Saturday, April 10, 2010
チャレンジ
宇野重規先生による、ピエール・マナン『政治哲学入門講義』(Pierre Manent, Cours familier de philosophie politique)紹介。はっきり言って、日本でこの手の話を聴けるほぼ唯一の場ではないかと思う。宇野重規先生が五月から研究留学でイギリスへ一年行かれるとのことで、読書会後は、歓送会。
ちなみに来年、このグループの何人かで、白水社から政治と宗教をめぐる論文集を出す予定。「19世紀フランス思想史における社会統合」をテーマにして宗教を扱うことが決まっている。
私はまったくの門前の小僧なのだが、終章で「宗教的なものの行方」と題して執筆するらしい。「できればそれまでの諸論文の内容を受けるかたちで19世紀宗教思想を簡単に(?)概観したうえで20世紀あるいは今後の「宗教的なもの」について論じていただくというかなり大胆なもの」を希望されている。うーむ、まあ自分に対するチャレンジですね…。
Thursday, April 08, 2010
先生稼業
今年の大きなテーマは「適度に抜く」。手を抜く、ということではもちろんない。
うまい寿司は固く握ってはダメで、適度に空気を含んでいなければならないという。フランス語で言うaéré(空気の流通のよい、構造が密でない、透いた、余白のある、空気のように軽い)、である。
いい授業とは、適度にaéréな授業なのだと思う。去年は、パスカルではないが、真空(空虚)を恐れて、90分間以上喋れる準備をして、授業に臨んでいた。
今年は、学生に考えさせるということ、学生が授業を完成する最後の一手を放つのだという気持ちで、学生に委ねる瞬間を少しでも多く持っていけたらと思っている。誤解のないように繰り返すが、これは手を抜くということとは似て非なる作業である。去年よりもう少し多く学生と面と向かう、ということでもある。
本当に学生と面と向かう、自分の言葉で、自分の考えで相対する、その難しさを理解し、それを恐れないこと。どんな学生の、どんな球種にも対応すること。先生稼業は、傍から見ているほど甘くはない。
Friday, April 02, 2010
その後
この三カ月で五本執筆は悪くない。かなり疲れたし、使い回しもあるけど…。
(1)1月:デジャヴ論文(日)
(2)2月:紀要記憶論文(日)
(3)3月:シモンドン論文(仏)
(4・5)3月:福岡シンポ論文(日・仏)
その後、
4月エラスムス授業準備(終了)→シンポ07論文(仏)添削→新学期授業準備
5月仏文学会WS
6・7月金森科学論論文
8月デリダ翻訳+とある辞典項目(「哲学と哲学教育」「デカルトとパスカル」「リール」)
9月秋の国際シンポ準備
と続く…。
Sunday, March 28, 2010
The show must go on...
18日(木):27日シンポ・自分の日本語原稿ひとまず完成。
19日(金):『哲学の権利』上映会+ドゥギー&丸川先生講演会+懇親会。何よりの収穫は西山さん&ドゥギー&丸川先生と(再び)会えたこと、そして福岡の学生たち、東京や大阪から来てくれた人々がいたこと。西山さんや私たちを通じて、若い人たちが繋がっていってくれるのが嬉しい。
20日(土):27日シンポ・モンテベロ原稿の邦訳ひとまず完成。
21日(日):27日シンポ・自分のフランス語原稿半分完成。
22~23日(月):24日シンポ・フランス語原稿(+言い訳のような日本語要旨)ひとまず完成+エラスムスの授業準備。
24日(水)福岡は雨。朝、飛行機に乗り、昼、法政大学到着。東京も雨。エラスムスの一コマ目、お題は「現代的生気論とは何か」。夕方からシモンドン・シンポ@明治大学、よく知り合った仲なので、結構盛り上がる。シンポ後の懇親会も結構盛り上がる。エラスムスの学生を連れて二次会まで。
25日(木)東京は曇り時々雨。メールを片付けて、朝11時から昼1時までエラスムス2コマ目(ヨーロッパ人にフランス語でフランス哲学の授業)。2時の飛行機で福岡へ。4時過ぎに到着、その足で大学へ。事務作業。どしゃ降り。夜、27日シンポ・自分のフランス語原稿を完成。
26日(金)一転からりと晴れわたる。午前中、大学で会議と説明会。午後、フランス人三人を空港へ迎えに行く。心をこめたもてなしはするが、ステレオタイプなものはしない。ここらへんも実はセンスの見せどころ。
27日(土)すっきりと晴れ渡った一日。国際シンポ@九州日仏学館。朝10時から午後6時までの長丁場だったが、常時20~30人くらい(!福岡ですよ、ここは!)の聴衆の方々がいてくださって、非常に心強かった。先週の『哲学への権利』からのリピーターが何人もいてくださったこと、九大の院生たちやはるばる東京から来てくれたという学生、名古屋の方など、私の従来の知己でない方々が駆け付けてくださったことは、何にもまして嬉しい。ポスターはキャッチーだったが、中身は直球勝負。発表はどれも平均以上のクオリティ。議論も白熱した。アンケートでも「大変難しい」が「大変満足」が大半を占めた。私たちの情熱が伝わったということだろうか。懇親会・二次会は若い世代が新たな「出会い」――人と人の出会いだけでなく、哲学する新たな方法との出会いや、今まで見えていなかった自分の限界との出会い――を見つけてくれるためのもの。
28日(日)今日もまた快晴。疲れてはいるが、シンポ後のゲストの観光はお約束。ということで、フランス人三人を連れて、一日ぶらぶら大宰府と九博に行って、天満宮裏の山に登ったり、出店やフリーマーケットをひやかしたり。じわりじわりと疲れが押し寄せて来て、何度もこっくり。フランス人たちもおだやかな(疲れた)感じで、これはこれでよかった。
…まだ実はこれですべて終わりではない。
29日(月)シンポの後処理作業+学生指導。
30日(火)エラスムスの授業準備。
31日(水)~4月1日(木)朝、大学で会合、その後、東京へ。エラスムス3コマ目+4コマ目。終わったら、とんぼ返りで夕方から学部の集い。
Sunday, March 21, 2010
3/24国際シンポ「不均衡システムと個体化―ジルベール・シモンドン(1924-1989)の哲学をめぐって」
不均衡システムと個体化―ジルベール・シモンドン(1924-1989)の哲学をめぐって
日時:2010年3月24日(水)15:00-21:10
場所:明治大学駿河台キャンパスリバティタワー19階119J室
第一部 15:00-16:30
15:00-16:00 合田正人(明治大学):ジルベール・シモンドン入門(日本語)
16:00-16:30 質疑応答
第二部 17:30-21:10(司会 藤田尚志、フランス語、通訳あり)
17:30-18:10 米虫正巳(関西学院大学):自然とその不均衡システム――シモンドン、ドゥルーズと共に自然を考える
18:15-18:55 藤田尚志(九州産業大学):ベルクソンとシモンドンにおける想像力と発明
19:00-19:40 ポール=アントワーヌ・ミケル(ニース大学):個体的なものから生命的なものへ
19:45-20:25 ピエール・モンテベロ(トゥルーズ大学):シモンドンと自然哲学
20:30-21:10 質疑応答ならびに全体討議
参加自由、無料(連絡先 合田正人 mg1957[atmark]kisc.meiji.ac.jp)
Saturday, March 20, 2010
Colloque international "Le système métastable et l'individuation - Autour de la philosophie de Gilbert Simondon"
Le 24 mars 2007 à la Salle de Conférence(119J), 18e étage de Liberty Tour de l’Université Meiji(Surugadai, Kanda, Yokyo)
Programme
Session1
15:00-16:00 Masato GODA (Université Meiji)
Introduction à la philosophie de Gilbert Simondon
16:00-16:30 Discussion
Pose-café(16:30-17:30)
Session 2 (présidence: Hisashi Fujita)
17:30-18:10 Masami Komemushi (Université Kansei-Gakuin)
La nature et son système métastable. Penser la nature acvec Simondon et Deleuze
18:15-18:55 Hisashi Fujita (Université Kyusyu Sangyo)
Imagination et invention chez Bergson et Simondon
19:00-19:40 Paul-Antoine Miquel(Université Nice)
De l'individuel au vital
19:45-20:25 Pierre Montebello (Université Toulouse)
Simondon et la philosophie de la nature
20:30-21:10 Discussion et Discussion générale
Wednesday, March 17, 2010
リマインド
3月19日(金) ドゥギー講演会&『哲学の権利』上映会@福岡・九州日仏学館
http://www.ifj-kyushu.org/jp/event/2010/ev_jp100319164048.html
3月中旬~4月中旬 エラスムス・ムンドゥス
http://hitec.i.hosei.ac.jp/~ERASMUS/about/
関連のシンポジウムが幾つも開かれるのですが(全詳細は上記URLで)、自分の関わっているものとして、
3月24日(水) 国際シンポジウム「不均衡システムと個体化――ジルベール・シモンドン(1924-1989)の哲学をめぐって」@東京・明治大学
http://hitec.i.hosei.ac.jp/~ERASMUS/2010/03/15135000.php
3月27日(金)国際シンポジウム「思考と運動――アリストテレス、ベルクソン、メルロ=ポンティ、ドゥルーズ」@福岡・九州日仏学館
http://www.ifj-kyushu.org/jp/event/2010/ev_jp100327150000.html
Sunday, March 14, 2010
最近の読書
その他に、
ベルクソン研究:
Florence Caeymaex, Sartre, Merleau-Ponty, Bergson. Les phénoménologies existentialistes et leur héritage bergsonien, Olms, coll. "Europaea Memoria", 2005.
Gilbert Simondon, Imagination et Invention.
アガンベン「記憶の及ばない像」、『思考の潜勢力――論文と講演』、月曜社、2009年12月、406―418頁。
結婚論:
ゲーテ『親和力』、ワーグナー『タンホイザー』、モーツァルト『フィガロの結婚』
大学論:
自戒を込めて言うのだが、「大学」というものの在り方について、これまでなされてきた研究の蓄積を踏まえることなく、独断的な主観や幼稚な印象批評で議論はできない。私は私なりに、自分の知識・考えの欠落を補う努力をささやかながらしているつもりだし、これからも続けていこうと思っている。
猪木武徳『大学の反省』、NTT出版、2009年。特に、4章「産業社会における人文学」と5章「産業と学問」。
竹内洋『大学という病』(初版2001年)、中公文庫、2007年。
どちらもとても読みやすい。例えば、後者は、戦前の東大経済学部の「慢性派閥病」を「大学版・忠臣蔵」に見立てた社会学的ノンフィクションだが、「昔の大学に私語がなかったわけ」など、なるほどと思わされる説明も多い。
一つ違いを挙げるとすれば、後者が最終的には個人レベルでの自省を促すという視点に収束するのに対し、前者には労働経済学者ならではの政策提言的な指摘が目につくところだろうか。ただし、後者は、言ってみれば「直球勝負の教養必要論、これで打たれたら仕方ない」的なさわやか高校球児的提言。1)教養の必要性、2)私学への公費投入の必要性、3)先生という職業の再確立、とどれも「ご説ごもっとも」だが、果たしてどれくらいの政府関係者・財界人、そして何より世論が実現に向けて動いてくれるだろうか。
金子元久『大学の教育力』、ちくま新書。
天野郁夫『大学の誕生』(上)(下)、中公新書。
前者は無難にまとまっている(アメリカの大学を見倣いましょう的提言)。ただ、誤字・脱字・誤植散見される。
後者は明治初期から大正8年までの大学誕生の歴史のうねりを繊細かつダイナミックに描き出している。
Wednesday, March 10, 2010
誤解
後半の冒頭で、私は本書の私立大学観を批判し、こう述べています。
本書の欠点(であるように私に思われるもの)は、大学観の薄さである。特に、「偏差値下位の私立大学」(55頁)は問答無用で切り捨てられているように見えて仕方ない。そして、こうも述べています。
「偏差値下位大学」では、《とにかく「箱」の維持のみが優先され、その中身はどうでもよい状態になってしまう》(38頁)というのもずいぶんと一般化が過ぎるように思う。我々の大学のように、我々なりに知恵を絞り、己を絞って努力しているところもずいぶんあるだろうに。私の印象では、「校内暴力」や「援助交際」に巻き込まれた少年少女への優しい眼差しと、大学教員への辛辣な眼差しは表裏一体のものである気がする。だが、評論であり、分析である以上、バランスはとってもらいたい。したがって、お手数ですが、私の雑文(長いですが)をもう一度、特に後半部分だけでもお読みいただけますか。私の言葉に舌足らずな点があったかもしれません。そうであるならば、お詫びをするほかありません。ですが少なくとも、私が決して自分の大学を貶めようなどということだけはしていないことがお分かりいただければ幸いです。
Sunday, March 07, 2010
再校終了
八木雄二の『天使はなぜ堕落するのか――中世哲学の興亡』(春秋社、2009年12月)をちらちら眺めている。600頁近い大著だが、すでに平凡社新書で発揮していた、読みやすく書く才能をいかんなく発揮しており、「中世哲学入門」講義の観あり(全16章だし、ちょうどいい)。一学期間かける予定の再来年・後期には種本の一つとして使わせていただくかもしれない。
Saturday, March 06, 2010
リプライ
次は一月に仕上げた論文の再校。
三月の国際シンポのフランス人の原稿の翻訳(時間も体力もないのでやりたくないが、頼むお金がない)。
そして、これまでのシンポ原稿の添削。
最後に、三月末の二つのシンポの自分の原稿4本(日・仏二本づつ)。
とかいって、もう三月も第一週を終えたわけですが…。
Thursday, March 04, 2010
河本敏浩『名ばかり大学生――日本型教育制度の終焉』を読む
光文社新書にはもちろん読みごたえのあるものも存在するが、総じて書き方が汚い。読後感があまり後味のよいものでない。この本もその点は例外ではない。
ただし、著者の肩書きが予備校講師・「全国学力研究会理事長」であり、学研で教材開発をしていることもあるのだろう、本書の良さは、中高生に対する眼差しの柔らかさにある。
著者の出身地である愛知県の教育政策に関する激越な批判を含む分析は、1967年生まれの著者の個人的な体験を背景としており、最も読み応えがあった。
《80年代に中学校生活を送った者は、中学一年生の夏を経て、友人が急激に不良化していく姿は、本人の資質だけでなく、何か別の社会的要因があることを十分にうかがわせた。現在、かつて不良化した友人が、ごく普通の中年と化し、社会人として当たり前に働いている姿を見るにつけ、そこに何か独特な磁力が働いていたのではないかという思いを強くする。》(63-64頁)
著者の図式化は明快である。根本的な仮説はこうだ。「進学に関わる不公平な圧力や、環境の激変が子供を襲うと、子供は荒れる」(81頁)。より正確に言えば、
「日本の戦後教育においては、進学競争、学力競争の唐突な変化に見舞われると、その最も激しいインパクトを受ける世代の子供たちが必ず反社会的な行為に走るのだ。[…]大人の側が「競争」の設定を誤り、いきなり競争が激化すると、日本の子供は必ず暴れ出すのだ」(62頁)。
この図式をもとに著者は、中高生関連の二つの大きな社会現象の説明を試みる。80年代の「校内暴力」と、90年代の「援助交際」である。
(1)校内暴力
1970年代前半まで日本の各所に名門商業高校、名門工業高校が存在していたが、1970年から75年の間に大きな地殻変動が起きて、普通科進学熱が高まり、全国の実業系高校の「権威」が失墜した。これにより多孔的な構造――たとえば、中学を優秀な成績で卒業し、工業高校に進み、よい成績を修め、終身雇用の製造業の企業に入社するというライフコース――が選択肢を狭められ、「試験の成績が優秀だから普通科、そうでなければ工業か商業」という一つの物差しによる評価が確立する。
普通科高校への進学率が高まると、競争が激化し、当の普通科高校の格付けが微細化する。いわゆる「偏差値」は、この序列の細分化を背景に社会に浸透したのであり、競争の激化に対する社会的な防御反応として学校の外側に現われたのが「塾」である。そして、「偏差値」からも「塾」からも取り残されるという経験に初めて遭遇した世代の成績下位層において、「校内暴力」が劇的な形で噴出したのである。
(2)援助交際
1990年代前半まで日本には多くの短大が存在していたが、女性の社会進出が叫ばれ、女子も進学先を四年制大学にシフトした結果、女子の短大進学意欲が急降下し、定員割れが続出した。これにより多孔的な構造――「短大というのは女子にとって格好の緩衝地帯で、勉強ができる/できない、という単純な区分が通用しない不思議な場だった」(86頁)――が選択肢を狭められ、「試験の成績が優秀だから四大、そうでなければ短大」という一つの物差しに よる評価が確立する。
大学進学を目指す女子高生は、突然、偏差値ランキング表の世界、つまり男子と同じ受験競争の世界に放り込まれたのである。まさにルールの変更である。このとき、偏差値戦争の最も強烈なストレスをもろに、そしてはじめて食らったのが、私立女子高に通う高偏差値の子といっても、「伝統名門校」に通う女子ではなく、短大という逃げ場をなくした「リニューアルして商業科を廃止した新興名門校の進学科」であった。
間違えないようにしよう。十代の少女の売春なら昔から存在した。2010年現在行われているのも「単なる売春」にすぎない。「援助交際」と呼べるのは、「まさに第一期(1993~1995年)だけ、限定された時期に属した女子だけの「荒れ」」なのである。
《「援助交際」の特異さは、自分が将来は大学に行き、普通に就職するだろうと考えている高校生がいっせいに自らを「売った」ところにある。単なる売春とは異なる独特の感覚が、この1990年代の女子高生の「荒れ」にはあった。[…]近年の女子高生は、すでに自らが大学偏差値ランキング表に組み込まれる存在だということを幼い頃から自覚している。彼女たちは、上手くいくかどうかは別として、援助交際世代の女子とは異なり、「学歴」に対してある一定の覚悟を有しているのである。
逆に「援助交際」世代の女子高生は、心の準備がなされていない段階で、急激に高まった四年制共学大学への進学圧力に襲われた。[…]「援助交際」は、この短大の威信低下の時期に現われた特異な現象と言えるものだった。》(88-89頁)
「援助交際」は、《「団塊世代の親の規範の緩さ」にでもなく、「近代化の歪み」にでもなく、進学と学力形成の中で生じた、典型的な「子供の荒れ」と考えるべきである》(87-88頁)という宮台真司批判はなかなか説得力があるように思うが、どうだろうか。
*
他方で、本書の欠点(であるように私に思われるもの)は、大学観の薄さである。特に、「偏差値下位の私立大学」(55頁)は問答無用で切り捨てられているように見えて仕方ない。
《大学の教員には高校批判、中学校批判、小学校批判、家庭批判は許されない。そもそも何人中何番までが合格と定める試験を続けているのは当の大学である。こういった試験の下で定員を維持、あるいは拡充すれば、自らの教え子たる大学生のレベルは下がって当然である。大学の教員がため息まじりに嘆く、目の前の大学生の基礎学力の欠如については、少なくとも自業自得という他ない。》(36頁)
なるほど。では、企業のトップだけでなく、新人研修や人事の担当者だけでもなく、およそ会社員であるかぎり(その会社の在り方に原理的には介入できるはずだから)、新人社員の質の低さを嘆くことは許されない、ということになる。一見弱者(実はマジョリティ)の側に立つこの手の議論は、大向こう受けはするだろうが、他人の「愚痴」を無暗に咎める類のものだ。
また、「偏差値下位大学」では、《とにかく「箱」の維持のみが優先され、その中身はどうでもよい状態になってしまう》(38頁)というのもずいぶんと一般化が過ぎるように思う。我々の大学のように、我々なりに知恵を絞り、己を絞って努力しているところもずいぶんあるだろうに。私の印象では、「校内暴力」や「援助交際」に巻き込まれた少年少女への優しい眼差しと、大学教員への辛辣な眼差しは表裏一体のものである気がする。だが、評論であり、分析である以上、バランスはとってもらいたい。
「子供に対する罵倒や文句は耳目を集めるが、子供を思う地道な活動は、人知れず取り組まれている。私たちが見ようとしていないところに、可能性は宿っているものである」(192頁)。
この河本氏自身の言葉を借りて、こう言い返させてもらおう。
「大学(特に「偏差値下位の私立大学」)に対する罵倒や文句は耳目を集めるが、学生を思う地道な活動は、人知れず取り組まれている。私たちが見ようとしていないところに、可能性は宿っているものである」と。
間違った情報が右から左に流通しても、本が売れればそれでよいというセンセーショナリズムに則った書き方は、自分の批判している当の対象――勉強しないまま入学し卒業していく「名ばかり大学生」の「偏差値下位の私立大学」による縮小再生産――に驚くほどよく似ている。
Wednesday, March 03, 2010
「思考と運動」ポスター
Tuesday, March 02, 2010
3/27国際シンポジウム「思考と運動――アリストテレス、ベルクソン、メルロ=ポンティ、ドゥルーズ」@九州日仏学館
九州でフランス哲学を展開していくにはこれくらいしないと、と私たち三人はポスターに出来栄えに至極満足しています。あとは、もちろん内容が満足いくものであるかどうか。それは当日、ご来場の皆さまにご判断いただくしかありません。ぜひお誘い合わせのうえ、会場まで足をお運びくださいますよう、よろしくお願い申し上げます。
***
国際シンポジウム「思考と運動――アリストテレス、ベルクソン、メルロ=ポンティ、ドゥルーズ」
福岡でフランス哲学を!PFF (Philosophie Française à Fukuoka)
第一回国際シンポジウム
2010年3月27日(土)、九州日仏学館(福岡・赤坂)・5F多目的ホール
プログラム
セッション1――運動と知覚 (司会:藤田尚志)
10:00-10:30 ピエール・ロドリゴ(仏・ブルゴーニュ大学)
アリストテレスとメルロ=ポンティにおける知覚・身体・肉
10:30-11:00 平井靖史(福岡大学)
ブラインドサイトをベルクソン的に解釈する――運動の相のもとに見られた知覚、剥離か非決定か
11:00-12:00 討議
休憩(12 :00-14 :00)
セッション2――運動とシステム (司会:平井靖史)
14:00-14:30 ポール=アントワーヌ・ミケル(ニース大学)
ベルクソン哲学におけるアリストテレス的カテゴリー(現勢態と潜勢態)の顛倒
14:30-15:00 永野拓也(熊本高等専門学校)
数学的構成の内省的基礎――ブラウアーの直観主義とベルクソン
15:00-15:40 討議
休憩(15 :40-16 :00)
セッション3――運動とイマージュ (司会:永野拓也)
16:00-16:30 ピエール・モンテベロ(トゥールーズ大学)
ドゥルーズにおける思考・イマージュ・信じること
16:30-17:00 藤田尚志(九州産業大学)
デジャヴをめぐって:偽なるものの力と記憶の無為――ドゥルーズか、ベルクソンかIII
17:00-18:00 討議および全体討議
懇親会(18 :30-20 :30) ※どなたでもご参加いただけます(要参加費)。
Monday, March 01, 2010
Colloque international : La pensée et le mouvant – Aristote, Bergson, Merleau-Ponty, Deleuze (27 mars 2010)
Le premier colloque de la PFF (Philosophie Française à Fukuoka)
Le 27 mars 2010 à la Salle de Conférence, 5e étage
de l’Institut Franco-Japonaise du Kyushu (Fukuoka)
Programme
Session 1 : Le mouvement et la perception (présidence : Hisashi Fujita)
10:00-10:30 Pierre Rodrigo (Université Bourgogne)
Perception, corps, chair chez Aristote et Merleau-Ponty
10:30-11:00 Yasushi Hirai (Université Fukuoka)
Interprétation bergsonienne de la vision aveugle :
Perception motrice, dissociation ou indétermination ?
