし(當家あるじ)」

今年もよろしくお願い致します。hf

Wednesday, December 27, 2006

おばあちゃんは追いかけない

2006年11月24日付の『中国新聞』社説が的確に指摘している。

 川崎市は事件が頻発した十年前、教員向けに冊子を作った。襲われた人たちは高齢、病弱、障害者で、「襲撃はいじめと同質」と分析。加害者の少年も周囲から疎外されていたとしている。
 時を経ても、構造は変わらないようだ。景気は「いざなぎ」を超え戦後最長という半面、正社員になれず希望が持てない人がたくさんいる。いじめや虐待が毎日のように発覚する。「勝ち組」と「負け組」に選別され、不満が弱い方へ向く傾向がありはしないか。
 ホームレスへの偏見も根強い。広島市の聞き取り調査では、ホームレスになった原因の四割は倒産や失業。リストラや公共事業削減のしわ寄せが表れている。「気まま」「怠け者」といった見方は正しくない。住まいを確保して、就労、自立を促す策も必要である。
そう、こういったことすべてはつながっている。誰を、何を批判すべきなのか。見間違えるべきではない。

ノンポリのインテリでいることも、インテリ嫌いのアクティヴィストでいることもたやすい。私は確信している。どれほど抽象的な思考に没頭しているように見えても、真の知識人は決して現実から目をそむけない、と。どれほど社会的・政治的な行動に没頭しているように見えても、真の活動家は決して理念のもつ力を軽視しない、と。


<教育再生会議>素案提示も、委員から不満続出
12月21日11時6分配信 毎日新聞
 政府の教育再生会議の全体会議が21日午前、首相官邸で開かれ、来年1月の第1次(中間)報告に向け、学力向上やいじめ防止など5項目を柱とする素案を各委員に提示した。これに対し「議論したテーマが削除され納得できない」(渡辺美樹ワタミ社長)などの不満が続出。義家弘介担当室長が「(了承は)これから」と語るなど、取りまとめは難航必至だ。
 安倍晋三首相はあいさつで「法律を改正すべきは改正し、予算も充当していく」と報告を重視する考えを示した。
 素案は、社会人の教員への中途採用や授業時間数の増加、いじめなど問題行動を起こす子への出席停止を提言。基本的な考え方で「家庭、地域社会、経済界、メディアが当事者としての自覚を欠いた」と批判している。
 これに対し委員からは大学の9月入学の削除や「ゆとり教育の見直し」の明記を見送ったことに不満が噴出。「メッセージ性が弱い」(中嶋嶺雄国際教養大理事長)と具体的な政策を盛り込むよう求める声が相次いだ。山谷えり子首相補佐官は終了後の記者会見で、こうした不満について「今後議論を詰めていきたい」と述べるにとどまった。【平元英治】
最終更新:12月21日12時56分


足の悪い高齢女性ら狙いひったくり、少年6人を逮捕
12月19日14時8分配信 読売新聞
 高齢の女性を狙ってひったくりを繰り返していたとして、警視庁少年事件課と小松川署は19日、東京都江戸川区内の中学3年男子生徒ら、14~15歳の少年6人を窃盗容疑で逮捕したと発表した。
 被害に遭った女性7人は65~83歳で、うち4人は足が悪く、歩くのにつえや手押し車を使っていた。
 調べに対し、少年たちは「つえを持っているようなお年寄りの女性なら、追いかけて来ないと思った」などと供述しているという。
 調べによると、6人は今年5月5日午後2時30分ごろ、同区松江7で歩いていた女性(70)に自転車で近づき、追い抜きざまに現金約7万円入りの手提げかばんを奪い取るなど、7月までに同区内で計7回、被害総額約16万4000円のひったくりをした疑い。
最終更新:12月19日14時8分


「おばあちゃんは追い掛けない」=高齢女性狙いひったくり-中学生6人逮捕
12月19日13時1分配信 時事通信
 高齢女性ばかりを狙いひったくりを繰り返したとして、警視庁少年事件課と小松川署は19日までに、窃盗容疑で、東京都江戸川区に住む中学3年の男子生徒(14)ら男子中学生6人を逮捕した。調べに対し、「おばあちゃんだから追い掛けてこないと思った」と供述している。 
最終更新:12月19日13時1分