11:00-12:00 Discussion
Pose-déjouner (12 :00-14 :00)
Session 2 : Le mouvement et le système (présidence : Yasushi Hirai)
14:00-14:30 Paul-Antoine Miquel (Université Nice)
L'inversion des catégories aristotéliciennes d'acte et de puissance
dans la pensée de Bergson
14:30-15:00 Takuya Nagano (Kumamoto National College of Technology)
Le fondement réflexif de la construction mathématique :
Bergson et l’intuitionisme de Brouwer
15:00-15:40 Discussion
Pose-café (15 :40-16 :00)
Session 3 : Le mouvement et l’image (présidence : Takuya Nagano)
16:00-16:30 Pierre Montebello (Université Toulouse)
Pensée, image, croyance chez Deleuze
16:30-17:00 Hisashi Fujita (Université Kyushu Sangyo)
Autour du déjà-vu : la puissance du faux et le désœuvrement de la mémoire
Deleuze ou Bergson III
17:00-18:00 Discussion et Discussion générale
Closing party (18 :30-20 :30)
Sunday, February 28, 2010
追突事故
明日・明後日はなんと、教○課の完全なる落ち度にもかかわらず、なぜか私が一人の学生相手に授業をやるはめに…。自分に何の手落ちもなくても、こういう事態で時間と体力を浪費する。追突事故に巻き込まれたみたいな感じ。それが専任の義務だと言われればそれまでだけれど。
Saturday, February 27, 2010
はじまりはいつも雨
26日(金)、曇り。名古屋に向かう飛行機で仮眠。名古屋に着き、飛行機から降りるとみぞれ。名鉄の特急→市営地下鉄「八事日赤」(やごとにっせき)駅で下車すると、雨。
書評会@南山宗教文化研究所。粟津先生の切れ味鋭いコメント、丸岡先生の的確なコメント、伊達さんの充実したリプライ。私のコメントは、専門でないゴーシェの宗教論ということを考えると、あんなもん。
懇親会(浜木綿)・二次会(「元山」に出て、D. Hammett)のときは、どしゃ降り。名古屋大学の脇にある南山宗教文化研究所のロッジ(通称「ハイム」というらしい)に泊めていただき、爆睡。
これらのイベント全体を通して、研究所の皆様、宗教学研究者の皆様に大変温かく接していただきました。感謝しております。
27日(土)、目が覚めると、すっかり晴れ。目覚ましがならなかったので、飛行機はぎりぎり。帰りの電車から始めた校正を飛行機の中で続ける。福岡は曇り時々雨。家に帰ると寝てしまう危険性があるので、喫茶店で校正をほぼ完成させ、家に帰って完成。クロネコを探すも、家の近くにクロネコのあるコンビニがない!結局、遠くの郵便局で速達を出す。
書評会の「リプライ」(というほど大したものではないが)も文章化しないといけないらしいので、忘れないうちにさっそく取り掛かり、今に至る。
Wednesday, February 24, 2010
二本目
さて、今年二本目の校正がようやく終わり。どうしようもない外部的な理由で、とんでもなく時間のない中で出さざるを得なくなった論文なので、最後のほうに不満が残るが、まあ言いたいことは言えたと思う。
金曜日の書評会に向けて、力不足は承知の上で、準備を続ける。書評会が終わったら、土曜日、帰りの飛行機で、今年一本目の論文の校正にとりかかるつもり。
走り続けるだけ。駆け抜けるだけ。
Saturday, February 20, 2010
ハイデガーの講義(2)
《ところで、この入門講義の受講生は何人で、単位取得に成功したものは何人だったのだろう。[…]ハイデガーがギリシア語に堪能だったことは当然だとしても、問題は受講生である。受講生の側にもかなりのギリシア語の素養が必要だったはずである。1926年ごろの、ドイツの大学生はラテン語ばかりでなく古代ギリシア語も習得していたのだろうか。[…]
この講義原稿は、その編者が編者後記で書くところによると、「初期学級の学生と全学部の聴講者を相手に行なわれた概説講義のものである」という。言ってみれば、今日、日本の大学でほとんど見られなくなった、あの一般教養科目の一種として行なわれた哲学入門の講義だったのだろう。
それもあって、これも編者後記によれば、この種の講義に関しては、当時のベルリンの文部省がかなり内容を指定していたものらしい。だからこそ、哲学者やその時代についての情報提供を無視したがっていたハイデガーも、結局最小限の情報提供を[…]行なわざるを得なかったのだ。
ところで現在、私たちの文部省は、哲学入門の内容に口を挟んできたりはしない。大学側が、自発的に、学生に評判が悪くて受講者が少ないとか、だから経済効率が落ちるなどの理由で、哲学の講義のみならず、哲学科という看板まで下ろしていくのである。
たとえ運よく哲学の講義が残ったとしても、他の学問のお役に立てる哲学入門を目指すことが、大学と講師の間の暗黙の了解事項となっている。これは、ハイデガーの講義から一世紀近く経った今、文部省が狡猾になり、大学人は、ハイデガーのような自由を目指す気骨をもてなくなった結果のように思える。》(『古代哲学の根本諸概念』、410頁)
佐近司氏同様、「ハイデガーが、こういった一般教養科目的な入門講義においてさえ、彼独自の哲学を展開してやまなかったという、その力量を感じてほしい」と私も思う。さて、私自身はどんな哲学入門をすることになるのだろうか。
Friday, February 19, 2010
無くて済ましうるもの(ハイデガーの講義について)
ハイデガーを読んだこともなく毛嫌いしている人のために申し上げるが――私はけっこう読み、評価も最大限にしたうえで、それでも好きでないのであるが――、ハイデガーの講義録は面白い。純粋に面白さということでいえば、ベルクソンやフッサールの講義録より面白い。なぜか。
個々の哲学者に関するハイデガーの知識が参考になるのではない。それは、私程度の者でも、大方すでに手に入れていたものである。そうではなく、それらのマテリアル(ひいては西洋哲学の全歴史)を自分独自の見取り図に従って曲がりなりにも読み切ってしまうという力業に感心してしまう。
講義という場を使って、自分の読みを実際に検証しようとしているところも凄い。こう言うと、「学生を自分の研究のために犠牲にしている」と思われるかもしれないが、まあ講義録を読んでみてほしい。そういう印象はまったく受けない。
ハイデガーをよく知っていたアーレントは、自分が罠にかかることを見世物にし、遂には自ら〈罠=神殿〉のご本尊になってしまった狐にハイデガーを譬えたことがある。哲学史の読み替え作業という「脱構築」の、パフォーマンスとしての側面をアイロニカルに指摘したわけだが、裏を返せば、見世物としては人を惹きつけてやまない何かを持っているということでもある。
もちろん、1926年当時の大学が(一般教養用の入門講義ということを差し引いても)このレベルの講義を許したということは当然ある。当時の大学は(いずれにしても我々の時代とは比べ物にならないほど)少数者に向けて開かれた「エリート大学」である。しかし、すべての教授がハイデガー・レベルの授業を行なっていたわけではないし、行ないえたわけでもない。
戦前の東大を例にとろう。竹内洋『大学という病――東大紛擾(ふんじょう)と教授群像』(初版2001年)、中公文庫、2007年、第2章「黄色いノートと退屈な授業」のとりわけ「一ノート二十年」「半分も休講」などの節を参照。
彼の読みの独創性以外に、魅力の一部は、学生を挑発的に巻き込んでいく仕方にもあるだろう。〈無くて済ましうるもの〉が〈本質的なものとして留まるもの〉であることを「示す」その仕方に。
***
《必要なのは、まず「学ぶこと」を学び、諸々の尺度について知ることから、再びやり始めることである。単に新しい、いっそう簡便な「教科書」を採り入れることによっては、精神的堕落は食い止められない。[…]
ときおりは「本も読む」、こう言って弁解するなどとは俗物的なことである。「教養」を往々にして「統計」や「雑誌」、「ラジオ・ルポルタージュ」や「映画館」だけから仕入れてくる当今の人間、そうした雑駁きわまる純然たるアメリカ風の人間が、はたして〈読む〉(lesen)ということが何を言うか、なお知っているのか、知りうるのか[…]。
〈自分の必要とするもの〉を拠り所とするというのであれば、それは諸君の今の場合であれば、職業教育をできるだけ楽に済ましてしまうのに必要なものを追っかけるということである。それに反して、今我々が、前線にある何人もの若き同胞の場合と同様、最悪の状態に直面した時、〈無くて済ましうるもの〉に注意を払いうるならば、そのとき、一に本質的なものとして留まるものは、ほとんどおのずからのごとく眼差しのうちに入っている。
さて、ここで我々がどのような決定を下すかを示す印は、一方の者は「哲学講義」をとるが、他方の者はそうしない、というような点に存するのではない。[…]これは誰も何らかの印とか証明書で直接に確かめることはできない。ここでは誰にせよ、自分自身と、見せかけの自分と、自分がそれに向けて心構えをしているその当のものとに、委ねられている。》(ハイデガー、『根本諸概念』、1941年夏学期講義)
Thursday, February 18, 2010
3/19西山雄二『哲学への権利』@九州日仏学館
来たる3月19日に九州日仏学館にて、詩人・思想家ミシェル・ドゥギー氏と訳者・丸川誠司氏による講演会が行われます。また、ドゥギー氏がCIPhに深く関与していたこともあり、ドゥギー氏の思想、それを取り巻くフランス現代思想の状況をより深く理解していただくべく、講演会に先立ち、西山雄二さんのドキュメンタリーフィルム『哲学への権利』が上映されます。
哲学と制度をめぐるきわめて興味深い考察でもある――すでにこのブログの昨年12月26日付のポストで映画評を書きました――本映画の上映会から始まり、詩作と思索の間を自由に行き来するドゥギー氏の講演会まで、ぜひ足をお運びいただけますよう、お願い申し上げます。
九州日仏学館上の情報(以下に貼り付けました)
西山さんのHP「哲学への権利」上の情報
UTCP上の情報
ミシェル・ドゥギーによる朗読会&講演会+『哲学の権利』上映会
Lecture publique et conférence par Michel Deguy
日時:3月19日(金)17時
会場:九州日仏学館5F多目的ホール
フランス語による講演会(日本語通訳つき)
入場無料(要予約)
ご予約・お問い合わせ:092-712-0904(九州日仏学館)
1960年から2007年までの代表作のアンソロジー、『愛着』(丸川誠司訳、書肆山田)の翻訳出版を機に、ミシェル・ドゥギー本人が九州日仏学館に来館。自身の詩作の朗読を通し、詩や哲学的思考の間でのためらい、人生、ことばの持つ力への深い愛着などについて語ります。現代フランス詩界で最も重要な人物の一人であるミシェル・ドゥギーは、40冊を超える著作を発表し、マラルメ賞、仏国家詩人賞ほか多くの賞を受賞しています。
また講演会に先立ち、17時から映画「哲学への権利」の上映会、18時30分からはミシェル・ドゥギーと映画監督の西山雄二氏のティーチインも行いますので、どうぞご参加下さい。
17時より映画「哲学への権利―国際哲学コレージュの軌跡」(フランス語・日本語字幕、93分)
18時30分~19時ミシェル・ドゥギー氏と映画監督・西山雄二氏のティーチイン(司会:藤田尚志氏)
19時よりアンソロジー『愛着』(書肆山田)邦訳出版記念ミシェル・ドゥギー氏と翻訳者・丸川誠司氏による講演会
ミシェル・ドゥギー 略歴1930年パリ生まれ。現代フランスを代表する詩人・哲学者で、パリ第八大学名誉教授。その一方でパリの国際哲学コレージュ、作家会館の代表などを歴任。詩と思想の雑誌、『Poésie』を1977年に創刊、以降編集長を務める。著書は1959年の「銃眼」から2007年の「作業再開」に至るまで約40冊を数える。邦訳された作品は、単著『愛着』(丸川誠司訳、書肆山田刊)、『尽きせぬ果てのものへ』(梅木達郎訳、松籟社刊)共著『崇高なるもの』、『ルネ・ジラールと悪の問題』(いずれも法政大学出版局刊)。
丸川誠司 略歴早稲田大学准教授。仏現代詩研究。今回出版されたミシェル・ドゥギー著『愛着』(2008年)の翻訳者である。主な著書にLa saisie de la matière dans la poésie d’André du Bouchet, Jacques Dupin et Philippe Jaccottet (Presses universitaires du Septentrion, 1999) 、主な論文に“Penser et traduire, figurer et transfigurer”, Michel Deguy : l’allégresse pensive (2007)などがある。
映画「哲学への権利」1983年にジャック・デリダがパリに創設した研究教育機関「国際哲学コレージュ(Le Collège international de Philosophie)」をめぐる初のドキュメンタリー映画。この研究教育機関の独創性を例として、本作品では、収益性や効率性が追求される現在のグローバル資本主義下において、哲学や文学、芸術などの人文学的なものの可能性をいかなる現場として構想し実践すればよいのかが問われる。監督・西山雄二が歴代議長ミシェル・ドゥギーを含む関係者7名へのインタヴューを通じて、大学、人文学、哲学の現在形と未来形を描き出す。
公式HP:「哲学への権利」
西山雄二監督招聘に関する協力:東京大学グローバルCOE「共生のための国際哲学教育研究センター」(UTCP)
Wednesday, February 17, 2010
アキレスと亀
私は自分の学生には語学を徹底してやってもらいたいと思っている。いずれ近いうちに
Alexandre Koyré, "Remarques sur les paradoxes de Zénon", in Etudes d'histoire de la pensée philosophique (1961), éd. Gallimard, 1971, pp. 9-35.
も読んでもらおう(彼はまだ一年生なのだ!)。私の亀の歩みに、アキレスが追いつき、追い抜くことを願いつつ…。
Friday, February 12, 2010
決め球
ここ最近(再び)読んだ本
潮木守一『フンボルト理念の終焉?』、東信堂。
潮木守一『世界の大学危機』、中公新書。
小泉義之『ドゥルーズの哲学』、講談社現代新書。
渡辺公三『戦うレヴィ=ストロース』、平凡社新書。
ゲーテ『親和力』、岩波文庫。
球種を増やすのも大事だが、それよりさらに大事なのは決め球を磨くこと。ずっと出来ずにいることかもしれない。
***どこかのスポーツ記事より。
久保とは98球の投球練習で球種と球筋を確認して“メス”を入れた。「球種が多いからといって、打者が困るとは一概には言えない。ウイニングショットを持っている方が、そうじゃない球を何球も持っているよりもいい」。決め球の重要性を説く。
Thursday, February 11, 2010
ホネット『自由であることの苦しみ』
大河内泰樹(おおこうち・たいじゅ)さんから、アクセル・ホネット『自由であることの苦しみ――ヘーゲル『法哲学』の再生』、未来社、ポイエーシス叢書 59、2009年11月をご恵贈いただいた。私は私なりに前々から『法哲学』を結婚論の文脈で読んでいたので、さっそく少し読んでみた。
論理学と国家的視点を外して、客観的精神と人倫の概念を読み込めば、ヘーゲル『法哲学』は、相互承認論(コミュニケーション的自由)の規範的理論として、さらには社会的実践に寄り添い、時代の診断を下す病理学として、まだまだ利用価値があり、現在支配的なカント的理性法のパラダイムに十分対抗しうるものだ、ということらしい。お求めはこちらから。
絶妙な距離感を保った解説を書いておられる大河内さんは私と同い年。励みになります。
2月8日(月) 自大学生との勉強会(エレアのゼノンについて)。
2月9日(火) 無事とあるイベントを終える(潮木氏の大学論二冊)。
2月10日(水) 学生相談(とうとうサークルの顧問にさせられてしまった…)・会議・打ち合わせでおしまい。
Sunday, February 07, 2010
にぎわう孤独の交錯
2月6日(土) 福岡在住の若手研究者の方々との交流。お友達倶楽部や学派づくり、サロンには興味がない。空港や大学のように、「にぎわう孤独」(ドゥルーズ)に満ちた個人が行き交う関係をつくっていければいいと思う。
Thursday, February 04, 2010
夢の続き
高校指導者が1番人気=プロ野球引退後の仕事調査
1月22日5時5分配信 時事通信
日本野球機構(NPB)が現役プロ野球選手に実施した引退後に関するアンケート結果がこのほど公表され、引退後に「最もやってみたい仕事」は高校野球指導者が24%で1位だった。「やってみたい」と「興味あり」を合わせると73%が関心を示した。
対象は昨秋の教育リーグに参加した18~36歳の271人(平均年齢23.4歳)。引退後に不安がある選手は74%で、不安要素では「進路」が45%、「収入」が39%を占めた。
NPBの調査によると、日本人の「引退選手」のうち、戦力外を告げられても他球団と契約できたのは07、08年は各10人。このほか、育成選手、コーチ契約、職員などでNPB内に残る割合は半分に上った。
NPBキャリアサポート担当の手塚康二氏は「50%が残れるのは(NPBも)懐が深い」と感心しつつも、一般会社などに「なかなか選手を供給できない」 と語る。引退後の相談に来るのは2軍クラスの選手が大半だが、同氏は「一番の問題は給料。高校からプロに入るなど、社会の(給料の)相場を知らない」と話 す。
「へこたれない力」を持つ人材が多いプロ野球経験者を「欲しい」と言う企業は多いが、引退後、一般会社への就職や自営業などの世界で再出発する元選手は、07、08年の調査では全体の約4分の1にとどまっている。
門奈が示したプロ野球選手の“引退後”
スポニチ九州[ 2007年06月27日 17:49]
門奈哲寛(37)は現状に満足している。ソフトバンクの通訳兼打撃投手。それが彼の仕事だ。ヤンキー ス・松井秀喜(33)が1位だった93年の巨人ドラフト2位。戦力外通告後、00年の米大リーグ挑戦は不合格だったが、夢は弟分がかなえてくれた。打撃投手の時に左手にはめるのは巨人時代にかわいがったレッドソックス・岡島秀樹(31)のグラブだ。アメリカで成功する夢は後輩に託し、オランダなど6年間の 海外リーグ生活で語学力も身に付いた。珍しい“一人二役”は今や、欠かせない人材だ。
やっぱり、野球が好きだった。門奈はそのことをかみしめながら、1球1球、ていねいに打者の打ちやすい球を投げ込んでいる。見た目以上に地味な仕事だ。だが、誇りを持ってやる。右手には海外で成功した後輩・岡島からもらった真新しいグラブが光っている。
「みんな大変だって言うんだけど、こっちとしては一緒に行けばうまいものも食わせてもらえる。楽しんでいるよ」。
遠征先で夕食のほとんどは“案内役”として外国人選手と一緒。メニューは決まって焼き肉。さらに彼らの気晴らしであるカラオケやダーツに深夜まで付き合うこともざらだ。だが、その環境を門奈は楽しんでいる。
失意というより、あきらめに近い。99年オフに巨人から戦力外通告を受けた。93年ドラフト2位で日大から入団し、スクリューボールを操り1年目にはヤク ルト・伊藤智仁(現投手コーチ)と9回途中まで白熱した投手戦を演じるなど、登板33試合と活躍したが、その後は長い2軍暮らし。野球を続けることもため らったが、周囲の後押しもあり00年春、米大リーグ・パイレーツのテストを受けた。「英語が話せるようになれば仕事も困らない」。そう切り替えて前向きに なったが、結果は「不合格」だった。
そして人生が一変する転機が訪れる。知人の紹介でオランダのプロ・リーグ入りの話が、持ち込まれ た。「英語が話せるようになるなら…」(門奈)と気軽に飛び込んだが、待っていたのはプロとは名ばかりの草野球レベルの世界だった。2年目には2ケタ勝 利、本塁打王まで獲得してしまった。その後、クロアチア・リーグも含めた6年間の海外生活で得たものは語学力だけではない。
「家賃と食事が別で収入は15万円くらいだったけど、野球をやる楽しさはあった」。帰国後、一度は一般企業に内定ももらったが、再びわき上がる野球への情熱は抑えき れるものではない。知人からソフトバンクで打撃投手を探していると連絡が来たのは、ちょうどそんな時だった。「会社員をやるしかないかな、と思っていたけ ど、ここは1年契約でもやりたい仕事だね」。門奈は心の底からそう思っている。
勇気をもらっている男がいる。レ軍の不動のセットアッ パーとなった岡島だ。巨人時代は94年入団だった岡島の“教育係”だった。先輩にいじめられる岡島をなぐさめたこともあった。今でもメールのやり取りをする間柄。裏方には道具の支給がないと言うと、ぽんとグラブをくれた。「正直、メジャーに行くとは思わなかった。活躍するとうれしいし、励みになるね。若い 時に飯をおごっておいて良かったよ(笑い)」。自らは果たせなかったメジャー・リーガーの夢。それを体現する後輩に自分を重ねる。
日本 プロ野球OBクラブの調べによると、引退や自由契約になった選手が、最も身につけたい技能の1位は「語学力」で28・5%だった。太平洋を渡るだけのはずが、思いもよらず大西洋までも越えた。だが、得たものは大きい。栄光の影につきまとう“引退後”の問題。門奈の姿は一つの試金石と言えるだろう。
◆門奈 哲寛(もんな・てつひろ) 1970年(昭45)5月30日、浜松市生まれの37歳。天竜中―常葉菊川高―日大。93年ドラフト2位で巨人に指名 される。1年目の94年33試合に登板するが、2年目以降はふるわず99年に戦力外通告。00年春に米大リーグ・パイレーツの入団テストは不合格に終わ り、00年からはAODトルネーズ(オランダ)、ナダ・スプリット(クロアチア)に在籍した。06年からソフトバンク打撃投手、07年から通訳兼任。1 メートル78、80キロ。左投げ左打ち。プロ通算は44試合1勝3敗、防御率3・38。
≪母校はセンバツV≫門奈の母校・常葉菊川(静 岡)は今春のセンバツで見事、優勝を果たした。通訳兼打撃投手といっても、2倍の給料をもらえるわけではないが、ポケットマネーから20ダース(240 球)のボールを贈った。「OBは僕だけだからね。なにかしないといけないでしょう」。野球部は特待生問題など、頓挫はあったものの、先輩から贈られた白球を追い掛け、春夏連覇を目指している。
▼レッドソックス岡島秀樹投手 門奈さんには今年に入ってかな、道具の支給がないということで、 何かくれないかと言われたので、グラブを渡しました。使ってくれているんですか、うれしいですね。時々メールが来ているんで、やりとりはしています。同じ 左腕で、巨人時代は特に寮で一緒だったということもあり、特に気を遣っていただきました。僕が悩んだ時にもいろいろ相談に乗ってくれましたし、自分が今、 大リーグでやれている今でも感謝しています。打撃投手という仕事は大変ですし、私も裏方さんへの感謝の気持ちは忘れたくない。門奈さんの分まで頑張りま す。
Tuesday, February 02, 2010
一本目
年末年始に観たオペラDVD:「ホフマン物語」「バラの騎士」「トリスタンとイゾルデ」
最近読んでいる(読んだ)本
ノーマン・マルコム『ウィトゲンシュタイン』
大学論関係
金子元久『大学の教育力』、ちくま新書
内田樹『先生はえらい』読了
哲学史関係→授業準備の開始
内田樹『寝ながら学べる構造主義』←うちの学生には教科書としていいかもと思ったり。
内山勝利「総論――始まりとしてのギリシア」、中央公論新社版『哲学の歴史』第1巻
三浦要「エレア学派と多元論者たち」、同上。
ヘーゲル『キリスト教の精神とその運命』、白水社。
レヴィ=ストロース日本講演集、みすず書房。
記憶心理学関係→論文のため
ダウエ・ドラーイスマ『なぜ年をとると時間の経つのが速くなるのか』、講談社。
※これは面白い。記憶心理学に興味を持つ人にお勧めしたい。
菅原道哉「ジャン・ドレー〈記憶の階層構造論〉再考」、『imago』1991年7月号「特集:記憶――神経科学の最前線」※うーむ。まあ、ドレーを読むのが面倒くさいという人にはいいかも。読了
結婚論関係
堀越宏一『中世ヨーロッパ生活誌』、NHK出版。
上野千鶴子+信田さよ子『結婚帝国――女の岐れ道』、講談社。読了
その他、論文のためにジャネやらベルクソンやらドゥルーズやら再読。さあ次は二本目。
Sunday, January 31, 2010
ザンフィ『ベルクソン、技術、戦争。『二源泉』再読』
大学的に言えば、センター試験や後期試験の監督、試験答案(哲学は記述試験なので大変…)、論文やレポートの採点、成績評価がようやく終わると、今度は入学試験と来年度のシラバス入力(つまり授業準備の開始)。学生や教員、職員が絶え間なく相談や雑談に訪れる――大学教員は、平常業務の一端として、心理カウンセラー的役割を担わされつつある。その間にも、
・3/27初めて自分の科研でやる国際シンポの準備。「準備」という、この何でもない一言に込められた大変さはたぶんまったく伝えられない。
・科研の予算執行(スタートアップは10月に下りるので開始が遅いのである。3月末にシンポをやるので、現在慎重かつ徹底的に事前準備しているところ)
・4/1エラスムスの準備
・3/24シモンドン・シンポ準備
・3/19『哲学の権利』@福岡(上映会の交渉・準備)
・2/26のゴーシェ合評会の準備
・締め切りに追われる論文7本以上…。他にも、義理立ての通訳とか、若手とのネットワーク作りとか、読書会とか、ちょっと忙しすぎ、気分が塞ぎます(もっと忙しい人々がいるのは分かっていますが…)。でも、やり抜かねばならない。
頂いた本のご紹介もできないまま…。12月中頃だったか、イタリアの友人が処女作を送ってくれた。博論かと思ったら、そうではないらしい。
Caterina Zanfi, Bergson, la tecnica, la guerra. Una rilettura delle Due fonti, Bologna : Bononia University Press, ottobre 2009.
Tuesday, January 26, 2010
2/26ゴーシェ『民主主義と宗教』書評会@南山大学

実に長い紆余曲折を経て、このたび、南山宗教文化研究所叢書として以下の書籍が刊行される運びとなりました。
『民主主義と宗教』 伊達聖伸・藤田尚志訳、トランスビュー、2010年(原著:Marcel Gauchet, La religion dans la démocratie, Gallimard, 1998) ※本の詳細情報、ご注文はこちらから。
今回の訳業はひとえに伊達さんのご尽力によるものであり、私はほんのわずかばかりお手伝いをしたにすぎません(いや、むしろお邪魔ばかりしたような気も…)。伊達さんのますますのご活躍に皆様ぜひご注目くださいますよう。
これに併せまして、以下の日程で書評会を開催いたします。特に名古屋近在の皆様、ふるってご参加くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。
日時 2010年2月26日(金) 17:00~19:00
場所 南山宗教文化研究所 1階会議室
名古屋市昭和区山里町18 南山大学内
電話 052-832-3111
評者 南山大学外国語学部フランス学科教授 丸岡高弘
南山宗教文化研究所研究員 粟津賢太
リプライ 東北福祉大学総合福祉学部専任講師 伊達聖伸
九州産業大学国際文化学部専任講師 藤田尚志
マルセル・ゴーシェ(Marcel Gauchet)1946年生まれのフランスの哲学者。社会科学高等研究院(EHESS)教授で、レイモン・アロン政治研究センターに所属。『記憶の場』の編者ピエール・ノラとともに『デバ』誌を創刊、主筆を務める。著作は『世界の脱魔術化』(1985年)、『代表制の政治哲学』(原著1995年、富永茂樹他訳、みすず書房、2000年)ほか多数。
Sunday, January 24, 2010
2/5クロード・レヴィ=ストロースを偲んで@九州日仏学館
追悼企画 Souvenir de Claude Lévi-Strauss
2009年10月30日に100歳で死去した、社会人類学者でありアカデミー・フランセーズ会員であったクロード・レヴィ=ストロース。「構造主義 の父」と呼ばれ、20世紀フランス思想界を牽引し、日本を始め世界的に影響を与え続けました。多くの著書を出版し、連綿と続く人類の歴史を研究したレ ヴィ=ストロースを偲んで、当館では2月5日(金)に追悼イベントを行います。
- 日時:2月5日(金)17時より
- 会場:九州日仏学館5F多目的ホール
- 入場無料(要予約)
- ご予約・お問い合わせ:092-712-0904(九州日仏学館)
レヴィ=ストロースは、文字を持たない南北アメリカ民族を研究した偉大なる人類学者でした。彼はまた、親族の構造についてや、私たちの思考と同じく 複雑な構造をもっている“野生”的な思考がどのように機能するかについて研究しました。その対象が日本にも及んだことはよく知られるところで、彼が日本文 化に対する情熱を温めていたことは、日本、特に九州を度々訪れていたことからも分かります。自身の著作や発言でも、日本の伝統的な思想に対して敬意を表し ていたことについて度々触れています。著作の多くが日本語に訳され、人類学研究にも大きな影響を与えました。
九州日仏学館では2009年10月30日に逝去したレヴィ=ストロースの追悼企画を行います。
①17時
ドキュメンタリー上映会「クロード・レヴィ=ストロース第1回 -自然・人間・構造-」
(日本語・フランス語二重音声、45分)
②18時
ドキュメンタリー上映会「クロード・レヴィ=ストロース第2回 -日本への眼差し-」
(日本語・フランス語二重音声、45分)
③19時
ラウンド・テーブル「レヴィ=ストロースと日本」
白川琢磨氏(日本語)とエルヴェ=ピエール・ランベール氏(フランス語、日本語通訳付き)によるラウンドテーブル![]()
白川 琢磨 略歴
文化人類学・宗教人類学を専攻。カリフォルニア大学サンディエゴ校訪問研究員を経て現在、福岡大学人文学部教授。ミクロネシア、南西諸島、日本本土などを 対象に、現在は主に九州北部の宗教文化を研究しています。クロード・レヴィ=ストロースが1983年に沖縄に滞在した際、調査研究の一環として沖縄滞在の 案内役を務めたことから、今回はその時のエピソードを紹介します。
エルヴェ=ピエール・ランベール 略歴
サンジェ・ポリニャック財団の元受賞者。フランス、スイス、メキシコ、アンティル諸島、イスラエルなどを経て、現在九州大学で教鞭を執っています。専門分野は、比較文学、人類学、思想史、美学と現代のイマジネール、文明論、認識論批評、神経美学など。
Friday, January 22, 2010
ゴダール『暴力と主体性』をめぐって(ラジオ)
村上さんの親友シュネルや、私の友人ギヨームら、実力派の若手をもってくる。自著の宣伝に有名な研究者に来てもらうのではなく、自分の本をだしにして若手にvisibilitéを与えるあたり――すでに有名なシュネルはともかく、PRAGであるギヨームにとっては貴重な機会でしょう――、さすがゴダールだと思います。
メール
Thursday, January 21, 2010
「気の弱さ」にどう対処するのか
試験の季節がめぐってきた。試験監督の合間に、自分の行なった試験の採点をする。一人一人の顔を出来るかぎり思い浮かべながら、過去の成績と比較して、「この子はこの先、大丈夫なんだろうか」と心配したり。
菅家さん冤罪事件の録音記録をざっと読んだ。気の弱い(あるいはあのような状況下では多かれ少なかれ誰でもあのような精神状況に陥るのかもしれない)中年男性が、最初は検事に対して「実はやってない」と言えそうな気がするのだが、警察によって「自白」に追い込まれた過去を否定できずに、「やっぱりやったのは自分です」と言ってしまうくだりを読んでいて、
我々教師は、相談に乗るとき、「履修指導」なるものを行なうとき、同じようなことをしてはいないだろうか、とふと不安になる。特にこういうくだり。
《菅家さんの記憶を探ろうとする森川検事。自分では「言わない」と言いながらも、意識的なのか無意識なのか、答えを想像させようとするキーワードが現れていく》
森川検事「その次だから分かるだろうけど、遊んでいるところを連れ出したという状況はないだろうか? 誰かと遊んでいたところを」
菅家さん「もしかしたら駐車場で女の人がいたような気がするんですけれども」
森川検事「もう一回考えてもらいたいのは、声のかけ方がね、今まで君が説明した通りだったのかどうかね。もうちょっと別のことがなかったのかな。いきなり自転車でそばに行って声かけたんだって言うけど、もうちょっと別のいきさつがなかったかどうか?」
菅家さん「はー…そこのとこはわかんないです」
森川検事「誰かと遊んでいなかったかなと聞いている。誰かというのが大人か子供か、あるいは男か女か、どんなことをしていたか。僕は一切言わない」
菅家さん「遊んでいたとすれば、女の子と思うんですけど」
森川検事「うん、どんな子か。遊んでいた情景っていうかねえ、それが少し記憶に残ってるかな?」
菅家さん「…」
森川検事「その女の人っていうのは少しイメージが残っているわけなのかな?」
菅家さん「はー…その人が駐車場の方へいた」
森川検事「うーん…。女の人は1人? 2人?」
菅家さん「1人のような気がしたんですけど」
森川検事「駐車場?」
菅家さん「はい」
森川検事「駐車場の方っていうのは、パチンコ店の建物の…この西側の方でしょう?」
菅家さん「はいそうです」
森川検事「うん。西側っていうのは、有美ちゃんがいたところ? 違うの?」
菅家さん「えっと、有美ちゃんがいたところだと思うんですけど」
森川検事「有美ちゃんがいたそばか」
菅家さん「はい」
《必死に思いだそうとする菅家さんだが、その答えは森川検事の質問に何とか合わせようとしているようにも聞こえる。自ら答えているようだが、肝心のキーワードは森川検事の口から先に出ていることも》
学校と病院と警察と監獄の「構造的相同性」を見るポストモダンは大雑把すぎる、とは思いつつも、細かいテクニックの部分では、このような資料も参考にしつつ、十分に気をつけないといけない。誤解を避けるべく念のために繰り返すが、ここでこういった記録を参照するのは、あくまでも「いかに誘導しないか」を考えるための参考資料としてである。
特にゼミだ。やる気がなくて、あるいは何らかの(心理的あるいは経済的な)問題などで、このまま大学を辞めてしまうかもしれないという子に対して、どうアプローチするべきなのか。私たちレベルの大学では、古き良き時代の放任主義をやっていたら、どんどん退学率が上昇してしまう。