<路上生活者殺害>殺人発覚後も襲撃重ねる 中2少年ら
12月20日15時6分配信 毎日新聞
 愛知県岡崎市の河川敷で無職、花岡美代子さん(当時69歳)が殺害されるなどした路上生活者襲撃事件で、中学2年の少年(14)=強盗殺人の非行事実で補導=らのグループが花岡さん殺害後も、「もっと金が欲しい。別の路上生活者を襲おう」と謀議し、襲撃を重ねていたことが20日、分かった。県警岡崎署捜査本部は悪質さが際立つとして、他の関与事件の特定を急いでいる。また、少年らが襲撃に使った凶器の多くは、花岡さん殺害を含め現場で調達していたことも分かった。
 調べでは、岡崎市内では先月、路上生活者が襲撃される事件が少なくとも8件発生。この多くに、同市内のいずれも14歳の中学校2年の少年3人(事件当時14歳1人、13歳2人)と逃走中の無職の男(28)のグループが関与したとみられる。
 このうち、少年2人は(1)同市明大寺町の殿橋南側河川敷で11月19日午前0時ごろ、警備員男性(39)から約5000円入り財布を強奪(2)同市板屋町の河川敷で同1時ごろ、花岡さんを殺害(3)同市真宮町の真宮遺跡で同3時10分ごろ、男性(56)を襲い小屋に放火――の3件の順で、襲撃を続けたことを認めた。 さらに、少年らは花岡さんの遺体が同20日朝に発見され、21日に殺人事件として捜査が始まったのを報道で知りながら、22日午前4時半、殿橋南側で再び同じ警備員男性を襲い、6500円を奪った疑いが浮上。この際、「(前回襲われたことを)警察に密告しただろう」などと男性を脅していたという。
 一方、花岡さんは解剖の結果、棒状のもので殴り殺されたことが分かったが、捜査本部は凶器とみられる複数の棒を現場で押収した。真宮遺跡の事件では男性の襲撃に鉄パイプが使用されたが、これらもその後、遺跡近くで発見、押収された。捜査本部は、凶器を持ち歩くと目立つことから、少年らが凶器になりそうなものを現場付近で調達し、襲撃後はその場に遺棄したとみている。 花岡さんへの暴行は特に激しく行われ、河川敷で殴打を加えた後に川に突き落とすなどしていた。少年は「4人で徹底してやった」などと供述しており、捜査本部は花岡さんへの暴行がエスカレートした理由や奪った金品の捜査を続ける。最終更新:12月20日15時6分


<いじめ自殺>先輩隊員が暴行 事実隠す 空自浜松基地
12月20日15時4分配信 毎日新聞
 航空自衛隊浜松基地(静岡県浜松市)が、隊員の内部暴力の懲戒処分を発表する際、暴力を受けた男性隊員がその後自殺した事実を隠して発表していたことが20日、分かった。男性隊員の両親は「先輩からのいじめが原因」と訴えていたが、同基地からは「行き過ぎた指導があった」としか説明はなかった。両親は「『いじめられれば泣き寝入り』ということかもしれないが、そうはしたくない」と話している。
 同基地によると、基地内にある第1術科学校の30代の2曹が04年3月~昨年11月ごろ、20代後半の男性隊員に対し、20~30回にわたって殴るけるの暴行を繰り返した。同基地は今月15日、「2曹に行き過ぎた指導があった」として停職5日の懲戒処分とし、報道機関に発表した。暴力を受けた男性隊員は昨年11月、浜松市内の自宅で自殺しているが、その事実については発表しなかった。
 関係者によると、男性隊員は日ごろから周囲に「隊内でいじめを受けている」と漏らしていたという。両親は「『人間性を失っていて生きていけない』など、2曹に書かされた『反省文』が残されていた。隊内のいじめが自殺の原因だ」と主張し、同基地に説明を求めていた。
 同基地は、男性隊員の自殺から1年以上過ぎてようやく2曹を処分したが自殺には触れなかった。両親は「(処分翌日の)16日に術科学校長が説明に来たが、『行き過ぎた指導』というだけで、最後まで十分な説明がなかった」と憤っている。
 空自第1航空団司令部は毎日新聞の取材に、2曹の暴力について「仕事熱心のあまりの行為で、いじめではないと聞いている。被害者に外傷などがなく、長期間気付かなかった」と説明。男性隊員の生死については「処分とは関係がなく、個人も特定されるので答えられない」と回答した。【望月和美】最終更新:12月20日15時6分

Sunday, December 24, 2006

いじめ-教員への(スクラップブック)

あがるまさん、そうですね、世界の教育状況にも目配りをする必要がありますね。フランスの教育状況については幾つかの有益なサイト、ページがあります。私自身も少しずつでも教育関係の著書をここで紹介していければと思っています。hf

*

「不適格教員」?「排除」?「厳しい措置」?ファシスト国家や共産主義国家に住んでいるわけではないのだ。本当にこんな表現を用いていいと思っているのだろうか?