どこまで介入すべきなのか。どう介入すべきなのか。
それでも、「役に立つ哲学」は絶対にやらない。生命倫理もケア哲学もやらない。そうではない仕方で、うちのレベルの大学生たちに「単なる哲学」の面白さが伝えられなくて、どうする。「単なる哲学」とはもちろん「旧来通りの哲学概論」でもないだろう。模索は続く。
***
森川検事「警察からなんか聞かれたわけ?」
菅家さん「はい。菅家じゃないかとかと」
森川検事「うーん」
菅家さん「でも自分は、違うと話したんですよね」
森川検事「あ、そう、うん」
菅家さん「それで、まあ、あの、何ですか警察は怖いですしね」
森川検事「何が」
菅家さん「やはりなんて言うんでしょうか、自分でもよく分からないんですけど」
森川検事「調べを受けてどのくらいしてから話した?有美ちゃんの事件を」
菅家さん「ちょっと分からないんですけど、…二、三十分じゃないかとは思うんですけど」
森川検事「なんて話したの?」
菅家さん「最初はやっていないと」
《有美ちゃん事件について尋ねる検事に、「警察は怖い」との理由で「自白」したことを話す菅家さん。なぜうその自白をしたのか。検事はおだやかな口調で追及する。取り調べが事件の核心に迫ると、菅家さんは口数が少なくなり、沈黙も長くなる》
森川検事「こうだったって話したわけでしょ、後で」
菅家さん「はい」
森川検事「最初は否定したのに、その後でこうだったと話したきっかけがね。どういうところで、どんなことを考えてね、話したのかなって思ってるんだけど」
菅家さん「…やはり…自分で何だかもうわけが分からないんですけども」
森川検事「わけが分からない?」
菅家さん「はい、わけが分かんなく、まあ」
森川検事「まあ?」
菅家さん「やったとかなんとか、話したと思うんですけど」
森川検事「君がどんなことを考えてたかなと思うんだけどね。どうだったの」
菅家さん「うーん」
森川検事「違うって言ったのに、こういう事件でしたと話すんだから。何かきっかけがあって、向こうから何か言われたか、君のほうの気持ちが変わったのか。君の気持ちがね、どこか変わらなければ、いやこうですなんて話にはならないと思うんだよね」
菅家さん「はい、自分としては警察のほうで、強引なところもあるような感じでしたので」
森川検事「強引っていうのは」
菅家さん「分かってるんだとか。そういう風に言われまして」
森川検事「あの事件の当時、有美ちゃんの事件じゃなくてね。(福島)万弥ちゃんの事件(別の女児殺害事件)も話しなかった?」
菅家さん「しました」
森川検事「どっちを先に話したの」
菅家さん「やはり、その2つですよね。2つを一緒に言われたような気がするんですよね」
森川検事「一緒に言われたような気がする?」
菅家さん「はい」
森川検事「ほう。で、君のほうはどっちから話したんだ」
菅家さん「有美ちゃんのほうを先にやったと思うんですけども。その後、万弥ちゃんのほうをやったと思うんですよね」
森川検事「有美ちゃんの事件は実際にはどうなの」
菅家さん「…」
森川検事「目を伏せないで。実際にはどうなの。君がやった事件なの?そうではないの?本当のところは?」
菅家さん「本当のところはやってないです」
森川検事「やってない?」
菅家さん「はい」
森川検事「やってないならやってないで別に考えなくてもいいんじゃない」
菅家さん「…」
森川検事「やってないのにやったって話したの?」
菅家さん「…」
森川検事「なぜ?なぜそんな話をしたんだろう?」
菅家さん「やはり警察のほうで、(聞き取れず)」
森川検事「分かってるんだから話しちゃえって言われて?だけど、一番最初に捕まった真美ちゃんの事件は?これも違うのかな?これは、その通りなのかな?」
菅家さん「…」
森川検事「これはその通りなの?」
菅家さん「やってないです」
森川検事「どうしたの?」
菅家さん「…」
森川検事「どうしたんだよ」
森川検事「そしたらね、有美ちゃんの事件ね。やってないのに、やったと警察で話したのはなぜなんだろう」
《ここまでテープが再生されたとき、突如、菅家さんは手を挙げて体調がすぐれないと申し出た。菅家さんは足早に退廷し、別室で休憩。約20分後に再開された》
《取り調べは引き続き検事の執拗(しつよう)な追及が続いている》
菅家さん「すみません」
森川検事「うん」
菅家さん「ごめんなさい」
森川検事「どうしたんだ」
菅家さん「…」
森川検事「本当はやったのか君? うん、うん」
菅家さん「うー」
森川検事「本当は君がやったのか? 有美ちゃんの事件も」
菅家さん「(泣き声)」
森川検事「やっぱりそう。有美ちゃんの事件やったの? そうだね」
菅家さん「(泣き声)」
《検事の問いに、すすり泣きの中、はっきりとした言葉では答えられず、沈黙する菅家さん。森川検事は諭すような口調で質問を続ける》
森川検事「なんか君を違うことを言うようにし向けたのかもしれないしね。僕の言葉に乗っちゃったのかもしれないからさ。あえてうそをつかしたんだったら、僕のほうが悪いんだけども。僕にも悪いところがあるんだけども」
菅家さん「…」
Monday, January 11, 2010
セカンド・エフォート
毎年、年初の目標は相も変わらず「今を悔いなく生きる」なのだが、自分のダメさ加減が身にしみてきた今年は「セカンド・エフォート」を目標にしたい。
セカンド・エフォート エフォートは努力の意。ボール・キャリアーがタックルをされた後、スピン(回転)や体を伸ばして1mmでもゲインしようと努力する行為を指す。スーパーや グレートと呼ばれている選手は、このセカンド・エフォートを大切に考えている。この行為によりチームの意気が盛り上がることはもちろんのこと、1stダウ ンの更新確率が上がることは間違いない。強豪と呼ばれているチームほど、セカンド・エフォートの大切さを知っている。アメフト用語辞典より
といっても、アメフトを観たことのない人には分からないと思うので、映像をどうぞ。簡単に言えば、何度ぶつかられても倒れず、身をかわしたり、回転しながら倒れたりしながら、1ミリでも前に進むこと、ですね。基本的な身体能力が低い(足が遅い)、味方のブロックが潰されている(援護射撃が期待できない)、あるいは相手のオフェンスがいい(自分を取り巻く環境に負けそう)場合、最初のランではヤードを稼げない。それでも前に進むためにはどうすればいいか。去年の終わりごろから考え始め、今少しずつ実行に移しています。
もう時期を完全に逸してしまいましたが、本年もよろしくお願い致します。
Saturday, December 26, 2009
哲学の旅――『哲学への権利』を観る
幾つかのすでに輪郭のはっきりした人格が出会うのではない。出会いが人格をつくりあげ、呼び声が主体性を貫いて構成する。反人間主義(anti-humanisme)ではなく、非人間主義(an-/in-humanisme)とでもいえばいいのだろうか。それも真正面からの、ステレオタイプ化した意味での「実存主義的」な出会いではない(サルトル本人はむしろ違っていたのではないかという可能性は強い)。現代においては、斜めからの、すれ違いざまの、通りすがりの、振り向きざまの出会いこそが大切なのではないか。
空港や大学のような、人が絶えず行き交う、しかし奇妙にがらんとした場所、雑踏であると同時に静寂を湛えた空間に私がひどく惹かれるのは、それが現代という時代を、しかしながらそのアクチュアリティにおいてではなく、その差延的な反時代性(intempestivité)、時代錯綜性(anachronie)において引き立たせる空間であるからに違いない。
人間関係全般が希薄になったと嘆いてばかりでは仕方あるまい。そのような現代における人と人との真の「出会い」が可能になる制度をこそ夢想しつつ、既存の制度を脱構築するのでなければならないだろう。私が狭義の西洋哲学研究の傍らで展開したいと思っている三つの問い――哲学と大学の関係、結婚の脱構築、旅行の哲学――は、様々なレベルでそこに斬り込もうとするものである。
*
西山雄二さんのドキュメンタリーフィルム『哲学への権利――国際哲学コレージュの軌跡』(Le droit à la philosophie : les traces du Collège international de Philosophie)が今、全国を巡っている――彼とは、哲学と大学、旅など多くのテーマが共通するのだが、それは措こう。私もようやくそのフィルムを見ることができたので、ここにその印象を、まだ観ていない人のための配慮を施しつつ、ごく簡単に記しておくことにする。
1)表現手法の旅
まず、独りの思想・文学研究者が制度についてのドキュメンタリー映画を撮ってしまったという事実に単純に驚いてしまう。イマージュや映像を文学研究の対象とすることはもはや研究の一ジャンルとして確立したが、自分がイマージュや映像を主たる表現媒体として研究成果を発表しうると、実例をもっていったい誰が示しえただろうか。たぶん前例はほとんどない。
国際哲学コレージュ(CIPh)というフランスの一高等教育制度についての考察を思想研究者が映像化することにどんな意味があるのか。Bruno Clémentはインタヴューの中で、デリダがCIPhを創設した精神はCIPhに「意味sens」ではなく、「奥行き、立体感relief」を与えてきたと述べていたが、インタヴューの内容だけでなく、インタヴューされる者たちの顔、身振り、手――握手を交わす手と手――の映像はまさに、CIPhの活動の「意味」ではなく、「奥行き」を観る者に与える。
思想研究はどこかの時点で必ずエクリチュールを通過するとしても、エクリチュールが最終地点であると誰が決めたのか。表現手法がイマージュや、さらには行動であっていけない決まりはどこにもない――フランソワ・シャトレが自らを「哲学のプロデューサー」と規定し、盟友ドゥルーズがその「プロデューサーの哲学」を興味深い形で引き出してみせたことを思いだしておこう(2009年1月26日の「哲学のプロデューサー、プロデューサーの哲学」、27日「プロデューサー目線」、また『思想』ベルクソン生誕150年特集(2009年12月号)の132頁を参照のこと)。
映像(イマージュ)はこうして「奥行き」とともに、ごく限られた専門家だけでなく、広く一般の聴衆を哲学と制度の問題の考察へと導くことに役立つ。嘘だと思うなら、一度この映像を見てみればよい。そして自分の書きものが達しうる読者層と較べてみるとよい。『哲学への権利』は研究手法において、思想・文学研究の表現方法において実験的な旅を試みている。いや、「実験的な旅」とは冗語的にすぎよう。実験(experiment)の語源が「貫く」を意味するギリシャ語peíreinに由来する以上、その名に値するほどの「旅」は、常にすでに幾分か「実験」であるのだから。
2)表現内容・表現主体の旅
次に、『哲学への権利』が、決して単なる「お説拝聴」のドキュメンタリーに終わっていないことを強調しておこう。一日本人思想研究者が対等にCIPhの中心的なメンバーたちに問いかけ、この特異な制度の長所だけでなく、「問題点Les problèmes」をも引き出しえている。これはとりわけ、従来の日本の、とりわけ現代思想系の研究者たちに見られなかった姿勢である(「CIPhとデリダ」のセクションは、あるいはさらに突っ込んでもよかったかもしれない)。
この作品はCIPhという制度が描いてきた「軌跡traces」、その「奥行き」を、限られた「手段moyens」(限られた時間・資金、限られたテクニック・言語能力など)で辿り直すことによって、日本の思想・文学研究全体が辿ってきた軌跡や奥行きをも逆照射する一種の「旅」である。私たち思想研究者はこの映像を、自分自身の辿ってきた軌跡や奥行きとひき比べることなしに、決して他人事としては見られないだろう。
3)上映運動という旅
最後に強調しておくべきは、『哲学への権利』が単なる一映像作品の名ではなく、西山雄二という恐るべき行動力を発揮し続ける個人がその映像作品をもって、日本全国のみならず、世界各国を巡回する運動そのものの名であるということだ。前出のBruno ClémentがCIPhはデリダの諸著作と同じように彼のoeuvre(作品)の一つである、と述べていたが、全世界に散らばる友人や知人のネットワークを駆使して織り上げられた上映運動としての『哲学への権利』もまた、西山雄二のoeuvreだと言える。
だが、さらに一歩を進めてこう言うことに西山はきっと反対しないはずだ。そうではない、人々を貫き、人々をつなぐ『哲学への権利』という映像作品および作品上映運動――握手する手と手――は、おそらくは西山雄二という個人から出発したのではないし、CIPhという運動自体すら、おそらくはデリダから出発したのではない。デリダをも貫いて流れ来たった力、思考の力の旅こそがoeuvreの真の「作者auteur」なのであり、これこそ「哲学」にほかならないのだ、と。
インタヴューの中で、François Noudelmannは、デリダに敵対的な思想的ポジションをとる人たちをも積極的にCIPhに迎え入れることをデリダが繰り返し強く勧めていたと語り、それをデリダがcontre-signatureという概念で表現していたと述べていた。公式の文書により多くの正当性を与えるためになされる「副署」であると同時に、文字どおりには「反対の意を表しつつサインする」ことをも意味しうるこの語こそ、CIPhを表現し、またCIPhをめぐる映像作品である『哲学への権利』、そしてその上映運動を表現するのに最も適した語であるかもしれない。
デリダに何の関心もなく、むしろ彼の諸著作を真剣に読んだこともなく毛嫌いしている人々、CIPhと聞いただけでデリダ派の牙城と考えてしまう人々、哲学と制度の関係についてあまり考えたことのない「職業的」哲学者たちこそ、各地の大学で行なわれている上映会をぶらりと観に行かれるべきであろう。その身振りこそ、今まさに動きつつある現代世界の思想に必要なcontre-signatureの一つであろう。
Friday, December 25, 2009
代読(2)クリスマスに思う
帰還兵たちが自らの戦争体験を語る「冬の兵士公聴会」(Winter Soldier Investigation)がはじめて行なわれたのは、実はイラク戦争の時ではない。1971年のデトロイト、反戦ヴェトナム帰還兵の会(VVAW : Vietnam Veterans Against the War)によるものが初めであった。マーク・レイン(Mark Lane)という人物が「冬の兵士」という名称を提案したとされているが、この名称にはどのような意味が込められているのだろうか?
「冬の兵士」とは
1776年、合衆国は独立戦争において敗北の危機に瀕していた。ジョージ・ワシントンの軍隊は敗戦を重ね、退却を余儀なくされた。その地で部隊は厳寒の冬に苦しむことになる。十分な食糧と衣服が支給されないまま、2000人の兵士が発疹チフスや腸チフス、赤痢や肺炎のために命を落とした。脱走者も出始め、指揮官のワシントンでさえ諦め始めていたそのとき、偉大な革命家トマス・ペインの言葉が部隊を奮い立たせた。
今こそ魂が問われるときである。夏の兵士と日和見愛国者たちは、この危機を前に身をすくませ、祖国への奉仕から遠ざかるだろう。しかし、今立ち向かう者たちこそ、人々の敬愛と感謝を受ける資格を得る。専制政治は地獄にも似て、容易に克服されることはない。それでも私たちは、この慰めを手にする。闘いが困難であればあるほど、勝利はより輝かしいものとなる。夏の兵士と冬の兵士
“These are the times that try men’s souls. The summer soldier and the sunshine patriot will, in this crisis, shrink from the service of their country; but he that stands it now, deserves the love and thanks of man and woman. Tyranny, like hell, is not easily conquered; yet we have this consolation with us, that the harder the conflict, the more glorious the triumph.” (Thomas Paine’s first Crisis paper, written in December 1776)
ひとびとの熱気を支えに勇ましく進軍していくのが「夏の兵士」だとすれば、「冬の兵士」とは、冷え切った世論を前に、ともすれば「裏切り者」扱いされかねない困難な状況下で、真に祖国のため、世界のために行動できる人々のことに他ならない。
このトマス・ペインの詩からスピンして「冬の兵士」という言葉が出来たのだという。冬の兵士とは、最も過酷な状況にあって、本当の意味で祖国のことを思い、精神的な意味で「前線で体を張る」、そういった人々のこと、心の声に耳を傾ける者たちのことであろう。証言者の一人、ハート・バイジェスはこう言っていた。「自分はいま、兵士(soldier)ではなく、魂の戦士(soulja)です。…魂の戦士は弾丸ではなく、言葉をもつ。教条ではなく、心の声に耳を傾ける」。
応答と責任
ここでわざわざ「冬の兵士」の系譜を辿ってみたのは、いかなる政治的行為も何らかの形での「応答response」であり、そのような「応答可能性=責任responsability」なしに政治はありえないということを確認するためであった。IVAWは言ってみればVVAWの放った呼びかけを受け止め、それに応えたのであり、私(たち)はささやかながら、斜めから、すれ違いざまに、通りすがりに、IVAWの呼び声を聴いたのである。
パスカルは「イエスの神秘」において、こう述べていた。「落ち込んだりしないように。もしお前が私を見出していなければ、私を探したりはしないはずだから」。ベルクソンの一節「やがて自分のものになるはずの言葉は、すでに自らの内部にその反響を聞いていた言葉なのである」は、パスカルの言葉と完全に響きあう。わずかであれすでに見出しているからこそ探せるのであり、かすかであれすでに反響を聞いているからこそ自分のものにしようと思うのである。「あんな風になりたい」という憧れに身を焦がし、決心を固め、行動に移る人は、模倣者であると同時に、すでに少しだけ創造者と化している。動的行動の発生は、事後的・遡及的にしか見出されえない。いかなる出会いにも言えることだが、奇妙な因果性がある。本当に出会うためには、すでに出会っていたのでなければならないのだ。
この話の続きは、私の論文でどうぞ(笑)。
Thursday, December 24, 2009
代読(1)
*
考えてみれば「代読」とは興味深い行為だ。誰かの書いたものを代わりに読むという行為。むろんそれがあまり大きな意味をもたない場合もあるだろう。哲学の学会で発表を代読されて感動する、などということはまずないように思う。
だが、『冬の兵士』朗読会では感動した。内容だろうか。それもあるだろう。イラク戦争のドキュメンタリー本の朗読でも感動するかもしれない。しかし、その場合は、読み手の能力に大きく依存するだろう。今回はしかし、朗読のプロでない市井の人々が朗読し、それが確実に何かを伝え得たのだから、〈声の複数性〉ということに意味があったように思う。
それにまず、ドキュメンタリー本を誰か一人が読み聴かせるという朗読会ならば、私は行こうと思わなかっただろう。なぜだろうか。たぶん独りの人格が大きすぎ、強すぎる(trop imposant)のだ、今の私の衰弱しきった政治感覚にとっては。
そのことに真正面に向かい合いすぎると逃げたくなることがある。真正面すぎる〈出会い〉には疲れてしまう。斜めから、すれ違いざまの、通りすがりの出会いが、私だけでなく、今の日本人の政治感覚にとって重要ではないかと思ったりもする。フランス語で「声」を意味するvoixは、投票の際の「票」をも意味する。かつて(2002年5月のいわゆるルペンショックの時)そのことをめぐって短い雑文を書いたことがあった。
行き交い、響き合い、消えてゆく声の政治。だからこそ、イラク戦争の帰還兵たちの〈証言〉を、彼らのさまざまな〈声〉を、年齢・性別の近い人々のさまざまな〈声〉が代わりに読み上げるということになんとなく漠然と興味をもったのではなかったか。
Tuesday, December 22, 2009
新たな出会い(その3)
その場で、日仏学館にお願いしようと思っていた3つほどあるプロジェクト「福岡でフランス哲学を」(PFF : Philosophie Française à Fukuoka)(笑)がいずれも前進。
2010年3月中旬:とある映画上映会開催(か?)
2010年3月27日(土):フランス哲学に関する国際シンポ開催決定!(詳細は追って)
2010年11月20日(土):結婚の脱構築をめぐる国際シンポ開催決定!(詳細は追って)
その後、某氏とふたたび夜の福岡バー巡り。たまに飲むのは好きです。
それにしても、見ず知らずの方に「ブログ読んでます」とか言われると、どきっとしますね…。心臓によくないので、そっと見守ってやってください。たまに檄文調のものがありますが、あれは別人(?)が書いてますので、気にしないで下さい。
Friday, December 18, 2009
来し方行く末
別に自分が特別忙しいと思っているわけではなく、ただ作業量が自分の処理能力を超えているというだけの話である。このブログからリンクさせていただいている少し年上の友人たちは、もちろん私以上に多くの研究外の仕事を抱えながら、日々の研究を怠っていない。本当にすごい、といつも思う。一歩でも近づければ、と願っている。
年末だからというのでもないだろうが、大量のメールに交じって、来し方行く末を知らせる便りが二つ。遠く懐かしい人から、私がリールで奮闘していたことをフランス人たちが今も覚えていると伝えるメール、そして恩ある人から未来についてのメール。みな忙しく自分の生活を送っている中で、世界のどこにいても、覚えていてもらえるというのは本当に嬉しいこと。感謝しています。
Tuesday, December 15, 2009
後悔はしていない――新たな出会い(その2)
さらに、こんなイベントにも無関係ではなかったり。
そんななか、プロジェクトの成功に向けて、地道なネットワークづくりのために行ってきました、12月12日(土)、九州仏文学会@西南学院大学。西南もはじめて行ったが、関西で言うところの「関西学院大学」のような、おしゃれな感じ。懇親会ではいろいろな人々と少しずつ知り合うことができました。
来年の福岡シンポのビラ配りに行くというだけのつもりだったのだが、いきなり委員にさせられてしまった。身がもたないので、あまりこき使われたらやめてしまいます。
今やっているさまざまな活動について、その一瞬一瞬をいつか振り返ったとき、「後悔はしていない」と言い切れるだろうか。
*
阪神・赤星、決死のダイブは後悔なし(クリップ) 2009.12.9 20:59
「泣いたら、いろんなことを後悔すると思った。貫き通そうと思った」。記者会見の間、赤星が涙を見せることはなかった。
9月に脊髄(せきずい)を損傷した。家から出られないほど症状は重かった。いくつもの病院を巡ったが、返ってくる答えは厳しいものばかり。シーズン終了 後、球団から引退をすすめられた。約1カ月「人生で一番苦しかった」と言うほど悩み抜き、決断した。現役への未練はもちろんある。「若い選手に負けていな い。けがさえなければ、まだまだできる気持ちがあった」と33歳は言った。
脊髄(せきずい)損傷のほかに首や腰、さらには手足にしびれが出る。「言葉に表せないくらいしんどかった。首の痛みで眠れない」。ここ3年間は常にけがとの闘いで「最後の3年間が9年分に感じるくらい長かった」とつぶやいた。
けがをしたのは9月12日、雨の甲子園だった。右中間の当たりに頭から飛び付き、赤星のプロ生活が終わった。「夢であのシーンが出てくる。野球人の本能でやった。後悔はしていない」。この言葉に、この日一番の力がこもっていた。
Monday, December 07, 2009
備忘録的に。
2)12月中に某雑誌に投稿予定の論文完成(日本語)。
3)12月中に第三回シンポ原稿完成(仏語)。
4)来年1月中にエリーとのデジャブ・セッションで行なった発表(ベルクソン&メルロ)を論文化(日本語およびフランス語)。
5)来年1月中にネオジャクソニスム研究会のためのデジャブ論文(ベルクソン&ドゥルーズ)執筆(日本語)。
6)来年1月中に、すでに書いたベルクソン/ソレル論文をバージョンアップ(英語)。
7)来年3月の福岡シンポのための発表原稿準備(日本語およびフランス語)。
8)来年4月のエラスムスのための授業準備(フランス語)。
Sunday, December 06, 2009
新たな出会い(その1)
午前中は補講で自大へ。うちの学生はとりわけtrustとfriendlinessを混同しやすいので、一緒にご飯を食べに行ったり、といったことはこれまで極力避けてきたし、これからもそのつもりだが、土曜日にわざわざ補講に来てくれたということで、ゼミの学生たちに、お気に入りの店Cafe Edomachoにて、昼ご飯をおごる。
その後、バスで九大へ。初めて足を踏み入れた。60回記念のシンポジウムが黒田亘の哲学について。なんという渋さ…。黒田の因果性・志向性についてのよく知られたテーゼが俎上に載せられ、隠された存在論が指摘されるなど興味深かったが、一番印象深かったのは、お世辞抜きで切れ味鋭い提題を行なった三人の(必ずしも年齢に拠らない)若々しさであった。新しい土地で、新しい人々と知り合って知的刺激を受けるのはいつも楽しい。
夜は懇親会。いろんな方とお知り合いになれたのが良かったが、なかでもkm先生とはじめてお会いして、少しお話しできたのは嬉しかった。哲学と教育の関係について同じ情熱をもっていると直感した。y大のfさんと長々とハイデガー&ベルクソンについて議論できたのもよかった。
nnさんのグループと二次会。彼と同年代の友人ばかりだったからか、かなりくだけたノリで、楽しかった。その後、某先輩におしゃれっぽいバー?クラブ?(おじさんの行くやつではなく)に連れて行っていただいたが、…歳をとったと痛感した。クラブ音楽は嫌いではなかったが、若者の華やぎに疲れてしまう。
12月6日(日)、引き続き西哲@九大。昼から三つの発表を聴く。スピノザの勉強になった。家に帰るなり、子供のお守。ご飯を食べて寝かしつけ、授業準備に取り掛かる。ドゥルーズとグールドの話はいよいよ佳境。こっちの夜の方がより刺激的だと思うのだから、まあ歳をとった。
Friday, December 04, 2009
授業
彼は私と同じで、授業に対してはっきりとした「プリンシプル」をもっている。モチベーションのある学生を自分の授業に惹きつける努力を最大限行なったうえで、要求度の高い授業をしようという基本姿勢である(カリキュラムの構成上、不可避的にそうでない学生が集まる授業には、もちろん別のプリンシプルをもって臨む)。
私からすると小声で早口の英語だが、学生たちは確実に指示を理解し、こなしていく。チーム別の英語でのプレゼン。パワーポイントもすべて英語で作成。英語のレベルはまちまちだが、フランス語関係者としては、英語を使ってプレゼンをさせられるというだけで羨望を覚える。先生の求心力が高いと、いろんなことをさせられるのだと再認識させられる。
*
授業は、英語教授法に関するテキストを使って、学生と一緒に「いかに英語を教えるか」を考えるという、メタ的な授業で面白そう。授業後半では、「では、この授業自体を改善するにはどうしたらいいか?」と自己言及度がさらにアップ。問いかけの一つに「例えば、私があなた方との関係をもう少し親しみやすいものにすれば、あなた方のモチベーションは上がるでしょうか?」というものがあり、彼はそちらへと議論を収束させていく。
彼の考えでは、教師と学生のしっかりした関係を構成する要素は四つある。
1)trust(信頼)
2)fairness(公平さ)
3)availability(どれくらい学生のために時間を割いてくれるか)
4)friendliness(親しみやすさ)
最近の学生は4を重要視するようだが、自分の考えでは1~4の順に重要度は低くなる、そう彼は言っていた。私もまったく賛成である。「けれど、これは私のオピニオンにすぎません。皆さんのオピニオンを来週までに書いてきてください。これが宿題です」。最後まで見事に準備され、見事にコントロールされた授業だった。90分の密度が濃い。
もちろん「信頼」ですらも入口にすぎない。それを通じて、どれほど学問の世界の魅力を伝えられるか。そこからが本当の勝負である。どこまで行けるだろうか。
研究も大切だが、授業も大事にしていきたい。私が今そこに照準を合わせざるを得ないレベルにあっても、真剣に取り組んでいれば、授業も必ず何かを与えてくれる。そう思っている。
Thursday, December 03, 2009
法のイメージ(アレクサンドル・ルフェーヴル)
前にカナダの友人が送ってくれた本がつかない、とこぼしていた。ずっとうっすら思っていたことを、数日前、ふと思いたって、実行に移してみた。大学のまったく別の学部に同じ姓の先生がいらっしゃるので、おそるおそるその先生にこの件に関してメールを送ってみたのである。
すると…届いていた!
Alexandre Lefebvre, The Image of Law. Deleuze, Bergson, Spinoza, Stanford University Press, coll. "Cultural Memory in the Present", 2008.
この間、ベルクソンとドゥルーズの政治哲学における比較をやったばかりだが、これは読んでおくべきだったかも…。
Wednesday, December 02, 2009
のんびり繋がっていく
反戦活動に予期されるような暑苦しさもなく、京都的な、のんびりまったりした、けれど決して流されないぞという気持が心地よかった。まさに「かぜのね」にふさわしい。
何人かの普通の人たちが、それぞれの年齢に近いイラク占領に関係した人々――兵士、女性兵、兵士の家族たち、イラクの子供たち――の証言を読み上げる。ただ、それだけのことが、私たちの心を打つ(京都人たちによる朗読風景は上記ページより。私の姿も一部映ってますね…)。
…という話を、その数日後、福岡から遠からぬ町に住む、仲のいい、知り合いの牧師さんに興奮冷めやらぬうちに話した。いや、話したことさえ忘れかけていたのだが、最近会ったとき、今度自分の教会でも、朗読会をやってみることにしたと言っていた。
話 してみるものだなあ。開かれて繋がる、とまでかっこよくは行けないのであるが、のんびり繋がっていくのだなあ。こういうことも「哲学」と関係なくはないだろうと思い、こちらのページにも書いた次第。
Friday, November 27, 2009
大学の無関心、無関心の大学
大学のグランド・デザインに直結する今回の事業仕分けですら、恥ずかしながら、新聞で読んだ程度で、詳しく調べることはしなかった。もちろん言い訳はいくらでもできる。体調がすぐれない中で、私は私なりに教育と研究に全身全霊を傾けているつもりである。だが、そういうことが問題ではないのだ。
*
無邪気な無関心(研究・教育が忙しいので…)、怠惰な無関心(自分はもう「一丁上がり」だし関係ないから)、ニヒリズム(どうせそんなこと知ったって…)は、政治的去勢の裏返しである。また逆に、ポスドクという不安定な状況にいることを強いられているにもかかわらず、大学問題を理論的に考察しようとせずに、ただルサンチマンを養殖しているだけの人々(「なんであの程度のやつが就職できて、自分が…」)も問題である。大学就職後の無関心と、就職前の無関心、大学の人文科学研究は二つの無関心の挟み撃ちに遭っている。
理系の著名な科学者たちが声を大にして発言していることはメディアでも伝わってきた。おそらくメディアが伝えていないだけで、文系の著名な科学者たちも積極的に発言しているに違いないが、私は寡聞にしてあまり知らない。
*
仲間が、とりわけ優秀な仲間がいて、共に考えるよう誘ってくれるというのはとても幸せなことだ。現在、UTCPを中心に幅広い活躍を続けている西山雄二さんは、大学と人文科学の問題をここ数年、哲学的な仕方で追究されてきた方だ。
彼が最近書いた二つの小文と一部抜粋をご紹介しておきます。
・【現場報告】大学の未来像 ― 行政刷新会議「事業仕分け」
私的関心に引きつけると、会場では人文社会科学に限定した議論もなされた。人文社会科学系の研究者は研究教育の必要性を語る言葉をもつように促されている が、さらに高等教育の政策論まで見据えた展望や論理を磨き上げることも大事だ。私たち人文社会科学系の研究者は学問と社会をつなぐ言葉や理念をどの程度 もっているだろうか。大学に対して経済合理主義的な評価がなされる現実を前にして、私たちの現在と未来を包み込むような説得的で実効的な理念をどの程度 もっているだろうか。
・国家と人文学――「新しい教養」の行方
最後のセッションだけあって、質疑応答は白熱し、「評価をどう考えるべきか」「国家との関係において大学とは左翼的なものであるのか」「フィクションの権利の危険性をどう考えるのか」といった質問が相次いだ。なかでも、「日本でも韓国でも一部の大学のみが国家から資金援助されて、残りの大多数の大学や学生 は貧しい状態で喘いでいる。この格差を私たちはどう考えるのか」という問いが印象的だった。大学論に必要なことは、大学が多種多様な現実で構成されていることを自覚し、モノローグ的な「私の大学論」の誘惑に陥らないことである。大学に関係する者はまず自分の限定的な立場を自覚することで、大学を批判的な公共空間として創造することができるだろう。*
「自分の大学」のことを考えようとしている人はたくさんいる。自大・自学部・自学科・自専攻の維持・発展(弱小私立大学の場合には、その前に「生き残り」)を願って、大変な役職を引き受け、煩雑な委員会活動を誠実かつ真摯にこなし、大学の運営に携わっておられる方々はたくさんいらっしゃる。それはそれでとても大切なことだが、それはごく限定的な自己防衛本能にすぎないとも言える。
「大学というものそのもののありようはどうなのか」という問いになると、とたんに腰が引けてしまう。あの無邪気な常套句「大学なんか潰れても哲学(文学研究)はやっていける」は、実は思想的な弱腰の裏返しにすぎない。「大学なんか潰れても自然科学はやっていける」などと言っているまともな自然科学者がどこにいるだろう。はっきり言ってそれは「核戦争で文明が破壊され尽くしても、人間は生き残る」というのと同程度の真理性しかもたない。
哲学が真理の探究であると同時に、真理を探究する者をどう育成するかという教育の問いでもあり、制度をめぐる政治的な問いでもあるというのは自明のことだ。哲学・教育・政治の三位一体である。この三つ組がアクチュアリティへの対応・適応を越えて、反時代的なものに自らを高めねばならない(何度でも言うが、反時代的とは反動的・保守的ということではない)。
問題はここにある。「無関心」とは端的な無関心だけを指すのではない。表面的には(自分の意識としては)大学に関心をもっている「自己保存欲」、アクチュアリティに追従しているにすぎない右往左往の対応もまた、病根の深い「無関心」なのである。
大学をめぐる問題は、大学の中のこの広義の「無関心」と闘い、大学人に自覚を促しつつ(これがとても大変な作業であることは重々承知したうえで)、大学の外や周囲にいる人々と共に考えていくのでなければならない。
絶えず頭をもたげ、優勢を占めようとする自分の「無関心」と闘い続けること。
Thursday, November 26, 2009
『思想』12月号「ベルクソン生誕150年」

『思想』12月号「ベルクソン生誕150年」が発売されました。
小規模の特集はともかく、本格的な特集としては、1994年以来になると思います。
ベルクソン研究を外へと開いていこうとする興味深い鼎談、力の入った論文の数々、現時点でのベルクソン研究の到達点が概観できるサーヴェイや研究書誌もあります。
ぜひお買い求めください。詳細内容はこちら。
Sunday, November 22, 2009
ジャネのために(pour Janet)
フロイト-ラカン愛好者でない者を見つける方が難しいフランス現代思想業界で、「死んだ犬」扱いされているピエール・ジャネからアンリ・エーへと至る流れ――ごく広い意味での「ネオ・ジャクソニスム」の系譜――に光を当てた、このような反時代的シンポの重要性はもっと強調されていい。
ちなみに、このシンポのために、俊英と評判の高い立木康介氏の「シャルコー/ジャネ」(中央公論新社版『哲学の歴史』第9巻所収、2007年)も読んだが、かなりがっかりした。
《実際、ジャック・ラカンによるフロイトの再解釈は、このエレンベルガーの見方に真っ向から対立している。「無意識は一つの言語として構造化されている」というラカンのテーゼは、エレンベルガーによってもっぱら「パトスの復権」として読まれたフロイト的無意識を、徹底的に理性の側に取り戻すことに成功した。逆に、この点でもベルクソンと通じ合う知的雰囲気をもつジャネが、しばしば宗教的なものへの関心の強さを窺わせているところを見れば、むしろ彼のほうがロマン主義的な感性への親和性をもっていたのではないかと疑わずにはいられない。》俊英と評判の高い人がこんな凡庸なことを書いてはいけない。三つある。
まず、エレンベルガーの『無意識の発見』のように、あえて挑発的図式化を意識的に引き受けた史的著作に対して、実に無邪気にそれを再転倒してみせる感性を疑ってしまう。フロイトはロマン主義者でなく、啓蒙主義者である?事実誤認だと言っているのではない。フロイトが啓蒙主義者なのだとすれば、彼の啓蒙主義はいかなる特徴をもつのか、大切なのはそれを簡潔にであれ言うことであり、さらに大切なのは、仮にジャネがロマン主義者なのだとすれば、いかなるロマン主義者であるのかを言うことではないのか。教科書的な腑分けを単純にひっくり返してみせること自体に大した意味はない。理論的な争点だけがそのような操作に意味を与えうるのである。むしろ違う形で形成されたフロイトとジャネの「科学主義」の共通点と差異にこそ焦点を当てるべきだったのではないのか。
フロイトの啓蒙主義自体が問題となっているのに、「実際、ジャック・ラカンによるフロイトの再解釈は」とほとんどオートマティスムのようにラカンを引き合いに出してしまう初歩的な論理的ミスもさることながら、フロイト主義隆盛への単純なカウンター(エレンベルガー)に対して単純に流行を(しかも、よりにもよって最も凡庸なラカン像を)対置してみせる批判的=批評的意識のなさは痛々しい。「徹底的に理性の側に取り戻すことに成功した」などと書くようでは、ラカン派はやはりドグマティックと言われても仕方がない。繰り返すが、重要なのはいかなる理性の側に取り戻したのか、である。
次に、ロマン主義/啓蒙主義の図式にのっとったまま、単にフロイトを擁護するだけでなく、返す刀でジャネをばっさりと斬り、しかもその凶刃で、付近にいたベルクソンまで手にかけてしまう無思慮さも法外である。「ベルクソンと通じ合う知的雰囲気をもつジャネが、しばしば宗教的なものへの関心の強さを窺わせている」ことをジャネのロマン主義とフロイトの啓蒙主義の分岐点に据えたいらしい立木氏は、フロイトの数多くの宗教論・オカルトへの言及を完全に忘れているように見える。仮に、ジャネもフロイトもともに「しばしば宗教的なものへの関心の強さを窺わせている」が、両者の関心のもち方、方向性は完全に異なる、といった論旨が展開されるのであれば、まだしも百歩譲ってこの一節を好意的に解釈しようとできるが、後続の文章の中にそういった記述は残念ながら見出されない。
理性と非理性の単純な境界線、単純な価値評価を踏み越えたところにこそ、まずそのごく基本的な理論的意義が認められるべきフロイトを、是が非でも単純な「理性の側」に奪取しようとするその姿勢がまさにフロイト的でない。ドゥルーズの論文集のタイトルをもじって言えば、「批判的かつ臨床的」な視点からフロイト(およびラカン)とジャネ(およびベルクソン)の関係が論じられる中で、ジャネの可能性の中心が簡潔にであれ示唆されることを期待していた読者が目にするのは、ジャネとベルクソンの微妙な関係というごく基本的な事柄すらわきまえない、セカンドハンドの資料から書きあげられた匂いの濃厚な文章である。
最後に、この文章の最大の問題点は、シャルコーやジャネへの愛がほとんど感じられないことである。「本当はフロイトかラカンについて書きたかったのに…」という感じが全編に溢れていて、読む者を辛くさせる。不憫なシャルコーやジャネのためのみならず、立木氏自身のためにも辛くなるのである。まさか誤解もあるまいが、シャルコーやジャネを絶賛する文章でなければ、と言っているのではない。ただ、「そんなに魅力のない対象だと思っているなら、なぜ執筆を引き受けたのか」と読者に思わせるような文章を立木氏ほどの人物が書くべきでないと言っているのである。幾ら才能があっても、いや才能ある人だからこそ、こういうものを書いてはいけない。死者のためにも、読者のためにも、自分自身のためにも。いかに歪んだ愛でもいい、愛ある対象について人は書くべきだ。
「歪んだ愛」ということで言いたいのは、例えば、ドゥルーズが「敵について書いた唯一の著作」と認めるカント論のように、明白な理論的争点を上品な形で(死者が悲しまないような仕方で)提出するのならばそれはよい、ということである。日本の思想業界は論争を好まない。特に、亡くなった先生や友人などの著作やテーゼでも反駁されようものなら、大変な騒ぎである。だが、それでは思想は発展しないだろう。愛は媚を売る「やさしさ」とは違う。
「ジャネのために」書かれたものを読みたい方は、上記シンポの報告書が公刊されるはずですので、そちらをご覧ください。
Monday, November 09, 2009
記憶と実存~フランス哲学と精神医学、そして文学~
明治大学ネオ・ジャクソニスム研究会連続シンポジウム
「記憶と実存~フランス哲学と精神医学、そして文学~」
第一回 ベルクソンとジャネ
「「差異と反復」の前夜 ─ メーヌ・ド・ビラン:努力とオートマティスム」
合田 正人 (明治大学)
「ジャネとネオ・ジャクソニスム : 創造と過去保存の心理学をめぐって」
田母神 顯二郎(明治大学)
「ジャネとベルクソン」
松浦 宏信(リール第三大学)
「ベルクソンとドゥルーズ : デジャ・ヴュの問題をめぐって」
藤田 尚志 (九州産業大学)
日時
11月21日(土) 13:00~17:30
会場
明治大学駿河台校舎リバティータワー LT1084教室
*
私自身の発表は、ベルクソンとドゥルーズにおけるデジャヴについて、先日のセッションでエリーが喋った側面と自分が話したコメントを自分なりの視点でまとめ直し(もちろんエリーの承諾はとってあります)、さらに一歩進めるつもりです。先日のエリーとのセッションに来られなかったという方も是非どうぞ。
なお、第二回は12月5日(土)の予定だそうです。
Sunday, November 08, 2009
受賞
学会でしか会えない友人(afさん頑張ってくださいね)、二次会以後にしか会わない知人(笑)などと会えるのも本当に嬉しいこと。
さて、あまりいいことのない最近だが、朗報が。
2010年度学会奨励賞に選ばれた。仏文学会は巨大組織だ。各支部からの推薦で4名候補者が選ばれ、それぞれ三名の専門家に審査を委嘱した結果、二人の受賞者のうちの一人として私が選ばれたとのこと。素直に嬉しい。
これに驕ることなく、弛まぬ精進を続けていく所存です。これまでお力添えをいただいた方々に厚く御礼申し上げますとともに、これからもご指導ご鞭撻を賜りますようよろしくお願い致します。本当にありがとうございました。
Saturday, November 07, 2009
新生児の泣き声にも“訛り”(クリップ)
| 生まれたばかりの男の子の赤ん坊(資料写真)。新生児の泣き声には、訛りに似たイントネーションがあり、自分の母国語と同じような“メロディ”で泣くという研究が2009年11月に発表された。 |
新生児は子宮の中で言語を覚え始め、生まれたときには既にその言語特有のアクセント、いわば“訛り”のようなものを身に付けているという研究が発表された。
胎児は耳で聞くことで言語に慣れていくという見解は特に目新しいものではない。誕生直後の新生児が複数の異なる言語を耳にすると、ほとんどの場合、母親の胎内で聞こえていた言語に最も近い言語を好むような態度を示すことが複数の研究で既にわかっている。
ただし、言語を認識する能力と発話する能力とはまったく別のものである。
ドイツ、ビュルツブルク大学発話前発育・発育障害研究センターのカトリーン・ヴェルムケ氏が率いる研究チームは、フランス人とドイツ人各30人、計60人の健康な新生児の泣き声の“メロディ”を調査した。
ただしヴェルムケ氏によると、このメロディ、つまりイントネーションは、厳密に言えばアクセントとは異なるという。アクセントとは、単語の発音の仕方に関連するものだ。
一般的に、フランス語を母国語とする人は語尾を上げ、ドイツ語を母国語とする人は逆に語尾を下げるということが知られている。また、メロ ディ(話し言葉のイントネーション)が言語の習得において決定的に重要な役割を果たすということもわかっている。「ここから、新生児の泣き声の中から何ら かの特徴があるメロディを探すというアイデアを思いついた」とヴェルムケ氏は明かす。
今回の研究に参加した新生児の泣き声のメロディは、胎内で聞いていた言語と同じイントネーションをたどっていた。例えば、フランス人の新生児は泣き声の 最後の音が高くなった。「胎児や乳幼児がメロディを感じ取り再現することから、人間の言語習得の長いプロセスが始まることは明らかだ」とヴェルムケ氏は語 る。
また今回の発見で、言語の発達プロセス以上のことが明らかになる可能性もある。「乳幼児の泣き声などの発声をさらに分析すれば、人間の祖先がどのようにして言語を生み出したのかという謎の解明にも役立つかもしれない」。
この研究結果は2009年11月5日発行の「Current Biology」誌に掲載されている。
Matt Kaplan for National Geographic News
Wednesday, November 04, 2009
訃報
Saturday, October 31, 2009
続く。
しかし仕事はまだまだ続く(まあすぐに大学の仕事に引き戻されるんだけどね)。今日も一つ、岩波の校正を終えたばかり。
1)校正の仕事あと二つ。
2)大学紀要次号の校正がいきなり。なんでこんなに早いの。でも、可能なかぎり直したい。いつまでも、どんな評価に対しても、そこから何かを汲み取る努力を続けたい。
3)11月21日の「ネオジャクソニスム研究会」にお誘いいただいたので、おそらく参加する予定。
4)12月中に、すでに書いたベルクソン/ソレル論文をバージョンアップしつつ英訳。
5)1月までに今回のエリーとのデジャブ・セッションで行なった発表を論文化。
6)来年3月のパリ・シンポのための発表原稿準備。
7)同時期にCIEPFCで、ドゥルーズとグールドについて発表をさせてもらうつもり。
8)同時期にトゥールーズ大学で、ベルクソンについて発表させてもらおうかな。
9)デリダ大学論の翻訳のお手伝い。
Thursday, October 29, 2009
阪大でのワークショップ
1)鈴木さんによるDの潜在性概念の要約・整理・幾つかの疑問の提示
2)エリーによるデジャヴの病理学的研究史概観(特にジャネ)、およびBがその中で占める戦略的な位置、彼の解釈のポイント。
3)私のBデジャヴ解釈とメルロの幻影肢解釈の比較
4)エリーによるDのデジャヴ解釈のポイント。ランシエール、バディウによるD潜在性概念の批判
これらの発表は、議論の大筋も含めて、『死生学研究』の特集として収録されるはずなので、お楽しみに。
*
明日は最後のイヴェント。ベルクソン物理学研究の精鋭・三宅岳史さんが「哲学者の時間は存在するのか」について、現時点での研究の到達点を示し、エリー・デューリングが「現代美術における空間の使い方」のほうへと話を発展させる。一見関係のない話を、司会の檜垣立哉さんがどう絡ませていくのかはお越しいただければ分かります。関西方面の皆様、14時から阪大人間科学部です。ぜひお越し下さい。
Monday, October 26, 2009
シンポ無事終了!