(安倍政権の好きな言葉「厳しい措置」が北朝鮮といい勝負の大時代的な表現であることには嘆息しつつもあらためて注意を喚起しておこう。)

政府が上手に「誘導」しているわけだが、この国の人々はどこまで公務員、とりわけ教員に八つ当たりすれば気が済むのだろうか?では、「勤労意欲や指導力を欠く不適格社員の排除」という表現を用いていいとでも?このような表現を用いさせる社会の雰囲気こそがいじめを助長していることに気づかねばならない。各種新聞で指摘されていることだが、大人の社会にすらいじめがあるのに、子供のいじめを根絶できるはずがない。これは教員に対するいじめである。

指導力欠く不適格教員を排除=いじめに厳格対応-中間報告の骨格固まる・再生会議
 政府の教育再生会議(野依良治座長)が来年1月にまとめる中間報告の骨格が9日、固まった。教育意欲や指導力を欠く不適格教員の排除を明記。児童・生徒の相次ぐいじめ自殺問題への対処としては、問題行動を起こす子どもに対し「出席停止」を含む厳しい措置を取るとともに、教育委員会制度の抜本的な見直しも盛り込んだ。また、学力向上のため学習指導要領を改定し、現行の「ゆとり教育」も改めるよう求める。 (時事通信) - 12月9日19時0分更新


<教員意識調査>会社員以上に、仕事に満足感と多忙感
12月12日0時33分配信 毎日新聞

 公立小中学校の教員は会社員よりも仕事に満足感を得ていると同時に、多忙感も感じる傾向にあることが11日、文部科学省の調査で分かった。また、教員自身は勤務実績などで給与に差をつけることを否定的にとらえているが、保護者は肯定的ということも分かった。
 文科省は10月、全国354校の公立小中学校教員8976人(回収数8059人)と保護者1万4160人(同6723人)を対象に意識調査を行い、平均点を算出。中央教育審議会の「教職員給与の在り方に関する作業部会」に中間報告した。
 中間報告によると、「仕事にやりがいを感じている」と答えた教員が5点満点で平均4.23点だった。一方、「仕事が忙しすぎて、ほとんど仕事だけの生活になっている」のは3.75点となり、調査会社が所有している会社員のデータと比較すると、教員は会社員よりも満足感と多忙感を同時に感じているという。
 また、「指導力不足教員らに給与などへの反映が必要」と考える教員は3.37点。保護者への同種の質問では4.41点となり、両者のかい離が際立った。【高山純二】
最終更新:12月12日1時23分


<いじめ自殺>教委に理由「不明」と報告した元校長の苦悩
 
 女子生徒がいじめを示唆するメモを残し命を絶った苦い経験を持つ元校長(61)が、一連のいじめ報道を受けて取材に応じた。生徒の死はいじめと関係があると遺族に説明したが、教育委員会には自殺の理由を「その他(不明)」と報告した。「(報告は)あれでよかったのか。彼女はなぜ死に急いだのか。いろんな思いが今も頭から離れません」。退職した後も、心穏やかに過ごせないという。【井上英介】

 東日本の公立中学校に校長として勤務していた時のことだ。初夏のある日、教え子の女子生徒が自宅で亡くなった。自室にあったノートに「死にたい」と書かれ、級友たちから害虫呼ばわりされたことなどを苦にする記述があった。
 遺族からノートを見せられ、級友への聞き取り調査で生徒が不快なあだ名で呼ばれていた事実を確認した。「いじめはあった。自殺と関係があると認識している」と遺族に説明し、保護者会でも報告した。
 「お母さんは泣き崩れ、私も泣きました。あだ名で呼ばれたのは短期間だが、ささいなことでも本人が嫌だと思えばいじめです」
 教職員とともに誠意をもって対応し、いじめた子も親とともに謝罪、月命日のたびに焼香に訪れたこともあって、遺族の一定の納得は得られた。半年以上かかって学校は落ち着いたが、一人でいる時にぼんやりと生徒のことを考え、はっと我に返るようなことがしばらく続いた。
 いじめ問題への文部科学省の取り組みに、疑問を感じないではない。「いじめかどうかを判断する認定基準が厳しすぎる。『いじめがいじめではない』という極めて奇妙な結果を導き、現場を誤らせかねない」
 文科省は「自分より弱い者に対して一方的に、身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、相手が深刻な苦痛を感じている」という認定基準を定めている。だが、基準とは別に「いじめか否かは、子どもの立場に立って判断せよ」と何度も現場に呼びかけ、教育現場に混乱を招いている。
 「教員はみな基準を頭に刻みつけている。なぜ実態に即したものに変えないのか。いじめの芽を見逃しかねない」。現役時代、日ごろから教員たちに「いじめの小さな前兆を見逃すな」と言ってきた。それでも前兆を察知し、防ぐことができなかった。
 教え子の死から半年以上たち、教委にいじめがあったことを報告した。しかし、自殺については「主たる理由を一つ挙げよ」との指示に基づいて「その他」とした。「いじめは理由の一つだとは思うが、主たる原因だったのかどうか……学校は警察ではない。真相究明は難しい」。対応が正しかったのかどうか、答えは出ていない。(毎日新聞) - 11月12日7時41分更新