「日曜日、午前、雨という三つの悪条件の中、マニアックなフランス哲学の話を聞きに駆けつけてくれた大勢の人に囲まれていると、議論にも自然に熱が入る」
のも自然なことでした。会の成功は、これはエリー・デューリングがやはり懇親会のスピーチで述べていたことですが、
「オーガナイザーや発表者、聴衆にかかっているのはもちろんですが、フランス語でpetits mains(小さな手たち)と言われる人たち、つまり会場運営や大量の資料作成や送迎に携わってくれたこんなにも多くの人々の存在抜きには語れないことですね」
と如実に感じられました。最終日はとりわけ、ヴィデオ・コンフェランスがあり、どうなることかとひやひやしましたが、むしろちょっとしたサスペンス、ほどよく肩の力の抜けた緊張感があって、ジョン・マラーキーのスリリングかつどことなくユーモアのある発表と相まって、これも上々の仕上がりでした。
もちろんすべてに満足しているわけではありません。まず第一に、私自身の発表には自分自身、忸怩たるものがあります。大学の仕事をそつなくこなしながら、完璧なオーガナイズをして、そしてかつ優れた発表をする、というのが目標だったのですが、今回はそのいずれもボロボロでした。中身ももちろんですが、何より、人にはさんざん「長い発表など論外」と言っておきながら、自分がかなり長くしゃべってしまい、相当落ち込んでいます。私は相変わらず長く発表してしまう人を評価しないし、今後は自分が絶対にやらないようにしないといけない、と強く思いました。
また、オーガナイザーとして言えば、やり残したことも多々あります。私の一存ではどうにもならなかったことも、私の意図がうまく伝わらず、結果として実現できなかったことなど、数え上げればきりがありません。そのことについては思うところが多々ありもします。
でも、そうやってでも、自分が正しいと思う方向に、日本のフランス哲学研究が向かっていくことに少しでも尽力できればと思う。もちろん、自分の拙い研究の向上・発展にも日々努力しつつ。とりわけ、シンポの成果を「形」にしていくこと、つまり何らかの形で論文集を出すだけでなく、そこで行なわれた発表、質疑応答の中で示唆された事柄を次の研究課題と して追究していくことも忘れてはならないと思っています。徐々に落ち着いてきたら、この三年間のすべての原稿を読み返し、そこから自分なりに何が引き出せるか、考えてみるつもりです。
今後も、さまざまな形でこの種のイベントに携わっていければと思っています。これで三年間の長きにわたる国際プロジェクトは一応の完結を見たわけですけれども、まさにシンポの仏語タイトル(Tout ouvert=開かれた全体/まったき開け)のように、また次への一歩を踏み出せればと思っています。すでに次の小さな無数のプロジェクトが動き出しているようです。
関わってくださったすべての方々に篤くお礼を申し上げるとともに、
今後ともご支援・ご協力のほどをよろしくお願い申し上げます。
Tuesday, October 20, 2009
シンポ近づく
前にチームで動くことの重要性を書きましたが、すべての人に過不足なく情報を行きわたらせるというのは本当に難しい。きちんと分業体制を敷いても、必ず境界線上の事例が出てくる。あるいは誰かの(例えば私の)ケアレスミスで、他の誰かに支障が出る。そのリカバリーに努める。そんなことの連続です。水道工事屋かビルのメンテナンス係になった気がします。
例えば、今回は英国とつなぐヴィデオ・コンフェランスなどもあり、慣れている人々には何でもないんでしょうが、準備というか、関係者全部のコーディネーションはけっこう大変でした(です)。双方の大学のヴィデオ・チームがこの種の国際行事をやり慣れていれば問題はないのでしょうが。まあ、こういった一つ一つは大したことのないプロセスの積み重ねが短期間に一挙に押し寄せてくると、けっこうな仕事量になります。大学で働いている人はみな同じようなものでしょうけれど。
そんなこんなですが、中身としてはいいものになっていると思います。ベルクソンだけでなく、フランス哲学の生き生きとした一面を実感したいという方はぜひ会場にお越しください。
Saturday, October 17, 2009
マシュレ『カンギレムからフーコーへ。規範の力』(2009年)
マシュレが新刊を送ってくれた。『カンギレムからフーコーへ。規範の力』(2009年)である。De Canguilhem à Foucault. La force des normes, éd. La fabrique, 2009.
彼が一番最初に書いた論文は、カンギレム論だった。以来、四十年以上、地味な読解作業を続けてきた人だ。哲学のテクストを「読む」ということを私が学んだのはこの人からだった。「倦まず弛まず」ということを身をもって教えてくれたのもこの人だった。
地味だが、アカデミシャンではない。きらびやかな読解もいいし、渋い訓詁学もいいが、しかし、人々はどうしてこの両者の間には実に広大な空間が広がっていることに気づかないのだろうか。どうしてああも簡単にどちらかに「イカれる」のだろうか。そしてとりわけ、どうして自分なりの「思考のスタイル」――un style de penséeは本書に収められたある論文のタイトルである――を産み出そうと努めないのだろうか。
本書は、1963年の処女論文から1993年までに書かれた5篇のカンギレム・フーコー論を収めたものである。この本を訳すのは私の仕事ではないが、私は彼の処女作『文学生産の理論のために』をいつか訳すだろう。
*
病院に行ってきた。ここ数カ月胸が苦しく、ここ数日ぜんそくがひどかったから。
*
ひとつずつ小さいものを乗り越える。
小さい他人を乗り越えるのではない。小さい考えを乗り越える。
大きな流れに身を委ねるために。
Saturday, October 10, 2009
お仕事
・岩波の『思想』12月号がベルクソン生誕150周年記念の特集号になります。合田・金森・檜垣の三先生の対談をはじめ、最新の研究事情紹介など、ベルクソン研究の現在の活況を知ることができます。ぜひお買い求めください。
・数奇な運命(実に奇妙な…)を辿った私の論文も、ようやく公開されました。よろしければ、大学図書館などでご一読ください。
仕事の大半は苦しいだけで何の見返りもないものだが、ときどき嬉しいことがある。
学生が授業を面白いと感じてくれたとき、誰かが自分の仕事を見てくれているとき。
面白い仕事だけが、つまらない仕事の疲れをいやすことができる。
Thursday, October 08, 2009
石の上にも…
正直言って、我々が三年かけて築き上げてきた体制は、もちろんさまざまな瑕疵はあるだろうけれども、世界屈指であると思う。
オーガナイザーの仕事はもちろんけっこうきつい(冗談抜きに…)。しかしそれは措こう。翻訳チーム、通訳チーム、会場整理・コピー・送迎チーム、皆さんそれぞれ本当によくやってくださっている。
例えば、翻訳チームだ。皆さんが会場で何げなく手に取る「海外研究者の発表原稿の翻訳」は、質向上のために、ダブルチェックをかけてくれている。複数人数で互いの翻訳をチェックするのである。
この行程が願わくば、若手研究者にとって(塾のバイトなどよりは)研究に密着したアルバイトであり、かつ多少の研鑽の場として機能してくれると本当に嬉しいと思う。上の世代の「責任」は、研究内容において果されると同時に、まさに「場」をつくりだす――そのための予算を獲得する――という制度的な創造性においても果たされるべきである。
*
フランス人たちは、一般にシンポを互いの社交の場として考えており、彼らには往々にして、シンポを聴きに来る人たちへの配慮が欠けている。レジュメを一切配らない、とかね。
私はフランス人の同世代の友人たち――上の世代は残念ながら出来上がってしまっていて通じない――に口を酸っぱくして言う、「社交じゃないシンポ、研究の場として機能するシンポをつくらないとダメなんだ」と。一般聴衆に開かれると同時に、研究としても質の高いシンポはいかにして可能か。
そのためには、老・壮・青のどの層が欠けても駄目だ。小さな自我を捨てて、国際的な研究の場をつくりだすこと。それもまた、哲学の一部であるはずだと信じている。とりわけ現在の日本の哲学研究においては、それを強く言うべきだとも。
Saturday, October 03, 2009
Monday, September 28, 2009
ホフクゼンシン
これから明日の授業の準備。残された時間は5時間。二日続きで徹夜することにすれば、の話だが…。
Saturday, September 26, 2009
すばらしい日々
今は午前二時、ようやく明日の授業準備を終えた。ドゥルーズのヒューム論(1953)とニーチェ論(1962)をグールドのゴルトベルク(1955)と比較するという試みで、自分的にはかなり満足いく出来栄えになった。
独り疲れて自分の道を行く。
矢野顕子は「すばらしい日々」のカヴァーを何バージョンも残しているが、Beautiful Songs Liveの録音が一番好きだ。「君は僕を忘れるから、僕は君に会いに行ける…」
Monday, September 14, 2009
疲労の披露
最後の発表には、ほとんど感動した。山田秀敏さんの「ベルクソンと教養」である。「教養」概念を「エリート主義」から解き放ち、「キャリア教育」にも役立つよう、「ユニクロ的」(山田さん談)なものにしたい、そのためにベルクソンが一肌脱げるのではないか、というもの。私は大筋には完全に同意できる。というか、私が去年書いた仏語論文と目的においてかなり近い。
ただ、気にかかるのは、「教養は無償的であって、「利」と鋭く対立することになる」(4頁)という点である。これは同意できない(そして、この点につながる、教養の技術性(マニュアル化)、教養と社会といった問題系において、種々の反論が生まれるが、それは措こう)。
私の考えでは、「教養」は、ベルクソンで言えば「直観」であり、「利」を求める社会の要請に応えることもあるが、それを目的とはしない。いずれにしても、「利」の要請のありかたそのものをひそかに変えてしまうものである。
教養はモル的なレベルでイデオロギー的に権力と対立するのではない。分子的なレベルで、エリートにおいても、大衆においても、至るところで、さまざまなレベルで作動するものではないか(だから、ポピュリズムの蔓延する現状においては、エリート批判にもあまり賛同できない)。
ベルクソンは知性を「否定」したのではなく、「批判」した、つまり本能との区別を精査した。その結果、彼は知性から本能に向かうのではなく、知性を本能のほうに向き変えた。本能のほうを向いた知性、それが直観であり、ベルクソンが教育論において強調する「良識」や「礼儀正しさ」である。
マニュアル教育の功利性をベルクソン的に「批判」することは決して、即、功利性概念一般の否定ではない。それはむしろ功利性概念の鋳直しへと向かうだろう。功利性概念を鋳直す力、それが効力である。
感動はつかのま疲れを忘れさせ、人を奮い立たせる。あてこすりや厭味は人をよりいっそう疲れさせ、意気消沈させる。
Sunday, September 13, 2009
感謝
発表についての所感。行なった質問をざっと書きつけておこう。
午前一つ目:ベルクソン『試論』における空間と延長について。まず時間内に発表を終わらせるということが大前提。別に一分や二分、と思うかもしれないが、一般発表というのは若手研究者の鍛錬の場なので、一分超えてもいけない。少なくとも私はそう思ってやってきた。内容の批評はそのあとの問題。
午前二つ目:ベルクソンにおける「習慣」概念は各著作から表面的に拾い上げてくるとネガティブなものが多いが、生産的・創造的といえる「新しい習慣をつける習慣」がある、というもの。しかし、真に新しい習慣をつけさせるのは、「動的図式」をはらむ「(知的)努力」である。「習慣」はそれに引きずられつつ、それを具現化する「物質」のような側面に着目して研究してみると面白いのではないか。
午前三つ目:ベルクソンにおける「individu個体・個人」概念は、『進化』と『二源泉』の断絶を画するものであって、人間の創造的な側面を表す、というもの。しかし、『進化』の「個体」と『二源泉』の「特権的個人」を同一レベルで論じることができるのか。『二源泉』は「特権的個人」というより、特権的個人を超え出ていこうとする力とその横溢としてのpersonnalité(人格性)を称揚しているのであって、これはindividualité(個体性)と分けて考えるべきではないか。『二源泉』における「個人」はむしろ閉じた社会に見られる「社会―個人」のサーキットの中に見いだされる。「人間種という停滞」こそ、種とは停滞であると言いながら、人間種の勝利をほぼ手放しで謳歌していた『進化』において、きちんと見いだされていなかった次元といえる。
午後シンポジウム:現象学以後のイメージ問題をめぐって、加國さんがメルロ=ポンティ、宇野さんがドゥルーズ、澤田さんがナンシーを論じた。
17世紀以降プラトンのミメーシス批判のミメーシスが続いたが、20世紀に入って、イメージを「本質/仮象」「オリジナル/コピー」の二分法で考えるのをやめ、イメージそのものの持つ力を見いだそうという方向が表れてきた。これはドゥルーズの言葉を借りれば「偽の力」(puissance du faux)というべきもので、今回の三つの発表はいずれも、この力とそれ以前的な問題構成との間の切断線を強調するものであったと言える。
ドゥルーズは最も現代的で、最も映画的な映画の本質として、「偽の運動」ともいうべき「つなぎ間違い」や「非合理的切断」(coupure irrationnelle)によってつくりあげられた「偽の力」を考えており、これは非有機的生気論(vitalisme non-organique)に支えられている。しかし、主体の問題を棚上げにしながら、本当に純粋な「非有機的」生気論を貫徹でき、非人称的で前主体的な超越論的領野を維持できるのだろうか。
加國さんの発表は、「自然的知覚」の優位を説いてきたとみなされるメルロが、実は映画論において技術性(人工的知覚)、とりわけ「モンタージュ」を積極的に取り入れており、ここに現象学的映画論の可能性があるのではないか、というもの。「偽の力」が「モンタージュ」に見いだされている。しかし、メルロの映画論には、「映画の現象学」を可能にするものというよりは、「現象学を映画の用語で語ったもの」という意味で、「現象学の映画」という印象を受ける。現象学は「偽の力」を受け止めることができるのだろうか。真理との関係を完全に断つことができるのだろうか(この点で、ベルクソンが真と偽のはざまにある「デジャヴ」を取り上げたのに対し、メルロが主体的知覚の「真」を支える「幻影肢」を取り上げたのは興味深いことである)。
ナンシーは「偽の力」を、イメージの裸形、イメージそのものの露呈というほとんど唯物論的な語り口で、イメージの眼差し、何も眼差してはいない眼差しが、にもかかわらず、主体を成立させる、といわんばかりである。ここで登場してくる主体は、近代的な主体とどう違うのだろうか。
Friday, September 11, 2009
ルーキーイヤー
自分が特別に忙しいと思っているわけではまったくないし、他の人と忙しさ競争をするつもりもない。そういうことではないのだ。ただ、大学のペースに乗って行けない自分が歯がゆいだけである。
前にも書いたが、高卒ルーキーのような気持だ。高校球児だった頃は、プロでも通用するかもと思っていたが、いざプロの世界に入ってみると、技術以前に、基礎体力が決定的に足りないと判明した、というような。
土日は学会、研究会で東京に行く。息抜きになるだろうか、いっそう消耗するだろうか。
月曜から後期が始まる。国際シンポジウムあり、ワークショップあり、講演会ありの十月には一週間休講する。代償は大きい。長丁場をうまくやりおおせるだろうか。
Thursday, September 10, 2009
夢の続き、仕事の続き、ストレスの続き
仕事が忙しいのがストレスなのではなく、それらをてきぱき片づけていけないのがストレスなのである。なぜてきぱき行かないのか。相手のある仕事だからである。さまざまな関係の相手に、微妙なニュアンスを要するフランス語の、英語の、ときには超ブロークンなイタリア語で、メールを書き続ける。とても疲れるし、時間も食う。
しかしそれで終わりではない。それぞれの返事を待たねばならない(ここに「持続」がある!)。遅れてきた一通の返事の内容によって(あるいは返事の遅れそのものによって)、状況が一変することもしばしばである。すると、いろいろなことをまたやり直さざるを得なくなる…。
シンポの準備に専念できるならまだいい。ここに昨日書いた一つ一つの作業がのしかかってくる。書いていないたくさんのことものしかかってくる。
そういうわけで、夢の続きを見ているような感覚を半分持ちながら、深夜(早朝?)に起き出して仕事の続きをしている。
一つ一つのこまごまとしたことがストレス要因なのではなく(私はそれほど器の小さな人間ではないつもりである)、それらが絡み合って身動きが取れなくなるのがストレスになる。多分ストレスの原因など、あってないようなものなのだ。
もっと忙しい方は山ほどいらっしゃるというのに、情けない限りだが…。
Wednesday, September 09, 2009
ストレスフル
・授業準備ぼちぼち(哲学史の続き、ドゥルーズ入門、ベルクソン入門など)。事務関係ぼちぼち。
・来年、プロジェクト・ゼミという三年生の領域横断的なゼミで結婚論をやる。どうせなので、日本平安文学の専門家、古代ギリシャ社会史の専門家、現代日本の家族社会学の専門家、近代フランス文学の専門家に助けていただきながら、わいわい楽しくやろうと思っている。今はその下準備。
研究関係
・シンポ&edツアーの準備、大詰め。メールにかなりの時間をとられる。
・大学紀要校正大詰め。
・大学紀要次号の締め切りがすでに近付きつつある…。
・雑誌論文2本、大詰め。
・友人の科研に加勢、大至急やらないといけないのだが…。
・仏語アクト、大至急やらないといけないのだが…。
・ゴーシェ翻訳&解説、大至急やらないといけないのだが…。
幾つかの要因で仕事のリズムを作れない。まったくストレスフルな状況。いいかげんにしてほしい。
Thursday, August 27, 2009
ドゥルーズと音楽
パルネ曰く、あんたは音楽についてけっこう語っているけど、実際にはほとんど音楽は聴かない(コンサートには行かない)し、ましてやオペラはベルクの『ルル』や『ヴォツェック』だけ好んで聴いている。そして日常的には大衆歌謡、特にピアフ(とかクロード・フランソワ)が好きじゃないかと。
そしてとどめの言葉。映画や絵画についてはまるまる一冊(以上)本を書いているのに、音楽については書いてない。あんたはほんとはvisuelな人間なんじゃないか、と。
これに対するドゥルーズの答えは揺らいでいる。グールドのコンサート・ドロップアウトに関する説明がそうであるように。
・コンサートにほとんど行かないのは、コンサートの予約は展覧会に行くより手間がかかるから。
・コンサートは自分のréceptivitéを超えているから。
・音楽について語るのはきわめて難しいから。
しかし、文章を書いたり読んだりすることの中で、自分にとって最も重要な要素が聴覚的なものである点で、やはり自分は音楽的なのだ、と強調していた。
ドゥルーズと音楽の関係は見かけ以上にねじれた関係なのかもしれない。
Thursday, August 20, 2009
もう一つのD&G
*
後期は、哲学史の続き以外に、ベルクソン講義、ドゥルーズ講義をする予定である。時代の雰囲気の中で生きていた哲学者の姿を浮かび上がらせたいと思っているので、時代背景的な話にも力を入れているのだが――「世界史の復習的な要素も入れてもらいたい」というのが上からの要望でもある――、これを準備するのはけっこう時間がかかる。見かけは無駄話風なんだけどね。
ベルクソン講義では第三共和政期フランスや当時のヨーロッパの雰囲気が、とはいえ、陳腐な形ではなく、伝わるようにしたい。というわけで、今は松浦寿輝の『エッフェル塔試論』を読んでいる。「ベルクソンと音楽」については、ドビュッシーだけでなく、シェーンベルクとも比較したい。
また、ドゥルーズ講義では、68年5月をはじめ、第五共和政期フランスの話はもちろんするが、ドゥルーズとグールド――もう一つのD&G――のアナロジーに力を入れてみたい。そういうわけで、グールド関連の本を読み漁り、ディスクを聴きまくっている。ゴルトベルクをランドフスカやヴァルハと聴き比べてみたり。
ちなみに、私が一番好きな彼のディスクは、「モスクワ・リサイタル」である。新ウィーン学派――当時ソビエトでは演奏が禁止されていたという――とバッハという選曲がもろに好みだということもあるが、何よりほどよく肩の力の抜けた(音楽学生である観客との和気あいあいとした関係が伝わってくる)レクチャーコンサートという形式もいい。
これらの講義準備と、8月末締切の雑誌論文、そしてそろそろゴールが見えてきた(?)ゴーシェ翻訳を同時進行している。まあ、地味な自分の道を一歩一歩、ね。
Wednesday, August 05, 2009
なまもの
しかし昨年、そのVVVで大活躍し、見事一部リーグ昇格の原動力となった。その本田が、一部の新シーズン初戦で活躍した。以下のコメントでも随所に「俺様」的ではあるが、同時に自分の実力を冷静に見ることもできていて、「若いっていいな」と楽しい。
スポーツ選手も研究者も「なまもの」なので、常に進化したり退化したりしている。そこを見ないで、「誰それはやっぱりいい」「やっぱりダメ」というのは、あまり意味がない。
「誰も止められないところまで1年で突入したい」と言える気力は残念ながらないのだが、自分なりの努力を続けていきたい。そう心から願っている。
VVV本田「誰も止められないところまで1年で突入したい」 (2/2)
~オランダからの叫び~
2009年8月3日(月)
■オランダで議論「アフェライと本田。どっちが上か?」
試合後、1ゴール1アシストの本田にオランダメディアが殺到した。(…)
VVVのファン・ダイク監督は、「これまで『本田がオランダで一番のMF』とわたしが言ったらおかしいと思われていたが、今日はその力を見せつけてくれ た」と本田の活躍を喜んだ。その夜、ファン・ダイクはサッカーディスカッション番組に出演し、「(PSVの)アフェライと本田。どっちが上か?」と問われ た。「2人は違うタイプの選手」とファン・ダイク。「本田はより頭がいい選手だ」
PSV戦での本田はシモンスのマークに苦しみ、さらにシモンスを援護するPSVの選手の寄せに遭い、ボールを再三失った。しかし、本田はチャンスを待ち続け、少ない好機にビッグプレーを連発し、オランダ人を感嘆させた。そこがファン・ダイクの言う“賢さ”なのだろう。
「(5月31日に行われた)ベルギー代表との試合でもシモンスとはマッチアップしていたし、『お前、分かっているからな』というオーラは感じてましたし、 前半何回か来た。でも、その後は来ないんで、“あ、びびっているな”と思いながらやっていた。悪いけど、おれの勝ちかな。でも今日見た限り、まだまだおれ よりアフェライの方が驚異的かなと感じる。ケン(レーマンス)もアフェライに苦労しているなと感じた。それをもっと、おれがシモンスに感じさせるべき」
シモンスとのマッチアップ、そして2005年ワールドユース(現U-20ワールドカップ)の同期アフェライとのバトルを本田は振り返った。
「おれとしては満足していない部分がある。点を取ったことは満足しているけど、もっとやれると思っていたから。『本田はオランダリーグでもやれるやん』と いう問題ではないレベルに、おれは突入していかなければと自覚している。極端に言えば、去年の2部リーグでのおれの存在みたいに、誰も止められないという ところまでこの1年で突入していきたい。自分はまだそこまで行けていないと分かっている。それが自分の課題。だからもっとドリブルを増やしたい。若干読ま れている部分はあるけれど、それは評価されていることだからうれしい。それを自分は打開していく」
今、オランダでは「アフェライはアーセナルへいくかもしれない」という情報が流れている。
「アフェライがPSVを去ったら、本田はPSVに行くだろう」とファン・ダイク。「移籍金は2000万ユーロ(約27億1000万円)だ(笑)」
ベルデン会長が設定した移籍金は1000万ユーロ。「その価値にふさわしい選手になる」と開幕前に語っていた本田だが、ジョークながらもファン・ダイク によってその価値が2倍になってしまった。そして、PSVのサポーターは今も本田獲得についてフォーラム上で熱く語り合っている。
Tuesday, August 04, 2009
潜水
夏休みのしんとした大学で、そういう活動にいそしんでいると、じっとプールで潜水しているような感覚になる。とても心地よい。
午後7時ごろ研究室を出ると、夕日。ひぐらしが鳴いている。
校舎が小高い丘の上にあり、建物から出ると、辺りが一望できる。
近くに山があり、京都の大学時代によく見た風景に近い。
明日も地味に同じことの繰り返し。
本をばんばん出せる研究者というのは、いったいどういう研究生活と家庭生活を送っているのだろう?
Thursday, July 30, 2009
イタリア語
そして事実それに最大限の力を注ごうとしているのだが…
今秋のシンポの準備が重くのしかかっている。今日も日本語、フランス語、英語で、何通メールを書いたことか。プロヴァンスの太陽を満喫しているらしいedからは、「自分の勉強する時間取れてる?」と心配そうなメールが来た。さらに…
rrからイタリア語のメールが来た。まあ、たしかに「今あなたの本をイタリア語で読んでます」とは言ったが…
時間がないのに、デリケートな事態なので、辞書を引きつつメールを読む。
というわけで書評、もうしばしのご猶予を…
Tuesday, July 28, 2009
prepare
「prepare」を大切にするのは好打者の共通点?
マウアーと会話していて気づいたことがある。それは「prepare(準 備をする)」という単語をよく使うことだ。「僕はまだメジャー6年目。シーズンや試合に向けた準備の仕方をもっと学びたい。それが何より大事だと思うん だ」。準備を人一倍大切にしているのはイチローも同じこと。次の機会には、試合前のルーティンからマウアーをじっくり観察して、好打者の共通点を見出して みたい。
***
■腎臓手術で4月は全休
その柔和な表情を見ていると、史上最強捕手というイメージは全くわいてこないし、クラブハウスでの立ち居振る舞いも控えめで、26歳という若さで 首位打者を2度も獲得したスーパースターとは思えない。気のいい隣のお兄さんというのが率直な印象だ。ジョー・マウアー(ツインズ)はしかし、静かに熱 く、イチローとの一騎打ちの様相を呈してきたバットマンレースを制して、捕手として史上初の3度目の頂点を目指す――。
おそらく最後の最後までしのぎを削ることになる2人は、偶然にも今季の開幕に出遅れた。イチローが胃潰瘍(かいよう)を患ったのに対し、マウアーは腎臓手術で4月の試合をすべて欠場した。
「ベッドから起き上がれないほど痛かったこともあった。以前から腎臓の具合がよくなかったので思い切って手術した。おかげで長年の痛みから開放されたよ」 と、ソフトな口調で微笑さえ浮かべて語る。そんな病気を抱えながらセンセーショナルな活躍を続けてきたとは、驚きというほかない。
5月に戦列に加わると、いきなり打棒爆発。得意の広角打法で打ちまくり、一時は4割打者誕生か、という気の早い報道もあった。しかし、それよりも何より も驚かせたのは本塁打の量産だった。わずか2カ月ほどで自己最多の13本を更新し、7月27日(日本時間)現在で17ホーマーをマークしている。
「パワーアップの秘訣? そんなものはないよ。経験を積んできたことが実を結んできたのだと思う」と、いたって謙虚だ。
■地元ミネソタで生まれ育ったスーパースター
(…)運動能力は並外れて高く、リトルリーグでは投手を始め、あらゆるポジションをこなした。捕手に落ち着いたのは中学のとき。高校時代にはアメリカンフットボールのクォーターバックとして大活躍、オールアメリカンにも選ばれ、ミネソタでは最も知られた高校生だったという。
「ジョーのすごいところは、10代からスターだったのに、そういうそぶりが全くないところだ。地元出身で期待もプレッシャーも高いのに、最初から動じるこ ともなく、プレーに集中している。試合に臨む姿勢、練習態度、研究熱心さ、どれをとっても素晴らしい。どこまで進化していくのか。本当に楽しみな選手だ」 と、ツインズのロン・ガーデンハイヤー監督は褒めちぎる。
Sunday, July 26, 2009
雨のち雨
午後ずっと今秋のシンポのための打ち合わせ。
毎回、海外の研究者を招聘する際には、その人たちの仕事を日本の研究者に読んでもらい、報告していただくという会合をやっているのだが、今回がまさにそれであった。
日本でも世界でもほとんどのシンポは打ち上げ花火、一部の大物の話以外まともに聞いていないという状況だが、それではダメだと以前から強く感じていたので、このような「読み合わせシステム」を導入したのである。
ちまちましているし、「大物」の先生方はなかなか分担を引き受けてくれないのだが、私はこういう地味な仕事はとても大切だと思っている。制度を変えていくのは、抽象的な理論だけではなく、こういう地味で地道な作業の継続でもある、と信じている。
6時に会合を終え、飲み会に…と行きたいところだったが、ビールを一気に飲み干し、羽田へ急ぐ。翌朝9時半からオープンキャンパスがある。福岡に帰ってくると、また雨。
*
翌朝も雨。早朝、家から駅に着くまでに、横殴りの雨でびっしょり。ベルを鳴らすのを忘れて、バス停を一つ乗り過ごしてしまう。大雨の中で…。大学につくまでに、再びぐっしょり。
オープンキャンパスは、雨にもかかわらず盛況だった。一年目の新人に「研究室紹介」で何を話せというのかと思っていたが、みんなこのような機会に少しずつ大学のことを自分で学んで(学ばされて)いくのだなと実感。おかげで勉強になりました。
最寄駅に着くとまた雨。家に帰ると今年呼ぶedからメール。「プロヴァンスの太陽が勉強させてくれないよ」って…。
明日は1限から試験監督。
Friday, July 24, 2009
大雨
そういえば、今日はとてつもない大雨で、全身びしょ濡れで帰宅した。福岡にいるんだなとあらためて実感。
Tuesday, July 21, 2009
夏休み
今週は、今秋のシンポの準備会合があり、そのための資料を作成せねばならない。
というわけで、辞書と首っ引きでイタリア語の本を読んでいる。これはこれで楽しい。
来週は、とある書評を書く。常々敬意を表している方の本だけに力を入れたいのだが、自分がそもそもどれくらいの「力」を持っているのか、今どれくらいの力を発揮できるのかも、もはや分からなくなってしまった。時間もないし、不安だ。
再来週は、仏語アクトの校正&テスト採点週間。苦痛である。
その次は後期の授業準備、と同時に、とある雑誌の論文&紹介文、シンポ原稿、英語論集のための論文…。楽しいのか、不安なのか、苦痛なのか、それら全部なのか。
いつ、どれくらい自分の「本」に取り掛かれるのか…。
Sunday, July 19, 2009
トマス・アクィナス関係読書リスト
1年目前期:古代、後期:中世
2年目前期:近世・近代、後期:現代
3年目前期:現代、後期:近世・近代
4年目前期:中世、後期:古代
*
最後二回は、スコラ哲学の面白さをどう表現しようかと一思案。平凡だが、ゴシック建築との並行性を前フリに。
エルヴィン・パノフスキー『ゴシック建築とスコラ学』(前川道郎訳、原初1951年)、ちくま学芸文庫、2001年。
割注が読みすぎて読みにくい。この手の博学本によくありがちな悩み。
馬杉宗夫『大聖堂のコスモロジー――中世の聖なる空間を読む』、講談社学術文庫、1992年。
建築の部分については分かりやすく詳しい。ただ、肝心のスコラ学との並行性の部分はイマイチ。
酒井健『ゴシックとは何か――大聖堂の精神史』、講談社現代新書、2000年。
パノフスキーやマールらの「スコラ学のゴシック建築への影響」説を否定し、並行説を主張。まあそれが妥当でしょうね。
西田雅嗣(まさつぐ)編『ヨーロッパ建築史』、昭和堂、1998年。
スコラ学についての言及はまったくないが、ロマネスクとの対比でゴシックの特徴を分かりやすく説明してくれている。ただ、建築専門チームなのだから、もう少し見やすい図版の収集ないし作成に努力してほしい。図版にセコハンが多く、見づらい。
*中世哲学一般(アウグスティヌスの項に追加)
Alain de Libéra, La Philosophie médiévale, PUF, coll. "Que sais-je?", 1989. 大著の『中世哲学史』の簡略版。
ジャック・ルゴフ『中世の知識人――アベラールからエラスムスへ』、岩波新書、1977年。ある時期までの岩波新書には「こんな素晴らしい翻訳書が新書で!」というのが幾つかあった。その好例。
J.B.モラル『中世の政治思想』(柴田平三郎訳)、平凡社ライブラリー、2002年。
ジルソン『中世哲学の精神』、既出。
Gilson, Introduction à la philosophie chrétienne...
Gilson, L'Être et l'essence (1948), Vrin, 2e éd. revue et augmentée, 1981.手元に持っているのはこの第二版なのだが、第三版(1984年)が最終らしい。大きな変更があるのだろうか…。
山本耕平「スコラ哲学の意味」、『新岩波講座』、既出、292-319頁。ごく基本的な概説。
*トマス
Jean-Pierre Torrell O.P., Initiation à saint Thomas d'Aquin. Sa personne et son oeuvre (1993), 2e éd. revue et augmentée d'une mise à jour critique et bibliographique, 2002. 後述の日本のトマス研究の大家である稲垣氏の著書でも、「この二十年の間」で「トマスの人と思想の全般を取り扱った著作として特に注目に値する」ものとして挙げられているが、私はこの著作を畏友CdMから勧められて、フランス滞在中に購入しておいたのだった。ただし、かなりの大著なので、「90分でトマスを」という人には向かない。
Thomas d'Aquin, Commentaire du traité De l'âme d'Aristote, introduction, traduction et notes par Jean-Marie Vernier, Vrin, coll. "Bibliothèque des textes philosophiques", 1999.
ジルソン/べーナー『アウグスティヌスとトマス・アクィナス』、既出。
水田英実(ひでみ)・藤本温(つもる)・加藤和哉「トマス・アクィナス」、中公新社『哲学の歴史』第三巻、既出、429-531頁。
クラウス・リーゼンフーバー『中世思想史』(村井則夫訳)、平凡社ライブラリー、2003年。前著『西洋古代・中世哲学史』(平凡社ライブラリー、2000年)よりいいが、宗教的観点があまりに勝ちすぎており、おまけにジルソンのようにある程度の哲学的な冴えもないとなると厳しい。解毒剤としてラッセルを併読することは必須。ただ、そのようなものとして読むなら、勉強にはなる。
フェルナンド・ファン・ステンベルゲン『トマス哲学入門』(原書1983年 稲垣良典ほか訳)、文庫クセジュ、1990年。私にとっては悪いクセジュの典型。
稲垣良典(りょうすけ)『トマス・アクィナス』、講談社学術文庫、1999年。
Saturday, July 18, 2009
約束は真面目ではない?
1)重要な思想家を一つのイメージで印象付け、
2)その思想家の生きた時代と生涯を、彼の思想と関連づける形で簡単に紹介し、
3)その思想家の基本的な思想を概説し、
4)結婚論がその思想体系に占める位置や意義、ならびにその結婚論の概説
という形で進行したので、結婚論自体としては、それほど深い次元までは行けなかった。これはジレンマで、結婚論講義としてはもちろん4が最重要なのだが、2や3の基本的な知識が前提としてないと、インパクトも薄れてしまう。そこで、2や3に時間をかけた結果、4がいつも駆け足になるのである。
来年度は、思い切って4を前面に押し出してみることにしようか。「ヘーゲルって結婚の思想家だと思ってた」と学生に言われることを恐れないならば、の話だが…。
*
結婚論の最後二回は、ドゥルーズ=ガタリとデリダ。来年あたり仏文学会で「結婚の形而上学とその脱構築(デリダの場合)」に関する発表をしてみようかな。
前にも書いたが、結婚論の重要な論題の一つに「誓い」や「約束」の問題がある。それは結婚の哲学が時間の哲学でもあるからだ。というのも、「誓い」や「約束」の問題とは「不可逆性」の問題だからである。東さんは『絵葉書』を情報伝達経路、コミュニケーションの話として読み解いたが、私はこの観点から読み解けるという直観を持っている。
《オックスフォードのよきスコラ哲学に従えば、約束は約束することしかできない。到達すること、自分の約束を果たすに至ることを約束することは決してない。可能なら約束を果たすに至るよう全力を尽くすことを約束するだけだ。
人は到達することを約束するのではない。到達する意図があること、到達するために自分の能力のすべてを傾注することを約束するのだ。もしそれが私の能力のうちにないために、また私のうちの、あるいは私の外のあれやこれ、あれこれの人が私の到達を妨げてしまったために、私が到達するに至らないとしても、私は自分の約束に背いたわけではない。私は相変わらず到達を望んでいる。だが、私は到達するには至らないのだ。
私は一貫して自分の約束=契約に忠実であろうとしてきた。君はこう言うだろう、そんなのはおよそ真面目な話とはほど遠い、オックスフォードの人間は不真面目だ、そういう「私のうちの、あるいは私の外の」とかいうのは恐ろしく曖昧か偽善的だ、可能とか意図などという観念は失笑を誘うだけだ。あなたは自分がその一語たりとても信頼を置いていない言説から論拠を引き出している、と(いや、いや、信頼している――他でもない真面目さの名において、オックスフォードの人々は話しているのだ[…])。
それに約束、誓約は真面目さに属するのだろうか、それは真面目なのだろうか、言ってごらん? それは真面目さより、はるかに深刻で危険で、はるかに軽く、より多くのものからなっている。だが真面目ではない。》(デリダ『絵葉書』)
Friday, July 17, 2009
てはつたえる→てつだえる
講義のほうはほぼ出来る限りのことをした。どこの大学でやっても恥ずかしくないレベルのものをやっていると思う。難しいことを可能なかぎり簡単に、しかし分かりやすさのために細部を犠牲にしない、というチャレンジ。アンケート結果が出てみないと学生の満足度は分からないが。
ゼミのほうは反省点がいろいろある。特に学生との距離。他学部の先生に伺うと、1年生ゼミでは、
・前期で少なくとも二回は、「レクリエーション」と称して、土曜日などに、近くのレクリエーション施設に学生を連れていき、ドッジボールやミニサッカーを一緒にやる。そうすると、学生たちとの連帯感のようなものが生まれ、結果としてゼミへの溶け込み具合が違ってくるのだそうだ。学生に幹事をやらせることで、責任感が生まれたり、「リーダー格」の学生の発見にもつながる、と。
・最終回には、お菓子やジュースを買っていって、みんなで「打ち上げ」をするのだそうだ。これも上と同趣旨の試み。学生と親しくコミュニケーションをとる中で、欠席学生の身辺にそれとなく探りを入れることもできる。
こういうことを書くと、「嘆かわしい」「馬鹿馬鹿しい」「そんなことは大学でやるべきことか」とおっしゃる先生方の顔も浮かぶのであるが、現実は現実として受け止めなければならない。学生たちを少しずつ「大学生らしく」変えていくためには、私たちのほうも少しずつ現実に合わせて変わっていく必要がある、ということだろう。
デリダの次のような言葉に完全に共感しつつ、でもそれだけでも駄目だとも感じている。
《例えば、言い回しの難解さを、襞を、パラドックスを、追補的矛盾をあきらめること、それらが理解されないだろうという理由で、あるいはむしろ、その読み方を知らない、本のタイトルそのものの読み方さえ知らないあれこれのジャーナリストが、読者あるいは視聴者はなおさら理解できないだろう、視聴率とその稼ぎ手が害を被るだろうという理由であきらめること、それは私には受け入れられない猥褻事です。それはまるで、私に頭を下げろ、隷属しろ――あるいは愚劣さで死ねというようなものです。》
「上から目線」に過剰なほど敏感な2009年の日本で、このような言葉を受け入れられる人はどれくらいいるだろう。そしてその「られる」という能力ないし可能性の問題、「どれくらい」という数の問題は何を意味するのだろう。これもまた、哲学の問題ではないのか。
「人文系研究の衰退を食い止めるのは、制度改革への批判ではなく、人文系研究の成果そのものである」? 私はそうは思わない。あれか、これか、ではない。あれも、これも、なのだ。人文系研究の衰退を食い止めるのは、研究者としての振る舞いと同時に、大学教員としての振る舞いである。
子育てはとても参考になる、大学生との付き合いばかりでなく、いろいろと(笑)。『クーヨン』2009年7月号「上手にNOを伝える育児」の特集「イライラせずにすむ「やっちゃダメ」の伝え方」から。
《おもちゃを片づけるとき――声をかけるだけでなく手を添えて導いて。
「片付けなさい!」と声だけかけても、ラチがあきません。そんなときは、おもちゃを持つ手首を引いて、おもちゃ箱へ。「はーい」という気持ちが励まされます。》
声をかけるだけではダメなのだ、大学教員も。
Wednesday, July 15, 2009
ウェイト・トレ
怒涛のように仕事が押し寄せてきて、さまざまな悪条件が重なっても、疲れきっていても、
ただ翻弄されるがままになるときでさえも、
その翻弄のされ方を或る程度コントロールできる、というような意味でのスタミナ。
この部分を強くしていくには、普段から仕事量を上げていくしかない。
ウェイト・トレと同じようなものか。ふたたび、プロに入りたての高卒ルーキーみたいな気分になる。
Tuesday, July 14, 2009
大切なこと
今は我慢の時。ひとつひとつこなしていく。
ヒディンク監督来日、ユース世代の育成を実践指導
6月23日0時27分配信 スポーツナビ
6月23日7時54分配信 サンケイスポーツ
来日中のロシア代表のフース・ヒディンク監督(62)が22日、埼玉スタジアムでユース指導者に向けた講演と実技講習を行った。02年日韓W杯で韓国をベスト4に導いた名将は「日本は技術的な問題はない」と評価した上で、「最近のサッカーは90分間、走らないといけない」。W杯4強を目標にする岡田ジャパンに“体力サッカー”のススメを説いた。
「(4強を)厳しく感じる選手も出てくると思うけど、厳しいと言っていたら1次リーグ突破も無理」。W杯予選突破を祝う花束をクラブ職員から受け取っても、厳しい表情は変わらなかった。あと1年。中沢はより高みを見る。(志田健)
Tuesday, July 07, 2009
教育社会(七夕に)
《日本では、メディアが「謝罪」の画にこだわります。
メディアの側は、「そうしないと世間が納得しないから」と言いますが、本当はそうしないと映像的にオチをつけられないからでしょう。
だから、「世間を騒がせたことに対して、謝罪はないんですか!?」なんて、いまひとつ意味が分からない要求と共に、臆面もなくマイクを突き出せるわけです。》
ただ、個別大学の個々のコメントや個別メディアの個々の対応に疑問はあっても、事態を理解する(intelligere)にはその視点では十分ではない。なぜメディアは謝罪の絵にこだわり、なぜ謝罪側は結局のところ「謝罪」「責任」をとらねばと感じるのか。問題はそこにある。
*
世間では日々数々の犯罪が起こっている。大学は公的性格をもつ以上、何か事件が起きれば、その「社会的責任」が厳しく問われるのは当然のことである。
会社員が犯罪を犯したとしよう。その社員の働く企業が有名企業であった場合、すなわち「ニュース」になりやすい場合は必ず、「社会的責任」から、トップの謝罪、組織としての対応が問題とされるだろう。
だが、先に取り上げたような度を越した犯罪(準強姦)の場合、トップの辞任といった責任問題に発展するだろうか?事件の規模や性格によってはそういう場合もないとは言えないが、考えづらい。なぜか?問題行動を起こした「原因」が、社内教育の欠如ないし不備にのみある、と断定できないからであろう。
社内でのセクハラなどであれば、「よりいっそう(社内)教育を徹底し、再発防止に努めて参ります」と言えるが、度を越した異常な犯罪――例えば、テレビ局の社員が同僚に爆発物を送りつけた事件が少し前にあったが――について、トップは謝罪すべきだろうか。企業は責任をとれるだろうか、とるべきだろうか?コンプライアンス研修会と心理カウンセリングの社員への周知をさらに徹底するくらいが関の山であろう。
大学だけでなく、教育界だけでもなく、あるいは官公庁だけでもなく、おそらく現在の社会情勢においては、責任がとれるか否か、取るべきであるか否かにかかわらず、「よりいっそう(社内)(学内)教育を徹底し、再発防止に努めて参ります」という言葉が、すべての社会構成員に対して、一般的に求められているのだ。
まさかいい歳をした大人に「腹がたっても、爆発物を送りつけてはいけません」とか、大学生に「強姦は重罪です」としっかり諭すことが真に有効な防止策だとは思えないし、効果を上げる部分よりむしろ非効率な部分のほうが圧倒的に多いと思うが、それでもなおエクスキューズとしての「コンプライアンス研修会」と「心のケア」は増える一方であろう。なぜなら、それをしていなかった場合にその組織は「責任」を問われるからだ。
要は、対外的なエクスキューズとしての〈教育〉が、至るところで求められているわけだ。問題は、この〈教育〉の内容ではなく、その本質である。
日本は十数年前、「訴訟社会アメリカ」を嗤っていた。熱いコーヒーで訴訟になる国、濡れたプードルを電子レンジで乾かそうとして訴訟になる国、と。そして、今、日本製のありとあらゆる電子機器の説明書には、過剰なほど「注意書き」が溢れている。ありとあらゆるお節介な看板やポスター、電車やバスの車内放送は、ますます過剰になる一方だ。
逆説的なことだが、これほど教育の不足が叫ばれながら――「ゆとり教育」の放棄――、「教育社会」なのだ。生涯教育の時代に、人間はすべて、いつまでも陶冶の対象である。
どこでも教育が強調されるが、それはエクスキューズとしての教育である。外部からの指摘に備えて行なわれる教育、教育される対象よりも本当は目が外部からの視線に行っている教育、それが管理社会で行なわれる一般的な教育ではないか。これが先に言った〈教育〉の本質であるように思われる。
「モンスターペアレント」とは一部の異常な親ではなく、「クレイマー」の一種であり、このようなエクスキューズ社会の産物、「教育社会」の鬼子なのだろう。
教育にとって困難な時代である。
Monday, July 06, 2009
近くて遠きは田舎の道…と学術交流
*
三浦信孝さんのおっしゃるように、
《日仏交流で日本のことを説明する局面が増えています。
日本のことをミニマムわかってもらわないと、
どんな分野でも学術交流にならないと痛感しています。》
でも、これは三浦さんのように、すでに数多くの交流を通してその「下地」を作った人だからできること。
我々のフランス哲学研究の分野では、まだまだ我々自身のアウトプットが少ない。そこで「日本思想に興味を持て」といっても、欧米の研究者から儀礼以上の関心が引き出せるか。まずはフランス哲学研究の実力を認めさせたうえで、日本のことをもっと多く混ぜていく、という戦略が必要だと思う。
ともあれ、遠くからご成功をお祈りしています。
日仏シンポジウム《「日本の近代化」再論:「近代主義」の何を継承するか?》
2009年7月11日(土)12日(日) 日仏会館ホール
共同座長: マルク・アンベール(レンヌ第1大学-日仏会館フランス事務所)+廣田功(帝京大学)
7月11日(土)
10:00〜12:30
三浦信孝(中央大学) 「日本の近代化という問題:発展段階論か文化類型論か」
ピエール・スイリ(ジュネーヴ大学) 「明治日本における歴史学の成立:権力の掛金・過去の支配・抵抗」
杉山光信(明治大学) 「戦後啓蒙と戦後民主主義」
14:00〜15:40
松本健一(麗澤大学) 「脱亜論とアジア主義:日本の近代化とアジアの近代化」
フィリップ・ペルティエ(リヨン第2大学) 「島国:日本の近代化と領土化」
16:10〜17:50
水林彪(一橋大学) 「日仏比較:二つの近代法」
望田幸男(同志社大学) 「日独比較:二つの近代、二つの戦後」
7月12日(日)
10:00〜12:30
加藤哲郎(一橋大学) 「日本マルクス主義と社会主義運動の遺産」
クリスチーヌ・レヴィ(ボルドー第3大学) 「大逆事件:例外的裁判か抑圧の近代的モデルか」
藤井隆至(新潟大学) 「未完の日本近代:柳田国男『遠野物語』はなぜ読まれるか」
14:00〜15:40
ベルナール・トマン(国立東洋言語文化研究院) 「戦前の日本における労働者の管理:人口の管理技術としての近代化」
落合恵美子(京都大学) 「脱欧入亜する日本:アジア家族の比較研究から」
16:10〜17:50
アラン=マルク・リユー(リヨン第3大学) 「近代の理論:比較論をどう打ち立てるか」
総合討論
Colloque de la Maison franco-japonaise
La modernisation du Japon revisitée :
Que reste-il de l’approche moderniste ?
Les 11 et 12 juillet 2009, à l’auditorium de la Maison franco-japonaise
Sous la co-présidence de Marc Humbert (Bureau français de la MFJ) et d’Isao Hirota (Univ. Teikyô)
Samedi 11 juillet
10:00 ~ 12:30
Nobutaka Miura (Univ. Chûô), La modernisation du Japon en question : évolutionnisme linéaire ou typologie culturelle?
Pierre Souyri (Univ. de Genève), La constitution de l’histoire comme discipline académique dans le Japon de Meiji : enjeux du pouvoir, contrôle du passé, résistances
Mitsunobu Suguiyama (Univ. Meiji), Lumières et démocratie de l’après-guerre
14 :00 ~ 15:40
Kenichi Matsumoto (Univ. Reitaku), La sortie de l’Asie et/ou l’asiatisme : la modernisation du Japon et la modernisation de l’Asie
Philippe Pelletier (Univ. de Lyon 2), «Shimaguni » : modernisation et territorialisation au Japon
16:10 ~ 17:50
Takeshi Mizubayashi (Univ. de Hitotsubashi), Comparaison France-Japon : deux droits modernes
Yukio Mochida (Univ. Dôshisha), Comparaison Allemagne-Japon: deux modernités, deux après- guerres
Dimanche 12 juillet
10:00 ~ 12:30
Tetsuro Kato (Univ. de Hitotsubashi), Héritage du marxisme et du mouvement socialiste au Japon
Christine Lévy (Univ. de Bordeaux 3), L’affaire du crime de lèse-majesté (1910): un procès d’exception ou un paradigme moderne de la répression?
Takashi Fujii (Univ. de Niigata), La modernité japonaise inachevée: Pourquoi lit-on encore « Tôno-Monogatari » de Kunio Yanaguita ?
14:00 ~ 15:40
Bernard Thomann (INALCO), Gouverner les ouvriers dans le Japon d'avant guerre: la modernisation comme technique de gestion des populations
Mieko Ochiai (Univ. de Kyôto), Le Japon qui quitte l’Occident et entre en Asie : approche comparatiste du modèle familiale asiatique
16:10 ~ 17:50
Alain-Marc Rieu (Univ. de Lyon 3), Théorie du moderne: Comment fonder le comparatisme?
Débat de synthèse
Friday, July 03, 2009
ボーヴォワール関係読書リスト
結婚論は、マルクス、フロイトを終えて、ボーヴォワールへ。
「ボーヴォワール 画像」で検索するのと、「Beauvoir image」とでは、結果がかなり違うので驚いてしまった。日本での古典としての地位の低さは、少し異様な気もする。中公新社版『哲学の歴史』に「ボーヴォワール」はおろか、「フェミニズム」という章すらない…。
今回の読書で一番気に入ったのはこれ。
青柳和身『フェミニズムと経済学――ボーヴォワール的視点からの『資本論』再検討』、御茶の水書房、2004年。
なんというか、この手の、肩に力の入りすぎた仕事が好きだ。
「本書の直接的な問題関心は、2005年から2015年までの時期を中心とした女性のM字就業の解体を中核的内容とする日本におけるジェンダー革命の端緒的展開の予測と21世紀の世界史的なジェンダー革命の展望を明らかにするための歴史的・理論的考察である。そのためにフェミニズムの古典としてのボーヴォワール『第二の性』と、マルクス経済学の古典としての『資本論』とを比較検討しつつ、マルクスが検討しえなかった歴史と現状の資料、とくに性・生殖史と近現代の人口史の資料によって『資本論』を再検討することが直接の課題である。」
「2015年には予測の結果はほぼ判明しているので、予測に失敗した場合には一切の自己弁明をせず、筆者の学問的方法論、認識論まで含めた根本的な自己批判をすること、これが学問上の意味での「笑い者」のなり方である。」
真正面から直球勝負、いいですね。かっこいい現代思想家の威を借りて、キャリアを駆け抜けていくより、よほどいいです。
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大越愛子『フェミニズム入門』、ちくま新書、1996年。
京都にいた頃に買ったのに、まともに読んでいなかった。13年ぶりに読みました…。やっぱり好きになれませんでした、とても残念ですが。
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シモーヌ・ド・ボーヴォワール『女性と知的創造』(朝吹登水子+朝吹三吉訳)、人文選書2、1967年。1966年の滞日講演集。
セルジュ・ジュリエンヌ=カフィエ『ボーヴォワール』(原書1966年 岩崎力訳)、人文選書6、1967年。
ジョゼ・ダイヤン監督『ボーヴォワール――自身を語る』(映画1979年 朝吹三吉+朝吹登水子訳)、人文書院、1980年。
アリス・シュヴァルツァー『ボーヴォワールは語る――『第二の性』その後』(原書独語版1983年)、平凡社ライブラリー、1994年。
村上益子(ますこ)『ボーヴォワール』、清水書院、センチュリーブックス「人と思想」74、1984年。
佐藤泰正編『フェミニズムあるいはフェミニズム以後』、梅光女学院大学公開講座論集第28集、笠間選書163、1991年。以下二篇、視点は興味深いが…。
常岡晃「フランス文学におけるフェミニズムの諸相――スタンダールとボーヴォワールを中心に」
広岡義之「女性の現象学――ボイテンディクとボルノーに学びつつ」
クローディーヌ・セール『晩年のボーヴォワール』(門田眞知子訳)、藤原書店、1999年。
『第二の性』五十周年記念出版。

